「メルヒェン」ヘルマン・ヘッセ

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モストアッケル通りに住むある若い未亡人に子供が生まれ、かねてから挨拶を交わしていた、隣人のビンスワンゲルさんが名づけ親となります。そして1つの願い事を言うようにと言われた未亡人は、みんながわが子を愛さずにはいられないようにということを願うのですが... という「アウグスツス」他、全9編の短篇集。

ヘッセによる創作童話集。童話とは言ってもグリムやペローのようなものではなくて、どちらかといえばトルストイのような雰囲気。でも民話を膨らませたトルストイとは違って、こちらは純然たる創作です。そして童話とは言っても子供向けではなくて、むしろ青少年から大人向けの深みのある物語ですね。どれもすごく良かった~。ヘッセは「車輪の下」を読んだことがある程度なんですが、それも全然覚えてなくて...。改めて、色々と読んでみたくなりました。

特に良かったのは、やっぱり表題作の「アウグスツス」かな。これは「愛されること」の意味を考えさせられます。若い母親は「愛されること」こそが一番の幸福と考えて、息子のためにそれを願ったわけなんですが... 「愛されること」は、確かにすごく幸せなことですよね。誰だって他人は好かれたいはず。少なくとも嫌われたいとは思ってないはず。でも「愛されること」は、確かに幸せの1つではあるものの、それは一番良いことというわけではなくて...。1人の人間が日々生活し、様々な感情や行動を積み重ねてこその「愛されること」なんですね。ただ「愛される」だけではダメ。もちろん、他の人間が同じことを願ったとしても、同じ結末を迎えるとは限らないのですが。これを読んで、設定も展開も結末も全然違うんですが、オスカー・ワイルドの「ドリアン・グレイの肖像」を思い出しました。
あと私が好きだったのは「別な星の奇妙なたより」かなあ。これは、ユートピアとも言える美しい村が雷雨と大水と地震によって破壊され、死者のための花もなくなってしまったため、1人の若者が王様に花をもらいに行くことになるという話。この村には悲しみや憎しみ、嫉妬や殺人といった悪は存在しないので、若者もそういうのをおとぎ話で読んだことがあるだけなんです。でも王都への旅の途中に生々しい戦争を目の当たりにして...。この辺りは、やっぱり第一次大戦中に書かれたということなんだろうな。この作品もそうなんですけど、陰惨さと苦しさ、そして幻想的なまでに美しい情景が対照的な作品、主人公も絶望に打ちのめされたかと思えば歓喜に打ち震えることになって、極端から極端へ走るというのが多かったかも。ヘッセ自身も、感情の振れ幅の大きな人だったのかしら。そしてこれまた全編通して感じられるのは、母の大きな存在。ヘッセ自身、心の奥底で母親を求め続けていたんでしょうね。
訳者解説に「小つぶではあるが、最もヘッセらしい物語を集めている」とある通り、物語の1つ1つは小粒かもしれないんですが、乾いた心に沁み込んでくるような繊細で美しい物語ばかり。でもヘッセ自身は、「詩人」のハン・フォークのように、自分自身の言葉を切望して、探し求め続けていたんでしょうね。「詩人」では、言葉は最終的に音楽にとって代わられることになるんですが... ヘッセの中ではどうだったのかしら? (新潮文庫)

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