「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ

Catégories: / /

 [amazon]
先日「日の名残り」(感想)がものすごーく良かったカズオ・イシグロさんの作品。今回は英国だけでなく、日本も舞台になってるんですね。現在英国の田舎に住んでいる悦子と、ロンドンから訪ねて来た娘のニキの会話、そして長崎に住んでいた頃の悦子の回想シーンで物語は進んでいきます。回想に主に登場するのは、長崎にいた頃に悦子の夫だった二郎、その父親の緒方さん、近所に住んでいた佐知子とその娘の万里子。

長崎に住んでいたはずの悦子がなぜ今は英国に住んでいるのか、二郎との間に一体何が起きたのか、そして回想シーンに一番多く登場する佐知子やその娘の万里子が悦子の人生に、本質的な意味でどのように関与しているのか分からないまま、悦子の回想は続いていきます。はっきりと分かるのは、景子という娘がいたけれど、彼女が自殺してしまったということだけ。「景子は、ニキとはちがって純粋な日本人だった」という文章から、この景子がおそらく二郎との間に出来た娘であろうということ、悦子が日本人ではない夫と再婚したこと、夫が娘に日本名をつけたがったという部分から、その男性が親日家らしいことだけは分かるんですが、今どこでどうしているのやら。生きているのでしょうか、それとも既に亡くなっているのでしょうか。どうやら家にはいないようです。となると、やはり亡くなったと考える方が妥当なのでしょうか。そして、すぐには分からなくてもそのうちに明かされるのだろうと思っていた部分が、結局ほとんど明かされないまま物語は終了してしまってびっくり。
確かに普通の人が過去のことを思い出す時は、自分以外の人間に説明するように思い浮かべるわけじゃないし、きっとこんな感じですよね。もっととりとめがなくてもおかしくないです。でも幼い頃に英国に渡り、そのまま帰化、日本語を外国語として育ったというカズオ・イシグロ氏が、こんな風に行間から感じ取るタイプの作品も書かれるとは意外でした。英国人というより、日本人の作品みたい。
回想シーンを見る限り、悦子と佐知子はまるでタイプの違う女性。2人の会話はどこまでいっても噛み合いませんし、理解し合っているとは言いがたい状態。長崎にいた頃は良妻賢母タイプだった悦子と、あくまでも「女」である佐知子とは全く相容れないのですが... 後から振り返ってみると、佐知子と万里子の関係は、悦子と景子の関係に重なるんですよね。景子を死に追いやったのは結局自分なのではないかと感じている悦子。1人の女性の中に「母」であること、「妻」であること、「女」であることが上手く同居できれば良いのでしょうけれど、大抵はどれか1つに比重が傾きがちでしょうし、それが自分の本当の望みとは違っていた場合は...。
すっきりとはしないんですけど(笑)、色々余韻が残る作品です。(ハヤカワepi文庫)


+既読のカズオ・イシグロ作品の感想+
「日の名残り」カズオ・イシグロ
「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ
「わたしたちが孤児だったころ」カズオ・イシグロ
「浮世の画家」カズオ・イシグロ
「私を離さないで」カズオ・イシグロ
「充たされざる者」カズオ・イシグロ

| | commentaire(2) | trackback(2)

Trackbacks(2)

「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ へのトラックバック一覧:

URL TrackBack de cette note:

私が高校生たちに薦める小説の中で、自分もとっても気に入っている一冊です。ディケンズやオーウェル同様の名文家で、英語が得意な生徒には本書の話をしたり、原書を見... » Lire la suite

 <カズオ・イシグロのデビュー作。この頃から人間の内省的な気持ちを描写するのに長けてたのですね。> 小野寺健訳。王立文学協会賞受賞作品。この... » Lire la suite

Commentaires(2)

四季さん、こんばんは♪
カズオ・イシグロは読了も感想もコンプリートしたいので一作目から読みました。
訳者も初めて土屋さんから外れたのですが小野寺さんの訳も抑制が利いていていいですね。
この作品に関しては少しわかりづらい点もあるのですが、舞台が日本でそして戦後間もない長崎ということで価値のあるものだと思っております。
それにしても海外作家って寡作ですよね。
特に英語圏では何カ国語にも訳されるので必然的にかなりの部数になるのでしょうかね。

トラキチさん、こんにちは~。
なんていうか、カズオ・イシグロの中にある日本的な部分をとても感じる作品でしたね。
本当にそういう部分を持っているのか、彼の中にある日本のイメージなのかは分かりませんが…

確かに海外作家は寡作かもしれないですね。
これね、出版という部分で働くフィルターの問題じゃないですかね?
日本だと人気作家さんや人気シリーズだと、続きがどんどん出てきますが(出版社からの催促もすごそうです)
海外の出版事情は、きっともっとずっとシビアなのではないかと思うんですよ。
例えば、実際にあるアメリカのファンタジーのシリーズでも、
本国ではもちろん日本でもすごく人気あるし、作者も書く気満々で、実際途中まで書いてるようなのに
出版社サイドでは、その予定は全くない、ということが起こってるので。

そこまでシビアにする必要があるのかどうかは分からないんですけどね…
日本ももっと厳選すれば、それほど絶版本ばかりにならないでしょうに、と思ったりします。

コメントする(要JavaScript)

Note


MAIL FORMBBS

購読する ATOM


Powerd by MovableType4.24-ja
Copyright 2004-2011 四季. All rights reserved.