「木」幸田文

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北海道の富良野の東大演習林に「えぞ松の更新」を見に行った幸田文さん。北海道の自然は厳しく、えぞ松の種も毎年数知れないほど発芽しても、ほとんどのものは育つことができない状態。しかし倒木の上に着床して発芽したものは、そこでも自然淘汰されるものの、強く幸運な何本かは生き延びることができるのです。それが「えぞ松の更新」。1本の倒木の上に整然と行儀よく並んで立つえぞ松の様子に、知識のない人でも、これがえぞ松の更新だということが分かるのだそうですが...。そんな「えぞ松」ほか、木にまつわる全15編のエッセイ集。

ずっと気になってた本です。ようやく読めました。すごく良かった~。
幸田文さんは、幸田露伴の次女。だから文才がある、というわけでもないんでしょうけど、やっぱり面白かったです。文章の良し悪しというのは私には(いつも)分からないんだけど、読んでいて心地よいリズムがあるし、なんていうか、感性が独特なんですね。言葉への表わし方がものすごく素直ということなのかな。擬態語... というのかよく分からないんだけど、そういうのもとても多くて、初めて聞く言葉なんだけど、それがまたすごく表情豊かで、「言いたいこと、分かる分かるー!」という感じ。
実際に木を見に行けば、そこでもまた一般人とは違う反応を見せます。木の気持ちを汲み取り、推し量り、時には我を通してでもとことんその木の姿を見極めようとする幸田文さん。一番印象に残ったのは、「ひのき」の章に書かれた「アテ」の話。森林に携わる人々がアテのことをさんざん貶すのを見て「木の身になってごらんなさい、恨めしくて、くやし涙がこぼれます」とまで言い、特別にアテを挽くことまで頼み込むのです。実際に挽いている場面でも、アテの猛々しさが伝わってきます。

半分まで素直に裁たれてきた板が、そこからぐうっと身をねじった。裁たれつつ、反りかえった。耐えかねた、といったような反りのうちかただった。途中から急に反ったのだから、当然板の頭のほうは振られて、コンベヤを一尺も外へはみだした。すべて、はっと見ている間のことだった。

これは実は挽いている人にもかなり危険な作業だったのでは...。それでも幸田文さんは、反ったのだからまた矯められるのではないかと考えて、実際に掴んで、その固さを身をもって知らされることになります。

この中で一番古い「えぞ松の更新」は1971年1月、最後の「ポプラ」が1984年6月発表。13年半にもわたって書き継がれたことになるんですね。その間、北海道から屋久島の杉まで、日本国内の様々な木に出会ってきたという幸田文さん。人間は、たとえば杉のように何千年も生きられはしませんが、それでも幸田文さんの長いスパンで物事と付き合っている姿も印象的でした。

住むことにしろ、食べもの着物にしろ、春夏秋冬、四つの季節を経てみなければ、ひと通りのこともわかりはしない。ましてや山や川のようなものは、四季の変化どころではない。朝夕でも晴雨でも姿をかえてみせるのだから、せめて四季四回は見ておかないと、話にならないのだ(P.101~P.102)

ああ、なるほどなあ、って思います。本当にそうですね。(新潮文庫)

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Commentaires(2)

わたしもこの本好きです。
図書館で借りて読んでよかったので、文庫購入。
「たらいまわし」で紹介されて、お題にぴったりでした。
TBしますね。
それと、ブログでコメント頂いていてお返事できないままでごめんなさい。

美結さん、こんにちは。TBありがとうございます~。
以前はすぐに表示されなかったけど、最近は大丈夫になったみたいです!
なんだか嬉しい。
こちらからもTBさせていただきますね。

この本を読みながら、ずっと美結さんのことを思ってたんです。
私がこの本のことをきちんと意識したのは、美結さんが紹介されてた時だったので…
そうか、去年のことだったんですね。

コメントのお返事、気長に待ってますので大丈夫ですよん。^^

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