「f植物園の巣穴」梨木香歩

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学校を出てからずっとK植物園に勤務していた「私」に辞令が下り、f郷に引越しすることになります。新しい職場はf植物園。その転任の話が来たのは妻の三回忌の翌日。「私」は川の流れのように自然に仕事場と住まいを変えることに。しかし引越しして間もなく、前年、旅先で痛んで現地の歯科医院で応急措置を受けていた歯が再び痛み出したのです。その不気味なほどの痛みに「私」はf郷歯科へ。しかしその日痛み止めをもらって歯科医の受付を見ると、そこで働いていたのは犬。歯科医によるとそれは歯科医の妻で、前世は犬だったからだというのですが...。

昭和30~40年代を思わせる古めかしい文章に誘われるように作品世界に一歩踏み出すと、そこはもう異世界。一見「家守奇譚」や「沼地のある森を抜けて」のような雰囲気なんですけど、またちょっと違いますね。異界がはっきり異界として存在しているのに境界線はもっと曖昧だし... さらにもう一歩踏み込んだ重層的な世界になってるような。奥行きが広いです。異界に入り込む感覚は萩原朔太郎の「猫町」のようでもあり、ずんずんと落ちていくところは「不思議の国のアリス」のようでもあり...。
そこは夢の世界なのか、それとも現実なのか。月下香の香りの中で旅する異界。そこには当然のように水があって、木々があって... この辺りは梨木さんの作品に頻繁に顔を出すモチーフですね。そして、埋もれていた記憶が再び蘇ります。自分の目に見えているものは本当にその姿をしているのか、それとも自分の視覚がおかしくなっているだけなのか。無意識のうちに改竄されていく記憶を正しつつ進んでいくと、そこに見えてくるものは...。
まさに梨木香歩ワールド。歯医者なんて、現実的極まりないモチーフですら、梨木さんにかかるとミステリアスになっちゃうんですから、スバラシイ。虫歯の大きなうろが、植物園のご神木のうろへと繋がっていく辺りも面白いなあ。そしてそのうろは、さらには記憶のうろへ。大気都比売神(おおげつひめ)は、アイルランドの年老いた女の姿の精霊・カリアッハ・ベーラへ、そして英雄クー・フリンや女神ブリジットといったアイルランド神話へ。入れ替わり立ち代り現れる千代という名の女性たち。何度も何度も裏返されているうちに、どちらが夢でどちらが現なのか分からなくなってしまいます。でもその分からない感覚がまた心地いいんですよね。もうどこをとっても魅惑的。いつまででも落ち続け、漂っていたくなってしまいます。そして水の流れによって異界に旅立っていた主人公は、その奥底までたどり着くと、再び水によって生まれ変わることに。やっぱり水は異界への転換点!
読み終えてみると、「家守奇譚」や「沼地のある森を抜けて」だけでなく、梨木さんのこれまでの作品全てがこの作品に流れ込んできてるんだなあって感じますね。それこそ川の流れのように。もしくは大きく育っていく木のように。最後の思いがけない優しさが沁み入ってきます。(朝日新聞出版社)


+既読の梨木香歩作品の感想+
留守中に読んだ本(18冊)(「ぐるりのこと」の感想)
「沼地のある森を抜けて」梨木香歩
「水辺にて」梨木香歩
「ミケルの庭」「この庭に 黒いミンクの話」梨木香歩
「f植物園の巣穴」梨木香歩
Livreに、これ以前の全作品の感想があります。

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Commentaires(6)

数年前に日本の友達が「家守奇譚」を送ってくれて、こんなにおもしろい作家がいるんだ~、とびっくりしましたが、こちらの本もおもしろそうですね。
アイルランド神話とレトロな日本の結合ってのも、わくわくします。
アイルランド神話と日本の風景と言うと、山岸涼子の「妖精王」を思い出してしまいますが。

Johnnycakeさん、こんにちは。はじめまして!
コメントありがとうございます。

私も「家守綺譚」は大好きです~。本当に素敵な作品ですよね。
こちらもその雰囲気を持ちつつ、でもやっぱり「家守綺譚」とはまた違う作品なので
きっと楽しめると思います。ぜひぜひ!
あ、でもアイルランド神話というのは、実際にはそれほど大きい存在ではないので
その辺りはあまり期待しすぎない方がいいかもです… きゃーっ、すみません。
アイルランド神話が大好きなので、どうも書かずにはいられなくて。(^^ゞ

あ、すみません、「フィオナの海」のところで一度コメントしておりました。同じJohnnycakeです。^^;オーストラリア在住なので、日本の本はネット入手なんですが、ここんとこ日本円が豪ドルに比べて高くて、しばらくネット注文控えてます。^^;
私もアイルランド神話が好きで、一度アイルランドに行って見たいと思っているんですが、なかなか実現しません。イギリスの童話やファンタジーものも大好きです。アーサー王伝説ゆかりの地を訪ねる旅とかしてみたいです~。

わわっ、ごめんなさい。
そうでした、「フィオナの海」のところでお話してたんでした!
失礼いたしました… 時々こういうことをしてしまうんです。本当にごめんなさい。
どうか呆れずにお付き合いくださいね。もう大丈夫ですので!!

海外からの注文となると、やっぱり相場に左右されてしまうんですね。
手間も送料もかかるし、あまり気軽にほいほいとは買えないですよねえ。
でもこの本はきっとそれだけの価値があると思いますし!
早く読めるといいですね。^^

Johnnycakeさんもアイルランド神話やアーサー王伝説がお好きなんですね。お仲間!!
ほんと、アーサー王伝説ゆかりの地を訪ねる旅、してみたいですねえ。
アイルランドにも一度は行ってみたいです、私も。そしてスコットランドも!

四季さん、おはようございます。
やっぱり「不思議の国のアリス」思い浮かべますね。それと「猫町」ほんとに~。
そして、ケルト神話のことが出てきたとき、わたし、うふふ、密かに四季さんのことを思い出していました。
この世界にケルト神話が入ってくるのって、おもしろいですね。そうそう、↑のJohnnycakeの言われている山岸亮子の「妖精王」も、どこかこの世界に相通じるものがあるような気がして、おもしろいです~。
「家守奇譚」や「沼地のある森を抜けて」(あとは「裏庭」あたり…?)を思い浮かべて、「似ている」と言い切れないような思いでしたが、そうだ、梨木さんのこれまでの作品全てがこの作品に流れ込んできてる、ほんとにそうです。大きく育っていく木、すてき。これからの作品も楽しみです~。

ぱせりさん、こんにちは~。
ふふふ、ケルト神話で思い出してもらえるなんて光栄です。
こんな日本情緒たっぷりの話に登場して、それでも全然違和感がないというのが
なんだか不思議な感じなんですけど… 梨木さんだから実は全然不思議じゃない?(笑)
「妖精王」も面白そうですね。山岸涼子さん、そちら方面にかなり詳しい方だったようですし。

梨木さんの作品といえば、木(植物)と水辺が外せないですよね。
作品が進むにつれて、どんどんその路線が明確になっていく… というか
その存在が大きくなっていってるなあ、なんて思いながら読んでます。
ほんと、これからの作品も楽しみですね。^^

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