2006年8月 Archive

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葉崎半島の西にある猫島は、人間が30人ほどと100匹を超える猫が住んでいる島。数年前、猫の専門誌にここの猫の写真が取り上げられて以来、猫の楽園として有名な観光地となっていました。猫マニアが島に押し寄せ、同時に捨て猫の数も急増したのです。そんなある日、観光客をナンパしていた高校生・菅野虎鉄が見つけたのは、ナイフが突き立てられた猫の剥製。丁度猫島にやって来ていた駒持警部補は、猫島夏期臨時派出所の七瀬巡査と共に調査を開始します。
ということで、「ヴィラ・マグノリアの殺人」「古書店アゼリアの死体」に続く、葉崎を舞台にしたコージーミステリ。今回舞台となる猫島は、葉崎からほんの目と鼻の先にある小島です。干潮の時は徒歩で移動できるほど。

今回は、とにかく猫、猫、猫ばっかり!
メル、マグウィッチ、ポリス猫DC、ビスケット、お玉、ワトニー、トマシーナ、セント・ジャイルズ、ラスカル、ジョフリイ、ヴァニラ、シルヴァー、ウェブスター、クリスタロ、モカ猫、アイーダ、アイ、ソロモン(ミスター・ティンクルス)、アムシャ・スパンダ、チミ...
「著者のことば」によると、この作品には本当に沢山の猫が登場していて、しかもその8割の名前は小説や映画に出てくる猫の名前からとってあるのだそうです。「ただし、出典が全部わかったら、相当の猫バカだと思う」とのこと。
トマシーナはポール・ギャリコからでしょうし(柴田よしきさんの「猫探偵正太郎」シリーズにもトマシーナがいるけど)、チミは仁木悦子さんの「猫は知っていた」かなと思うんですけど... アムシャ・スパンダはゾロアスター教からって作中にあったし、ウェブスターはP.G.ウッドハウス「ウェブスター物語」、ソロモンは「黒ネコジェニーのおはなし」、ミスター・ティンクルスは映画「キャッツ&ドッグス」...? 
ラスカルはあらいぐま?(笑) シルヴァーは「宝島」(猫じゃないじゃん!)で、モカ猫はモカ犬から? でも後は...? セント・ジャイルズがすごく気になるんですけど...!

剥製の猫にナイフが突き立てられていた事件から、殺人事件までだんだんと事件が大事になっていくのですが、雰囲気としてはあくまでもコージーミステリ。殺人が起きてコージーミステリというのも妙ですが(笑)、みんなどこかのんびりと構えていて微笑ましくて、コージーとしか言えない雰囲気なんですよね。住人たちが賑やかに楽しそうに動き回っていて、ミステリとしてよりも猫島に住む人々や猫たちの物語として楽しかったなー。「ヴィラ・マグノリアの殺人」「古書店アゼリアの死体」に登場していた人々が名前だけの登場をするのもまた、昔馴染みに会えたようで嬉しいところ。ラストは、若竹作品には珍しく毒が少なくてびっくり。 ...それより、修学旅行で一体何があったのか、気になるんですけど...? なんでそんなところで出し惜しみ? それが一番のびっくりでした!(光文社カッパノベルス)


+既読の若竹七海作品の感想+
「猫島ハウスの騒動」若竹七海
「親切なおばけ」若竹七海・杉田比呂美
「バベル島」若竹七海
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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ハヤカワepi文庫に夢中になってたと思ったら(これは完読)、絶賛叙事詩祭りを始めてしまって、お久しぶりのハヤカワ文庫FT。今回手に取ったのは、2年ほど前に1冊読んだっきりになっていた、魔法の国ザンスシリーズです。このシリーズは今のところ16冊出ていて、ハヤカワ文庫FT初期に始まったシリーズにも関わらず、今でも絶版になっていないという貴重なシリーズ。今年は連番の100番までの作品を中心に読もうと思っていて、100冊中71冊が読了済なんですが、なかなか手に入らない本が多いんです。

