2009年2月 Archive

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1779年、55歳でスコットランドのモイダートから新世界へと渡っていった男がいました。それはキャラム・ムーア。ケープ・ブレトンに行けば土地が手に入るというゲール語の手紙を受け取っていたのです。航海中に妻は病死するものの、12人の子供たちと長女の夫、そして犬は無事に新大陸に辿りつきます。そして「赤毛のキャラムの子供たち」と呼ばれる子孫たちが徐々に広がっていくことに。そしてその曾孫のさらに孫の時代。矯正歯科医をしているアレグザンダーは、かつては誇り高い炭鉱夫だったのに今は酒に溺れる兄・キャラムを週に一度訪ねるのを習慣にしていました。

寡作なアリステア・マクラウドの唯一の長編。短編を2冊読んで、この長編を読んでいるわけなんですが、短編の名手と言われるだけあって長編よりも短編の方がいいのかしら、なんて思いながら読んでたんです。長編好きで短編が苦手の私にしてはちょっと珍しいんですが、短編の方が読みやすかったし。でも最後まで読んでみると、やっぱりいいですね。色んなエピソードがいつの間にかその情景と共に脳裏に刻み込まれていたのを感じました。これがアリステア・マクラウドの底力なのかも。

スコットランドからカナダへとやって来たキャラム・ムーアとその子供たち。そして幾世代を経てもそれと分かる「クロウン・キャラム・ムーア(赤毛のキャラムの子供たち)」の一大叙事詩。語り手となっているのは、現在矯正歯科医をしているアレグザンダー。彼も双子の妹も今は裕福な暮らしを送ってるし、「ギラ・ベク・ルーア(小さな赤毛の男の子)」なんて呼ばれた頃の面影はあまり残ってません。ゲール語も理解するけれど、祖父母の世代にとってのゲール語とはまた違うし、ハイランダーとしての彼らは失われつつあるんです。時が流れているのを実感。でも読んでいると、まさに「血は水より濃し」だと感じさせられられる場面がとても多くて。
一族のルーツとその広がりを描くことによって、キャラム家の持つ底力と言えそうな強さや、歓び、哀しみが滲み出してくるみたい。何度か登場する犬のエピソードのような、情が深く真っ直ぐながらも不器用なその生き様。そしてやっぱり読んでいて一番印象に残ったのは、犬のエピソードですね。特にスコットランドからカナダへと向かおうとする彼らを追いかけてきた犬の話。あとは一働きしてくれた馬に燕麦をやる話とか... あと好きだったのは、まるで正反対の気質を持つ父方の祖父と母方の祖父のエピソード。2人とも本当に素敵だったなあ。(新潮クレストブックス)


+既読のアリステア・マクラウド作品の感想+
「灰色の輝ける贈り物」アリステア・マクラウド
「冬の犬」アリステア・マクラウド
「彼方なる歌に耳を澄ませよ」アリステア・マクラウド

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本当はひとりっ子なのに、長い間兄さんがいるつもりになっていた「ぼく」。自分で作り出した悲しみや恐怖を分かち合う相手が必要で、長い間ハンサムで力強い「兄さん」に助けてもらっていたのです。しかしそんなある日、「ぼく」はついに1人きりではなくなります。屋根裏部屋に積み重ねられた古いトランクの中にベークライトの目をしたほこりっぽい小犬のぬいぐるみが出てきたのです。そして「ぼく」は15歳の時に、その小犬にまつわる話を聞くことに。

