「富士日記」上中下 武田百合子

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昭和38年の暮れに富士山に山小屋を建て、翌39年の晩春から東京と山を往復する生活を始めたという武田泰淳一家。徐々に小屋の中を整えながら、近隣の湖や下の村に出かけて行くようになったのだそう。そして泰淳氏と代わる代わるつけるということで、百合子夫人の日記が始まります。泰淳氏やお嬢さんの花子さんも時々書き手として登場する山の日記。

以前、武田泰淳氏の「十三妹」(中国物です)は読んでるんですけど、百合子さんの本を読むのは初めて。随分前にたら本でみらくるさんが出してらして(「秋の夜長は長編小説!」「美味しそうな食べ物が出てくる本は?」)、読んでみたいなあと思いつつそのままになってたんですが、先日小川洋子さんの「心と響き合う読書案内」(感想)にも登場して! もうこれは読むしかないと観念(笑)しました。日記を書いているのは、主に百合子さん。泰淳氏と当時小学生だった花子さんも時々登場します。

ごく普通の日記なんです。日々の暮らしのこと、何を食べたとか誰に会ったとか、何を買ったとか(その値段も)、何があったとか何をしたとか、つらつらと書かれてるだけの日記。例えば、初めて山荘に暮らし始めた時の百合子さんの初めての日記は、昭和39年7月18日のもの。

七月十八日(土)
朝六時、東京を出て九時少し過ぎに着く。大月でお弁当三個。管理所に新聞と牛乳を申し込む。
夕方、溶岩拾い。
夜、風と雨。夜中にうぐいすが鳴いている。大雨で風が吹いているのに鳴いていた。(上巻P.15)

あー、でもこれは初日なので、イマイチ日常的ではないですね... じゃあ、次の日。

七月十九日(日)
朝、十時ごろまで風雨。
ひる ホットケーキ。
午後、河口湖まで買出し。馬肉(ポコ用)、豚肉、トマト、ナス。
河口湖の通りは大へんな人出と車の排気ガスで、東京と同じにおいがしている。湖上はボートと遊覧船とモーターボート。湖畔は、紙クズと食べ残しのゴミの山と観光バスと車で、歩くところが少ない。
夜はトンカツ。
くれ方に散歩に出たら、富士山の頂上に帽子のように白い雲がまきついて、ゆっくりまわって動いている。左の方から麓から七合目までぐらい、灯りの列がちらちら、ちらちら続いている。登山の灯だろうか。花子に見せてやろうと家まで降りてきて連れて出ると、もう富士山は全部雲におおわれて、富士山がどこにあるのかも分からない。灯りも見えない。本当に、あっというまに、雲がおりてきたのだ。(上巻P.15~16)

これは買い物の値段が入ってませんが~(笑)、でも全体的にこんな雰囲気なんです。格別どうということのない日々の営みを中心に、山での様子が書かれているだけのはずなのに...! なんでこんなに心ががっしりと掴まれちゃうんでしょうね。小川洋子さんは武田百合子さんのことを「天才」と書いてらしたし、そうなんだろうなと私も思います。日々が恙無く続いていって... そんな日々が続いていく幸せがしみじみと感じられたり、ふとした表現にハッとさせられたり。これは本当にただものではありません。私は10年以上も前にパソコン通信のオフに参加した時から「文章は人を表す」と言い続けてるんですけど(笑)、ほんと、百合子さんの姿がここにくっきり鮮やかに浮かび上がってきますね。元々他人に読ませるために書いてるものではないので、余計に素の百合子さんが見えてくるんでしょうね。嫌なことを言われれば、負けずに言い返してしまう百合子さん。まあ、土地の人が言うようにきついと言えばきついんですけど(笑)、むしろ大らかでさっぱりとした気性が素敵。やっぱりそんじょそこらの女性とは違いますよ。それも昭和40年頃のことだから、きっと相当目立ってたんだろうなあ。印象に残る言葉はそれこそ山のようにあったんですが、一番強烈だったのは、これ。

ポコ、早く土の中で腐っておしまい。(中巻P.159)

この言葉に、百合子さんの悲しさやるせなさがいっぱい詰まってると思うんですよね。
そしてすごく哀しくなったのは、終盤のこの2つ。

年々体の弱ってゆく人のそばで、沢山食べ、沢山しゃべり、大きな声で笑い、庭を駆け上り駆け下り、気分の照り降りをそのままに暮らしていた丈夫な私は、何て粗野で鈍感な女だったろう。(下巻P.396)

来年、変らずに元気でここに来ているだろうか。そのことは思わないで、毎日毎日暮らすのだ。(下巻P.428)

でも、これ以外にもハッとさせられる表現が本当にいっぱい!
その泰淳氏とも仲も良くて素敵なご夫婦です。色んなことを喋ったりじゃれ合ったり、時には喧嘩をしたり。時には泰淳氏を「震え上がらせるほど」怒らせたり。

帰って来る家があって嬉しい。その家の中に、話をきいてくれる男がいて嬉しい。(下巻P.126)

...と書いたのは百合子さんですけど、泰淳氏も似たようなことを感じていたに違いない! 何とも素敵な微笑ましい夫婦像でした。 (中公文庫)

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Commentaires(2)

四季さん、
ほんとに「天才」って、わかるなあ、と思います。今まで読んだだれのどんな文章にも似ていなくて、雑事ばかりの日記なのに、感動しています。
「文章は人を表す」言えてますよね~。
印象に残る言葉、いっぱいありましたよね。図書館本なのに、もうポストイットだらけにして読みました^^
四季さんが引用されたどの言葉も、どのへんで出てきたか、すぐ思い出せます。そして、ああ、わたしもここ、印象に残ってる、と頷きつつ読ませてもらいました。
泰淳さんの本、一冊も読んだことないんですよ。読んでみたいです。でもそれ以上に(失礼だけど)百合子さんの他の文章ももっともっと読んでみたいと思います。

ぱせりさん、おはようございます~。
ほんと、すごいですよね。
書かれていることといえば、本当に日々の暮らしのことばかりなのに
本当に雑事ばかりの日記なのに、なんでここまで響いてくるんでしょうね。
うん、ポストイットが貼りたくなりますね! ポストイットだらけになるの分かります。
私はそれをしなかったので、後から探すのが大変で…(笑)
そのおかげでゆっくり反芻できたので、それもまた良かったのですが♪

武田百合子さんの本は、他にもいろいろ出ているようですねー。
お嬢さんとの共著もあるようだし、ロシア旅行のことを書いた本なんかも。
ゆっくりと追いかけてみたいです。
今の時点では、「ことばの食卓」というのが一番気になってます。^^

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