2007年4月 Archive

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聖霊降臨節の前日、カアマロ(キャメロット)に集まっていた円卓の騎士たちが宴の席についた時、そこに現れたのは美しい乙女。乙女は理由も言わずにランスロ(ランスロット)に一緒に来て欲しいと頼み、2人はすぐに馬で出立します。ランスロが連れて行かれたのは、とある女子修道院。そこでランスロは、ガラアドという若者を騎士に叙することに。そして翌日、ランスロがカアマロに帰り着いた時、円卓の「危険の座」には、その日その席に座る主が現れると書かれていました。それこそが、ガアラルの席だったのです。

1180年代初めにクレティアン・ド・トロワが書いた長編韻文物語「聖杯の物語」がきっかけとなり、それから膨大な聖杯物語が作られることになったのだそうですが、この本に収められている「聖杯探索」は1220年にフランスで書かれたという作品。作者不詳とあるんですが、キリスト教のシトー修道会の修道士やその教えを勉強した者によるものと考えられているようです。
聖杯というのは、元々はケルトの大釜。でも、キリストが最後の晩餐で使い、十字架上のイエスから血を受けた器とされるに従って、聖杯伝説もまた、とてもキリスト教色の濃いものへと変化しています。ものすごく教訓的だし、ものすごい禁欲思想なんですよね...。純潔がそんなに偉いのか!と思ってしまうほど。(それとも、そう言いたくなるほど、当時の風紀は乱れていたとか?) この聖杯探索を成し遂げる資格があると神によって認められたのは3人だけ。それ以外の騎士たちは、もう見事なまでに切って捨てられてます。特に気の毒なのは、当代随一の騎士だったはずのランスロ。もう会う人会う人に罪を指摘されて、普通の神経ならこれはうんざりするだろうなあ。信仰心の篤い(単純な)ランスロは、まさかうんざりなんてしないで、悔い改めようとするのですが。(笑)
この作品がシトー派関係者の作だと考えられたのは、この強烈な禁欲思想のためだそうなんですけど、ここまで排他的というか、選ばれたほんの一握りの人しか救われない思想だと、疲れるでしょうね! 大乗仏教みたいなおおらかさが欲しいなー。でもアーサー王伝説の聖杯関係は、多かれ少なかれこんな感じ。この本はとても面白かったんですけど、聖杯の話はちょっと苦手です、私。(人文書院)

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1194年春。ハンティントン城では、十字軍遠征から無事生還したハンティントン伯爵の嫡男・ロバートの帰還を祝う会が開かれていました。レイヴンスキープのサー・ヒュー・フィッツウォーターの娘・マリアンもまた、祝賀会に出席した 1人。マリアンの父は1年前に十字軍で戦死しており、ロバートに父の最期ことを聞けるのではないかと考えていたのです。しかしロバートがマリアンに伝えたのは、ノッティンガムの代官と結婚せよという父の言葉で...。

「シャーウッドの森の物語」全3巻。ロビン・フッド物です。
ここでのロビン・フッドは伯爵の嫡男ロバート、マリアンは騎士の娘。そしてロバートは、他の話にあるような明るくて快活な若者ではなくて、十字軍の遠征によって様々なものを失い、傷つき、悪夢や幻影に悩まされてる内省的な若者。英雄としてもてはやされても、そんな周囲を冷めた目で見ちゃってます。なので普通のロビン・フッド物とは全然雰囲気が違いました。痛快な冒険も全然ないまま、淡々と...。話が進むに連れてお馴染みの面々も登場するし、リトル・ジョンとの一騎打ちなんかもちゃんとあるんですけどね。同じように戦っても、雰囲気が全然違ーう。タックなんて、イメージ通りだったのは大食らいという部分ぐらいで、それで本人は真剣に悩んでたりするし、もうほんと悩んでばっかり! 訳者解説にロビンがハムレットみたいだってあったんですけど、この悩みっぷりを見てるとタックの方がハムレットに相応しいかも。(笑) そしてこの作品、主役はマリアンなんです。そのせいか、まるでマリオン・ジマー・ブラッドリーの作品のようにフェミニズム色の濃い作品になってました。この時代の女性の義務や立場、結婚・貞操について繰り返し繰り返し書かれ... うーん。
面白かったのは、当時の風俗についてかなり詳しく描かれていること、かな。ハンティントンの城やレイヴンスキープのマリアンの屋敷、そしてノッティンガムの祭りの賑わいや森の中などが、とても生き生きと描かれていて、それは楽しかったです。
と、そんな感じなので、従来のロビン・フッド物を期待して読むと、がっかりしちゃうかもしれません。ま、これも1つの解釈として面白かったんですけどね。(ハヤカワ文庫FT)