フィリップ・グランベールの自伝的作品。実際、彼が自分の家族にまつわる秘密を知ったのは、この本と同じく15歳の頃だったんだそうです。本職は精神科医という作家さん。
ここに描かれているものはとても重いものなんですけど、最初から最後まで終始淡々とした感情を抑えた文章で書かれていました。簡潔な文章の積み重ね。でも物凄く簡潔なのにその奥には色んな感情が詰まってて、ふとした拍子に零れ落ちてきそう。...なんて思いながら読んでいたら、フィリップ・グランベールはこの作品を2ヶ月ほどの間に夢中で書き上げたものの、最初書いたものは文章が感情に流されていて使い物にならなかったんだそうです。疲れ果て体調を崩しながらも書き直し続けた時、最後に「残ったのは骨の部分だけでした。結局それだけが必要だったのです」... その言葉には本当に納得。
特に印象に残ったのは、最初は自分で作り出した悲しみに浸っていた主人公が、ルイーズのおかげで両親の物語を再構成すると、今度は口をつぐみ、逆の立場になったこと。...でも他人の悩みを聞き、その悩みから解放する精神分析医という仕事をしながらも、自分の悩みから解放されるには、こうやって書くという行為が必要だったのかなあ。なんて感慨深く思ってみたり。(新潮クレストブックス)

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そこにあったのは、アリアドネのスレッド。その冒頭には、「私を見つけようとする人といっしょに、自分も姿を消してしまえるような迷宮を私はつくろう。これは誰が何について語ったのか?」というアリアドネの書き込みがありました。最初からそこにいたメンバーは「オルガニズム(^O^)」「ロミオとコイーバ」の2人。やがて「ナッツ・クラッカー」が加わります。ハンドルネームは勝手につけられたもの。3人とも気がついたら古代ギリシャ人の衣裳・キトンを着せられて、それぞれに小部屋の中にいたのです。やがてそのチャットには「モンストラダムス」「アリアドネ」「イゾルデ」が、そしてさらに「ウグリ666」「サルトリスト」が加わります。

8人の人間がチャットをしながら進んでいく物語。元ネタはギリシャ神話の中のミノタウロスのエピソード。迷宮に閉じ込められたミノタウロスを、アリアドネの助けを得たアテネの王子・テセウスが倒すというものです。そしてヴィクトル・ペレーヴィンはロシアでは人気の作家なのだそう。ロシア人作家によるチャットとギリシャ神話という組み合わせに興味を引かれたのですが、これがなかなかの難物でした...

チャットなので、短い言葉のやり取りがメインだし、さくさくと読み進められるのではないかなーと思ってたんですけど、これが全然。会話の内容がものすごく観念的なんです。特にアリアドネがみた夢の話の辺りからどんどんわけが分からなって、これはまさに迷宮状態。ギリシャ神話では、テセウスが迷宮を脱出するのを手伝うアリアドネなんですけど、ここでは逆にアリアドネが他の面々を迷宮の奥深くに迎え入れてるみたい。
途中で「ディスクール」という言葉が登場するんですけど、これがポイントなのかな? これは「物事や考えを言葉で説明すること。またはその言葉、言説」という意味。そもそもチャットって言葉のみで成り立っているものだし、これがとても暗示的な気がします。8人がいるのが似たような部屋だからって、その部屋が同じ場所にあるとは限らないし、全ての人間が本当のことを話しているという保証もないわけで... 実際それでトラブルが起こることもありますしね。それでも迷宮から脱出するために、この「ディスクール」とともに進まなくちゃいけないんです。
きっとこういう話の1つ1つを完全に理解する必要はないんでしょうけど... でもほんとワケ分かりません。とは言ってもつまらないわけじゃなくて、むしろ面白いのがすごい。読み終わった途端にじっくり読み返してみたくなります。(角川書店)


+既読の新・世界の神話シリーズ作品の感想+
「ペネロピアド」マーガレット・アトウッド
「永遠を背負う男」ジャネット・ウィンターソン
「恐怖の兜」ヴィクトル・ペレーヴィン

