2008年6月 Archive

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エスピノーサは、スペイン系アメリカ人の言語・口承文芸の研究者。原書に収められている280編もの民話から、日本人が興味深く読めるスペインらしい話全87編が選ばれているのだそうです。謎話、笑い話、教訓話、メルヘン、悪者話、動物昔話、だんだん話の7章に分かれています。

スペイン語の原題、採取された場所、グリム童話などに類話がある場合はその題名などが記されていて、かなりきちんとした民話集です。
この中で一番興味深いのは、「聖女カタリーナ」かな。これは教訓話の章に収められている話。幼い頃から信心深く生きていた聖女カタリーナとは対照的に、その母親はとても罪深い女。一足早く亡くなった聖女カタリーナは当然天国へと行くんですが、母親は当然のように地獄行き。でも聖女カタリーナは母親と一緒にいることを望んで、キリストや聖母マリアにお願いするんですね。そして天使たちが母親を迎えに行ってくれることになります。でも母親は、自分ににつかまって一緒に地獄を出ようとした他の魂たちに向かって悪態をついて、それを聞いた天使たちは母親を放してしまう... という話。
どこかで聞いたような話でしょう? これは芥川龍之介「蜘蛛の糸」の原話なんです。
でも同じように宗教的な雰囲気を持っていても「聖女カタリーナ」と「蜘蛛の糸」は全然違ーう。一番違うのは、再び地獄に落ちた母親の魂のために、聖女カタリーナ自身も地獄へ行くことを選ぶというところなんです。なんと母親愛の話だったんですねえ。たった一回蜘蛛を助けたぐらいで、お釈迦様の気紛れに振り回される「蜘蛛の糸」と違って、この「聖女カタリーナ」の方がずっと説得力があるし、話として筋が通ってるし、私はこっちの方が好きだなあ。芥川龍之介の描く極楽と地獄の情景も美しいですけどね。(岩波文庫)

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何があるのか行ってみないと分からないし、欲しいものが見つかっても手に入るとは限らないエルフさんの「気まぐれ屋」。そんなお店をはじめとする42のファンタジックなお店の数々が、イラストと文章で紹介された本。「エルフさんの店」「トウィンクルさんの店」が合わせて1冊の本として復刊されました。

読んでみたいなと思っていた本がタイミング良く復刊されて大喜び。早速手に入れて読んでみると、これがもうほんと好みのツボど真ん中。あとがきに「私は、ずいぶん前から、古めかしいごたごたした店がすきでした。」「本を読んでいてもそういう「お店」がでてくると、いっしょうけんめい想像していました」とあるんですが、私もそういうお店が子供の頃から大好きでした! ごたごたと色んなものが置いてあって、どれも心惹かれるんだけど、その中に1つ自分がずっと前から欲しいと思っていたものがあって... しかもそのお店をやってる人が、どことなく不思議な雰囲気でとても魅力的。でもそのお店はいつも行きたい時に行けるとは限らない、なーんてお店。...となるとまるっきり、ヒルダ・ルイスの「とぶ船」なんですが。多分、本の中のお店を意識するようになったのは、この作品なのではないかと思います。北欧神話のオーディンを思わせるおじいさんのやってた店にピーターが行けたのはたったの2回。でもそこでピーターは後に「スキードブラドニール」だと分かることになる小さな船を手に入れるんですよね。そしてその後、柏葉幸子さんの「霧のむこうのふしぎな町」を読んで、ますます不思議なお店好きに拍車がかかったりなんかして。

この本に紹介されているお店は、ほんと行ってみたくなってしまうようなものばかり。本当に本の中に入り込みたくなってしまうー。見たい夢の絵を描いてくれるエアリーさんの店「ゆめ屋」、海のそばにあって、雨の日や霧がかった日はまるで水の中にいるように見える「かけら屋」。ここには何かわからないけれど、きらきら光る「かけら」が無造作に置かれています。そして世界中の風を集めた「風屋」、忘れかかっていた「時」に入り込んでしまえる「時屋」、月夜の間だけ走る帆船「カナリヤ号」がある「船屋」、物語に出てくる場所の地図を沢山置いている「地図屋」...