このザンスというのは、一応異世界でいいのかな... ごく普通の文明国と隣り合っているようなのだけど、存在がほとんど知られていないという意味では、「オズの魔法使い」のオズの国のような存在。
そして「オズの魔法使い」や他のファンタジー物と違うのは、魔法はたっぷり存在するのに、いわゆる魔法使い、呪文を唱えれば何でも叶えることができる万能の魔法使いが存在しないこと。その代わりに、ここに住んでいる人も動植物も、石や水といった無生物に至るまで、何かしら魔法の力を1つずつ持ってるんです。しかも同じ時代に全く同じ魔力を持つ人間は存在しない、なんていう設定のおかげで、この作品に登場する魔法のバリエーションはものすごく豊富。まるで色鮮やかな中身のぎっしりと詰まったおもちゃ箱を見ているようです。もちろん力の強さには個人差が大きくて、相手を他の姿に変身させたり、目に映る全ての物をまやかしの姿にしてしまうという強くて有益なものから、壁に光の斑点を映すだけ、といった弱くて無意味なものまで様々。
そんな国なので、旅をする時は大変。魔力は人だけに限られたことじゃないので、一休みで腰を下ろした場所が肉食草の区域だったり、一見気持ち良さそうな木陰では、心地よい音楽で死ぬまで眠らされてしまったり...。(で、木に食べられてしまう) 泉を見つけて水を飲もうと思っても、飲んで最初に見た相手に恋してしまう「愛の泉」だったり。もちろん悪い魔法ばかりではなくて、「毛布の木」なんていうのもあって、寒い時にはとっても助かるんですけど。(笑)

そんな風に色んなアイディアを見てるだけでも楽しいし、主人公がどんどん世代交代していくし、ザンスの過去に旅することもあるので、ザンスという国の歴史もたっぷり楽しめるんですが... 1冊目の「カメレオンの呪文」は再読で、2回目読んでも楽しかったんですが...
続けて5冊読めればいいなあ、と思って読み始めたんですけど、3冊でおなかいっぱい。面白いことは面白いんですけど、どこか危うい感じがするんですよね。この後もこの面白さは続くのかしら? 一歩間違えれば、ただのお遊び作品になってしまいそうで、読みながら心配になってきました。こういうのって、やっぱり最初の2~3冊が一番いいような気もしますね。(ハヤカワ文庫FT)


+シリーズ既刊の感想+
「カメレオンの呪文 魔法の国ザンス1」ピアズ・アンソニイ
「カメレオンの呪文」「魔王の聖域」「ルーグナ城の秘密」ピアズ・アンソニイ
「魔法の通廊」「人喰い鬼の探索」ピアズ・アンソニイ
「夢馬の使命」「王女とドラゴン」ピアズ・アンソニイ

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コロンブス、ベートーベン、エジソン、イソップ、ガロア、シェークスピア、二宮尊徳、ゲーテ、ダンテ、スタンダール、毛沢東、カミュ、ニーチェ、聖徳太子、カフカ、マルクス、紫式部、セルバンテス、トロツキー、孟子、キリスト、プラトン、リルケという23人の世界史上の「英雄」を取り上げて、寺山修司流にそれらの人物を切り、その正体に迫る本。