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1971年からイランの大学で教鞭をとってきたアーザル・ナフィーシーは、1995年の秋、最後の大学を辞めた時にかねてからの夢を実現する決意をします。そして教え子の中から最も優秀で勉強熱心な7人を選び、毎週木曜日の朝に自宅で文学について話し合うということ。そして集まったのは詩人のマーナー、「お嬢さま」のマフシード、コメディアンのヤーシー、「問題児」アージーン、物静かな画家・ミートラー、自立したいという欲求と認められたいという欲求の狭間で揺れ動いていたサーナーズ、そして「チェシャ猫」ナスリーン。ナスリーンは最後まで一緒にいられなかったものの、彼らは2年近くの間、ほぼ毎週木曜日になるとアーザルの家にやってきて、ヴェールとコートを脱ぎ捨て、小説と現実の関係について話し合うことに。

主にナボコフ「ロリータ」、フィッツジェラルド「華麗なるギャツビー」、ジェイムズ「デイジー・ミラー」、オースティン「高慢と偏見」を通して、筆者が大学で教えていた数年間、そして木曜日の秘密の授業をしていた2年足らずのイランの状況を描き出していくという作品。イラン革命の後のイランでは、頽廃的な西洋文化は全て悪とされていて、これらの小説も本屋の棚からどんどん消えていってるような状態なんですね。普通の人々もちょっとしたことで何年間も投獄されたり、簡単に殺されたりというかなり厳しい状況。男性にももちろん厳しいんですが、ほとんど人格を認められていない女性に対する厳しさはそれを遥かに上回るもの。そんな状況の中で生きている女性たちの思いを吐露していきます。
もちろん「テヘラン」で「ロリータ」を読むというそのイメージのギャップはとても面白いと思うし、授業で「華麗なるギャツビー」をめぐる裁判を開いたりといった事柄はそれぞれにとても興味深かったんですが... あまり私には伝わってきませんでした。同じ時代のことを書いている新藤悦子さんの「チャドルの下から見たホメイニの国」(感想)を夢中になって読んだのとは対照的。どこがどう違うのか今ひとつ分からないのですが... いや、本当は感覚的には分かってるんですが...
その中の1つの要因は、本の解釈にそれほど感銘を受けなかったってことですね。私が未読の本も沢山登場してましたが、少なくとも「ロリータ」「華麗なるギャツビー」「デイジー・ミラー」「高慢と偏見」は既読。オースティンの長編だって全部読んでるし。でも例えば「ロリータ」での、「ハンバートは自分が求めるロリータをつくりだし、そのイメージに固執した」という読み方、そしてそれをイランの男女関係に重ねていく部分には「なるほど」と思うんですけど、正直もっとイラン人ならではという読み方を期待してたので... 結局のところ、それが一番大きかったんだろうなと思います。もちろんそれは、私自身が「自分が求める彼女たちをつくりだし、そのイメージに固執した」とも言えるのかもしれませんが...(白水社)

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元獣医で現在90歳、もしくは93歳のジェイコブ・ヤンコフスキは、今は老人ホームに暮らす日々。そんなある日その町にサーカスがやってきたことから、昔のことを思い出します。それは23歳のジェイコブがコーネル大学で獣医になるための勉強をしていた時のこと。両親を突然事故で失い、全財産が銀行に取り上げられることになって帰る場所もなくなったジェイコブは、最後の試験を放棄して町外れを歩いていた時に、咄嗟にやって来た列車に乗り込んだのです。それは「地上最大のベンジーニ・ブラザーズ・サーカス」の列車。ジェイコブはしばらくそのサーカスに同行して、動物たちの面倒をみることに。

