「須賀敦子全集2」須賀敦子

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須賀敦子さんの全集の第2巻。これは既読の「ヴェネツィアの宿」(感想)と「トリエステの坂道」(感想)、そして1957年から1992年までのエッセイが収められた1冊。以前、手元の本の文庫のカバーが2巻なのに中身が1巻でびっくりしたと書いたんですが、その後無事に版元さんに交換して頂けました♪ 文庫版の全集では、まだ5巻が発刊されていないので、今のところこれが最後の1冊です。やっぱりこの辺りのエッセイはいいですねえ。読んでいてとても好き。でも「ヴェネツィアの宿」と「トリエステの坂道」については以前感想を書いたので、まあいいとして。今回は全集でしか読めない1957年から1992年のエッセイについて。

須賀敦子さんは、まずフランスに留学して、それからイタリアへと行って、結局そこで結婚することになるんですけど、今回このエッセイの中では、フランスとイタリアの違いについて時々触れてらっしゃるのが印象に残りました。フランスには2年滞在したのに、フランス語「いっこうにモノにならなかった」のに比べて、イタリアにはたったの2ヶ月の滞在で日常会話に不自由しない程度に話せるようになったという話。もちろん、英語やフランス語は日本の学校での勉強、イタリア語は現地の外国人大学だったという環境の違いは大きかったでしょうし、フランスでは随分嫌な思いもしたのに比べて、イタリアでは須賀さんが1つ単語を覚えるたびに喜んでもらえたりして、それもあってイタリア語にはずるずるとのめりこむように取り組んだのだそう。

パリの早口のフランス語になやまされていた私は、イタリアに来て、ほっとした。まだほとんどその国のことばは知らなかったのだが、イタリア語のゆるやかさ、音楽性がたいそう身近で、やさしい感じをうけたのである。そのせいか、自分にもわからぬ速さ、自然さで、イタリア語をおぼえることができたように思う。

ああ、分かるなあ、って思っちゃいました。私もフランス語を断続的に何年か勉強してるんですけど、全然モノにならないままなんですよね。って、もちろん私の勉強不足が最大の要因なんですが(笑)、いくら勉強しても話せるようになる気がしないんです。須賀さんがたったの2ヶ月でイタリア語の日常会話を操れるようになったと聞くと、すごい語学の天才?!って感じだし、実際才能はある方なんでしょうけど、でもイタリア語だったらそれもあり得るかもって思うんです。
私が以前フランスに行った時は、励ましてくれるような人こそいても、意地悪するような人には当たらなかったので、別に須賀さんみたいにフランスに対して悪印象を持ってるわけじゃないんですけど... やっぱり日本語とイタリア語って、発音的にも相性がいいと思うんですよね。それに確かに音楽的で耳にやさしいし、フランス語よりも聞き取りやすそう。実際、以前イタリアに行った時に、事前に初心者用の本をざっと見ていた程度だったのに、お店の人や街の人たちが言ってることもなんとなく分かる部分が多くて、びっくりした覚えがあります。「フィレンツェに何日いるの?」と聞かれて、ごく自然に「10日間」って答えていたり。本屋で地図を調べていたら、現地のおじさんたちが「どこに行くんだ?」と一緒に探してくれて、文章にはならないながらも、なんとなくコミュニケーションが取れていたり。私の場合、大学の第二外国語がスペイン語で、スペイン語とイタリア語って同じ日本語の中の方言のように似てる部分が多いので、ある程度素地ができていたとも言えると思うんですが。
もしかしたら自分にはイタリア語の方が向いてるかも、なんて思いつつフランス語を続けていたんですけど、やっぱり自分にとってはイタリア語の方が居心地がいい言葉かもしれないなあ、って改めて思っちゃいました。来年はイタリア語に挑戦してみようかしら? 現地で勉強、なんてことは到底できないし、せいぜいNHKのラジオ講座ぐらいなんですけどね。もちろんイタリア語にはイタリア語の難しさがあるでしょうし、1つの単語を覚えるたびに喜んでくれるイタリア人気質の後押しは期待できないので(笑)、とてもじゃないけど数ヶ月でマスターなんてできないでしょうけど、もしかしたら私も私なりに、ずるずるとのめりこんでしまうかもしれないなあ、なんて思ったりします。(河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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Commentaires(4)

 フランス語をされてるんですね。日付やコメントのカテゴリーなど、あちこちフランス語で埋め尽くされているので。フランス語をされているのであれば、イタリア語も楽に身につけていくことができるのではないかと思うんですけど。
 フランスよりもイタリアのほうがなじみやすいというのはよくわかる気がします。言葉も人も文化も、日本人としてはとっつきやすいのかもしれませんね。言葉はその国を象徴していると言いますから、言葉自体になじみやすいということは、当然その国にもなじみやすいということになるのではないかと思います。
 post scriptum 須賀敦子といえば、アントニオ・タブッキを思い浮かべてしまいます。

kukuluxさん、はじめまして。
確かにフランス語をやっていれば、イタリア語は比較的楽に身につけられそうですね。
今までは、大学時代に勉強したスペイン語とごっちゃになりそうでそれも不安だったんですが
もう既にかなり時間が経って、いい感じで薄れてますし。(笑)

元々、なぜスペイン語でもなくイタリア語でもなくフランス語を始めたかといえば、
フランス文学の存在が大きかったのですが…
須賀敦子さんの著作を通してイタリア文学にかなり惹かれ始めているので、今が始め時かもしれません。
アントニオ・タブッキもまだ「インド夜想曲」しか読んでないので、また色々と読んでいきたいですし。
確かに、言葉に馴染みやすければ、国や文化にも馴染みやすそうですね。

おお~、イタリア語始められますか!!
少し基礎がおありになるようだから、始めるというより続けるの方が正しいかも。
フランス語がわかればイタリア語の習得はかなりラクだと思います~。
須賀さんの場合もそうだったのではないかな。
その逆は然りではないけれど(^^ゞ。私も最初にフランス語やってればよかった…。
文法などよく似ているし、四季さんのおっしゃるようにもしかして方言程度の違いかも。
母音のはっきりしているイタリア語は日本人にとってとても発音しやすいです。フランス語と違い楽勝です(笑)。
語学は耳を慣らすのが結構大切だから、ラジオ講座を聞くだけでもいいですよね。
なんて偉そうなこと言ってすみません。私もまだまだイタリア語を制覇できず悩んでるとこです(-_-;)。

いえいえ、「続ける」じゃなくて「始める」ですよ~。
でもほんと、フランス語はフランス語でしばらく脇に置いておいて
しばらくイタリア語に集中してみようかなって気になってきてます。
ラテン語系は、どれもほんと似てますよね!
フランス語だけは発音が違うけど、イタリア語もスペイン語もフランス語も単語を見るとそっくり。
あ、方言程度の違いというのは、イタリア語とスペイン語のことなんですけどね。
きっとポルトガル語なんかもそうなんでしょうね。

イタリア語をやって、いつか「アエネーイス」をイタリア語で読むぞ!
なんていきなりハードルが高すぎることを言ってますが… 夢は大きく。(笑)
いえ、元々はイタリア語じゃなくてラテン語だっていうのは分かってるんですけど(汗)
日本語版を2つ読んでも、どうもイマイチ伝わってこないのは
この作品を日本語にするのが難しすぎるせいなのかも、と…。
ま、それはともかく、いつかはそのレベルにいけるといいな~。
ねるさん、頼りにしてます!!

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