Catégories:“2006年”

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いよいよ年末も押し迫って参りましたねー。
実は、今週になっていきなりパソコンが壊れてしまうというトラブルに見舞われていた四季です。
なんでまたこの時期に壊れる...? まだ年内にやらなくちゃいけないことがあって、PCが必要だというのに! 今から修理に出しても、年末年始にかかっちゃうので時間がかかるだろうし、その間PCがないのは死活問題。(←オオゲサ) メーカーに電話してみると、修理代が予想以上に高くて馬鹿にならないことが判明して、結局新しいPCを買ってしまいましたよー。予定外の出費が痛いです... が、修理代のことを考えると、新しく買った方がずっとお得な感じ。パソコンも以前に比べたら入手しやすくなりましたねー。でも今回初めてのメーカー品を選んだせいか、慣れないキーボードが打ちにくくて、ミスタッチばかり。こんな記事1つ書くのにも妙に時間がかかります... が、年内にやらなくちゃいけないことは無事に完了♪
さて、そんな私ですが、年末年始は奈良の祖母宅に行ってきます。そちらでも一応ネットには繋がるんですけど、多分ほとんどしないのではないかと思うので、2006年度のエントリ、そして読了本はこれでもう打ち止めにしてしまいますね。ええと、今現在、荒俣宏著「別世界通信」(ちくま文庫)も読了してるんですが、そっちの感想は間に合わないのでまた後で(来年?)アップしておきます。

ということで、今年最後のエントリは、ブログになってから恒例行事となっている2006年度のマイベスト本の記事でーす。(ちなみに2004年度のはココ、2005年度のはココ
2006年度のマイベスト1は、ボリス・ヴィアンの「うたかたの日々」になりました~。

 
これを読んだ時のブログの感想はコチラ。今年の2月に読んだ本なので、今年後半に読んだ本には負けるかなと思ったんですが、やっぱりこれは良かったです。ちなみに「うたかたの日々」と「日々の泡」は、訳者さんが違うので題名が違うのですが、中身は同じ作品。私が読んだのは「日々の泡」の方です。

そして2位から5位は、下記の通りです。
2位 「悪童日記」(アゴタ・クリストフ)
3位 「夜市」(恒川光太郎)
4位 「銀の犬」(光原百合)
5位 「チョコレートコスモス」(恩田陸)


それではみなさま、今年1年本当にお世話になりましてありがとうございました。サイトやブログにお邪魔しても、ほとんどコメントを残してない愛想なしの私ですが、どうかお許し下さいね。来年もまたどうぞよろしくお願いいたします。良いお年をお迎え下さいね!(新年は1月5日頃から更新の予定です)

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月が人々の想像力を掻き立てなくなってしまったのは、現代科学技術の発展が、月を「地球を照らしだすただの光球」「既知の土地(テラ・コグニダ)にしてしまったから。それまで月は人間にとって「遥けきものであり」、もっとも身近な別世界であったのに、月を喪失することによって、人間は別世界をも失ってしまったのです。しかし別世界の創造を目的とするファンタジー作品の復活によって、人々は夢の中で別世界の生活を手に入れることに成功します。別世界が創造されるに至った背景と、別世界の必要性を中心にしたファンタジー論。

もしかしたら荒俣宏さんの文章とは合わないのかも...。「帝都物語」の時は思わなかったんですけど、今回読むのにかなり苦労しました。読んでも読んでも内容が頭に入ってこなくて、2回通して読んだ後、もう一回メモを取りながら読み返してしまいましたもん。でもきちんとメモを取りながら読んでみると、内容的にはとても面白かったです。別世界の象徴としての月の存在に関する考察からして面白かったですしね。あと私としては、「神話の森を超えて」の章が興味深かった。神話とは太古の歴史の集成でも、1つの哲学や思想が完成される以前の記録でもなく、生贄の家畜同様、神々に捧げられた神聖な供物であり、根本的に謎かけの儀式だったのだとか。(と、ポンとここにそれだけ書いても、説得力も何もあったものじゃありませんが)
この本でよかったのは、何といっても「書棚の片すみに捧げる」ということで巻末に収められているファンタジー作品のリスト。妖精文庫から出た当時は100冊が選ばれていたようなんですが、ちくま文庫版で180冊+2として選ばれていました。現在では入手が難しい本もあるとは思うんですけど、簡単なコメントが添えられた見やすいリストになっているのが嬉しいところ。で、調べてみたら、2002年に「新編別世界通信」というのも出ているそうなんですよね。今度は大幅に改訂されて、ハリー・ポッターまで含まれているのだそう。これもちょっと読んでみたいなあ。このリストも変わってるのかなあ。でもやっぱり本文は読みにくいのかなあ...。^^;(ちくま文庫)


+既読の荒俣宏作品の感想+
「花空庭園」荒俣宏
「別世界通信」荒俣宏
Livreに「帝都物語」の感想があります)

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森のはずれの小さな家に住んでいたのは、野ウサギのヘアとリスのスキレルと、小さな灰色ウサギのグレイ・ラビット。しかしヘアはうぬぼれ屋、スキレルはいばり屋で、家の中のことは全て優しいグレイ・ラビットに押し付けていました。そんなある日、森にイタチがやって来たという噂が流れ、ヘアとスキレルは震え上がります。

アリソン・アトリーも下のカニグズバーグ同様、全作品読みたいと思っている作家さん。動物物は正直得意ではないので、あまり期待してなかったんですけど、これはなかなか良かったですー。予想しなかった深みがあるというか何というか、子供向けの本なんですけど、大人になった今読んでも意外と楽しめちゃいました。ここに収められているのは「スキレルとヘアとグレイ・ラビット」「どのようにして、グレイ・ラビットは、しっぽをとりもどしたか」「ヘアの大冒険」「ハリネズミのファジー坊やのおはなし」の4編。

グレイ・ラビットの同居人のヘアやスキレルは、悪い動物たちではないんですけど、日常のことは全部グレイ・ラビットに押し付けて、自分たちは3食昼寝付的な毎日を送ってます。ヘアは朝ごはんがレタスだけなのにむくれてるし、スキレルは自分の牛乳が届いてないことに文句を言うだけ。そして気軽に頼んだ用事がまたグレイ・ラビットを危ない目にあわせることになっちゃうんですよね。読み始めた時は2匹のわがままぶりが鼻につくし、グレイ・ラビットのお人よしぶりも「なんだかなあ」って感じ。
でもそんな2匹のことがグレイ・ラビットは大好き。どんな用事でもこなしてしまうし、2匹がピンチの時は助けに駆けつけます。そして1編目の最後で、実はグレイ・ラビットがただのお人よしじゃなかったことが分かってびっくり。実は器の大きさが全然違ってたんですね! それが分かってからは、俄然面白くなっちゃいました。
この2匹も、グレイ・ラビットに助けられてからは、心を入れ替えてがんばることになります。もちろん生まれながらの性格や長年の習慣はなかなか直らないんですけどね。「どのようにして、グレイ・ラビットは、しっぽをとりもどしたか」でスキレルが取った勇敢な行動にはもうびっくりだし、「ヘアの大冒険」では、ヘアの思い切った行動力に喜ぶグレイ・ラビットにこちらまで嬉しくなっちゃう。グレイ・ラビットの視線はまるで2人のやんちゃな子供を見守るお母さんのようで、包み込むような暖かさがまた素敵でした。(岩波少年文庫)


+既読のアリソン・アトリー作品の感想+
「西風のくれた鍵」「氷の花たば」アリソン・アトリー
「グレイ・ラビットのおはなし」アリソン・アトリー

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カニグズバーグ3冊。カニグズバーグの作品は以前から全部読みたいと思ってたんです。でも以前「エリコの丘」を読もうとした時に、小島希里さんの訳文ではどうしても読み続けられなくて挫折、金原瑞人さんが全面的に手を入れたという改稿版でようやく読めたという経緯があったんですよね。「ティーパーティーの謎」「800番への旅」も全面改稿になるという話だったので、それを待っていたら、知らないうちに出てましたー。(アマゾンには未だに改稿版の情報が入ってないんですが、今店頭に並んでるのは全部共訳のはず) そして松永ふみ子さん訳の「ベーグル・チームの作戦」も岩波少年文庫から出てたので、こちらも合わせて読むことに。

...と読み始めたんですが...
全面改稿になってるはずなのに、やっぱりどこか読みにくいー。「ティーパーティーの謎」なんて、「クローディアの秘密」に次いで2度目のニューベリー賞受賞作品だというのに、そこまでいいとは思えなかったのは、やっぱり訳文のせいなのではないかしら。なんか文章が尖ってて、読んでいてハネつけられるような気がするんですよね。でも「エリコの丘」も金原瑞人さんの手が入って格段に読みやすくなってたので、その前はもっと読みにくかったんでしょう、きっと。アマゾンのレビューでもボロボロに書かれてるし、こんなに評判の悪い訳者さんも珍しいですね。それに比べて、松永ふみ子さんの訳の「ベーグル・チームの作戦」の読みやすいこと!

カニグズバーグの作品はごくごく現実的な物語ばかり。登場するのは、おそらく平均的なアメリカの家庭の少年少女たち。勉強の成績の良し悪しはともかく、日頃から色々なことをきちと考えている賢い子たち。そしてちょっと気の利いた大人がちょっぴり。こんな大人が身近にいたら、ちょっと斜に構えた子供でも、大人になるのも悪くないよねって思えそうな感じ。そして、そんな彼らを描くカニグズバーグの目線がまたいいんですよね。やっぱりカニグズバーグの作品は全部読もう。岩波少年文庫で全部出してくれるといいな。(岩波少年文庫)


*既読のE.L.カニグズバーグの感想*
「クローディアの秘密」「エリコの丘から」E.L.カニグズバーグ
「魔女ジェニファとわたし」E.L.カニグズバーグ

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タッチストーンとサブリエルは巧妙に古王国の外におびき出されている間に、武装した集団に襲われます。投げつけられた手榴弾が炸裂。一方、サメスとライラエル、不詳の犬と白猫のモゲットはアブホーセンの館にいて、周囲を仮面のクロールや何百もの奴霊に取り囲まれていました。2人と2匹は、館の井戸から外に脱出し、ネクロマンサーのヘッジに操られているニコラス・セイアーを助けるために紅の湖へと向かうことに。

古王国記シリーズの第3作。最終作です。
「ライラエル」では、ただのお荷物だったサメス王子も、ここに来てようやくしっかりと動き始めて、前巻感じていた苛々も解消。とても面白く読めました。が、物語の展開の速度が速まった分、1作目「サブリエル」の時に感じていたような重厚さが薄れてしまったような気も... せっかく今どきのファンタジーと少し違う独特な雰囲気だったのに、ちょっと残念。
でもやっぱり面白かったです。今回嬉しかったのは、1作目の時からとても興味のあった冥界についてじっくり書かれていたこと。やっぱりこのシリーズは、こういった描写がいいですねー。7つの銀のベルで敵と対峙する場面も良かったし。結局分かったような分からなかったようなといった感じで謎が残ってしまった部分もあったんですけど、これはこのままなのかしら? まあ、いいんですけどね。またこの世界を舞台にした話を書くつもりがあるのかもしれないなあ。(主婦の友社)


+シリーズ既刊の感想+
「サブリエル 冥界の扉 古王国記I」上下 ガース・ニクス
「ライラエル 氷の迷宮 古王国II」上下 ガース・ニクス
「アブホーセン 聖賢の絆 古王国記III」上下 ガース・ニクス

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日常&読んだ本log のつなさんのところで見つけて(記事)、図書館から借りてきてた本です。
1つ前の「レキオス」が相当ずっしりきたこともあって、妖精の美しいイラストで目の保養~。アラン・リーやリチャード・ドイル、アーサー・ラッカムその他大勢のイラストが満載で、こういう本って眺めてるだけでも楽しいですね! 図版の出典が巻末にまとめられていたので、この絵は誰の絵だろう?と、イチイチ後ろをめくらなくちゃいけなかったのがちょっと面倒だったんですけどね。絵のところに小さく添えておいてくれればいいのにー。
あとがきで井辻朱美さんが「こんなにたっぷりと図版を折りこみながら、解説が詳しく、ディープな愛好者にも満足がゆく本はめったにありません」と書かれていて、確かに図版に関してはその通りなんですけど、妖精の解説に関しては、ディープな愛好者向けというよりも、一般読者向けという印象でした。妖精といえばシシリー・メアリー・バーカーのフラワーフェアリーシリーズ(こんなの→)や、「ピーターパン」のティンカーベルみたいな、可愛くて繊細な妖精が思い浮かぶ人に、そういう可愛らしい妖精だけじゃないんですよーといった感じのアプローチの本かと。妖精に興味はあるんだけど... という人の入門編にぴったりですね。(原書房)

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天久開放地の地中から突然現れた女に、タンクローリーは電柱にぶつかって炎上し、偵察命令を受けて普天間基地から飛び立ったヘリコプター2機は、ミサイルを発射するものの、逆に女によって破壊されることに。その女が目をつけたのは、黒人との混血の高校生の少女・デニスでした。女はデニスの夢に現れ、デニスに乗り移ります。一方、翌日の天久開放地に視察にやって来たのは、キャラダイン中佐と日系のヤマグチ少尉。キャラダイン中佐には、天久に眠る力を目覚めさせて捕獲する極秘計画があったのです。

いやー、何だったんでしょう、この話は...。「風車祭」で、池上永一さんの想像力と展開の飛躍、破天荒ぶりには多少慣れてたつもりでしたが、これはまたもう一段階進んでました。デフォルトが怪獣パニック映画のようなものですね。1ページ目から圧倒的な迫力。時間的、空間的な制約も、この方の作品の前では意味がないのでしょうか。沖縄という土地が潜在的に持っている問題にも触れつつ、作品はその枠を遥かに超えていきます。
ただ、圧倒的な力技に巻き込まれるようにして読んだものの、結局何だったんだと聞かれると、答に困ってしまうんですよね。読み終えた瞬間、何が起きていたのか忘れてしまうような部分もあって、これは感想に困ってしまう...。面白かったんですけどね、多分。(多分て) いやあ、凄かったです。 (角川文庫)


+既読の池上永一作品の感想+
「レキオス」池上永一
Livreに「バガージマヌパナス」「風車祭(カジマヤー)」「あたしのマブイ見ませんでしたか」の感想があります)

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女だてらに戯作者を志すお夢が今追っかけているのは、江戸の豪商・紀伊国屋文左衛門。蜜柑船を江戸に運んで一夜にして大儲けし、さらに材木商として幕府ご用達となって一代の栄華を誇りながらも、財産をつぎ込んだ貨幣改鋳が中止になり、一夜にして全財産を失ったと言われる紀伊国屋文左衛門。しかし店を畳んで隠棲して4年、まだまだ吉原で豪遊し続けているのです。そんなある日、お夢は謎の夜鷹に命を狙われ、あやういところで暗闇留之介と名乗る浪人に命を助けられることに。

誰もが一度は名前は聞いたことがあるような豪商、紀伊国屋文左衛門について面白可笑しく書きながら、新たな考察を付け加えていく1冊です。お夢が戯作を書くために推理していくという意味では、歴史ミステリと言えそう。紀伊国屋文左衛門の表向きの顔と本当の素顔、表向きの黒幕と本当の黒幕、本当はそこで何が起きていたのかを探り出していきます。下は町の講釈師や物売りといった町人から、上は6代将軍家宣の正室・天照院までが、お夢に向かって紀伊国屋文左衛門の逸話や自分の推理を語っちゃうんですよね。その部分はフォントも変えられていて、まるで講談でも聞いているような気分。お夢自身が大奥にも入り込むことになるので、舞台も幅広いし、8代将軍吉宗とじかに対決してしまうし、戯曲や講談などに登場する一心太助と大久保彦左衛門までもが登場! 実際の時代とは少しずれてますが、その辺りもきちんと解説済みなのが、米村さんらしいところ。(笑)
ただ、賑やかで楽しいし、突拍子もない真相にもその気にさせられてしまうのが凄いなあって思うんですが、どうしても退屈姫君のシリーズと比べてしまうんですよね。これ1冊しか知らなかったらもっと楽しめるでしょうに、あちらと比べてしまうと、どうしても増長に感じられてしまう部分が... 仕方ないこととはいえ、それがちょっと残念でした。(新潮文庫)


+既読の米村圭伍作品の感想+
「退屈姫君 海を渡る」米村圭伍
「おんみつ蜜姫」「退屈姫君恋に燃える」米村圭伍
「紀文大尽舞」米村圭伍
Livreに「風流冷飯伝」「退屈姫君伝」「面影小町伝」の感想があります)

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ヒトミとアカコは漫才コンビ。大学の時に出会ってから8年、コンビを組んで2年。半年前、売れない芸人たちと一緒に喫茶店でライブをしていた時にスカウトされて、プロに転向。その日の若手お笑いたちのクリスマス・ライブが初舞台でした。しかし2人ともすっかりあがってしまい、客席の凍りつくような無反応に撃沈してしまいます。

第16回小説すばる新人賞を受賞したという、山本幸久さんのデビュー作。山本幸久さんは「幸福ロケット」(感想)がとても良くて、こっちも読んでみようと思ってたんですけど、随分遅くなってしまいました。
アカコやヒトミは有名人になりたくて、その手段として漫才を選んだのではなくて、2人で漫才をやるのが本当に好きで漫才をやっているというコンビ。途中多少波風は立つものの、基本的に自分たちのことがよく分かってるせいか、自分たちの進むべき道に悩むわけでもなく、才能の壁にぶち当たるわけでもなく、芸人の世界のドロドロとした部分に巻き込まれてにっちもさっちも行かなくなるわけでもなく... 初舞台こそ撃沈しますけど、全体を通して見れば、順調すぎるほど順調なんですよね。2人が本調子を出してしっかりやりさえすれば、それだけ客に受けるようになるという感じなのが、ちょっと綺麗事すぎるような気もしましたが...。でも2人のお互いに対する暖かい友情や、マネージャーの永吉や、アカコの祖母の「頼子さん」、自衛隊上がりのヘアメイクアップアーティストの白縫といった面々の暖かい視線に包まれて、気持ち良く読める作品でした。

作品の中で一番印象に残ったのは、終盤、マネージャーの永吉がテレビに出ていた2人についてコメントする場面。やっぱりテレビの方が映える人間、舞台の方が映える人間というのはいるんでしょうね。以前吉本の舞台を見に行った時は、テレビでも見る芸人さんが、舞台でもそのまんまなのにちょっと驚いたんですけど、永吉が言ってる部分は、やっぱり舞台から先に見ないと気がつかない部分なんでしょうねー。ちょっとその辺り、見比べてみたいという興味が...(笑)(集英社文庫)


+既読の山本幸久作品の感想+
「幸福ロケット」山本幸久
「笑う招き猫」山本幸久

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博多の長浜にラーメンとおでん、そしてカクテルを出す屋台を営むテッキこと鴨志田鉄樹。そして、その屋台にいつもやって来てはツケで飲んでいくのは、テッキの高校時代からの腐れ縁で、今は結婚相談所の調査員をしているキュータこと根岸球太。博多の街を舞台に、2人が様々な巻き込まれていくハードボイルド連作短編集。

北森鴻さんの本はかなり読んでますが、こうやって読むのはとても久しぶり。以前はコンプリートする勢いで読んでたはずなんですけど、私の中でミステリ熱が冷めてきたこともあって、ここ2年ほどの間に出た本は全然読んでないんですよね。でも、それ以前のは全部読んでるはず... いや、この作品を抜かしてですが。なぜこれだけ抜けてたかといえば、なんでなんでしょうね。どこかとっつきにくい雰囲気が漂ってたせいなんですよね。(私にとって、です) 図書館で見かけても、なんとなくスルーしてしまってました。でも文庫になったのを機に読んでみたら、意外なほど読みやすくてびっくり!

