Catégories:“2006年”

Catégories: /

 [amazon]
小学校の頃に父親と行っていた床屋にいたのはホクトさん。高校を出ると理容学校に通い、研修のためにフランスへ。たまたま出会った高名なパントマイミストの舞台に魅せられて弟子入りしてしまうものの、父親が急逝してホクト理容室を継ぐことになったというホクトさん。しかし色んな人の髪を切ってみたいという思いから、じきに床屋を閉じて、放浪の旅に出てしまいます。

流しの床屋・ホクトさんを中心にした12の短編集。店を閉じていなくなってしまった後も、他の物語に、流しの床屋として髪を切っているホクトさんの姿が垣間見えます。でも最初は普通の街の床屋さんとして登場していたホクトさんは、いつの間にか外国の街角にも姿を現すようになり、「ある小さな床屋の冒険」という映画になったり、トナカイの肉と引き換えに見知らぬ男の髪を切った「ノア」になっていたり。繋がっているようで繋がっていないようなこの雰囲気は、吉田篤弘さんならではですねー。
でも確かに床屋さんは、鋏1つあればどこででも商売ができますけど... でも、ずいぶん前に読んだスパイ小説で、床屋には町の噂話が集まりやすいから情報収集に便利、というのがあったのが頭の片隅に残っていたせいか(笑)、流しの床屋というのはとても意外でした。商売道具の鋏の入った鞄を持って旅をするホクトさんの姿はとても想像しやすいんですけどね。でも髪を切ってる場面よりも、鞄を持って去っていく後ろ姿が浮かぶのはなぜかしら。...もしかしたら、この装幀の青い空の色のせいかしら。北斗七星と鋏をあしらったこの装幀がとても美しいです。晴れた空、雨の空、夜の星空など沢山の空が登場しますけど、この物語にはこの色がぴったりですね。(文藝春秋)


+既読の吉田篤弘作品の感想+
「百鼠」吉田篤弘
「78」「十字路のあるところ」吉田篤弘
「という、はなし」吉田篤弘
「空ばかり見ていた」吉田篤弘
「それからはスープのことばかり考えて暮らした」吉田篤弘
「小さな男*静かな声」吉田篤弘
Livreに「フィンガーボウルの話のつづき」「つむじ風食堂の夜」「針がとぶ」の感想があります)

+既読のクラフト・エヴィング商會の感想+
「アナ・トレントの鞄」クラフト・エヴィング商會
「犬」「猫」クラフト・エヴィング商會プレゼンツ
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / /

 [amazon]
双子の兄・エサウからは長子としての権利を、そして目が見えなくなった父イサクの祝福までをも奪ったヤコブは、エサウの憎しみから逃れるため、北のハランの地にいる母の兄・ラバンのもとへ。そこでヤコブは美しいラケルに出会い、ラバンの4人の娘たちを妻とすることになります。4人の妻から元気な子供が13人育ち、ヤコブの家は繁栄するのですが...

旧約聖書の創世記に登場するエサウやヤコブ、そしてその妻や子供たちの物語。聖書でいえば、創世記の29章から最後の50章までですね。物語の語り手となるのは、ヤコブの唯一の娘・ディナ。
創世記のエサウやヤコブの物語や、息子のヨセフとエジプトの王・パロの物語は有名だし、何度も読んだことがあるんですが(読んでるとは言っても、信仰の対象としてではなくて、単に読み物としてですが)、ディナに関してはほとんど何も知らなかったし、印象にも全く残ってなかったんですよね。まあ、改めて聖書を開いてみても、ヤコブからヨセフまでの記述は40ページ弱あるのに、ディナに関する記述といえば、ほんの数行。これは覚えてないのも無理はないかな、とは思うんですが、聖書の記述は元々男性中心なので、これでも女性としては十分書かれてる方かもしれません。そしてその「ほんの数行」を元に書き上げられたのが、この「赤い天幕」。あの数行から、1人の女性の生き様が、これだけ生き生きとした物語として再現されてしまうとは... 娘として、妻として、母として生きたディナの波乱万丈な人生が、この数行からこれほど見事に力強く浮き上がってくるなんて、ほんとびっくりです。読み始めた途端に、すっかり引き込まれてしまいました。面白かったです~。
ちなみに題名の「赤い天幕」というのは、女性たちが出産や月の障りの時を過ごす、「女性」を象徴するような場所。まだ大人になっていない少女が、早く大人になりたいと憧憬を持って眺める場所でもあります。もちろん住んでいる場所や民族、信仰する神によって違うので、そういうしきたりを持たない人々もいるんですが、でもだからこそ、ディナにとって、自分の家族を象徴し、自分のルーツを辿るような、大きな意味合いを持つ場所なんじゃないかと思うんですよね。さらにディナは、産婆をしていた叔母のラケルについて、多くの女性たちの出産の介助をすることになるので、物語の中では、「生」や「死」についても繰り返し描かれることになります。数知れない女たちの出産場面と、生命の誕生の力強さ、そして常に存在する死への不安...。いやー、良かったです。やっぱりハヤカワepi文庫は好きだなー。これで丁度20冊目です。(ハヤカワepi文庫)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: /

