「トロイラスとクレシダ」ウィリアム・シェイクスピア

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ギリシャ軍によるトロイ城包囲が7年過ぎた頃。アガメムノンやユリシーズたちは、ギリシャ軍の華・アキリーズを戦場に駆り立てようとしていました。しかし自分の力や名声に酔いしれ、すっかり高慢になっていたアキリーズは、毎日パトロクラス相手にふざけたり、アガメムノンらを嘲るばかり。なかなか戦争に参加しようとしないのです。そんな時、トロイ軍の将軍・イーニーアスがギリシャの軍営を訪れます。それはプライアム王の息子であり、トロイ軍の大将であるヘクターからの一騎打ちの申し出。ユリシーズの提案でヘクターの相手に決まったのは、エージャックス。そしてその頃、パリスの弟のトロイラスは、クレシダに一途に恋をしており、クレシダの叔父であるパンダラスに仲を取り持ってくれるよう頼んでいました。

ギリシャ・ローマ時代の神話や出来事を題材に取ったような後世の作品で何が困るって、人名が違ってしまうこと。先日ラシーヌの戯曲を読んだ時も、「フェードル」がパイドラのことで、「アンドロマック」がアンドロマケーのことで、なんてところで苦労したんですが、こちらもそうでした。トロイラスやクレシダ、アガメムノンはまあいいとして、ユリシーズはオデュッセウス、アキリーズはアキレウス、エージャックスは大アイアース。プライアム王はプリアモス王、ヘクターはヘクトル、イーニーアスはアイネイアースのことなんです。確かにシェイクスピアは英語で書いてるから、私が馴染んでいるギリシャ語読みとは違っていても仕方ないんですが...。英語読みだと軽いですね。なんだか調子出ないなー。(笑)
でも、シェイクスピアの戯曲の中ではかなり評価が低い作品のようなんですけど、人名がきちんと飲みこめてしまえば、これが結構面白く読めました。まず可笑しかったのは、ヘクターと戦うことが決まったエージャックスを、ユリシーズやアガメムノン、ネスターやダイアミディーズがおだてつつ、実は虚仮にしているところ。そしてギリシャ陣営にやって来たクレシダをギリシャの将軍らが歓迎しているところ。これはどっちも日本語で読んでも笑えるような訳になってるんです。読みながら思わずくすくす笑いが漏れてしまったほど。訳者の小田島雄志さん、スゴイ!

この作品では「トロイの城壁が七年にわたる包囲にも屈せず」とあるんですが、アキリーズがアガメムノンに対して怒っているので、おそらくホメロスの「イーリアス」と同時期の話なんでしょうね。(「イーリアス」はトロイ戦争の10年目) この「トロイラスとクレシダ」はタイトル通り、トロイの王子・トロイラスと、トロイの神官でありながらギリシャに寝返った神官カルカスの娘・クレシダという2人の悲恋物語ではあるんですが、それと平行して進んでいくのはトロイ戦争の顛末。というか、むしろ戦争の方が比重としては重いかもしれません。戦う気をまるで失っているアキリーズを、それと悟らせないように遠回し遠回しに戦場に引っ張り出すユリシーズの知略の物語。戦争ばかりだと観てる人が飽きてしまうだろうからと、ちょっと恋物語を入れて潤わせてみましたーという感じ?
人物の造形は、ホメロスの「イーリアス」とは、結構違ってました。一番目についたのは、ユリシーズに対するアキリーズの態度。「イーリアス」では、アキリーズはアガメムノンに対しては敵意を燃やしながらも、ユリシーズに対して敬愛の情を示してたんですよね。アガメムノンが折れて出た時も、ユリシーズが仲介役となったほど。でもこっちの作品でのアキリーズは、親友のパトロクラス以外の人間は全て見下してるんです。ユリシーズのことも。しかもアキリーズがヘクターを討ち取る場面が! これはないだろうという卑怯なやり口なんです。それまでのギリシャ陣営とヘクターの正々堂々としたやり取りからすると考えられなーい!

でも、やっぱり評判があまり高くないだけあって、ちょっと不思議な作品でもありました。それは、唐突に終わってしまうこと。ここで終わる? これから後はどうするの? もう呆気にとられてしまうような幕切れ。これは一体何だったんだーー。この作品は、シェイクスピアの作品の中でも「問題劇」という扱いをされてるそうなんですが、それも納得。現代の小説でも、ここまで読者に丸投げの作品はあんまりないんじゃないかしら。それに一応悲劇に分類される作品のようなんですが、とてもじゃないけど悲劇とは思えません。確かに愛は破局を迎えるんですけど、それでもこれって喜劇なんじゃ...?

