2008年12月 Archive

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いよいよ年末も押し迫ってきましたねー。
さて、まだまだ今日明日と本は読むんですが、Ciel Bleuではこれが今年最後のエントリになります。最後のエントリは、ブログになってから恒例行事となっている今年度のマイベスト本の記事... のはずだったんですが、順位をつけるのってしんどいし、実際、私の場合あまり意味がないようにも思えるので、今年はこんな読書だったよという意味で色々と挙げてみようと思います。(マイベストと重なりつつプラスアルファというわけです)
ちなみにブログ開設以来のマイベスト本は、2004年度2005年度2006年度2007年度

明日から祖母の家に行くので、年末年始は留守にします。ネットができるかどうかは不明... いつもならできるんですけど、今回はちょっと分かりませんー。1月3日か4日に帰宅予定。
ではみなさま、今年1年間もお世話になりまして本当にありがとうございました。来年もまたどうぞよろしくお願いいたします。良いお年をお迎え下さいませ。

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ドイツのとある荒れ果てた森の中の古い城に住んでいたのは、ゴッケル・フォン・ハーナウという名の老人。ゴッケルにはヒンケルという妻と、ガッケライアという娘があり、3人は古い城の鶏小舎の中に住んでいました。かつてはドイツの中で最も立派な城の1つだったこの城は、ゴッケルの曽祖父の時代にフランス軍によって叩き壊され、当時飼われていた見事な家禽も食い尽くされ、それ以来荒れるにまかされていたのです。ゴッケルの曽祖父も父親も隣国ゲルンハウゼン王家の雉及び鶏の守として仕えており、ゴッケルも同じ役職につくものの、桁外れに卵好きの王に卵の浪費を強く訴えたため、王の怒りを買って宮廷から追放され、荒れ果てた父祖伝来の城に住むことになったのです。ゴッケルたちに従うのは、牡鶏のアレクトリオと牝鶏のガリーナのみ。ゴッケルは養鶏で生計を立てようと考えるのですが...。

岩波文庫版でも出ているのでそっちでもいいかなあと思ったんだけど... とは言っても、それもすっかり廃版になっちゃってるんですけど(笑)、やっぱり矢川澄子さん訳が読みたいなあと王国社版をセレクト。いえ、本当は妖精文庫のが入手できればそれが一番なのですが!
人間の言葉を理解する鶏、何でも願いの叶うソロモンの指輪、親切にしてやった鼠の恩返しなどなど、童話らしいモチーフが満載なんですが、昔ながらの童話とはやっぱりちょっと違いますね。同じドイツでも、グリム童話とは実はかなり違うかも! そういった伝承の童話の持つ雰囲気をエッセンスとして持ってるんですけど、それはあくまでもエッセンス程度で、むしろ現代の物語という感じです。これは19世紀はじめ頃に書かれた作品なんですけど、当時はとても斬新な作品だったのではないかしら。結構凝った作りだと思うんですけど、すっきりまとまっていて、読みやすかったし面白かったです。矢川澄子さんの訳だから、読みやすいのは当然なんだけど♪ 特に驚いたのはその幕切れ。鮮やかですね!
でも原書のドイツ語には、ふんだんに言葉遊びが施されてるんですって。登場人物の名前も遊び心たっぷりなのだそう。さすがに日本語訳では、そこまでは分からないんですよね。それだけがちょっぴり残念。(王国社)

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あるひんやりした春の朝。海に近い森の中にきのこを探しに来ていたマルセルとココが見つけたのは、倒れている男。最初は生まれて始めて死人を見つけたと思い、わくわくしながらも逃げ出す2人でしたが、本当に死んでいるのか確かめるために戻ってみると、男は起き上がっていました。目はまっすぐ2人を見つめているのに、「だれだ、そこにいるのは?」と叫ぶ男。男の目は見えていなかったのです。男はとても若い外国人で、脱走兵。病気でもう長くはもたない弟のジョンに会うために、イギリスの自分の家に帰ろうとしているところだと話します。

