「老子・荘子 ビギナーズ・クラシックス中国の古典」野村茂夫

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李白に引き続きの「ビギナーズ・クラシックス中国の古典」。老荘思想には以前からちょっと興味があったので読んでみたんですが、孔子の「論語」を読んだ時みたいには楽しめなかったなあ。老子はなんだか抽象的なことばかり言ってるし... 実際、彼の説く「道」というのは簡単に言葉にできるようなものではないとのことなので、それも致し方ないんでしょうけど、読んでいても大きすぎるというか、深遠すぎてなかなか響いて来なかったです。それに比べると荘子の方がもうちょっと地上の人間に近い感じかな。具体的な分、分かりやすいですね。
このシリーズは、あと「 韓非子」と「 杜甫」があるんですが、そちらは未購入。せっかくだし、やっぱりこの2冊も買っておいた方がいいかしら。「韓非子」は、また読むのにちょっと苦労しそうかな? やっぱり「 杜甫」だけにしておくかなあ。(角川ソフィア文庫)


+関連シリーズ作品の感想+
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孔子と老子だと、老子のほうが古そうですが、
じつは老子のほうが新しいという説もあるんだそうです。
少なくとも、老荘をペアにして、
中央で出世するのとはべつな人生がありえる
…という隠然とした主張が出てきたのは、
儒教が国家の価値観として採用されたあとのこと、
その抵抗勢力ではあるんでしょうね。

「論語」はどうやって成立したのかわからない奇書の中の奇書。
孔子の言動を中心にした断片の集成ですが、
誰がどのように記憶・記録していたものから、
どんなふうに選んでくれば、あんなヘンな断片になるのか。
それがいつも不思議です。

また、元のテキストは「断片」にすらなっていなくて、
漢字がダラダラつらなってるだけだとか。
どこで区切るのかは絶えず議論されてきたことのようです。
ひとつひとつの断片は、あまりにも短すぎて、
漢字が数十個並んでるだけなんてこともある。
どう意味をつむいでいいのやら、考え込むものばかり。
伝統的な注釈も、「超訳」と呼べるような代物になるほかない。

わけわかんないぶん、逆に、
自分の無意識を投影できるんですね。
ロールシャッハテスト状態ですw
「論語」について書かれた文章は、だから、
けっこうどの人のも面白いです。
論語というテキストに仮託して、
その人その人の魂が語ることになるから。
白川静の孔子伝なんかも、すごく変わってて面白いです。

一方、「老子」は形がじつははっきりしている。
「老子」の正体は、レトリックと思う。
あるルールにのっとって、言葉をつなぎ合わせれば、「老子」になる。
例えば、
「四季のうちに四季あり。
四季の外に四季あり。
内なるもののうちに四季の外はあり、
外なるもののうちに四季の内がある。」

…意味なんて全然ないんですが、
いわくありげには見える言葉のトリック。
呪文に近いものなのかもしれません。
もともとは「白いひげの老人」という
老子の元型イメージとは結びついてなかったんじゃないでしょうか。

孔子という人は、たぶん葬送の呪術の家系で、
音楽や呪文によく通じていて、
かけってそうしたもののもつまやかしに気づいていたのかもしれません。
つまり、むしろ、孔子のほうが、
「老子」的な言語への抵抗勢力として、弱弱しく出発したのかも。

儒教的なものと道教的なものの対立は、
ニンゲンの本性にかかわっていて、たいへん面白いし、
実際、中国の国家と人民の歴史を作ってきた二極なんでしょうね。

あら、老荘は最初はペアになってなかったんですか?
荘子の言葉は時に老子からの引用を含み… みたいな説明がされてたので
最初からセットにされていたものだとばかり思っていました。
でもその割にあんまり似てないなあとも思っていたんですよね。
いえ、言ってることの本質は似てるんでしょうけど、表れ方が違いすぎて…
セットにされたのが後のことだと聞くと、妙に納得してしまいます。

でもやっぱり面白かったのは論語の方ですね。
解説してる人が違うから比べにくいんですが、もう勝負にならないぐらい。
確かに、どうやって論語みたいな本が成立したのか不思議になってしまいますけど
それが逆に、本当に日々の言動を書き留めてたんだなあという感じで好きです。
今の時代なら録音という手もありますけど、この頃のことだから
みんな必死に覚えておいて、後で書き留めたんですかねえ。
その段階でいささか歪んでしまったという部分もありそうですね。(笑)
元のテキストが、漢字ダラダラ状態だったのなら尚更…
あ、それは中国の人でも解読しにくい状態だったのでしょうか。

解説する人によって、その人が無意識に投影されているというのはいいですねー。
わーい、ロールシャッハテスト。
言葉そのものは具体的なのにロールシャッハテスト状態って、そういうのは結構好みかも。
他の人の論語のテキストも読んでみようかな。
小説なんですけど、酒見賢一さんの「陋巷に在り」にも孔子が出てきて面白かったんです。
結構極端な描かれかたでしたけど。(笑)
白川静の孔子伝もぜひ読んでみたいです。

老子に関しては、その教えとかを知る前に
西遊記に太上老君として出てきた老子にすごく馴染んでいたんですよ。
そこに出てくる太上老君のイメージから、もっと分かりやすい言葉なのかと思ってたら
実際には意味深な言葉の羅列だったので、ちょっと面食らってしまいました。
それこそ、意味なんてどうとでも取りようがあるような気が…
「四季」の言葉のトリック、なるほど老子的ですね!
本当はそれほど中身なんてないのに、みんな深読みしすぎてるとか…
あ、さすがにそれはないですか。そうですか。(笑)

道教も儒教も色々知れば、もっと面白くなるんでしょうね。
そうでなくても中国物には以前から興味があるので
ぼちぼちと読んでいこうと思います♪

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