「チャドルの下から見たホメイニの国」新藤悦子

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1985年の春から秋にかけてトルコのカッパドキア地方に滞在していた新藤悦子さんは、目的の絨毯織りも完成し、滞在許可の期限も切れるため、一旦国を出ることに。再入国すればまた3ヶ月いられるのです。トルコの西隣のギリシャへはもう何度も行ったことがあるし、査証が必要なブルガリアやソ連、シリアは手続きをする時間がないこともあって却下。丁度絨毯に興味を覚えた時で、ペルシャ絨毯の産地も訪ねてみたいと、新藤さんは東側の国境を越えてイランに入国することに。

イランもトルコと同じように、国民の大多数がイスラム教徒。でも1979年のイスラム革命以来、イスラム法が国の法律となったイランで味わうことになる不自由さは、政教分離で自由な雰囲気のトルコとは大違い。イランでは旅行者でもお酒を飲むことは禁止されているし、女性はチャドル着用が義務。たとえばカメラのような高額品を売り払ったりしないようにパスポートにナンバーが控えられるし、音楽テープやファッション雑誌など反イスラム的なものは国境で没収されちゃう。新藤さんもバスの運転手の後ろの一番前の座席に座っていただけで、革命警備隊に言いがかりをつけられたり(女性が近くにいると、運転手の気が散るから!)、父親か夫の同伴なしではホテルにもなかなか泊まれないという現実に直面することになります。テヘランでは、チャドル代わりのイスラミックコートを着ていても、ボタンを外して羽織っているだけで革命警備隊が飛んでくる始末。いやー、イランって想像以上にすごい状態だったのね。と読んでる私まで圧倒されちゃう。
それでもそんな状態に徐々に慣れてくるにつれて、イランという国がだんだんとはっきりと見えてくることになります。イランでも色んな出会いがあって、それぞれがとても印象的だったんだけど、共通して考えさせられるのは祖国と自分との繋がりかな。イラン・イラク戦争の間に外国に出てしまった人は多いし、戦争が終わってからも出たがってる人は沢山いるんです。でも敢えて国から出ないで留まる人もいれば、戻ってくる人もいる。たとえば、芸術家たちのほとんどがイランを出ても、イランを出たら絵が描けなくなると留まり続けた画家のキャランタリー氏。彼の語る、イラン人の持つ「ヘリテージ」の話は色んなところに繋がってきます。あと、ドイツの大学の歯科医学部を卒業して、ドイツでも開業できるにも関わらず、イランに戻るつもりの青年。理由は、ドイツでは常に異邦人だけどイランではそうではないから。「ビコーズ、イッツ、マイン」という言葉がとても印象に残ります。(こんな風に書いてしまうと、本文の重みが伝わらないのだけど...)
チャドルさえ着ていれば、極端な話、下は裸でも構わないんですよね。ましてやこっそりカメラを持ち込んでもバレることなんてないんです。形さえ整えておけば、中身はどうでもいいの?なんて思ってしまうのだけど、新藤さんはそれをしっかり逆手に取ってます。ちゃっかりチャドルに隠れて人々の生活の中に入り込んで、見るべきものはしっかり見ているという感じ。いやあ、この本は良かったな。そういう風に人々の中に入り込んでるからこそ伝わってくるものが沢山あるし、相変わらずの新藤さんの行動力もすごいですしね。(笑)(新潮社)


+既読の新藤悦子作品の感想+
「空とぶじゅうたん」1・2 新藤悦子・こみねゆら
「青いチューリップ」「青いチューリップ、永遠に」新藤悦子
「エツコとハリメ」新藤悦子
「トルコ 風の旅」「イスタンブールの目」新藤悦子
「時をわたるキャラバン」新藤悦子
「羊飼いの口笛が聴こえる」新藤悦子
「チャドルの下から見たホメイニの国」新藤悦子

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