2007年4月 Archive

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「わたし」がその男に出会ったのは、ウォーリック城の中でのこと。まるで親友や敵や、ごく親しい近所の人の話をしているかのようにベディヴィア卿やボース卿、湖水の騎士ランスロット卿、ギャラハッド卿の話をするその男は、コネティカット州ハートフォード生まれの生粋のヤンキー。以前自分の工場の男に頭の横っぺらを殴られて気を失った時、気がついたら6世紀の英国にいたことがあるというのです。ケイ卿に囚われた彼は火刑にされそうになり、しかしその3日後に起きる皆既日蝕のことを思い出して危ういところで命拾い。魔法使いのボス卿として、マーリンを差し置いてアーサー王の大臣兼執務官となることになります。

19世紀のアメリカ人が突然アーサー王時代の英国にタイムスリップしてしまうという作品。そういうのをマーク・トウェインが書いちゃうというのがすごいなあと思ってたんですが、ようやく読めました! マーク・トウェインの時代だったらタイムスリップというだけで新鮮だったんじゃないかと思うんですが、行った先のその時代に合わせるのではなくて、現代技術(マーク・トウェインにとっての「現代」なので19世紀です) をどんどん持ち込んでしまうというのがユニーク。石鹸みたいな日常に便利なものはもちろん、電話や電気みたいな色んなものを作っちゃうんです。工場を建て、人材を育成し、最終的に目指すのは共和制の世の中。
皆既月食の日時を正確に覚えているところはあまりに都合が良すぎるし(確か○年... ぐらいならまだしも、○年○月○日○時○分に始まる、まで覚えてるんですもん)、19世紀の産業を6世紀の世の中ににこんなに簡単に移行できるはずはないとも思うんですが、それでも奇想天外な物語が面白かったです。自分の置かれた状況をくよくよと思い悩んだりせず、19世紀の知識を利用してどんどん前向きに対処していくところはいかにもアメリカ人のイメージ~。それに確かにこの時代には色々問題もあったんでしょうけど、現地の人の気持ちをあまり考えようともせずに物事をずんずん進めていっちゃうのも、アメリカ人っぽい~。(失礼) これがアメリカ人作家の作品じゃなかったら、アメリカ人に対する強烈な皮肉かと思うところです。でもどうやらこれは、南北戦争後の南部人を北部人から見た風刺的な視線といったところみたいですね。アーサー王と宮廷の騎士たちは、思いっきり頭の悪い野蛮人扱いされています。^^; (ハヤカワ文庫NV)

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「耳猫風信社」は、「綺羅星波止場」の中に入っている短編「耳猫風信社」を長編化したもの。
日記を買おうとして行き着けの店に行くものの、その日に限ってお店がお休み。仕方なくトアンは隣町に行き、そこで出会ったカシスという不思議な少年に日記帳を買える店を教えてもらい... という物語。短編の時もそうだったんですが、隣町のあの辺りにあるはず、という場所が見つからなくて、トアンとその友達のソラは何度も探し回ることになるんですよね。探していない時はふとした拍子に行けるし、カシスが一緒だったら何の苦労もなく行けるのに。そういう風に、いつでも行けるとは限らない場所という設定はそそります。先日読んだヒルダ・ルイスの「とぶ船」の中で、ピーターが船を買ったお店もそうでした。柏葉幸子さんの「霧のむこうのふしぎな町」に登場するお店にふとした拍子で入った人たちも、そんなことを思うんだろうなあ。あとこの作品は、やっぱり猫ですね。トアンとソラは全然分かってないけど、読者には明らかに分かるので、ニマニマしてしまいます。

で、「耳猫風信社」の中に「月の船でゆく」という映画が登場するので、何か関連があるのかなと思ったんですが、どうやら全然関係なかったようで... 「月の船でゆく」は、17歳の高校生ジャスと、ジャスの拾ったティコという少年の物語。「耳猫風信社」は面白かったし、好きな雰囲気だったんですが、こっちは微妙。最後にちょっとびっくりさせられるポイントがあって、それのおかげで、自分の中では「イマイチかも... → 案外悪くないかな」辺りまで復活したんですけど、どうやらこの辺りに長野まゆみさんの作風の変化の時期があるようですねえ。いずれにせよ、長野まゆみさんの書く女の子は、どうも好きになれないなー。(光文社文庫)


