Catégories:“2006年”

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夜中の突然の地震で起きた若だんなが耳にしたのは、若だんなが邪魔だから殺してしまおうという声と、このままでは若だんなが死んでしまうのではないかと心配する声、そして遠くから聞こえる悲しそうな泣き声でした。そして翌日また地震が起き、若だんなの頭に物が激突、若だんなは気を失ってしまいます。気がついた若だんなに母親のおたえが提案したのは、湯治に行ったらどうだろうという案。ゆっくりお湯に浸かって養生したらぐっと丈夫になれるかもしれないと、稲荷神様のご神託があったというのです。

若だんなのシリーズの第5弾。
今回は1作目以来の長編なんですねー。この方の連作短編は大好きだけど、やっぱり長編だと嬉しいです。しかもシリーズ初の遠出、目先が変わって新鮮ですし。ただ、箱根まで行くとなると、旅に参加できる人数が限られてるのが、やや残念ではあるのですが...。
旅に出た途端に、消えてしまう仁吉と佐助。いつもなら梃子でも若だんなから離れないと頑張る2人なのに、予想外の事態が起きたとはいえ、結局2人とも離れてしまったというのがちょっと納得しきれないのですが... そのおかげで、若だんなが自力で頑張ることになります。いやー、周囲にどれだけ甘やかされても、若だんなって本当に良い青年ですね。皆が若だんなを思いやる心が温かくて、読んでいるこちらまで幸せな気分になれるのが、このシリーズの良さでしょう。やっぱり人間、基本は愛情をたっぷりと受けることなんだろうなー。
物語冒頭で若だんなが山神に尋ねる「私はずっと、ひ弱なままなのでしょうか」「他に何もいらぬほどの思いに、出会えますでしょうか」という問いがとても印象的でした。山神のくれた「浅い春に吹いた春一番で出来た」金平糖のようなお菓子が食べてみたい...。そして印籠のお獅子も既に仲間入りでしょうか。可愛いです~。(新潮社)


+シリーズ既読の感想+
「しゃばけ」「ぬしさまへ」「ねこのばば」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「おまけのこ」
「うそうそ」畠中恵
「みぃつけた」畠中恵
「ちんぷんかん」畠中恵
「いっちばん」畠中恵

+既読の畠中恵作品の感想+
「ゆめつげ」畠中恵
「とっても不幸な幸運」畠中恵
「アコギなのかリッパなのか」畠中恵
「まんまこと」畠中恵
「つくもがみ貸します」畠中恵
「こころげそう 男女九人お江戸の恋ものがたり」畠中恵
Livreに「百万の手」の感想があります)

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古典文学ではなく、比較的最近英訳された11編の日本の小説を元に、原作とその英語版の対比をしながら考察していきます。ここで取り上げられているのは、吉本ばなな「キッチン」、村上龍「69」、小林恭二「迷宮生活」、李良枝「由煕」、高橋源一郎「虹の彼方に」、津島佑子「山を走る女」、村上春樹「象の消滅」、島田雅彦「夢使い」、金井美恵子「兎」、椎名誠「岳物語」、山田詠美「トラッシュ」。

翻訳家の青山南さんの本だけあって、翻訳家としての立場からの意見も沢山。翻訳家志望の人にとても勉強になりそうな1冊です。面白かったー。翻訳作業って、単に言葉を別の言葉で置き換えるだけでなくて、その言葉が背負ってる文化を伝えることでもありますよね。この本の中でも、単に言葉の対比だけでなく、日本語版と英語版の雰囲気の違いやその原因、日本特有の固有名詞やその言葉によって伝わるもの、その訳し方など様々な部分に着目していくんですが、もう「なるほど」がいっぱい。
ただ、私がこの中で読んだことあるのは、「キッチン」と「69」だけだったんです。実際に原文を読んでいたら、きっともっと理解できたろうなと思うと、ちょっと勿体なかったり... と言いつつ、「キッチン」だけは、英語版も読んだことがあるんですが! というか、実は吉本ばななさんの作品を初めて読んだのは、英語版「キッチン」だったんですが!...と書くと、なんだか凄そうなんですけど、英語の本とは言っても、「キッチン」の英語自体は全然難しくなくて、中学生レベルの英語で読めそうな感じです。当時、読まず嫌いだったわけでもないんですが、吉本ばななさんに特に興味もなく素通りしていたら、友達が英語版をプレゼントしてくれて... しかも入院中で暇にしていた時だったもので、あっさりと読むことに...。(笑)
で、その「キッチン」なんですが、英語の文章を読んでいるのに、なんだかするんと身体の中に入ってくる感覚だったんです。原文は一体どんな感じなんだろう? と、退院後に日本語版も読むことになったのでした。ということで、「キッチン」だけはどちらの雰囲気も分かっているわけで、この章が一番面白かったです。この「キッチン」に関しては、青山さんは、翻訳されたからこそ分かりやすくなった部分があると指摘されてますし、確かに私もそう思いました...。日本語版も英語版も雰囲気としては同じなんですけど、英語の方が論理的で分かりやすい文章。逆に日本語の表現を見て、へええと思った覚えがあります。