先日読んだ「不思議図書館」が面白かったので(感想)、次はこの本を選んでみたんですが... うーん、こちらは私には今ひとつ合わなかったみたい。
イソップに関しては私も大嫌いなので...! 「主人持ちのユーモア」「奴隷の教訓」という言葉には深~く納得だったんですが(笑)、コロンブスに関しては、寺山氏が「私が勝手に書き直したコロンブス像」として書いてる文章が、まさに私がコロンブスに抱いていたイメージそのままで、この文章が書かれた当時は、そう考えられてはいなかったのかしら? なんて逆に疑問に思ったり... そのほかの部分では、それはちょっとひどいんじゃないの、と言いたくなるような部分も色々とあって、正直あまり楽しめなかったです。寺山氏による人物分析は、あくまでも現代の、それも1970年代の価値基準を持った人間によるもの。「英雄」たちが生きていた当時の世相や社会背景なんかををまるで無視して、ここまで切り捨てちゃってもいいものなのかな? 何も考えずに楽しむべき本だったのかもしれないんですが、私にはそうはできなかったし、なんだかまるで寺山修司氏の持つ歪みを直視させられているようでツラかったです。もちろんこういった人物分析は、1970年の時代に「英雄」たちを蘇らせるという行為でもあったのかもしれないし、彼なりの「英雄」たちへの敬意の表し方だったのかもしれないんですが。
それでも、「もし、サザエさんが卵を立てなければならないとしたら」というところで出てくる発想は面白い♪ 「ゲーテ」の「ウェルテル」や二宮尊徳との対談も、紫式部の現代版シュミレーションも楽しめました。(角川文庫)


+既読の寺山修司作品の感想+
「不思議図書館」寺山修司
「さかさま世界史 英雄伝」寺山修司

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若い頃からヨーロッパの不思議物語を集め始め、徐々に日本の不思議物語にも目を向けるようになったという澁澤龍彦氏の、日本やヨーロッパ、あるいはインドや中国における不思議譚・怪異譚を紹介する本。

本人が文庫版あとがきに書いているように、軽い読物として書き流してる部分が目につきますし、既にどこかで聞いたような話も多かったんですけど、古今東西の不思議譚を網羅しての考察は楽しかったし、文章もいつものことながら、全然古さを感じさせなくて読みやすかったです。自分の好きなものを、気楽にコレクションしてるという感じがいいんでしょうね。前口上にも、「私は学者ではないから、七面倒くさい理窟をつけるのはあまり好きなほうではなく、ただ読者とともに、もっぱら驚いたり楽しんだりするために、五十篇に近い不思議物語をここに集めたにすぎないのである。したがって、読者のほうでも、あまり肩肱張らずに、私とともに驚いたり楽しんだりして下さればそれで結構なのである」とありました。確かにそういった読み方が相応しい本。さすが河出文庫の澁澤龍彦コレクションの1冊目、澁澤作品の入門編にぴったりの本かも。

「最も古い神話や伝説のなかに、私たちは最新のSFのテーマを発見することができる」なんていうのも面白かったし...
あと一番印象的だったのは、「ヨーロッパでは、ユートピアの別世界に到達するためには、いつも危難にみちた海を越えてゆく必要があった。ところが中国では、桃源郷に到達するには、ただ洞窟や木の洞をひょいとくぐり抜けたり、壺の中へひょいと身を躍らせるだけで十分だったらしいのである」という部分。確かにその通りですねー。中国でも、仙人の住む蓬莱山は海上にある島だと考えられていて、秦の始皇帝は不老不死の薬を求めて徐福を派遣してるんですけど、なぜか山のイメージが強いです。海の上にはあっても、やっぱり蓬莱「山」だから?(笑)
やっぱりヨーロッパにおけるヴァイキングのような存在がなかったからなんでしょうかねえ。倭寇はあったけど、明の時代だからあまり古くないし、時代を遡っていっても、やっぱり常に海よりも内陸部に目が向いてるような気がするし...。仙人の修行は基本的に山で行われるし。(多分・笑)
そしてヨーロッパの海とユートピアの関係って、感じてはいたけど、そういえば理論的にはまるで分かってないことに気付いてしまいました。そういうのって、既に論じられてるんでしょうね。そういう本が読みたくなってきたなあ。何かいいのないかなあ。(河出文庫)


+既読の澁澤龍彦作品の感想+
「私のプリニウス」澁澤龍彦
「異端の肖像」澁澤龍彦
「夢のある部屋」澁澤龍彦
「澁澤龍彦初期小説集」澁澤龍彦
「夢のかたち」「オブジェを求めて」「天使から怪物まで」澁澤龍彦
「高丘親王航海記」澁澤龍彦
「東西不思議物語」澁澤龍彦
Livreに「世界悪女物語」「幻想博物誌」「夢の宇宙誌」「フローラ逍遥」の感想があります)

