2006年5月 Archive

Catégories: /

  [amazon] [amazon]
ある夏、自然科学の研究をしながら高い山脈から丘陵地へと向かって歩いていたハインリヒは、西の方に雷雲が拡がるのを見て、近くにある薔薇の花に覆われた家に雨宿りを求めます。その家に住む老人に雷雨は来ないと断言されながらも、自分のこれまで観察してきた自然科学を信じるハインリヒ。しかし結局、老人の言った通り雷雨は来なかったのです。その理由を解き明かす老人の言葉に深く感銘を受けたハインリヒは、その夏から足しげくその薔薇の家を訪れることに。

「水晶」(感想)を読んで以来大好きになってしまったシュティフターの作品。第15回のたらいまわし企画「私の夏の1冊!!」で、The Light of the Worldのnyuさんが出してらした作品でもあります。(記事) 「晩夏」という題名なので、本当はもっと時期を合わせて読もうと思っていたんですが、まだ初夏のこの時期に読んでしまいましたー。でも作品の中に終始漂う爽やかな空気は、今の時期の爽やかな空にもぴったり。というよりむしろ、日本で読むなら秋よりも今の気候の方が合ってるような気もします。

そしてこの作品は、劇作家フリードリヒ・ヘッベルには、この小説を終わりまで読み通した人には「ポーランドの王冠を進呈しよう」とまで酷評され、一方、ニーチェには「ドイツ文学の宝」と絶賛されたという作品。トーマス・マンにも高い評価を受けていたようです。きっと今も昔も、絶賛されるか酷評されるかどちらかなんでしょうね。そしてその酷評された理由は、まずこの作品の起伏に乏しさにあるのではないかと。文庫の上下巻で丁度1000ページほどあるんですけど、確かにこの長さには不釣合いなほど、ほんと何も起きないんです。ただ淡々と物語が流れていくだけ。話がようやく動き始めるのは、かれこれ3分の2も読み終えた頃。あと、人間が描けていない、なんてことも言われちゃうのかも。ここに登場する人たちは皆、嫉妬や傲慢といった悪感情には縁がない人ばかりなんです。特に主人公の家族は凄いです。この時代でも、本当にこんな家族は存在してたのかしら... なんて思ってしまうほど。(ちょっと羨ましい) そして恵まれた環境に生まれ、自らたゆまぬ努力を続け、挫折を知ることなく成長していく主人公は、この先、例えば逆境に陥った時とか、本当に大丈夫なのでしょうか?(挫折を知らない人って、どうも信用できなくて・笑)
でもそんな風に、酷評された理由を想像することもできるんですけど、それらは私にとっては、全然マイナスではなかったです。薔薇の家の主人の話はどれも興味深かったし、負の感情がないからこそ際立つ部分もあったし、高地と丘陵地、そして都会という対比も面白かったし... それにこの作品は、読んでいること自体がとても気持ちがいいんです。この世界に、そして薔薇の家にずっと居続けたくなっちゃう。一気に読んでしまうのが勿体なくて、2ヶ月ほどかけて少しずつ読んでました。シュティフターの作品をいくつか読んだ中では「水晶」が一番好きなんですが、この作品もなかなか良かったです。

ということで、ポーランドの王冠は私が頂いておきましょうかね?(要らないけど・笑)(ちくま文庫)


+既読のシュティフター作品の感想+
「水晶 他三篇 石さまざま」シュティフター
「森の小道・二人の姉妹」シュティフター
「晩夏」上下 シュティフター
「ナレンブルク 運命に弄ばれた人々の城」A.シュティフター
「石さまざま」上下 アーダルベルト・シュティフター
「森ゆく人」アーダルベルト・シュティフター
「書き込みのある樅の木」アーダルベルト・シュティフター