他の作品では、例えば村上龍さんの「69」で、「林家三平そっくりの男」という言葉を単なる容貌を説明するような言葉に置き換えたことから、失われてしまった日本語のニュアンスのこととか、島田雅彦さんの「夢使い」で、日本語と英語がちゃんぽんになってる部分がきちんと英語に訳されていることによって、伝わらなくなってしまった会話の雰囲気とか、椎名誠さんの「岳物語」でも、文章の順番が緻密に入れ替えられて端正になった分、椎名さん特有の「勢いのままだらだらと書いた」雰囲気はなくなってしまったとか、そういう話が面白かったです。なるほど~。
行間のニュアンスまで上手く訳されているものがあれば、まるで違う雰囲気の作品になってしまっているものもあり、やっぱり翻訳者の方って大変ですね。とても興味深かったです。(集英社)


+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南
「眺めたり触ったり」青山南
「外人のTOKYO暮らし」青山南
「英語になったニッポン小説」青山南
「気になる言葉、気が散る日々」青山南
「小説はゴシップが楽しい」青山南
「大事なことは、ぜーんぶ娘たちに教わった」青山南

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リンツ少年の住む国では、その頃、怪盗ゴディバによって富豪の家から高価な宝物が盗まれるという事件が相次いでおり、ゴディバを追う名探偵ロイズの活躍が注目されていました。リンツもロイズに憧れる1人。そんなある日、リンツは近所に住む新米新聞記者から、ゴディバがいつも現場に残していくカードの裏に、実は風車の絵が描かれているということを聞きます。それは犯人自身とごく一部の人間しか知らない情報。そしてそのことを聞いたリンツは、以前父と一緒に露店で買った古い聖書の表紙の破れ目に入っていた、1枚の地図のことを思い出します。その地図の裏にも風車小屋の絵があったのです。早速リンツはロイズに手紙を書くことに。

ミステリーランド第10回配本。
主人公が「リンツ」で、怪盗ゴディバや名探偵ロイズが登場することからも分かる通り、登場人物の名前とか地名はチョコレート関係の名前ばっかり。そのほかのこと、例えば濃い白い霧の現象は、地元では「ホワイトショコラ」と呼ばれてますし、ほんと全編チョコレートでいっぱい。でもチョコはチョコでも、ミルクチョコレートではなく、ブラックチョコレートなんですよね。かなりビターな味わいでした。平田秀一さんの挿絵がまたダークで、雰囲気を盛り上げてるし...。(怖かった)
ある意味、あっさりネタが見える部分もあったんだけど、でもこの展開はすごいですね。さすが乙一作品。一筋縄ではいかなくてびっくり。正直、こんなことでいいのか?!という部分はあったんですけど、でも面白かったです。読んでいて一番気に入ったのも、とんでもない悪がきの彼だったし...。戦争や移民問題などもさりげなく盛り込まれてるんですが、説教臭くないところがポイント高し。

ただ、世界各国のチョコの名前が入り乱れてるせいで、読んでいて「ここは一体どこの国?」的に落ち着かなくて、それだけはちょっと閉口しました。だってイギリス名やらドイツ名やらロシア名なんかが入り乱れてるんですもん。まあ、子供だったら気にしないでしょうけどね。
何も知らないでこの本を読んだ子供が、あの名前は全てチョコレート絡みだったのか! と後で気づいたら、楽しいでしょうねー。そういうの、ちょっといいかも。(講談社ミステリーランド)


+既読の乙一作品の感想+
「銃とチョコレート」乙一
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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上海の租界に生まれ育ったクリストファー・バンクスは、10歳の時に両親が次々と謎の失踪を遂げ、イギリスにいる伯母に引き取られます。両親を探すために探偵を志したクリストファーは、やがてイギリスで数々の難事件を解決し、名探偵としての名声を博すことに。そして消えた両親の手がかりを探すために、日中戦争のさなかの上海に戻ることになるのですが...。

