「ピアニストが見たピアニスト」青柳いづみこ

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世界の名ピアニストを論評して欲しいと言われ、はじめは戸惑いを覚えたという青柳いづみこさん。しかし資料を読み込むうちに、雲の上の存在のようなピアニストたちもまた、同じようにステージ演奏家に特有の苦悩に直面していたと分かり、気持ちが変わったのだそうです。ここで取り上げるのは、スビャトスラフ・リヒテル、ベネデッティ=ミケランジェリ、マルタ・アルゲリッチ、サンソン・フランソワ、ピエール・バルビゼ、エリック・ハイドシェックの6人。この6人を論じ、そのことを通して、20世紀後半以降のクラシック音楽を取り巻く環境の問題、商業主義の弊害や、何度も繰り返す演奏行為そのものの難しさなども炙り出していきます。

バルビゼはかつての青柳さんの師だし、ハイドシェックは青柳さんご本人が親しい仲。よくご存知なんですね。でも直接知らなかったとしても、本人と直接関わり合った人々の話を聞いたり資料を読んだり... そのピアニストの音楽的生い立ちや音楽性を知るのはもちろんのこと、音楽を聴いて映像を見て、具体的な演奏技術や、演奏時の精神的な状態にまで触れて、単なる批評家にはなかなか踏み込めない領域まで踏み込んで書いているのが、とても面白いし興味深いところ。
この中でアルゲリッチだけはある程度知ってたんですが、他はほとんど知らなくて、すごく面白かったし興味深かったです。特にリヒテル。正規の音楽教育を全然受けないで育った人だったんですか! チェルニーなんて弾いたことがなくて、最初に弾いたのがショパンのノクターンの第1番って...! ワーグナーやヴェルディ、プッチーニのオペラのピアノ用編曲を片っ端から弾いて、早く寝ろとお母さんに怒られたんですって。ピアニストって小さい頃から猛特訓を受けてるイメージなんですけど、全然ちがいますね。やっぱり天才だったのか。「君はピアノが好きじゃないね」と言われたリヒテルが「私は音楽の方が好きなんです」と答えたというエピソードもとても印象深いです。
そしてハイドシェックの章では、ピアニストがピアニストであり続けることの難しさを目の当たりにさせられることに。訴訟問題でディスクが長い間出ないうちに、すっかり最新流行のピアニストではなくなってしまったことに気づくハイドシェック。新しいディスクがリリースされないと、雑誌のインタビューもラジオの出演依頼もなく、批評家も演奏会に来てくれなくなり、新聞や雑誌の批評も出なくなるんですって。そして左腕の故障。演奏会腕や手の故障の噂が業界に広まると仕事が来なくなると誰にも相談できずにじっと耐えるなんて... 痛々しすぎる。
そう思って読み返してみると、どのピアニストもそれぞれに転換期というものがあるんですよね。リヒテルは暗譜するのをやめ、ミケランジェリは弾き方が変わり、アルゲリッチはソロで弾かなくなる。その意味で一番印象に残ったのはミケランジェリ。まさに楽譜通りでミスタッチなど1つもない完成度を誇る非の打ち所のない演奏で知られるミケランジェリも、若い頃はイタリアのオペラ歌手のように時には熱く目にも留まらぬ速さで、時にはしっとりと歌いまくるピアノを弾いていたんだとか。でもその彼が、第二次世界大戦で変貌してしまうんですね。自分自身の体の変調だって本人にとって辛いのはとても分かるんだけど、それはまだ仕方ないのないこと。そういった外的で暴力的な影響によって人格まで変わってしまうような体験って...。

最後にそれぞれのピアニストの青柳さんの推薦盤紹介みたいなのがあれば良かったんだけど... アマゾンのレビューには「巻末にはそれぞれのピアニストのお勧めCDリスト付き」なんて書いてあるんだけど、どこだろう? ページが抜けてるのかしら? 巻末には参考文献とあとがきしかないんだけど! 書店で他の本もチェックしてみなくてはー。でもバルビゼとフェラスのデュオや、ハイドシェックのベートーベン全集をぜひ聴いてみたくなったし、ミケランジェリの「幻の高次倍音」や「重たいのに透明。濃淡が刻々と変化する」音を体感してみたくなりました。(白水社)


+既読の青柳いづみこ作品の感想+
「モノ書きピアニストはお尻が痛い」「ショパンに飽きたら、ミステリー」青柳いづみこ
「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」青柳いづみこ
「ボクたちクラシックつながり」青柳いづみこ
「ピアニストは指先で考える」青柳いづみこ
「指先から感じるドビュッシー」青柳いづみこ
「ピアニストが見たピアニスト」青柳いづみこ
「六本指のゴルトベルク」青柳いづみこ

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Commentaires(2)

こんにちは。

この本もおもしろそうですね。
青柳いづみこさんの本は「翼のはえた指」しか読んだことないですが、これもとても良かったです。
カザルスの「演奏家の第一の節操は無我である」なんて言葉が紹介されてたりして、それが印象的でした。
でも、この本今も出てるのかわかりませんが・・・。

>「私は音楽の方が好きなんです」

名言ですね。私も使おうかな★

リヒテルって本当に素敵なエピソードが多い人ですね。

話が飛びますが、私が高校生の頃(かなり昔)地元に(地方です)なんとリヒテルがリサイタルでくることになったんです!
こんな田舎に、ほんとありえないことでした。
でも、その直前にリヒテルが怪我をしてしまい、リサイタルは涙の中止・・・。
そして、その後まもなくリヒテルは亡くなってしまったんです。

今となっては無念の極みですが、今生きて活躍している超一流の人たちの演奏は、今、生きてるうちに!聴きに行かなければ、なんて思ったりしました★

長くなりましたが、「ピアニストが見たピアニスト」も読んでみたいです。

Mrs.Holmesさん、こんにちは~。
この本も面白かったですよ!
偉大なピアニストにもいろいろあるんだなあ、なんて言ってしまうと
なんだかものすごくありきたりな感じになってしまうのですが…(汗)
期待以上に面白かったです。
思わず登場するピアニストのCDを色々とぽちっとしそうになりました。
…ハイドシェックとバルビゼは、多分聴いたことがないのです。

という私は「翼のはえた指」が未読なので読まなくちゃー。
その前に「音楽と文学の対位法」が手元に控えてるし
「六本指のゴルトベルク」も読みたいし、いずれ全著作を読んでしまいそうです。(笑)
カザルスも興味深い人ですよね。
伊勢英子さんの「カザルスへの旅」を読んだ時は、思わずCDも買ってしまいましたよ。

わあーー、リヒテルが見られるチャンスだったのに! 惜しかったですね。
しかもその後まもなく亡くなってしまったとは…
ほんと、今活躍してる超一流の人たちの演奏は、今のうちに見たいものですね。
やっぱり生だと全然違いますものね。貴重ですね。

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