そんなお店のことを読んでいるだけでもワクワクしてしまうんですが、そういったお店の中に高柳佐知子さんがお好きな本のネタもさりげなーくちらりちらりと顔を出していて、それを見つけるのがまた楽しいのです。メアリー・ポピンズ、床下の小人たち、不思議の国のアリス、くまのプーさん、ツバメ号とアマゾン号、赤毛のアン、大草原の小さな家、若草物語など、私も子供の頃に夢中になって読み耽っていた本ばかり。でも私が分かる範囲でもいっぱいあるんだけど、気がついてないものもまだまだありそう。こんな本がずっと絶版だったなんて~。復刊されてほんと嬉しいです。そして高柳佐知子さんの「ハイウィロウ村スケッチブック」にもそういったお店が登場するみたいだし、続編で「アリゼの村の贈り物」というのもあるので、こちらもこの機会にぜひ復刊して欲しいものです。読みたい!(亜紀書房)


+シリーズ既刊の感想+
「エルフさんの店」高柳佐知子
「ティスの魔女読本」高柳佐知子
「ハイウィロウ村スケッチブック」高柳佐知子
「アリゼの村の贈り物」高柳佐知子
「不思議の村のハロウィーン」高柳佐知子

+既読の高柳佐知子作品+
「イギリス湖水地方を訪ねて」「風のまにまにイギリスの村へ」高柳佐知子
「ケルトの国に妖精を探しに」高柳佐知子
「ナチュラル暮らしの手作り工房へ、ようこそ」高柳佐知子
「庭が仕事場」高柳佐知子

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副題はトルストイ民話集。この2冊で全部で14編の物語が収められています。
どれも読んだことがある話なので、子供の頃に岩波少年文庫で読んでいたものと、入ってる話は同じなのかな? 岩波少年文庫版が手元にないので、比べられないのがもどかしいー。そして比べられなくてもどかしいといえば、訳もなんですよね。岩波文庫版は中村白葉訳、岩波少年文庫版は金子幸彦訳と訳者さんが違うので、岩波少年文庫の方は子供用に平易な訳となっているのかもしれないんですが、伝わってくるものは全く同じ。トルストイほどの文章になると、ロシア語→日本語なんて壁も既に壁じゃなくなってしまうのかしら、なんてふと思ってみたり。でもこの「イワンのばか」以下15編はトルストイ晩年の作品で、その頃のトルストイは、一般の民衆がきちんと理解できるように簡潔で平易な表現で書かれるべきだと考えていたようなので、日本語に直しても読み手に伝わりやすいのかもしれないですね。

内容的にはとてもキリスト教色が強いです。特に「人はなんで生きるか」の表題作とここに収められている「愛のあるところに神あり」「二老人」。「イワンのばか」も基本的にキリスト教色が強いんですけど、こちらに収められている作品は民話色も強いのです。「人はなんで生きるか」の方は、もっと純粋にキリスト教に近づいているような印象があります。キリスト教色が強いとは言っても、ロシアの話なのでイギリスやフランスの作品とはまた少し違う雰囲気だし、どことなく異教的な純粋さがあるような気がして結構好きなんですが。
他のたとえば「アンナ・カレーニナ」みたいな作品もいいんですが、私はこちらの方がずっと好き。芸術は宗教的なものを土台に持つべきだ、なんてことは思わないけど(トルストイはそういうことも言っていたらしい)、一般の民衆によく理解されるために簡潔で平易な表現で書かれるべきだという部分はその通りだと思いますね。私なんかからすれば、小難しい文章を書く人よりも、読み進めるにつれてすんなりと頭に入ってくるような文章が書ける人の方が頭がいいように思ってしまうんですけど、どうなんでしょう。誰にでも理解できるように表現できる方がずっと大切だと思うんですが... って、私の理解力ではあんまり難しいものは理解しきれないというのもあるんですけどねー。(笑)(岩波文庫)

