「小説はゴシップが楽しい」青山南

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「小説そのものも楽しいが、その周辺のことを知るともっと楽しい」という青山南さん。ゴシップというと下世話な噂話を想像してしまうんですが、そういった興味本位の噂話の本ではありません。ここで言うゴシップとは、作品や作家、出版業界の周囲の様々な話題のこと。

ええと、文章を書いてるのが青山南さんですしね、エッセイとしては読みやすいんですけど... 他のエッセイほど楽しめなかったのは、やっぱり私があんまりアメリカ小説を読んでいないからなんだろうなあ... もちろん知らなくても面白く読める部分もあるんですけど、たとえばポール・オースターの章は他の作家さんの章よりずっと楽しく読めたことを考えると、もっと知っていればきっともっと楽しめたんでしょう。
そんな私にとって一番面白かったのは、コラムに関する章。「それにしても、あれはどうにかならないものか。読んだコラムがおもしろかったときにそれをたたえるためにつかう、「良質の短篇小説でも読むような」とか「一級品の掌編にでもめぐりあったような」という常套句。あれはよそうよ。」という文章にはドキッ。確かにここで短編小説を引き合いに出す必要なんて全然ないですよねえ。でも私もそういうことを書きたくなっちゃうことがあるからなあ。青山南さんが書いてらっしゃるように「コラムは、うまくいった場合でも、よくできた短篇程度のものにすぎない、という意識がかくれている」というわけではないんだけど、でもやっぱりそうなのかも...。で、「これはもはやスポーツライティングではない」なんて言い始めるんですね。(笑)
あとはデビュー前に原稿を突っ返されたり、デビュー後でも原稿がボツになったりという話。時にはどっちも体験してない人もいるようですが、やっぱり結構大変みたい。それでも書き続けなければ作家として大成することはできないし... 成功するには純粋な才能の他にも、確固とした自信や強い精神力が必要なんでしょう。せっせと投稿し続けて、しまいには出版社がそのパワフルさに負けてしまうというケースもあるようだし。そしてスティーヴン・キングみたいな人気作家でも、短篇60篇(!)と長篇4篇がボツになってるそうなんですが、まるでめげずに「ぼくはいくらでも書けるから、そんなの、ものの数じゃないヨ」と明るいんですって。やはりこういう作家が最後まで生き残るんだな。(晶文社)


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