| | commentaire(2) | trackback(1)
Catégories: /

 [amazon]
壹萬壹阡之本のヤマボウシさんに「これ絶対、四季さん好きだと思う」と言われて手に取ったんですが、いや、本当にその通りでした。まさに私好み! 本は図書館で借りて読んだんだけど、これはきっと買ってしまいます。
桑原弘明さんが作られた手作りの極小のスコープと、その中に見える情景に、巖谷國士さんが文章をつけた本。堅固な合金で作られたスコープは、手に乗せるとずっしりと重いのだそうです。箱の側面の小さな円い穴に懐中電灯の光を当てながら覗くと見えてくる、小さな部屋や庭の情景。手のひらサイズの箱の中に存在する世界なのだから、ほんと相当小さいもののはずなんですが、これがとても精巧なんですよね。本当に覗き窓から覗いているみたいです。素晴らしいー。そして光を入れる窓を変えることによって、その情景は白昼夢のようになったり、夕暮れ時になったり、朝の光景から一転して神秘的な夜の情景となったり。その一瞬でがらりと変わる雰囲気に、ノックアウトされてしまいました。
箱の中に作られているのは部屋が多くて、実際に窓や扉や鏡があるものがほとんどなんですが、そうでなくても、常に覗き窓から覗いているせいか、常に窓の存在を感じさせます。扉や窓、そして鏡というのは、異世界へと通じる場所。本をめくっただけで、日常生活の中から一気に別世界へと引きずり込まれるようです。

これを見ていると、視野いっぱいに広がる小さな幻想的な世界をぜひとも体験したくなってしまいます。以前個展が開かれたこともあるのだそう。またどこかでやってくれないかなあ。今度される時は絶対に行きたい! こちらに以前の個展の写真が載ってますので、ぜひ見てみてくださいませ。箱の外側の装飾も、中の情景と良くマッチしていて美しいです。(パロル舎)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories:

ballerina03.jpgちょっと前から満開となっているのが、バレリーナ。一重の花なので、一見薔薇には見えないんですが、これもしっかり薔薇です。直径3~4cmぐらいの花が房になって咲いて、この時期はとっても華やか。咲き始めは、ピンクと白の花びらに金色のおしべがアクセントとなって、それがとっても可愛いんですよー。時間が経つと、花びらのピンク色が少し褪せて、おしべも金色から茶色になります。
毎年、全体像を撮りたいと思いつつ上手く撮れないでいたのですが、今年はなんとか撮りましたー。下の右の写真です。小さくてワケ分かんないと思いますが、まあ、雰囲気だけ。その左の写真は1房の花のかたまり。これまたワケの分かんない咲きっぷりですが、結構大きくて重いです。そして長い枝の先っぽにこういう房が咲くと、頼りなげに風にゆらゆらと揺れてます。そういうところがバレリーナ?

毎年長いシュート(薔薇のぷち専門用語... 根元近くからひゅんっと伸びて次の年の中心となる新しい枝です)が伸びるので、アーチに仕立てる方もいるようですが、うちではきっと無理でしょう...。そこまできちんと管理する自信がないし、そもそも人が通れる高さまで伸びるかどうか。でも、せっかくすらっと伸びたシュートを切ってしまうのも忍びないんですよねえ。(←どっちつかずで、更に手に負えなくなる)

ballerina04.jpg ballerina05.jpg

花が終わったら枝を切ってしまった方が、次の花のためにはいいのですが、そのまま残しておくと秋には赤い実がなって、それがまたとても可愛いです♪

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
セントラル・パークで通りゆく人々の写真を撮って生計を立てているビンゴとハンサム。アパートの家賃にも困っている2人でしたが、ある日現像した写真にサンデー・ピジョンの姿が写っていることに気づきます。サンデー・ピジョンとは、7年前に忽然と姿を消して話題になった男。友人と東洋アンティークの輸入会社を経営し、日曜日にセントラル・パークで鳩に餌をやるのが習慣だった彼が姿を消してから7年、次の日曜日までに現れなければ、共同経営者のペニースが50万ドルの死亡保険金を受け取ることになっていました。ビンゴはサンデー・ピジョンを自分たちで探し出し、死亡保険金の分け前にありつこうと考えます。