聖月さんに教えていただいた作品。「抱いて眠りたいような、そんな後味でした」と仰ってたんですが、その言葉に納得! ものすごく良かったです~。
ええと、殺人現場のプロローグから始まるのでミステリ小説とも言えそうなんですが、これはミステリという枠に押し込めたくない作品ですね。主人公は、90歳(もしくは93歳)のジェイコブ。自分の記憶の不確かさを不安に思いながらも精神的に自立した1人の人間でいたいと思っている誇り高い男性で、幼児食のような日々の食事にも、親切なようでいて本人の意志を無視している介護にも我慢ならず、ついつい癇癪を起こしてしまいます。そんな現在の物語もいいんですけど、この作品のメインは、70年前のサーカスで暮らした濃密な4ヶ月間の物語。
サーカスという世界にいる人々は、名門大学の獣医学部では到底会えないような個性的な面々。馬のショーをしている美しいマーリーナ、気分の変わりやすい演技主任兼動物監督のオーガスト、独裁的なトップのアンクル・アル、気難しいけれど教養のあるピエロのキンコー(ウォルター)、飛び込んできたジェイコブを列車から放り出さなかった、キャメルやグレイディといった気のいい裏方の男たち。純真なジェイコブは、猥雑なサーカスの中で揉まれて大きく成長することになるんです。今まで見たことのない世界に驚き、次第に適応しながらも、それでも決して擦れてしまうことのないジェイコブ。動物に対しても変わることのない愛情を注ぎます。そんな愛情を、動物たちもしっかり感じ取ってるんですよね。そんな中で特に魅力的なのが象のロージー。動物好きに悪い人間はいない、というのは必ずしも真実ではないかもしれないんですけど、そんなことを思いたくなる暖かさ。サーカスの表向きの華やかな顔と、観客からは隠されている裏の顔のバランスも絶妙です。
でも若いジェイコブの物語だけなら、これほどの作品にはならなかったのではないかしら。年齢を重ねたジェイコブの存在があってこその物語という気がします。

これは古き良きアメリカの物語ですね。列車のサーカスが来るのを見て育ったアメリカ人には、もう本当に堪らないのでは! という私も、サーカスは子供の頃に2~3度見に行った覚えがあるんですけど... そういう小綺麗で現代的なサーカスとはまた全然違うんですよね。この時代を直接知ってる人には、もっとこう何ていうか圧倒的に迫ってくるんだろうなって思います。知らない私にもぐいぐい来ましたもん! 読みながら、時には息を潜めたり、時にはページをめくる手が早くなったり、時には同じ箇所を反芻してみたり。一緒になって怒ったり笑ったりほっとしたり。そしてこれ以上ないほど素敵なラスト。いやあ、ほんといいお話でした。これはまさに「読むべし」です!(ランダムハウス講談社)

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「あたしと魔女の扉」の続編の「あたしをとらえた光」と、3部作最後の「あたしのなかの魔法」。

んんー、一応面白かったと思うんですけど...
この作品ね、裏表紙のあらすじも巻末の解説もネタバレしまくってるんです。私は普段から解説は最後に取っておくタチだし、2冊目3冊目のあらすじは事前に読まなかったので、本当は被害に遭わずに済むはずだったんですけど... 読もうと思って本を開いた時にふと開いたページが解説のページで! しかもそこには大きなサプライズがバラされていて...! 一瞬だったのに目に焼きついてしまいましたよー。いやーっ。ネタバレ警告があったとしても無駄だったと思うんですけど、その警告すらないんですから。(こういうことがあるから、「警告さえしたらネタバレしてもいい」とは単純に思えません!)
本のあらすじや解説でネタバレというのは前々からある話なんですけど、最近特にネタバレに対する意識が低下してやしませんかね? 1巻の解説はネタバレ警告されてるからまだいいとして(でもちょっと中途半端だと思う)、2冊目の解説なんてハリー・ポッターの1巻の核心部分にまで抵触してるんですよー。そういう超有名人気作品、しかも1巻のことなら、みんな知ってて然るべきものなんですか? そして、たとえ解説を書く人がうっかりしてたとしても(人間なんだから、誰だってうっかりすることってありますよね)、そういうのって出版社のレベルで止めるべきなのでは? 読者がブログやサイトでネタバレするのだって問題だと思いますけど(最近ネタバレしてるブログがよく目につくんだな)、そういうものに対しては、まだ「見ない」という自衛手段も講じられるというもの。でも出版社自らネタバレをしてくれた日にはー。
そういえば、先日読んだベルンハルト・シュリンクの「帰郷者」も、本についてるあらすじはネタバレだと思うんです。終盤のサプライズをあっさり書いてくれてるんですもん。ネタバレって、ミステリのトリックとか最後の最後の核心部分だけじゃないですよね? これから読む人の興を殺ぐようなことするのは、やっぱり礼儀違反だと思います。もちろん個人によって感覚が違う部分なので徹底するのは難しいことですけど、読者だって日々気をつけなくちゃいけないことだし、ましてや出版社だけは絶対やっちゃいけないことだと思います。プロなんだから!

