2009年2月 Archive

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JJ・リディも結婚し、今は4人の子供の父親。でもリディ家では11歳の次女のジェニーが天災のような存在。少し目を離しただけで家や学校から抜け出して、薄着で野山を歩き回って過ごしてばかり。人に言われた通りの行動をすることができないジェニーに、家族全員が振り回されていました。特に不満を持っていたのは、JJの妻のアイスリング。JJと家事を半分ずつ分担して、いずれは療法士の仕事に戻るつもりだったのに、ジェニーがそんな状態で、しかもJJが国内外でのコンサートに忙しくて家にあまりいられない状態なので、予定もきちんと立てられないのです。アンガス・オーグがきちんと木を届けてくれれば、JJも家でフィドル作りに専念できるはずなのですが...。

先日読んだ「時間のない国で」の続編。今回も面白かったー。というか、今回の方がパワーアップで面白かったかも! JJがいきなり4人の子供の父親になっているのには驚いたんですけどね。しかも家の中のゴタゴタの話かと思いきや、そこに見張り塚にいる幽霊と羊の姿のプーカが絡んで、気がついたら話が結構大きくなってるし...。何のために幽霊が見張り塚にいるのかとか、なんでプーカがジェニーに幽霊と友達になるように仕向けてるのかとか、それでいてなぜ自分のことを幽霊からは隠そうとしてるのかとか、なんで隣人の老人・ミッキーが急に見張り塚の上に登りたいと言い出したのかとか、謎がいっぱい。
前回ちらっとしか登場しなかったプーカが今回は前面に登場。話の半ばで「うわーっ、そういうことだったのか!」と第一弾の爆弾(私にとっては)があって、その後もどんどん面白くなります。ああ、ティル・ナ・ノグに行ってみたいな。でもそんなことになったら、ほんと帰って来られないかも~。(創元ブックランド)


+シリーズ既刊の感想+
「時間のない国で」上下 ケイト・トンプソン
「プーカと最後の大王(ハイキング)」ケイト・トンプソン

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日限の親分が若だんなのところへ。最近通町で横行している質の悪い掏摸は、おそらく打物屋の老舗の大店の次男坊が飴売りの女の共謀。しかし肝心の証拠がまるでなく、親分は困り果てていました... という「いっちばん」他、全5編の連作短編集。

しゃばけシリーズの第7弾。「ひなのちよがみ」だけは雑誌掲載時に既読。
相変わらずのしゃばけワールドで、若だんなだけでなく妖たちも相変わらず。このシリーズはマンネリになろうが何しようがこのまま頑張って欲しいなと思う気持ちと、でもそろそろ狐者異を再登場させてみても面白いんじゃ?という気持ちと半分半分なんですよね。まあ、もし畠中恵さんがそろそろ終わりにしたいと思ったとしても、まあ出版社が止めさせてくれないでしょうけど。
今回は妖たちが勢ぞろいする「いっちばん」が楽しかった! みんな若だんなを喜ばせようと頑張るんですけど、なかなか上手くいかないまま最後になだれ込んで、気がついたら事件もすっかり解決してマシタ! というこの構成が素敵。そして「餡子は甘いか」では、相変わらず菓子作りが下手な栄吉が頑張っている様子が見られて、こちらもいいですねえ。器用貧乏な人よりも、栄吉みたいなタイプの方が一度コツを掴んだら安定度はずっと高いはずだし、これからも負けずに頑張って欲しいな。(新潮社)


+シリーズ既読の感想+
「しゃばけ」「ぬしさまへ」「ねこのばば」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「おまけのこ」
「うそうそ」畠中恵
「みぃつけた」畠中恵
「ちんぷんかん」畠中恵
「いっちばん」畠中恵

+既読の畠中恵作品の感想+
「ゆめつげ」畠中恵
「とっても不幸な幸運」畠中恵
「アコギなのかリッパなのか」畠中恵
「まんまこと」畠中恵
「つくもがみ貸します」畠中恵
「こころげそう 男女九人お江戸の恋ものがたり」畠中恵
Livreに「百万の手」の感想があります)

