「神曲」ダンテ

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岩波文庫か集英社文庫ヘリテージシリーズかと考えていたダンテの「神曲」ですが、overQさんにアドバイス頂いて、河出書房新社の平川祐弘訳を選んでみました。口語訳だし、フォントも普通で読みやすかったです! これから読む人には、私からもオススメ。

ということで、13世紀~14世紀のイタリアの詩人・ダンテによる叙事詩。話は知ってるものの、実際に読むのは初めてです。「地獄篇」「煉獄篇」「天国篇」の3部構成で、深い森の中に迷い込んだダンテを救い出すために、ウェルギリウスが地獄と煉獄を案内していきます。そして天国で案内するのは、ダンテの永遠の恋人・ベアトリーチェ。
通して読んでみると、地獄篇が一番面白かったです。次は煉獄篇。地獄に堕ちた人たちはもう救われる見込みはないけど、煉獄に堕ちた人は天国目指して頑張ってるんですよね。で、一番気が入らなかったのが天国篇。こういうの読んでても、あんまり天国自体には興味がないのに気がついちゃいました。構成とか構造は好きなんですけど、この辺りのキリスト教の教義を今更聞いてもっていうのもあるし、それ以上に、ウェルギリウスは終始丁寧だったのに、天国を案内するベアトリーチェったら終始偉そうで鼻につくんですよねえ(^^;。

それにしても、ホメロスを始めとする詩人たちや、、アリストテレス、ソクラテス、プラトンといった哲学者たち、そしてアエネアス、カエサルといった歴史上有名な人物たちが、洗礼を受けなかったからという理由だけで、地獄の「辺獄(リンボ)」に堕とされていて、しかもまず救われる見込みはないという部分にはびっくりです。そりゃ、洗礼を受けないと天国に行けないというのは知ってましたが、救われる見込みもないなんて。しかもアダムやアベル、ノアやモーセ、ダビデといった旧約聖書の重要な面々ですら、かつてはこの「辺獄」にいたんですって! イスラエルの人々に関しては、その後キリストが救い出して天国に連れていったみたいなんですけど(一旦救われると、随分と高い地位にいるようです)、古代ギリシャの偉人たちはどうするつもり?! なんだかキリスト教徒の驕りを感じてしまいます。(ダンテ自身もこれには納得できなかったらしく、天国篇でそのことについて尋ねることになるんですが) ...そういえば、洗礼を最初に始めたのは、「バプテスマのヨハネ」(サロメに殺される彼です)でいいのかしら? 考えてみたら、神自身が定めた儀式じゃないんですよね、洗礼って。

そして地獄で番人の役割を果たしているのは、主にミノス、ケルベロス、プルートン、メドゥーサ、ケンタウロスなどのギリシャ神話の存在。西洋の古典文学にはほんとギリシャ神話が良く登場しますけど、本来なら一神教のキリスト教にとって多神教は排他するべき敵なのでは...?と改めて不思議になりました。信仰の対象でなければ構わない? モチーフとして絵になるから見逃されるのでしょうか? そしてキリスト教の悪魔の頭領・ルチフェロ(ルシファー)は最下層で氷漬けになってました。キリスト教における「悪」は、とにかく悪魔の誘惑が第1の要因だろうと思っていたんですが... 他にも悪魔は色々といるとはいえ、人間を誘惑するべきルチフェロが氷漬けだったら、あんまり悪いことできないんじゃん。結局、罪は個人の責任ということでいいのかなあ。(笑)

ダンテはそこで出会った色んな人に話を聞くんですけど、聞かれた方もまだ生きてる人間に祈ってもらえると罪が軽減されるので、生者に伝言を頼みたがるし、色んなことを進んでダンテに話すんですよね。それが上手いなあと思ったところ。そして当時の人間がかなり沢山地獄に堕とされてますが、これはどうやら当時のダンテの政敵だったようで... 地獄に堕として意趣返ししてます。なんてこったぃ。(笑)

全部読み通すのに、ものすごく疲れたんですけど(毎日のように本の感想をアップしてますが、まさかこれを1日で読んだわけじゃないです)、叙事詩はやっぱり大好き。次は何にしようかしら。ウェルギリウス繋がりで、「アエネイス」かなあ。叙事詩は大作が多いので立て続けには読めないんですけど、ぼちぼちと読んで行くつもりです。(河出書房新社)