大好きなクレイグ・ライスの作品。ミステリ作家さんもたくさんいますが、海外のミステリ作家さんの中で私が一番好きなのは、このクレイグ・ライスかも。...なーんて考えはじめると、いや、コリン・デクスターも捨てがたい、ハリイ・ケメルマンはどうした? ローレンス・ブロックにだってハマってるでしょ、ピーター・ラヴゼイだっているし、他にもあの人は? あの人は? あの人は? なんて他の作家さんの名前がどんどん出てきちゃって困るんですけど(笑)、少なくとも私の中では、海外ミステリ部門でトップ5に入る作家さんです。古き良き時代が舞台のコージーミステリ。特にヘレンとジェイクのシリーズの、粋でお洒落な雰囲気が堪りません~。
でも、創元推理文庫とハヤカワ文庫HMから出てる作品は全部読んでるんですが、実はハヤカワのポケットミステリに手を出したことがない私、この作品もポケットミステリから出ていたので未読なんです。また違うシリーズらしくて、今度はどんな雰囲気なのかドキドキ。

ということで、チビでやせっぽちで赤毛のビンゴと、長身で男前、超人的な記憶力の持ち主だけど頭の回転は鈍い、元新聞社のカメラマン・ハンサムのシリーズです。これが1作目。
保険金目当ての誘拐や脅迫などを企んではいても、いっぱしのワルぶっていても、主人公がワルになりきれないお人よしの2人なのが、とてもクレイグ・ライスらしいところ。いくら食費や家賃に困っていても、今にも部屋を追い出されそうだからといっても、誘拐した相手からお金を取るなんて!と、2人は妙なところで筋を通してますし、ピジョン氏ともすっかりお友達になってしまって、ピジョン氏が朝食に作ったオムレツのできばえにも感動して和気藹々と食事をしてるし、とっても和やか~。もちろん殺人事件も起きるし、2人も悪いヤツらに狙われ続けるんですけどね。そして、一見ビンゴがもっぱら計画を立てて、ハンサムをひっぱっているように見えるんですが、ふとしたところでハンサムの天然な言動にビンゴが助けられてるのも楽しいところ。でも今回はシリーズ1作目のせいか、話の展開自体はあまり...。今後の2人の活躍ぶりに期待、ですね。(ハヤカワ文庫HM)


+既読のクレイグ・ライス作品の感想+
「暴徒裁判」クレイグ・ライス
「セントラル・パーク事件」クレイグ・ライス
Livreに「マローン御難」「マローン殺し」の感想があります)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories:

coffee_ovation02.jpgオランダのデルイターが作出したオベーションシリーズ2つ。
茶系のシックな薔薇にはテディ・ベアとかジュリアとか、他にも色々ありますが、うちにあるのはコーヒー・オベーションとカフェ。そしてこのコーヒーオベーションは、もう1ヶ月ぐらい前から咲いてるんですが、なかなか上手く写真が撮れなくて、遅くなっちゃいました。(今年最初のカフェの写真も撮りそこなってしまったので、見てみたい方は去年の写真をどうぞ。こちらです)
coffee_ovation03.jpg
さて、このコーヒーオベーションの花の大きさは5~6cm、カップ咲き。
買った当初はコーヒーブラウン色だったこの薔薇も、うちで何年も過ごすうちに少しずつ赤味が強くなって、時にはちょっとシックな赤色って感じに咲くことも。でもこの写真だと、比較的最初の頃の色に近いような気がします。シーズン初めの花だからかな? 綺麗なブラウンを保つためには、きっと土になにか混ぜてやらなければならないんだと思うんですが、その辺りの努力をほとんどしていない私ってば... どうすればいいのか、今度きちんと調べてみなくちゃ。
そして咲いているうちに、だんだん色が褪せていきます。かなり変わるなあとは前から思ってたんですけど、改めて写真に撮ってみてびっくり。全然ちがーう。これだとほとんどラベンダー色じゃないですか!(右の写真ね)
でも一緒に写ってる蕾は、やっぱりコーヒー・オベーションの色なんですよね。