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ギリシア神話の巨人族ティタンのアトラスは、ポセイドンと大地の息子。かつてアトランティス大陸の住人たちはアトラスに忠誠を誓っていたのですが、ゼウスとの戦いでティタン族は破れ、アトランティス大陸は沈み、アトラスはその巨躯で天地を背負うという罰を受けることに。そして時が流れ、そこにヘスペリデスの園に金の林檎を取りにやって来たヘラクレスが現れます。ヘラクレスはエウリュステウス王のために様々な仕事をさせられており、これが11番目の仕事。アトラスはヘラクレスにしばらくの間その重荷を任せて、ヘスペリデスの園に林檎を取りに行くことに。

マーガレット・アトウッドの「ペネロピアド」同様、英国のキャノンゲイト社が主催する「世界の神話」シリーズの第一回配本作品。この物語の主人公は、ギリシャ神話に登場する巨人・アトラス。天地を背負う巨人。そしてこのギリシャ神話のエピソードにジャネット・ウィンターソン自身の物語が絡められています。
ギリシャ神話で見るアトラスは、その重荷を重荷であるとしか捉えてないはずなんですが、こちらの作品ではアトラスがその重荷を憎みながらも愛しているようなところが特徴。一時はヘラクレスがその重荷を代わって背負い、そのままアトラスが逃げてしまうこともできそうになって... でも結局アトラスはヘラクレスに騙されてまた重荷を背負わなくちゃいけなくなるんですが、ここでアトラスは騙されて怒るのではなくて、「やさしく穏やかに、ほとんど慈愛をこめた行為として背負う」のです。本当に辛いのであれば、世界がどうなろうとも構わず下ろしてしまえば済むこと。
そしてこの重荷の話は、いつの間にかジャネット・ウィンターソン自身の重荷とシンクロしていきます。彼女の重荷は、やはり宗教的に厳格な里親の家庭に育ちながらも同性愛に目覚めてしまったことなのでしょうね。重荷を下ろしてしまえば、世界は崩壊してしまうかもしれない。それでも彼女は自分の重荷を下ろします。その時どうなったか。結局のところ、本当に世界が崩壊することなんて、なかなかないってことですね。ほんの少しの勇気を出せばいいだけのこと。そんなメッセージが伝わってくるようです。
マーガレット・アトウッドとの違いは、この長さでも語りたいことはしっかり語りつくしてるってことかな。ヘラとヘラクレスの会話も面白かったし、アトラスとライカの邂逅も素敵でした。(角川書店)


+既読のジャネット・ウィンターソン作品の感想+
「さくらんぼの性は」ジャネット・ウィンターソン
「オレンジだけが果物じゃない」ジャネット・ウィンターソン
「永遠を背負う男」ジャネット・ウィンターソン

+既読の新・世界の神話シリーズ作品の感想+
「ペネロピアド」マーガレット・アトウッド
「永遠を背負う男」ジャネット・ウィンターソン
「恐怖の兜」ヴィクトル・ペレーヴィン

