「やぎと少年」アイザック・B・シンガー

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珍しく暖かな冬。毛皮職人のロイベンは迷った挙句、やぎのズラテーを思い切って売りに出すことに。家族みんなに愛されているズラテーでしたが、その代金8グルデンでハヌカのお祭りために必要な品物が買い揃えられるのです。しかし息子のアーロンがズラテーを連れて村を出た時には晴れていたのに、町に向かううちに空模様がにわかに変わり始め、とうとう吹雪になってしまい... という「やぎのズラテー」他、全7編。

ポーランド生まれのユダヤ人作家・アイザック・B・シンガーが、若者のために初めて書いたという本。他の2冊もそうだったんですが、シンガーの本は、まえがきもすごくいいんですよねえ。今回もぐっときちゃいました。

わたしたちのきのうという日、楽しかったこと、哀しかったこともふくめて、その日はどこにあるのか。過去とそれにまつわるさまざまな気持ちを思い出すうえに役立ってくれるもの、それが文学です。物語をする人にとって、きのうという日は、いつも身近にあります。それは過ぎ去った年月、何十年という時間にしても同じです。物語のなかでは、時間は消えない。人間たちも、動物たちも消えない。書く人にとっても、読む人にとっても、物語のなかの生きものは、いつまでも生きつづける。遠い昔におこったことは、いまもほんとうに存在する。(P.9)

本当は全文ここに載せたいぐらいですけど...! これだけじゃあ、ちゃんと伝わらないかもしれないんですけど...! でも我慢します。(笑)
シンガーは、子供時代を懐かしむかのようにワルシャワを舞台にした作品を沢山書いてるのに、実は彼の作品はポーランドでは1冊の本にもなっていないと訳者あとがきに書かれていて、びっくりです。1978年にノーベル文学賞を受賞してるんですが、その時もポーランドの新聞では「イディシ語で書く無名のアメリカ作家が受賞」と伝えられただけなんですって。その大きな原因の1つは、300万人以上いたはずのポーランドに住むユダヤ人が、ナチスの手によって殺され尽くしてしまったこと。シンガーが生まれ育ったワルシャワは、もうないんですね。そしてその結果、東ヨーロッパに住むユダヤ人たちの共通語であるイディシ語も死に絶えようとしているのだとか。そう知ってみると、一見「物語があれば、過去のこともいつも身近に感じられる」という前向きな言葉だと思ったまえがきの言葉が、また違う風に響いてきます。

「お話を運んだ馬」や「まぬけなワルシャワ旅行」にも登場した、ヘルムの村を舞台にしたお話も3編ありますし... ヘルムというのは、ポーランドに住むユダヤ人の昔話によく登場する、とんまばかりが住んでいるという架空の村です。それ以外の4編は、どれも生きることと死ぬことを主題にした物語。その中には深い信仰がこめられていました。どれも良かったんだけど、特に良かったのは上にあらすじを書いた「やぎのズラテー」かな。このお話がこの本のタイトルにもなってるんでしょうね。これはもう本当にしみじみと良かったです。
ユダヤのハヌカのお祭りや、子供たちが夢中になるグレイデルという駒遊びなど、見慣れないユダヤの風習が自然に楽しめるのも良かったし~。この本で挿絵を描いているのは、モーリス・センダックなんです。センダックも、彼自身はアメリカ生まれなんですけど、その両親はワルシャワ郊外のユダヤ人の町からアメリカに渡ったのだそう。「初代のシュレミール」に出てくる赤ん坊の表情が最高! そして雪の白さが印象に残ります。(岩波書店)


+既読のアイザック・B・シンガー作品の感想+
「お話を運んだ馬」「まぬけなワルシャワ旅行」I.B.シンガー
「やぎと少年」アイザック・B・シンガー
「ショーシャ」アイザック・B・シンガー

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Commentaires(4)

時々参加させてもらっている読み聞かせのグループがあります。
ここ数年は6年生の最後の読み聞かせの時間に「やぎのズラテー」を読むのが定番になっています。
その時にこのまえがきについても触れて欲しいとリクエストしているのですが、時間の関係とかいろいろあって実現していません。
この本を読むときにこのまえがきは絶対はずせませんよね!