テッキとキュータの2人の視点が交互に登場して、物語が進んでいきます。2人は高校時代からの腐れ縁で、どちらも29歳。東京の大学を中退して博多に戻って来たテッキは冷静沈着、むしろ老成した雰囲気。使う言葉は標準語。そして常にお気楽で女好き、頭で考えるよりも先に口が出るタイプのキュータは人情家。言葉は博多弁。この2人が好対照となっていて楽しいし、オフクロこと華岡結婚相談所の所長・華岡妙子や、魔女のような雰囲気の歌姫も、独特の存在感を放っていますねー。一見して硬質な雰囲気だし、扱う事件はそれぞれに重いんですけど、狂言回し(?)のキュータのおかげか、その重さがいい感じで和らげられていて、とても読みやすかったです。それでも最後はかなり苦い結末で、驚かされましたが...。
今年の10月に出ている「親不孝通りラプソディー」は、この2人の高校時代のエピソードみたいですね。この本の中でも一度思わせぶりなことが書かれていたので、その話なんでしょう。またそちらも読んでみようっと。(講談社文庫)


+既読の北森鴻作品の感想+
「共犯マジック」北森鴻
「蜻蛉始末」北森鴻
「親不孝通りディテクティブ」北森鴻
「螢坂」北森鴻
「瑠璃の契り」北森鴻
「写楽・考」北森鴻
「暁の密使」北森鴻
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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中庭が隠れ家のようなカフェ・レストランになっている小さな古いホテル。そこを訪れた「女」は、待っていた「サングラスの女」と共にワインを飲み、鴨とチコリのサラダを食べながら、以前この同じ中庭で開かれた小さなティー・パーティのことを話し始めます。それは脚本家・神谷華晴のために開かれたパーティの話。神谷は大の紅茶党で、その日も貰ったばかりのカップを片手に客の間を泳ぎ回り、ひっきりなしに紅茶を飲んでいました。しかしその手からは突然カップが落ちて...。カップからは毒が検出されます。誰も紅茶に毒を入れた形跡も目撃証言もなく、警察は自殺と断定。それでも「女」は真相に気付いたのです。そしてその時、「サングラスの女」の口からは、突然糸のような血の筋が流れ、その身体は崩れ落ちて...。

いやあ、面白かった。演劇という意味では「チョコレート・コスモス」(感想)の延長線上にあるような作品なんですけど、雰囲気としては、むしろ「夏の名残りの薔薇」(感想)でしょうか。演劇ミステリですね。「チョコレート・コスモス」ほどの興奮はなかったんですが、こういうのもすごく好き~。
でもとても面白かったのだけど、とても分かりづらくもありました。同じ場面、同じ台詞が何度も繰り返し繰り返し、少しずつ形を変えながら登場、何層にも入れ子になっているのです。ゆっくり読んではいたんだけど... 一体どこからどこまでが現実で、どこからが芝居で、どこからが芝居の中で演じられている芝居なのやら、まるで不思議のアリスの国に迷い込んだみたい。内側だと思っていたものが、気がつけば外側になっていて、外側だと思っていたものは、いつの間にか内側になり、現実と虚構が螺旋階段のように絡み合ってグルグル上っていくような...。まだ掴みきれてない部分があるので、これはもう一回、今度はメモを取りながら読んだ方がよさそうです。

そしてこの作品には、神谷という脚本家が登場するんですが、これは...? 芝居の演出で芹澤という名前もちらっと出てきて、こちらは「チョコレート・コスモス」で登場したあの人と同一人物だと思うんですが、神谷の方はどうなんでしょう? 「チョコレート・コスモス」の神谷とは年齢も食い違いそうだし、別人のような気もするのだけど...? 「チョコレート・コスモス」の本が手元にないので、細かい部分が確かめられませんー。(新潮社)


+既読の恩田陸作品の感想+
「夏の名残りの薔薇」恩田陸
「小説以外」恩田陸
「ユージニア」恩田陸
「蒲公英草紙」「光の帝国」恩田陸
「酩酊混乱紀行『恐怖の報酬』日記」恩田陸
「ネクロポリス」上下 恩田陸
「エンド・ゲーム」恩田陸
「チョコレートコスモス」恩田陸
「中庭の出来事」恩田陸
「朝日のようにさわやかに」恩田陸
「木洩れ日に泳ぐ魚」恩田陸
「いのちのパレード」恩田陸
「猫と針」恩田陸
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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時々遊びに来ていたデブで不細工なねこが、その日赤い首輪をしているのを見て、「ぼく」はこっそり首輪の下に短い手紙を書いた紙を押し込むことに。すると次にその猫がやって来た時、そこには返信が挟まっていて... という表題作「モノレールねこ」他、全8編が収められた短編集。

いやー、やっぱり菊池健さんの描かれる絵は、加納朋子さんの作品にぴったりですね。この表紙の猫、パズルになってるんですよー。可愛い! そして中身もとても加納朋子さんらしい作品集でした。どれも人と人との絆をテーマにした物語。
縁あって親子や友達、恋人、そして夫婦になる人々。それは単なる偶然のめぐり合わせかもしれませんが、深く関わり合うような関係を築くには、やはり何かしら不思議な、偶然以上のものが潜んでいるような気がします。住んでいる場所も育った環境もまるで違う男女2人でも、縁さえあれば、知り合って恋に落ち結婚することもありますし、それとは逆に、似たような場所と環境で育ってお互いのことを知っていても、特に深く関わり合うことなくすれ違っていく人々もいるわけですし。やっぱり人間同士が深く関わりあうには、何かの「縁」が必要なんでしょう。そしてその「縁」が人同士を結びつけ、愛情や信頼関係を育てていくのでしょうねー。時には近すぎるからこそ、なかなか上手くいかないこともありますが、少しずつ築き上げて確立した絆は強いですし、その「縁」が本物なら、たとえ何十年のブランクがあっても再びめぐり合えるはず。
どの作品の絆もそれぞれに違ったものですし、短編同士には繋がりが全くないのですが、共通するのはその暖かさ。ああ、久しぶりに加納朋子さんらしい作品を読んだ気がします。良かったです~。(文藝春秋)


+既読の加納朋子作品の感想+
「てるてるあした」加納朋子
「ななつのこものがたり」加納朋子
「モノレールねこ」加納朋子
「ぐるぐる猿と歌う鳥」加納朋子
Livreに、これ以前の全作品の感想があります。

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アフリカと南アメリカの港を巡る1ヶ月のクリスマス・クルーズを終えて、リスボンへと向かっていた巨大客船・ポセイドン号が、海底地震による激しい津波によって転覆。船体はさかさまになり、あちらこちらで犠牲者が続出します。生き残ったのは、ダイニングルームにいた船客たちなどわずか数十名のみ。いつ助けが来るのか、いつまで船は沈まずに耐えられるのか、一切分からない状況の下で、そのまま助けを待っているつもりのない人々は、スコット牧師の先導で、かつて船底だった部分へと上り始めます。

1972年の「ポセイドン・アドベンチャー」、2006年の「ポセイドン」と2度に渡って映画化された作品の原作。私も「ポセイドン・アドベンチャー」はテレビでやってるのを観たことがありますが、あのパニック映画の原作を書いたのが、「ジェニィ」や「トマシーナ」のポール・ギャリコだったとはびっくり! ポール・ギャリコだって、ファンタジー系の作品ばかり書いているというわけではないけれど、でもやっぱりイメージ的には、そっち系なんですよね。でも、ポール・ギャリコ自身は元々はスポーツライターだったのだそう。そしてこの作品も、表面上はパニック物なんですけど、それぞれの人物の描き方・掘り下げ方は、やっぱりポール・ギャリコならではでした。

映画の方は実はあんまり良く覚えてないんですが、でも割とすっきりとした... というのは言葉が変ですが、ストレートなパニック物に作られていたような記憶があります。最後も感動のラストだったような... いかにもハリウッド映画らしい感じですね。皆を先導する牧師は、牧師というにはアウトロー的なところがあって、でもそこが逆に強いリーダーシップを発揮して、皆を先へ先へと導いていたような。でも原作では、ちょっと違ってました。(映画の方の私の記憶が間違ってる可能性も十分にありますが!) 原作のスコット牧師は、プリンストン大学時代からのフットボールの名選手。オリンピックでも2度の金メダルを獲得していた、全米のスター。今までの人生で、何も挫折を知らずにここまで来てしまったような人物なんです。そんなスターが、なんで牧師という職業を選んだのか? まずそこからして興味をそそります。そしてスコットがタイタニック号の転覆という出来事を神からの試練と受け取るのはいいんですけど、そこでまるで神に挑戦するかのような、神に対して取引を申し出ているかのような祈りの言葉を唱えるんです。この部分は、おそらく日本人が読むよりも欧米人が読んだ方がショッキングなんじゃないでしょうか。それ以外にも色々あって、表面上は非の打ち所のない人物なのに、でも実はつかみ所のない不思議な人物なんですよねえ。今まで自信満々で「勝ち組」としての人生を歩んできたスコットと、牧師としてのスコットがどうしても相容れなくて、まさにその部分が彼を自滅させたようにも見えてきます。それだけにラストは映画のような「感動のラスト」ではなくて、ほろ苦いラスト。あ、もちろんスコット牧師だけでなく、他の面々の部分の描き方・掘り下げ方も「ほろ苦さ」に繋がるものなんですよね。パニック部分も面白いんですが、とにかく人間的興味に引かれて読み進めた作品でした。(ハヤカワ文庫NV)


+既読のポール・ギャリコ作品の感想+
「トマシーナ」ポール・ギャリコ
「セシルの魔法の友だち」ポール・ギャリコ
「マチルダ ボクシング・カンガルーの冒険」ポール・ギャリコ
「われらが英雄スクラッフィ」ポール・ギャリコ
「幽霊が多すぎる」ポール・ギャリコ
「猫語の教科書」ポール・ギャリコ
「ハリスおばさんパリへ行く」「ハリスおばさんニューヨークへ行く」他2冊 ポール・ギャリコ
「七つの人形の恋物語」「スノーグース」ポール・ギャリコ
「トンデモネズミ大活躍」「ほんものの魔法使」ポール・ギャリコ
「ポセイドン」上下 ポール・ギャリコ
「ザ・ロンリー」ポール・ギャリコ
「「きよしこの夜」が生まれた日」ポール・ギャリコ
Livreに「ジェニィ」の感想があります)

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近頃どうも身体の具合が良くないという話をしていた、ジョージとハリスと「ぼく」の3人。ハリスとジョージは時々眩暈を感じ、自分が何をしているか判らないことがあると言い、「ぼく」は明らかに肝臓の調子が良くないのです。ハリスは、自分たちには休息が必要だと言い、ジョージがそれなら河へ行こうと言い、3人と犬のモンモランシーは、テムズ川をボートで遡る計画を立てます。

2週間ほどのボート旅行の顛末が面白可笑しく描き出されていくユーモアたっぷりの作品。でも表向きには、あくまでも真面目な雰囲気なんですよね。真面目くさった調子で妙なことを言い、真面目に文句を言っているのが逆に可笑しいといった感じのユーモア。「ぼく」が、薬の広告やそういった本を読んで、全ての症状が自分に当てはまるような気になってしまう部分とか、お湯を沸かす時に、「こっちが熱心に待っていることが、湯沸しに判ると、絶対に沸騰しようとしないものなのだ」という部分に、にやりとさせられる人は多いのではないでしょうかー。その他にもイギリス人らしいユーモアが満載。これが1889年に書かれたというのだからびっくり。100年以上経ってるのに、全然古くないんですね。
でもテムズ川流域や登場する人々の情景は、古き良きイギリスといった感じ。読んでいたら、ケネス・グレーアムの「たのしい川べ」を思い出しました。やっぱりイギリスの人は川遊びが好きなんでしょうね。確かルイス・キャロルが「不思議の国のアリス」を作ったのも、アリスのモデルになった少女たちと一緒に川遊びに行った時のことだし、川遊びの場面が出てくる物語も多いような。...と言いつつ、今咄嗟に思い出したのは、あとは「くまのプーさん」ぐらいなんですが。

ただ、今の私は、いかにもイギリスらしいユーモアの気分ではなかったんですよね... それが残念。もっと違う時に読めば良かった。やっぱり読む時期は重要だー。(中公文庫)

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先月出たばかりのチョーモンインシリーズ。これで8冊目かな? 今回は短編が5編収められていました。
もちろん神麻嗣子ちゃんも保科さんも登場するし、相変わらず楽しいんですけど... 聡子さんは? 能解警部は? レギュラー陣の登場があまりないのがちょっと寂しかったです。でもこのシリーズらしい作品も多かったし、安定してますねー。やっぱり先日読んだ「春の魔法のおすそわけ」とは全然違ーう。

5編の中で私が一番気に入ったのは、「捕食」という作品。これには大学時代の保科さんが登場します。仲間たちとスキーに行った時に、吹雪の中で道に迷った保科さんが辿り着いたのは、山の中に建つ屋敷。そこの主が語った奇妙な話とは... という物語。ちょっとホラータッチなんですけど、そこが良かった。でも、どうやらその仲間の中には聡子さんもいたようなのに、まるっきり登場しないなんて...!
表題作の「ソフトタッチ・オペレーション」は5編の中で一番長くて、このシリーズらしい(とは言っても、よくよく考えると、森奈津子さんが喜びそうなシチュエーションでもありますね)、とても西澤さんらしい作品。でもね、密室物を書くためには、密室を作り出すための状況を考えるというのが、まず最初の作業なんだろうとは思うんですが... これはあまりにも強引すぎるのでは。作中に登場する某ミステリ作品に対するオマージュだとしても、ちょっとツラいものがあるなあ。

でも、タックシリーズだけでなく、こっちのシリーズにも闇の部分があったはずなんですけど、あれは一体どうなったんでしょう。この作品では、全然気配すら匂わせてもいないし、前作も確か同じような感じだったかと。確かに、そこを書いてしまえばシリーズが終わってしまうのかもしれませんが... そろそろそちらの進展も気になるところです。その闇があるからこそ一層魅力的なんですしね。(講談社ノベルス)


+シリーズ既刊の感想+
「幻惑密室」「実況中死」「念力密室!」「夢幻巡礼」「転・送・密・室」「人形幻戯」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「生贄を抱く夜」西澤保彦
「ソフトタッチ・オペレーション」西澤保彦

+既読の西澤保彦作品の感想+
「方舟は冬の国へ」西澤保彦
「腕貫探偵 市民サーヴィス課出張所事件簿」西澤保彦
「フェティッシュ」西澤保彦
「キス」西澤保彦
「春の魔法のおすそわけ」西澤保彦
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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その仕事振りが新聞を賑わせない日はないほどの有名な大どろぼう、ホッツェンプロッツ。その日の獲物は、カスパールのおばあさんの新式のコーヒー挽き。カスパールが親友のゼッペルと一緒に、豆を挽くと歌を演奏するコーヒー挽きを作り、おばあさんに贈ったのです。2人はおばあさんのコーヒー挽きを取り返そうと、大活躍することに... という「大どろぼうホッツェンプロッツ」と、続編「大どろぼうホッツェンプロッツふたたびあらわる」「大どろぼうホッツェンプロッツみたびあらわる」の2編。

これは姪のためのクリスマスプレゼント用に買った本。私も子供の頃に大好きだったんですが、小学校の頃に図書館で借りて読んだっきりなんですよね。懐かしくて、思わずまた読んでしまいましたー。いやあ、思い出した思い出した。覚えてる通りです。一見怖ろしげな泥棒も肝心なところが抜けていて憎めないし、何よりユーモアたっぷり。とっても楽しい冒険談。そしてこれがずっと続いてたら飽きそうなところを、3巻できっちりシメてくれるのがまたニクイんですよねー。
喜んでもらえるといいなあ。(偕成社)


+既読のオトフリート・プロイスラー作品の感想+
「大どろぼうホッツェンプロッツ」3冊 プロイスラー
Livreに「クラバート」の感想があります)

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夫のスティーブを事故で亡くし、15歳のマイクを筆頭に13歳のケイト、10歳のトッドという3人の子供を抱えて毎日てんてこ舞いの専業主婦・ジェーンの素人探偵シリーズ。
隣人のシェリイの家で持ち寄りパーティが開かれる日、シェリイが空港に母親に会いに行っている間に、家の掃除をしていた掃除婦が殺されたという「ゴミと罰」、クリスマス間近のジェーンのうちにやって来たのは、昔馴染みのフィリス。でもフィリスと一緒にやって来たのは、フィリスが今の夫と結婚する前に産んで、最近再会したばかりという息子のボビー。これがとんでもない性悪で... という「毛糸よさらば」。

とても楽しいシリーズだとは聞いてたんですけど、読むのはこれが初めて。「ゴミと罰」「毛糸よさらば」という題名は、もちろん有名文学作品の題名のパロディ。このシリーズ、ずっとこんな調子の題名がついてるそうです。訳す方も大変そうですが、さすが浅羽莢子さん、ぴったりの題名になってますねー。
女手1つで子供を育てる主婦が活躍するという意味でも、その主婦が少々おっちょこちょいで、体当たり式に行動するという意味でも、周囲を巻き込みつつ賑やかに展開するところも、主人公の親友がとてもリッチという意味でも、捜査に来た刑事さん(ヴァンダイン刑事ですって!)とロマンスが発展しそうな辺りでも(笑)、ダイアン・デヴィッドソンのクッキング・ママシリーズとかなり雰囲気が似てますね。クッキング・ママシリーズの主人公・ゴルディは料理が大好きなのに対して、ジェーンはあまり好きではなさそうですが。(笑)
ジェーンが「あたし、推理小説をたくさん読んでるから、動機には詳しいの」と言っている割に、それはミステリの定石だろうって部分に気づかなくてアレレと思う部分もあるし、文章にちょっと三人称が揺れる感じがあってちょっと違和感も感じたんですが、でも楽しかったです。コージーミステリが好きな人にオススメの気楽に楽しめるシリーズ。また今度続編も読んでみようっと。(創元推理文庫)

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ツァシューへと向かう翠蘭は、途中、ロ・バクチェ・イーガンが治めるエウデ・ロガに滞在し、ここでリジムやラセル、朱瓔らと合流。毎年エウデ・ロガに薬草摘みにやって来るリュカも現れます。翠蘭やリジムを屋敷に残し、イーガンはリュカや朱瓔、サンボータらと薬草摘みに出かけるのですが、その帰り道に森の民に襲われ、朱瓔とサンボータは崖の下へと転落してしまい...。

「風の王国」シリーズ9冊目。
翠蘭は、今までのような無鉄砲な行動が許されなくなる体調なので、今回はじっと我慢。でも翠蘭が動かないおかげで、逆に周囲の人々の動きに焦点が当てられていて、いつもとは違う楽しみがありました。サンボータと朱瓔にスポットライトが当たっていますし、森の民ヴィンタク族の長・ホルクや巫子・ラミカも魅力的。エウデ・ロガの良民には優しい領主・イーガンの二面性やその原因も、今回は悪役は悪役と切って捨てられないところがいいですね。翠蘭とリジムの周囲で、様々なドラマが同時進行しているという印象でした。いつもみたいな、当時のチベットでの風習で「へええぇ~」と思う部分はあまりなくて残念だったんですが、やっぱり楽しかったです。 (コバルト文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「風の王国」1~4 毛利志生子
「風の王国 月神の爪」毛利志生子
「風の王国 河辺情話」毛利志生子
「風の王国 朱玉翠華伝」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 目容の毒」毛利志生子
「風の王国 臥虎の森」毛利志生子
「風の王国 花陰の鳥」毛利志生子
「風の王国 波斯の姫君」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 初冬の宴・金の鈴」毛利志生子
「風の王国 嵐の夜」上下 毛利志生子
「風の王国 星の宿る湖」毛利志生子

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ふとしたことでカヤックに乗ることになり、夢中になっていったという梨木香歩さん。琵琶湖や北海道、アイルランドやカナダの水辺にいる時に見えてきたことや感じたこと、そしてカヤックの上から見た水辺の風景などを綴る、Webちくまに連載されていたというエッセイです。

梨木さんがカヤックに乗られるとは、これを読むまで知りませんでした! 梨木さんの作品を読むたびに、自然やその中の生命の存在を感じていたし(特に植物)、「家守綺譚」や「沼地のある森を抜けて」では、特に水の存在がすごく感じられたんですけど、その裏には、こういう体験があって、こういう時間を大切に持っていらっしゃる方だったのですねー。カヤックに夢中になりながらも、梨木さんの目はとても冷静にその水辺の情景を捉えて、淡々と描き出していきます。まるで梨木さんご自身の思いが水鏡に映し出されていくよう。もしくは、梨木さんご自身の中に太古の海が存在しているよう。梨木さんはこのようにして、いつも「自然」や「生命」と通じ合ってらしたのですね。
とても静かで硬質、冷たい水の清冽さを感じさせるようなエッセイでした。でも、それだけだと少し距離の遠い物語になりそうなところだったのが、梨木さん言うところの「愚かな体験」のおかげで、ぐんと身近に感じられるのも嬉しいところです。ふふふ、意外な一面... でもなんとなく納得できますね。(笑)(筑摩書房)


+既読の梨木香歩作品の感想+
留守中に読んだ本(18冊)(「ぐるりのこと」の感想)
「沼地のある森を抜けて」梨木香歩
「水辺にて」梨木香歩
「ミケルの庭」「この庭に 黒いミンクの話」梨木香歩
Livreに、これ以前の全作品の感想があります。

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来週105歳になるというのに、未だに元気なミス・ヒルダ・ホースフォールとその82歳の甥のヘニーの農場には、ここ3ヶ月ほど悪質な嫌がらせが続いていました。そしてとうとう農場の作男・スパージ・ランプキンが命を落とすことに... という「ヴァイキング、ヴァイキング」。
床にモップをかけていたミセス・ローマックスは、下宿人のアングレー教授の赤毛のかつらを猫がくわえているのに気づきます。ミセス・ローマックスは、教授が寝ている間にこっそり部屋に戻そうと考えるのですが、ベッドには人が寝た形跡がなく、教授が裏庭で倒れて死んでいるのを発見して... という「猫が死体を連れてきた」。シャンディ教授シリーズの第3弾と第4弾です。

