「ひかわ玲子のファンタジー私説」ひかわ玲子

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ファンタジー小説を書いていると、しばしばぶつけられる「ファンタジーって、何...?」という素朴な疑問。小説家としてデビューして10年経ち、ひかわ玲子さんご自身の問いでもあったという、ファンタジーとは何なのかについて考えていく本です。豊田有恒、金蓮花、小沢淳、前田珠子各氏との対談も。

ひかわ玲子さんといえば、実は漫画家さんなのかと思い込んでたんです。でもプロフィールを見ると、「翻訳家を経て小説家としてデビュー」とあるだけで、漫画に関しては全然。じゃあ「花とゆめ」に描いてらっしゃるあの人は...? と思っていたら、どうやらそれは「ひかわきょうこ」さんだったようで... とほほ。(なんて失礼なヤツだ)
そんな私がなぜこの本を手に取ったかといえば、まず石堂藍さんの「ファンタジーブックガイド」(私のバイブル)に取り上げられていたから。それと今度、ひかわ玲子さんが書いてらっしゃる「アーサー王宮廷物語」を読んでみようと思っているから。

小説というものは全般に架空の出来事を書いているという意味でファンタジーとも言えるんですが、ここで取り上げているのは、ファンタジーと呼ばれるジャンル。ファンタジーと一言で言っても異世界物だったり、架空の歴史だったり、日常の中の不思議だったり色々あるんですが、ここでは特に異世界ファンタジーについて。(ひかわ玲子さんの中では「ファンタジー」といえばまず異世界物なのかな?)
「ファンタジーなんて、神話や伝説を集めてくれば、すぐにできる」なんて言葉に苦笑させられることも多いんだそうですが、ひかわさんは逆に世界そのものが架空だからこそ、中身が絵空事になっては駄目なんだと書いています。例えば渋谷の街を舞台にした話なら、たとえそれが絵空事でも、渋谷という実在の街のリアリティに頼ることができるけれど、ファンタジーで架空の世界を描く場合、舞台も架空なら描いている事柄も架空の出来事。そこに息を吹き込むのは、実はとても大変なこと。
そして、日本人なのになぜ金髪碧眼の白人の話を書くのかという質問もよく受けるそうなんですが、それはファンタジーにとって異国趣味(エキゾチシズム)が非常に大切だから、なのだそうです。日常とは切り離された世界だからこそ、想像力が広がるってことですね。海外のSFやファンタジーで黒髪の美女が登場するのも、それと同じことなんだそうで... へええ、そうなのか。
でもいくら金髪碧眼の白人が動き回っていても、日本人であるひかわ玲子さんの中から生まれてきた作品である以上、それは欧米で生まれたファンタジーとは本質的に違うもの。書き手の生まれ育った文化・風俗・社会が現れていて、キリスト教世界ではあり得ない日本人的世界になってるんだそうです。逆にそれが現れていなければ、絵空事で終わってしまっている、とも。確かにトールキンの「指輪物語」はとても大英帝国って感じだし、アメリカのファンタジーはどれもアメリカ的ですものね。あまり考えたことがなかったんですが、たとえ西欧的な世界を舞台にはしていても、日本人の書くファンタジーは日本人にしか書けない作品なのかも。
対談もそれぞれに面白かったし、ファンタジーについて色々新しい面が見られたし、これはひかわさんのアーサー王物が楽しみになってきました。早く読みたいな~。(東京書籍)


+既読のひかわ玲子作品の感想+
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