 
以下は、本を読んだ時に取ったメモの一部。

【地獄篇】
・地獄の門...「生前いずれの党派にも参加しなかった人々の亡霊」が蜂や虻に刺される
・三途(アケロン)の川・地獄の渡し守カロン
第1の圏谷...「辺獄(リンボ)」善良だがキリスト教の洗礼を受けなかった者の場所
第2の圏谷の入り口...ミノスが罪に応じて魂をそれぞれの谷へ落としている
第2の圏谷...肉欲の罪を犯した者が地獄の?風におやみなく煽られて吹きまわされている
第3の圏谷...生前大食らいであった連中が、冷たい雨に打たれ、ケルベロスに喰いちぎられている
第4の圏谷...欲張りの群と浪費家の群が、円周上の道を重たい荷物を転がしながら罵り合っている
第5の圏谷...憤怒に敗れた者たちが泥まみれで殴り合い、蹴り合い、噛み付き合っている
・ステュクスの沼・沼の船頭プレギュアス
・ディースの市(まち)...ここからが地獄の下層界
第6の圏谷...異教異端の徒が、派ごとに埋められて焼かれている
第7の圏谷...暴力を用いた者たちが3つの円に分けられている
 第1の円...他人に暴力を加えた者が赤い血の川で熱湯責めにされている
 第2の円...自殺者がひね曲がった樹となり、財産を蕩尽した者は黒い牝犬に噛みつかれている
 第3の円...神と自然と技法に叛いた者が火の雪を浴びて罰せられている
第8の圏谷...10の悪の濠(マレポルジェ)に分かれている
 第1の濠...女衒...角を生やした鬼たちに大きな鞭で引っぱたかれる
 第2の濠...阿鼻追従...糞尿の中に漬けられている
 第3の濠...聖職売買...穴の中に頭から突っ込まれ、両脚が燃えている
 第4の濠...魔術魔法...胴の上に頭を後前につけられている
 第5の濠...汚職収賄...煮えたぎる瀝青(チャン)の中に漬けられている
 第6の濠...偽善...鉛の重たい外套を着せられている
 第7の濠...窃盗...素裸で毒蛇に咬まれ、燃え上がって灰となっては元の姿に戻る
 第8の濠...権謀術数...炎にくるまれて焼かれている
 第9の濠...分裂分派...一刀両断されている
 第10の濠...虚偽偽造...様々な病気に苦しんでいる
第9の圏谷...氷の国コキュトス 4つの円に分かれている
 第1の円...カインの国カイーナ...肉親を裏切った者たちが堕ちる
 第2の円...アンテノーラ...味方を裏切った者
 第3の円...トロメーア...客人を裏切って殺した者
 第4の円...ユダの国ジュデッカ...恩人を裏切った者
・中心には悪魔大王が幽閉され、3つの口でイスカリオテのユダ、ブルトゥス、カシウスを噛み砕いている

【煉獄篇】
・第1の台地・第2の台地...破門者・自堕落な者
・煉獄の門
第1の環道...高慢の罪...重い岩を背負い、腰を曲げた人々
第2の環道...嫉妬羨望の罪...瞼を針金で縫い付けられた人々
第3の環道...怒りの罪...暗い煙の中を歩く人々
第4の環道...怠惰の罪...善き願いと正しき愛に鞭打たれて疾駆する人々
第5の環道...貪欲の罪...涙を流して罪を悔いる人々
第6の環道...大食の罪...決して食べてはならない果を前に骨と皮になった人々
第7の環道...好色の罪...猛火の中で浄められている人々
・地上楽園・悪に染まった記憶を忘却させるレテ川・善を想起させるエウノエ川

【天国篇】
第1の天...月光天...誓願の契りを欠いた者
第2の天...水星天...後世に名や誉れを遺そうとして生前進んで活躍し善行を働いた人々
第3の天...金星天...愛の擒となった人々
第4の天...太陽天...賢人たち
第5の天...火星天...信仰のために闘って死んだ者
第6の天...木星天...栄光に輝く賢王の魂
第7の天...土星天...観想の生活のうちに一生を送った人々
・ヤコブの梯子
第8の天...恒星天...聖ピエトロ(信仰)、ヤコブ(希望)、伝道者ヨハネ(愛)、アダム
第9の天...原動天...九つの火輪
 第1の位階...熾天使、智天使、玉座の天使
 第2の位階...統治、権威、権力の天使
 第3の位階...主権、大天使、天使
第10の天...至高天

