2009年6月 Archive

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とても貧しい絵描きの卵の「わたし」が住んでいるのは、とても狭い路に面した建物の小さな部屋。光がさしてこないということはなく、高いところにある部屋からは、周りの屋根越しにずっと遠くの方まで見渡すことができました。引っ越してきたばかりのある晩、まだ友達もおらず、あいさつの声をかえてくれるような顔なじみもおらず、とても悲しい気持ちで窓のそばに立っていた「わたし」は、そこに良く知っている丸い懐かしい顔を発見します。それは昔ながらの月でした。月はまっすぐ「わたし」の部屋に差込み、これから外に出かけるときは毎晩「わたし」のところを覗きこむ約束をしてくれたのです。そして、わずかな時間ではあるものの、来るたびに空から見た色々なことを話してくれるようになります。

全部で33の月の小さな物語。夏目漱石の「夢十夜」か稲垣足穂の「一千一秒物語」か、はたまた「千一夜物語」かといった感じで、月が自分の見た情景を語っていきます。月は毎晩「わたし」の部屋に来られるわけじゃないし、来られたとしてもいられるのは、ほんのわずかな時間だけ。なので1つ1つのお話はどれも2~3ページと短いのです。でもこれがなんと美しい...!
恋人の安否を占うためにインドのガンジス川で明かりを流す美しいインド娘のこと、11羽のひなどりと一緒に寝ているめんどりの周りで跳ね回っている綺麗な女の子のこと、16年ぶりに見かけた、かつては美しい少女だった女性のこと... 様々な時代の様々な場所での出来事が語られていきます。その眼差しは、全てを静かに見守る母のような暖かさ。そして1つ1つの物語は短くても、その映像喚起力が素晴らしいんですよね。挿絵がなくても、どれも目の前に鮮やかに情景が浮かんできます。そして読み進めるほどにさらに鮮やかな情景が夢のように浮かんできて、それらが一幅の美しい絵となっているような...。「絵のない絵本」という題名も素晴らしいですね。この本って、きっと読者自身の想像力で仕上げをする絵本なんですね。
おそらくこの画家の卵は、アンデルセン自身なんでしょうね。訳者解説によると、この作品にはアンデルセン自身が様々な都市に滞在した時の情景が描き出されているのだそうです。そして、北欧生まれのアンデルセンは明るい南の国イタリアに憧れてやまなかったとのこと。童話集を読んだ時に感じたイタリアへの憧憬は、やっぱり本物だったんですね! この33編、どれも素敵でしたが~。その中でも特に印象に残ったのは、第16夜の道化役者の恋の物語。切なくて、でも暖かくて... 大切に読み続けていきたい本です。^^ (岩波書店)


+既読のアンデルセン作品の感想+
「アンデルセン童話集」1~3 アンデルセン
「絵のない絵本」アンデルセン

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森のそばで1人貧しく暮らしていたマローンおばさん。誰もおばさんの様子を尋ねる人も心にかける人もなく、1人放っておかれていました。しかし雪が深く降り積もったある冬の月曜日、窓の外にいたのは1羽のスズメ。みすぼらしく弱り果て、まぶたは半分ふさがってくちばしも凍り付いていたスズメを、マローンおばさんはすぐに中に入れてやります。

スズメ、ネコ、キツネ、ロバ、クマ... 来る動物たちを全て快く迎え入れ、乏しい食べ物も持ち物も何もかも分け与えたマローンおばさん。そのマローンおばさんが主人公となった短い詩の物語です。本当に短い物語で、あっという間に読めてしまうほどなんですけど、最後の「あなたの居場所が ここにはありますよ、マローンおばさん」という言葉が本当に素敵で~。読んでいて嬉しくなってしまいます。
挿絵は、ファージョンときたらやっぱりこの人!のエドワード・アーディゾーニで、物語も絵もとても美しい1冊。巻末に英詩も掲載されているのが嬉しいんですよね。日本語訳と照らし合わせながら読んで、1冊で2度美味しい読書♪ これは手元に置いておきたくなる1冊です。(岩波書店)


+既読のファージョン作品の感想+
「ムギと王さま」「天国を出ていく」ファージョン
「年とったばあやのお話かご」「イタリアののぞきめがね」ファージョン
「町かどのジム」エリノア・ファージョン
「リンゴ畑のマーティン・ピピン」「ヒナギク野のマーティン・ピピン」ファージョン
「銀のシギ」エリナー・ファージョン
「マローンおばさん」エリナー・ファージョン
「ガラスのくつ」エリナー・ファージョン
「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」「ねんねんネコのねるとこは」エリナー・ファージョン