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街中でにわとりの鳴声を聞きつけたシャーロットと弟のウォルトは、大きな黄色いプラスチックの箱を見つけます。鳴声はその中のプラスチックのにわとりから聞こえていたのです。その箱は、硬貨を入れると景品が入った卵が出てくるという「おたのしみチキン」。金色のラッキーエッグには腕時計が入っているとあり、ウォルトは早速挑戦します。しかし出てきた卵に入っていたのは、小さな青い指輪が1つだけ。それでも小さすぎて指に入らないと思った指輪がウォルトの指にもシャーロットの指にもすんなりはまって、2人は驚きます。しかも銀色の粒々が光る濃い青色の指輪は、なにやら不思議な物みたい。そして気がついたらそこには小さな灰色の猫がいて、2人の家までついて来たのです。

ルース・チュウという作家さんは知らなかったんですが、1970~80年代にアメリカでとても流行ったという児童書なんだそうです。「魔女の本棚」シリーズの1冊目。黒地にキラキラしてる表紙が魔女っぽくてとっても可愛い♪
読んでてびっくりしたのは、子供たちが気持ちの良いほど素直なこと。こんな子今時なかなかいないんじゃ...特にアメリカでは... と思ってしまうんですが、やっぱり70~80年代という時代だからなのかしら。きちんとしてるし正直だし、見ていて微笑ましくなってしまいます。そしてお話の方は、普通のファンタジー作品のように見えて、どこか微妙に予想を外してくれるんですね。灰色猫のアラベルに関しては、出てきてすぐに分かってしまったほどの素直な展開だったんですが、不思議な魔法の指輪が魅力的。これが持ち主も気づかないうちに勝手に魔法をかけてしまうという指輪なんです。その指輪は一体何なのか、次に何をしてくれるのか、わくわくしてしまいます。
ただ、後半ちょっと物足りなかったかな...。指輪に関してもう少しきちんとした説明が欲しかったし、敵役に関しても一体何者なのかよく分からないままで終わってしまったんですよね。あとほんの少し説明があればそれで良かったのに... それだけがちょっと残念です。(フレーベル館)


+シリーズ既刊の感想+
「魔女とふしぎな指輪」ルース・チュウ
「さかさま魔女」ルース・チュウ

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題名こそ「ロシアの神話」なんですが、中身は「スラヴの神話」「リトワニアの神話」「ウグロ=フィンの神話」の3つ。スラヴ民族は東欧からロシアにかけて広がってるし、本来ロシアの神話といえば「スラヴ神話」のはず。リトアニアとフィンランドは関係ありません。まあ、リトアニアもフィンランドも、かつてロシア帝国やソビエト連邦に組み込まれていたことがあるし、それぞれ独立した1冊にするほどの量もないから「ロシア」というくくりで1冊にまとめられたんでしょうけど... とはいえ、目当てはスラヴ神話でも、フィンランドの神話についても以前から知りたいと思ってたので、思わぬ収穫でした。

メインのスラヴ神話に関しては全然何も知らないので、この本がいいのかどうなのかも分からないんですが...
読み物としてあまり面白味はないんですけど、とても興味深かったです。あらゆる神々の父は「天(スヴァローグ)」で、その2人の息子は「太陽(ダジボーグ)」と「火(スヴァロギッチ)」。この太陽神が、どこかで見たようなイメージなんです。地域によって多少違うようなんですが、基本的に馬車に乗って1日に1回天空を1周するみたい。それは火の息を吐く白馬たちに引かれた光り輝く馬車だったり、黄金のたてがみを持つ12頭の白馬に引かれたダイヤモンドの二輪馬車だったり、銀の馬と金の馬とダイヤモンドの馬との3頭の馬に引かれた馬車だったり。ギリシャ神話にも、太陽神ヘリオスの息子・パエトーンが父親の馬車を引きたがる話がありますよね。北欧神話にも太陽の馬車が出てきていたはず。調べていたら、インド神話の太陽神・スーリヤも7頭の馬が引く戦車に乗ってるようです。それに対して、エジプト神話では「太陽の舟」。空を大地に見立てるか海に見立てるか、どちらかなのでしょうか。となると高天原は? 天照大神も何かに乗ってたのかしら? もしかして牛車?(笑)
あと、同じ名前の精霊でも地方によって姿形や性格が全然違ってたりするのが面白いです。たとえば水に溺れた若い女性は「ルサールカ」になるそうなんですけど、南のルサールカはその優美な美貌と優しい歌声で旅人を誘惑して快い死に至らしめるんですって。まるでセイレーンやローレライみたいですね。でも北のルサールカはざんばら髪に裸でまるで妖怪のよう、邪悪で意地悪で人々を水に突き落として苦しみの中で溺れさせるんだとか。