間違ってる部分もあるかもです...(^^;

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Commentaires(2)

ついに読まれたんですね☆

最初読むと、地獄や天国への人の振り分け方が、あまりにわがままで(笑)、
ちょっと当惑しますよね。
登場人物は人間というよりも、
それぞれが何か抽象的な事柄の象徴になっていて、
神学的な象徴体系を構成してるんです。
細かい描写や小道具大道具も、それと関連しているので、
神学パズル的に読まないとわからないところが多いです。
また当時の政治情勢もある程度わからないと、
ダンテが私的な関係を
どのように公的・神学的な世界で価値づけしようとしてるかが、
なかなかわかりにくいです。

ベアトリーチェとは結局結ばれなくて、それも重要なポイント(笑)
ベアトリーチェはもはや人ではなく、神の叡智を象徴する存在なので、
世俗的意味では結ばれようもない。
だから、最後に出てくる、「宇宙を動かす愛」は、ふつうの意味での愛とはちがっている。

地獄の第二圏で、夫の弟と恋におちた、ラヴェンナのフランチェスカが出てきますが、
そこで言われている肉欲こそ、ふつうの意味での「愛」。
これが天国篇とそこはかとない暗示の関係になっています。
ダンテは本当は、フランチェスカたちのように生きられたなら、
地獄に落ちてもよかったと思っているんじゃないでしょうか。

ランスロットの恋物語の書物を読んでるとき、
二人は恋におちる。
ある一節が突然、二人の心をおがたいに確かめさせてしまう。
そして、キス。
「その日私たちはその先を読みませんでした」
というのがかっこいいですヽ(´ー`)ノ
言葉と現実が交錯するのも、「神曲」の構造のイントロダクションになっています。

106行目は、

Amor condusse noi ad una morte.
愛は、導く。ふたりを、ひとつの死へ。

最後の、una morte(ひとつの死)の中にamor(愛)という語が隠されています。
noi ad una(ふたつがひとつに)と重なって、さらにその連続でamor(愛)とmorte(死)が重なる。

思いっきり詩になっています☆

ついに読みましたー!
でも、各章の最初にある梗概を先に読んでしまうと、本文の内容が
上手く頭に入ってこないことに途中で気づいて、また最初に戻ったり…
あと、註釈をどの時点で読むかというのも、私にとって結構重要ですよね。
最初から註釈を合わせて読んでると、上手く流れが掴めなくなっちゃうので
とりあえず本文だけを最後まで読み通してみたり…
なんだか試行錯誤しながらの読書でした。
最後に辿り着いた時は、ぜーぜーはーはー、すっかり息切れ状態。(笑)
いやー、でも達成感がありますね。

確かに、地獄・煉獄・天国への人の振り分け方はすごいですね。
なんであの人はアソコなのに、この人はココなの?!って何度思ったことか。
登場人物全員を抜き出したらものすごい数になるんでしょうし、
誰をこの作品の中に入れるか、そしてどこに配置するのか決めるのは
ものすごーく大変だったと思うんですけど、結構私情が入りまくりだったようで。(笑)
当時の情勢をきちんと掴んでると、その辺りももっと面白いんでしょうね。

>それぞれが何か抽象的な事柄の象徴になっていて、
うわー、そうだったんですか。そういうのは全然掴めてないです…
というか、今回は結局、表層的な部分を追っただけなので
理解しきれてない部分が、きっと自分で思ってる以上に多いんでしょうね。
登場人物のメモも詳細に取って色々調べるとまた面白そうですが
細かい描写や小道具大道具までは、詳細な註釈や研究書がないと
このままではちょっと無理そうです…。

あ、ラヴェンナのフランチェスカのあのシーンは良かったですね!
全体を通してみても、特に印象的なシーンでした。
「その日私たちはその先を読みませんでした」
うーん、カッコいいですね。

しかも、「1つの死」という言葉に、まさか「愛」が隠されていたとは~。
そういうのは原文で読まないと分からない部分ですね。
註釈にもそんなこと書かれてなかったし。
うわあ、ロマンティックです。すごいなあ。

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