+既読の長野まゆみ作品の感想+
「螺子式少年」「夏至南風」「行ってみたいな、童話の国」長野まゆみ
「夏期休暇」「遊覧旅行」長野まゆみ
「夏至祭」「綺羅星波止場」長野まゆみ
「耳猫風信社」「月の船でゆく」長野まゆみ
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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濃い霧にまかれて道に迷ったガウェインが辿り着いたのは、ゴーム谷のグリムの屋敷。ガウェインはどこか不吉なものを感じながらも、ここで一夜の宿を取ることに。夕食後、用意されていた部屋に戻ったガウェインは、寝台にグリムの娘・グドルーンがいるのを見て驚きます。なんと父親に言われて来たのだというのです。その場は礼儀正しくグドルーンを退けるガウェイン。しかしガウェインは後日グリムに、娘を襲ったという濡れ衣を着せられて訴えられ、そのために「すべての女が最も望んでいることとはなにか?」という問いの答を探すことに。

「五月の鷹」とはガウェインのこと。その題名通り、アーサー王伝説のガウェインが主人公の物語です。これは児童書なのかな? 伝説のエピソードが色々組み合わせられていたり、元の話に囚われずに自由に発展していて、意外なほど面白かったです~。特に楽しかったのは、時折他のエピソードらしきものが顔を出すところ。閉じ込められてしまったマーリンも声だけで登場しますし、あとはガウェインが1年間の探求の旅に出ている時に、とある泉に辿り着く場面が好き♪ これは「マビノギオン」で、「ウリエンの息子オウァイスの物語、あるいは泉の貴婦人」にも登場する泉です。そこには「なにかを待ち望んでいるような雰囲気」があり、ガウェインも何かをしなければいけないと感じるのですが、「たとえここに探し求めるべき冒険があるとしても、それは私がおこなうものではないのだ」と分かって、ガウェインは水を飲むだけで立ち去ることになります。確かにこれはガウェインではなくて、従兄弟のイウェインの冒険。こんな感じで、「あそこに繋がっていくのかな?」みたいな部分が色々あるんです。あとがきで訳者の斎藤倫子さんが「作者自身も楽しんで--ほとんど遊び心といってもいい感覚で--書いたもののように思われてなりません」と書かれていましたが、本当にその通りなのではないかと思います。
ガウェインの弟たち、アグラウェインやガヘリス、ガレスも個性的に描き分けられていたし、グウィネヴィアもちょっと珍しいほど素敵な女性に描かれていました。ただ1つ不満なのは、老婆・ラグニルドが必要以上に下品に振舞っているようにしか見えないこと。下品に振舞って尚、認められることが必要だった? それとも下品な性格もまたラグニルドにかけられた魔法のうち? 確かに伝説の方でもその通りなんですけど、ここに一言添えられていたら、もっと説得力があったのになあ。(福武書店)


+既読のアン・ローレンス作品の感想+
「幽霊の恋人たち サマーズ・エンド」アン・ローレンス
「五月の鷹」アン・ローレンス

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ある夏の晩、自転車でいつもの空家の前を通りがかった月彦は、灯りが点っているのに気づいて驚きます。月彦と同じぐらいの年恰好の少年が2人向かい合って、言い争っていたのです。こっそり見つめていた月彦はじきに気がつかれて、家の中に招かれることに。それは黒蜜糖と銀色という2人の少年たちでした... という「夏至祭」。
中編「銀色と黒蜜糖」を始めとして、宮沢賢治風の童話「銀の実」、灯影と垂氷という2人の少年の「綺羅星波止場」と「雨の午后三時」などを収めた、短編集「綺羅星波止場」。

久々の長野まゆみ作品。長野まゆみさん、いつの間にか作風が変わっちゃったみたいだし、もうこういうのは読まないかな~なんて思ってたんですが、いざ読み始めると、この世界はやっぱりなかなか心地よかったです。初期の作品の雰囲気だったし、今回は猫の登場が多かったんですよね。
「夏至祭」と「綺羅星波止場」の中の「銀色と黒蜜糖」に登場する少年たちは、「野ばら」にも登場する少年たち。「野ばら」を何度も書き直しているうちに生まれた亜種のようなものらしいです。少年たちの性格も違うし、ストーリーも全然違ってました。結局最初に世の中に出ることになった「野ばら」よりも、私はこの「夏至祭」の方がずっと好きだなあ。(河出文庫)