久しぶりにミステリが続いてますが、これは積読本消化のためもあります。年内にあと何冊読めるでしょうか? でももちろん、消化するためだけに読んでるわけじゃありません。1つ前のドートマンダーシリーズもとっても面白いんですけど、このシリーズも農業の町バラクラヴァを舞台にした、とっても賑やかで楽しいシリーズなのです。
シャンディ教授は50代半ば。周囲の人々もそれなりに年を取っています。3作目の「ヴァイキング、ヴァイキング」では、なんと105歳のミス・ヒルダと、102歳の学長のおじのスヴェンが大活躍! さらに平均年齢が上がってしまいました。でもみんなとってもパワフル。もちろん体力は若者には敵いませんが、気力では年なんて感じさせないですね。そういえば、コリン・ホルト・ソーヤーの「老人たちの生活と推理」のシリーズも、老人ホームが舞台で、おじいちゃんおばあちゃんが沢山登場するんですが、これがまた可愛くてパワフルで、しかも人生を重ねた重みがあるシリーズ。可愛いおじいちゃんおばあちゃん、好きかも♪

最初は偶然事件に巻き込まれていたシャンディ教授ですが、3作目4作目と進むに連れて、どんどん探偵業が板についてきています。3作目まで仲の悪かったオッターモール署長と、4作目では一緒に聞き込みなんてしてるし! でもそうやって一緒にいることで、あんまりよく思ってなかった署長の良さもだんだん分かっていくんですよね。このシリーズの大きな魅力の1つは、バラクラヴァの町の人たちがすごく身近に感じられること。3作目も4作目も、大学の学生たちが機転を利かして頑張ってたのが楽しかったし、スヴェンソン学長はやっぱりかっこよかった。学長はヴァイキングの末裔なんですよね。だから3巻があんな題名になってるんですが、ルーン文字の石碑の呪いの謎なんかもあって、北欧神話好き心も刺激されます。(まあ、それほど本格的なものではないのですが)(創元推理文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「にぎやかな眠り」シャーロット・マクラウド
「蹄鉄ころんだ」シャーロット・マクラウド
「ヴァイキング、ヴァイキング」「猫が死体を連れてきた」シャーロット・マクラウド

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1000ドルの稼ぎになるはずだった盗みが失敗した翌日にアンディ・ケルプがジョン・ドートマンダーに持ち込んだのは、墓堀りの仕事でした。これはアンディがインターネットで知り合った、ギルダーポストという男に依頼された仕事。墓に埋められている棺桶を他の棺桶にすりかえて、また埋め直すのです。ギルダーポストには、アーウィン、そしてインディアン娘のリトル・フェザーという仲間がおり、今までにも他のちんぴらと組んで悪事を働き、仕事が終わった後は組んだ相手を始末していました。今回も仕事が無事終わった後は、アンディとドートマンダーを始末するつもりでいたのですが...。

伊坂幸太郎さんがお好きなことでも知られている、ドートマンダーシリーズ。本国では10作目だそうですが、日本に訳されたのは9作目。
既にワンパターンになってるとも言えるんですが、相変わらずのノリで安心して読めるシリーズですねー。今回はインディアン経営のカジノの利権をめぐる争い。相変わらずのドートマンダー一味に、小悪党3人組が加わって、でもお互いにいつ裏切られるか分からないというスリリングな状況。ドートマンダーは、相変わらず物事を深く考えてるし、いいところに気がつくんですが、その運のなさも相変わらず。ここまで苦労するぐらいなら、普通の生活を送った方が、いくらかなりとも効率が良いのではないかしら。(笑)
でも帯にも「ドートマンダー登場36周年(笑)記念 史上最も不運な泥棒が ついに完全犯罪に成功! (まったくの嘘ではありません。念のため)とあるんですが、今回はドートマンダーシリーズにしてはものすごーく珍しく、1つの試みがすんなりと成功します。もしやシリーズ初の快挙?! や、このシリーズは一応全部読んでますが、どうも犯罪に関する部分をあまり覚えてないんですよね。むしろ全然関係ない場面が、妙にくっきり印象に残っていたり...。(笑)(ハヤカワ文庫HM)


+シリーズ既刊の感想+
「ホット・ロック」「強盗プロフェッショナル」「ジミー・ザ・キッド」「悪党たちのジャムセッション」「天から降ってきた泥棒 」「逃げだした秘宝 」「最高の悪運」「骨まで盗んで」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「バッド・ニュース」ドナルド・E・ウェストレイク

+既読のドナルド・E・ウェストレイク作品の感想+
「我輩はカモである」ドナルド・E・ウェストレイク

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ケント州にあるアーサー大佐の屋敷には、動物好きの夫人や13歳の娘・モリーのために常に沢山の動物が飼われていました。西アフリカ産の王様灰色オウム・ダッドリーもその一員。そしてこのダッドリーと一番仲が良いのは、つい最近屋敷に紛れ込んできたばかりの赤毛のネコ・ギルデロイ。本来天敵同士のオウムとネコにも関わらず、彼らはお互いに友情を感じていたのです。そしてある朝、ダッドリーとギルデロイは屋敷を出て冒険の旅に出ることに。行き先をロンドンに決めて、早速汽車に乗り込みます。

怪奇幻想文学の大家として知られるブラックウッドの異色作だそうなんですけど...
やっぱり動物物は苦手。どうしても話の中に入りこめないまま、読み終わってしまいました。ダッドリーとギルデロイにも何か寓話的な象徴があったのかもしれないんですけどね。そこまでは読み取れず仕舞いです...。(ハヤカワ文庫FT)

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4150200939.jpg 4150200947.jpg [amazon] [amazon]
19世紀末のニューヨーク。盗賊団・ショート・テイルズ団に追われていた泥棒のピーター・レイクは、絶体絶命のピンチに逃げ込んだ薪小屋の陰に、1頭の白馬がいるのに気づいて驚きます。この白馬はブルックリンの小さな厩から逃げ出して、マンハッタンへと駆けて来ていたのです。ピーターは白馬に飛び乗り、呆気に取られている追っ手たちを尻目に、猛烈な勢いで馬を走らせ逃げ去ります。

いやー、とても不思議な物語でした...。一言で言えば、時を超えた話なんですけど、とっても説明しづらいです。上に書いたあらすじなんかじゃあ、全然説明できてません。これはほんのさわり部分。19世紀末のニューヨークと20世紀末のニューヨークを背景に、様々な人々が描かれていきます。主人公は一応ピーター・レイクだと思うんですが、登場人物がとても多くて、ほんの端役と思われる人物にまで詳細な描写が付け加えられてるんですよね。だからピーター・レイク1人というより、ニューヨークに住む多くの人々の生活が浮かび上がってくる感じ。そういう意味では、人間よりもニューヨークという街自体が主人公なのかもしれません。
退屈に感じる部分もあったし、よく分からない部分もあったし、色んな疑問が残ったままになっちゃったんですけど、それでも読後残ったのは美しい情景。「ウィンターズ・テイル」という題名だけあって、やっぱり冬の情景が一番印象的でした。特に雪に覆われたニューヨークのマンハッタンと、凍りついたコヒーリズ湖。厳しい冬の寒さは、現実の厳しさ同様、人間にも辛く当たるんですが、それでもなにやらとてつもなく美しく印象に残ります。この「冬」は、やっぱり人生そのものを象徴しているのでしょうかー。そしてその冷たい空気の中、風のように舞い上がる白馬・アサンソー。
どんな話だったか説明するのがとても難しいし、自分でも理解しきれたとは思えないのですが、魅力的な物語ですね。いずれまた最初から読み返してみたいです。そうすれば、今よりももう少し理解できるかも。(ハヤカワ文庫FT)

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怪奇幻想文学からSF、純文学、児童文学、古典など幅広く網羅する「ファンタジー」。その捉え方は人によって様々です。分かるようで分からない、新しいようでいて実は古い「ファンタジー」を、19世紀のイギリスから現代の日本におけるファンタジーノベル大賞に至るまで、歴史的な流れに沿って概観する本。

ファンタジーというのは、基本的には現実ではない、空想の物語なんですが、やっぱりその時代からの影響を受けずにはいられないし、その時代の変革を色濃く反映するもの。小谷真理さんは、実際に一度、出版目録や専門事典に載っている全てのファンタジー作品を時系列上に並べて歴史の流れを見てみたことがあるのだそうです。これは、私もやってみたーい! 膨大な作業なので、実際にはなかなか無理だと思いますが、やっぱりファンタジー好きである以上、主な作品の流れぐらいは知っておきたいですし、やれば色々な発見がありそうです。そしてそんな歴史の流れが、この本の中ではとても分かりやすくまとめられていました。これはいいかもー。
ただ、ここに登場するファンタジーは、ハヤカワ文庫FTやハヤカワ文庫SF、創元推理文庫で出ているような大人向けのファンタジー作品が中心なんですよね。児童文学に含まれるファンタジーはほとんど出てきません。(未訳作品の紹介も多いので、実際にはなかなか読めない本も多いのが残念) だから、子供の頃にファンタジー好きだった、という程度ではとっつきにくいかも。紹介されてるような本をある程度読んでいないと、ちょっとキビシそうな気がします。入門編というよりも、ある程度ファンタジー作品を読んだ人間向け? 私は今年はかなりハヤカワ文庫FTを読んだので、既読作品が結構あったし、とても興味深く読めたんですが、去年のこの時期に読んでいたら、今の半分も面白くなかったでしょうね。でもだからといって、限られたページ数の中でそれほど深くつっこんでるわけでもないので、来年の今頃読んでたら、もしかしたら物足りなかったかもしれません... 分かりませんが。(丁度いい頃合に読めてラッキー♪)

ところで、この本を読んでいて一番驚いたのは、「指輪物語」についてのくだり。「指輪物語」が、「魔王サウロンと、妖精女王ガラドリエルの間で世界を分ける大戦争が起きる」物語だと説明されてるんですが... えっ、そうなの?! そういう読み方をするものなの?! だってガラドリエルって、ロスロリエンから応援してるだけの人じゃないですか! それにトールキンにとっては物語創作の始めから存在していた人物じゃないんですよー。後から出てきても、「シルマリル」を遡って書き換えさせたほどの人物ではありますけど、やっぱりそれはちょっと違うんじゃないかなあ。...と、それまで楽しく読んでいたのに、いきなり不安になった私です。^^; (ちくま新書)


+既読の小谷真理作品の感想+
「ファンタジーの冒険」小谷真理
「星のカギ、魔法の小箱」小谷真理

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息子のジェイスンの10歳の誕生日に、フローリン国の文豪・S・モーゲンスターンの「プリンセス・ブライド」を贈ったウィリアム・ゴールドマン。これはゴールドマンが10歳の頃、肺炎で寝込んでいる時に、父が少しずつ読み聞かせてくれた本。ゴールドマンが本好きとなったきっかけの本なのです。でも苦労して手に入れた本なのに、ジェイソンは1章だけで挫折。息子が本を気に入ってくれずがっかりするゴールドマンですが、自分で本を開いてみて、かつて知っていた物語とは違っていることに気づきます。父は退屈な歴史部分を飛ばして、面白いアクションの部分だけを読んでくれていたのです。ゴールドマンは「プリンセス・ブライド」の娯楽抜粋版を作り上げることを決意します。

「明日に向かって撃て!」や「大統領の陰謀」の脚本で、アカデミー脚本賞も受賞している作家・ウィリアム・ゴールドマンが、フローリン国の文豪S・モーゲンスターンの名前を借りて作り上げた「真実の恋と手に汗握る冒険物語の名作」。
いやー、ほんとユーモアたっぷりの作品でした。作中作(?)の「プリンセス・ブライド」自体も面白いんですけど、一番楽しかったのは、やっぱりゴールドマン自身による遊び心たっぷりの解説! 「プリンセス・ブライド」が始まる前の、娯楽抜粋版を作るきっかけとなった話も面白いですし、本編が始まってからは、ゴールドマン自身による解説が随時織り込まれていて、これがまた楽しいのです。ハヤカワ文庫版では、この解説部分を分かりやすくするために赤字で印刷していますが、原書もそうなのかしら? 何度も解説が入るので、物語はそのたびに分断されることになるんですけど、勢いを殺いでしまったりはしないですね。むしろ、漫才のツッコミのような感じかも。(笑)
退屈な歴史部分を全部カットするのって、もしかして某大作ファンタジーに対する皮肉?なんて思いながら、楽しく読みました。もちろんフローリン国などという国はありませんし、文豪S・モーゲンスターンも存在しません。全てがゴールドマンによる一人芝居。上手いです~。
この作品は、「プリンセス・ブライド・ストーリー」という邦題で映画化もされているのだそう。これはちょっと観てみたいかも。(ハヤカワ文庫FT)

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狩りから帰ると妻と子供が無残な姿で殺されていて、大きなショックを受けたヒュー。3人を埋葬すると、残っていた足跡をつけ始めます。そして数日後、森の中で妻を殺した野獣に遭遇。野獣は2人の小人と痩せた若者に襲い掛かっていました。若者が絶体絶命の状態にあるのを見て、ヒューは思わず助けに入ります。そして若者が命を取り止め、野獣をけしかけたのが魔女ゴルタの仕業と知ったヒューは、若者たちの一行に加わって、魔女を討ちに行くことに。襲われていた若者は、白妖精族の王子。死の帝王トルゴンを倒せるただ1人の者だと予言に謳われているエイルワンだったのです。

トールキンのカレンダーやスターウォーズ1作目のポスターなどで爆発的な人気を博したという、アメリカの双子のイラストレーターの小説作品。作品自体はデイヴィッド・エディングスのベルガリアード物語のような雰囲気ですね。でも登場人物の区別がつきにくくて、個性が掴みきれないまま終わってしまいったし、話もイマイチ...。魔女ゴルタの最期があっけなかったし、味方を無造作に殺しすぎるし、予言が今ひとつ上手く機能していなかったし。2人はこの物語を書くために、ラフ・スケッチを千枚以上描いたそうなんですけど、その割に文章を読んでいても全然情景が思い浮かばなくて... そういうのって私にとっては致命的なんですよね。同じイラストレーターでも、ハネス・ボクの「金色の階段の彼方」(感想)や、マーヴィン・ピークのゴーメンガーストシリーズ(感想)は、すごく情景が思い浮かぶような作品だったのになあ。(ハヤカワ文庫FT)

下はヒルデブラント兄弟のイラストのトールキンカレンダー。左の絵がいい感じ? この大きさじゃ、ちょっと分かりにくいですが。
 

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神(アラー)の御心によって、イスラム教の第三天国にいる生と死を司る天使・イズライールの前に立っていたのは、妖霊(ジン)・ハーリド。ナジド王国の世にも美しいジフワー姫が結婚することになった時、その王子が嘘つきで偽善者と知り、殺してしまったハーリド。最初はアラーによる死を免れないと思われるのですが、王子がイスラム教を信じる気がないどころか、ジフワー姫や人々を異教に改宗させようとする不信心者だったと分かったため、ハーリドは命を救われ、購いとして人間としての生を与えられることに。そしてジフワー姫と結婚し、もし姫がハーリドへの愛に目覚めればハーリドには不死の魂を授けられ、愛に目覚めなければ地獄で焼かれることになったのです。

思いがけず、同じような場所が舞台の作品が続きました。でもダマール王国物語が昼の砂漠のイメージなら、こちらは夜です。華麗なアラビアンナイトの世界~。作品自体は100年以上前に書かれたものだし、言ってみればよくあるパターンではあるんですが、でもすごく素敵でした。ダマール王国物語も面白かったけど、比べてしまうと深みが全然違うなあ。
感情よりも理性が遥かに勝っているジフワー姫に自分を愛させることは、ハーリドにとって予想外の難問。ハーリドはまず戦争で勇敢に戦って勝利を収め、その勇気と強さを見せつけ、次に敵の城を落として夥しい戦利品を手に入れ、その後は美しい女性絡みでジフワー姫の嫉妬心を煽ろうとします。そしてその合間にも、愛について語ろうとするのですが... これがなかなかうまくいきません。もちろん、最後にはハーリドが姫の愛情を得るのだろうというのが予測できるんですけど、それまでの過程にイスラム教徒とその風俗や文化、世界観などが現れていてとても面白かったです。欲を言えば、ハーリドが妖霊だった時の場面を最初に少し見てみたかったかなあ。あとイスラム教の天国の描写をもっと読みたかったですね。でもきっと今の形の方が全体的なまとまりとしては良いのでしょう。子供の頃からアラビアンナイトは大好きだったし、やっぱりこの雰囲気には憧れます。(ハヤカワ文庫FT)

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両親が亡くなり、兄に呼ばれるがまま本国を船で発って、砂漠の町・イースタンにやって来た少女・ハリー。そしてある日イースタンに現れたのは、古くからある砂漠の王国、ダマール王国の王・コールラスでした。コールラスは、北方族の侵略に対して、イースタンの人々と共同戦線を張りたいと申し入れに来たのです。しかしイースタンの人々はその申し出を断り、数日後、コールラスは部屋で眠っていたハリーを人質としてひそかにダマール王国へと連れ出すことに... という「青い剣」と、「青い剣」では既に伝説となっているいにしえのイーリン姫の物語「英雄と王冠」。

ダマール王国シリーズ2冊。
ハリーの本国は、はっきりとは書かれてないのですが、19世紀~20世紀の華やかなりし頃の大英帝国という感じ。「青い剣」は、砂漠の国の王に攫われた背高のっぽの少女・ハリーが、伝説のイーリン姫の力も借りて成長し、いつの間にか英雄になっていくという物語です。攫われたハリーがやけに落ち着きすぎてるし(もちろん泣き寝入りぐらいはするんですが)、攫ったコールラスに対してまるで敵意を持たないし(丁重すぎるほど丁重に扱われるとは言っても、ねえ)、ダマールの人々とすっかり仲良くなってしまって、言われるがまま行動するのにはちょっと引っかかるんですが...(ストックホルム症候群?) でも、まあ、それに対する理由もないわけではないんですよね。その辺りを気にしすぎなければ、結構面白かったです。砂漠の民であるダマール王国の人々の旅の情景も鮮やかだし、脇役たちもとても魅力的。そしてダマール王国でも限られた人々の持つケラーという力が謎めいていて、興味をそそります。
「英雄と王冠」の方も面白かったのだけど、こちらは「青い剣」ほどではなかったかな。「青い剣」で語られるイーリン姫は、颯爽とした気の強いお姫さまのイメージなのに、本物は結構情けないし、それ以前に、構成がちょっと分かりづらくって。あと、イーリンと仲良しのトー王子が気に入ってたので、余計な男がしゃしゃり出て来てイヤだったというのもありました。(笑)
訳者あとがきによると、ダマール王国シリーズ第3作が予定されていたようなんですが、どうなってるのかな? もう書かれてないのかしら? まあ、この2冊で完結してる方がすっきりしてるかもしれませんが...。(ハヤカワ文庫FT)

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ニューヨークの共同墓地・ヨークチェスターに19年もの間隠れ住んでいるジョナサン・レベック。ある時ぐでんぐでんに酔っ払ってここに迷い込んで以来、鴉に1日2回の食事を運んでもらいながら、ここに暮らしているのです。幽霊を見ることができるレベックは、死者の話し相手となって相手の気持ちを落ち着かせたり、一緒にチェスをしたり、本を朗読する毎日。そんなある日、新たにマイケル・モーガンという男が墓地に埋葬されます。

以前「最後のユニコーン」を読んだ時に(感想)、ちょろいもさんがこの「心地よく秘密めいたところ」もいいと伺って、読もうと思っていた本。もっと早く読むつもりだったのに、ずいぶん遅くなってしまいましたー。(それでも1年は経ってないからまだマシなのだ)
まるで神話の世界のような「最後のユニコーン」とは違って、とても現実に近い物語なのだけど、独特の雰囲気は共通してますね。あくまでも静か。墓地が舞台の物語なので当然といえば当然なんですが、本当に静かに淡々と進んでいきます。途中、マイケルの死は毒殺なのか自殺なのかといった興味はあるんですが、基本的にはそれほど起伏のない物語。ただ、舞台が墓地で、死と隣り合わせだけに、とても登場人物たちの言葉に哲学的な雰囲気があるんですよね。レベック氏がマイケルに語る「死」というもの、静かに記憶がなくなっていくそのイメージが素敵です。人生から逃げ出したレベック氏や、夫を失って以来時間が止まっているようなクラッパー夫人にとって、ここはまさに「心地よく秘密めいたところ」。ここにいることは、人生における執行猶予期間なんでしょうね。人生半ばで死んでしまい、死んだ自分と向き合う時間を持つことになったマイケルやローラにとっても同様。まさにそれぞれにとっての「死」と「再生」の物語なのでしょう。
そしてこの作品で印象に残るのが鴉! ボロニヤ・ソーセージやローストビーフ・サンドイッチの重さによろけ、時にはトラックの荷台で休みながらも、レベック氏に食べ物を届け続け、皮肉な言葉を吐き続ける鴉の姿がとても微笑ましくて良かったです♪ こんな話を読んだら、鴉に対するイメージが変わっちゃうな。(そういえば、ジョージ・マクドナルドの「リリス」でも鴉が印象的だったなあ)