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おつかいの帰り道に雨が急に激しく降り出して、ルウ子は慌てて近くの市立図書館に飛び込みます。ルウ子が買ったのは、おかあさんと妹のサラのためのプリンと、自分のための青いゼリー。まだ小さくて病気がちで、いつもお母さんを独り占めしているサラと同じものなんて、ルウ子は食べたくなかったのです。ルウ子はサラにいじわるをしてやるつもりで、道で見つけたカタツムリをポケットにしのばせていました。雨がやむのを待ちながら、図書館の中をのろのろと歩き回るルウ子。以前は寝る前のお話も大好きだったのに、今のルウ子は本も大嫌い。しかしその時、ポケットに入れていたはずのカタツムリが足元に落ち、拾おうとするとすごいスピードで逃げ出したのです。気づけばそこは見覚えのない巨大な本棚が並んだ場所。そしてルウ子はかたつむりに連れられて「雨ふる本屋」へ。

本屋に雨が降るなんて!と、その時点で既に衝撃的(笑)な作品。本には水が大敵じゃないですか! 雨の日は本を買わない、という方も結構いらっしゃるのでは? この題名だけで気になってしまう本好きさんも多いだろうなと思います。表紙絵もとっても可愛いし!(でも、絵の中の女の子の後ろの水色の部分が、滝のように流れる水だと思ってたのは内緒... 実際には本屋さんの壁でした・笑)
さて「雨ふる本屋」というのは古本屋。店主はドードー鳥のフルホンさんで、助手は妖精使いの舞々子さん、本を選んでくれるのは、妖精のシオリとセビョーシ。まあ私の場合、図書館とか本屋が出てくる時点ですっかり点数が甘くなってしまうし~。しかもいつも行けるとは限らない(はずの)状況が好み。しかもその古本屋に置かれてる本は普通の本じゃないんです。その本の成り立ちがまたユニーク~。そして最近どうも本がおかしい、と、本の問題をめぐってルウ子が冒険する物語と、ルウ子自身の心の問題とが二重写しにされてるのもいいんですが... うーん、でも期待したほどではなかったなあ。なんだか読んでるとずっと書き手である「大人」の存在が始終透けて見えてしまって、気になって仕方なくなってしまって...。多分ちょっとした言葉の選び方も大きいと思うんですけどね。物語としても、まだまだこなれてないのかな。本当はとっても可愛らしいお話のはずなんだけど、物語の背後にあるものが気になって仕方なくなってしまって、結局あまり楽しめませんでした。こんな風に思ってしまうのって、私が年を取ってしまったということなんでしょうかー。いやーん。(童心社)

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以前読んだ「囚われちゃったお姫さま」の原書です。この作品があんまり楽しかったもので! 続きが早く読みたくて、先月 "The Enchanted Forest Chronicles(魔法の森年代記)" 4冊セットを買ってしまったんです。でも、一旦買ってしまうと安心して積んでしまうのは、世の常(笑)ですね。これもあやうく積まれたままの運命をたどりそうになってましたが、同じくこのシリーズがお好きだというきゃろるさんも同じ4冊セットを購入されて、しかも2冊目まで読了されてたので、背中を押されるようにしてようやく1冊目を読み終えましたー。
いやあ、やっぱり面白かった。洋書読みは、大学時代はなんとか頑張ってたんですが(英文科)、卒業以来はもうほんとたまーーーに読む程度なので時間がかかって仕方ありません。それでもこの作品は英語自体がそれほど難しくないので、比較的するすると読めました。あ、話が分かってるというのも大きいですね。1冊目は英語に慣れるために読んだので、2冊目からが本番だったのでした...。本当は2冊目を読んでから記事を書こうと思ってたのに。無事読了できて嬉しかったので思わず書いてしまう私ってば。(笑)
その2冊目の "Searching For Dragons" は、8月に「消えちゃったドラゴン」という題名で翻訳が出る予定。ということで、7月のうちには読もうと思います。頑張るぞーー。(Sandpiper)


+シリーズ既刊の感想+
「囚われちゃったお姫さま」パトリシア・C・リーデ
「Dealing with Dragons」Patricia C. Wrede
「消えちゃったドラゴン」パトリシア・C・リーデ

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ナポレオン戦争時代のセルビア。トリエステの船主でもあり劇団の所有者でもあり、フランス軍騎兵隊の大尉でもあるハラランピエ・オプイッチと、ギリシャ系の母・パラスケヴァの息子として生まれたソフロニエも、今やナポレオン軍騎兵隊の中尉。幼い頃から大いなる秘密を心に抱き、自分を変えたいと強く願ってきたため、彼の中にはいつしか密かで強力なものが芽生え、若きオプイッチの体には変化が現れます...。