+既読の長野まゆみ作品の感想+
「螺子式少年」「夏至南風」「行ってみたいな、童話の国」長野まゆみ
「夏期休暇」「遊覧旅行」長野まゆみ
「夏至祭」「綺羅星波止場」長野まゆみ
「耳猫風信社」「月の船でゆく」長野まゆみ
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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The Light of the Worldのnyuさんのところで記事を拝見して(コチラ)、「ジョン王という手もあったか!」と手に取った本。
先日の「アイヴァンホー」以来、いくつかロビン・フッド関連作品を読んだんですが、元々ロビン・フッド物ってあんまりないんですよね。...いや、まさかシェイクスピアにロビン・フッドが登場するはずもないというのはよく分かってるんですが。(笑)
ジョン王といえば、マグナカルタ(大憲章)を認めたヒト。フランスにあったイギリスの領土を失ったことから欠地王とも呼ばれ、イギリスでは最低最悪の君主とされてるヒト。ロビン・フッド物でも徹底して悪役にされてます。でも兄のリチャード一世が十字軍遠征のために税金を絞り取った後なので(その後囚われて、そっちの身代金も莫大だった)、タイミングが悪かったとも言えそう。そんなジョン王が主役になるとどんな話になるんだろう? と思ったのでありました。
...対照的に評判の良いリチャード1世は、獅子心王と呼ばれてる人ですけど、今まで読んだ限り、結構単純な戦争馬鹿に描かれてることも多いです... きっと脳みそが筋肉でできてるタイプだったんでしょう。でも面倒見の良い先輩タイプで、人々に愛されたのかも。(笑)

話が始まるのは、既にジョンが王になった後。リチャード1世の後を継ぐはずだった甥のアーサーを差し置いてジョンが王位についたため、フランスのフィリップ王から、アーサーの権利を認めろという使者が来るんです。(その時アーサーはフランスにいた) それをジョン王が追い返して、フランスに大軍を進めるところから話が始まります。

一読して、随分単純に分かりやすくまとめたなあという印象の作品でした。まあ、私は元々シェイクスピアのことを、それほどオリジナリティのあるヒトとは思ってないのですが(ほとんどの作品に元ネタがあるわけですし)、きっとどこかに光るものがあって名を残したんだろうと思うわけで... この作品では、私生児フィリップ(サー・リチャード)が面白かったです。話し方が野卑すぎて浮いてるんですけど(しかもこれで獅子心王と話しぶりがそっくりって)、この役を舞台で演じる役者さんは、他の役者さんを食ってしまえそうです。そういう意味で、ちょっと舞台を見てみたくなるような作品ですね。...シェイクスピアが書いたのはあくまでも戯曲なんだから、本を読んでるだけじゃダメなんですよね、きっと。舞台でこそ本領発揮するんでしょう。(だから舞台を観たことのない私には、その真価は分からないのかも)

結果的にはマグナ・カルタも登場しないし... いえ、登場しないというのは既に聞いて知ってたんですが、なんでシェイクスピアはこのことを書かなかったのかな? すぐに破棄されたようなものだから重要ではないと考えた? それとも単に忘れていた?(笑)
この作品で貴族たちがジョンに離反したのは、マグナ・カルタのせいではなくて、ジョンがアーサーを殺したという噂が流れたからでした。(白水uブックス)


+既読のシェイクスピア作品の感想+
「プークが丘の妖精パック」キプリング 「夏の夜の夢・あらし」シェイクスピア
「ジョン王」ウィリアム・シェイクスピア
「ジュリアス・シーザー」「アントニーとクレオパトラ」シェイクスピア
「ハムレット」シェイクスピア・「新ハムレット」太宰治
「マクベス」シェイクスピア
「トロイラスとクレシダ」ウィリアム・シェイクスピア

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「森と大地の精」「海と草原の精」「空と風の精」「花と水の精」の4冊。以前、風待屋のsa-ki さんが、たらいまわし第8回「あなたが贈られたい(贈りたい)本はなんですか?」の時に挙げてらして、その時から気になってたんですよね。