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tarahon32.jpg今回のたらいまわしの主催は、柊舎の書庫のむつぞーさん。お題は「ねこ・ネコ・猫の本」。猫の登場する作品というのは、国内外を問わず、本当に多いですね。長編やエッセイ作品も沢山ありますし、猫をテーマにしたアンソロジーもいっぱい。やっぱり猫というのは作家の創作心を刺激する存在なのでしょうかー。しかもジャンルはミステリ、ファンタジー、ホラー、純文学作品まで多岐にわたります。猫が一匹いるだけで、その情景が浮かんでくるような気がします。

この企画に興味をもたれた方は、右上の「たら本」アイコンをクリック! 初めての方も大歓迎。どうぞお気軽に参加なさって下さいね。

猫と本あるいは猫と文学...というのは、とっても似合うとおもいませんか?
時に愛らしく、時にふてぶてしく、身近な存在でありながらミステリアスな雰囲気をもつ猫。
多くの作家達にも愛された猫は、いろんな本に登場していると思います。
そんな猫が出てくるお気に入りの本を教えて下さい
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ニムエという乙女にぞっこん惚れ込んでしまい、自分の知っている全てのことをニムエに教えたマーリン。しかしそれが仇となり、マーリンはニムエに荒野の岩の中に閉じ込められてしまうことに... というのは、トーマス・マロリー「アーサー王の死」に伝えられるエピソード。ここに描かれているのは、岩の中に入ったのは実はマーリンの自発的な意志で、しかもマーリンはそこで長い眠りについているだけ、という物語。時々目を覚まし、自分の生涯のことを追想し、またしても夢の世界に漂っていきます。

マーリンのみる9つの夢の物語。副題が「アーサー王伝説物語」なんですが、実際にはほとんどアーサー王伝説には関係なかったです。冒頭のマーリンとニムエのエピソードぐらいで、アーサー王の名前も騎士たちの名前も全然でした。それでも中世の騎士たちの時代を彷彿とさせる雰囲気はたっぷり。1つ1つの物語はごく短くて、いかにも夢らしく断片的なんですが、同時にとても幻想的なんですよね。特に最初の「さまよえる騎士」で活躍するサー・トレマリンなんて、見た目も冴えない中年の酒飲みの騎士。全然勇ましくないし、時には騎士とは言えないような作戦で敵に勝とうとするし、「高潔」という言葉からは程遠いところにいるんです。話も設定こそファンタジーっぽいんですけど、どちらかといえばミステリ系で、最後にびっくり。なのに、この中にあるだけで、1枚紗がかかったような感じになるんですよね。どこか特別な空気に包まれているような...。
9編の中で私が特に気に入ったのは、「乙女」と「王さま」。「乙女」での犬の描写はあまりにリアルで、それだけでも別世界にさまよい込んだような錯覚があったし、「王さま」に登場する緑のマントの男がとても不思議で魅力的。そしてそんな物語に、アラン・リーの挿画がふんだんに使われていて、とても美しい一冊となっています。(原書房)

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この2つの話は先日新潮文庫でも読んだばかりなんですが(記事)、今回読んだのはアーサー・ラッカムとエドマンド・デュラックの挿絵入り。ラッカムとデュラックは、こういった挿画本の黄金時代に人気を二分していた2人で、どちらの本も荒俣宏氏の解説。合わせて読むと、この2冊がラッカムとデュラックそれぞれの最高傑作という趣旨のことが書かれていました。
でもこの2冊を見比べる限り、私の好みはラッカムの方だなあ...。デュラックの絵は、肝心のミランダがあまり美しく感じられなかったし、絵に動きがないような。妖精のエアリエルは素敵なんですけどね。ラッカムの絵の方が、描かれている人物や妖精の表情が遥かに豊かな気がします。ハーミアやヘレナ、妖精の女王タイタニアは本当に美しいし、妖精パックは小悪魔っぽい表情が魅力たっぷり、豆の花や蜘蛛の巣、蛾、芥子の種といった小さい妖精たちや素人劇団の面々はユーモラスで、そのギャップも好き♪
デュラックの挿絵といえば、数年前に友人に「Edmund Dulac's Fairy Book」というとても素敵な洋書をもらったことがあって、そちらの絵のタッチの方が繊細で華やかで好きです。もうほんと、同じ人の絵とは思えないぐらい。
ちなみに右の画像は、昨日のニールセンのと同じシリーズのラッカム版とデュラック版。実際に手に取って見てみたいー。(新書館)


