「沈鐘」ハウプトマン

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山の中に住む魔女に育てられた妖精のラウテンデラインの前に現れたのは、30歳の鋳鐘師・ハインリッヒ。湖の中に転がり落ちた鐘と一緒にハインリッヒも谷底に転げ落ちたのです。瀕死のハインリッヒは、自分を世話してくれるラウテンデラインを一目見て心を奪われます。しかしそこにハインリッヒを探しに来た牧師や教師、理髪師がやってきて、ハインリッヒを取り戻し、妻のマグダ夫人や子供たちのところに連れて帰ることに。

5幕物の戯曲で、オットリーノ・レスピーギが歌劇にも仕立てている作品。泉鏡花の「夜叉ヶ池」「海神別荘」「天守物語」、特に「夜叉ヶ池」にも大きく影響を与えているのだそうです。そして野溝七生子は、この作品のヒロイン・ラウテンデラインに因んで「ラウ」と呼ばれていたのだそう。

一読して驚いたのは、まるでフーケーの「ウンディーネ」(感想)みたいだということ。ラウテンデラインは、実際にはウンディーネのような水の精ではないはずなんですけど、でもその造形がすごくよく似ています。ただその日その日を楽しく暮らしていたラウテンデラインは、ハインリッヒを知ることによって初めて泣くことを知るんですね。ここで「泣く」というのは、ウンディーネが愛によって魂を得たのと同じようなこと。ラウテンデラインの場合は、ウンディーネほどの極端な変わりぶりではないのですが。それに作品全体の雰囲気もよく似てます。ハインリッヒに夢中になるラウテンデラインのことを周囲の精霊たちが面白く思わないのも同じだし、水が重要ポイントになるところも。ラウテンデラインは本当は水の精じゃないはずなのに、これじゃあまさに水の精。そして3杯の酒による結末も。魂を失って、愛を忘れてしまうところも。ああ、ここにも「水の女」がいたのか!と思いつつ。
2人の子供と妻の涙の壷、そして響き渡る鐘の音。ラウテンデラインの腕の中にはハインリッヒ。ああ、なんて美しい。水の魔物・ニッケルマンや牧神風の森の魔、そしてゲルマン神話の神々の名前もまた、異教的で幻想的な雰囲気を盛り上げていました。

ウンディーネは魂を持たない存在だけど、人間の男性に愛されて妻になると魂を得るという設定は、元々パラケルススによるものなんですね。水辺や水上で夫に罵られると、水の世界に戻らなくてはならないというのと、夫が他の女を娶れば命を奪うというのも。その辺りのパラケルスス関連の本も読んでみたいな。(岩波文庫)

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Commentaires(4)

「最近どこかでこれとよく似た話を…」
と思ってたら、ポニョでした(^v^)
「崖の上のポニョ」は人魚姫がもとにあるそうで、
人間の少年に恋して、ポニョがだんだんヒトの形になっていき、
人間になる代わり、魔法を失う。

少年の名前が、漱石「門」の主人公と同じ「宗介」で、
駿氏の少年期のような姿で描かれてて、
一方、ポニョは、ワルキューレの魔女の長女と同じ、
「ブリュンヒルデ」と呼ばれていました。
魔力で町が水没してしまうのですが、
「沈鐘」も、「水没」というモチーフが隠れた鍵かもしれません。

「沈鐘」…沈める鐘、というと、ドビュッシーの名曲「沈める寺」を思い出します。
あの曲は、ケルトの伝説「イースの都」がもとになっている。

名君の誉れ高き王は、あるとき溺愛した妾ダユーのために、イースの都を作る。
都は、水門によって干拓し、海底を大地としたもの。
ダユーは、イースを快楽と欲望の都とし、一夜をともにした男を翌朝には殺した。
ダユー(太夫?)の所業は神の怒りに触れ、神は、赤い王子をつかわす。
王子に恋したダユーは、水門の鍵を渡し、繁栄を誇った魔都イースは一夜にして水没する…。
さて数百年ののち、海底から鐘の音がするのを漁師が聞く。
漁師が潜ってみると、深海に沈んだ教会があり、司教がミサをおこなっている。
司教は合唱隊に答唱をもとめ、もしこれに答えるものが現れるなら、
魔の都はふたたび浮上し、この世に姿をあらわす、という。


ラウもこの都の出身。
折口信夫は、妣が国・常世を海底に沈める竜宮の宮と考えていました。
イースのことにちがいないです。

私事になりますが、私、今日、イースに行ってきたんです。
姫路と赤穂の中間にある、室津っていう、瀬戸内の小さな泊の町。

西鶴が「好色一代男」で、遊女の発祥の地と呼び、ここからすべての色町は広がったとした場所。
室津の長者は代々、女(遊女)であり、卑弥呼以来の女族長の遺風が残っていたらしいのです。
谷崎潤一郎が「乱菊物語」で、その遊女頭のことを書いています。
書写山円教寺の高僧・性空上人は、仏の予言を夢で見て、
室津の君・花漆に遭い、彼女が普賢菩薩の転生であることを目撃します。
江戸時代は、九州の大名が参勤交代の際、室津まで海路をとり、室津から山陽道を「下に下に」と進んだため、すごく繁栄していたようです。