この作品は、ピーター・S・ビーグルが19歳の時に書いたものだと知ってびっくり。19歳でこういう作品が書けるものなんですか! てっきり、既に人生を重ねて老成した時期の作品かと... 凄いなあ。良かったです。(創元推理文庫)


+既読のピーター・S・ビーグル作品の感想+
「最後のユニコーン」ピーター・S・ビーグル
「心地よく秘密めいたところ」ピーター・S・ビーグル

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小学校の時、児童文学の中でファンタジーに出会ったという荻原規子さんによる、ファンタジーにまつわるエッセイ。主に理論社のホームページに2年間連載されていたウェブエッセイを本にまとめたもの。

本を読んでいて、この作家さんとは子供の頃の読書体験がかなり共通してそうだな、と感じることは結構あるんですが(私の読み進め方が王道だったとも言うんですが)、荻原さんともかなり共通しているようで、しかもドイツタイプの思考型ファンタジーよりもイギリスタイプの感覚型ファンタジーが好きだというのも一緒なので、なかなか興味深く読めました。特に面白かったのは、アラン・ガーナーの「ふくろう模様の皿」が、へたなホラーよりもずっと怖いという話。これは私は未読なんですが、ケルト神話の気配がかなり濃厚だという作品。でも「神話が深みからひっぱり出してくるものは、理性では手におえない強制力をもち、かなり恐い」のだそうです。ファンタジーを書くには神話や伝承、昔話に親しんでいることが必須だけれども、一歩扱いを間違えると、書き手である個人を破壊しかねないほど強力なものなのだとか。「ふくろう模様の皿」の映像化にまつわるエピソードにはびっくり。この作品、読もう読もうと思いつつ、まだ読んでなかったんですよね。読まなくてはー。
あと興味深かったのは、ダイアナ・ウィン・ジョーンズの作品について。「DWJ作品の最大の特徴は、多くの印象鮮やかな場面にもかかわらず、物語のてんまつを長く覚えていられないことではないだろうか」というのは、本当にその通り! 私も結構読んだんですけど、覚えてられるのは、せいぜいそれぞれの作品の印象程度。「ハウルの動く城」を観た時も、荻原さんと同じく、原作ではどうだったかどうしても思い出せなかったんです。そうか、私だけじゃなかったんですねー。DWJ作品が終盤になると決まって「わや」になるのは、荻原さん曰く、ストーリーの定石を知りすぎているから。よく知られている枠組みを使いながら、話の展開も人物設定もわざと外して見せる、というのを繰り返すから、読者は頭が混乱してきてしまうのだとか。なるほどー。まあ、単にどんでん返しが多すぎるとも言えそうですが...。(笑) でも原書で読むと、日本語で読むほど「わや」にはならないのだそうです。言葉遊びが多いから、日本語に訳してる時点で、だんだん変になってくるんですって。もしかしたら原書で読んだ方が、違和感を感じることもなく、すんなり楽しめるのかもしれないですねー。(理論社)


+既読の荻原規子作品の感想+
「ファンタジーのDNA」荻原規子
Livreに、これ以前の作品の感想があります)

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人の波に流されるままに地下鉄の改札を抜け、地上に出て初めて自分が九段坂にいることに気づいた鈴木小夜子。典型的な二日酔い症状で頭が割れそうに痛い小夜子は、自分の持っていたはずのポシェットが、いつの間にか2千万円の現金の入ったセミショルダーとなっているのに気づいて驚きます。現在の自分自身の全財産が丁度2千万円。キャッシュカードや保険証など全てを失くした代わりに、この2千万円を一気に使い切ってしまおうと考えた小夜子は、目についた美青年に声をかけるのですが...。

タイトルはとても爽やかなんですが、蓋を開けてみれば、人生に疲れた二日酔いの独身中年女性が迎え酒をしつつ、周囲に絡みつつ展開していく物語。いやー、酒臭い息がこちらまで漂ってきそうなほどでした...。でもこの展開はあれですね、どちらかといえば森奈津子シリーズのノリなのでは? あんな風にエロティックではないんですけど、そのまま森奈津子シリーズにしてしまった方が、あり得ない~って状況ももう少し楽しめたのではないかと...。丁度この鈴木小夜子も作家という設定ですしね。...ええと、謎も一応ありますが、小夜子が謎に思っているだけで、読者には謎でも何でもありません。どちらかといえばラブ・コメディかなあ...。(中央公論新社)


+既読の西澤保彦作品の感想+
「方舟は冬の国へ」西澤保彦
「生贄を抱く夜」西澤保彦
「腕貫探偵 市民サーヴィス課出張所事件簿」西澤保彦
「フェティッシュ」西澤保彦
「キス」西澤保彦
「春の魔法のおすそわけ」西澤保彦
「ソフトタッチ・オペレーション」西澤保彦
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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地図にも一般の書物にもその名を記されていない、海辺の漁村・穏。そこには春夏秋冬の他に、冬が終わるとやってくる神季、あるいは雷季と呼ばれる、その名の通り雷の季節がありました。雷の季節には鬼が穏のあちらこちらを歩き回り、人を攫っていくと言われ、穏の町に暮らす賢也もまた、ある雷季にただ1人の肉親だった姉を失っていたのです。そんなある日、賢也は穏の広場で偶然出会った老女がきっかけで、自分が「風わいわい」という鳥のようなものにとり憑かれているのを知ることに。

以前読んだ「夜市」「風の古道」(感想)がものすごーく良かった恒川光太郎さんの2冊目。この作品の舞台となる穏は、見かけは普通の田舎の村。どこか懐かしく、でも独特の幻想的な雰囲気を持っていて、「風の古道」と繋がっているように感じさせる世界です。現実の世界の延長線上にありながら、でも普通にしていたらどうやっても手が届かないような、そんな感じ。謎めいた風わいわいの存在も独特で、賢也視点の前半はとても面白かったんですが...。
問題は後半。それまでずっと賢也視点で話が進んでたので、突然茜の視点が登場して戸惑ったし、その2つの視点がどんな風に繋がるのか期待感を煽るというよりは、話を失速させてしまったような印象。タダムネキに関しても唐突だったし...。終盤は、あれよあれよという間に、違う方向に行ってしまいました。なんでこんな風になっちゃったんだろう? なんだか、この物語としてあるべきラストではなく、作者が頭の中で作っておいたラストに向かって無理矢理展開させて、強引に終わらせてしまったような、そんな感じがしました。独特の幻想的な情景はとても良かっただけに、とても残念...。次の作品に期待します。(角川書店)


+既読の恒川光太郎作品の感想+
「夜市」恒川光太郎
「雷の季節の終わりに」恒川光太郎
「秋の牢獄」恒川光太郎

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裕福な家に飼われているヨークシャー・テリアのタピオラが、英雄になりたくて家出をする「タピオラの旅」、自分がいずれ死ぬことに気づいたタピオラが、巨大な原牛の大群が荒野を猛然と突進する夢を見たことがきっかけで、軍隊を作ることになる「タピオラの勇敢な連隊」の2編。

ヨークシャー・テリアのタピオラ、カナリアのリチャード、ネズミのエレミアなど、動物を擬人化した寓話。ハヤカワ文庫FTでも、特に入手しにくい本なので、どんな作品なのかと思ってたんですが...
動物物があまり得意ではないせいもあるんでしょうけど、タピオラには全然感情移入できないし、読みながら思いっきり苛々してしまいましたー。この作品が書かれた1938年は、第二次世界大戦勃発の前年ということもあり、そういった世相を色濃く反映した作品なんでしょうし、その当時に読めばきっともっと受ける印象が違っていたんだろうと思うんですが...。(ハヤカワ文庫FT)

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魔法の国ザンスシリーズの4作目と5作目。最初の3冊を読んだ時にすっかりおなかいっぱいになってしまって(感想)、これでオシマイにしておこうかななんて思ったんですが、読んでみたらやっぱり面白かった!
特に「魔法の通廊」の方は、読みながら何度も笑ってしまいました。これはザンスの外の魔法の存在しない世界(全部ひっくるめてマンダニアと呼ばれています)に行った王と女王が予定の1週間を過ぎても帰って来なくて、1作目の主人公ビンクの息子ドオアが探しに行く話。ドオアの魔法の力は、無生物と話す能力なんですよね。だからドオアがいると、石だの水だの壁だのが話し始めてとっても賑やか。たとえば、ドオアが城の堀の水に「知っていることを言え。でないと、この石をぶつけるぞ」と脅すと、水もおびえるんですけど、投げられそうになった石も「うへえ! こんなドロドロの汚水になんか、投げ込まないでくれ!」と言ってたり。(笑) 3巻の「ルーグナ城の秘密」もドオアが主人公で面白かったし、ドオアが主人公の話って実は結構好きかも。そしてこの4巻では、ザンスとマンダニアの地理的時間的繋がりが、初めて明らかになりました。これは色々冒険ができそうな設定ですねー。
5巻は、人喰い鬼のメリメリが7人の人外美女たちと旅をすることになる話。人喰い鬼なのに菜食主義者のメリメリは、気が優しくて力持ち。愛すべきキャラクターです。でも今回、知能(アイキュー)蔓の呪いですっかり賢くなってしまったり、魂の半分を取られて力が弱くなってしまったりと、アイデンティティの危機が! まあ、結末は想像がつくんですけど、意外と最後までじらして読ませてくれました。やっぱりこのシリーズは、もうちょっと読み進めよう。(ハヤカワ文庫FT)


+シリーズ既刊の感想+
「カメレオンの呪文 魔法の国ザンス1」ピアズ・アンソニイ
「カメレオンの呪文」「魔王の聖域」「ルーグナ城の秘密」ピアズ・アンソニイ
「魔法の通廊」「人喰い鬼の探索」ピアズ・アンソニイ
「夢馬の使命」「王女とドラゴン」ピアズ・アンソニイ

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「ハリー・ポッター」が大流行したことにより、1990年後半に大きく様変わりしたファンタジーの世界。かつて「かなわざる夢」を語るものであったファンタジーは、今や自由に現実と架空の世界を行き来し、「不可能」がなくなってきています。しかしそういった作品は、新しい何かを獲得している反面、古い何かを失っているはず... と、新旧ファンタジーの境を論じていく本です。

この中で一番面白かったのは、第1章「二つのネオ・ファンタジー」。ここで取り上げられるネオ・ファンタジー作品というのは、ハリー・ポッターシリーズと、ダイアナ・ウィン・ジョーンズによる諸作品。ハリー・ポッターの魔法のアイテムのバラエティとアイディアにも感心しつつ、DWJの作品のおもちゃ箱的感覚も楽しいとは思いつつ、どこか違和感も感じていて、実はあまり好きじゃなかったんですが、それが何なのか、自分ではよく分かってなかったんですよね。そういった部分をすっきりと理論整然と説明してくれていました。ものすごーく納得。やっぱり違和感には根拠があったんですねえ。
今回それらそれらの作品を読み解くに当たって井辻さんが注目したのは、ハリー・ポッターシリーズのダーズリー家における「ギャグマンガ的な2次元性」と、DWJ作品の持つ「奇妙に明るい平面性」。ハリー・ポッターシリーズでは、ハリーはダーズリー一家にかなりひどい扱いを受けていて、時々報復したりすると、それがまたすごいことになったりするんですが、これは普通のリアルな世界というより、マンガとして受け止めれば良かったようです。言ってみれば、トムとジェリーのドタバタ劇のようなもの。でも、ホグワーツという異次元世界は一応3次元的に描かれてるんですが、そのホグワーツですら、「マンガ的フラット化」を免れているわけではないとのこと。そしてDWJの作品は、奥行きの浅い背景の前で、登場人物たちが演技をしているようなもの。俳優たちも分かって演じているので、何事が起きても常に落ち着いているし、特別深刻にならないというのが特徴。そしてこの2つの作品に共通して、これまでのファンタジー作品と異なっているのは、「身体」に対するイメージ。複数の命があってリセットも効くという、まさにゲームのような感覚、だそうです。
いやー、確かにその通りですね。ファンタジー作品は、現実にはあり得ないことを描いているからこそ、何でもアリにはして欲しくはないんですが、今どきのファンタジーって、もちろん全部が全部そうではないですけど、ほんと何でもアリなんですもん...。でも井辻さん曰く、それは別に悪いことでも何でもなくて、現実世界の人間自身が、テクノロジーの進化によって、かつては夢でしかなかった「何でもアリ」の状態を手にし始めているからなのだそうです。

それ以外にも色んな観点からファンタジー作品を考察してるんですけど、5章「ハイ・ファンタジーの企み」で、「十二国記」を論じてるのも面白かったです。女性や年少者という弱い存在がパワーゲームに参加するために、彼らを弱者たらしめている条件を巧妙に取り除き、仕掛けを施しているとか...。なるほどねえ。面白いなあ。(研究社)


+既読の井辻朱美作品の感想+
「風街物語 完全版」井辻朱美
「エルガーノの歌」「パルメランの夢」井辻朱美
「幽霊屋敷のコトン」「トヴィウスの森の物語」井辻朱美
「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」井辻朱美
「遙かよりくる飛行船」井辻朱美
「ファンタジーの森から」「ファンタジーの魔法空間」井辻朱美
「夢の仕掛け 私のファンタジーめぐり」井辻朱美
「魔法のほうき」井辻朱美
「ファンタジー万華鏡」井辻朱美

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異世界を舞台に、痩せのニフトとチリテのバーナーという2人の盗賊たちが活躍する短編集。どちらかといえば、なるべく手に取りたくないタイプの表紙だったんですけど、想像してたよりは面白かったです。丁度、フリッツ・ライバーのファファード&グレイマウザーシリーズのような雰囲気でしょうかー。いかにもアメリカンヒロイックファンタジーという感じ。本当はそういうのはあまり得意ではないんですけどね。
主人公が盗賊という割に盗みの場面はそれほどなくて、それよりも不思議な冒険が中心。決して善人ではないながらも、悪人に一泡ふかせるニフトの冒険はなかなか痛快。物語自体も、最後のどんでん返しが楽しいです。4編収められてる中で私が一番気に入ったのは、代官にハメられて死刑にされそうになった2人が、魔海に囚われてる代官の息子ウィンフォートを探しにいくことになる「魔海の人釣り」。これは4編の中では一番長くて、200ページほどもある中編。ニフトとバーナーが旅に出てウィンフォートを見つけるまでがちょっと退屈だったんですけど、口ばかりが達者で実力が伴わないウィンフォートが一行に加わってからは、話がすっかりややこしくなって、俄然面白くなりました。おどろおどろした魔海の辺りの描写もいい感じです。(ハヤカワ文庫FT)

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地図屋のヤキン=ボアズは、何年もかけて息子にやる親地図を作り続けていました。そして息子のボアズ=ヤキンが16歳になった時、その地図を息子に見せることに。そこにはヤキン=ボアズが知っている全ての物事が書き込まれているのです。しかし息子が言ったのは、「ライオンは?」という言葉。ライオンは既に絶滅して久しいというのに...。そして数ヵ月後、ヤキン=ボアズは旅に出ます。1ヶ月経っても戻って来なかった時、ボアズ=ヤキンが親地図がしまってある引き出しをあけると、そこには地図はなく、「ライオンをさがしに行った」という書付が残されていました。

うーん、これは今ひとつ分からなかったです... とてもアレゴリカルな物語なのは分かるのですが...。荒俣宏さんの訳者あとがきに「ライオン」や、「ヤキン」と「ボアズ」という言葉について、色々と解説されていました。「ヤキン」と「ボアズ」はソロモンの神殿の2本の青銅の柱のことで、ユダヤ教とキリスト教にとってはとても重要なシンボル性を持つ言葉なのだそうです。...へええ。普通であれば、若い息子が冒険を求めて旅に出て、父親は家にいるものですが、この物語ではその逆。年老いた父親がまず家を出ています。探し求めるのは、既に失われてしまった「力」(ライオン)。父親は既に自分の妻の夜の相手ができなくなっているのですが、家を出てグレーテルに出会うことによって、そういった「力」の1つを取り戻しています。そして息子もまた父親を探す旅に出るのですが...。
帯にはピーター・S・ビーグルの「くやしい。ぼくは本書のような物語を書きたかったのだ!見事に先を越されてしまった」という言葉があったんですが、ピーター・S・ビーグルにそこまで思わせたものは何だったのか。うーん、私にはやっぱりよく分からない...。(ハヤカワ文庫FT)

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双眼鏡をのぞいた時に目に飛び込んできたのは、木立の間からのぞく、赤茶色の屋根の白い家。翌日、自転車でその家を見に行き、近くに素敵な文具屋まで見つけて浮き立つ爽子。しかしそんな時、父の突然の転勤の知らせが。爽子は中学2年生の2学期が終わるまでは今の学校に行きたいと、それまでの2ヶ月間をその白い家、十一月荘に下宿することになります。

これはまるでジブリの「耳をすませば」ですね! 丘の上の素敵な洋館に素敵な文房具屋、口は悪いけれどかっこいい少年、本が好きで、物語を書きたいと思っている少女、まさにあの映像を思い起こさせるような雰囲気です。でも、「耳をすませば」は好きなんだけど、こっちはイマイチだったかも... 最初はいい感じかと思ったんですけどねえ。
まず、爽子が中学2年生に見えないんですよね。嫌なことがあっても、冷静に自己分析をして理性的に乗り越えてしまう爽子は、どちらかといえば大人っぽい少女。それは全然構わないんですが、この言葉遣いって、一体いつの時代の中2? 高楼方子さん自身がこういう少女だったのかしら? 特に爽子の内面や心の声を描く文章に違和感です。言葉の選び方、間違ってませんか... それだけならまだしも、時々わざと子供っぽさを演出しようと、無理矢理はしゃがせているように感じられてしまったのが更にダメ。そして爽子が書く物語も同様。物語と爽子をめぐる現実が二重写しになっているところは、趣向として面白いと思うんですが、筆達者な中にわざと幼さや拙さを演出してるように見えてしまって、読むのがツラかった...。以前読んだ「時計坂の家」では、そんなこと感じなかったと思うんですけどねえ。いや、感じた部分もあったのかもしれないんですけど、それ以上にとても楽しめたのに。残念です。あ、こっちでも、十一月荘で爽子が出会う女性3人は素敵だったんですけどね。そして毎週英語を習いに来る耿介という少年が、すっかり天沢聖司に脳内変換されてて、気に入ってたんですけど...!(笑)
それにしても、この話はその後どうなるのかしら? 気になるなー。あ、物語の余韻に浸りたい方は、解説を読まない方がいいかもです...。(新潮文庫)


+既読の高楼方子作品の感想+
留守中に読んだ本(18冊)(「時計坂の家」の感想)
「十一月の扉」高楼方子

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「一瞬の風になれ1 イチニツイテ」(感想)、「2 ヨウイ」(感想)に続く完結編、「3 ドン」を読みました!
いやあ、良かった。本当に良かった。1巻も良かったんですけど、2巻でややトーンダウンしたので、心配してたんですよね。あまり好きじゃない展開にもなってたし。でも杞憂でした! 前2巻に比べるととちょっと長めなんですけど、一度読み始めたらもうやめられなくて一気読み。そして読み終えた瞬間、また3巻の最初に戻ってもう一度読み終えてしまいましたー。

健ちゃんとの決着があまりにあっさりついてしまったのには驚いたんですけど、やっぱり主役は新二ですね。1年の時は、無我夢中でなかなか思うように走ることができず、2年になってようやく陸上というものが分かり始め、2年の冬の地道なトレーニングで、3年になってようやく連や仙波、高梨たちと同じスタートラインに立った新二。そんな新二のしなやかな強さ、身体だけでなく精神的な強さが、佐藤多佳子さんの真っ直ぐな視線で描き出されていきます。1年の時に比べて、新二も連も他の面々も、本当に大きく成長したなあ、なんてしみじみと感慨にふけってしまうほど。それに試合の場面がそれほどなかった2巻に比べて、3巻は試合が中心。100mの10秒、そして4継の40秒といった、あっという間とも言える時間の描写を積み重ねることによって、読んでいるこちらまで緊張が高まって、心臓バクバク。(笑)
新二や連が時々言う、「かけっこ」という言葉がまたいいんですよね。そうそう、陸上だの4継だのマイルだの何だの言って、最終的には「かけっこ」なんです。もう本当に純粋に「走る」ことを楽しませてくれたし、「かけっこ」という言葉が、自分の知らない陸上の世界をすっかり身近に引き寄せてくれたようでした。いやあ、本当に良かったです。やっぱり佐藤多佳子さん、大好き~。オススメです!(講談社)


