Catégories:“2006年”

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「黄金の羅針盤」「神秘の短剣」に続く、ライラの冒険シリーズ第3部。これで完結です。
ここにきてようやく、「失楽園」にインスパイアされたというプルマンの描きたいことが見えてきました。「失楽園」をタイミング良く再読しておいて良かった! そこに書かれていた、ルシファーにしろアダムにしろイヴにしろ自由意志を持った、自分で選択する自由を持った存在として神が創造したという部分もこの作品に表れてるし、ルシファーやアダム、イヴのやったことは実は魂の解放と自由の始まりだったという部分も、「失楽園」を読んで感じていた通り。欧米でこの考えがどの程度受け入れられるのかは分かりませんけど、神についての解釈や描写も、大胆でとても良かったです。あの「オーソリティ」の姿には、さすがにびっくりしましたが...(^^ゞ
もちろん善側・悪側と立場がはっきりと見える人々もいるんですが、善悪が複雑に絡まりあってなかなかその本心が見えてこない人間もいるので、その辺りに緊迫感がたっぷり。ラストも安易なハッピーエンドじゃないところが気に入りました。ウィルとライラが自分たちの運命を受け入れていく様子もとても良かったし~。3部で新たにまた1人重要人物の視点が加わったので、途中ちょっと話が飛びすぎて散漫な印象になってしまったのが少し残念だったんですが、うるしを塗り重ねていく場面なんかはすごく好きだったし、琥珀の望遠鏡を覗いた時に見た金色のダストの情景が美しかったです。(新潮文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「黄金の羅針盤」上下「神秘の剣」上下 フィリップ・プルマン
「琥珀の望遠鏡」上下 フィリップ・プルマン

+既読のフィリップ・プルマン作品の感想+
「かかしと召し使い」フィリップ・プルマン
「マハラジャのルビー サリー・ロックハートの冒険1」フィリップ・プルマン
「仮面の大富豪 サリー・ロックハートの冒険2」上下 フィリップ・プルマン

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ライラは、生まれてすぐに両親を飛行船の事故で亡くし、おじのアスリエル卿にオックスフォードのジョーダン学寮に預けられている11歳の少女。その日もダイモン(守護精霊)と一緒に、普段は絶対に入ってはいけない奥の間に忍び込んでいました。ふいの話し声に慌てて隠れたライラが見たのは、その日やってくるアスリエル卿のために用意されたワインに、学寮長が白い粉を流し込んでいる場面。そのまま部屋から出られなくなってしまったライラは、衣装ダンスの中に隠れて様子を伺うことに。

以前睡猫亭の睡さんに教えて頂き、壹萬壹阡之本のヤマボウシさんにもオススメ頂いていた、ライラの冒険シリーズ。全6巻なんですが、とりあえず先に4巻を。(ダンテの「神曲」とか言いながら、いきなり普通の本に戻ってます(^^;)
いやー、読み始めてびっくり。初っ端からミルトンの「失楽園」が引用されていました。わあ、読んだばかりですよー、なんていいタイミング! 解説を見てみると、どうやらこの作品はミルトンの「失楽園」を始めとするキリスト教的神話に大きなインスピレーションを受けたプルマンが、叙事詩のようなモチーフを持った冒険ファンタジーを描こうとした作品なんだそうです。ええと、叙事詩のような重みは、まだ全然感じられないですが... どちらかといえば展開の速いハリウッド映画のようなジェットコースター感覚。
主人公の1人・ライラの住む世界は、私たちの住むこの世界にそっくりのパラレルワールド。地名も共通してるし、この世界と同じように聖書も存在しているんですが、色々細かい違いがあるようです。その中でも決定的な違いは、人間がそれぞれダイモンと呼ばれる守護精霊を持っていること。この「ダイモン」(この言葉を見るたびにどうしても「デーモン」という言葉が頭にちらついて困っちゃう・笑)、どうやら人間の魂が具現化した存在のようです。子供の頃のダイモンは様々な動物に姿を変えるんですが、大人になると一定の姿に固定し、それはその人間の本質的な姿を表していて、この辺りは物語が進めばもっとその暗示するものが見えてきそうです。
鎧を着た北極熊や、ジプシーならぬジプシャンたちといった面々が魅力的。夜空を覆うオーロラの向こうには見知らぬ町並みが見えるという北の地の情景も素敵。でも肝心のライラが...。どうも魅力を感じられず、なぜ周囲の人たちがライラを可愛がるのか分からなくて困りました。ただの嘘つきの女の子なのに!(実際「ライアー(嘘つき)」と掛けられているらしいです) でも「神秘の探検」が始まって、普通のこの世界の少年ウィルが登場して、ぐんと面白くなったし、バランスも良くなったような。「失楽園」からのインスピレーションもようやく具体的な形を見せてきたし、後2冊でどんな展開を見せてくれるのか楽しみです。(新潮文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「黄金の羅針盤」上下「神秘の剣」上下 フィリップ・プルマン
「琥珀の望遠鏡」上下 フィリップ・プルマン