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フィンランドの国民的叙事詩・カレワラ。これは「イーリアス」と「ラーマーヤナ」と並ぶ世界三大叙事詩の1つでもあります。でも紀元前8世紀半ば頃にホメロスが作ったとされる「イーリアス」や、紀元3世紀頃にヴァールミーキが書いた(編纂した?)「ラーマーヤナ」とは違って、今読める「カレワラ」は、19世紀にリョンロットという人が様々な伝承歌謡を採取して、1つの物語となるように並べたもの。だからストーリー的には、「イーリアス」や「ラーマーヤナ」にやや劣るという欠点もあるんですね。私は好きなんですけど、なんでこれが世界三大叙事詩とされてるのかは、ちょっと疑問...。同じヨーロッパ圏から選ぶなら、例えば「古エッダ」「ニーベルンゲンの歌」辺りの方が妥当な気もするんだけど。
フィンランド人にとって「カレワラ」とは、カンテレという楽器の伴奏に合わせて吟唱するものなので、散文では書かれることはなかったそうなんですが、20世紀になって元ヘルシンキ大学教授のマルッティ・ハーヴィオ博士が「カレワラ物語」としてのカレワラを出版することになります。その訳がこの本。「タリナ」とは物語という意味なんだそうです。私は以前にきちんと叙事詩として訳されてる岩波文庫版の「カレワラ」を読んでるので、本当は散文訳は読まなくても良かったんですけど、でも北欧文化通信社の活動を応援する意味でも読んでみることに~。
ということで、カレワラを読むのはこれが3度目。(絵本を入れれば4度目・笑)
岩波文庫版に比べると、どうしてもかなり簡易版になっちゃってるし、私が大好きな「事物の起源」を唱えることによって魔法をかけるという部分もすごくあっさりしちゃってて残念なんですけど、それだけに頭の整理や復習にはぴったり。まとまりが良くて、とても読みやすかったです。これはカレワラ入門に最適かも。そしてカレワラ入門といえば、岩波少年文庫でも最近「カレワラ物語」というのが出てるんですよね。もしや「カレワラ」人気の兆候が?! そちらは岩波文庫と同じ小泉保さんの訳。これを読むまでは、「カレワラ物語」の方はいいやって思ってたんですけど、そちらもやっぱり読んでみたくなってきちゃいました。どう違うんだろう。同じような感じなのかしら。
あと、カレワラを題材にシベリウスが多数作曲していて、そちらもなかなか素敵です。(北欧文化通信社)

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初公判予定日の数日前に冠状動脈血栓症で死亡したハンバート・ハンバート。彼は「ロリータ、あるいは妻に先立たれた白人男性の告白録」という原稿を書き上げて弁護士に託していました。ハンバート・ハンバートとは、1910年にパリに生まれた人物。パリで1度結婚するものの離婚して渡米。下宿先のヘイズ夫人の12歳の娘・ドロレス(ロリータ)に少年時代の恋人・アナベルの面影を見て惹かれるものの、ヘイズ夫人と結婚することになるのですが...。

なぜか既視感がとても強かった作品。文庫本の裏表紙にも「ここまで誤解多き作品も数少ない」とあるし、他のところでも「思い描いているのとはまるで違う作品のはず」とか「先入観を覆される作品」みたいなことが書かれてるのを読んだことがあるんですけど、全然違いました。私が思い描いてる通りにどんどん展開していって、なんだか怖いぐらい。この作品は絶対に未読だし、映画も観たことないし、あらすじすら聞いたことないはずなのに、なぜ?!
周知の通り、「ロリータ・コンプレックス」という言葉の元になった作品なんですが、それについては、まあ「オイディプス王」と「エディプス・コンプレックス」よりは近いかなって感じですね。それより、これもまた「信用できない語り手」なんだなあという意味で面白かったです。この物語をロリータの目を通してみると一体どんな物語になるのかしら! そもそもハンバートの目を通して見るロリータは、ちょっぴり下品な小悪魔的魅力なんですけど、実際のところはどうだったのかしらーなんて思っちゃう。どうしても美少女とは思えないんですよねえ。可笑しかったのは、ハンバートがロリータと結婚して子供を作ったら、子供がニンフェットな年齢になった時に自分はまだ男盛りで... なんて考えをめぐらせてたりすること。この妄想振りが可笑しいです。外見にかなり自信があるようだけど、まだまだいけると本気で思ってるのか!(笑) それにしても「ニンフェット」って言葉はすごいですね。この言葉だけで、これほどのイメージの広がりを感じさせられてしまうなんて。
随所にフランス語の会話や言葉遊び、古今の文学からの引用がちりばめられていて、そういう意味でも面白かったです。(新潮文庫)

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夏も終わったある日。るるこはおねえさんと一緒に隣町のおばさんのところに遊びに行くことになります。その時るるこがかぶろうとしたのは、大好きなむぎわらぼうし。でもおねえさんは、もう夏も終わったし、そんなむぎわらぼうしをかぶって行くなら、るるこのことは連れていかない、と言うのです。

