「リバー・スートラ」ギータ・メータ

Catégories: /

 [amazon]
インド政府の官僚だった「わたし」は年齢を重ねるにつれて俗世を離れたいと強く思うようになり、妻を亡くした後、ナルマダ河のほとりに建つ政府関係の保養所に管理人として赴任。ナルマダ河はヒンドゥー教徒にとって最も聖なる巡礼地の1つで、シヴァ神の娘として尊敬を集めており、「わたし」も常々この河に惹かれていたのです。「わたし」の住むコテージの石のテラスからは、遥か下を滔々と流れるナルマダ河を望むことができ、私は毎日夜明け前に起きだしてテラスに座り、400キロ東のナルマダ河の水源に顔を向け、河を眺めては内省に耽ることに。

保養所の周りにはうっそうとしたジャングルが広がっていて、わずか19キロ先のルードラの町が見えないほど。1.5キロもの幅のナルマダ河の向こう岸には目の届く限りの沃野が広がり、隣の尾根の向こうには16世紀イスラーム神秘主義の聖人・アミール・ルミの墓に隣接しているムスリムの村があり、主人公は毎朝そこにいる賢者・タリク・ミアを訪ねてチェスをするのが日課。そしてナルマダ河の曲がり目にはマハデオの寺院群が見えます。このマハデオの寺院群は、日没時に石のテラスから眺めていると多くの巡礼者たちが茜色の夕空に影絵のように浮かび上がるし、黄昏になるとその辺りの水面は小さな炎で揺らぎ始めるんですね。それだけでも情景が雄大に、そして色鮮やかに浮かび上がってきます。
その穏やかな日々にふと侵入してくるのが、主人公の周りに現れる人々が持ち込む様々な物語なんです。これが面白かった...! 7つの物語があるんですけど、それぞれにインドならではですねー。いや、すごい迫力がありました。それは、苦行中のシヴァ神から流れ出た汗が美しく官能的な女の姿をとって、あまたの苦行者たちの欲情に火をつけたと言われるナルマダ河そのもののような物語。それぞれに愛の喜びや苦しみ、欲望が渦巻き、そして悟りへの道があります。
色々と深いレベルで感じるものがあるんですが、言葉にするのは難しいですね。でも途中とても印象に残った言葉を2つ。これは町から保養所に通って雑用をこなしてるミスター・チャグラの言葉。

ですが、サー、欲望がなければ生はありませんよ。何もかもが動きを止めてしまいます。無になってしまいます。それどころか死んでしまうのですよ。

何ひとつ失われてはいませんよ、サー。それが河の眺めの美しさというものです。
...インドってほんと果てしないほど広くて、果てしない深さがあるんでしょうね。一度は体験してみたいけど、自分がそれを受け入れる器の大きさを持ってるかどうかはまた別問題だな。(ランダムハウス講談社文庫)
| | commentaire(2) | trackback(0)

Trackbacks(0)

「リバー・スートラ」ギータ・メータ へのトラックバック一覧:

URL TrackBack de cette note:

Commentaires(2)

こんばんは。
四季さんの感想を読んでいて、インドに旅行したときのガンガーの印象を思い出しました。
ゆるくて砂の色をした大河で、そこには人の思いや歴史がたゆたっているように見えました。
生者と死者と牛と魚と色とりどりの布が一緒に泳ぐ河。
この本に描かれている河も、そんな感じなのでしょうか。
興味がわきましたので、積読にお招きしようと思います。

ふくろう男さん、こんにちは!
ああ、ふくろう男さんは実際にインドに行かれたことがあるのですね。
実際にそこの空気を感じてらっしゃるとなると
私が読むよりも、遥かに伝わってくるものがあるかもしれませんね。
ナルマダとガンガー、どちらも女神とされているのが興味深いです。

>ゆるくて砂の色をした大河で、そこには人の思いや歴史がたゆたっているように見えました。
>生者と死者と牛と魚と色とりどりの布が一緒に泳ぐ河。

ふくろう男さんの書かれているガンガーの方が、全てを受け入れて尚滔々と流れて
ナルマダよりもさらに一歩懐が深そうでもありますね。
やはり「母なるガンガー」と呼ばれるだけのことはあるのかしら。

ぜひこの本のナルマダを体感してみて下さい。^^

コメントする(要JavaScript)

Note


MAIL FORMBBS

購読する ATOM


Powerd by MovableType4.24-ja
Copyright 2004-2011 四季. All rights reserved.