white_peach_ovation01.jpgそしてこちらは、ホワイトピーチ・オベーション。
数年前に同じ園芸店で2つのオベーションシリーズを購入したんですが、最初買ったのは、コーヒー・オベーションだけだったんです。ホワイトピーチ・オベーションも、まあ可愛かったんですけど、あまり好みじゃなくて。でも同じように思ったお客さんが多かったようで、コーヒー・オベーションはすぐに売り切れてしまったのに、その後何度行っても、ホワイトピーチ・オベーションの方は売れ残ってたんですよね。そうこうしているうちに花も終わり、見る見るうちにヨレヨレになって... ますます誰も買わなさそうになったのを見かねて、思わずうちに引き取ってしまったのでした。white_peach_ovation02.jpg
でも、お店にあった時も確かに同じ花だったんですが(同じ苗なんだから当たり前)、うちに来てからの方が、花は断然可愛くなりました! 白い花びらの上に、ささっと刷毛でピーチ色をのせたような花びらの色合いといい、薄い花びらがひらりひらりと開いていく形といい、その時よりもずっと繊細になったと思うし、今はすっごく好み! こんなに綺麗な薔薇だったのね~と、改めて愛でています。あの時思い切って連れて帰って本当に良かった。大切にしなくっちゃあ。
この写真、俯き加減も含めて、純情な乙女って感じがしませんか?(笑)→
ええと、こちらもコーヒーオベーション同様、花の大きさは5~6cmですね。ミニバラと呼ぶには少し大きいこのぐらいの大きさの薔薇は、パティオ ローズと呼ばれているようです。

オベーションシリーズ、他にはスカーレット・ オベーションやブルー・オベーションなんかもあるみたい。一度実物を見てみたい気もするけど、とりあえずこの2つで満足してる私です。

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
翻訳家の青山南さんのエッセイ。unaG-2nd Seasonのうなさんが、前回のたらいまわし「笑の文学」に挙げてらした本。(記事) アメリカ文学にはとんと疎い私なんですが(じゃあどこが得意なんだと聞かないように)、読んだばかりのミラン・クンデラやパトリック・マグラアのエピソードも出てきて、とってもタイムリー♪(と言いつつ、どちらも今ひとつ楽しめなかったのですが...(^^;)
名前の表記を巡って深く静かに進行する論争の話とか、世界各国の翻訳事情の話、「こころ」で訳す話、日本の翻訳家が作家に出した質問状の話。こういう話は楽しいなー。でもでも、ロレンス・ダレルの翻訳をやっていた富士川義之氏が、どうしても分からない文章の意味を作者に問い合わせた時の返事にはびっくり。そういうものなんですか! でもって、青山南さんが各作家さんがどう答えるかコメント付きで予想してるのが、また楽しいのです。
あと私としては無視できないのは、「あるスピーダーの告白」。要するに速読者の話です。以前オハイオ州で速読チャンピオンだったという(アメリカには速読試合なんてものがあるんですか!)、ウィリアム・H・ギャスの話が、また面白いんです。速読者たちの読み方が凄くって。ええと、速読者たちが本を読むのは、まさしくサイクリングのようなもの。田園(本のページ)を突っ走り、目的地に向かって快走し、頬に風すら感じるのだとか。へええ、そうなんですかー。いや、分かるような気はしますが。(笑)
それと

「速読者は、名人が魚をさばくみたいに、本をさばく。エラは捨て、尾も、ウロコも、ヒレも捨てる。たちまちのうちに骨のない切り身がずらりと並ぶ」
その点、遅読者はエラとか尾とかウロコとかヒレばっかながめている、とギャスは言う。うーん、その通りだ。まったく。そういえばあら煮も好きだし。

なるほどねー。ああ、なんだか分かるような気がするなあ。
かくしてギャスは、「テキストを完全に無視することによって、チャンピオン・メダルを手にいれた」のだそうです。...それって、それって、一体何のために本を読んでるんですか!!(爆)

