「ファンタジーのDNA」荻原規子

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小学校の時、児童文学の中でファンタジーに出会ったという荻原規子さんによる、ファンタジーにまつわるエッセイ。主に理論社のホームページに2年間連載されていたウェブエッセイを本にまとめたもの。

本を読んでいて、この作家さんとは子供の頃の読書体験がかなり共通してそうだな、と感じることは結構あるんですが(私の読み進め方が王道だったとも言うんですが)、荻原さんともかなり共通しているようで、しかもドイツタイプの思考型ファンタジーよりもイギリスタイプの感覚型ファンタジーが好きだというのも一緒なので、なかなか興味深く読めました。特に面白かったのは、アラン・ガーナーの「ふくろう模様の皿」が、へたなホラーよりもずっと怖いという話。これは私は未読なんですが、ケルト神話の気配がかなり濃厚だという作品。でも「神話が深みからひっぱり出してくるものは、理性では手におえない強制力をもち、かなり恐い」のだそうです。ファンタジーを書くには神話や伝承、昔話に親しんでいることが必須だけれども、一歩扱いを間違えると、書き手である個人を破壊しかねないほど強力なものなのだとか。「ふくろう模様の皿」の映像化にまつわるエピソードにはびっくり。この作品、読もう読もうと思いつつ、まだ読んでなかったんですよね。読まなくてはー。
あと興味深かったのは、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの作品について。「DWJ作品の最大の特徴は、多くの印象鮮やかな場面にもかかわらず、物語のてんまつを長く覚えていられないことではないだろうか」というのは、本当にその通り! 私も結構読んだんですけど、覚えてられるのは、せいぜいそれぞれの作品の印象程度。「ハウルの動く城」を観た時も、荻原さんと同じく、原作ではどうだったかどうしても思い出せなかったんです。そうか、私だけじゃなかったんですねー。DWJ作品が終盤になると決まって「わや」になるのは、荻原さん曰く、ストーリーの定石を知りすぎているから。よく知られている枠組みを使いながら、話の展開も人物設定もわざと外して見せる、というのを繰り返すから、読者は頭が混乱してきてしまうのだとか。なるほどー。まあ、単にどんでん返しが多すぎるとも言えそうですが...。(笑) でも原書で読むと、日本語で読むほど「わや」にはならないのだそうです。言葉遊びが多いから、日本語に訳してる時点で、だんだん変になってくるんですって。もしかしたら原書で読んだ方が、違和感を感じることもなく、すんなり楽しめるのかもしれないですねー。(理論社)


+既読の荻原規子作品の感想+
「ファンタジーのDNA」荻原規子
Livreに、これ以前の作品の感想があります)

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