もろりんさんに教えていただいた絵本。伊勢英子さんも竹下文子さんも大好きなのに、特に伊勢英子さんの本は全部読みたいと思っていたのに、なんとなくしばらく遠ざかってしまっていて、読むのは久しぶりです。
今は夏といえば暑いというだけで、早く秋になってくれないかなーなんて思ってるだけなんですが、子供の頃の夏のわくわくを思い出すようなお話でした。そして夏の終わりの時のあの微妙な感じも。そうそう、夏の終わりを感じる頃って、なんだか物寂しくなるんですよね。帽子もなんだけど、夏服が仕舞われてしまうのを見るのがなんだか寂しくて。特に子供の頃って毎年のように成長するから、お気に入りだった服もどんどん着られなくなっちゃうし。
そしてこの本では、いつもの伊勢英子さんの絵とはタッチが少し違うと聞いてたんですが、ほんとに違う! びっくりしながら読んでいたら、そこにいきなり目の前に現れた夏の海。お日さまの陽射しが眩しくて、波や水しぶきがきらきら光ってる、まさに夏の海。ああ、やっぱり伊勢英子さんの絵は素敵だなあ。(講談社)


+既読の竹下文子作品の感想+
「風町通信」竹下文子
「木苺通信」竹下文子
「星とトランペット」竹下文子
「窓のそばで」「星占師のいた街」竹下文子
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ

+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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フランシス・オームが住んでいるのは、望楼館と呼ばれる建物。24世帯が暮らせるように設計されているのですが、現在住んでいるのは7人だけ。まずフランシスとフランシスの両親。いつも白い手袋をはめている37歳のフランシスは彫像となりきる仕事をしており、趣味は他人が大事にしているものをコレクションすること。父は椅子に座り続け、母はベッドに寝たきり。そして常に汗と涙を流し続けているピーター・バッグ、部屋に閉じこもってテレビばかり見ているクレア・ヒッグ、まるで犬のような「犬女」、最後は極端に綺麗好きの門番。望楼館はかつては偽涙館と呼ばれた16世紀の荘園の領主館(マナーハウス)であり、オーム家が何世紀にもわたって所有してきたもの。しかし今はオーム家も没落し、現在のこの姿に改装されていたのです。そんなある日、玄関の告知板に18号室に新しい住人が入るというメモ用紙が貼られ、今の静かな生活を失いたくない住人たちは恐慌に陥ります。

ああ、面白かった~。ここ3日間ほど小出しにしながら読んでたんですけど、もう現実の世界に戻って来られなくなりそうになりました。不思議で、でもなぜだかとても馴染んでしまう雰囲気。境目を意識させられるというか。これは好き嫌いが分かれるかもしれないですね。挿絵は作者自身によるものなんだそうで、かなりシュールな人物像がついてます。これを見て思い出したのが、マーヴィン・ピークの「ゴーメンガースト」。タッチは全然違うんですけどね。そしてティム・バートンの世界にも通じるような...。主人公のどこか歪んでいる「物」へのこだわりは「アメリ」を思い出すし。愛し愛されたいとは思っているのに、求めていた形での愛がなかなか得られない人々。
舞台となる望楼館はまるで時間が止まってしまっているような場所。ここに住む人々の時間も止まってしまってるようで、みんなそれぞれに自分の内面にこもって、過去の時間に生きています。かつては素晴らしい邸宅だった望楼館も今は哀しいほどの荒廃ぶりだし、このまま建物も人々もじわじわと消滅していってしまいそうな感じなんですが、そこに登場するのがアンナ・タップという女性。彼女の登場によって、止まっていた時間がまた動き出すことになります。
傷つきやすく臆病な登場人物たちの姿そのままに、物語そのものも少しずつ少しずつ近づいてくるような印象。短い章の積み重ねで丹念に追っていくせいか、全体の長さを感じさせないし、とても読みやすくて~。印象に残る場面が色々あったんだけど、特にフランシスの父と母の意識がそれぞれに過去を辿って最終的に出会う場面が素敵でした。(文春文庫)

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