そしてフィンランドといえば国民的叙事詩「カレワラ」。「カレワラ」についての本は色々あるし、私も多少は読んでるんですけど、神話そのものを解説してる本というのはなかなかないんですよね。こんなところで読めて嬉しーい。カレワラにも天地創造の場面はあるんですけど、神々はそれ以前から存在していたようだし、主人公・ヴァイナミョイネンもその友・鍛冶師のイルマリネンも、2人が戦うことになる北方の魔女ロウヒも、普通の人間ではないにせよ神という感じではないし、どうもすっきりしないままだったんです。
でも神々のことは一応載ってたんですけど、あくまでも「一応」の説明という感じ。読みたかった感じの神話ではなかったです。ギリシャ神話ほどではないにせよ、何かしらのエピソードを期待してたんですけど、そういうのも全然ないし...。神々の誕生にまつわる話なんていうのもないんです。もしかしたら、実際フィンランドにもほとんど残ってないのかなあ。すごく読んでみたいんだけどなあ。どなたかご存知の方がいらしたら、教えてください。(青土社)

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ラング世界童話集が復刊になって喜んだのもつかの間、東京創元社から刊行された本は新訳になっていてがっかりしたという方も多いはず。私も昔の川端康成訳はすごく好きだったので、新訳になってしまったことを残念に思った1人です。とはいえ、子供の頃に愛読していた偕成社文庫版をそれほど鮮明に覚えているわけでもなく... だから東京創元社版を読んでも「ここが違う!」とは言えない状態。全12巻のうち半分ぐらいは今でも持ってるんですけど、手元には置いてないので、おいそれと比べてみるわけにもいかなくて。
読み比べてみたいなあと思いつつもそのままになってたんですが、ふと気がついたら、偕成社からも改訂版が出てるじゃないですか! 「みどりいろ」と「ばらいろ」が今年の6月に刊行されてました。しかも巻末には他の10冊のリストも載っていたので、これから順次刊行されることになるんでしょう。なんとなんとびっくりです。

実際に読んでみて分かったのは、現在新たに東京創元社から刊行中の本の方が原書に近いということ。
原書ではBlue、Red、Green、Yellow、Pink、Grey、Crimson、Brown、Orange、Olive、Lilacの順に刊行されていて、その最初の「The Blue Fairy Book」にはラングが子供たちにぜひ読んで欲しいと思った主要な物語が、2冊目の「Red」には「それほど有名ではないけれどよいお話」が収められてるんだそうです。そして巻が進むにつれて、徐々に物語の採取範囲が広がっていきます。それにつれて巻ごとの趣きも少しずつ変化したりして。
それに対して、日本で最初に刊行されたのは今と同じく東京創元社からで1958~59年のこと。(ややこしいので当時の版を旧版、今刊行中の版を新版と書きますね)「みどりいろ」「ばらいろ」「そらいろ」「きいろ」「くさいろ」「ちゃいろ」「ねずみいろ」「あかいろ」「みずいろ」「むらさきいろ」「さくらいろ」「くじゃくいろ」の12色で、色の名前も微妙に対応してないんですけど(笑)、収録されてるお話も実は全然対応してません。原書の全438編の中から、日本にまだそれほど知られていないものを中心に165編の物語が選ばれて、12冊に満遍なく振り分けられたのだそう。
だけど東京創元社新版は、色の名前も作品もちゃんと対応しているんです。訳出されている物語は、増えてるとはいえ原書の半分ほどしかないんですが。(それでも十分分厚い本なんだけど)

