Catégories:“2006年”

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1926年。当時トゥールーズ=ダカール間の連絡に当たっていたラテコエール社に、定期航空の操縦士として入社したサン=テグジュペリ。使用機の慣熟飛行や短距離往復をこなし、気象学の講義を受けているうちに、とうとう初飛行の日がやって来て...。

たらいまわし企画・第21回「教えてください!あなたのフランス本」で、フランス語で読みたいと書いた本なんですが(記事)、結局日本語で読んでしまいました。(^^ゞ
でも、これはまず日本語で読んで正解だったかも。これをフランス語で読んでも、きっと理解し切れなかったです、私。堀口大學氏の訳も、最初はちょっととっつきにくかったんですけど、読んでるうちにすっかり引きこまれてしまいました。
いや、これはすごいです! 一字一句食い入るように読んでしまいましたもん。一度読み終えてから、またもう一度読んだのですが、一度目よりも二度目の方が良かったし、時間が経つにつれて、またじわじわと来てます。

サン=テグジュペリが飛行機に乗ってたのは、20世紀初頭。この時代の時代の飛行機は、今のとは全然違いますよね。今のように、離陸と着陸さえきちんとできれば、あとは計器任せの飛行ができるような時代じゃなくて、燃料もそれほど積めないし、発動機がいつ止まってしまうかも分からないような飛行機。毎日の任務が、命を失う危険と背中合わせ。そんな日々の出来事を描いていくエッセイ的文章なんですが... 「エッセイ」という言葉の持つどこか軽い雰囲気は、この作品には似合わないですね。どの部分を取ってもずっしりとしたものが伝わってくるようです。
僚友・ギヨメやサン=テグジュペリ自身の遭難など、強く印象に残るエピソードが色々とあるんですが、この本の一番の魅力は、そういったエピソードじゃないんでしょうね。サン=テグジュペリや周囲の人々を巡る様々な出来事、そしてサン=テグジュペリ自身が死の一歩手前までいった体験によって得ていくものこそが一番の魅力なんでしょう。それらの体験を通して育まれた感性とでも言うべきものは、まさに大地が教えてくれたこと。これらの体験がなかったら、サン=テグジュペリはあのサン=テグジュペリではなかったんですね。
overQさんが「美しすぎる本」だと仰ってましたが、本当にそうですね。教えて頂いたDVDもぜひ観てみたいです。(新潮文庫)

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以前エドモン・ロスタンの「シラノ・ド・ベルジュラック」を読んだんですけど(感想)、このシラノ・ド・ベルジュラックという人は、ロスタンの創作ではなく、17世紀に実在した人物。本物のシラノは戯曲のシラノとは多少人格が違うみたいなんですが、その多才ぶりは確かだったようです。そして本物のシラノの代表作が、この「日月両世界旅行記」。
これはSF小説(「空想科学小説」と言った方が相応しいかも)のはしりと言えそうな作品で、月と太陽の世界へ旅する奇想天外な旅行記となっています。丁度「ガリヴァー旅行記」みたいな感じですね。「ガリヴァー旅行記」は随分前に読んだきりなので、あんまりちゃんと覚えてないんですが、どことなく精神疾患的なイメージのスウィフトとは違って、同じように風刺小説になっていても、こちらはもっとおおらかで朗らかな感じがします。キリスト教に関して、結構痛烈なことを書いてるので、後が大変だったんじゃないかと思うんですが...。何て言っても、月の世界にはエデンの園があるんですもん!(笑) アダムとイヴが追放された今は、エノクやら預言者エリヤやらが住んでいる様子。あと月の世界には4つ足で歩く人獣の国があり、太陽の国には鳥の国や哲学者の国があります。
でも、ユーモアたっぷり風刺たっぷりで、面白いことは面白いんですけど、たとえばこの作品が書かれた頃の天動説派と地動説派のバランスとか、当時の思想や最先端の科学についてもう少し知ってれば、もっと楽しめたんだろうなあって思うんですよね。思わず流し読みしてしまう部分もあって、なんだか勿体ないことしちゃいました。あ、でもロスタンの描くシラノ・ド・ベルジュラックも良かったんですが、本物の方が破天荒ぶりが優っているようで、見てる分には楽しそうな人物です。(岩波文庫)

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フランスのシャルルマーニュ王率いるキリスト教徒軍と異教徒軍の戦争中、シャルルマーニュの麾下に隅から隅まで白銀に輝く甲冑をまとった1人の騎士がいました。その騎士の名は、アジルールフォ。しかしその輝く甲冑の中には誰もいなかったのです。