+シリーズ既刊の感想+
「一瞬の風になれ1 イチニツイテ」佐藤多佳子
「一瞬の風になれ2 ヨウイ」佐藤多佳子
「一瞬の風になれ3 ドン」佐藤多佳子

+既読の佐藤多佳子作品の感想+
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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リアムが即位して1年。リアムらと共に東方の諸侯と隣国を周り、ようやく首都に戻って来たアルサは、早速アニタに求婚し、2人は領地クロンドルで結婚式を挙げることに。しかしクロンドルに戻ったアルサを待ち構えていたのは、邪悪な魔道師マーマンダマスの放った刺客。アルサとは馴染みのスリ、ジミー・ザ・ハンドがそれに気付き注進、厳重な警戒態勢の中で挙式が行われます。しかし既に宮殿に入り込んでいた刺客は、挙式の最中にアルサに向かって毒矢を放ち、それは花嫁のアニタに命中してしまうのです。

「魔術師の帝国」(感想)に続く、リフトウォー・サーガシリーズの第2弾。
前作はパグの成長物語がメインでしたが、今回はクロンドル公となったアルサが中心。頭は切れるけれども、少し扱いにくいと考えられている王子なんですが、1作目で一番気に入っていた人物なので、私にとっては嬉しい展開。
でも、話としてはまあ面白かったんですけど、これはどうなんだろう...。今回アルサの命が狙われたのは、魔道師マーマンダマスが、西部の支配者が死ぬ時に自分の権力が蘇るという予言を信じて、アルサのことを「西部の支配者」とみなしたからなんですが... なんで「西部の支配者」がアルサなわけ? その辺りの根拠が薄いというか突拍子なく感じられてしまったし、そういう悪の存在にしても、不気味ではあるんですけど、存在感がどこか薄いんですよね。それに、登場人物たち自身もそうだったと思うんですけど、どうしてもアニタ姫のための毒消し探しの旅と、アルサの命を狙う動きが別々の出来事のような印象。あと、巻頭に相変わらずケレワン地図を載せてるのは、ネタバレのような気がする...。(でも魔術に関しては、相変わらず面白い♪)
この作品は1作目の「魔術師の帝国」みたいに一話完結ではなくて、3部作最終の「セサノンの暗黒」へと繋がっていくんですが、そちらは未入手。読むのはちょっと先のことになりそうです。(ハヤカワ文庫FT)


+既読のレイモンド・E・フィースト作品の感想+
「魔術師の帝国」上下 レイモンド・E・フィースト
「シルバーソーン」上下 レイモンド・E・フィースト

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徹底した人間嫌いの主人、エムズ卿には身寄りがないことから、いつか自分たちが遺産を相続をする可能性があるのではないかと淡い期待を抱き始めたデーヴィス夫婦。しかしエムズ卿の動物への偏愛ぶりを見ているうちに、もしや動物に全財産を遺すつもりなのではないかと不安になり、デーヴィス夫婦は屋敷にいる動物を1匹ずつ始末し始めます。そしてエムズ卿の死後。エムズ卿は、動物たちが生きている限りデーヴィス夫婦が屋敷に住むことを認めると遺書に書き残していたことが明らかになり、デーヴィス夫婦は唯一残った半シェパード犬の世話中心の生活を送るようになるのですが...。

いやー、ハヤカワ文庫FTも結構読みましたが、その中でもダントツで妙な話でした...。ファンタジーらしくない話はこれ以外にも時々ありますけど、なぜこの話がこのラインナップに入ってるのか理解できないぐらい。
原題は「Chog」で、これは「child」と「dog」の造語、文字通り犬児のことなんです。それも普通の犬の子じゃなくて、人間と犬の間にできた子。でもだからといって、そういう場面が赤裸々に描かれてるわけではなくて、かなり後になってから、そうだったんだということが分かる程度の婉曲な表現。直接的に書かれるというのも考えてしまうけど、ここまで婉曲に書かれてるというのも、実際起きたこととのギャップが激しすぎて何とも言えません...。こういうのをブラックユーモアって言うんでしょうか。読んでるだけで気が滅入りそうです。でも決してつまらないわけではなくて、逆に一旦読み始めたら、その展開からは目が離せないんですよね。

クエンティン・クリスプって、私は全然知らなかったんですけど、同性愛カミングアウトの先駆者としても有名な人なんだそうです。バージニア・ウルフ原作の映画化作品「オルランド」とか、イーサン・ホーク監督の「チェルシー・ホテル」、スティングの「イングリッシュマン・イン・ザ・ニューヨーク」のビデオクリップにも出演してるとか。いや、そういった部分は特に関係ないんですが...^^;(ハヤカワ文庫FT)

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1年が終わり、新しい年が始まる夏至の日は、少年たちが1つ歳を取る日でもあり、14歳になった少年たちが大人への第一歩を踏み出す徒弟選びの日でもありました。クライディーのボリク公爵のお城に住む孤児・パグや、パグと兄弟のように育ったトマスも14歳。トマスは武術長官のファノンに指名され、パグは魔法使いのクルガンの弟子となり、それぞれに修行に励むことになります。そして、それから1年半余りがたったある日のこと、トマスとパグは難破船と異国人を見つけます。それは異次元世界・ケレワンのツラニ帝国から、この世界を侵略しようとやって来た人間だったのです。

リフトウォー・サーガシリーズの第1弾。物語は、2つの世界が舞台となっています。1つはパグやトマスが住んでいるミドケニア。そしてもう1つは、侵略者たちが住むツラニ帝国のあるケレワン。2つの世界の行き来は、空間に作られた「裂け目(リフト)」から。

まず感じたのは、「指輪物語」の影響の大きさ。森に住む妖精はエルフそっくりですし、小人もドワーフそのもの。ゴブリンやトロルや竜もいます。力の指輪的な物も存在しますし、その持ち主だった邪悪な存在や、いつから生き続けているのか分からない謎の多い魔法使いも登場。正直、あまりオリジナリティは感じられませんでした。
ただ、「指輪物語」と違うのは、舞台がミドケニアとケレワンという異次元同士の2つの世界ということ。そしていいなと思ったのは、ミドケニアとケレワンがそれぞれに独自の文明を持って発展していて、特に能力差があるわけではないということ。言ってみれば、ミドケニアが中世ヨーロッパ、ケレワンが中国みたいな感じですね。(実際にはちょっと違いますが) どちらが劣ってるとか野蛮人だとか、そういうのではないんです。しかもどちらも普通に人間。どちらにも悪人もいれば善人もいて、それぞれに事情もあって... と書いてると、本当に2つの異次元の世界という設定にする必要があったのか? なーんて思えてきたりもするんですけど(笑)、2つの世界の魔法のあり方なんかはまるで違うので、その辺りも面白かったです。というか、ミドケニアだけで話が進んでた時はそれほどでもなかったんですが、ケレワンの世界が描かれ始めてから俄然面白くなりました。やっぱり異世界ファンタジーは、その世界にどれだけ厚みと奥行きを持たせられるかというのが重要ポイントですね。(ハヤカワ文庫FT)


+既読のレイモンド・E・フィースト作品の感想+
「魔術師の帝国」上下 レイモンド・E・フィースト
「シルバーソーン」上下 レイモンド・E・フィースト

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現場には行かず、話を聞くだけで事件を解決してしまう探偵を安楽椅子探偵と言いますが、これは文字通り、家具としての安楽椅子が名探偵になっちゃって...?! という安楽椅子探偵アーチーシリーズの2作目。今回は、「オランダ水牛の謎」「エジプト猫の謎」「イギリス雨傘の謎」「アメリカ珈琲の謎」というエラリー・クイーンばりの国名シリーズの連作短編集となっています。

1作目を読んでからもう3年経ってるので、前のを覚えてるかちょっと不安だったんですが、心配は無用でした。もうアーチーは相変わらずですしね。椅子の持ち主の及川衛との会話は、以前同様の「おじいちゃんと孫」っぷり。野村芙紗は、塾通いを始めたせいで、前回ほどの登場ではないんですけど、代わりに前作でも登場していた鈴木さんが来たりして、この鈴木さんとアーチーがまた好一対。2人の会話が楽しいです。そして芙紗が本格的に登場してからは、衛がとっても微笑ましかったり。
どれも楽しい作品でしたが、今回私が特に気に入ったのは、衛と芙紗、そして衛のお父さんの3人が近所にできたインド料理のレストランに行って、そこで奇妙な出来事に遭遇するという「インド更紗の謎」。その店は、衛のお父さんがものすごく信頼しているインターネットの横浜限定のグルメサイトが褒めてるという店なので、お父さんの思い込みが楽しくて。現実的なお母さんにロマンティックなお父さん、という設定がとても生かされていて、不憫なお父さんを応援したくなりました。本当の結末とのコントラストもいいですね。 (東京創元社)


+シリーズ既刊の感想+
「安楽椅子探偵アーチー」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「安楽椅子探偵アーチー オランダ水牛の謎」松尾由美

+既読の松尾由美作品の感想+
「雨恋」松尾由美
「ハートブレイク・レストラン」松尾由美
「いつもの道、ちがう角」松尾由美
「九月の恋と出会うまで」松尾由美
「人くい鬼モーリス」松尾由美
「フリッツと満月の夜」松尾由美
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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豊かな平野にあるドリメア自由国は、西の境は妖精の国と隣接している国。しかし革命が起き、商人階級が当時の支配者・オーブリ公爵に取って代わってからというもの、2国間の交流はすっかり途絶え、魔法や空想の類に関すること、特に「妖精」という言葉はドリメア国では禁句とされていました。しかしそのドリメア国の首都、霧のラッドで一番の名士、チャンティクリア判事の長男・ラナルフが、妖精国の「魔法の果実」を食べたと告白したことから、大騒ぎになります。

解説によれば、作者はアイルランド系英国人とのこと。(どうやらトールキンやルイスと同時期にオックスフォードで教鞭を取っていたこともあるらしいです) 道理で物語全体がとてもケルト風の雰囲気でした。でも、思いっきり妖精の存在を感じさせるような舞台設定にも関わらず、そういった存在自体は、逆になかなか登場しないんですよね。その辺りが独特。しかも妖精にまつわる言葉や妖精を彷彿とさせる言葉は、登場人物たちにとって禁句となってるはずなのに、「太陽と月と星に誓って」「西の国の黄金の林檎に誓って」なんて、いかにも妖精の国の影響が見える決まり文句が頻繁に飛び出すところが可笑しいのです。
登場人物たちは大真面目に現実的な生活を生きようとしていて、中盤には過去の殺人事件の調査なんてミステリ的展開もあって、その辺りはきっちりと白黒はっきりするんですけど、それでもやっぱり最終的にはファンタジー的環境には逆らえず... その辺りの微妙な感じが面白かったです。(ハヤカワ文庫FT)

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「マビノギオン」は、イギリスのウェールズ地方で吟遊詩人たちによって伝えられてきた叙事詩。その後、「ヘルゲストの赤い本」「レゼルッフの白い本」といった本に書き残されることになり、それらに収められた11編の物語が、19世紀になって初めてシャーロット・ゲストによって英訳され、「マビノギオン」という題名で広く知られるようになったのだそうです。
左の「マビノギオン」は、中野節子さんがウェールズ語から日本語へと直接訳したという初の完訳本。右はシャーロット・ゲストが19世紀に英訳した本にアラン・リーが挿絵を描いたのを、井辻朱美さんが日本語に訳したというもの。こちらには、ウェールズに広く流布していたという「タリエシン」という短い物語も収められています。

11編のうちの最初の4編は、まさに超自然的なケルト神話の世界。そこから徐々に現実的な物語へと移り、後半になると、後にアーサー王伝説を作り上げることになる騎士道物語になっていきます。ただ、アーサー王自身も登場するし、アーサー王の宮廷の様子も垣間見えるんですけど、むしろ騎士たちのエピソードが中心なんですよね。ここには魔術師マーリンも登場しませんし(これが残念)、アーサー王自身のエピソードもほとんどありません。
この2冊、内容的にはほぼ一緒なんですが、ウェールズ語からの直接の翻訳と、英訳からの翻訳ということもあって、固有名詞の表記が結構違うんですよね。あとシャーロット・ゲスト版ではまるっきり書かれていなかったり、表現がぼかされてる部分が目につきました。例えば「ダヴェドの大公プイス」(シャーロット・ゲスト版では「ダヴェドの王子プウィル」)では、大公プイスとアラウン王がお互いの立場を密かに入れ替えて1年間過ごすというエピソードがあるんですけど、アラウン王が許可(?)してるのに、プイスは絶世の美女であるアラウン王の妃の体には触れようとしないんです。それが後に友情をさらに強くすることにもなるんですが、シャーロット・ゲスト版では、その辺りがまるっきり欠落してました。こういうのって、18~19世紀のモラルによるものなのかしら? 同じく18~19世紀の作家トマス・ブルフィンチの著作でも、性的な部分が色々と欠落してると聞いた覚えが...。
中野節子さんの日本語訳は、平易で読みやすいです。井辻朱美さんの訳は、わざと古めかしい日本語にしているので、慣れるまでがちょっと読みにくかったんですが、雰囲気はたっぷり。「蒼天なんじに報いたまわんことを」といった感じですね。どちらの本がオススメかといえば、ちょっと難しいですが... シャーロット・ゲスト版の方が美麗な挿画も入っているし、固有名詞の訳でも一般的な名称を使ってるので、純粋に物語として楽しむにはいいかも。(例えばアーサー王に関して、井辻訳では「アーサー」と表記してますが、中野訳では「アルスル」なんです) でも中野訳の方には詳細な解説や、人名や地名の一覧がついているので便利なんですよね。一長一短かな? 私にとっては、どちらも読んで正解でした。(JULA出版局・原書房)

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3編が収められたアンソロジー。ローマ皇帝の前に現れたのは、ギリシャ人発明家のパノクレス。彼は新発明を皇帝に説明し、実際にどんどん作り上げていくのだが... というウィリアム・ゴールディングの「特命使節」。目が覚めた「わたし」がいたのは、女性だけの世界。周囲の状況も自分が何者なのかも思い出せない「わたし」がパニックに陥る、ジョン・ウィンダムの「蟻に習いて」。少年城主の14歳の誕生日、煩雑な儀式にこれ以上耐えられないと感じた少年は城からの脱出を考え始め... というマーヴィン・ピークの「闇の中の少年」の3作。

いやあ、面白かったです。なんでこの3作の組み合わせになったのかはよく分かりませんが、元々アメリカでアンソロジーとして出版されていた本をそのまま訳して、ハヤカワ文庫FTから出したみたいです。副題は「ファンタジイ傑作集3」。1と2は子供向けのおとぎ話みたいな作品が多かったので、(感想)、3でいきなり大人向けになってびっくり。

最初の「特命使節」は、「蝿の王」で有名なウィリアム・ゴールディングの作品。とは言っても、私は「蝿の王」も他の作品も読んでないんですが...。ローマ時代に圧力鍋だの蒸気船だの大砲だのを考案してしまう発明家の話は、実際にはあり得ないと分かっていても面白いー。パノクレスが発明するのは、後世になれば確かに役に立つ物ばかりだし、皇帝自身もそれらの真価は分かってるんですけど、科学や技術の発展が人間の幸せに直結するとは限らないという話。
ジョン・ウィンダムも有名なSF作家だそうなんですが、私は名前を聞くのも初めて。男性が滅亡した未来の世界では、過去の歴史が微妙に歪んで伝わっていて、みんな女性だけの社会に満足しきってます。だから主人公が、男性の必要性や男性との生活の素晴らしさを説こうとしても、何も伝わらないし、理解もしてもらえません。そういう考えになったのは、男性にそう思い込まされていただけ、とあっさり片付けられちゃう。主人公の女性の歯痒さが伝わってくるんですが、同時に過去や現代の歴史が本当に自分が思ってる通りなのか、改めて考えさせられる作品。
「闇の少年」は、「ゴーメンガースト」の外伝とも原型とも言えそうな作品。ここに登場する少年城主は、名前は出てこないんですけど、きっとタイタスなのでしょう。城から脱出したタイタスが出会うのは、かつて人間だった山羊とハイエナ、そして彼らの主人である子羊。でも子羊といえば、キリスト教ではイエス・キリストにもなぞらえられるような存在なんですよね... きっとそういう前提があってこその話なんじゃないかと思います。この子羊が、限りなく邪悪な存在で、しかも甘美な声の持ち主というのが、何とも言えません...。(ハヤカワ文庫FT)

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市の参事官・アージオの書記として、朝から晩までせっせと書類を書き写しているグントラム・は、毎日の味気ない仕事の連続にうんざり。そんなある日、グントラムは年上の書記・ブーボに話しかけられて驚きます。ブーボは天涯孤独だと思い込んでいたグントラムに、実は裕福な親類がいることを明かし、窓から入ってきたスズメをグントラムの姿に変えてグントラムの仕事をさせると、グントラムにスズメの姿になって田舎の親類の元まで飛んでいくようにと勧めたのです。

登場人物たちが、本物の人間なのか本当は鳥なのか分からなくなってしまう可愛らしいファンタジー。以前読んだ「あべこべの日」(感想)は、正直あまり面白くなかったんですけど、こちらは結構楽しかったです。正義が勝つわけでもなく、努力する者が報われるわけでもなく、だからといってハッピーエンドにならないわけでもなく、ファンタジーやおとぎ話の文法を無視したような、あと一歩捻るのか捻らないのか予測不能な展開がいいのかも。...とはいえ、読み終わった途端に忘れてしまうような話でもありましたが...。(ハヤカワ文庫FT)


+既読のハンス・ファラダ作品の感想+
「あべこべの日」ハンス・ファラダ
「田園幻想譚」ハンス・ファラダ

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ケリゴールが閉じ込められてから14年。サブリエルとタッチストーンによって敵が一掃されたはずの古王国で、今またネクロマンサー(死霊使い)たちの動きが活発になってきていました。そしてクレア氷河の奥では、父を知らず、10歳の時に母も失ったライラエルが絶望していました。ライラエルはクレア族特有の明るいブロンドと青い目、浅黒い肌の代わりに、黒い髪に茶色い目、そして青白い肌の持ち主。それだけでも浮き上がっているのに、14歳の誕生日を迎えても、まだクレア族特有の「先視の力」が発現しなかったのです。今また11歳になったばかりの少女に抜かされたことを知ったライラエルは、自ら命を絶つことを考えて、1人氷河の上に向かう階段を上り始めます。

古王国記シリーズの第2作。「サブリエル」(感想)の続きです。
今回もサブリエルやタッチストーンは登場しますが、主人公としてはライラエルと古王国のサメス王子。あっさり世代交代してしまいました。それもそのはず、2巻が始まった時点で、王国では既に「サブリエル」の時から14年経ってるんですね。主な物語に至っては19年後。
物語はライラエルとサメス王子の視点から交互に語られていきます。先視の力が得られないせいで、一度は自殺を考えながらも、図書館での仕事をもらって、「不評の犬」という仲間もできて、どんどん生き生きとしてくるライラエルが楽しいパートに対して、サメス王子の情けなさは鼻につく! 序盤で冥界に入っていった時のことがトラウマになってしまっているのは分かるんですけど、それにしても自分の生まれに甘えているとしか思えなーい。義務を放棄して、ひたすら自分の世界に閉じこもってるし、両親が帰ってきたらあれを言おうこれを言おうなんて思ってたことも、いざ帰ってきたら何一つ言えないまま。2人のパートのバランスが、あまりにも取れていないように感じられてしまうのですが...
でも先視の力を授かるのが遅ければ遅いほど強い力を得られることが多いように、悩みが大きければ大きいほど、自分探しに手間取れば手間取るほど、一旦迷いを捨てれば強いもの。2巻から3巻へは直接繋がっているようなので、そちらの展開もとても楽しみ。これはいつ文庫になるのかしら? 図書館でハードカバーを借りてきちゃおうかなあー。(主婦の友社)


+シリーズ既刊の感想+
「サブリエル 冥界の扉 古王国記I」上下 ガース・ニクス
「ライラエル 氷の迷宮 古王国II」上下 ガース・ニクス
「アブホーセン 聖賢の絆 古王国記III」上下 ガース・ニクス

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石造りの城・ゴーメンガーストの周囲には<外>の民のあばら家が、貝がらのようにびっしりと張り付いており、それがこの世界の全て。そのゴーメンガーストの現当主は76代目のセパルクレイヴ。城での生活は、数限りない儀式によって支配されており、老書庫長のサワダストだけがただ1人、それを理解し取り仕切っていました。そしてその日の朝、77代目伯爵となる菫色の瞳をしたタイタスが生まれます。

