「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ

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「なぜ古典を読むのか」という問いの下に、カルヴィーノが定義した「古典」の14の定義。そしてホメロス「オデュッセイア」に始まり、オウィディウス、プリニウス、バルザックやトルストイ、ヘミングウェイ、ボルヘス、レーモン・クノーまで、30人ほどの作家とその著作を取り上げていきます。


まず古典に関する14の定義なんですが...
全部書くとさすがにマズいかなと思うので、特に印象に残ったものだけ抜粋。

1.古典とは、ふつう、人がそれについて、「いま、読み返しているのですが」とはいっても、「いま、読んでいるところです」とはあまりいわない本である。

これにはニヤリ。あ、でも「読んでいる」も「読み返している」も一緒だとカルヴィーノは書いてます。その理由も。

2.古典とは、読んでそれが好きになった人にとって、ひとつの豊かさとなる本だ。しかし、これを、よりよい条件で初めて味わう幸運にまだめぐりあっていない人間にとっても、おなじぐらい重要な資産だ。
3.古典とは、忘れられないものとしてはっきり記憶に残るときも、記憶の襞のなかで、集団に属する無意識、あるいは個人の無意識などという擬態をよそおって潜んでいるときも、これを読むものにとくべつな影響をおよぼす書物をいう。

要するに、若い時に古典を読んで十分理解できなかったとしても、その後ほとんど忘れてしまったとしても、知らないうちに自分の血肉となっているのが古典。だから「よりよい条件」とは言えないような若い時に読んでも大丈夫。だからといって、若い時に読んでいなくて、壮年または老年となった時に初めて読んでも、それは「比類ない愉しみ」をもたらすから、これまた大丈夫。

9.古典とは、人から聞いたりそれについて読んだりして、知りつくしているつもりになっていても、いざ自分で読んでみると、あたらしい、予期しなかった、それまでだれにも読まれたことのない作品に思える本である。

古典を読む時には、できるだけ原典だけを直接読むべきだ、というのは他の定義の所に書かれていたんですが、この定義にも当てはまるでしょうね。確かに、解説本や研究本によって妙な先入観が入ってしまうこともあるでしょうし、そういった本は原典以上に雄弁にはなり得ないかもしれないのですが... でも、たとえばその本に対して自分が理解しきれてないと思った時なんかに、色々な考え方について知りたくなってしまうことがあるのも事実。その場合は、先に原典を読んでいればオッケーでしょうか。(笑)
そしてこの定義のところに書かれていた「古典は義務とか尊敬とかのために読むものではなくて、好きで読むものだ」という言葉に、本当にただ「好き」だけで読んでいる私のようなへっぽこ読者は、大きく励まされるのでありました。(笑)


でもこの「なぜ古典を読むのか」ということだけで1冊書かれているのかと思いきや、最初の1章だけでした... あらら。
その後の文章は、主にある文学叢書の「まえがき」として書かれたものだそうなんですが、文体も違っているし、内容的にもちょっとバラバラな印象。しかもここで紹介されているのは、古い時代のいわゆる古典作品だけではなくて、「現代の古典」と言われるような、20世紀の作家の作品も結構入ってるんです。私は狭義の意味での古典作品について読みたかったので、ちょっと残念。でもカルヴィーノにとっての古典の定義の中に、「古代のものにせよ、近、現代のものにせよ、おなじ反響効果をもちながら、文化の継続性のなかで、すでにひとつの場を獲得したもの」という文章があるので、仕方ないですね。狭義の古典に拘らない人には、逆にブックガイドとして楽しめるんじゃないかと思います。私自身、もし今これほどまでに古典の気分になっていなければ、もっと楽しめたんじゃないかと。...うーん、今読んだのは、ちょっと勿体なかったかも。あ、もちろん、ホメロス~クセノポン~オウィディウス~プリニウス~アリオスト辺りは本当に面白かったし、興味深かったですけどね。(みすず書房)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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いま読んでいるところ。 これは大好きなタイプの本! 雑誌などに発表された32編のエッセイを集めたもの。まず「なぜ古典を読むのか」の一編が冒頭に置かれ、気... » Lire la suite

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なかなかキャッチーな題名のこの本。
でも中身は、どっちかいうといろんな書評の寄せ集め…ではありますね。

この本より、「文学講義」のほうが、カルちゃんのまとまった文学話になってるかも。
http://www.amazon.co.jp/gp/product/4022573651/ref=pd_sxp_grid_pt_0_0/250-9480893-1609811?ie=UTF8

講義といいながら、カルヴィーノが死んじゃったため、講義されなかったメモ。
たしか大学の講座で、ボルヘスのあとを担当する予定だったものじゃなかったでしょうか。

だから、ボルヘスにも同じような文学講義があって、いくつかあるんですが、「七つの夜」がすばらしいです。
目が見えなくなってから、記憶の中の本をたぐるように講義しているので、自己と書物が完全に一体化してて、ものすごく感動的です。

