「カブールの燕たち」ヤスミナ・カドラ

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タリバン政権下で既に残骸となってしまっている、アフガニスタンの首都カブール。ここに住む42歳のアティクは、刑務所の看守。夜は死刑囚を監視し、昼は彼らを死刑執行人に引き渡すのが仕事。そしてアティクが仕事を終えてようやく家に帰り着けば、妻は重い病気。既に医師からも見放されていました。話を聞いたアティクの幼馴染の友人は、妻を離縁すればいいと言い放ちます。しかしアティクの妻は天涯孤独の身。20年も一緒に連れ添ってきた仲で、しかもアティクの命の恩人なのです。

アフガニスタンが舞台の物語。アフガニスタンが舞台といえば、丁度1年ほど前に読んだカーレド・ホッセイニの「君のためなら千回でも」(感想)もそうでした。あの作品は平和な時代も描いていたんですが、こちらは完全にクーデター後の話。人々の心は既に荒みきっています。教養のある善良な青年までもが思わず売春婦の公開処刑に加わり、投げた石が頭に当たって血が流れるのを見て喜びを感じてしまうほどなんですから。でも、ものすごく良かった「君のためなら千回でも」とどうしても比べてしまって、こちらは物語としてどこか決定的に物足りない...。描きようによってはもっといい作品になったのではないかと思うんですが、小説としては作りこみ不足、まだ小説として昇華されきっていないような気がします。
それでも衝撃といっていいほど印象に残ったのは、イスラム社会の夫婦関係。幼馴染の友人と話してる時は、妻を捨てるつもりはないなんて言って友人に呆れられてるアティクなんですが、いざ家に帰ってみると態度が...! 病気をおして起きだして、家を片付け食事を作る妻に一言のねぎらいの言葉もなく、逆に責めるだけですか。何がどうなっても、悪いのは全て妻? このあくまでも自分中心の思考回路、この亭主関白ぶりは凄すぎます。もうなんだか騙されたような気がしてしまうほど。この表と裏の違いは一体? イスラム関係の本も色々読んだけど、ここまでの夫婦関係が描かれてるのは初めてです。もちろんこれが全てではないでしょうけど、これはかなりの部分で真実なんだろうな。結局のところ、亭主関白に見える夫たちは、自分に甘くて妻に甘えているだけなんでしょうけど...。

このアフガニスタンとイスラエルの作品を書いたヤスミナ・カドラはアルジェリア人。上級将校で、軍の検閲を逃れるために女性名で執筆し、その後フランスに亡命するまで正体不明の作家だったのだそうです。でも実際、この作品はとても男性的だと思いますね。みんな女性作家の作品だと本当に信じていたのかしら。(ハヤカワepiブック・プラネット)


+既読のヤスミン・カドラ作品の感想+
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