「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」井辻朱美

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秋のはじめの穏やかに晴れたある日のこと、水晶通りにやって来たのは、マーレンという少女。夏の国で家政婦をしていた彼女は、街に沢山降ってきた「お手伝いさん求む」のちらしに興味を引かれ、ハルメ・ハイネの塔にやって来たのです。ヘルメ・ハイネは、全体に血の気の薄そうな魔法使い。最初はすげなくマーレンを断ろうとするヘルメ・ハイネでしたが、どうやらちらしを出したのは先代のハルメ・ハイネで、100年ほど前のことらしいと分かり、とりあえずマーレンを雇うことに。

上巻は、柔らかい色彩に包まれた物語。ここに描かれているのは、とても風街(感想)っぽい場所で、主人公のマーレンが魔女の箒のような古い箒を持ち歩いているというのも、ハウスキーピングのライセンスが「メアリー・ポピンズ・ライセンス」という名前なのも微笑ましいです。マーレンがいた夏の国というのは、地球上の孤児が集められているという場所で、マーレン自身も孤児なんですが、そこにも全然暗いイメージはなし。むしろ賑やかで楽しそう、なんて思えちゃう。でも、下巻に近づくに連れて、その暖かな色彩がどんどん薄れ、それに連れて体感温度もどんどん下がっていきます。あとがきにも、前半はカラーで描き、後半はモノクロで描くというイメージだったとあり、納得。

下巻に入ると、舞台はトロールの森へと移るのですが、そこは全くの冷たい灰色の世界。時々思い出したかのように、原色に戻ってしまった色彩が飛び散っているのですが、基本的に無彩色。前半の夢のような雰囲気が嘘のような、まるで悪い夢でも見ているような、何とも言えないない世界。でもそれでいてとても強烈な吸引力があるんですよね。終盤は、まさしく井辻さんが「エルガーノの夢」のあとがきに書かれていた、「とほうもなく非合理で、小説のようなちゃんとした構造をもっていなくて、断片的で」「詩のような夢のような、奇形であいまいで、それだから美しいような」叙事詩や伝説の世界。整合性があり、きちんとしているだけが、小説の魅力ではないんですよね。

そう考えると、小説ってどこか絵画と似ているような気がします。私は絵だと、例えばクレーやカンディンスキーの抽象画がすごく好きなんですけど(クレーは抽象画家とは言えないかもしれませんが)、小説でも抽象画的な、理屈では説明しきれない部分があるものに惹かれやすいのかなあ、なんて思ったり。
例えば、写真がなかった昔は、肖像画は写真のような意味があったわけで、貴婦人の着ているドレスの襞などをひたすら忠実に写し取ることが重要、という部分もあったと思うんですけど、写真がある今、実物にひたすら忠実な絵というだけではつまらないと思うんですよね。それなら写真を撮ればいいんだし。(もちろん当時だってきっと、実物にひたすら忠実な絵というだけではダメで、画家の個性とか、何かが感じられる絵こそが、今に残ってきていると思うのですが) だけどその写真も、写真を撮る人の個性によって、本当に様々な表情を見せるわけで。で、例えば、ノン・フィクションが好きだという人がいたら、それは絵よりも写真が好きだというようなものなんじゃないかなあ、なんて思ったりしたわけです。
小説と絵画の関係は今ふと思っただけだし、このままでは単なる好みの傾向の話になっちゃうんですが、これはつきつめて考えてみると、ちょっと楽しいかも♪(講談社X文庫)


+既読の井辻朱美作品の感想+
「風街物語 完全版」井辻朱美
「エルガーノの歌」「パルメランの夢」井辻朱美
「幽霊屋敷のコトン」「トヴィウスの森の物語」井辻朱美
「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」井辻朱美
「遙かよりくる飛行船」井辻朱美
「ファンタジーの森から」「ファンタジーの魔法空間」井辻朱美
「夢の仕掛け 私のファンタジーめぐり」井辻朱美
「魔法のほうき」井辻朱美
「ファンタジー万華鏡」井辻朱美

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