「勇士ルスランとリュドミーラ姫」プーシキン

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ロシアの詩人・プーシキンが、子供の頃に聞いたロシアの昔話を元に詩として書き上げた作品。ここに収められているのは「サルタン王のものがたり」「漁師と魚」「死んだ王女と七人の勇士」「勇士ルスランとリュドミーラ姫」の4編で、それぞれ散文の形に訳されています。
昨日の「ハンガリー民話集」を読んでいたら、無性に読みたくなっちゃいました。子供の頃、気がついたら本棚に入ってた本です。昭和33年発行の本なので、きっと父の本だったんでしょうね。古すぎて、アマゾンには本のデータもありませんでしたよー。すっかり古びてページの色も茶色味を帯びてるんですけど、ずっと大好きで大切にしてる本です。

「サルタン王のものがたり」は、2人の姉の悪だくみのために、樽に入れられて海に流されたお妃さまと王子の話。2人は何もない島に流れ着くんですけど、トビと争っていた白鳥を助けたことから、王子は白鳥に助けられてその島の領主・グビドン公となります。で、時々こっそりお父さんの顔を見に行くんです。このグビドン公が聞いてきた不思議な話を白鳥が実現してくれるところが好き。
「漁師と魚」は、願い事を叶えてくれる金の魚の話。でも昔話にありがちな「3回」ではないのが特徴ですね。
「死んだ王女と七人の勇士」は、ロシア版白雪姫。本家の白雪姫と違うのは、姫が入り込んだ家に住んでいたのは7人の小人ではなく勇士ということ、そして姫を助けるのが許婚の王子さまだということ。
「勇士ルスランとリュドミーラ姫」は、結婚式の夜に攫われてしまったリュドミーラ姫を、ルスランと他の3人の騎士たちが探しに行く物語。とても好きなのは、「フィンのおきな」が死んだ勇士ルスランに死の水と命の水をそそぐ場面。「死の水をふりかけると、みるみる傷はかがやきはじめ、しかばねはうつくしいふしぎな色につつまれました。」というところ。いきなり命の水をかけるのではなくて、まず死の水をかけるというのが、子供心にすごく印象的だったんですよね。そして「サルタン王のものがたり」にも出てきた魔法使いの「チェルノモールじいさん」が、あちらと同一人物のはずなのに全然雰囲気が違うのが面白いです。きっとこっちの方が本来の姿なんだろうな。

他の地方の童話に似ていても、4つの物語はそれぞれにロシアらしさを持っていて、それが他の地方の民話には全然見ない部分で、そういうところがとても好き。「勇士ルスランとリュドミーラ姫」はオペラにもなってるんですけど、元々はプーシキンの叙事詩なんですよね。子供用の本ではなくてきちんとした叙事詩の形に訳されたものがあればぜひ読みたいところなんですが... やっぱりないのかなあ。時々思い出しては探してみてるんですけどね。(岩波少年文庫)


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お父様の本で読まれただなんて、素敵ですね。
とは言え、昔の本は字がめちゃくちゃ小さいですよね。
その上紙面がセピア色になっちゃってるし。(*^。^*)
でも、父と娘の静かな時間を感じていいなぁと思っちゃいました。
ルスランとリュドミーラは、私にとってはバレエでなじみがあります。
本を読んで観ればより深く味わえるのではと思いました。
ロシアの風土が素晴らしいのでしょうね。

私が物心つく前に父が買ってくれてた本は色々あるんですが
(「森は生きている」もそうやって読みました♪)
この本は昭和33年ですしねえ。私なんて影も形もない頃ですし。(笑)
父は本当に読んでいたのかな~?
さすが年代を経ているだけあって、ページをめくる時にも静かにめくらないと
すぐ破れてしまうので要注意なんですが、それだけに大切な本なんです♪

あ、バレエもあったんですか!>ルスランとリュドミーラ
オペラの方も、実は序曲ぐらいしか知らないんです。
バレエ、いいですねえ。一度観てみたいです。

コメントを書こうと思ってたら、ことばをつづるうち、あんまり長くなってしまって(⌒_⌒;)
結局、うちで記事にしました。

「サルタン王」は、日本では民話「炭焼き小五郎」として知られるもの。「結婚」という神話的主題。
「白鳥」と関わるのも、大きい共通点。(うちの記事では書ききれなかったんですが、「炭焼」ではよくわからない「水鳥」の登場が、サルタンのほうがはっきりしてるかも。)

ヨーロッパでは近代化の一方で、連綿と神話の古い層へのノスタルジーがあって、グリムがひとつの里程標ですが、プーシキンでもやっぱりそれがあるんですね。
柳田国男も、グリムやフレイザーに触発されて、少年時代に知っていた「埋もれた日本」に目覚めていった。

それにしても、四季さんの細部への読みがすばらしいですね。
「死の水」はとくに興味深いです。
「死に水」というものがありますが、一方であれは「若水」。年が改まる旧正月の朝、井戸からくむ水が元にある。
ヨーロッパでも、「天の露 dew」への聖書以来の信仰があって、デュウという音はたぶんデウス(神)と韻を踏んでいます。

ユーラシアの西と東で、神話や伝説が、奇妙に似てること。
最初はトンデモと思ってたけど、これはほんとにつながってるみたいですね。
人類はひとつのところから、枝分かれしていった。
それは種としてだけでなくて、ココロもイノチもそうなんだ。そんなことを思っています。

民話絡みのロシア人作家といえばトルストイが有名だと思うんですが
プーシキンも実はそうなんですね。
プーシキンは貴族の生まれだし、当時のロシアの上流家庭といえば
ロシア語よりもフランス語、なんて教育を受けてたんじゃないかと思うんですけど
そんな中で乳母(?)から聞かされた物語を大切にしていたようです。

「サルタン王」は、よくあるパターンだとは思ったんですが
「白雪姫」みたいにコレというのが思い浮かばなかったんです。
そうか、「炭焼き小五郎」だったんですか! いや、この話は知りませんでした。
この話、overQさんが読めばもっと色んなモチーフを読み取れると思います。
王様が3人娘の中から末娘を選んだこと
末娘に嫉妬した姉2人が末娘が産んだ子を動物と取り替えて「けだものの子だった」と報告したこと…
あと白鳥と争っていたトビは、実は悪い魔法使いですし。
グビドン公が白鳥に叶えてもらう3つのことも、なんだかすごく特徴があって。
きちんとした訳本が今出てるのかどうか分からないんですが、
ぜひ読んでみていただきたいです!

いや、でもそんな、overQさんに褒められてしまうとは…
本当にこんな読み方でいいのかしらと思ってしまうほどなのに。
(十分楽しんでるからそれでいいんだ!と普段は割り切ってますが(^^ゞ)
死の水と命の水は、初めて読んだ時子供心にも衝撃的だったんですよ。
普通の童話だと、大抵はいきなり命の水をかけてしまうし、それで事足りるし。(笑)
あ、デュウとデウスは、私も実は思ってたんです! おおー、やっぱりそうでしたか。
(なんで隠れキリシタンが「デウス」言うのかずっと不思議だったんですが
これってラテン語だったんですね)

>人類はひとつのところから、枝分かれしていった。
本当にそうなんでしょうね。
クロマニヨン人とかネアンデルタール人とかジャワ原人とか北京原人とかいろいろありますけど
結局のところ1つだったんでしょうね。ココロもイノチも。
となると、そもそもどこから出てきたんだろう? なんて考えてしまいます。
地球のヘソはどこ?(笑)

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