クリストファーの一人称による語りなんですけど、これがものすごく不安定。同じくハヤカワepi文庫のパット・マグラアの「スパイダー」(感想)解説に、「日の名残り」(感想)の執事は「信頼できない語り手」だと指摘されていたんですけど、それ以上ですね。クリストファーは、自分がイギリスに帰る船旅を、いかに希望に満ちた明るい態度で過ごしていたか、イギリスに着いてからは、いかに寄宿学校の生活にすぐに順応したか、自分がいかに本当の感情を表に出さないまま相手に対しているか、その都度強調するんですけど、ゆらゆらゆらゆら、今にも足場が崩れてしまいそうな感じ...。とは言っても、もちろんそれは意図的なものなんですよね。相手の意外な言葉にクリストファーが驚いたり反論したりする場面が何回かあって、それを裏付けてると思います。
物語前半の上品で華麗なロンドン社交会の描写は、いつのまにか日中戦争の戦火へ。そしてクリストファーが無意識に目をつぶっていた真実が明らかに。クリストファーの記憶が、彼にとって都合の良い方向に少しずつズレていたのは、きっと自己防衛本能だったんでしょうね。前半では輝いて見えた人々も、後半ではその光を失い、真の姿が見えてきます。
でも、こちらも悪くなかったんだけど... 好きという意味では、やっぱり「日の名残り」の方が段違いに好き。あちらの方が全体のバランスも良かったし、何より完成されていたという感じがします。

本の紹介から、ミステリ的要素の強い冒険譚かと思って読み始めたんですけど... 確かにそういう面もあることはあるんですけど、それは単に物語の形式といった印象です。ミステリ目当てに読むのは、やめておいた方が無難かも。(ハヤカワepi文庫)


+既読のカズオ・イシグロ作品の感想+
「日の名残り」カズオ・イシグロ
「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ
「わたしたちが孤児だったころ」カズオ・イシグロ
「浮世の画家」カズオ・イシグロ
「私を離さないで」カズオ・イシグロ
「充たされざる者」カズオ・イシグロ

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空猫の図書室の空猫さんが、前回のたらいまわし「五感で感じる文学」の時に挙げてらした本。(記事
本の裏表紙の紹介を見ると

15世紀のカイロ。奇怪な悪夢病が蔓延し、さまざまな陰謀が渦巻くこの都市に
到着したイギリス人の若者バリアン。
巡礼団の一員としてこの地を訪れた彼は、もうひとつの重大な任務を担っていたが...。
謎のイギリス人ヴェイン、眠りの館を支配する<猫の父>、娼婦ズレイカ、
そしてカイロ一の語り部ヨル。千一夜物語の世界を舞台に、
夢と現実が錯綜するミステリアスな迷宮小説。

と、あります。まさにその通り。普段なら、なんとか自分であらすじを書くんですけど、私にはこれ以上の紹介はできませんー。
題名の「アラビアン・ナイトメア」とは、奇妙な悪夢に悩まされ、その無限の苦痛に消耗させられ、しかし目覚めた時にはその夢のことを何も覚えていないという奇病。何も覚えていないため、自分がその病にかかっていることすら分からないのです。しかしその病は知らないうちに確実に伝染し、拡がっていきます。

「五感の文学」で挙げられていたのも納得の作品。読んでいる自分まで、ねっとりするようなカイロの熱気に包まれたような気がしてくるような作品でした。それも昼ではなくて夜のカイロ。昼の熱がそこかしこに残っていて、そこから昼間の残滓がもわーっと立ち上がってくるような、そんな雰囲気。
怪しくいかがわしい登場人物たちが入れ替わり立ち代り登場し、本筋の物語にいくつもの物語が挿入された、まさに「迷宮小説」。複雑な入れ子構造になっていて、読んでいるうちにどこからどこまでが現実で、どこからが夢なのかが分からなくなってしまいます。これはまさに悪夢の世界かも...。途中でよく分からなくなって一旦最初に戻って読み返していたんですけど、終盤また混乱してしまいました。明日がこの本の返却期限なので、それまでになんとかもう一度終盤を読み返してみなくっちゃ。(本当はあと2~3回、じっくり読みたい!) 全体的に散漫な印象もあるんですけど、それもまた千夜一夜物語の世界といった感じなのかもしれないですね。作者のロバート・アーウィンは、中世アラブ史の研究家でもあるのだそうです。道理でねえ。デイヴィッド・ロバーツの挿絵も雰囲気たっぷりです。 (国書刊行会)