22 枚の大アルカナカードと56枚の小アルカナカードから成るタロットカード。この本はそのタロットカードの、大アルカナカードをなぞらえた物語。カードと同じく全部で22の章に分かれていて、最初から順番に読むこともできれば、タロット占いをしながらそれぞれのカードに対応する章を読んでいくことも出来るという趣向。パヴィッチはこれまでも色んな趣向の作品を書いていて、小説の構造や形態で遊びながら、読者を巻き込むタイプの作家さんみたいですね。巻末には実際にタロットカードがついていて、切り取れば占いに使えるようになってるんです。その図柄はミロラド・パヴィッチの息子のイヴァン・パヴィッチが描いたもの。まあ、私には本を切り取るなんてことはできませんが...。(笑)

タロットカードといえば、真っ先に思い浮かぶのがカルヴィーノの「宿命の交わる城」(感想)。それとどんな風に違うんだろう? それにどこから読んでも大丈夫って一体どういうこと? なんて思ってたんですが、やっぱり全然違いますね。まず、巻頭の「本書におけるWho's who 登場人物の系譜と一覧」に、この作品の登場人物に関するデータが揃っていました。ここで書かれている人間関係は結構入り組んでいて、飲み込むのがなかなか大変なんですけど、この5ページさえしっかり読んでおけば、あとはまず困らないでしょうね。なるほど、そういうことだったのか!
私は、まずは最初から通して読んだんですけど、これでもとても面白かったです。1枚1枚のカードに沿った物語は、正位置にも逆位置にも対応しているようだし、最初の「愚者」のカードから22番目の「世界」のカードまで順番通りに通して読んでも、きちんと筋の通る小説となってるのがすごい。最初のスタート地点にいる愚者は、21の通過儀礼を通り抜け、世界を知るというわけなんですね。もちろん、元々のタロットカードの順番そのものがよく出来てるというのもあるでしょうけど、でもやっぱりすごいな。しかもこの文章というか世界観というか、もう遊び心が満載で楽しいんですよー。読んでいて嬉しくなってしまうような、大人のお遊び。今回は最初から通して読んだけど、次はランダムな順番でも読んでみたいな。あー、カルヴィーノも再読したくなってきた。

これは、先月出た松籟社の「東欧の想像力」の4冊目。3冊目の「ハーン=ハーン伯爵夫人のまなざし」も早く読まなくちゃです。(松籟社)


+既読のミロラド・パヴィチ作品の感想+
「帝都最後の恋 占いのための手引き書」ミロラド・パヴィッチ
「風の裏側 ヘーローとレアンドロスの物語」ミロラド・パヴィチ

+シリーズ既刊の感想+
「あまりにも騒がしい孤独」ボフミル・フラバル
「砂時計」ダニロ・キシュ
「帝都最後の恋」ミロラド・パヴィッチ

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夜中の11時にRに到着した「私」は、そのままホテルへ。翌朝、「私」はカスパール氏に連れられて行った集会場所で、褐色と黒色の斑模様の毛の長い大きな猫に出会います。膝の上に飛び乗った猫は、しばらくすると離れ、10メートルほど行ったところで立ち止まってこちらを振り返り、地面に3度でんぐり返し。以前から不意をつかれる動作、特に動物の示す思いがけない動作には重要な意味があると考えていた「私」は、その日の7時の汽車に乗ることにしていたにも関わらず、ホテルに滞在し続けることに。

以前から気になっていた本です。読みたい読みたいと思いつつなかなかだったんですが、先日レメディオス・バロの「夢魔のレシピ」(感想)とレオノーラ・キャリントンの「耳ラッパ」「恐怖の館」(感想)を読んだ時に、今度こそ!と思って、ようやく読めましたー。レオノール・フィニも、レメディオス・バロやレオノーラ・キャリントンと同じくシュールレアリスムの画家。他の2人と同様、小説も書いてるし、映画や舞台の衣装も手がけ、デザインしたスキャパレッリの香水瓶は大人気だったとか。レオノール・フィニ自身、好んで猫の絵を描いていて、一時期は23匹の猫を飼っていたこともあるという相当の猫好きさん。
そしてこの物語も猫の物語。「私」の前に現れた黒と褐色の大きな猫は、「私は夢先案内人(オネイロポンプ)だ」と名乗り、ホテルの中庭にある玄武岩でできた顔像を盗むよう「私」に指示します。猫が現れる前から現実と幻想が入り混じり始めていた物語は、ここではっきりと幻想へと一歩踏み出すことに。これは夜見る夢のようでもあり、白昼夢のようでもあり... 幻想、幻想、そしてまた幻想。汽車の中で出会った不思議な年齢不詳の婦人、彼女に誘われて訪れたマルカデ街の「潜水夫」館、ヴェスペルティリアという名前との再会。猫と一緒に訪れた、パリでも老朽化した界隈にあるとある家、etcetc。...やっぱりあの美術館となっている家での場面が圧巻だったな。絵画の猫たちの場面。知らない画家が多かったので、それがちょっと残念だったのですが、思いっきり検索しまくりましたよ。こういう時、ネットってつくづく便利~。
不思議な幻想物語。全部理解したとは言いがたいんですけど、レオノーラ・フィニの描く猫の絵を眺めながら読んでいると、頭の中で1つの世界が見る見るうちに構築されていくのが感じられるようで、素敵でした。(工作舎)