読み聞かせで「やぎのズラテー」ですか。いいですねえ。
ほんと素敵な話だなと思いましたよ。読んで良かった。
や、本当は私も子供の頃に読んで聞かせて欲しかったですが。(笑)
でもでも、せっかくこの本を読んでるのに、まえがきに触れないなんて勿体ないじゃないですか!
読む前にちょこっとでも、そんなお話をする時間が取れるといいですねえ。
奥の深い話だし、ちょこっとのつもりがちょこっとでは済まなくなってしまうかもですが~。(笑)
いつかそういう時間が取れる日がくるといいですね。
もし、聞いたその時すぐにはよく分からなかったとしても、こういう言葉って残るし。
ある日「あ!」と思って、その本に戻るということもありそうです。^^

はじめまして。

アイザック・シンガーの著作はイディッシュ語で書かれたもので、社会主義時代は政治的な事情でポーランド語訳がポーランドで出版されていませんでしたが、1989年に民主化してからの近年のポーランドではポーランド語版が一通り出版されています。日本語版の訳者が彼の作品はポーランドでは1冊の本にもなっていないというあとがきを書いた当時のポーランドはまだ東側陣営の社会主義時代だったと思います。「イディッシュ語のポーランド文学」という認識ができつつあり、家系のルーツ探しがブームの現在のポーランドでは自分たちの先祖の一部にこういったユダヤ人がいたということが徐々に認識されるにつれ、敬虔なカトリックでそれまでユダヤ文化を異質なものと見ていた一般のポーランドの人々のユダヤ人に対する意識が大きく変化してきています。大学生など都市部の若いインテリの間ではファッショナブルな「文学カフェ」(いまのポーランドの若者の間ではカフェブームです)で一杯のホットチョコレートで半日粘ってアイザック・シンガーやブルーノ・シュルツなどのイディッシュ系の文学(のポーランド語訳)を読み耽ることが「知的でかっこいいスタイル」となりつつあります(もちろん日本文学も)。また、古都のクラクフで毎年夏に開催されるユダヤ祭りはポーランドで最も人気のあるコミュニティー・イベントの一つです。

ヘルムは架空の街ではなく、ヘウムChełm(łはlに斜め線が入ったもので、エルでなくエウと読みます)といい、ポーランド東部に実在する街です。以前はヘウム県の県都でしたが、90年代の自治体再編でヘウム県はルブリン県に合併されました。戦前のヘウムはユダヤ人がとても多く住んでいて、「賢いユダヤ人」の民話(実はユダヤ人の自虐的笑い話)が今にたくさん残されています。シンガーはこれらの民話を集めてまとめました。私もヘウムには行ったことがあります。現在でもヘウムにはユダヤ系の先祖を持つ人々が少数いますが、戦前のようなユダヤの宗教や習慣、あるいはイディッシュ語という言語に固執する人はまずいなくて、当時のユダヤ人の伝統的な生活の姿は遠い郷愁の彼方にあります。

ぴっちゃんさん、はじめまして。
すごいですね、詳しい…!!
そうか、そうですよね、この本が出てからのタイムラグがありますものね。
その間にも世界の情勢はいろいろと変わってしまってるわけで…
今はポーランドでも人気が出ているようで、なんとなくほっとしました。
それでもイディッシュ語人口というのは、減りつつあるのでしょうけれど…
そしてそして、ヘルムにも行かれたことがあったとは~。
架空の町というのはどこかで読んだんですけど、何だったのかしら。
本当は実在するのですね。
いろいろありがとうございます。勉強になります!

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