あとは、翻訳本の文章が合わなかった時に、「訳文がほんとうにひどい」「訳文が性にあわない」の2つの理由があるけれど、大抵の場合は、「訳がひどいんだよなあ」って吹聴して廻るという話。ああ、確かにそうかもしれないですねー。私はまず言わないけど。いえ、苦手な訳者さんというのはいますけど。
そして書評では、訳文に言及する人としない人は、はっきり分かれるんだそうです。これも、私はまず言わないタイプだな。(書評を書いてるとしたらですが) だって絶対的な評価として、その文章がに良いとか悪いとか、私には分からないんですもん。もちろん、好きな文章とか読み心地の良い文章はあるし、嫌いなタイプの文章、読みにくい文章もあります。何度読み返しても意味が伝わってこないような文章を読むと、「下手くそー」って思いますしね。でも、「読み心地の良い文章=自分の好きな文章」だけど、「自分の好きな文章=文章が上手」かどうかは分からない...。私が1人で「下手くそー」と思ってても、それが実はものすごい美文なのかもしれないし、「あの作家は文章が上手い」と言われるのを聞いて、「あんな読みにくい文章が?」と思うこともあるわけで。
まあ、私にとっては、自分の読み心地良い文章が一番大切だから、絶対的な基準はそれほど問題じゃないですけどね。
あ、でも書評の最後に訳について書くと、それが不思議なほどハマるんだそうです。一通りのことを書いた後で、最後に「訳文は読みやすい」とか、「なお、訳文に気になるところがいくつかあった」とか付け加えるのがコツ。(笑)

青山南さんの文章は、とても読みやすくて楽しかったので(書くとしたらこんな感じ・笑)、今度はうなさんが一緒に挙げてらした「ピーターとペーターの狭間で」や、青山さんが訳されてる本も、探して読んでみようと思います。(ちくま文庫)


+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南
「眺めたり触ったり」青山南
「外人のTOKYO暮らし」青山南
「英語になったニッポン小説」青山南
「気になる言葉、気が散る日々」青山南
「小説はゴシップが楽しい」青山南
「大事なことは、ぜーんぶ娘たちに教わった」青山南

| | commentaire(6) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
プラハの裕福な家に生まれた母親と、貧乏な若い技師の間に生まれた詩人・ヤミロール。母親に溺愛されて育ったヤミロールは、自分の言葉が周囲に大きく影響を及ぼすことに気づき、常に自分は特別なのだという意識を持つようになります。

この方、「存在の耐えられない軽さ」を書いた方だったんですね。という私は、原作も読んでないし、映画も観てないのですが...。
短い章を畳み掛けるような構成で、「詩人」ヤミロールの一生を描いた作品。生まれたのは、第二次世界大戦後の混乱期、そして思春期には「プラハの春」が、という時代背景で、これはクンデラの自伝的作品でもあるのだそうです。小説というよりも、むしろ散文詩のような感じかな。でも、クンデラらしさが一番表れていると書かれていたんですけど... 文章自体は読みやすかったんですけど... 作品はちょっと分かりづらかったです。というよりむしろ、作品にあまり近づけなかったような気が。
自信たっぷりでいながら、常に他人の賛辞がないと不安な小心者。唯一自分を常に認めてくれる母親からは、結局精神的に巣立つことができなかったし、赤毛の恋人を愛しているとはいっても、決して美しくない(どころかブスらしい)恋人を愛している自分に酔っているように見えました。結局のところ、ヤミロールは彼女たちを通して自分しか見てなかったんでしょうね... そんなヤミロールの最期が哀れです。
チェコスロバキアでこの作品が発禁処分となって、フランスに亡命したというミラン・クンデラ。その後はフランス語による作品を発表しています。(ハヤカワepi文庫)

| | commentaire(0) | trackback(0)

Note


MAIL FORMBBS

購読する ATOM


Powerd by MovableType4.24-ja
Copyright 2004-2011 四季. All rights reserved.