「死都ブリュージュ」ローデンバック

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5年前に最愛の妻を亡くした翌日にブリュージュに来て以来、ここに定住しているユーグ。妻と2人で様々な国に住みながら、いつまでも変わらない熱情でもって愛を味わっていたのに、やっと30歳を迎える頃、わずか数週間寝込んだだけで妻は亡くなってしまったのです。今も屋敷の客間には亡き妻の所持品や彼女の手が触れたもの、肖像画、今なお色褪せない妻の金色の髪などが安置されていました。家政婦のバルブが客間を掃除する時は、彼自身が必ず立ち合うほど大切にされている品々。しかしその日夕暮れが近づいて日課の散歩に出たユーグが見かけたのは、1人の若い女。そのパステルカラーの顔色、真珠母の中に暗い瞳を大きく開いた眼、そして琥珀と繭の色のしたたるような正真正銘の金色の髪は、亡き妻に生き写しだったのです。

服部まゆみさんの「時のアラベスク」を読んで以来興味を持っていたのですが、ようやくこちらも読むことができましたー! 19世紀のベルギーの詩人・ローデンバックによる、まるで詩のような味わいのある小説。陰鬱な、それでいてこの上なく美しいブリュージュの街を舞台に繰り広げられていく物語。

最愛の妻を死によって失ったユーグ。その女性を再び得ることができたと思うところから物語は始まります。でも当然、2人の女性は同じ人間じゃないですよね。ジャーヌは踊り子だし、亡くなった妻のような気品ある女性ではないんです。(ユーグはおそらく貴族か、それに準じる階級のはず) そうでなくても、死による思い出には誰も太刀打ちなんてできないもの。死んだ人間は、それ以上老いることもなく、そのまま永遠に美しく昇華され続けていくんですもん。2人は別の存在だと、ユーグ自身、徐々に気づくことにはなるのですが...。
途中、書割ということでブリュージュの風景を始めとする写真が多数挿入されています。ローデンバック自身がはしがきで「その町の風景は、たんに背景とか、少々独断的に選ばれている叙景の主題としてあるだけでなく、この書の事件そのものと結びつく」と語っています。ユーグ自身「死んだ妻には死の都が照応しなければならなかった」と考えてますし、ブリュージュの情景がユーグ自身の心象風景にもなってます。やっぱりこの作品の本当の主役は、ブリュージュの街そのものなんですね。死の影に覆われたブリュージュの街。本来なら、そこには人々の賑やかな日々の営みがあるはずなのに、実際には人々は影でしか感じられないし、ユーグ自身、この街に来た時には既に死の影に囚われてます。そんなブリュージュの街で、ジャーヌだけが浮いた存在になるのも無理もないこと。この作品の中ではジャーヌだけが正反対の「生」、モノトーンの中で1人色鮮やかな存在なんですから。でもこの街は、そんなジャーヌも自分の中に取り込もうとします。
健全な観光都市である現実のブリュージュの街側としては、この「死都」というイメージに憤激したのだそうです。美しい作品だし、ブリュージュもこの上なく美しく描かれてるんですけどね。確かに憤激するというのも、無理ないかもしれないですねー。(岩波文庫)

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