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秋のはじめの穏やかに晴れたある日のこと、水晶通りにやって来たのは、マーレンという少女。夏の国で家政婦をしていた彼女は、街に沢山降ってきた「お手伝いさん求む」のちらしに興味を引かれ、ハルメ・ハイネの塔にやって来たのです。ヘルメ・ハイネは、全体に血の気の薄そうな魔法使い。最初はすげなくマーレンを断ろうとするヘルメ・ハイネでしたが、どうやらちらしを出したのは先代のハルメ・ハイネで、100年ほど前のことらしいと分かり、とりあえずマーレンを雇うことに。

上巻は、柔らかい色彩に包まれた物語。ここに描かれているのは、とても風街(感想)っぽい場所で、主人公のマーレンが魔女の箒のような古い箒を持ち歩いているというのも、ハウスキーピングのライセンスが「メアリー・ポピンズ・ライセンス」という名前なのも微笑ましいです。マーレンがいた夏の国というのは、地球上の孤児が集められているという場所で、マーレン自身も孤児なんですが、そこにも全然暗いイメージはなし。むしろ賑やかで楽しそう、なんて思えちゃう。でも、下巻に近づくに連れて、その暖かな色彩がどんどん薄れ、それに連れて体感温度もどんどん下がっていきます。あとがきにも、前半はカラーで描き、後半はモノクロで描くというイメージだったとあり、納得。

下巻に入ると、舞台はトロールの森へと移るのですが、そこは全くの冷たい灰色の世界。時々思い出したかのように、原色に戻ってしまった色彩が飛び散っているのですが、基本的に無彩色。前半の夢のような雰囲気が嘘のような、まるで悪い夢でも見ているような、何とも言えないない世界。でもそれでいてとても強烈な吸引力があるんですよね。終盤は、まさしく井辻さんが「エルガーノの夢」のあとがきに書かれていた、「とほうもなく非合理で、小説のようなちゃんとした構造をもっていなくて、断片的で」「詩のような夢のような、奇形であいまいで、それだから美しいような」叙事詩や伝説の世界。整合性があり、きちんとしているだけが、小説の魅力ではないんですよね。

そう考えると、小説ってどこか絵画と似ているような気がします。私は絵だと、例えばクレーやカンディンスキーの抽象画がすごく好きなんですけど(クレーは抽象画家とは言えないかもしれませんが)、小説でも抽象画的な、理屈では説明しきれない部分があるものに惹かれやすいのかなあ、なんて思ったり。
例えば、写真がなかった昔は、肖像画は写真のような意味があったわけで、貴婦人の着ているドレスの襞などをひたすら忠実に写し取ることが重要、という部分もあったと思うんですけど、写真がある今、実物にひたすら忠実な絵というだけではつまらないと思うんですよね。それなら写真を撮ればいいんだし。(もちろん当時だってきっと、実物にひたすら忠実な絵というだけではダメで、画家の個性とか、何かが感じられる絵こそが、今に残ってきていると思うのですが) だけどその写真も、写真を撮る人の個性によって、本当に様々な表情を見せるわけで。で、例えば、ノン・フィクションが好きだという人がいたら、それは絵よりも写真が好きだというようなものなんじゃないかなあ、なんて思ったりしたわけです。
小説と絵画の関係は今ふと思っただけだし、このままでは単なる好みの傾向の話になっちゃうんですが、これはつきつめて考えてみると、ちょっと楽しいかも♪(講談社X文庫)


+既読の井辻朱美作品の感想+
「風街物語 完全版」井辻朱美
「エルガーノの歌」「パルメランの夢」井辻朱美
「幽霊屋敷のコトン」「トヴィウスの森の物語」井辻朱美
「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」井辻朱美
「遙かよりくる飛行船」井辻朱美
「ファンタジーの森から」「ファンタジーの魔法空間」井辻朱美
「夢の仕掛け 私のファンタジーめぐり」井辻朱美
「魔法のほうき」井辻朱美
「ファンタジー万華鏡」井辻朱美