+既読のアーサー・ラッカム作品の感想+
「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」リヒャルト・ワーグナー
「シンデレラ」「不思議の国のアリス」「ウンディーネ」「リップ・ヴァン・ウィンクル」「ピーター・パン」アーサー・ラッカム
「真夏の夜の夢」アーサー・ラッカム絵&「テンペスト」エドマンド・デュラック絵

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「おしろいとスカート」
妖精に育てられた少年王スーシとミニョン・ミネット姫の物語「ミニョン・ミネット」、貧しい農夫が撫子の鉢と銀の指輪を残した娘のフェリシアは実は姫君だった...という「フェリシア-または撫子の鉢」、宮殿の門衛となったジョンは、姫を笑わせるために、姫に求婚し定め通り幽霊屋敷で一夜を明かすという「ジョンと幽霊」の3編。
「十二人の踊る姫君」
2人の妖精の女王の座の争いに人間が巻き込まれる「ロザニー姫と浮気な王子さま」、12人のお姫さまの靴が朝になると擦り切れている謎を解けばお姫さまの1人と結婚できるという「十二人の踊る姫君」、一度は富豪になりながら全てを失った男が禁断の扉を開ける「笑わぬ男」、芝生の真ん中にいる兵士の謎を解く「ロシア皇后のすみれ」の4編。

日常&読んだ本logのつなさんに教えて頂いた本。元々この2冊は1冊で、「おしろいとスカート」という題名だったみたいです。この題名は、妖精物語の変遷史の中で「パウダー(おしろい)」と呼ばれる時期と「クリノリン(スカート)」と呼ばれる時期があったことから来ているのだそう。クリノリンというのは、下に輪状の骨組みを入れてスカートをふわっと膨らませたスタイル。でも妖精物語の黄金期とも言える「パウダー」時代の作品は沢山あるのに、「クリノリン」時代の物語を探すのは、なかなか大変だったのだとか... それならなんで「クリノリン」と名付けられるような時期があるの? なんて思っちゃうんですけど、これはビクトリア時代と重なってるようなので、もしかしたら妖精は人気でも、物語よりも絵画の方が多かったのかもしれないですね。「パウダー」期と「クリノリン」期の作品の違いは、アールヌーボーとアールデコの違いみたいなイメージでした。(なんとなく、ですけどね)

私が特に好きだったのは「ミニョン・ミネット」かな。「ミニョン・ミネット」に登場するディアファニー姫は、ジョージ・マクドナルドの「かるいお姫さま」みたいだけど、マクドナルドはこの物語からヒントを得たのでしょうか? 「フェリシア-または撫子の鉢」は王子さまにおっと驚いたし、「ジョンと幽霊」はトルストイの「イワンのばか」みたいな感じ。「ロザニー姫と浮気な王子さま」は、競い合う妖精が大迷惑なんですけど、なんか許せてしまうし、「十二人の踊る姫君」は、エロール・ル・カインの絵本でも美しかったけど、こちらも素敵でした。話が微妙に違うのがまた楽しいです。「笑わぬ男」は、ホラー系。「ロシア皇后のすみれ」は、以前どこかで読んだことがあるんですけど、これって実話だったんですね。微笑ましい~。
そしてこの2冊には、カイ・ニールセンの挿絵がついてるんですけど、これがまた美しいのです。どちらも表紙の画像が出なくて残念~ なので、洋書の画像を出しておきますね。カイ・ニールセンの描く女性は皆柳腰で、どこか竹久夢二の絵を思い出します。でもとても華奢なんですけど、すっと伸びた背筋が凛としてるんです。特に好きだった絵は、ミニョン・ミニット姫がスーシを助けに行く場面。これは文句なしに美しいです。あとディアファニー姫が飛んでいってしまう場面と、フェリシアがおしゃべりな牝鶏の話を聞く場面は、2人の驚いたような表情がとても可愛いくて~。案外表情が豊かなんですね。カイ・ニールセンが活躍したのはアール・ヌーボー期なので、彼の描く絵の構図にもどこか日本の影響が感じられるようで、宮廷風の華やかさながら、なんだかとても懐かしい気がしました。(新書館)

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