北欧神話やケルト神話を中心に、主にヨーロッパの文化や生活に根付いている妖精たちを紹介していく本です。「森と大地の精」では洞窟・地中・森・荒野・丘・山に住む妖精、「海と草原の精」では草原・庭・家・川・海に住む妖精、「空と風の精」では天気・太陽・月・クリスマスにまつわる妖精、「花と水の精」では緑や水辺にまつわる妖精を紹介。どちらかといえば、前2冊は基本的な妖精の種類の紹介がほとんどで、物語などで有名な妖精は後2冊に登場するので(要するに分類しにくいんでしょう)、後2冊の方がとっつきやすいかもしれません。ワルキューレとかローレライとかね。アーサー王伝説に登場するモーガン・ル・フェイや、「夏の夜の夢」のオベロン王なんかも、後2冊で紹介されています。説明の文章には、その妖精にまつわるエピソードはもちろんのこと、外見や住みか、好きな食べ物、性質なども書かれていて、とても詳しくて読み応えがあります。そしてそれ以上に絵がものすご~く美しくて、眺めているだけでも楽しくなるような本なんです。

ヨーロッパが中心とは言っても、アジアの妖精も登場してきました。日本の妖精として紹介されていたのは、雷鳴の神とか風の神とか山の神、谷の神、あとカマドノカミとか鬼子母神、地蔵菩薩など。(笑) 中国のものには挿絵があったのに、日本のものにはなくて、ちょっと残念。どんな絵になるのか、見てみたかったな~。(文溪堂)

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春ですねえ。先週は満開だった桜も、うちの辺りではもう葉っぱが出てき始めてしまいましたが、みなさまのところはいかがでしょう。百花繚乱は、なんと去年の10月以来の記事です。いや、写真は時々撮ってたんですけどね。PC に取り込むのが(+画像ソフトを立ち上げるのが)面倒で...(おぃ)
銀木犀とか、いくつか逃しちゃった花もあって残念。
いっぱい並べると、1つずつの印象が薄くなるし、画面的にも色がバラバラになってイマイチなんですが、ようやくやる気になったので、一気にアップしちゃいますね。

まず今うちで咲いてる花がこちら。

lavande04.jpg rosemary01.jpg vinca_major_02.jpg
spiraea03.jpg  rose_oldblush01.jpg

左から順番にラベンダー(No.029)、ローズマリー、蔓日々草(No.024)、下の段は雪柳(No.008)、椿(No.010)、薔薇のオールド・ブラッシュ(No.037)。
ラベンダーとローズマリーは冬の間からずっと咲いていて、雪柳はもうほとんど終わりかけ。椿は枝光。この大きさだと色が暗くてどうも冴えないので、大きな画像にもリンクしてます。良かったらクリックしてみて下さい。少しはマシな画像がポップアップ画面で出ます。薔薇は、妙に気が早いですねー。例年なら月月粉(ユエユエフェン)が一番で、この薔薇は2番手になることが多いんですが、今年は一番乗りでした。
このほかに、クリスマス・ローズも各種取り揃えて咲いています。クリスマス・ローズに関しては去年の記事をどうぞ♪


そして既に終わってしまった花がこちら。つい先日まで白木蓮や白椿も咲いていたんですが、写真を撮り損ねてしまいましたー。

crocus01.jpg hyacinth01.jpg daphne03.jpg

左からクロッカス(ジャンヌダルク)、ヒヤシンス、沈丁花(No.007)。ヒヤシンスは、水栽培用の球根を用意しなかったのが良くなかったのか、それともこの冬が妙に暖かかったせいか、あんまり縦に伸びないうちに花が咲き始めてしまいました。香りはいつも通りとても良かったんですけどね。やっぱりきちんと寒さに当てなかったのがいけなかったのかなあ。沈丁花は先月の本当の咲き始めの頃の写真ですね。

百花繚乱としては、クロッカスが百花繚乱No.043、ヒヤシンスがNo.044、ローズマリーがNo.045になります。次回は水仙の予定~。その次がチューリップかな? どちらももう咲き始めてて、にぎやかです♪

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