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ノーフォークの海辺の風車小屋に住んでいるコドリングかあちゃんの子供は、全部で6人。息子はエイブにシッドにデイブにハルの4人で、それぞれに頑丈で大食漢で働き者。娘は18歳のドルと12歳のポル。ドルは丸ぽちゃの可愛い娘で、気性も素直で優しいのですが、怠け者なところが玉に瑕。12歳のポルは、ドルとは全くタイプが違い、子猫のように知りたがり屋の利口者。ある日、1ダースのダンプリングが焼けるのを待って白昼夢にふけっていたドルは、コドリングかあちゃんの「ダンプリングは、かならず三十分でもどってくる」という言葉に、今そこにあるダンプリングを食べてしまっても大丈夫だろうと考えます。

グリムの「ルンペルシュティルツキン」と同系の「トム・ティット・トット」の伝説を元にしたファージョンの創作物語。元となった伝説も巻末に収められているのが嬉しいところです。読み比べてみると、ファージョンがいかに元の話を膨らましたのかがよく分かります。この話、子供の頃も楽しく読んでたんですけど、大人になった今また読んでみると、見事に換骨奪胎されていて、改めてすごい!
まず、元の物語には女の子は1人しか出てこないのですが、こちらに登場するのはドルとポルの姉妹。王様と結婚するのはドルです。彼女は色白で金髪碧眼。とても美しく気立てもいいんですが、とにかく怠け者。そしてそのドルとは対照的なのが妹のポル。ポルは、よく日に焼けてて活動的。色んなことに鼻をつっこむし、やらなければならないことは、きびきびとこなします。外見も中身も正反対。...昔ながらのおとぎ話のヒロインに相応しいのは、やっぱりドルですよね。王さまもドルを見た途端、その美しさに惹かれてるし、のんびりしたドルのおかげで王さまは癇癪を半分に抑えることができるようになるし、あんなに怠け者なのに母性愛はたっぷりだし、ドルにはドルの良さがあります。でも冒険に相応しいのは、やっぱり聡明で活動的で勇敢なポル。元話では偶然名前が分かって、まあそれもおとぎ話としてはいいんですけど、今の物語としては詰めが甘いですよね。ポルが活躍するこの展開には、とても説得力があります。石井桃子さんが訳者あとがきで、ドルがポルを待つ場面は青髭みたいだと書いてらっしゃるんですが、本当にそうだなあ~。
それに謎めいたチャーリー・ルーンや銀のシギといった存在もいいんですよね。幻想的な月の男と月の姫の伝説も絡んで、この辺りもとても好き。あとの登場人物たちも楽しい人たちばっかりで! 二重人格な子供っぽいノルケンス王とかその乳母のナン夫人とか、どんと大きく構えたコドリングかあちゃんや単純な魅力の4人の兄さんたち... 若い小間使いのジェンも、家令のジョンも、コックのクッキーも、乳しぼりむすめのメグスも、庭師のジャックも! この作品は元々は舞台のために書かれた作品なんだそうです。そう考えてみると、4人の兄たちが食べたいものを並べ上げながら登場する場面とか、案外いいコンビのノルケンス王とポルの口喧嘩とか、楽しい場面がいっぱいです。(岩波書店)


+既読のファージョン作品の感想+
「ムギと王さま」「天国を出ていく」ファージョン
「年とったばあやのお話かご」「イタリアののぞきめがね」ファージョン
「町かどのジム」エリノア・ファージョン
「リンゴ畑のマーティン・ピピン」「ヒナギク野のマーティン・ピピン」ファージョン
「銀のシギ」エリナー・ファージョン
「マローンおばさん」エリナー・ファージョン
「ガラスのくつ」エリナー・ファージョン
「エルシー・ピドック、ゆめでなわとびをする」「ねんねんネコのねるとこは」エリナー・ファージョン

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