シャルルマーニュは、8~9世紀に実在したフランスの王。カール大帝という名前の方が有名ですね。十字軍を率いて遠征し、イスラム教徒であるサラセン人たちと戦い、「ロランの歌」にも歌われています。
人間としての肉体も骨格も持たず、まるで甲冑が意志を持ったかのようなアジルールフォと、その従者となるグルドゥルーが対照的。肉体を持たないアジルールフォは、自分の意志を強く持っていないと存在できないのですが、グルドゥルーは自分が人間であることすら確信していません。人間としての肉体をきちんと持っているのに、自己の意志が不在で、自分を家鴨や蛙だと思い込んだり、スープを飲んでいるのは自分なのに、自分がスープに飲まれていると思い込んでしまうような男。ちょっとドン・キホーテとサンチョ・パンサみたいな2人です。そしてそんな2人に関わることになるのが、父の復讐に燃えるランバルドという青年。彼は軍隊にやって来た途端、常々思い描いていた騎士像と、立派な甲冑の下に隠された現実とのギャップを思い知らされることになるんですよね。そんな彼が思い描いていた通りの、完璧な武芸と高潔な精神を持つのは、肉体的には存在しないアジルールフォだけ。
物語自体も面白いのだけど、ラストの畳み方がお見事でした! そしてこれは、「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」に続く、カルヴィーノの寓話的歴史小説3部作の最終作なのだそう。そちらの2冊もいずれ読んでみたいです。(河出文庫)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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19世紀末。ワイオミングの寂れかけた銀鉱山の麓の町に、ネブラスカから来たマシュー・ダブチェクという若者がやって来ます。既に両親を失ったというマシューは、15人しか残っていない土地の人々から低賃金の半端仕事を引き受けながら、この町に居座ることに。しかしその頃ワイオミングの刑務所から、数々の犯罪を犯して終身刑を言い渡されている"リーダー"と呼ばれる凶悪犯が脱走していたのです。そして"リーダー"がこの土地に現れます。

日本では実に18年ぶりの新作だったんだそうですね。毎回作風ががらりと変わることで知られているトレヴェニアン、今回のこの作品は西部劇とのことなのですが...
それをすっかり忘れていた私、ワイオミングと聞いてもぴんとこなくて(ワイオミングには、「カウボーイ州」という俗称もあるそうです)、前半はごく普通の山間の村が舞台の話と同じ感覚で読んでました(^^;。中盤、酒場によくあるスイングドアが登場して初めて、西部劇の映像が出てきた程度。西部劇の囲気を強く感じなかったのは、読みやすかったところでもあり、勿体なかったところでもあり、ですね。
そして良かったのは、主人公のマシューの造形。このマシューという青年が掴みづらいんです。警戒心を持つ人々の間にも持ち前の愛嬌でするりと入り込み、詐欺師のように達者な弁舌で相手を煙に巻いているマシュー。でも何か得体の知れないものを隠して持っていて、印象が微妙に不安定。それが後半、"リーダー"が現れた時にマシューがヒーロー役になって「めでたしめでたし」になるはずのところに、すごく効いてるんですよね。そして物語の後日談にも。この後日談が、普通なら冗長に感じてしまいそうなところなんですが、すごく余韻が感じられて良かったし... こういうところがトレヴェニアンらしいところかな。結局、憧れのリンゴ・キッドになり切れなかったマシューが痛々しかったです。(新潮文庫)


+既読のトレヴェニアン作品の感想+
「夢果つる街」トレヴェニアン
「シブミ」上下 トレヴェニアン
「ワイオミングの惨劇」トレヴェニアン

Livreに「バスク、真夏の死」の感想があります)

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エリザベスが初めてジェニファに会ったのは、ハロウィーンの校内行列のために家に帰って仮装して、学校に戻る途中でのこと。エリザベスは引っ越してきたばかりなので、まだ友達もいなくて1人ぼっち。でも木の上に腰掛けていたジェニファのぶかぶかの靴をはかせてやったのがきっかけで、2人は話すようになります。そして自分は魔女だと言うジェニファについて、エリザベスは魔女の修行をすることに。

子供の頃から大好きな「クローディアの秘密」(感想)のE.L.カニグズバーグのデビュー作。この「魔女ジェニファとわたし」と「クローディアの秘密」が立て続けに発表されて、この2冊がその年のアメリカの児童文学賞ニューベリー賞を争ったんだそうです。(受賞は「クローディアの秘密」)
転校したばかりで、なかなか友達ができないままのエリザベスと、自分のことを魔女だと言ってしまう、ちょっと不思議な女の子ジェニファの物語。エリザベスが主人公だし、一見、「内気なエリザベスに友達ができて良かった良かった」的な話に思えてしまうんですけど、それだけじゃないんですよね。頭が良すぎて、周囲の子たちが子供っぽく見えてしまうジェニファにとっての、友達ができた話でもあります。図書館ですごい勢いで本を読み、小学生ながらもマクベスをかなり読み込んでいるらしいジェニファ。1人でも自信満々に振舞っているジェニファだけど、時には友達が欲しくなったりもして、そんな時にするりと入り込んできたのがエリザベスだったのかも...。自分のことが魔女だと言っていたのは、一種の虚勢だったんだろうなあ、なんて思ったり。
エリザベスに友達がいないことを心配して、「社会性」がないのではないかと考えるお母さんに対して、お父さんが、普通の体温は36.5度だけれど、36度で健康な人もいるのだから、「だから、なにがふつうだなんて、だれにもいえるもんか」という言葉が良かったです。
ただ、「Trick or Treat!」が「ハロウィーンのおねだり」と訳されていたり、ハロウィーンの「おふせまいり」という言葉にちょっと時代を感じてしまいました...。この辺りだけでも訳文を変えて欲しいところなんですけど、そうもいかないのかしら。(岩波少年文庫)