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1930年代のメキシコ。共産主義革命が起こり、カトリックの教会は全て破壊され、司祭たちが踏み絵を強要されていた時代。ほとんどの司祭たちは国外に逃亡し、潜伏していた者たちは見つかりしだい銃殺に処せられていたこの時、国内に残っていたのは2人の司祭だけでした。1人は結婚することでカトリックの戒律を破ったことを周囲に示したホセ神父。そしてもう1人はカトリックへの信仰を捨てきれず、しかし殉教者となる勇気もないまま逃亡を続ける不良神父。彼は年老いた騾馬に乗りながら、警察の捜索を網を縫って北を目指します。

グレアム・グリーンの代表作の1つで、遠藤周作の「沈黙」に大きな影響を与えたという作品。今までの4冊では一番面白かった気がするんだけど... まだあんまり消化してません。
神父は、逃亡する前から既に祭日や断食日、精進日といったものを無視するようになっていたし、妻帯を許されないカトリックの神父でありながら、6歳になるブリジッタという娘がいるんですよね。破戒神父です。逃亡し始めてからは聖務日課書を失くし、携帯祭壇を捨て、通りすがりの百姓と自分の司祭服を交換。神父としての彼に残っているのは、司祭叙任十周年のときの原稿だけ。そこまで堕ちながらも、彼が依然として神父でしかないというのはどういうことなんだろう? この極限状況の中で神父であり続けることに、一体どれだけの意味があるんだろう? なんて思いながら読んでました。彼には、守り通さなくちゃという信念を持つほどの信仰はないし、そもそも主体性がないんです。告解したくとも、自分の娘(罪の結晶)を愛してるから、祈りはどうしても娘へと向けられてしまうし。
「権力と栄光」という題名なので、「権力」というのは当然国家権力で、国家とカトリックの対比なのかと思ってたんですが、訳者あとがきによると「神の力と光」というのが正しい意味なのだそう。(原題は、「THE POWER AND THE GLORY」)...そうだったんだ! この題名が定着してしまってるから、変えるに変えられなかったみたいですね。それと訳者あとがきで、この作品とキリストの生涯との共通点が挙げられてるのが面白くて、なるほどなあーなんて思いながら見てたんですけど、「そうした読み方はあまりほめたものではないし、慎むのが当然だと思われる」とあるんです。なんでなんだろう? 私がグレアム・グリーンをまだ良く分かってないからかな?(ハヤカワepi文庫)


+既読のグレアム・グリーン作品の感想+
「第三の男」グレアム・グリーン
「おとなしいアメリカ人」グレアム・グリーン
「負けた者がみな貰う」グレアム・グリーン
「権力と栄光」グレアム・グリーン
「事件の核心」「二十一の短篇」グレアム・グリーン
「ブライトン・ロック」グレアム・グリーン
「ヒューマン・ファクター」グレアム・グリーン

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カリブ海の西インド諸島出身の黒人モデル、西荻窪の古本屋店主、ボート・ピープルとしてベトナムを出国し、今はベトナム料理店経営者の女性など、東京で暮らす外国人15人に青山南さんがインタビュー。東京にいる外国人を取材するという上で、青山南さんがつけた条件は、フリーランサーであり、30~40代だということ。それは会社に言われて来てるのではなく、自分の意思で東京にいるということ。そして自分なりの人生観を作り始めた年齢だということ。若いと、「夢」ばかり聞かされそうだから。

これらの人々に取材したのは1987年から2年間。日本が丁度バブル景気だった頃で、彼らが経済的にも稼ぎやすかった時期なんですよね。それからバブルも弾けて暮らしにくくなって、彼らのうち半分はもう日本にはいないとのこと。
そんな風に、自分たちの嗅覚に従って、暮らしやすい国に気軽に移っていく人々のフットワークの軽さが羨ましくなってしまうのだけど... そういうのって隣の芝生が青く見えるだけなのかな。1つの国に落ち着く幸せと、気軽に移動できる幸せがありますよね。でも日本語が母国語の人にとっては、日本の外に出たら即外国語に取り囲まれてしまうわけだけど、例えば英語圏の人だったら、気軽に行ける範囲が広いわけで。やっぱり条件が違うよね、と思っちゃう。外国で暮らしてみたいと思いつつ日本に居続けてるのは、結局、ただ単に自分の行動力と決断力がないだけなんですが。
...でも、まあこれも悪くなかったんですけど、やっぱり本関係のエッセイの方が面白いです。(朝日文庫)


+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南
「眺めたり触ったり」青山南
「外人のTOKYO暮らし」青山南
「英語になったニッポン小説」青山南
「気になる言葉、気が散る日々」青山南
「小説はゴシップが楽しい」青山南
「大事なことは、ぜーんぶ娘たちに教わった」青山南

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