2008年11月 Archive

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近未来のイギリス。15歳の少年・アレックスは、3人の仲間ジョージー、ピート、ディムとともに「何か新しいものを」入れたミルクでハイになっては、夜の街でしたい放題の毎日。図書館から借りた学術書を大事そうに持って歩いている教授タイプの男性を襲って殴る蹴るの暴行を加え、本を破壊。続けて商店に強盗に入り、木の下にいたカップルを殴り、さらに「ホーム」と書かれた家に押し入って、夫の目の前で妻を強姦。押し入った時、その夫は「時計じかけのオレンジ」という題名の原稿を執筆しているところでした。しかしその後入ったバーで、女性客がオペラの一節を歌い始めたことが原因で、アレックスとディムの仲は険悪になるのです。次に盗みに入った家でアレックスは仲間たちに裏切られて警察につかまり、アレックスは14年の実刑判決を受けることに。

スタンリー・キューブリック監督が映画化したことでも有名な作品。中学の時に本を読んだつもりになってたんですけど... 今回読んでも内容を全然覚えてなかったので、読んでなかったのかも。(汗)
とにかくパワーのある作品。極悪非道なことを繰り返すアレックスもすごいんですが、文章に造語が沢山入っていて、それがまた一種独特な雰囲気なんですよね。仲間は「ドルーグ」、男の子は「マルチック」、男性は「チェロベック」、女の子は「シャープ」、若い女性は「デボーチカ」、おばあさんは「バブーチカ」。他にも「デング」「ハラショー」「スコリー」「モロコ」「ベスチ」... こういった言葉はロシア語にヒントを得ているのだそうです。そういった言葉が饒舌なアレックスの一人語りにふんだんに散りばめられているので、読み始めた時は鬱陶しくて! でも一旦慣れてしまったら、この一種独特な雰囲気にするりと入り込めちゃう。
まあ、色々とあるんですが、やっぱりポイントは、アレックスが実はクラシック好きだったというところですね。外でどれだけ暴力を振るっても、自室に戻ると自慢のステレオでモーツァルトのジュピター交響曲やバッハのブランデンブルク協奏曲を聴いてるんです。(そういう場面に、架空の音楽家や演奏者の名前がそ知らぬ顔で混ざってるのが可笑しい) その音楽好きが、アレックスと仲間の反目の原因になるわけで、後のルドビコ療法でも利いてくるわけで。そしてそのまた後には音楽の好みの変化もあったりして。

アメリカ版では出版社の意向で最終章が削られていて、キューブリックはそのアメリカ版を元に映画化したので、この本と映画とでは結末が違うのだそうです。本国イギリス及びヨーロッパでは、最終章もきちんと付いているそうですが。
そして日本語版では、「デボーチカ」や「デング」といった言葉には「おんな」とか「かね」とかルビが振られてますが、原書にはそういう配慮はないようですね。新井潤美さんの「不機嫌なメアリー・ポピンズ」に原文が紹介されてましたが、文章にいきなり見知らぬ単語が登場してました。だから読者は文脈から意味を汲み取るしかなくて、その解読で気を取られてしまい、暴力描写をあまり生々しく感じなくなるんだとか。まあ、日本語版でもいちいちルビを見るわけだから、読みやすくなってるとはいえ、その効果は多少あるのかも。でも映画ではそのものの場面が映されるわけで...。映画は観てませんが、序盤は相当衝撃的な場面になってるようですね。「不機嫌なメアリー・ポピンズ」を読むと、本と映画の違いが色々面白そうなんだけど... でもやっぱりちょっと観るのを躊躇っちゃうなあ。(ハヤカワepi文庫)

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爆弾テロで夫と一人息子を亡くした女性が書く、オサマ・ビン=ラディンへの手紙。夫は警察の、夜昼構わず出動要請がかかる爆発物処理班の配属。いつ爆死してもおかしくない状況に夫婦どちらもひどいストレスが溜まっており、その夫がようやく警察を辞めると言い出してくれた矢先の出来事。夫は息子を連れてサッカーを観戦に行っており、爆弾テロはまさにそのサッカー場で起きたのです。

ニューヨーク・タイムズやニューズウィークで絶賛され、アメリカでは優れたフィクション第一作に贈られるファースト・フィクション賞を受賞、本国イギリスでも35歳以下の有望なイギリス人作家に贈られるサマセット・モーム賞を受賞、フランスではフランス読者賞特別審査員賞を受賞... と、なんだか賞をいっぱい取ってる作品。確かにそれに相応しく、良かったんだけど... 読む前に薄々予想していた通り、ものすごく読むのがツラかったです。夫と息子を失った女性が時間とともに癒されるという話ではありません。もうやるせなくて堪らない...(ハヤカワepi文庫)