山に囲まれ、その小さな町だけが不意に海のそばに開けていて、
峠から見ると海面よりも低いように見えます。
好色一代男・世之介が最後に目指す「女護が島」(ポニョが島?)はたぶんここ室津。
だって、好色五人女の冒頭の女・お夏が恋する清十郎さんは、この室津の出身。
世之介と乙姫(ダユー)の子供ではないかと思えるから。
「水もしたたる」という形容は、「沈める」世界から来た
魔性の出自をさしているのにちがいないです。

overQさん、こんにちは~。
ええっ、ポニョって、そんな話だったんですか!!
いや、なんとなくのストーリーは知ってたんですけど
魔力で町が水没というのは全然知りませんでした。へええーーー!
しかも、人魚姫はなんとなく分かるけど、ブリュンヒルデ!
それは確かに繋がりを感じますね。そしてイースの都も。
「沈鐘」には「水没した町」こそないですが、終盤、水没した鐘の音が鳴り響きます。

ええと、私の読みたい本の流れというのがいくつかあるんですけど
その中の1つが、「水の女」物なんです。
中沢新一さんの「人類最古の哲学」でも、水についての話が興味深かったし
以前から漠然と興味があったんですが、これが具体的になったのは
青柳いづみこさんの「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」を読んでからなんです。
(この本、音楽と文学における水の女を取り上げていて、とても面白いです)
水の女の作品、ドイツロマン派辺りに多そうなんですけどねー。
探してみても、以前岩波文庫から出てたけど今は絶版、市内の図書館にもナイ!
というのがやけに多くて、なかなか進みません…
「水の女」物でいいのがあったら、ぜひ教えて下さいませ。
(絶版でも、題名さえ知っていれば、いつかきっと読めますし!)

そういえば、ダユーとラウ。名前も似てますね。
カタカナで見てるせいなんですけど、なんだか冠詞の問題だけという気もします。(笑)
フランス語で「ダユー」は「Dahut」だそうですが、これが実は「d'ahut」で…
どことなく「水」っぽい感じがしませんか~?
…でも「ラウ」のドイツ語のスペルは「Rautendelein」。
うーん、ドイツ語の単語も冠詞のことも全然分かりません… ダメかな?(笑)

なんと瀬戸内にもイースがあったとは。
「室津」は「むろつ」ですか? この文脈だと「しきつ」とでも読みたくなるんですが。(笑)
西鶴に関しては日本史の教科書にあったレベルの知識しかないので
そんなところに遊女の発祥の地があったとは知りませんでした。びっくり。
傀儡女とか、なんとなく中国地方から出てきたのかと思ってましたが…
どこでそういうことを思ったのかは、よく分かりませんが… あ、出雲阿国かな?
「女護が島」が室津? そして清十郎さんが室津出身で、世之介と乙姫の子供だとは!
(さすがにお夏清十郎は少し知ってます)
水の向こうの世界は、そのまま異界でもあるんですものね。
「水もしたたる」が魔性の出自を指す、というのもいかにもありそうです~。

「水の女」たち。

国書刊行会のドイツロマン派全集が図書館にそろっていると、「水の女」たちのオンパレードが楽しめそう。
本の造りも、水没っぽいです(^v^)
でも、立て続けに読むと、現実に帰ってこれなくなりそうな予感が。。

ユング関連の人々は、基本的に水浸しですが、
最近、ガストン・バシュラールの「水と夢」が新訳で出ました。
(バシュラールは広義のユング派で、元型というコンセプトに魅了されていました。)
中沢氏も何度も読みかえしたにちがいない、おすすめの本。
哲学系だけど、予備知識とかなくても、読み物としてふつうに楽しめました。

折口信夫は「水の女」にとりつかれていて、小説「死者の書」も「したしたした」と水がしたたる音で始まりますが、
ブルターニュのケルト伝承は、折口が海底に想定した常世=妣が国とそっくり。
最近出た「ブルターニュ 死の伝承」という本は、「フランス版遠野物語」という帯の惹句で(笑)、19世紀にブルターニュの口碑を集めたおした本。
すごく面白いです(そして、なんとなく怖いw)。
イスの都の話もありますが、カエサルによれば、ケルト兵は死を恐れない…それは死が隣町のようなもので、死んでもちょっと引っ越すだけのように考えていたから。
逆に、死者も戻って来る可能性があって、パリが亡びるとき、イスの都は再生する、ということわざがあるそうです。
イス再生のバリエーションはすごくたくさんあって、どれも面白く、事実上、イスという魔都はじつは再生しているのではないかという気がしてきました。
それにしても、ケルトと日本の古代伝説は、あまりにも似すぎていて、どう考えても、謎めいている。。