全然名前も知らない作家さんだったんですが、先日ましろさんに教えていただきました。感謝♪

本筋の物語そのものもいいんですが、兵士が子供たちに話して聞かせるロバの出てくる4つの物語がとてもいいんですよね。キリスト生誕の時にマリアをベツレヘムへと運ぶロバの物語、旱魃に苦しむ世界を救うロバの物語、戦争で負傷者たちを助ける少年とロバの物語、そしてジョンが見つけた銀のロバの物語。
ロバって、日本ではあまり馴染みがないですよね。私が知ってるのは「くまのプーさん」のイーヨーぐらいだし... しかもこのイーヨー、どう見てもイマイチ冴えない地味な存在。でも本当はすごく素敵な動物だったんですね。気立てが良くて我慢強くて足が丈夫で、骨惜しみせずに働いてくれるロバ。小麦のような香ばしいにおいと、深く優しい目をしたロバ。頑固で愚かといわれながらも、どんな動物よりも気高いといわれるロバ。ロバにキスされた赤ん坊は、ロバと同じ性質をそなえた子になると言われているのだそうです。兵士の語る話は、どれも大きく圧倒的な力に振り回される小さな存在の物語なのですが、とてもすんなりと心に入り込んでくるようなものばかり。そしてそんな圧倒的な力に立ち向かうために必要な勇気と愛情を持っているのがロバ。ああ、ソーニャ・ハートネットにとって、ロバってこんなに身近な存在なんですね。そして一見とても小さな存在の方が実は純粋な勇気や愛情を持っている... というのはココやマルセルも同じ。

第一次大戦下のフランスの海辺の町が舞台。イギリス軍の脱走兵の話なので、本当はほのぼのなんてしようがないはずなんだけど、読んでいてすごく和む物語。心が洗われるようでした。マルセルとココを見てる限りでは、近くで戦争をやってることなんてまるで感じられなくて、それが逆にちょっと薄ら寒い気もするのだけど。
ロバではないんだけど、手のひらにすっぽり収まるサイズの銀の恐竜ならいくつか持ってます、私。本を読んでる間ずっとそのイメージでした。ちょっと光沢がなくなってきてるから磨いてあげようっと。そしてソーニャ・ハーネット作品、他のも読んでみようっと。(主婦の友社)

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千蔭お駒が妊娠。つわりが酷く何も食べられないお駒のために、千蔭と八十吉は巴之丞の元へ。お駒の母・佐枝が、お駒は珍しいものの方が喜んで口にするかもしれないと言い、珍しいものなら巴之丞が詳しいと考えたのです。巴之丞のおすすめは、乃の字屋の猪鍋。最近江戸で流行っており、店の外まで行列ができるほどだというのですが... という「猪鍋」他、全3編

猿若町捕物帳第4弾。いやあ、面白かった。このシリーズ、最初はちょっと地味かなと思っていたのですが、進むにつれてどんどん面白くなりますね! 今回の注目は「おろく」。彼女がいい味を出してるんですよねえ。そしてもしやこのままいっちゃうの...? と思いきや、千蔭がまたかっこいいところを見せてくれるし。ま、人が良いにもほどがあるって感じもしますが。梅ヶ枝も巴之丞も元気です。今回、梅ヶ枝がなんだか可愛らしかったなあ。

それにしても日本人作家さんの本を読むのはほんと久しぶり。先月の仁木英之さん「薄妃の恋 僕僕先生」以来かな? 最近は翻訳物オンリーでいきたいぐらい、翻訳物に気持ちが向いてしまってるんですが、近藤史恵さんはやっぱり大好き。特に好きなのは、どうしてもデビュー作の「凍える島」とか「ガーデン」「スタバトマーテル」「ねむりねずみ」「アンハッピードッグス」といった初期の作品なんだけど... いや、「サクリファイス」も久々に「キター!!」って感じだったんですが(笑)、でもこういうのもいいなあ。可愛いとか美味しいのもいいんですけどね。そういうのは読んでてすごく楽しいんだけど、近藤史恵さんらしさが少し薄めのように感じられてしまうんですよね。このシリーズは、私の中では既にそちらよりも上になってきてます。我ながらちょっとびっくりですが。(光文社)