+既読のフィリップ・プルマン作品の感想+
「かかしと召し使い」フィリップ・プルマン
「マハラジャのルビー サリー・ロックハートの冒険1」フィリップ・プルマン
「仮面の大富豪 サリー・ロックハートの冒険2」上下 フィリップ・プルマン

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17世紀の詩人・ジョン・ミルトンによる、イギリス文学史上最も偉大な作品の1つとされる叙事詩。スペンサーの「妖精の女王」を読んでいたら、妙に読み返したくなりました。旧約聖書の「創世記」に題材を取った、神に創られた最初の2人の人間アダムとイーヴ、そして彼らを巡る天使と悪魔の物語。

以前読んだ時は割と素直に読んでたと思うんですが、今回読み返してみて改めて感じたのは、堕天使たちの魅力。ものすごく個性的で、変な話ですが人間味があって(笑)、すごくいい味出してるんです。彼らを前にすると、完全な存在であるはずの神やその御子、天使たちがまるで無個性のつまらない存在に感じられてきちゃう。特にサタン(天上にいた時の名はルシファー)、いいですねえ。神の次の座に位置していたルシファーの反乱の理由は「驕り」であるとも「嫉妬」であるともされてますけど、でもいくつか天使と悪魔の話を読んでるうちに、どうもそれだけとは思えなくなってきました。この「失楽園」でも、サタンの姿にアダムとイーヴの姿が重なるんですが、ミルトンが書いてるほど、楽園追放は「悲劇的」な出来事とは思えないですね。アダムもイーヴも自分たちの罪深さにただ絶望していたわけじゃなくて、最後には喜びや希望も持っていたし... どうも親離れをして自立していく子供のようにも見えます。もちろん神の庇護下にいさえすれば安全で安心なんでしょうけど、案外自立への期待もあったんじゃないでしょうかね? そしてそれこそが、ルシファーの中にもあったもののような...。(なーんて読み方をしてたら怒られそうだな)
「失楽園」の中で最大のポイントと思えるのは、神の「わたしは彼を正しく直き業を用いて、堕ちることも自由だが、毅然として立つにたる力に恵まれた者、として造った。いや、かかる者として、すべての天使を、正しく立てるものをも過ちを犯した者をも共に造っておいた」という言葉。人間はもちろん、ルシファーもまた選択の自由を持った存在だったんですね。でもね、エデンの園に命の木やら知恵の木やら植えておいて、それで食べたらダメだなんて性格悪いですよぅ。いつ切れるか分からない蜘蛛の糸を戯れに垂らしてみるお釈迦さまみたい。...神様ってそんなもの?(笑) (岩波文庫)

次はダンテの「神曲」か...?と思ったんですが、こちらは本を持ってませんでしたー。本屋に探しに行ったんですけど、岩波文庫版しか置いてなくて、そのまま帰って来ちゃった。集英社文庫ヘリテージシリーズと比べてみたかったんですけど... 訳を読み比べた方、いらっしゃいます? オススメの訳があれば、ぜひ教えて下さい!