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「狂えるオルランド」にすっかりパワーを使ってしまったので、もう少し気軽に楽しめるファンタジーを... ということで井辻朱美さん2冊。井辻さんの作品が本当に気軽に楽しめるタイプかと聞かれると、ちょっと違うかなという気はするんですけど...。(笑)

「幽霊屋敷のコトン」は、代々伝わる古い屋敷に、既に亡くなった一族の幽霊たちと一緒に暮らしているコトンの物語。話そのものは、おとぎ話みたいに可愛らしくて(めるへんめーかーさんの挿絵がイメージにぴったり)、深みとしてはちょっと物足りないんですけど、その中で1つとても印象に残ったのが、コトンのおじいさんが亡くなる前にコトンに毎日日記をつけることを約束させて、「いいかい、おまえが書かなければ、一日は枯れた薔薇の花びらのように、くずれてどこにもないものになってしまうのだよ」と言った言葉。
この言葉、読書にも当てはまるなあと思って。私はこの6年半、面白かった本も面白くなかった本も、読んだ本の感想を毎日書き続けているんですけど、それはまず第一に自分のための記録なんですよね。(と、今まで何度も書いてますが) 安心してどんどん読み続けられるのも、ある意味、そうやって感想を書き続けているから。そうでなければ、きっと読んだ本のイメージはとっくの昔に、ぽろぽろほろほろと崩れ去ってしまっているんじゃないかと思います。もちろん、崩れ去った後にも、何かしら残っているものがあるでしょうし、それだけで十分なのかもしれないんですが... 何かしら書いてさえいれば、それを書いた時のことを、書かなかったことも含めて、色々と思い出せるもの。それはやはり自分にとって大きいです。

そしてこの「幽霊屋敷のコトン」は、とても水の匂いの濃い物語なんですが、それと対のようにして書かれたというのが「トヴィウスの森の物語」。とは言っても雰囲気はまるで違っていて、同じように水の匂いは濃くしていても、こちらは本当にファンタジックなファンタジー。
いずれは騎士となるべき少年、美しい妖魔の若者、黒い森、霧の立ち込める黒い大理石の城には魔王、地下の鍛冶場で仕事をしている性悪な小鬼たち... と、いかにもなモチーフが満載なんですが、その使い方、展開のさせ方が、やはり井辻さんの場合独特なんだなあと実感。美しくて詩的なんだけど、どこか非合理。やっぱりこれは井辻さんならではのファンタジーだなあ、ルーツを感じるなあ、と思うのでした。(講談社X文庫・ハヤカワハイ!ブックス)


+既読の井辻朱美作品の感想+
「風街物語 完全版」井辻朱美
「エルガーノの歌」「パルメランの夢」井辻朱美
「幽霊屋敷のコトン」「トヴィウスの森の物語」井辻朱美
「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」井辻朱美
「遙かよりくる飛行船」井辻朱美
「ファンタジーの森から」「ファンタジーの魔法空間」井辻朱美
「夢の仕掛け 私のファンタジーめぐり」井辻朱美
「魔法のほうき」井辻朱美
「ファンタジー万華鏡」井辻朱美

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現在進行中の絶賛叙事詩祭りで最大の目玉になりそうな作品、念願の「狂えるオルランド」をとうとう読みました!
これは8世紀末のシャルル・マーニュ率いるキリスト教徒軍とイスラム教徒軍との戦いや、騎士たちの恋や冒険を描いた物語。イタリアルネッサンス最高傑作とされているのだそうです。イタロ・カルヴィーノが偏愛しているという作品。でも、同じくシャルル・マーニュが登場するフランスの叙事詩「ロランの歌」と何らかの関係があるんだろうとは思ってたんですけど、「ロラン」が、イタリア語では「オルランド」なんて知りませんでしたよー。(情けない)