*既刊のE.L.カニグズバーグ作品の感想*
「クローディアの秘密」「エリコの丘から」E.L.カニグズバーグ
「魔女ジェニファとわたし」E.L.カニグズバーグ
「ティーパーティーの謎」「800番への旅」「ベーグル・チームの作戦」カニグズバーグ

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アノドスは21歳の誕生日に、死んだ父親の遺した古い書き物机の鍵を譲り受けます。早速机の様々な引き出しや棚を調べ始めた彼は、奥に隠された空間を見つけ、そこに現れた不思議な婦人によって、きっと妖精の国への道が見つかると約束されて...。

副題は「成人男女のための妖精物語」。C.S.ルイスやJ.R.R.トールキン、ルイス・キャロルに大きな影響を与えたというジョージ・マクドナルドの大人向けファンタジー。
マクドナルドの大人向けのファンタジーには、他にも「リリス」という作品もあって、そちらは難しいながらも展開自体は追いやすかったんですが、こちらは本当に難しかったです...。様々な人や出来事と遭遇しながら、ひたすら妖精の国を通り抜けるアノドスの姿は、まるで聖杯探求の騎士のよう。でも全編通してものすごく暗示的なのに、何がどんな意味を含んでいるのかは、さっぱり。しかも、途中で挿入される魔法の鏡と青年の物語はとても面白かったんですけど、その他の部分はそれほど起伏に富んでいるとは言いがたく...。最後まで読むのがとっても大変でした。でもC.S.ルイスはこの本の序文で、この作品がルイスの「想像力を回心させ、洗礼さえした」とまで書いてるんですよね。マクドナルドの作品の中では、「カーディ」2冊、「黄金の鍵」「賢い女」「リリス」と並ぶ「偉大な作品群」だとも。うわーん、こんな風に書かれているのに、その良さが分からないのって悲しいです。最後まで読んでから、また最初に戻って半分ぐらいまで読んだんですが、結局「それで...?」状態の私ってば。仕方がないので、いずれまたリターンマッチしてみることにします...。
そして、このルイスの序文でびっくりさせられたのは、この作品を読んだ当時は「キリスト教ほど私の思想に縁遠いものはなかった」と書いていること。ナルニア国シリーズがあれだけキリスト教的作品なのに、それまでは「縁遠」かっただなんて! やっぱりこの作品との出会いが、ルイスに大きく影響を与えたんでしょうねえ。そんな作品なのに、なんで理解できないんだろう、私...。(しくしく)(ちくま文庫)


+既読のジョージ・マクドナルド作品の感想+
「お姫さまとゴブリンの物語」「カーディとお姫さまの物語」マクドナルド
「北風のうしろの国」ジョージ・マクドナルド
「かるいお姫さま」マクドナルド
「ファンタステス」ジョージ・マクドナルド
「金の鍵」「黄金の鍵」ジョージ・マクドナルド
「きえてしまった王女」「かげの国」ジョージ・マクドナルド

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主に、20代後半から30代ぐらいの女性を描いた13の短編。既に若さだけで突き進んでいけるほど元気でもなく、忙しい日々の中で恋も仕事もあまり順調でなくなってきている、ちょっと生活に疲れた女性たちの姿が描かれていきます。描き方がかなりドライなので、読みやすかったんですが、1冊通して読もうとしないで、短編1つずつを別々に読んだ方が良かったかも。元々短編集が得意じゃない私、途中でちょっと飽きてしまいました...。一番短い「初めての地震」という作品のインパクトから見ても、短編的なセンスは十分ある方みたいなんですけどね。
そして読みながらちょっとびっくりしたのは、結構日本について書かれた部分があること。登場する女性が着物を着ていることも多かったし、「日本には、クリスマス・ケーキ現象というのがある。(中略)ところがクリスマス当日の二十五日になったら、東京じゅうを探して歩いても、ケーキはひとつも見あたらない。それまでにケーキは全部捨てられてしまうのだ。無料であっても、ケーキをほしがる人はもういない。日本では、二十五歳の女はクリスマス・ケーキと呼ばれている」ですって!(笑)(ハヤカワepi文庫)


ということで、ハヤカワepi文庫を立て続けに読んできたんですが、手元にあるのはこれでオシマイ。また近いうちに仕入れて来なくっちゃ。これで14冊読んだことになるんですが、全部で33冊あるから、まだ半分も読んでないんですね。まだまだ楽しめそうです~。

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