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題名からするとファンタジーっぽいですが、ファンタジーではないです。
16世紀の英国の詩人、エドマンド・スペンサーの代表作となった叙事詩で、当時の女王エリザベス1世に捧げられたという作品。大学時代に英文で読んだことはあるんですけど、翻訳を読むのは初めて。去年ちくま文庫で発刊されたのを知った時から欲しかったんですけど、ちくま文庫って文庫にしては高いですよね。でも以前から出ていたハードカバーが2万円近くしたことを思ったら...! えへへ。

本来なら全12巻になるはずだった作品で、12ある徳を1巻で1つずつ描こうとしていたらしいんですが、結局全6巻ということで、半分しか書かれてません。(この4冊にその全6巻+αが収められています) 1巻は神聖、2巻は節制、3巻は貞節、4巻は友情、5巻は正義、6巻は礼節。これらがアーサー王伝説に題材をとって描かれていきます。でも半分だけなんですが、近年ではこれで完結しているという見方が優勢になってきてるみたいです。「紳士、即ち身分ある人に立派な道徳的訓育を施す」のが一番の目的なだけあって、とってもアレゴリカルな作品。(ジョン・バニヤンの「天路歴程」ほどではないですが ←私が知ってるうちで一番アレゴリカルな物語) こういう部分は、原書で読んだ時の方が楽しめたかも。
アーサー王伝説が題材とはいっても、王になる前のアーサーしか登場しないし、そのままの設定で登場する騎士もいないので、アーサー王自体伝説は知らなくても大丈夫なんですが、聖書とギリシャ・ローマ神話を知らないとちょっとツライかも。ヨーロッパの文学を読むつもりなら聖書とギリシャ神話は必須だと大学に入る時に言われたんですが、こういう作品を読むとその言葉を思い出します。詳しい註釈がついてるので、大丈夫といえば大丈夫なんですが、いちいち註釈を読んでると物語の流れが分断されてしまうんですよね。(それでも註釈を飛ばせない私...) そして他にも色々な古典作品が引き合いに出されていました。ホメロスの「イーリアス」や「オデュッセイア」、ヴェルギリウス「アエネーイス」、マロリー「アーサー王の死」、チョーサー「カンタベリー物語」などなど。そして先日イタロ・カルヴィーノの「宿命の交わる城」読んだ時に読んでみたいと思った「狂えるオルランド」も、かなり大きく出てきました。やっぱり読んでみないといけないですねえ。ちくま文庫か岩波文庫で出してくれたりしませんかね?

あれ、あの人はその後どうなったの?って思う部分も多いし、登場人物の名前がなかなか判明しないことも多いし、一旦名前が出てきても「乙女」「騎士」と書かれてるばかりで、少し気を抜くと誰の話なのか分からなくなるし(笑)、あからさまな女王賛美が鼻につく場面も... あ、訳はいいと思うんですが、騎士レッドクロスが「騎士赤十字」って訳されてるというのもーっ。(いや、確かに「赤十字」なんですが) 現代の娯楽作品と比べると、どうしても読みにくいんですが、それでも、やっぱり後世の文学や芸術に影響を与えたというのも納得の大作。久しぶりに読み返せて良かったです。
ちなみにベルギー象徴派のフェルナン・クノップフの絵画にも、この作品に題材をとった作品があるのが有名です。(ちくま文庫)

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フィンランドの叙事詩「カレワラ」を物語の形にしたもの。これは世界三大叙事詩の1つなんだそうです。(他の2つは「イーリアス」と「ラーマーヤナ」) 読むならやっぱり叙事詩の形で読みたかったんですが、手軽に読めるのがこれだけだったので仕方ありません。
他の神話のように、世界の成り立ちも描かれているし、登場するのはフィンランド神話の神々のはずなんですが、神というより普通の人間みたい。最初の1人のヴァイナモイネンなんて、お母さんのおなかに宿ってから700年も経ってようやく生まれるので、生まれた時は既におじいさん。とても賢くて力も強くて、生まれながらの魔術師で、しかも歌も上手くて、神としての素質は十分備えてると思うんですけど、そんな感じはしないです。北欧神話やギリシャ神話なんかとは何かが決定的に違うんですよね... 何だろう? それになんせおじいさんなものだから、結婚したいと思っても相手に嫌がられちゃうんですよね。気の毒。(笑 ←笑っちゃいけません) それにしても、このヴァイナモイネン、お母さんは大気の乙女で、お父さんは大気の乙女が海面を漂っていた時にそこを吹き抜けた風。水も少しは関係してるとはいえ、四大元素の空気ばっかりですか。(笑)
登場する神々は当然お互いに戦ったりもするんですが、その時は腕力よりも魔法がメイン。呪文合戦がよく行われるのが特徴でしょうか。北欧といえばヴァイキングだし、ヴァイキングといえば海賊。武力的なイメージがあるんですけど、調べてみると、ヴァイキングというのは、ノルウェー、スウェーデン、デンマークで、フィンランドは入ってなかったみたいです。それにそういえば、ラップランドって魔女や魔法使いの本拠地と思われてたんでしたっけ。魔法をかけたり、相手の魔法を打ち消すには、物それぞれの「起源の言葉」が必要というのも、面白いところ。博学な人ほど魔法に強いということであって、魔法使いとか魔法とかが特別な存在ではないんですね。
読む前に想像していたほど北欧らしさを強く感じなかったのですが、男性が女性に求婚に行く時に、まずサウナに入るというしきたりは、さすがに北欧ならではでした! サウナに入ることによって目が生き生きと輝き、頬が赤くなり、手足が白くなり、男前に変身するのだそうです。(笑)(春風社)