+シリーズ既刊の感想+
「巴之丞鹿の子」「ほおずき地獄」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「にわか大根」近藤史恵
「寒椿ゆれる」近藤史恵

+既読の近藤史恵作品の感想+
「モップの精は深夜現れる」近藤史恵
「賢者はベンチで思索する」近藤史恵
「南方署強行犯係 黄泉路の犬」近藤史恵
「ふたつめの月」近藤史恵
「モップの魔女は呪文を知ってる」近藤史恵
「サクリファイス」近藤史恵
「タルト・タタンの夢」近藤史恵
「ヴァン・ショーをあなたに」近藤史恵
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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オーストリアとボヘミアの両国が接する辺りに広がるボヘミアの森、そしてモルダウ川の近くにあるトイフェルスマウアーの峡谷に、かつて好んで森を訪ねることから「森ゆく人」というあだ名のついたゲオルグ老人が暮らしていました。彼は森番のライムント一家と親しくなると、森番の1人息子のジミを連れて森の中を歩き回り、読み書きを教えるようになります。

この物語の舞台は、シュティフターの故郷なんでしょうね。ボヘミアの情景がまるで風景画のように描写されていきます。でもそういう描写はいいんだけど、ちょっとばかり長すぎるのではないかしら... 物語そのものよりも、そちらに重点を置かれているように感じられるほどなんですもん。シュティフター自身の感傷? 20ページほど読んで、ようやく話の中心となる「森ゆく人」が登場。一時はどうなることかと思いました...。
この「森ゆく人」は、最初に登場した時には既に老人なんです。まるで隠者のような落ち着きを見せているので、いつものように穏やかな流れの物語となるのかと思ったのですが、そうではありませんでした。今回は自然の情景があくまでも美しいままで、その恐ろしさを見せなかったからなのかしら。そして後半は「森ゆく人」となるゲオルグの半生の物語。
この半生の物語がメインだと思うし、短い幸せの日々と大きな後悔の話はなかなかいいんだけど... でもどうなんだろう。なんだか全体にもう少し構成しなおした方がいいような。と思ってしまったのでありました。半生の物語に突っ込みを入れるのはその後で、という感じ。(松籟社)


+既読のシュティフター作品の感想+
「水晶 他三篇 石さまざま」シュティフター
「森の小道・二人の姉妹」シュティフター
「晩夏」上下 シュティフター
「ナレンブルク 運命に弄ばれた人々の城」A.シュティフター
「石さまざま」上下 アーダルベルト・シュティフター
「森ゆく人」アーダルベルト・シュティフター
「書き込みのある樅の木」アーダルベルト・シュティフター

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新聞でイタロ・カルヴィーノの新しい小説「冬の夜ひとりの旅人が」が出たのを知り、早速本屋で買ってきて読み始めようとしている「あなた」。しかし準備万端整えてじっくり読む体勢に入り、読み始めてしばらく経った時、妙なことに気付きます。製本のミスで、32ページから16ページに戻っていたのです。3箇所で32ページから16ページに戻るのをみつけた「あなた」は、翌日本屋で取り替えてもらおうとするのですが、本屋はその本はカルヴィーノの作品ではなく、実はポーランド人作家の小説だったと説明。続きを読みたい「あなた」は、その本をポーランド人作家の小説に取り替えてもらうのですが...。

カルヴィーノの作品を読んでいると思っていたら、それは実はポーランド作家の作品だった? そしてポーランド小説の続きを読もうと思ったら、その本は全然続きなどではなくて、チンメリア文学だった...? と、迷路の中にぐるぐると迷い込んでいくような、蜘蛛の巣に絡め取られていくような、蟻地獄に落ち込んでいくような感覚の作品。作中作がなんと10作! どんどん出てきて、でもどれも丁度話の中に入り込んだ頃に途切れちゃう。でもそれの作中作がまた面白いんですよねえ。どの話も続きを読みたくなっちゃうんですもん。