シェイクスピアの作品に先んじて、チョーサーも同じ題名の作品を書いてるんですよね。日本では「トロイルス」という題名で訳されているようです。こちらではクレシダの造形がかなり違うようなので、そちらもぜひ読んでみたいなあ。そして「イーリアス」と並んでトロイ戦争についての筋の主な材源となっているという、ジョン・リドゲイド「トロイの書」、ウィリアム・キャクストンの「トロイ史集成」、チャップマン「イリアッド」も読んでみたいです... が、この3つは、どうやら日本語には訳されてないみたい... 残念。(白水uブックス)


+既読のシェイクスピア作品の感想+
「プークが丘の妖精パック」キプリング 「夏の夜の夢・あらし」シェイクスピア
「ジョン王」ウィリアム・シェイクスピア
「ジュリアス・シーザー」「アントニーとクレオパトラ」シェイクスピア
「ハムレット」シェイクスピア・「新ハムレット」太宰治
「マクベス」シェイクスピア
「トロイラスとクレシダ」シェイクスピア

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はじめまして。ブログランキングをたどってやって来ました。色々と広く読書されているのと、それぞれのポストの詳しさに感心しております。

チョーサーの『トロイルス』もそうですが、岡三郎先生がトロイものをいくつも個人全訳されています。「トロイア叢書」(国文社)という名前で集められています。特にボッカチオの『フィローストラト』はチョーサーが種本に使った、つまりシェイクスピア版のお祖父さんということでしょうか、比べつつ読むと面白いかも知れません。

なお、チョーサーの『カンタベリー物語』の最初の一話、「騎士の話」も広い意味でトロイものです。

では失礼致しました。Yoshi

Yoshiさん、はじめまして。コメントありがとうございます。

チョーサーの「トロイルス」を調べた時にトロイア叢書という名前は見たのですが
本当にトロイ物の叢書だったとは、迂闊にも全然考えてませんでした…
そうだったんですか!!
いや、お恥ずかしいです。教えて下さってありがとうございます。
チョーサーのトロイラスとクレシダは、大学の時に授業で読むはずだったんですが
なぜかその年はその講義がなくなってしまって、悔しい思いをしたんですよねえ。
で、結局それっきりになってしまったんですが、これはいい機会ですね。
残念ながら図書館にはなかったのですが、これは手元にほしくなりそうです。(高いけどーー)

「カンタベリー物語」は読んでるのですが、「騎士の話」もトロイ絡みだったとは!
普通にギリシャ物としてしか受け止めてませんでした。読み返さなくちゃ。
こちらも教えて下さってありがとうございます。

四季様、

すいません!!訂正します。騎士の話ですが、これもギリシャものですが、トロイとは直接関係ありません。テーベとトロイをうっかり勘違いして書いてしまいました。えらい違いです。お詫び致します。

『トロイア叢書』、高い本ですし、自分のお金出して買うほど価値があるかどうか・・・。古代中世文学を大学・大学院などで勉強している方とか、特別にこの分野に思い入れのある方ならともかく、読んでぐいぐい引き込まれるような話じゃないだろうし・・・。時間がかかっても、公共図書館などで買って貰ってはどうでしょう?

ただ、ボッカチオは中世末(というより、イタリアではルネサンス始めかな)のイタリアを代表する作家ですから、『フィローストラト』を買う価値はあるかもしれませんね。

上の間違い、再度お詫び致します。Yoshi

Yoshiさん、こんばんは~。
ああ、トロイではなくてテーベなんですね! 了解です。
いえいえ、全然大丈夫ですので、どうぞお気になさらずに~。

「トロイア叢書」、やっぱり高いですよねえ。
だって一番読みたいチョーサーが一番高いし!
ペーパーバックなら1000円ちょっとで手に入るのに。(笑)
確かに古代中世文学は大好きなんですが、別に今現在研究してるわけじゃないし
ギリシャ・ローマ関係も好きなんですが、本当はケルトの方が好きなので…
(アーサー王伝説が専門だったんです)
そうですね、まずは図書館にリクエストしてみることにしましょうか。

もっと需要があればお手頃な価格にもなるかもしれないですけど
この分野だと、そういうわけにもいかないですものね。
でもどれも読みたいです~。気になる~。

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