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1836年。ある夏の日にペルニッツ川沿いのフィヒタウのロマンティックな森の渓谷を歩いていたハインリヒは、城の廃墟を発見します。それはローテンシュタイン城。かつて当主が、その城と財産を受け継ぐ者全員に、その生涯の事細かな自叙伝を書き保管室にきちんと整理し、それまでに書かれた自叙伝を全て読むことを義務付けたことで近隣に知られていました。しかし最後の当主がアフリカで射殺されてからというもの城を受け継ぐ者もなく、城は廃墟と化していたのです。ハインリヒはフィヒタウの旅館に逗留し、やがて旅館の娘・アンナと恋仲になります。そしてアンナと結婚するためには、まず地位と公職を手に入れなければと考えていました。

自然描写の美しさが魅力のシュティフターの作品。この作品も楽しみにしてたんですが...! これはちょっと訳がひどすぎました。多少自分とは合わない文章でも「ひどい」なんてまず言わない私ですが、これはひどいです。ちょっと前の「中国黄金殺人事件」(ロバート・ファン・フーリック)の「いまの彼女にはちょいと人好きする美しさが欠けてはいなかった。」系の訳。しかも誤植が多すぎ! この本は校正されてないんですかね?
もう、読んでても全然集中できませんでしたよー。自然描写の美しさどころか、ハインリヒとアンナのことも、ローテンシュタイン城のことも、かつて城にいた人々の物語もまるで楽しめず仕舞い。この本の解説は、原書にあったものをそのまま訳してるんだと思うんですが、ここに「「ナレンブルク」がシュティフターの創作力のもっともよく発揮されている作品の中に数えられているのは当然である」とあってびっくり。そんなにいい作品だったのか。でもこの日本語版では到底その良さは味わえないと思います。もっときちんとした日本語を書ける方が改めて訳して下さることを切望。(林道舎)


+既読のシュティフター作品の感想+
「水晶 他三篇 石さまざま」シュティフター
「森の小道・二人の姉妹」シュティフター
「晩夏」上下 シュティフター
「ナレンブルク 運命に弄ばれた人々の城」A.シュティフター
「石さまざま」上下 アーダルベルト・シュティフター
「森ゆく人」アーダルベルト・シュティフター
「書き込みのある樅の木」アーダルベルト・シュティフター

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フランスに留学中、クラスレッスンで弾いたラヴェルの「オンディーヌ」に「もっと濃艶に歌って弾くように」と注意されたという青柳いづみこさん。実際、その後老若男女様々な国籍のピアニストの「オンディーヌ」に出会うことになるのですが、そのイメージは一貫して「男を誘う女」。しかし青柳いづみこさん持つオンディーヌのイメージは、ドビュッシーのオペラ「ペレアスとメリザンド」のメリザンドのように、人に媚びず、その美しさだけで人を惹きつける女なのです。このことから、青柳さんはオンディーヌとメリザンドについて、そして水の精について考え始めます。

神話や伝承の中の水の精の姿、文学作品の中に見られる水の精、そして「オンディーヌ」と「ペレアスとメリザンド」の物語、それらの音楽が考察されていきます。序盤はこれまで私も好きで読んできた神話や伝承の本の総まとめといった感じ。でも水の精の文学作品の方は、あんまり読んでない... フーケーの「ウンディーネ」(感想)と、ジロドゥの「オンディーヌ」(感想)ぐらいですね。この本を読んでいて読んでみたくなったのは、メーテルリンクの「ペレアスとメリザンド」、キーツの「エンディミオン」、ハウプトマン「沈んだ鐘」、ベルトラン「夜のガスパール」。でも市内の図書館にはどれもないし! ネット書店を調べても絶版本ばかりー。ただ、この本にも「ペレアスとメリザンド」のあらすじは載っていました。そしてどこにも「水の精」だなんて書かれていないメリザンドなのに、なぜ「水」を連想させるのかにもすごく納得。彼女は水そのものだったのか!

