「千年の黙(しじま) 異本源氏物語」森谷明子

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女童のあてきがお仕えしているのは、藤原宣孝と結婚して2年目の藤原香子。香子は既に「源氏物語」の執筆に取り掛かっており、作品を読んだ左大臣・藤原道長から、娘の彰子の入内に当たって女房として仕えるよう何度も熱心な誘いがかけられていました。その頃、出産のために宮中を退出する中宮定子に同行した猫が繋いでおいた紐ごと失踪し、大騒ぎとなって... という「上にさぶらふ御猫」、そして失われた1帖の謎を探る「かかやく日の宮」、その後日談となる「雲隠」の3編。

鮎川哲也賞受賞の、森谷明子さんのデビュー作。先日読んだ倉橋由美子さんの「夢の通い路」(感想)にも紫式部や道長が出てきたとこだし、丸谷才一さんの「輝く日の宮」は、この作品と合わせて読んだんですけど、またちょっと源氏物語が自分の中で大きく浮上してきてます。
というこの「千年の黙」は、平安時代を舞台に、繋いでおいた猫が失踪した事件と、「かかやく日の宮」が失われた理由を探るミステリ作品です。探偵役は紫式部。猫の事件の方は日常の謎系なんですが、失われた章の理由を探る「かかやく日の宮」は、立派な新仮説。丸谷才一の「輝く日の宮」で書かれていた解釈ほどの大胆な仮説ではないものの... うーん、比べてしまうとやっぱりちょっぴり小粒かしら。でもこちらはこちらで1つの立派な仮説となっています。なるほどね~。そして「雲隠」の章での、紫式部と道長のやりとりにニヤリとさせられて。
紫式部はもちろんのこと、その夫の藤原宣孝やその上司に当たる藤原道長、道長の娘の彰子中宮といった歴史上の人物も登場するし、阿手木やその夫となる義清、阿手木の親しい友達となる小侍従も賑やかに動き回っていて、こちらは物語として面白かったです。平安時代という舞台の雰囲気が楽しかった~。そして紫式部の「物語を書くこと」に対する思いは、そのまま森谷明子さんの思いでもあるのでしょうね。作者は自分の心を偽らないように書く、しかし一度作者の手を離れてしまえば、それはもう読者に託すしかない... 全編を通して「物語」に関する印象的な台詞が多かったです。例えばこんなの。

「物語というものは、書いた者の手を離れたら、ひとりで歩いていくものです。わたくしのうかがいしれぬところで、どんなふうに読まれてもしかたがない。うっかり筆をすべらせたら、後の世の人がどんなにそしることかと思うと、こわくて身がすくむこともあります」
「そう、むずかしいのね。あたしはそんなことは考えない。後の世のことは、神仏でもない身にはわからないもの。ただね、自分の心はいつわらぬようにしよう。あとは自分に子どもが生まれたら、その子にだけは誇ってもらえるようにしよう、と。そしてほかの人にはどう見られようと、かまわないでいようと」(P.215)

これは入内する前の彰子との会話。こういう言葉って、デビューして色んなところで色々なことを書かれた作家が書きそうなイメージがあるのだけど... 森谷さんはデビュー作で書いていたのですね。(創元推理文庫)


+既読の森谷明子作品の感想+
「れんげ野原のまんなかで」森谷明子
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+既読の「源氏物語」の感想+
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「源氏物語」1・2 円地文子訳
「窯変 源氏物語」1~3 橋本治
「窯変 源氏物語」4~6 橋本治
「窯変 源氏物語」7・8 橋本治
「窯変 源氏物語」9・10 橋本治
「窯変 源氏物語」11・12 橋本治
「窯変 源氏物語」13・14 橋本治

+既読の「源氏物語」関連作品の感想+
「東方綺譚」マルグリット・ユルスナール(雲隠)
「源氏供養」上下 橋本治
「輝く日の宮」丸谷才一
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Commentaires(2)

四季さん、こんばんは。

以前から気になっていたので、文庫化を機に私も読んでみました。
紫式部の経歴というと「年上の夫と結婚し死別」ということくらいしか記憶になくて、藤原宣孝との夫婦生活が濃やかに描かれているのが新鮮...なかなか良い男ではありませんか!(笑)
丸谷才一さんの「輝く日の宮」は読んでいないのですが、大野晉さんとの対談「光る源氏の物語」で「かかやく日の宮」について議論されていたので、これを気に入らないのはやっぱりあの人しかいないよね...と納得です。
女童のあてきが成長して身の上が変わっていき、最後に賢子と再会する場面など源氏並みに「あはれ」ですね。
私たちが源氏物語を読むことが出来るのは、奇跡のようなものかもしれません。まさに物語そのものに力があったからこそですね。
いつか思いがけないところから失われた「かかやく日の宮」が見つかるかも...という、見果てぬ夢も見せてくれるようでした。

Bonoさん、こんばんは~。
おお、Bonoさんも読まれてたんですね。
そうそう、藤原宣孝がなかなか良い男なんですよねー!
藤原家とはいえ全然パッとしないイメージだったのに、実はこんな素敵なご主人だったとは。
これを読んで、断然「紫式部日記」が読みたくなってきた私です。(笑)
「光る源氏の物語」も面白そうですねえ。
そちらにもきっと「輝く日の宮」にあったような説が含まれてるんでしょうね。
そうそう、やっぱりあの人しかいないですよねっ。
そしてこちらの「雲隠」の章が、なかなかニクい演出で~。(笑)
うん、あてきも阿手木になって、いつの間にか立派な女房ぶりを見せてくれたのも楽しかったし
賢子と再会する辺りも良かったですね。

何だかんだ言って、やはり1000年生き残ってる作品には力がありますね。
「源氏物語」の谷崎潤一郎訳も読んでみたいし、「光る源氏の物語」も~。
でもまずは「紫式部日記」です。^^

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