「惜別」太宰治

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実朝が殺されて、かれこれ20年。当時20歳を越えたばかりだった「私」も御家人たちと共に出家し、鎌倉時代も今や遠い過去。しかし実朝のことだけは懐かしくてならず... と、「私」が実朝の思い出を語る「右大臣実朝」。
そして東北帝大医学部の前身・仙台医専を卒業した老医師は、周樹人ことその後の魯迅と同級生。魯迅の「藤野先生」を読んでやって来た記者相手に、当時の思い出話を語ります... という「惜別」。

「右大臣実朝」の実朝は、もちろん鎌倉幕府の3代目の将軍だった源実朝。鎌倉幕府を開いた源頼朝の子であり、兄の頼家が追放された12歳の時に将軍となるものの、26歳で甥(頼家の子)の公暁に襲われて落命。その源実朝の人物像を、吾妻鏡からの引用と共に、12歳の頃から側近として勤めてきた人物の目を通して描き出していきます。
中盤まではすごく読みにくかったんですけど、途中、実朝に太宰治自身が見えるような気がしてからどんどん面白くなりました。具体的には「何事モ十年デス。アトハ、余生ト言ッテヨイ」という台詞からだったかなあ。他にも色々と印象深い台詞があるんですよね。「平家ハ、アカルイ」「アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ」とか。全部読んだあとに最初の方に戻ってみると、「都ハ、アカルクテヨイ」なんて言葉もあって... 読んでる時はそのまま受け止めていたけど、「アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ」なんて台詞を読んだ後に改めてこの言葉を見ると、また印象が全然違ってきますね。公暁の言う、実朝自身の都に対する思いのこともあるし、色々と考えさせられます。実朝自身の一種清涼な明るさもまた「ホロビノ姿」だったのかしら。
話し手が実朝を無条件に崇拝してるので、実朝の負の部分はほとんど見えてこなくて、ひたすら賢さと典雅さを兼ね備えた青年として語られることになるんですが、その光が当たった実朝と対照的な存在なのが、影の存在である公暁。まるでこの作品で実朝に欠落してしまった人間らしさを一手に引き受けているみたい。一見裏腹な存在に見える実朝と公暁が、実は太宰治自身の二面性なのかな?

「惜別」で描かれているのは、若き日の魯迅。魯迅の「藤野先生」(感想)と呼応するような作品です。その「藤野先生」が印象深い作品だったこともあり、とても興味深く読みました。でも、描かれているのは確かに魯迅のはずなんだけど、やっぱりこの魯迅は魯迅自身が描いた魯迅とはまたちょっと違いますね。「藤野先生」に描かれていた魯迅の方が、大陸的な大きさを持っていたような気がします。ということは、やっぱりこちらに描き出されているのは太宰治自身の姿ということなんでしょう。1人孤独を噛み締めていたとしても、本人にそのつもりが全然なかったとしても、「周さん」を中心としてみんなが磁石のように吸い寄せられてるように見えるのがとても印象的でした。お節介焼きな津田憲治だって、本当は悪い人じゃないんだもんな。なんか可愛いな。
そして読み終えた直後は「惜別」の方が私の中では存在感が大きかったのに、少し時間が経ってみると「右大臣実朝」の方がどんどん存在感を増しているような... 今は「右大臣実朝」の方がむしろ好きですね。この印象の変わりっぷりは、我ながらなんだか不思議になってしまうほどです。(新潮文庫)


+既読の太宰治作品の感想+
「惜別」太宰治
「ハムレット」シェイクスピア・「新ハムレット」太宰治

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