「キプリング短篇集」キプリング

Catégories: / /

 [amazon]
市街の中心地に深く入り込んだところにあるアミール・ナトハ横丁。そこに住む若く美しい寡婦・ビセサは、ある日イギリス人のトレジャゴがまぐさに躓いて転ぶのを見て、窓の奥で笑い声をあげます。咄嗟に「千夜一夜」の「ハル・ダイアルの恋歌」を歌い出すトレジャゴ。小さな声ながらもその歌を見事に歌い継ぐビセサ。そして翌日、トレジャゴに謎めいた包みが届くのです。それはビセサからの謎かけ。トレジャゴはその夜ビセサのもとに赴き、2人は愛し合うようになるのですが... という「領分を越えて」他、全9編の短篇集。

常にインドが背景に存在するキプリングの作品。そしてそのインドの深みが結構怖いんですよね。以前読んだ「獣の印」(感想)も結構怖かったし、上にあらすじを書いた「領分を越えて」も強烈な作品です。義兄にそこまでする権利があるのか? いや、インドではあるのか...? なんて思いつつ。あと「モロウビー・ジュークスの不思議な旅」も、キプリングならではのインドですね。インドの奥の深い迷宮のような部分がとても印象に残ります。

私が気に入った作品は「めえー、めえー、黒い羊さん」。これは、キプリング自身の幼い頃を描いた自伝的な作品なのだそう。「黒い羊」というのは厄介者という意味ですね。There's a black sheep in every flock... どこにでも厄介者はいる、みたいな意味のことわざ。両親と一時的に別れて暮らすことになった幼いパンチとその妹・ジュディなんですが、引き取られた家でパンチは文字通り「黒い羊」となってしまいます。ジュディはみんなに気に入られるのに、パンチ1人ローザ叔母さんとその息子ハリーにいじめられる日々。パンチ視点の物語なので、ローザ叔母さんがどうしてそこまでパンチが嫌いになったのかは分からないんですが。
最終的には仲介してる人が相当まずい状態になってるのに気づいて、2人の母親が迎えに来ることになるんですけど、パンチはその愛情も信じられないんです。夜、部屋に入って来た母親を見て「暗い中をやって来て叩くなんて卑怯だ。ローザ叔母さんだってそんなことはしなかった」なんて思うほどですから。これはお母さんにしてみたらショックですよね...(どんな理由があるにせよ、5年も放置してる方にも責任はあると思いますが) そしてそちらもインパクトが強いんですが、妹のジュディの方も案外、ね。ローザ叔母さんがあれだけ手懐けてたのに皮肉だわ~。まあ皮肉といえば、そんな兄妹にパンチとジュディなんて名前がつけられてるのが一番の皮肉なのかもしれませんが。
あと、色んな物語を作り出すのが大好きな主人公が不思議な夢をみる「ブラッシュウッド・ボーイ」も好き。この作品もキプリング自身を投影しているのかしら。なんて思ったんですけど、どうなんでしょうね。(岩波文庫)


+既読のキプリング作品の感想+
「プークが丘の妖精パック」キプリング 「夏の夜の夢・あらし」シェイクスピア
「少年キム」ラドヤード・キプリング
「キプリング短篇集」キプリング

| | commentaire(2) | trackback(0)

Trackbacks(0)

「キプリング短篇集」キプリング へのトラックバック一覧:

URL TrackBack de cette note:

Commentaires(2)

「黒羊さん」は、リアル・ハリー・ポッターですよね。
ハリポタを子供たちに読ませると、
「魔法学校とかいっても、いじめられている子の妄想とちゃうの」
…と身も蓋もないことを言い出す、斜に構えた輩がきっといますが(笑)、
その世界がまさにここにあります(´д`;)

あからさまに現実逃避として、物語へ耽溺する少年。
助けてくれそうな白髪のおじさんは、魔法学校の校長ではなく、
傷痍軍人年金で世の中の隅っこに細々と生きる
極力無力な存在にすぎず、スペイン風邪で死ぬし。
復讐のため、やがて「名前を呼んではいけないあの人」に魂を売るハリポタ。
「黒羊」は、やっぱり「黒山羊=サタン」を連想しますw

「片目を闇(ヴォルデモート)に食われる」
ということになるのも、ひどく気にかかります。
この象徴は、普遍的なんでしょうか。
「闇を見つめすぎると、闇の光が見える方へまぶたが開き、
代わりにこの世では失明する」
…というのは、漫画「蟲師」で私は見出したシステムなんですが、
この片目の主題は世界中にあって、こんなところにも出てくるのが不思議です。
たんなる象徴というにとどまらず、ボルヘスなんかは実際に
「それを見た」せいで両目を失ったのではないでしょうか。
読んでは(呼んでは)いけないあの本
…世界のすべて(とそれ以上)が書かれているという…
あの本を、彼は夢の図書館で読んでしまったのだから。