でね、この作品、面白かったんですけど、最後の展開がちょっと期待とは違う方に行ってしまって... これじゃあスーパーサイヤ人じゃないですか。(笑) 私としては、もっと違う感じで頑張って欲しかったなあ、と思ったり。その辺りがちょっと残念でした。(ハヤカワ文庫FT)


+既読のジャスティーン・ラーバレスティア作品の感想+
「あたしと魔女の扉」ジャスティーン・ラーバレスティア
「あたしをとらえた光」「あたしのなかの魔法」ジャスティーン・ラーバレスティア

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生まれてこの方、母親のサラフィナと共に逃亡生活を送ってきたリーズン。大都市は避けて、大抵はアボリジニの集落に滞在。一番長くいた場所でも5ヶ月。大抵はもっと短くて移動につぐ移動。でも必要なことは全てサラフィナが教えてくれるし、そんな生活が気に入っていたリーズン。ところが15歳の時、その生活が終わりを告げることになります。サラフィナが自殺未遂をして、精神病院に収容されたのです。リーズンはシドニーに住むサラフィナの母親・エズメラルダに引き取られることになります。しかしリーズンは生まれてこの方、エズメラルダの邪悪さについて警告され続けてきていました。2人の逃亡生活も、邪悪な魔女・エズメラルダから逃げるためだったのです。

オーストラリアを舞台にしたファンタジーの3部作の1作目。扉をあけるとそこは... といえばナルニアですが、この作品では、扉の向こうはニューヨーク。信兵衛さんに教えていただいた作品です。
ずっと母親と密着した生活をしていて、母親に教え込まれたことをそのまま信じ込んで大きくなったけれど、実は... というのはよくあるパターン。この作品の主人公のリーズンもそう。サラフィナが14歳の時に飛び出したというエズメラルダの家に引き取られて、黒魔術を操る魔女に囚われたような気分になっています。でもエズメラルダの家は、サラフィナの言った通りの家でありながらも、もっと広くて明るくて清潔なイメージなんですよね。電気や水道もないって聞いてたのにきちんとしてるし、地下倉庫にあるのは動物の死体じゃなくてワインだし。しかもあてがわれた部屋にあるのは、かねてから読んでみたいと思っていた本。祖母自身も常識的な人間に見えるし、早速仲良くなった隣家の少年・トムはエズメラルダを全面的に信用しているみたい。最初は祖母と向き合おうとしないどころか、口をきこうともしないし、食べ物も自分で調達したものしか食べようとしないリーズンなんですが、そのリーズン(理性)という名前通り、母親の言ってたことを全面的に信じたいと思いながらも、どこかおかしいと感じ始めることになります。それでも、そうそう簡単に他人を信用するリーズンではないんですが。
この作品で楽しいのは、オーストラリアとニューヨークという2つの都市で話が進むこと。真夏のオーストラリアと真冬のニューヨークですしね。そして面白いのは魔法の概念。魔法の出てくる物語は多いんですけど、魔法がこういった扱いをされてるのって珍しいんじゃないかと... 便利なんだけど、とっても扱いが難しくて、結構究極の選択を迫られることになるんです。リーズンがどんな風に危機を乗り越えることになるのか、その辺りがとっても楽しみ。続けて「あたしをとらえた光」に行きます~。(ハヤカワ文庫FT)


+既読のジャスティーン・ラーバレスティア作品の感想+
「あたしと魔女の扉」ジャスティーン・ラーバレスティア
「あたしをとらえた光」「あたしのなかの魔法」ジャスティーン・ラーバレスティア

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