柳田国男は「妹の力」所収の文章をはじめ、いたるところに「水の女」が顔を出しますが、柳田の著作はみかけよりもはるかに読むのが難しいと思っています。
なにげに前提にしている古典や日本の習俗の知識が膨大で、それもことさらに言い立てているわけではないので、自分が理解できてないということにさえ気づくことができない(わかったつもりで読みすごしてしまう)ほど。
柳田という人は、ほかの人とは大きくちがっていて、たとえば同世代の泉鏡花のほうが、柳田よりもずっと「近代的」(われわれに近い)かもしれません。
明治以降で、日本の江戸以前の本をいちばん読めたのは、結局、柳田国男だった…とも思います。国文学の研究者より、はるかにすごいです。

「水の女」という主題は、一冊の本を探すより、むしろいろんな書物の中に忍び込んでいる彼女の於母影を発掘していくと、面白そうです。
前に書いたことがあります(気がします)が、漱石は猫がおぼれ死ぬことから、すでに水は冥府のイメージで、「坑夫」の地下は水浸しの地獄のようだし、「明暗」の最後の温泉は、迷路のような廊下をたどっていくと、その先は水没しているかのような印象です。
フォークナーの「野生の棕櫚」は、ミシシッピの氾濫が出てくるのだけれど、お産を助けるシーンにもなっていて、リアリスティックな作品のはずなのに、「死と再生」の神話が心に焼きつきます。
だいぶ前に読んだので、ハックルベリー・フィンの洪水と完全に記憶がごっちゃになっていますが(゚ー゚;
トーマス・マン「ベニスに死す」も、ベニスが「水没都市」であることが、決定的に重要な神話イメージですね。生と死のあわいで、半分は冥府につかっています。

私は二週間ほど前、筒井康隆の短編を続けて読んだんですが、水と死のイメージのある作品がビジュアルなイメージを喚起して、面白かったです。
筒井さんは少年の頃、猫を捨てに行かされて、池に放り込んで殺してしまったことがあるそうです。漱石が創作でおこなったことを、現実に仕出かしてしまったような。
大きいトラウマで、それを克服するため小説を書いているようなところもあるのですが、エロチック街道という作品なんかは、再生のイメージが濃厚で、漱石「明暗」の温泉も、たぶん奥はこうなってるんだろうな、という感じ。
筒井さんはもう七十代のはずですが、21世紀になってから絶好調。「ダンシング・ヴァニティ」は寄せては返す波のような、すごい(へんちくりんな!)作品でした。
現実はひとつではなく、つねに多重で、生死もつねにあっちへ行ったり、こっちへ行ったりし、その量子的(?)なありかたが、水没してるってことなのかもしれません。

わあ、早速ありがとうございます。
でも国書刊行会のドイツロマン派全集、1冊もないかも。
残念… 現実に戻って来られなくても良かったのに。(いいのか?)
本の造りも水没っぽいだなんて、それはぜひ見てみたいです。

「水と夢」もない… ガシュトン・バシュラールは「夢みる権利」しかない…
でもすごく面白そう。哲学系は不安ですが、読み物としても楽しめるなら大丈夫かな?
調べてみたら「空と夢」というのもあるようで~。これも面白そうです。

あ、「ブルターニュ 死の伝承」は珍しく(?)チェックしてた本です!
現代教養文庫の「ブルターニュ幻想集」と結構重なるかな? というのと
イースに関しては、鉱脈社の「沈める都 イスの町伝説」を読んだ時に
もうこれが自分の中での決定稿みたいになってしまったので、後回しになってたんですが
ケルトもやっぱり読みたい流れの1つなので、交差するとあれば読まなくちゃいけませんね。
これは最寄の図書館にあるので、今度借りてきます!
カエサルの話、面白いですねえ。
ローマ人は、ケルト人が人身御供をするところが嫌いだったそうですが
その根底にあるのは、ローマ人とはまるで違う思想なんですものね。

そして折口信夫に柳田国男! この2人は、実はほとんど全く読めてない状態なのです。
まずは「死者の書」と「妹の力」ですね。
私も、分かってないことすら気づかずに読んでしまいそうですけど
(こういうの、今まで読んだ本でも多いと思うんですが)
まずは読まないと始まらないし。

中沢さんのあの本を読むまで、小説に水が登場してもそれほど何も思ってなかったんですが
一旦水と死(再生)のイメージが結びついてからは、もう読み方が全然違ってしまって!
あの本を境にして、「使用前」「使用後」のようになっちゃってます。
たとえば「明暗」を読んだ時も、あの迷路のような廊下もその先の温泉も
何とも思わずに読み終えてしまったんですけど、今にしてみれば、まさに、だし…
確かに、どんどん降りていくようなイメージで読んでいたというのに!
「ベニスに死す」も、本当にそう。ヴェニスという町自体が、水のイメージですものね。
もっと色んなキーワードに敏感にならなくてはー。
水に注目し直して、今まで読んだ本を全部読み返したくなっちゃうぐらいです。
(そういう意図なく水を使ってる作家も多いでしょうけど… 特に今時の作家さん?)

筒井康隆作品もそうなんですね。「エロチック街道」も、実は未読…
「明暗」の温泉の奥を感じさせるなんて、それはぜひ読んでみないと。
ああ、読みたい本がいっぱい増えました!
図書館にない本も、取り寄せしてもらうなり何なりして、少しずつ読んでいきたいです。
本当にありがとうございます。読み進めるのが楽しみです。^^

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