ナボコフも、前のふたりの作家に並べて語られがちですが、文学講義があります。
「ヨーロッパ文学講義」「ロシア文学講義」
ナボコフは、ドンキホーテとかドストエフスキーとかを罵倒してて、それが面白いです(笑)

この流れでは、大江健三郎さんが教育テレビの人間大学という番組でやってた、「文学再入門」も楽しいです。
大江さんが本を読んでるとき、どれだけ至福を味わっているか、よくわかる内容。
「文学再入門」はビデオで出てますが、本になったのは岩波新書「小説の経験」。


この四人は、近代小説というジャンルの最後の担い手…と、いえるかもしれない。

18世紀以降の植民地主義に基づく西ヨーロッパの繁栄が生んだ、文学ジャンル「小説」。
ヨーロッパの衰退、ふたつの世界大戦とともに、このジャンルはゆるやかに衰え、ちがうものにとってかわられつつある。
今、産業として成立してる「文学」は、「小説」とはちがうジャンルになりつつある、といえなくもないのかも。

この四人ではボルヘスがいちばん「いい先生」のように感じました。
小説の内側から文学全体を見るのじゃなくて、小説を文学の一部分、過ぎ去るものとして見ていた点で。

ナボコフあたりを読むと、文学って滅びちゃうんじゃないかと心配になりますが(笑)、
ボルヘス先生を読むと文学は人間が生きてるかぎりは続いてしまう因果なものだとカンネンします☆

overQさん、こんにちは!
ほんと、いろんな書評の寄せ集めですね。これじゃあ題名に偽りありだよ~と思いました。
最初の章のような感じでずっと続くと思ったのに、残念。
おお、「文学講義」という本もあるのですねー。面白そう。これは読んでみたいです。
カルヴィーノは、今度こそ「木のぼり男爵」と「まっぷたつの子爵」を読もうと思って
図書館で借りてきたので、その後にでも。
ボルヘスの「文学講義」は… あ、みすず書房。この「なぜ古典を読むのか」と装幀がお揃いですね!
こういうのを見ると揃えて欲しくなってしまう私… というのはともかく(^^;
神曲・悪夢・千一夜物語・仏教・詩… 取り上げてる作品からして面白そうです。わー、これも読んでみたいな。
ボルヘスは、先日「伝奇集」を買ってきたところなので、そちらが読めたら…
この「伝奇集」も、実は私にはかなり難関なのではないかとドキドキしてるんですが、大丈夫でしょうか!

>大江さんが本を読んでるとき、どれだけ至福を味わっているか、よくわかる内容。
わあ、そういうのっていいですねー。そういう本は、読んでいるこちらも幸せな気持ちになれそうです。
その点、文学が滅びちゃうか心配になるというナボコフの本は、読むのがちょっと心配でもありますが…(笑)
まずは気が済むまで古典作品を読み漁って、それから少しずつ時代を下って、とは思ってるんです。
ナボコフの本は、その時の指針になりそうですね。

色々教えて下さってありがとうございます!
文学論みたいなものって、今までほとんど読んでなかったんですが、面白いものですね。
井辻さんやトールキンのファンタジー論を読んだこともあって、ちょっと開眼してしまいました。
こうやって読んでるうちに、そのうちに文学の全体を俯瞰して語れるようになるのでしょうか…?
何十年読み続けても、overQさんのレベルには到達できなさそうですが、精進したいと思います。(^^ゞ

はじめまして。north poleと申します。
昨年、サイトのほうの赤江瀑の感想を拝見したのをきっかけに、多種多様な本の世界に惹かれて通い続けております。
最近『なぜ古典を読むのか』を読み始めたところで、こちらの記事が、四季さんの感想もコメント欄も非常に面白く、リンク&TBさせていただきました。
まだオウィディウス?プリニウスあたりを楽しく読んでいるので、この後ちょっと落ちるのかしらとドキドキ。それもなんだか楽しみですー。

north poleさん、はじめまして! サイトの方も見て下さってるんですね。
「通い続けて」だなんて嬉しいです。ありがとうございます~。

↑のoverQさんの下さるコメントはいつもとても勉強になるので、本当にありがたいんです。
それなのに、紹介して下さった本がまだほとんど読めてなくて… 読まねばー。
私がこれを読んだのは、狭義の古典に傾倒しすぎてるほどの時期だったし、
そもそも私自身、近代文学をよく知らないというのが問題だったような気もするんですよね。
north poleさんが読まれたら、後半ももっと面白く思われるかも。
読了された時の記事も楽しみにさせていただきますね。^^

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