でも一番面白かったのは、終盤で何人かの読者たちが語ってる言葉。私はこれに一番近いかも。

私が読む新しい本のひとつひとつが私がそれまでに読んだいろんな本の総計からなる総体的な統一的な本の一部に組み込まれるのです。でも安易にはそうなりません、その総括的な本を合成するには、個々の本がそれぞれ変容され、それに先立って呼んだいろんな本と関連づけられ、それらの本の必然的帰結、あるいは展開、あるいは反駁、あるいは注釈、あるいは参考文献とならねばならないのです。何年来私はこの図書館に通って来て、本から本へと、書棚から書棚へと渉猟しているのですが、でも私は唯ひとつの本の読書を押し進める以外のことはしていなかったと言えましょう。(P.344-355)

ちょっと訳が如何なものかという感じもしますが...
これだけじゃないですけどね。前の読者が言ってるように再読で新たな発見をするというのもほんと分かるし。でも私の基本は、次の読者が言っているような記憶の彼方にかすかに残る「唯ひとつの本」を目指して、総括的な本を作り続けているような感じかな。(ちくま文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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前記事の「たのしく読める英米幻想文学」と同じシリーズ。
そちらの記事で、最初の3章「古代・中世の英詩」「バラッドおよび物語詩の系譜」「聖書と神話と英語の詩」限定で読んでみたいーと書いてたんですが、早速図書館で借りてきてしまいました。そして最初の3章はじっくりと、後はさらっと...(笑)
要は叙事詩関係でめぼしい作品で読み落としてるのはないかというのが確認したかったんですが、とりあえず基本は押さえているようです。「ベーオウルフ」「ガウェイン卿と緑の騎士」「農夫ピアズの夢」「カンタベリー物語」「妖精女王」「失楽園」... この本ではイギリス物しか分からなかったので、後はフランス・ドイツ辺りを確認したいところ。

以下、「バラッドおよび物語詩の系譜」というコラムのメモ

バラッド(Ballad)...口誦で伝えられてきた民族の文学的遺産。最盛期は15世紀。1400年頃までは儀式に伴う歌謡として歌われていたが、その後吟遊詩人(Minstrel)や吟誦詩人(Bard)らによって語られるものとなる。16世紀以降しばらく廃れていたが、やがて文学的に再評価されるようになり、ウォルター・スコット「スコットランド国境地域の吟遊詩」が生まれ、18~19世紀のロマン派の詩人たちによって文学としてのバラッドが書かれるようになる。コールリッジ「老水夫の歌」、キーツ「つれなきたおやめ」など。チャイルド編「イングランドおよびスコットランドの民衆バラッド集」が口誦バラッドの純粋性を伝えるものとして貴重。

物語詩...民族起源の古代詩のほとんどが物語詩。中世では、チョーサー「カンタベリー物語」「トロイラスとクリセイデ」、その後もアーサー王と聖書と神話の物語を原型とする作品が多く作られる。「アーサー王の死」、「ガウェイン卿と緑の騎士」、スペンサー「妖精女王」、テニスン「アーサー王の死」「国王牧歌」、マシュー・アーノルド「トリスタンとイゾルデ」、ウィリアム・モリス「グゥイネヴィアの弁明」、スウィンバーン「ライオネスのトリスタン」など。

バラッドと物語詩は重なる部分もあるので、はっきり区別するのが難しいです...。どちらも好きなんだけど、より好きなのは物語詩の方なのかも。私にとって一番のポイントとなる神話やアーサー王伝説はこっちに含まれるようですしね。
モリスの「グゥイネヴィアの弁明」は、以前人さまにお借りした「ユリイカ」で読んだことがあるんですが、ほんと素敵でした~。普通の本にまとまっていたら欲しいんだけど、ないのかなあ。(ミネルヴァ書房)

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