「よもつひらさか往還」倉橋由美子

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大雪の日の夕方、彗君は古い煉瓦造りの建物の中にあるクラブへと出かけます。それは祖父の入江さんが前世紀に始め、最近彗君が入江さんから譲り受けたもの。その日彗君は、バーテンダーの九鬼さんが作った、本物の雪がそのままグラスに盛られているようなカクテルと、鮮やかな血の色をしたカクテルを飲み、その2つのカクテルの不思議な相乗効果で酔郷へと出かけることに...。

バーテンダーの九鬼さんの作るカクテルによって、彗君がさまざまな世界に遊ぶという物語。「夢の通い路」では、桂子さんが「あちらの世界の面々」と交歓を尽くしたんですが、こちらはその慧君版なんですね。桂子さんの孫にあたる慧君が、様々な美女と情を交わすことになります。式子内親王に始まり、ゴーギャン風の南方系美女、かぐや姫、植物的魔女、鬼女、雪女... 時には髑髏まで。ちなみに「よもつひらさか」とは、現世と黄泉の国の境目にある坂のこと。
でも今回なんだかとっても不思議だったのは、全然エロティシズムを感じないこと! 「夢の通い路」も全然肉感的ではなくて、まるで水のような植物のようなさらさらとしたエロティシズムだったと思うんですけど、こっちはそれも全然... 少なくとも前半は全然でした。そういった場面は多いんですけどね。後半は、まあ少しは感じられるようになったけど、それでも「夢の通い路」に比べれば本当に薄いものだし。これって何なんだろう。慧君だからなのかな。それとも読み手の問題?
「ポポイ」を読んだ時にすごく興味を持った慧君なので、「ポポイ」の慧君の辺りを読み返してると、こんな記述がありました。

いつも無限に優しいのがこの人の特徴で、だから慧君は聖者なのだ。相手の意思に反して自分の欲望が働くということがなく、相手の欲することを自分も欲するだけなのだ。そして相手が狂って我を失っても、最初から我というものをもたない慧君は決して狂うことがない。

ああ、そうでした。そういう人だったのでした。だからだったんですね。
こちらの作品でも、慧君と舞の話は私にとってなんだか特別な存在だったなあ。「分子レベルでの理解」に関する会話は、すごく印象に残るものだったし。
でも、今回読んでいて興味を引かれたのは、慧君よりもむしろ九鬼さんだったかも。不思議な酒を作るバーテンダーであり、入江家を取り仕切る執事のような存在であり、入江氏の分身のような存在であり、そして冥界の女王の馴染みでもあり...。いったい彼は何者なんでしょうね?(講談社文庫)


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