先日「行方不明のヘンテコな伯父さんからボクがもらった手紙」の感想で読みかけだと書いたゴーメンガースト3部作、最初の2冊をようやく読み終わりました。
これはトールキンの「指輪物語」と並んで、20世紀のファンタジーの最高峰と言われている作品なのだそう。でもその雰囲気は、正反対と言ってもいいほど違うんですね。「指輪物語」は、その後のファンタジー作品に多大な影響を与えてるし、実際追随する作品がとても多いんですけど、こちらの作品はとにかく独特。並大抵の作家じゃあ、こんな作品に追随する作品なんて書き上げられないんじゃないかしら。全編、陰鬱で重厚な雰囲気。暗くて重苦しいゴーメンガースト城の情景が、質感も含めて、周囲に浮かび上がってくるよう。しかも登場人物たちがまた、揃って個性的... というかアクが強いんです。どうやら美しい人間は1人もいないようで、それぞれに醜さが強調されてるんですけど、それが作品の雰囲気と相まって、ものすごく印象的なんですよね。マーヴィン・ピーク自身による挿絵も異様な雰囲気を醸し出してました。そしてこの作品、展開がとても遅いです。シリーズを通して、主人公は多分タイタスだと思うんですけど、1冊目が終わった時点で、まだ2歳ですから。(笑) でもその展開の遅さが逆に、ゴーメンガースト城をめぐる悠久の時の流れを感じさせます。
きっと絶賛する人は絶賛するんでしょうねー。という私は、絶賛というほどではなかったです。が、それでも読んでから時間が経てば経つほど、場面ごとの印象が鮮明になりそうな作品ではありました。でもとにかく読むのにパワーが... 本当は3冊まとめて感想を書きたかったんですけど、3冊目はやっぱりもうちょっと時間を置いてから読むことにします。ちょっとぐったり。(創元推理文庫)


+既読のマーヴィン・ピーク作品の感想+
「行方不明のヘンテコな伯父さんからボクがもらった手紙」マーヴィン・ピーク
「タイタス・グローン」「ゴーメンガースト」マーヴィン・ピーク

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「僕」がかつて見た中で最も美しいマシン、アイビスに出会ったのは、数世紀前ヒトが繁栄していた頃は「新宿」と呼ばれていた、今は無人の寂しい場所。「僕」はアイビスを攻撃しようとするのですが、逆に攻撃を受けて足を脱臼。見知らぬ建物に収容されて怪我の治療を受けることに。そこでアイビスは「僕」に向かって、1つずつ物語を語っていきます。

人間の数はごく少なくなり、意思を持ったロボットが支配する世界が舞台の物語。私にしては珍しくSFの作品なんですけど、これは頂き物なので...。(笑) 読む前は大丈夫かなとちょっとどきどきしてたんですけど、面白かったです~。
アイビスが「僕」に語る物語は全部で7つ。最初はどこかで聞いたような普通の話なんです。インターネットの仮想世界を舞台にした、いかにもありそうな話。でも1つずつ話が進むにつれて、中のAIはどんどん進化していくし、物語自体も深みを増していくような。最初は普通のSF短編集にちょっと外枠をくっつけて繋いでみましたって感じだったのに、最後まで読んでみると、バラバラだった短編同士が繋がっていくように感じられて、しかもおまけっぽかった外枠は、いつしかきちんとメインになっていました。

アイの見せるアンドロイドの姿は、ある意味人間の理想の姿。でも理想ではあっても、人間には決してなることのできない姿。人間が作り出したもののはずなのに、全然違うんです。人間の欠点を認識しつつも、何も言わずに見守る彼らの姿が、とても優しいんですよねえ。それなのに、自分たちの姿を投影し、ありもしないことを思い込み、勝手に疑心暗鬼に陥る人々。これを読んでしまうと、人間が衰退していくのも当然の結末に思えてきちゃう。でも、人間の欠点や愚かさを目の当たりにさせられつつも、どこか幸せな気分になれるのが不思議なところ。暖かい気持ちで読み終えることができました。熱心なSFファンには、これじゃあ物足りないかもしれないし、私自身、どこかもう少し掘り下げて欲しかった気もするんですけど... でもとても面白かったです。
それにしても、「クラートゥ・バラダ・ニクト」って、何なんだろう。どこから出てきた言葉なのかしら? 逆に読んでみても... 意味ないし。と思っていたら、「地球の静止する日」という映画に出てくる秘密の呪文だったんですね。なるほど~。(角川書店)


+既読の山本弘作品の感想+
「アイの物語」山本弘
Livreに「神は沈黙せず」の感想があります)

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スペインの黄金時代。自分の死期を悟ったアルゲント・アレスの領主は、自分自身で何かを勝ち取る力のない次男に土地を残し、長男のロドリゲスにはカスティーリャの古い長剣とマンドリンを遺すことに。父の葬儀を終えたロドリゲスは、剣を佩きマンドリンを背負うと、父の言葉に従って戦さを求めて旅に出ます。そして途中の宿屋で出会ったモラーノも、ドン・ロドリゲスに同行することに。

今はない月刊ペン社の妖精文庫に入っていた時の題名は、「影の谷年代記」。この妖精文庫というのが、当然のようにことごとく絶版なんですけど、気になる作品が多いんですよねえ。いくつかはちくま文庫などで復刊されていて、私も読んでるんですが、もっと(文庫で)出してくれないかなと思ってるシリーズ。
訳者あとがきに、この「影の谷物語」がセルバンテスの「ドン・キホーテ」を意識的にモデルにしているようだと書かれていたんですが、私もそれはすごく感じました。ロドリゲスはドン・キホーテだし、モラーノはサンチョパンサ、セラフィーナはドゥルシネーアといった役回り。ロドリゲスはドン・キホーテほど滑稽な人物ではないんですけどね。むしろ非常に真面目。着実にやるべきことを果たして、一番の望みを叶えますし。とは言っても、私は「ドン・キホーテ」をきちんと読んだことがないんですよね。読んでいたら、もっと色々と分かったんでしょうに、悔しいなあ。
ダンセイニらしく物語は淡々と進みます。主人公は一応ロドリゲスだと思うんですが、この作品ではモラーノがすごく魅力的。常にフライパンを大切に持ち歩いて、朝食になるとベーコンを焼くモラーノ。ロドリゲスがドン・アルデロンと戦っている時にとる行動なんて、思わず笑ってしまうほど。純朴で真っ直ぐな愛すべき田舎者です。 (ちくま文庫)


+既読のロード・ダンセイニ作品の感想+
「ぺガーナの神々」ロード・ダンセイニ
「魔法使いの弟子」ロード・ダンセイニ
「魔法の国の旅人」ロード・ダンセイニ
「世界の涯の物語」「夢見る人の物語」ロード・ダンセイニ
「妖精族のむすめ」ロード・ダンセイニ
「エルフランドの王女」ロード・ダンセイニ
「影の谷物語」ロード・ダンセイニ
「時と神々の物語」「最後の夢の物語」ロード・ダンセイニ
「ダンセイニ戯曲集」ロード・ダンセイニ
「牧神の祝福」ロード・ダンセイニ

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行方不明の伯父から甥に届いた手紙。それは、かつてイギリスを捨てて旅に出て、今は北極にいるという伯父が突然書いてよこしたもの。伯父さんは、雪原の帝王である幻の白いライオンを追い求めているというのです。

本当は「ゴーメンガースト」シリーズに取り掛かっているんですが、全3冊のうち、今2冊目の途中。これはものすごく重厚... というか暗くて重苦しくいファンタジー。こういうのをゴシック・ファンタジーというのかなあと思いつつ、分類には疎いのでよく分からないのですが... ちょっと疲れたので、そちらを中断して同じマーヴィン・ピークのこちらの本を読んでみました。
表紙の画像を見てもいい感じだと思ってもらえると思うんですが(オレンジの地に白抜きになってるのが、幻の白ライオンの絵がついた切手)、中身もいいです。要するに絵入りの手紙集なんですけど、これが凝ってるんですねー。本を開くとまず目にうつるのが味のある鉛筆画。左脚を失った代わりにメカジキのツノをつけている伯父さんの絵や、助手の亀犬・ジャクソンの絵、他にも動物たちの絵が沢山。この絵を描いたのはマーヴィン・ピーク自身なんです。そしてそんな絵を背景に、伯父さんからの手紙。タイプライターで打った紙を絵の余白に切り貼りしていたりして、芸が細かい! しかも伯父さんの使ってるタイプライターが古いので、文字によって太さも濃さもまちまちで、沢山ある誤字脱字が頻繁に訂正されていたり、手書きの説明が余白に記入されていたりするのが、日本語で再現されているんです。(原書ではどんな感じなのか見てみたい) その手書きの文字がまた汚い字なんですけど、雰囲気にぴったりなんですよね。いかにもこの伯父さんが書きそうな字。そして時には、手紙にコーヒーや肉汁、血の染み、足跡、指紋が...。(血の染みだけはあまりリアルじゃなかったけど)
手紙を受け取った甥の反応などはまるで分からないんですけど、こういう手紙を受け取ったら、やっぱりワクワクしちゃうでしょうね。陰鬱な「ゴーメンガースト」からは想像できないような、ユーモアたっぷりの冒険話。絵はいっぱいあるけど、絵本ではないです。意外と読み応えがあってびっくりでした。(国書刊行会)


+既読のマーヴィン・ピーク作品の感想+
「行方不明のヘンテコな伯父さんからボクがもらった手紙」マーヴィン・ピーク
「タイタス・グローン」「ゴーメンガースト」マーヴィン・ピーク

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以前にも「トールキン指輪物語事典」を読んだんですが(感想)、デイヴィッド・デイは、有名なトールキン研究家らしいです。ギリシャ神話や北欧神話、ケルト神話、アトランティス伝説、ベーオウルフやアーサー王など世界の神話や伝承、そして聖書の世界と、トールキンの作り出した指輪物語の世界を比較研究した本。

「シルマリルの物語」のメルコールの造形が堕天使ルシファーにそっくりだとか、ヌメノールの没落がまるでアトランティスみたいだとか、そういうのに気づく人は多いと思うんですが、この本によると実は逆! そういう既存の神話や伝承に影響を受けたのではなくて、トールキンが作り出そうとしたのは、それらの神話や伝承が生み出されてくるための背景となる歴史だった、というのが面白かったです。例えば、「シルマリルの物語」では、中つ国で目覚めたエルフたちが、ヴァラールたちによって西に来るように言われ、実際かなりの数のエルフは西へと渡っていくんですけど、最初から行くつもりのなかったエルフたちもあれば、行くつもりだったのに出遅れたエルフたちもあり、結局行けず仕舞いだったエルフたちもいるんです。なんでこんな複雑なことするんだろうと思っていたら、どうやら古代アングロサクソン人や初期ゲルマン人などに伝わるエルフ信仰に、うまく対応させようとしたみたいですね。「シルマリルの物語」で色々な動きを書くことによって、様々なエルフ伝承に一貫性を与えようとしたんですって。そうだったんだ! それから、単純明快なおとぎ話となってしまった出来事にも、背後に存在していたはずの歴史を作り出そうとしていたとか。たとえば、ロスロリアンの黄金の森にいるガラドリエルとアルウェンという2人の美女、深い森や魔法の鏡などの要素は、「白雪姫」にみられるもの。実際にはガラドリエルとアルウェンは対立関係にはないんですが、そういうことが元になって「白雪姫」の話が出来ていったとしているのだとか。そして、本当に眠っていたのは、白雪姫ではなく7人の小人。ヴァラールのマハルの作り出したドワーフの父祖の7人であったとか... へええ。
あと、ホビット庄が、トールキンが生まれ育ったイギリスの田園地帯とすれば、裂け谷はオックスフォード、ゴンドールとミナス・ティリスはフィレンツェの辺り、モルドールはオスマントルコとか、地理的な考察も面白かったです。そっかー、初期のドゥネダインの王国は古代ローマ帝国で、分裂してしまった帝国を再統一したアラゴルンは、シャルルマーニュ(カール大帝)だったのか。そして中つ国に神聖ローマ帝国が再建されたのね。(笑)(原書房)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

+既読の指輪物語関連作品の感想+
「トールキン神話の世界」赤井敏夫
「トールキンによる『指輪物語』の図像世界」W.G.ハモンド/C.スカル
「トールキン指輪物語事典」デヴィッド・デイ
「図説 トールキンの指輪物語世界 神話からファンタジーへ」デイヴィッド・デイ

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「指輪物語」の世界にまつわるJ.R.R.トールキンの遺稿を、息子のクリストファー・トールキンが編纂したもの。
決して完全なものではないですし、むしろ断片的で矛盾を感じる部分も沢山。あの完全主義のトールキンのこと、生きている間だったらまず発表しないような段階ですし、実際クリストファーも、父親が生きていたら「本書に載せた物語のうち比較的仕上がっているものでも、さらに十分な手を加えた後でなければ、人目にさらすなど思いもよらなかっただろう」と書いています。でもそういう矛盾点すら、その神話的世界の真実味を増しているように思えるんですねえ。というのは、ファンの欲目でしょうか。(笑)
上巻は「シルマリル」の時代の物語が多くて、実際「シルマリルの物語」で読んだものと重なる部分も多かったんですが、下巻になると「指輪物語」に直結するエピソードが多くなります。そもそもガンダルフがなぜビルボに目をつけたか、という「ホビットの冒険」の裏話のような話があったり、裂け谷でのエルロンドの会議でガンダルフが語った指輪の歴史をもっと詳しくしたものがあったり。さらにガンダルフやサルーマンといった「イスタリ」(魔法使い)についてや、遠くを見ることができる石「パランティーア」についての文章も。

小説として読むには断片的すぎると思いますが、これを読むと「指輪物語」世界がさらに広がり、深くなります。刊行された当初は、あまり読む気がしなかったんですけど、やっぱり読んで良かった。あ、先に「シルマリルの物語」は読んでおいた方がいいと思いますし、「シルマリル」を楽しめた人限定でオススメなんですけどね。ということで、トールキンはコンプリート。指輪物語関連は、あと1冊関連本を読もうと思ってますが、それで一区切りかな。やっぱり楽しいです、この世界は♪(河出書房新社)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

+既読の指輪物語関連作品の感想+
「トールキン神話の世界」赤井敏夫
「トールキンによる『指輪物語』の図像世界」W.G.ハモンド/C.スカル
「トールキン指輪物語事典」デヴィッド・デイ
「図説 トールキンの指輪物語世界 神話からファンタジーへ」デイヴィッド・デイ

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「一瞬の風になれ1 イチニツイテ」(感想)の続編。

1巻でお馴染みになった登場人物たちが、さらに生き生きと動き回ってます。新二や連も2年になって後輩が入部してくるし、部員たちの絆もますます深まるし、部長の守屋を慕っている部員たちの様子もいい感じ。1巻ではまだまだ半人前だった新二も、ここではもうすっかり立派な陸上部員となっていました。なんだかんだ言って、連もちゃんとやってますしね。
でもね、終盤のアレはどうなんでしょう...。ここでそういう展開にはして欲しくなかったなあ。なんでそんなことにしたのか解せないし、相当の理由じゃないと納得もしたくないぞ。...ということで、最終巻が待たれます!(って、もう出てるんだよね) (講談社)


+シリーズ既刊の感想+
「一瞬の風になれ1 イチニツイテ」佐藤多佳子
「一瞬の風になれ2 ヨウイ」佐藤多佳子
「一瞬の風になれ3 ドン」佐藤多佳子

+既読の佐藤多佳子作品の感想+
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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ということで、昨日に引き続きのメアリ・ド・モーガン。3冊続けざまに読んだらさすがに飽きるかなと思ったんですが、全然飽きなくて逆にびっくり。昔ながらの神話や伝承、童話の中に紛れ込んでいてもおかしくないような物語だったり、「あ、これファージョンみたい」とか「イワンのばかにありそうな話だ~」なんて思いながら読んでたんですけど、でもやっぱりメアリ・ド・モーガンの世界でした。昔ながらの童話には、お約束というか暗黙の了解的部分があると思うんが、彼女の作品はそれをちょっと外してるんですよね。その違いが、一見ちょっとしたズレのようなんだけど、実は大きいような気がします。インパクトからいけば、昨日の「フィオリモンド姫の首かざり」の方が強かったし、私は好きだったんですが、こちらの2冊も良かったです。
今度の2冊の中で一番印象に残ったのは、「針さしの物語」の中に収められている「おもちゃのお姫さま」。礼儀正しいあまりに感情を表すことはおろか、必要最低限の言葉しか口にすることのできない国が舞台の物語。その国で生まれたウルスラ姫は、思ったことを何も言えない生活に息が詰まりそうになっているんですが、亡き母の名付け親だった妖精に救われるんです。妖精は「どうぞ」「いいえ」「はい」「たしかに」の4つの言葉しか話せない人形を身代わりに置いて、本物の姫は別のところに連れて行っちゃう。で、姫はようやく息がつけるんですが... 最後に、王国の人々が本物の姫か偽物姫かを選ぶ場面があるんですよね。いやー、すごいです。こんなことでいいのか!と思ってしまうんですけど... でも双方幸せなら、結局それでいいのかなあ。(笑)(岩波少年文庫)


+既読のメアリ・ド・モーガン作品の感想+
「フィオリモンド姫の首かざり」ド・モーガン
「風の妖精たち」「針さしの物語」ド・モーガン

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イギリスのヴィクトリア朝の作家、メアリ・ド・モーガンの童話集。職業作家ではなかったようなのですが、ウィリアム・モリスや画家のバーン=ジョーンズ、詩人のロゼッティといったラファエル前派の芸術家たちと家族ぐるみでつきあい、仲間内では話上手のレディとして人気があった人なのだそう。という私は、岩波少年文庫は大好きだったのに、この作家さんは全然知りませんでした... 迂闊。

一見昔ながらの童話集に見えるんですけど、いざ読んでみると、その内容はなかなかしたたか。意外と辛口でびっくり。特に表題作の「フィオリモンド姫の首かざり」がすごいです。これは、見かけはとても美しいながらも、実は邪悪なフィオリモンド姫が主人公。王様に「そろそろ結婚を」と言われた姫が、魔女の助けを借りて婚約者たちを1人ずつ宝石の珠にしてしまい、それを首かざりにしてしまうという物語。この本の表紙の絵は、フィオリモンド姫が婚約者たちの変身した宝石の連なる首かざりを、鏡でうっとり見入ってるところです。腰元のヨランダだけは姫の性悪さを知ってるんですが、他の人たちは皆、姫のあまりの美しさに心根も綺麗だと思い込んでいるんですよね。そういう話を読むと、大抵、邪悪な姫よりも健気な腰元に気持ちがいくんですが、この作品は違いました。この良心のかけらもないような姫の存在感がすごい。その邪悪っぷりが堪らなく魅力的。...って、そんなことでいいのかしら。(笑)
妻が黄金の竪琴に変えられてしまったのを知らずに、その竪琴を持って妻を探して諸国を歩き回る楽師の物語「さすらいのアラスモン」や、妖精に呪われて心を盗まれた姫の絵姿に一目惚れして、心を取り戻す旅に出る王子の物語「ジョアン姫のハート」なんかも、当たり前のように頑張ってハッピーエンドになる童話とは一味違ーう。それ以外の作品も、滑稽だったり哲学的だったり、なかなか幅も広いんですね。メアリ・ド・モーガン、気に入っちゃった。図書館にあと2冊あったし、それも借りてこようっと。(岩波少年文庫)


+既読のメアリ・ド・モーガン作品の感想+
「フィオリモンド姫の首かざり」ド・モーガン
「風の妖精たち」「針さしの物語」ド・モーガン

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ローマ時代の詩人・オウィディウスによるギリシャ・ローマ神話。そのキーワードは、「変身」。神々の怒りによって、あるいは哀れみによって、あるいは気まぐれによって、植物や動物に変えられてしまうエピソードが250ほど、次々に語り手を変えながら語られていきます。下巻の後半になると、トロイア戦争とその後の物語へ。

子供の頃愛読していたブルフィンチの「ギリシア・ローマ神話」に「変身物語」のエピソードがかなり取り入れられていたし、ホメーロスの2つの叙事詩や様々なギリシャ悲劇作品も下敷きになってるので、既に知っている部分も多かったんですが、「変身物語」という作品として通して読むのは、今回が初めて。ものすごい量のエピソードが、語り手を代えながらも途切れずに続けられていくのがすごいです。元々は詩の形で書かれた作品が、すっかり散文調になってるのは残念だったんですが、訳注を最小限にとどめるようにしたという訳文はいいですね。ただ、ゼウスがユピテル、ヘラがユノー、アプロディテがウェヌスみたいに、神々の名前がローマ神話名になっているのがちょっと分かりにくい...。ローマ時代の詩人のオウィディウスがローマ神話名、というかラテン語名を使うのは当然としても、日本人にとっては、やはりギリシャ神話名の方が馴染みが深いですよね。なんで「ゼウス」や「ヘラ」じゃあダメだったんでしょう。

