「銀のほのおの国」神沢利子

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小学校6年生のたかしと小学校3年生の妹のゆうこは、家の壁にかけてある剥製のトナカイの首を見ているうちに、まるでその首が魔法にかけられているような気がしてきます。そして「この魔法をといてあげたらすごいんだけど!」というゆうこの言葉に、たかしは映画で見たいくつかの場面を思い出しながら、呪いを解くような言葉をできるだけ厳かに唱えてみることに。するとその時、トナカイのガラスの瞳の奥で炎が揺れたのです。炎はたちまち瞳いっぱいに広がり、鼻は火のように熱い息を吐き出します。たかしは咄嗟に持っていたロープを枝角にかけるのですが、トナカイに恐ろしい力で引きずられ、しがみついたゆうこもろとも壁穴に引っ張り込まれてしまい、気がつけば一面の枯野に取り残されていました。

子供の頃から気になって何度も手に取ってはいたんです。題名がいかにも私好みそうで。でも表紙や挿絵があまり好みじゃなくて、結局書架に戻してたんですよね。でもどうやらファンタジーを語る時に欠かせない傑作のよう。なので今だにもひとつそそられないままだったんですけど(笑)、読んでみました。
いやあ、とても骨太な作品でびっくりです。端的に言えば、青イヌとトナカイの戦いの物語。でも、きっと無意味な殺戮を繰り返す青イヌは敵側なんだろうな、というのは分かるんですけど、本当にトナカイ側が善で青イヌ側が悪なのかは、読んでいてもなかなか確信が持てないんですよね。読者が確信を持てなければ(って、分かってなかったのは私1人かもしれないんですが)、主人公のたかしやゆうこも当然分からないわけで...。突然知らない世界に放り込まれた2人は、どちらが信じられるのか自分自身で感じなければならなくなります。トナカイにはトナカイの論理があり、青イヌには青イヌの論理があるんです。もしこの物語で2人が最初に出会ったのが青イヌ側だったら、話の展開は全然違ってしまっていたかも。話としてはC.S.ルイスのナルニアに構造的にかなり似てると思うんですけど、善悪二元論にならないところがナルニアと違う... というか、日本の作品らしさなのかな。日本にも善悪二元論の作品は沢山ありますけど、敵にも言い分はあるって話も多いですよね。
文明社会の中で生き抜くのも大変だけど、大自然の中を生き抜くのはそれよりも遥かに過酷なこと。どうしても動植物を問わず他者の命を奪わなければ、自分自身が生きていくことはできないわけです。でも奪った命を尊厳を持って扱うかどうかが問題なわけですね... という部分で中沢新一さんのカイエ・ソバージュシリーズを思い出してしまいました。全5冊のうち、3冊で止まってるんです... 読まなきゃ!
読む前はなんとなくアイヌのイメージを持っていた作品なんですが、作者の神沢利子さんは幼少時代に樺太(サハリン)で暮らしていたのだそう。この雪と氷が果てしなく続く大地のイメージは、そちらのイメージだったんですね。(福音館文庫)

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