 [amazon]
きょうだいのなかで、ぼくだけ、みぎのほっぺにえくぼができる。かぞくのなかで、ぼくだけ、いつもかにさされる。クラスのなかよしのなかで、ぼくだけさかだちあるきができる。クラスメイトのなかで、ぼくだけ、げいのうじんのサインをもってない。がっこうのせいとのなかで、ぼくだけ、ひんけつをおこしてたおれた。ぼくだけができること、ぼくだけができないこと、いろいろ。

森絵都さんの文章とスギヤマカナヨさんの絵による絵本です。初期のハヤカワ文庫FTだと画像が出ない本ばかりなので、つい途中でこういうのを挟んでしまう私...。(^^ゞ
主人公の「ぼく」である「ようたくん」だけができること、「ようたくん」だけができないことが、1つずつ挙げられていきます。「ようたくん」が「ぼくだけのこと」を1つずつ自己申告して、そのそれぞれに周囲の人の証言が付いているのも楽しいところ。良いことも悪いことも、嬉しいことも情けないことも、「自分だけのこと」だと考えると、それが特別に思えてきて、自分のことをもっと好きになれるのかもしれないですねー。(理論社)


+既読の森絵都作品の感想+
「いつかパラソルの下で」森絵都
「にんきもののひけつ」「にんきもののねがい」「にんきものをめざせ!」「にんきもののはつこい」森絵都
「あいうえおちゃん」「流れ星におねがい」森絵都
「ぼくだけのこと」森絵都
「いちばんめの願いごと」森絵都
「屋久島ジュウソウ」森絵都
「風に舞いあがるビニールシート」森絵都
「アーモンド入りチョコレートのワルツ」森絵都
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: / / /

4150200084.jpg [amazon]
中世。初めての巡礼の旅のに出たジャスパー卿は、騎士としての勇気を試す機会にあまり恵まれないまま、その旅を終えようとしていましたが、沼地のポングリイの住民たちに、ドラゴン退治を依頼されます。この村では、数年前から何人もの村人がラベンダー・ドラゴンによって連れ去られて困っているというのです。連れ去られるのは、もっぱら未亡人や寡夫、そしてみなし児。話を聞いたジャスパー卿は、早速翌朝、ラベンダー・ドラゴンとの闘いに出向くことに。

「赤毛のレドメイン家」や「闇からの手」などのミステリ作品で有名なフィルポッツのファンタジー作品。でも日本ではミステリのイメージが強いんですけど、本国イギリスでは小説や詩・戯曲など250冊以上を書いていて英国文壇の最長老という存在だったんだそうです。
この物語に登場するドラゴンは、見た目にも美しく、行く先々にラベンダーの芳香が漂い、溢れんばかりの知識と教養の持ち主という、ちょっと珍しいタイプのドラゴン。そんなラベンダー・ドラゴンが村人たちを攫っていたのは、実は食べるためではなくて、ユートピアとも言えるような村を作るためだったんですよね。でも、前半、ジャスパー卿の視点で物語が進んでいる間は、中世の騎士の冒険物語で面白かったのに、ラベンダー・ドラゴンが中心となった途端、話が理屈っぽく教訓くさくなっちゃいました...。もしかしたら、当時の英国に対する政治的な批判だったのかしら。ラベンダー・ドラゴンの作った国は共産主義的な印象が強いです。しかもカリスマ的リーダーがいないと存続できないっていうところも、何ともはや。(ハヤカワ文庫FT)

| | commentaire(4) | trackback(0)
Catégories: / / /

[amazon]
もう少し時代がかった雰囲気にすれば、グリムやペローのような童話集の中にあってもおかしくないかも、といった感じの童話集。やっぱり初期のハヤカワFT文庫には、子供向けの作品が結構ありますねえ。ちょっぴりリチャード・ヒューズの「クモの宮殿」のようでもあるんですけど(感想)、「クモの宮殿」のような強烈なナンセンスがあるわけでもなく、少し物足りない...。
でも、表題作の「あべこべの日」は面白かったです。ある日目が覚めると、その日は「あべこべの日」。飼い猫のミーツィが、スプーンとフォークとナイフにまざって引き出しの中で寝てるかと思えば、ミーツィの寝床ではミーツィの代わりに猫の寝巻きを着た銀のスプーンが寝ているし、予定通り外出しようとすると、お父さんは馬の代わりに馬車に繋がれて、白馬がお父さんの代わりに御者台に乗り、一緒に行く伯母さんが馬車の後尾灯として取り付けられちゃう... なんでそんな「あべこべ」が起きるのかは全く説明されないし、不思議なまんま終わっちゃうんですけどね。ある日突然来る「あべこべの日」かあ。大変そうだけど面白そう。(ハヤカワ文庫FT)