ここに描かれているのは、相変わらず人間以上に人間臭い神々の姿。懲りもせず浮気を繰り返すユピテル、自分の夫よりも相手の女に憎しみをぶつけるユノー、気侭な恋を繰り返す男神たち、自分よりも美しかったり技能がすぐれている女に嫉妬する女神たち。変身物語といえば、アントニーヌス・リーベラーリスの「メタモルフォーシス」もそうなんですが、こちらは未読。こちらには載っていないエピソードもあるそうで、興味をそそります。でもリーベラーリスの作品に比べると、こちらの方が遙かに人間や神々の心情を細やかに描いているみたい。まあ、確かに相当ロマンティックではありますね。(笑) それだけに、文学だけでなく、その後の芸術全般に大きな影響を与えたというのも納得なんですが。
この中では、ピュラモスとティスベのエピソードがシェイクスピアの「ロミオとジュリエット」にそっくりで、特に印象に残りました。そっかあ、シェイクスピアはここから題材を取ったのかあ。(岩波文庫)

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アーサー王伝説の中でも特に有名な、中世英語詩の傑作「サー・ガウェインと緑の騎士」、瑕疵ひとつない大切な真珠を失ってしまったという宗教的な詩「真珠(パール)」、王妃を連れ去られてしまい、竪琴だけ持って荒れ野に隠遁するオルフェオ王の物語「サー・オルフェオ」、そして緑の礼拝堂へと向かう前のガウェインの歌「ガウェインの別れの歌」の4編。14世紀に中英語で書かれた作品のJ.R.R.トールキンによる現代英語訳、の日本語訳です。(笑)

「サー・ガウェインと緑の騎士」に関しては、英語でなら大学時代に読んだんですけど、日本語できちんと読むのは初めてかも。子供の頃に、R.L.グリ-ンの「アーサー王物語」(岩波少年文庫)の中で読んで以来ですね。でも、英語版にも、この冒頭の部分はあったかなあ... トロイア戦争、ローマ建国、ブリテン建国に触れられている辺りにはまるで覚えがないです。トールキンの創作? 緑の騎士の外見の描写も、私が読んだのとはかなり違うから、やっぱり創作なのかも。私が思っていた緑の騎士は「緑色の鎧兜に身を固めた大柄な騎士」なんですが、ここに登場する緑の騎士はすごいんですもん。この表紙の絵もすごいですよね。左がその緑の騎士。これじゃあまるで原始人? 右の小さな人影がガウェインです。「この世(ミドルアース)に常ならぬものすごさ」「巨鬼(トロル)の半分ほどもあろうかというほどの巨躯」という文章が、まるで「指輪物語」みたいで、さすがトールキンの世界になってます。...とまあ、その辺りはいいんですが、散文の形に訳されているのが、やっぱりとても残念。頭韻を日本語に移し変えるのは不可能だと思うけど、やっぱり詩にして欲しかった。うーん。

「真珠」は一種の挽歌なのだそう。幼くして死んだ娘になぞらえた「真珠」に導かれて、エルサレムを垣間見る美しい詩。(これは詩に訳されていました) 「サー・オルフェオ」は、ギリシャ神話のオルフェウスの物語のブリテン版。王妃がなぜ突然連れ去られたのかは分からないんですが、王と王妃の愛情、そして王の人望の厚さが清々しい読後感。

アーサー王関連の物語も、色々読みたいんですよね。アーサー王の伝説に関しては、子供の頃からずっと好きだったんですが、例えば「アーサー王の死」や「トリスタンとイゾルデ」みたいな本家本元的作品や研究書ばかりで、アーサー王伝説に触発されて作った作品にはあまり目を向けてなかったのです。それが一昨年、マリオン・ジマー・ブラッドリーの「アヴァロンの霧」を読んで開眼してしまって! と言いつつ、なかなか本格的に手がまわらなかったんですが、ギリシャ神話関連もそろそろ一段落しそうだし(読みたいのはまだあるけど)、今度こそ色々読んでみようかと~。(原書房)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

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先日岩波文庫の「四つのギリシャ神話-『ホメーロス讃歌』より」というのを読んだんですが(感想)、これはその完訳版。デーメーテール、アポローン、ヘルメース、アフロディーテーはもちろんのこと、ディオニューソス、アレース、アルテミス、ヘーラー、ヘーラクレースなど22の神々への讃歌全33編です。...この本、ホメーロスの著作物のようにも見えるんですが、「イーリアス」「オデュッセイア」のホメーロスその人が書いたのではありません。「ホメーロス風」というだけ。作者も作られた年代もバラバラで、詳しいことは分かっていないようです。

でも、岩波文庫にも収められていた4編以外は、どれも短いんですね。一番短いもので、たったの3行、長くても数ページ程度。そのほとんどはただの描写だったり、祈願的なものだったりで、神話的なエピソードを描いたものではないんです。長大な4編との落差にはびっくり。これを読むと、岩波文庫がその4編しか出さなかったのも分かりますー。...とは言っても、面白くなかったわけではないです。色んな神々の詩を読むのはやっぱり楽しいし、しかもこの本の注釈はとても詳細。アポロドーロスの「ギリシア神話」やヘシオドスの「神統記」、オウィディウスの「変身物語」、ギリシャ悲劇はもちろんのこと、ギルガメシュ叙事詩などの東洋の神話系伝承にまで言及・引用されてるのがすごいのです。各讃歌ごとについている解題も勉強になります。

今回一番楽しく読めたのは、「パーン讃歌」。デュオニュッソスの従者とされながらも、ギリシャ神話ではほとんど名前を見かけることのないパーン神が、ヘルメースの子供だったとは迂闊にも知らなかったので、とても面白かったです。詩全体の雰囲気も陽気で楽しくて、目の前に情景が広がるようでした。(ちくま学芸文庫)


+既読のホメロス名義作品の感想+
「イリアス」上下 ホメロス
「四つのギリシャ神話 『ホメーロス讃歌』より」
「オデュッセイア」上下 ホメロス
「ホメーロスの諸神讃歌」ホメーロス

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両親を事故で亡くして、アガサおばさんに引き取られているヘンリー。アガサおばさんの家は下宿屋で、屋根裏部屋にいたパン屋で働くマーガトロイドさんが、部屋の天井に頭をひどくぶつけて怒って出ていったところです。ケチケチなアガサおばさんの出す食事はほんのちょっぴりなので、マーガトロイドさんのパンを当てにしていたみんなはがっかり。そして、厳しいおばさんのお眼鏡に適って次に屋根裏部屋に住むことになったのは、ハービー・エンジェル。500キロワットの幸せそうな笑顔が印象的な若者でした。
 
冷たくカチカチのアガサおばさんと、おばさんそっくりの居心地の悪い家が、「エンジェルさん」の登場によって徐々に変わっていくという物語。井辻朱美さんの「魔法のほうき」(感想)で大きく取り上げられていて、あんまり面白そうだったので、図書館で借りてきてしまいましたー。
「つながり道具一式」を持ち歩くエンジェルさんはとても胡散臭い人物。勝手に飾り棚や食器棚をくんくんとかぎ回って、「つながり」「回路」「エネルギー畑」なんて連発してます。それなのに、普段は若い人は沢山食べるし騒がしいからと下宿に入れようとしないアガサおばさんが、エンジェルさんの笑顔にはトロトロなんですよね。この笑顔、魅力的なのは分かるんですけど、読んでるこちらまでトロけてしまうほどではなかったかなあ。エンジェルさんの最初の目論見(?)が上手くいったあたりなんて、「えっ、もう?」と思ってしまったし。もう少しじっくり書いて欲しかった。それに、アガサおばさんが今の冷たくて厳しい人になってしまった理由というのも、普通に読んでいればすぐ分かっちゃう。
でも魂のスイッチを切ってしまった不幸な家を幸せにするために、過去の人間と現在の人間をつないで未来へと結びつけていくという基本的な部分が良かったです。そして、人がそれぞれに香りを発散しているという部分もとても素敵。タチアオイの花やピアノやフルートといった小物も効いていて、可愛らしい話になってました。そして最後は幸せな暖かさ~。エンジェルさんまた別の物語も読みたくなっちゃいました。ということは、やっぱり500キロワットの笑顔には効果があったのかも?(徳間書店)


+既読のダイアナ・ヘンドリー作品の感想+
「屋根裏部屋のエンジェルさん」
「魔法使いの卵」ダイアナ・ヘンドリー

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ちょっと間があきましたが、またしても井辻朱美さんのファンタジー論を。ファンタジー作品の中における空間や時間について、「場所の力」「時の輪の外へ」「魔法の思考」という3章で読み解いていく本です。
井辻さんのファンタジー論を読むのも、これで4冊目。これが一番分かりやすく面白かったです。書かれた順番に読んでいるので、そう感じるのも当然かもしれませんが、これが一番論として整理されているように思いますね。コンパクトながらも中身は濃くて、第27回日本児童文学学会賞受賞の前作「ファンタジーの魔法空間」に決して劣らないものに仕上がっているのではないかと! 初っ端から「大草原の小さな家」や「赤毛のアン」、名探偵ホームズがファンタジーと書いてあるのには驚いたんですが、井辻さんが考える「ファンタジー」の定義の1つとして、↓こんな文章があり、納得。

「ファンタジーのファンタジー性とは、魔法への言及にかかわる問題ではない、ということだけを言っておこう。ファンタジーとはなにより、<ひとつの(別)世界>になりたがる作品のことだ。」(P.7)
「つまりこういうことだ。アンにせよ、ローラにせよ、ホームズにせよ、ある物語が時代や国を超えて愛されると、テキストだけであることをやめて、 <世界化>しようとする傾向があり、その<世界>の中身はなにもホンモノの周辺知識である必要はないということだ。」(P.9)

ファンタジー作品についての評論なんですが、例としてノンフィクション作品を取り上げていたり、E. ジェンドリンという現代の心理学者が創始したというフォーカシング心理学が取り上げられているのが、井辻さんの幅の広さを伺わせて興味深いところ。フォーカシング心理学におけるCAS(clearing a space)とは、自分のいる空間を改変することで、自分自身の中身も改変してしまうこと。それは例えば、日常的にお気に入りのカフェに行くという行動もそうなのだそうです。そして実際の行動だけでなく、イメージの中でも有効で、自分が気がかりに思っていることをイメージの中に並べて、それを何かに入れて隠してしまったり、そこから距離を置くことを想像するだけで、その問題に対する感じ方はかなり変わってくるのだそうです。そのイメージ操作のツールこそが、ファンタジーにおける魔法。その魔法に強い力を発揮させるためにも、意識を柔軟にして <現実=一枚岩>という感覚を溶かしてしまう必要があるのだとのこと。
こうやって考えてみると、ファンタジーと一言で言っても実に奥が深いです。こういったことを知った上でファンタジー作品を読めば、今まで気付かなかったことにも気付けそう。ということで、まだまだ読む予定。中で紹介されてた作品も読みたいな。(廣済堂出版)


+既読の井辻朱美作品の感想+
「風街物語 完全版」井辻朱美
「エルガーノの歌」「パルメランの夢」井辻朱美
「幽霊屋敷のコトン」「トヴィウスの森の物語」井辻朱美
「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」井辻朱美
「遙かよりくる飛行船」井辻朱美
「ファンタジーの森から」「ファンタジーの魔法空間」井辻朱美
「夢の仕掛け 私のファンタジーめぐり」井辻朱美
「魔法のほうき」井辻朱美
「ファンタジー万華鏡」井辻朱美

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旅人の語る物語、そしてその中に登場する青い花に心を奪われた20歳の青年・ハインリヒは、その夜、夢をみます。それは泉のほとりに生えた1本の淡い青色の花の夢。ハインリヒがその花に目を奪われていると、花は姿を変え始め、中にほっそりとした顔がほのかにゆらぎます。夢の青い花のことを考えてふさぎがちになった息子の気分を変えるために、母親はアイゼナハから郷里アウクスブルクに住む実の父のもとに、ハインリヒを連れて旅立つことに。

13世紀初め頃の中世ドイツが舞台の物語。この物語の主人公のハインリヒは、実在のほどは明らかでないにせよ、 13世紀初めに行われた歌合戦で、当時の著名な恋愛詩人たちを相手に競ったという、伝説の詩人なのだそうです。
「うるしのうつわ うたかたの日々の泡」のkotaさんが、たらいまわし企画・第25回「『ドイツ』の文学」で挙げてらして(記事)、その後イギリスの作家ジョージ・マクドナルドが影響を受けたと知って、ますます興味が湧いた本。硬質な質感を持つ作品だと仰ってましたが、確かに...。モチーフという意味では水の方が前面に出てきてるし、水のイメージも強いんですけど、なぜか鉱石のイメージが強く残ります。実際に鉱山の場面もあるんですけどね。とにかく、ものすごく美しい作品でした。特に作中で語られる「アリオン伝説」と「アトランティス物語」、「クリングゾール・メールヒェン」、そして水にまつわる2つの暗示的な夢がすごいです。美しくて幻想的。隠者の本を見る場面も良かったなあ...。
主人公のハインリヒが旅をする物語なんですが、旅を描くのが目的ではなくて、ハインリヒの成長を描くための旅。特に内的葛藤があるわけでもなく、常に受身で、しかしその中で自分の学ぶべきものを謙虚に学んでいくハインリヒの姿は、まるでシュティフターの「晩夏」(感想)の主人公のようだなあ... と思ったら、「晩夏」の主人公の名前もハインリヒではないですか! 何か関連が? それともドイツ人にとって「ハインリヒ」というのは、日本における「太郎」ですか?(笑)
年代的には、ノヴァーリスが1801年に29歳の若さで亡くなって、その4年後にシュティフターが生まれてます。

でもこの「青い花」は、未完の作品なんですよね。本には遺稿も併せて収録されていて、それを読むと完成しなかったのが残念でならないほど。今は美しさに目を眩まされちゃってるし(笑)、そうでなくても、一度読んだだけでは理解しきれたとは到底言えないので、折にふれて読み返してみたいですね。作中で語られているノヴァーリスの文芸観も面白いです。(岩波文庫)

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ウラル地方の民話をバジョーフがまとめたもの。表題作「石の花」はプロコフィエフの作曲でバレエにもなっていて有名ですね。私が知ったのも、バレエの方が先でした。でもバレエでは、「山の女王の愛を拒んだため石像に変えられた細工師ダニーロが、許婚カテリーナの深い愛情によって救い出される」という話で、山の女王が悪者になってたと思うんですが、元の話はちょっと違います。石の細工に取り付かれてたダニーロが、山の女王に諭されても聞く耳を持たず、頼み込んで石の花を見せてもらうんですもん。見たら許婚の元に帰れなくなるって知ってたのに。

全部で8編入ってて、どれもおじいさんが昔話を語るという形式。基本的にロシアの銅山での労働者たちの話です。銅や石を掘ったり、石に細工をしたり。彼らの生活はとても苦しいのだけど、山の情景がとても幻想的で素敵だし、作っている細工物は本当に見てみたくなってしまいます。ここで登場する「石」とは、基本的に孔雀石(マラカイト)。不透明の緑色で、縞模様が孔雀の羽を思わせることから、日本では孔雀石と呼ばれる石。古くから岩絵の具や化粧品の原料に使われてきていて、クレオパトラもこのアイシャドーを使ってたという話もあったりします。私自身は、孔雀石ってあまり好きじゃないんですけどね... でも、そのあまり好きじゃないはずの孔雀石が、この作品ではもう本当に素敵なんです。逆に、この本で孔雀石に興味を持った人が、実物を見て「イメージと違ーう!」と思うケースは多いかも...(^^;。

8編中最初の5編には一貫して山の女王が登場するし、人間側も徐々に世代交代して連作短編集みたい。後の3編は少し雰囲気が違うこともあって、私は最初の5編が好きです。山の女王がまたいい人なんですよ。「石の花」のダニーロに対しても、許婚がいるのに石の花なんて見たがってはダメだと言い聞かせてるし、気に入った人間にはその子・孫の代まで色々と世話をやいてあげてますしね。(悪戯好きな部分はなきにしもあらずですが...) ただ、山の女王の世界を人間が一度垣間見てしまうと、人間の世界には存在し得ない美しさにみんな取り付かれてしまうんですね。(岩波少年文庫)

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生まれた時から声が大きかったジェルソミーノは、産声は工場のサイレンと間違えられ、小学校に行くようになってからも、教室で答える声で黒板や窓ガラスを壊してしまう始末。そして、声で梨の木から実を落として村中が大騒動になってしまった時、ジェルソミーノは村を出ることを決意します。ジェルソミーノが国境を越えてやって来たのは、パン屋のことを「文房具屋」、文房具屋のことを「パン屋」と呼び、猫はわんわんと吠え、犬はにゃおんと鳴く「うそつき国」でした。

書かれた年代としては、「チポリーノの冒険」(感想)より後の作品なのだそうで、こちらには政治色はそれほど感じられないですね。もちろん風刺はたっぷりあるんですけど、まるで楽しいほら話みたい。というか、まるでケストナーの作品を読んでいるような感じ。
物を壊してしまうほどの声というのは、それほど目新しく感じないのですが、ジェルソミーノが「うそつき国」で猫のゾッピーノや画家のバナニートと仲良くなって繰り広げる冒険は、文句なしに楽しい♪ 悪役・ジャコモーネの末路もなかなか良かったです。
でもワクワクするよう展開の中で、立ちんぼベンベヌートのエピソードだけは切ないんですよね...。イタリア語で「ベンベヌート」といえば、英語の「Welcome」と同じ意味じゃありませんでしたっけ? 人の命を延ばすごとに自分の命を失ってしまう彼に、この名前を持ってきてる意味を考えてしまいます。もしかしたら、綴りが全然違うかもしれないのですが...。(筑摩書房)


+既読のジャンニ・ロダーリ作品の感想+
「猫とともに去りぬ」ロダーリ
「チポリーノの冒険」ジャンニ・ロダーリ
「うそつき国のジェルソミーノ」ジャンニ・ロダーリ
「パパの電話を待ちながら」ジャンニ・ロダーリ

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えへへー、指輪物語を再読してしまいました。
先日「ホビットの冒険」を読んだ後、他の本読みつつ、ちまちまと読み進めてたんです。ええと、前回読んだのが2002年なので、4年ぶりということになりますね。(サイトに記録があると、こういう時にほんと便利) 小学生の時に初めて読んで以来、これで何度目の再読になるのかは分からないぐらい読んでるんですが、この本は何度読んでも、いつも幸せな気分になります。もうほんと大好き。好きすぎて、感想を書きたくないぐらい。とは言っても、結局普通に読むだけで、マニアにはなれないんですが。(笑)
あ、箱のセットは「全9巻」になってますけど、10冊目の追補編も必読です。ここまで読んで「指輪物語」は完結。てか、私が最初に買った旧版の文庫は全6冊で、追補編まで全部入ってたので、どうしても抜かしたくないんですよね。...新版は全10冊、旧版は全6冊。差がありすぎるようにも思えますが、訳がどうこういう以前に、字の大きさや紙の厚みが全然違うので。それはもう笑ってしまうほど。
近いうちに、ロード・オブ・ザ・リングのDVDをまた見ようっと。そして「終わらざりし物語」を読もうっと。でも「終わらざりし物語」はハードカバーだから、持ち歩きできないのがツラいなあ。(評論社)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

+既読の指輪物語関連作品の感想+
「トールキン神話の世界」赤井敏夫
「トールキンによる『指輪物語』の図像世界」W.G.ハモンド/C.スカル
「トールキン指輪物語事典」デヴィッド・デイ
「図説 トールキンの指輪物語世界 神話からファンタジーへ」デイヴィッド・デイ

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非常に力の強い魔術師である父・アブホーセンの意向で、5歳の時に古王国を離れ、「壁」の向こうにある私立学校・ワイヴァリー学院の寄宿学校に入ったサブリエルももう18歳。卒業後の進路を話し合うため、毎月恒例の新月の夜に父親が影を送ってくるのを待っていました。しかしその夜、アブホーセンはなかなか現れず、その代わりに現れたのは、父の使いの真っ黒な生き物。父のいつも持っていた剣と7つの小さな銀のハンドベルを受け取ったサブリエルは、アブホーセンに何があったのか調べるために、早速古王国へと向かうことに。

最近の読書はファンタジー系が多いんですが、今時のファンタジー作品を読むのは、とても久しぶり。というか、実はあまりよく知らないんですよね、最近のファンタジー作品って。この作品も気になってはいたものの、最近よくある「怒涛のように展開してページをめくる手を止められない」タイプの作品かも、とちょっと警戒してたし(今そういう気分ではないので)、それ以前に、読むとしても3部作が全部文庫で出揃ってからにしようと思ってたはずなんですが...(笑) 書店で見かけた時に、つい買っちゃいました。でも正解。面白かった。