この本は同じタイトルのCD「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」と同時発売だったそうです。CDに収められているのは、以下の11曲。同時に記念リサイタルも開かれたのだそう。
 「エステ荘の噴水」リスト
 「水の戯れ」ラヴェル
 「水の反映(映像第1集)」ドビュッシー
 「オンディーヌ(夜のガスパール)」ラヴェル
 「オンディーヌ(プレリュード第2集)」ドビュッシー
 「バラード第2番op.38」ショパン
 「バラード第3番op.47」ショパン
 「ローレライ(歌の本)」リスト
 「波を渡るパオラの聖フランチェスコ(伝説)」リスト
 「バルカロール(サロン小品集)」ラフマニノフ
 「シチリアーナ(ペレアスとメリザンド)」フォーレ

本の最終章には、このCDに収録した曲にまつわるエピソードも多数紹介されていて、そちらも興味深かったです。たとえば「水の戯れ」のラヴェルと「水の反映」のドビュッシーの「水」の表現の違い。

ラヴェルがほんの一瞬かすめるようにしか使わなかった全音音階(すべての音が全音関係にある)を、ドビュッシーはよどんだ水を表現するために頻繁に使う。同じように左右の手のすばやい交替でかきならされるアルペジオのパッセージを、ラヴェルは透明感のある長七で、ドビュッシーは不気味な全音音階のひびきで書いているのは象徴的だ。もし、彼らの水を飲めといわれたら、ラヴェルの水は飲めるけれども、ドビュッシーの水は、あおみどろが浮かんでいたりして、あまり飲みたくない、そんな気がしないだろうか?

ドビュッシーの水は、あおみどろ入りですか?!(笑)
こちらのCDも合わせて聞きましたが、本当に水・水・水ばかり。水の揺らめきや煌きがたっぷりで美しかったです。(いや、時にはあおみどろも入ってるんですけど・笑) 青柳いづみこさんのピアノ、好きだわ~。(みすず書房)


+既読の青柳いづみこ作品の感想+
「モノ書きピアニストはお尻が痛い」「ショパンに飽きたら、ミステリー」青柳いづみこ
「水の音楽 オンディーヌとメリザンド」青柳いづみこ
「ボクたちクラシックつながり」青柳いづみこ
「ピアニストは指先で考える」青柳いづみこ
「指先から感じるドビュッシー」青柳いづみこ
「ピアニストが見たピアニスト」青柳いづみこ
「六本指のゴルトベルク」青柳いづみこ

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ヨークシャ地方北部にある小さな国教会の壁画を復元するためにロンドンからやって来たトム・バーキンは、戦争後遺症のために頬の痙攣や悪夢に苦しめられている青年。しかし1人でやる仕事はこれが初めてで、バーキンは今回の仕事を見事に仕上げようと張り切っていました。そんなバーキンをまず歓迎したのは、チャールズ・ムーン。ムーンは村の住人の先祖の墓探しを請負いつつ、この教会がサクソン人が建てた初期キリスト教時代の聖堂であることを見抜いて、密かにその発掘調査をしていました。お互い先の大戦を経験した仲間ということもあり、2人はすぐさま意気投合します。

戦争で悲惨な体験をし、しかも妻のヴィニーに手ひどく裏切られたバーキンが、仕事で訪れた北部ヨークシャでひと夏を過ごすうちに癒されていくという物語。安い報酬で引き受けた仕事なんですが、バーキンにとっては初の1人での仕事。幸い漆喰の下に隠れている絵画は綺麗に保存されているようで、やりがいのある仕事となります。美しい田園での生活、そして村人たちとの交流。戦争後遺症を共有するムーンの存在と、バーキンがその美しさに目を奪われるアリス・キーチの存在。バーキンの仕事は国教会での仕事ですが、メソジスト派の駅長一家の存在も大きいんですよね。
読み進めるうちに、これらの物語が回想であることが徐々に分かってきます。今はもう失われてしまった若い頃の美しい日々を愛しむ未来のバーキン。過ぎ去ってしまったからこそ、その日々は一層美しく...。まるで教会の壁画そのもののように、塗りこめられてしまった過ぎ去った日々が蘇ってきます。(白水uブックス)

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「偏愛」の条件は、まず再読できること。「二度目に読む時に、いい人、好きな人と再会するのに似た懐かしさがあって、相手の魅力も一段と増したように思われる」、そんな作品が偏愛できる作品。この本に取り上げようと思った作品は全て事前に再読されたそうです。「再読しようとしてもできなかったものは、偏愛に値しないもので、ここに取り上げるのをやめることになります」という拘りを見せる読書案内。