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第15回坪田譲治文学賞受賞受賞作だという、阿川佐和子さんの長編小説。中心となっているのは、みよちゃんとウメ子いう幼稚園児。読み始めた時は自叙伝なのかと思ったんですが、あとがきによるとフィクションなのだとのこと。
ある日新しく幼稚園にやって来たウメ子という女の子が個性的で楽しいんですが、いかんせん登場する園児たちがみんな揃って大人すぎ... 幼稚園児でも、集団の中に1人ぐらい年齢よりも大人びた子がいるというのは良くあることだと思うんですが、揃いも揃って幼稚園児とは思えないような子ばかりだとげんなりします。思考回路が論理的すぎるし、行動が首尾一貫しすぎてる! 作中でウメ子と「みよ」の書いた手紙にしても、全部ひらがなながらも、内容が大人すぎて違和感。丁寧に書かれた作品だとは思いますが、私にとってはリアリティゼロ。子供ならではの残酷さなんかも全然感じられなくて、むしろ「子供=天使」に近いかも。幼稚園時代なんて遥か彼方になっちゃった大人が、自分の子供時代の良い部分を思い出して微笑む夢物語という感じでした。(小学館文庫)

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遺伝子組み換えによって、全ての暴力への衝動が抑制されている光の世界。ここでは人は生まれ落ちた時に抑制遺伝子を埋め込まれ、身体と心が大人になり安定して体液が発光すると、"木曜日の儀式"を受けて「聖遺伝者」の仲間入りをします。しかしそんな光の世界にも、暴力は僅かながらに存在していました。それは土竜(もぐら)と呼ばれる、"木曜日の儀式"から零れ落ちた少年たち。そしてそれらの土竜を排除しようとする炎人たち...。

未来の地球を舞台にしたSF作品。でもSF的な設定ではあるけれど、どちらかといえば土竜のカオルという少年の成長物語。遺伝子操作によって理想的な人間、そして理想的な社会が作り出され、でもそこには実は落とし穴が... というのはどこかで見たような設定なんですけど、この世界観は個性的だし、ミトラと名付けられることになる不思議な「神」やその謎なんかは面白かったです。でも、もうちょっと書き込んで欲しかったですね。最初は「うすのろ」と呼ばれていたカオルが、いつの間にか中心で行動するような人間になってるんですけど、何がカオルを成長させたのか、今ひとつ伝わってこないんです。土竜のチームのリーダーの少年のカオルに対する言動も、今ひとつ解せなかったし...。どうやらみんな「うすのろ」と言いながらも、カオルのことを妙に信頼してたみたいなんですけど、どこがそんなに信頼させていたのか良く分からなくて。
未来の地球の姿が、ちょっとナウシカのようなラピュタのような感じで、宮崎駿映画にすると良さそうな物語でした。と思ったら、丁度徳間から出てるし! そんな話にはならなかったのかしら?(徳間デュアル文庫)


+既読の浅暮三文作品の感想+
「ラストホープ」浅暮三文
「嘘猫」浅暮三文
「実験小説 ぬ」「石の中の蜘蛛」浅暮三文
「夜聖の少年」浅暮三文
Livreに「ダブ(エ)ストン街道」の感想があります)

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Note


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