そうか、だから巻ごとの雰囲気が違うのか... 単純に「みどりいろ」同士を読み比べるなんてことはできないんですね。

ちなみに東京創元社旧版の次はポプラ社から刊行されて、「ちゃいろ」「みずいろ」「むらさきいろ」「さくらいろ」「くじゃくいろ」の代わりに「きんいろ」「ぎんいろ」「あかねいろ」「こはくいろ」「みかんいろ」「すみれいろ」「ふじいろ」「とびいろ」が加わった全15色で刊行。その後偕成社文庫旧版(私が読んでいたのはコレ)が出るようになった時は、東京創元社旧版と同じ12色で刊行されてます。(訳は全て同じはず)

今刊行されている2つの版を比べると、東京創元社新版の方が表紙や挿絵は断然好き。原書にも使われていたというラファエル前派的な挿絵が素敵ですしね。偕成社文庫版のはいかにも児童書っぽいんです。まあ本が立派な分、東京創元社新版は値段が高いんですが... 偕成社文庫版840円に比べて、東京創元社新版は1995円。文章を比べると、偕成社文庫は字が大きくて平仮名が多いのに比べて、東京創元新社は硬くて大人向きという感じ。でもこの辺りのことは、もう少し読み進めてから。同じ話を読み比べてみたいんですけど、今はまだないみたいですしね。(あるのかもしれないんですが、よく分からなかったので)(偕成社文庫)


+シリーズ既刊の感想+(偕成社文庫版)
「みどりいろの童話集」「ばらいろの童話集」アンドルー・ラング

+シリーズ既刊の感想+(東京創元社版)
「あおいろの童話集」「あかいろの童話集」アンドルー・ラング編
「みどりいろの童話集」アンドルー・ラング編
「きいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ももいろの童話集」アンドルー・ラング編
「はいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「むらさきいろの童話集」アンドルー・ラング編
「べにいろの童話集」アンドルー・ラング編
「ちゃいろの童話集」アンドルー・ラング編
「だいだいいろの童話集」アンドルー・ラング編
「くさいろの童話集」アンドルー・ラング編

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様々な少数民族が伝統的な生活様式を守って暮らしてきたシベリア。シベリアにおける口承文芸の本格的な収集と研究は、シベリアに流刑になった革命家たちによって、19世紀後半から行われ始めたのだそうです。この本には17民族・41話が収録されています。

日本で民話や童話といえば「桃太郎」や「したきりすずめ」といった日本の物語か、そうでなければグリムやペローといったヨーロッパ系のものが基本。そういう話に子供の頃から慣れているので、今回初めて読んだシベリアの民話の素朴さには驚かされました。こういった話が19世紀後半とか、場合によっては20世紀半ばまで残ってたんですか! いやあ、ヨーロッパ系の民話はやっぱり相当洗練されてるんですねえ。元々の話から残酷だったり性的だったりする部分がカットされているというのを除いても、それ以前に物語としての体裁が相当きちんと整えられていたんだなと実感。シベリアの民話はもっと原始的なんです。特にシベリアでも東の端の方に住む種族に伝わる物語。凄いです。多少の矛盾どころか、途中で話がとんでも筋が通ってなくても気にしない!? かなりの荒唐無稽ぶりで、読んでて逆に楽しくなってしまうほど。ものすごく独創性があるし、昔ながらの彼らの生活がありありと感じられます。今までネイティブ・アメリカンの民話も独特だと思ってましたが、こちらはそれ以上ですね。例としてちょっと引用したくなるようなのもあるんだけど、それは女性としてはちょっと憚られるような内容だったり...(笑)
でもシベリアの東端の海岸部から内陸部の物語に移るにつれて、だんだんとヨーロッパ系の物語に近くなってきました。話としてまとまっていて読みやすいし読み応えがあるし、たとえば羽衣伝説のような他の地方の民話と似ている物語もあったりします。私が楽しめたのは、どちらかというとそちらの物語かも。プリミティブな力強さのある話も捨てがたいんですけど、話としてのまとまりがいい方がやっぱり読みやすいですしね。特に気に入ったのは、羽衣伝説に他のモチーフが色々と混ざったような「白鳥女房」や、月にまつわる神話的な物語「蛙と美しい女」辺り。洗練とプリミティブの丁度中間辺りに位置するような「三人の息子」なんかも良かったなあ。(岩波文庫)

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