急逝した作家、倉橋由美子。実は作品を読むのは初めてです。こういう文学系の読書案内では、既読作品が片手に収まってしまうことも多いんですが、意外と(!)読んでる作品が並んでいたので、読む前からちょっと親近感~で楽しみにしていたんです。
この本に紹介されているのは全部で39作品。そこここで「おおっ」とか「なるほどな~」って表現が色々あって面白かった! 読みたい本がまたどーんと増えちゃいました。面白い表現の中でも一番印象に残ったのは、内田百閒「冥途・旅順入城式」の章の「その文章は食べだすとやめられない駄菓子のようで、しかもそれが「本邦唯一」という味ですから、雑文の断片まで拾って読み尽くすまではやめられないのです。」という文章。駄菓子ですって! でも、ああー、確かにそうかもしれないですね。
こういう読書案内で自分が読んでる本が出てくると妙に楽しく読めるのはいつものことなんですが、既読の本をどれもこれも再読したくなる読書案内って意外と珍しいかもしれませんー。比較的最近読んだ「高丘親王航海記」でもそうなんだから(2年ちょっと前に読みました)、あーもー仕方ないなー。って感じですが。コクトーもカミュもカフカも漱石も再読したーい。もちろん未読の本も1冊残らず読みたいわー。(講談社文庫)


+既読の倉橋由美子作品の感想+
「偏愛文学館」倉橋由美子
「ポポイ」倉橋由美子
「夢の浮橋」倉橋由美子
「城の中の城」倉橋由美子
「交歓」倉橋由美子
「夢の通い路」倉橋由美子
「よもつひらさか往還」倉橋由美子

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著名なピアニストのライダーは、長旅を終えてとある町に降り立ちます。ライダーの名前を聞くだけで、態度が丁重になる町の人々。どうやら町は何らかの危機に面しており、ライダーがその救世主と見なされ、大きな期待をかけられているようなのですが...。

ハヤカワepi文庫はほとんど全部読んでるんですけど、これは読み始めるまで随分長いことかかっちゃいました。なんせ1000ページ近くある煉瓦本。もちろん京極さんの方がもっと分厚いですけど、あっちは私はノベルスで読んでるし、ノベルスは本そのものが大きい分、形状的にはもう少し読みやすい! もう、読んでる途中で何度本を落としそうになったことか。なんでこういう本を上下巻にしないのかしら? 単行本の時は上下巻だったみたいなのに。
というのはともかく。

どうやらイギリス出身で、ドイツの小さな町に演奏旅行に来たらしいピアニストのライダー。初めて訪れた町のはずなのに、話している相手の顔に見覚えがあるような気がしてきたり、実際にその人間のことを知っていたりします。町にはライダーの妻や息子までいる...? そして時には昔の知り合いが現れることも。町の住民は皆一様に彼がライダーだと知ると大歓迎。みんながライダーと話したがるし、先を競って丁重にもてなそうとします。でも丁重に厄介ごとも持ち込むんですよね。そしてライダーがその場その場で相手に話を合わせているうちに、話はどんどんややこしくなっていきます。そもそもライダーはかなりのハードスケジュールらしいのに、自分のスケジュールを全然知らないどころか、演奏する曲も決まってません。きちんと世話役の女性が出迎えて、何か不満や疑問がないか確かめるのに、なぜかスケジュールをまるで把握してないとは言い出しにくい雰囲気。
とにかくこの世界は不条理でいっぱいで、まるで夢の中にいる時みたい。「不思議の国のアリス」状態です。でもライダーはその不条理をあんまり気にしてないんですよね。その場その場でライダーが選び取る行動が、この世界での事実となって積み重なっていくような...。
「充たされざる者」なのはライダーのことなのかと思いきや、町の住民は揃いも揃って「充たされざる者」でした。しかも彼らのやり取りを読んでいる読者もまた、読んでる間にすっかり「充たされざる者」になってしまうし。まるで他人の悪夢の中に紛れ込んでしまったような感覚の作品。読後感としてはまず「長かった~」なんですが、面白かったです。訳者あとがきを読んで、マトリョーシカには納得。確かに!(ハヤカワepi文庫)


+既読のカズオ・イシグロ作品の感想+
「日の名残り」カズオ・イシグロ
「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ
「わたしたちが孤児だったころ」カズオ・イシグロ
「浮世の画家」カズオ・イシグロ
「私を離さないで」カズオ・イシグロ
「充たされざる者」カズオ・イシグロ

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