+既読のハンス・ファラダ作品の感想+
「あべこべの日」ハンス・ファラダ
「田園幻想譚」ハンス・ファラダ

| | commentaire(2) | trackback(0)
Catégories: /

415020019X.jpg [amazon]
背が高く、濃い黒いひげを生やし、黒いべっこうの縁のメガネをかけているにも関わらず、自分がどんどん透明人間になっていくような気がしていたステファン。ニューヨークでも一流のグラフィック・デザイナーであり、一等地の豪華なアパートメントには美しい妻・ドロシーがおり、白い大きなグレート・ピレネー犬のサムと散歩をするのが日課。コネチカット州には農場もあり、愛車はアルファ・ロメオ、年に1度のヨーロッパ旅行が恒例。なのに、ステファンは何も感じないのです。45歳になったステファンに、ドロシーは10段変速ギアのついた自転車をプレゼント。それはステファンが時々欲しいと思っていたもの。でもステファンは上手く自転車に乗れず、結局ステファンはサムだけを連れてコネチカットの農場に移ることに。

人間は自分の心1つで、幸せにも不幸にもなれるもの。誰かに幸せにしてもらうという考え方もいいけど、基本的に幸せって自分自身でなるものだと私は思ってます。気持ちの持ちよう1つで、周囲の風景はまるで違った風に見えてくるし、いつでも新しい発見ができるはず。でもステファンみたいに何も感じなくなってしまったら、それはなかなか自分ではどうしようもないのかも...。まだまだ男盛りと言える年齢なのにすっかり無感動になってしまったのは、愛犬・サムの年老いていく姿の中に自分自身を見てしまったからなのかもしれません。いつかはサムが死んでしまうなんて信じられないステファンなのに、結局サムを看取ることになってしまうんですよね。そのせいか、偶然出会った若く美しいピアがいくら働きかけても、なかなか自分の殻から飛び出すことができなくて...。一旦飛び出してしまえば、そこには常にサムがいてくれると気づくことができるのだけど。
案外深いものを含んでいるアダルト・ファンタジー。夜空を自転車で駆ける中年男性というのも案外絵になるものだなあ、なんて思った物語でした。(ハヤカワ文庫FT)

| | commentaire(0) | trackback(0)
Catégories: / /

[amazon]
いつものように4人だけで夏休みを過ごしていた、ジェーン、マーク、キャサリン、マーサ4人の子供たち。お父さんは既に亡く、お母さんは新聞社に勤めていて忙しいので、いつもビックさんという女性が家に来て4人の面倒を見ることになっているのですが、ビックさんは4人をどこかへ連れて行こうなどと考えるような人ではないのです。あんまり何も起こらないことにうんざりしたジェーンが、「いっそのこと火事でもあればいいのに」と大声で叫んだ時、4人の耳に聞こえてきたのは、消防自動車のサイレンの音で...。

ハヤカワepi文庫に浮気してたり、図書館の予約本が回ってきたりして、1ヶ月ぶりのハヤカワ文庫FT。今年は主に通し番号で100番までを読もうと思ってるんですけど(現在通し番号は414番まで)、まだ半分ちょっと。この辺りは絶版本ばかりで、読むよりも入手するのが大変なんですよね。「魔法の湖」も、amazonには既に情報もない状態だし。
さて「魔法半分」は、魔法のコインを拾った4人の子供たちが巻き起こす騒動の物語。E.ネズビットの大ファンだという4人の子供たちの冒険は、そのまんまネズビットの「砂の妖精」みたい。冒険をするのが4人の兄弟姉妹という部分も、伝統的なファンタジーの形式を受け継いでるんですね。(男女2人ずつではないですが) もちろん、魔法が使えるようになるとは言っても簡単に上手くいくわけはなくて、魔法のコインが叶えてくれるのが、願った事の半分だけというのが、とても面白いんです。家に帰りたいと願ったお母さんは、気がつけば帰り道の途中に立ってるし、猫のキャリーは「アタシニャー、オニェガイ、ソトヘ、ニャク」なんて人間と猫の言葉が混ざってるような状態。マークが願った「無人島に行きたい!」に至っては、「無人」だけが叶って、「島」は叶っていない状態。結局みんながいたのは、無人の砂漠。(笑)
「半分の魔法」を使いこなすためには、本来の願い事の2倍お願いしなくちゃいけなくて、これがすごく面白いところ。それにこういった子供たちだけの魔法の冒険に、実の母親といった身近な大人が引きずり込まれてしまうのも、実はかなり珍しいのでは...。実は結構斬新な作品なんですね。(作品自体は既に古いんですが)
そして「魔法の湖」は、「魔法半分」の冒険から3週間後、家族で湖の畔の山荘に旅行した時の話。こっちは「魔法半分」みたいな斬新な部分はあまりなくて、むしろ3つの願い事に失敗してしまうおとぎ話のパターンのような感じ...。相変わらず楽しかったけど、「魔法半分」の方が私は好きでした。(ハヤカワ文庫FT)

| | commentaire(4) | trackback(0)

Note


MAIL FORMBBS

購読する ATOM


Powerd by MovableType4.24-ja
Copyright 2004-2011 四季. All rights reserved.