というのはともかく。これが思いの他、難物でした。

まず、訳者まえがきを読んで初めて、これが15世紀にボイアルドが書いた「恋するオルランド」(未完)の続きとして書かれていると知ってびっくり。それならそちらを先にいっておきたいところですが、その「恋するオルランド」は、日本語には翻訳されてないらしいんです。しかも、この本には「恋する~」のあらすじがほとんど書かれてない! いくら「狂える~」が、それだけで独立して読める作品とされていても、続編である以上、人間関係がすっかり出来上がっている以上、そちらのあらすじをきちんと書いておいてくれてもいいのでは... それもなしに、「『恋するオルランド』第○巻第○歌○○節参照」なんて訳注が頻出するときた日には...!
私はシリーズ物を途中から読むのが大嫌いだし、繋がりがある作品は順番に読みたいタイプ。(積み重ねていく部分って、大切ですよね) なのに、いきなり話が始まっちゃう。全然話に入れなくて困っちゃいました。特に最初の1~2章では大苦戦。何度読み返しても、全然頭に入ってこなくて、目は文字の上を素通りするだけ。訳者まえがきに、「まずなによりも、読んで面白い」「少しも読者を退屈させない」なんて書かれてるのに、全然面白くないよー...。

せっかく市外の図書館からお取り寄せしてもらったんだけど、やっぱりやめちゃおうかしら、でも、そんな気軽に再チャレンジなんてわけにもいかないし... なんて思いながら我慢して読むこと約30ページ。(この30ページに5日ぐらいかかりました) ある日突然、面白くなりました! 訳者さんの言葉にも、ようやく納得。ヨーロッパはもちろん、インド、エチオピア、はたまた... と様々な場所でエピソードが同時進行していくんですけど、全然混乱しないどころか、すごく読みやすい! (登場人物は物凄く多いので大変ですが) 最初の苦労は一体何だったんだ? 全部読み終えてから最初に戻ってみると、今度は全然読みにくくなかったです。(笑)

myrtus05.jpg題名の割に、オルランドは主役じゃないんですね。オルランドが失恋して正気を失い、他の人物がその正気を取り戻させるという流れはあるんですけど(この正気を取り戻す部分が凄いです。ぶっ飛んでます) むしろイスラム教徒の騎士・ルッジェーロとキリスト教徒の乙女・ブラダマンテが中心。というのも、この2人こそがアリオストが仕えていたエステ家の始祖となる2人なので...。(途中何度か語られるエステ家の隆盛については、ちょっと退屈) そしてもう1つ中心となっているのが、キリスト教徒とイスラム教徒の戦い。これは迫力です。名だたる騎士たちの強さってば、凄まじすぎ。一騎当千とはこのことか。
(右の写真は、作中に何度も登場するミルトの花。日本名は銀梅花)

結局のところ、ものすごーく面白かったです。分売不可の2冊組で12,600円という凄い値段なんですけど、それでも欲しくなっちゃったぐらい。この金額を出しても欲しいって思えること自体凄いんですけど、そう思えるような本が読めて幸せ~。物語そのものが面白いのはもちろん、訳文もすごく良かったし、ギリシャ神話やホメーロスの「イーリアス」「オデュッセイア」、ウェルギリウス「アエネーイス」、オウィディウス「変身物語」、プリニウス「博物誌」、ダンテ「神曲」、マルコポーロ「東方見聞録」、アーサー王伝説などなど、様々な古典文学を下敷きにしてるから、そういう意味でもすごく楽しいし、色んなエピソードの展開の仕方を他の古典作品と比べて、1人でにやにや。特に絶世の美女の見せる意外な計算高さや、命をかけて結ばれた王子さまとお姫さまが「そして2人はいつまでも幸せに暮らしました」になるとは限らないところとか、面白い~。そしてこの作品は、後の文学作品にも色々と影響を与えているんですよね。これでようやく、そういう作品を読んだ時に、悔しい思いをしなくて済むから嬉しいな。多少は理解も深まるでしょう。(期待)

あとは返却期限までぼちぼちと読み返して... ポチッとしてしまう衝動と戦うだけですね。わはは。(名古屋大学出版会)

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Note


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