キプリングの作品は、やっぱり「闇に開いたほうの眼」で見た物語がすばらしい。
アカデミックな世界ではいつの間にか、
キプリングといえばオリエンタリズムの文脈から出発して、
あーだこーだ言われることになってしまってて、
この短編集の解説なんかもその流れにあるようです。
作品のセレクションも、キプリングという偏狭で歪な大英帝国主義者が
どこから生まれてきたかを分析しよう…というような観点を感じさせるところがある。
でも、それは現実に開いたほうの魂なきキプリング。
闇の血の通わない半分。

私はボルヘス先生の紹介でキプリングを読んだので、
アカデミックな世界のキプリングの読み方にすごく違和感があって(^v^)
あの人たちの言い分は、じつにすごくよくわかるんですが(としておく、怖いしw)、
でも、結局、「闇のキプリング」のほうが
自分の中では残ってしまいました、ごめんなさい、という感じ。

でも、この時代の英国の文学者は、ウェルズでもチェスタトンでも、
あるいはイエイツやジョイスのような詩人たちも、
闇に魂を半分以上喰われていて、これを唯物論的…
というか政治や歴史事情や個人の生物的来歴から解釈するのが、
ほんとに知的なことなのかどうか。
…ハリポタは、意外と、そういうツボをひそかに突いていて、
広くアピールするものがあるのかもしれません。

ヨーロッパって、帝国主義の覇者だったのは、
今となってみれば、ほんの数百年のこと。
もともとはローマの被植民地…いや、それ以下の遅れた蛮族のすむ世界の辺境。
ローマもギリシャも、キリストも、ヨーロッパじゃなくて、アジアの西の出来事だった。
…この世界史的事実は、だんだん受け入れられていくはずもので、
私はキプリングを、そういう視点から見たいんです。
といっても、英語圏の学会ではすぐにはなかなか、受け入れられないですが。。

overQさん、こんにちは!

>「魔法学校とかいっても、いじめられている子の妄想とちゃうの」
うわー、いますか。そこまで考えたことはなかったなあ。(笑)
でも確かに「黒羊さん」は、リアル・ハリー・ポッターですね。
いじめられた側の視点だけで、実際どうだったの?って聞きたくなるとこも一緒だし。
(ダーズリー家の言い分もほんと聞きたかったんです、私)

でも「黒山羊=サタン」というのは考えてませんでした… なるほど。
日本語だと文字が共通してるから尚更なんですけど、イギリス人も連想してるのかな。
イギリスにはあまり山羊はいないけど、代わりに羊はわんさといるし…。(笑)

>「闇を見つめすぎると、闇の光が見える方へまぶたが開き、代わりにこの世では失明する」

ハリーのあの視力の弱さも、実はそちらに繋がっていたのでしょうか!
そうか、ボルヘスもそうだったのか!
しかも片目を言えば、ダイダラボッチ。また繋がってしまうではないですかー。

>キプリングの作品は、やっぱり「闇に開いたほうの眼」で見た物語がすばらしい。

>作品のセレクションも、キプリングという偏狭で歪な大英帝国主義者が
>どこから生まれてきたかを分析しよう…というような観点を感じさせるところがある。

ああー、だからなのでしょうか!
この短編集ね、読んでいて、ものすごく引き込まれるように読んだ作品と
読むのが苦痛で入り込めなかった作品と、真っ二つに分かれてしまったんです。
上に題名を挙げた作品は、どれも入り込んで読んだ作品なんですが(「獣の印」も)
いや、「ブラッシュウッド・ボーイ」は、外枠がちょっと微妙だったんですが…(笑)
例えば橋を造る話とかね、全然ダメだったんですよ。
それはいつもの私の「短編苦手」癖なのかなーと思ってたんですけど(集中力が続かない)
私が惹かれたのは「闇に開いたほうの眼」の作品ということで
もしかしたら私の集中力とは関係なかったのかしら。
ボルヘス先生の薫陶は受けてませんが、大英帝国主義には興味ないからなあ。
でも、キプリングという英国人の目を通して見たインドはとても興味深いです。
世界のへそとしてのインドは、まるで坩堝のような存在ですね。


そういえば、以前からちょっと気になってたのが、ハリー・ポッターの名前なんです。
ポッターといえば、陶器職人ってことじゃないですか。
キリストを売ったユダが銀貨30枚を神殿に投げ込んで、その扱いに困った祭司長たちが
陶器職人の畑を買って外国人の墓地にしたから、キリスト教徒にとって忌まわしいものを連想させる、と 
職人の中でも陶工は一番低く見られることが多い、という話を読んだことがあるんですけど
ハリー・ポッターの名前には、そこまでの含みはあるんでしょうか…?


キプリングを読んでるのにハリー・ポッターの理解が深まってしまうとは
恐るべしキプリング。というより恐るべしJ.K.ローリング?(笑)
意外と押さえるべき所を押さえている作品なのですね。ハリー・ポッターって。
そういうの、まだまだありそうですね。

コメントする(要JavaScript)

Note


MAIL FORMBBS

購読する ATOM


Powerd by MovableType4.24-ja
Copyright 2004-2011 四季. All rights reserved.