ということで、古王国記シリーズの第1作です。でもこの作品、設定がややこしいんですよね。
まず普通の世界の中に、古王国という魔力が非常に強く、現代的な機械が機能しない一帯があって、普通の世界からは「壁」で隔離されています。ここには「チャーター魔術」と「フリー・マジック」といった2つの魔法があるんですけど、これ以外にもあるのかな...? とにかくサブリエルの父は強力なチャーター魔術師で、剣とハンドベルによって、蘇った死霊を冥界に眠らせるのが仕事。
サブリエル自身分かってないことが多いし、説明が懇切丁寧というわけでもないし、古王国の存在自体がそもそも謎~。でも一旦読み始めたら、すっかり引き込まれてしまいました。マークを思い描いたり、定められた手順で指を動かすことによってかけるチャーター魔術も面白いし、結界を作って冥界と行き来する場面も素敵。そして何といっても、それぞれに大きさも音色も役割も違う7つの銀のハンドベルの存在がいい! ベルは単体で使うこともできますし、力のある魔術師なら組み合わせることも可能。でも簡単に使えるものばかりではなく、使い方を一歩間違えると魔術師も滅ぼしてしまう危険性をはらんでるんですよね。危険といえば、口は悪いながらも、普段は忠実にアブホーセンに仕えている白猫のモゲットも、実は危険な存在。やっぱり闇が濃いほど、光が際立ちますね。でも、全体的に重苦しい雰囲気が漂って、ダークファンタジーというのはこういう作品のことを言うのかなあ、なんて思いながら読んでたんですけど、実はそれほど暗いわけでもなかったようです。少なくとも読後感は、全然悪くも暗くもないです。
いくつか難もあると思うのだけど、それでもこの世界観はなかなか魅力的。この世界、そして7つの門を持つ冥界についてももっと知りたくなります。続編の「ライラエル」「アブホーセン」も楽しみ。早く文庫にならないかな。(主婦の友社)


+シリーズ既刊の感想+
「サブリエル 冥界の扉 古王国記I」上下 ガース・ニクス
「ライラエル 氷の迷宮 古王国II」上下 ガース・ニクス
「アブホーセン 聖賢の絆 古王国記III」上下 ガース・ニクス

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美しい湖水と深い森に囲まれた場所に住む、年を取った人の好い漁師夫婦の家を1人の若い騎士・フントブラントが訪れます。彼は森の向こうの天領の町から、1人で不思議な生物や妖怪が現れると噂の森の様子を探りに来たのです。フントブラントは漁師夫婦の養女・ウンディーネと恋に落ち結婚。しかしウンディーネは魂を持たない水妖でした。フントブラントを愛し愛されることによって魂を得たウンディーネは、フントブラントに自分が水妖であることを打ち明けます。

フーケーは18世紀から19世紀にかけてのドイツのロマン主義作家。この作品は、ドイツではゲーテの「若きウェルテルの悩み」と共に愛読されているという作品なのだそうです。民間伝承に題材をとったという、美しく幻想的で、そしてとても悲しい物語。
読んでいて一番目を引いたのは、魂を持っていなかったウンディーネの、魂を得てからの変わりよう。まるで別人。魂がない頃のウンディーネって、楽しいことにしか興味を持たない、軽くて気まぐれでとてもお行儀の悪い子だったんですよね。でも、魂が近づいてくるにつれて「居ても立ってもいられないような心配や悲しみが影のように覆いかぶさって来る」と感じ、「魂」を得た後はすっかりお淑やかな娘になってしまいます。もしフントブラントに一生みじめな思いをさせられたとしても、魂を得させてもらえたことを有難く思うだろうと言っているほど。ここに登場する「魂」って、日本人にとっての「魂」とはまた別物のような気がして、ちょっと違和感があるのだけど...。「魂」というより、むしろ「愛」ではないのかなあ。(キリスト教だから、「信仰」もかも) そういえばロード・ダンセイニの「妖精族のむすめ」も、魂を得て人間になる妖精の話なんですが、何かを欲しいと願うこと自体、何かを感じること自体、魂を持ってるからこその心の動きのような気がするんですよねえ... うーん、魂って何なんだろう? 
ウンディーネの叔父の水の精・キューレボルンは魂を持っていないので、愛の幸せのために涙を流すウンディーネを理解することができないし、ウンディーネの言う「愛の喜びと愛の悲しみは、たがいによく似た優しい姿の、親しい姉妹の仲であって...」という言葉は理解の外。

この作品は、その後フランスの作家・ジャン・ジロドゥーによって「オンディーヌ」という三幕の戯曲にもなってます。どうやら、そちらの方が過程に説得力がありそうなので、そちらも読んでみたいです。でもこの「水妖記」も、確かに解説にもある通り、もっと切ない物語にすることもできたんでしょうけど、これはこれで完成されていると思いますね。あと、アーサー・ラッカムが挿絵を描いた単行本もあるみたいなので、見てみたいなあ。現在品切れのようですが、コチラ。(岩波文庫)


+関連作品の感想+
「水妖記(ウンディーネ)」フーケー
「シンデレラ」「不思議の国のアリス」「ウンディーネ」「リップ・ヴァン・ウィンクル」「ピーター・パン」アーサー・ラッカム
「オンディーヌ」ジロドゥ

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善政ではあっても新しい変化のない世の中に倦んだアールの郷の人々は、国主に「魔を行う国主さまに治めていただきたい」と申し出ます。国主は了承。早速長男・アルヴェリックを呼び、エルフランドに行くことを命じます。魔の家系の王女、エルフランドの王の娘と結婚しろというのです。

ほお~~っ、美しいです。重厚な美しさを描き出すダンセイニの作品の中でも、特に美しい作品ですね。幽玄な美しさというか何というか、もううっとりしてしまうー。特に印象に残ったのは、魔女が落雷を掘り出して剣を作る場面、アルヴェリックが黄昏の国境いからエルフランドへと踏み出す場面、そして何といっても、「時」がなく永遠の静謐の中にまどろんでいるエルフランドの描写。このエルフランドの描写がすごいんです。今まで色々な「妖精の国」の物語を読んできましたけど、これほどまでに静かな存在感がある場所は、初めてだったかも。エルフランドの場面、エルフランドの王女が登場する場面は特に、読んでいる間中ずっと歌が聞こえてくるような気がしていました。それだけに、エルフランド王の怒り、その静かな恐ろしさが際立つような気がします。終盤はとても物悲しいんですけどね。読んでるうちに、なんだかエルフランドにのみこまれてしまったみたいです。 圧倒的な作品でした。(沖積舎)


+既読のロード・ダンセイニ作品の感想+
「ぺガーナの神々」ロード・ダンセイニ
「魔法使いの弟子」ロード・ダンセイニ
「魔法の国の旅人」ロード・ダンセイニ
「世界の涯の物語」「夢見る人の物語」ロード・ダンセイニ
「妖精族のむすめ」ロード・ダンセイニ
「エルフランドの王女」ロード・ダンセイニ
「影の谷物語」ロード・ダンセイニ
「時と神々の物語」「最後の夢の物語」ロード・ダンセイニ
「ダンセイニ戯曲集」ロード・ダンセイニ
「牧神の祝福」ロード・ダンセイニ

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「きえてしまった王女」は、小さい時から甘やかされて育ったため、我侭で自分勝手な子になってしまったロザモンド王女と、両親が甘やかし続けたおかげで、これまた自分勝手でうぬぼれの強い子に育ってしまった羊飼いの少女・アグネス、そしてその2人を立ち直らせようとする賢女の物語。「かげの国」は、病気で寝たきりにも関わらず、妖精の国の王様にさせられてしまったリンケルマンじいさんが、かげに連れられて、かげの国へと行く話。

「きえてしまった王女」に登場する2人の少女たちは様々な試練を受けているうちに、徐々に自分の醜さを理解していきます。でも頭では分かっていても、思うように行動できないというのはよくあること。自分でも気付かないうちに、自分の悪い部分を正当化しようとしたり、良くなりかけていても、あっという間に元の嫌な子供に戻ってしまったり。賢女のおばあさんの助けを借りても、どうも一進一退といったところ。このなかなか上手くいかないところが、また人間らしいと言えそうです。こういうのって心がけが立派なだけじゃダメなんですよね。この物語を読んでいると、賢女のおばあさんの言葉に、まるで直接話しかけられているような気がしました。いやー、気をつけよう...。
「かげの国」は、あとがきによれば、ジョージ・マクドナルドの初めての童話とも考えられている作品のようです。「北風のうしろの国」を準備するためのスケッチだとも。確かに「北風のうしろの国」ととてもよく似た雰囲気があるんですが、こちらの方が教訓が直接的なんですよね。もう少しぼかして欲しかった気もするのだけど... それが初めての童話作品と考えられる所以なのかな。

どちらの物語にしても、他のマクドナルド作品にしても、教訓色が強いし、物語としてきちんと閉じていなくて、どこか収まりが悪かったりもするんですが、それでもやっぱり豊かに広がる幻想的なイメージが美しいです。これでトールキンやルイスみたいな、きちんとした起承転結を持つ作品を書く作家さんたちに大きな影響を与えてるというのが面白いなあ。
マクドナルド作品は邦題が色々なので分かりにくいんですが、どうやらこれでコンプリートらしいです。特に好きだったのは、「金の鍵」と「昼の少年と夜の少女」(「フォトジェン」という邦題も)。今度、随分前に読んだきりの「リリス」を再読しようっと。今ひとつ理解できなくて悔しかった「ファンタステス」(感想)も。元々一読しただけでは、全て掴みきれないというイメージの強い作家さんですしね。次回に期待なのです。(「リリス」の方は、既に2~3度読んでますが)(太平出版社)


+既読のジョージ・マクドナルド作品の感想+
「お姫さまとゴブリンの物語」「カーディとお姫さまの物語」マクドナルド
「北風のうしろの国」ジョージ・マクドナルド
「かるいお姫さま」マクドナルド
「ファンタステス」ジョージ・マクドナルド
「金の鍵」「黄金の鍵」ジョージ・マクドナルド
「きえてしまった王女」「かげの国」ジョージ・マクドナルド

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「金の鍵」(岩波少年文庫) ... 「魔法の酒」「妖精の国」「金の鍵」の3編収録
「黄金の鍵」(ちくま文庫) ... 「巨人の心臓」「かるい姫」「黄金の鍵」「招幸酒」の4編収録
ジョージ・マクドナルドの作品は、様々な邦題で訳されているので分かりにくいのですが、「金の鍵」と「黄金の鍵」、「魔法の酒」と「招幸酒」はそれぞれ同じ物語です。

ジョージ・マクドナルドはルイス・キャロルと同時代に活躍し、トールキンやルイスに大きな影響を与えたという作家。スコットランド色の濃い「魔法の酒」(「招幸酒」)もとても面白くて好みなんですが、やっぱりこの中で一番素敵なのは、表題作の「金の鍵」(「黄金の鍵」)でした。
これは、虹のたもとで金の鍵を見つけた少年と、2人の召使にいじめられていた少女が、「おばあさま」の家で出会い、金の鍵の合う鍵穴を探しに行く旅に出る物語です。マクドナルドらしく、とても美しくて幻想的。そしてとても象徴的なのです。「おばあさま」や魚には、どのような意味が隠されているのか、2人が旅の途中で出会う、「海の老人」「大地の老人」「火の老人」とは。「老人」と言いつつ、その見かけは老人ではなかったりするし、特に「火の老人」の1人遊びが気になります。そして2人が最終的にたどり着く、「影たちがやってくる源の国」とは。どれもはっきりとは書かれていなくて、読者が想像するしかないのですが...。井辻朱美さんの「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」の下巻の情景は、もしかしたらこの旅の情景に影響を受けているのかも。なんて思ったりしました。そしてここに登場する「おばあさま」は、「お姫さまとゴブリンの物語」や「お姫さまとカーディの物語」(感想)に登場する「おばあさま」と同じ人物なのかしら? マクドナルドの作品全体を通して、「おばあさま」がとても重要な役割を担っているようです。(岩波少年文庫・ちくま文庫)


+既読のジョージ・マクドナルド作品の感想+
「お姫さまとゴブリンの物語」「カーディとお姫さまの物語」マクドナルド
「北風のうしろの国」ジョージ・マクドナルド
「かるいお姫さま」マクドナルド
「ファンタステス」ジョージ・マクドナルド
「金の鍵」「黄金の鍵」ジョージ・マクドナルド
「きえてしまった王女」「かげの国」ジョージ・マクドナルド

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小学校3年生のりえちゃんは、一番仲良しの正ちゃんと喧嘩をした日、いつもと違う道を通って帰ります。いつもの道だと、途中で正ちゃんの家の前を通らなければならないのです。でも途中、空き地だったはずの場所に御殿のような建物が建っているのを見てびっくり。そこには赤い門がそびえ立ち、食べ物屋が並んでいました。そして、その中でも立派な店の前を通りがかった時に急に大粒の雨が降り出し、りえちゃんは慌ててお店に飛び込みます。

後に有名な中華料理人になったりえちゃんが、子供の頃の体験をファンタジー仕立ての童話にした、という設定。帯にある「おいしくかわいいお料理ファンタジー」という言葉そのまんまの作品。いやー、美味しそうでしたー。そして可愛かったですー。
りえちゃんがマーおじさんのお店のある中華横丁に入り込む辺りは、はっきり言って「千と千尋の神隠し」の場面にそっくり。でも、ここで出会うのはハクじゃなくて名コックのマーおじさん。美味しい中華小説といえば南條竹則さん、と私の中ではすっかりイメージが定着してるんですが、これも本当に美味しそう。ごく普通のはずの卵チャーハンの美味しそうなこと! しかも「八仙過海」だの「菊花乳鴿」だの「千紫万紅」だの「百鳥朝陽」だの「宝塔暁風」だの「蓬莱晩霞」だの、どんどん登場する中華料理の名前だけでもそそるんですよねえ。(もちろんそのそれぞれに、美味しそう~な説明がついてます) さすが満漢全席を食べたことがあるという南條竹則さんならでは。小学生が主人公なので、「酒仙」や「遊仙譜」に比べると、さすがにお酒度は低かったですが...(笑)
猪八戒のパロディの「ブタンバラン」とか、「美食礼讃」のサバラン、洞庭湖の竜王・洞庭君、中国四大美女の1人・王昭君、「神曲」のダンテ・カジキエビ(笑)、清朝の詩人・袁枚、中国の仙人・呂洞賓など古今東西の様々な人物が登場して、しかもダンテとは一緒に煉獄をめぐっちゃうし、公主の御殿では「トロイの悲劇」なんて劇まであって、かなりのドタバタ。でも、ただ美食を追い求めるだけでなく、さりげなく美食に対する教訓も籠められています。(ヴィレッジブックス)


+既読の南條竹則作品の感想+
「セレス」南條竹則
「りえちゃんとマーおじさん」南條竹則
「鬼仙」南條竹則
「あくび猫」南條竹則
「魔法探偵」南條竹則
Livreに「酒仙」「満漢全席」「遊仙譜」「ドリトル先生の英国」の感想があります)

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2歳年上の兄は天才的なMF。父も高校時代にDFとして国体に出場した経験があり、両親共にコアなマリノス・サポーター。そんな家に育った新二は、自分も地元のサッカーチームのFWでサッカーづけの毎日を送っていました。でも試合の前になると、いつも下腹がゴロゴロと鳴り、試合では実力が発揮しきれないタイプ。まるで才能のない自分に、いつしかサッカーを楽しめなくなっていたのです。そんな時、子供の頃からよく一緒にいた連が地元に戻ってくることを知ります。連は小学校の頃通っていた体操クラブでも将来の五輪金メダリストの卵と脚光を浴びながらもあっさりやめてしまい、今もまた全国大会の100mで7位という成績を残した、中学の陸上部を辞めようとしていました。新二と連は同じ高校に入り、一緒に陸上部に入部することに。

8月から3ヶ月連続で刊行中の佐藤多佳子さんの4年ぶりの新作。いやー、イイ!! やっぱり佐藤多佳子さん、好き!!
もう、読んでるうちに、こっちまで熱くなってきちゃう。陸上部とかその競技に関しては何も知らない私ですが、でも全然大丈夫。まだ1巻しか読んでないですけど、これは森絵都さんの「DIVE!!」と、あさのあつこさんの「バッテリー」と並ぶ作品になりそうな予感~。この2作にハマった人なら、きっとハマると思います。早く2巻3巻も読みたいなあ。(講談社)


+シリーズ既刊の感想+
「一瞬の風になれ1 イチニツイテ」佐藤多佳子
「一瞬の風になれ2 ヨウイ」佐藤多佳子
「一瞬の風になれ3 ドン」佐藤多佳子

+既読の佐藤多佳子作品の感想+
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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ある朝、ビルボ・バギンズが朝食を終えて、自分の素敵な穴のドアの前でゆっくり一服楽しんでいた時、そこに現れたのは魔法使いのガンダルフ。ガンダルフはビルボを冒険に連れ出そうと思ってやって来たのです。しかしビルボは冒険なんぞ真っ平。翌日のお茶に招待すると言って、体よくガンダルフ追い払います。ところが翌日のお茶の時間に玄関の呼び鈴が鳴った時、ドアの前に立っていたのは1人のドワーフでした。次にまた1人。今度は2人。ひっきりなしにドワーフたちが現れ、結局ドワーフが13人とガンダルフが、ビルボを囲んでお茶をすることになり、ビルボはなぜか、昔ドワーフたちが竜のスマウグに奪われた宝を取り戻す旅に同行することに。

「指輪物語」を再読したいと思ってたら、ついついこちらから読み始めてしまいました。大人向けの「指輪物語」とは対照的に、こちらは子供向けの作品なので、読むのはそれほど大変じゃないんですけどね。いや、相変わらず楽しいなあ。でも、「指輪物語」もそうなんですが、最初はやけにのんびりした空気が流れているのに、だんだんシリアスな雰囲気になるんですよね。最後は「五軍の戦い」なんてものもあって、冒頭のいかにも「ホビットの冒険」という雰囲気からは離れてしまうのが、ちょっぴり残念。...と言いつつ、やっぱり面白かったんですけどね。「指輪物語」に登場するエルフのレゴラスの父、闇の森の王スランドゥイルや、ドワーフのギムリの父・グローインが登場するのも嬉しいところ。さ、これで「指輪物語」再読への準備は万全です。(岩波少年文庫)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

+既読の指輪物語関連作品の感想+
「トールキン神話の世界」赤井敏夫
「トールキンによる『指輪物語』の図像世界」W.G.ハモンド/C.スカル
「トールキン指輪物語事典」デヴィッド・デイ
「図説 トールキンの指輪物語世界 神話からファンタジーへ」デイヴィッド・デイ

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小さな仔犬のローヴァーが、ある日庭院で黄色いボールを転がして遊んでいる時に出会ったのは、意地悪な魔法使いのアルタクセルクセス。ボールを取り上げた魔法使いに怒ったローヴァーは噛み付き、魔法使いはローヴァーをおもちゃの犬に変えてしまいます。そしておもちゃ屋のウィンドウに並べられたローヴァーを買ったのは、3人の息子のいるお母さん。その中の1人が大の犬好きで、とりわけ小さな白と黒のぶちの犬には目がないのです。しかし大喜びしていた少年は、海岸でローヴァーをポケットから落としてしまい...。浜辺でローヴァーが出会ったのは、プサマソスという名の魔法使いでした。

仔犬のローヴァーが、月世界に海底にと大冒険する物語。トールキンが「ホビットの冒険」よりも以前に作ったという作品です。この作品に登場する少年はトールキンの次男のマイケル。お気に入りの犬のおもちゃをなくしてしまった時に、マイケルを慰めるために作った話のようですね。
アーサー王伝説やギリシャ神話、北欧神話のモチーフが沢山取り入れられて、まだまだトールキン独自の世界とは言えないんですが、十分にその原型は感じられます。アルタクセルクセスの帽子はトム・ボンバディルのと同じみたいですし、月の男はまるでガンダルフのよう。(月の男ではなく、プサマソスなのかもしれませんが) 海の底に行ったローヴァーが鯨や海犬のローヴァーと西の果てに見た風景は、まるでヴァラールやエルフたちの住むアマンのよう。ここに登場するドラゴンも、ホビットの冒険に出てくるスマウグの原型と言えそう。...もちろん、そういったことを抜きに、1匹の仔犬の冒険物語としても十分楽しめますけどねっ。ローヴァー、すごく可愛いです。月の世界や海の底の世界の描写も素敵。(原書房)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

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チポリーノは貧しいタマネギの少年。ある時、国の総督であるレモン大公がチポリーノたちの住む木造バラックの辺りを通ることになり、沿道に出ていたチポリーノの父・チポローネは、後ろの群集たちに押されてレモン大公の足をひどく踏みつけてしまいます。チポローネは即刻ちびレモン兵たちに逮捕され、終身刑を言い渡されることに。父親に面会に行ったチポリーノは、世間に出て勉強しろという父親の言葉に、チポッラおじさんに母と弟たちのことを頼むと、1人旅に出ることに。

チポリーノはたまねぎですし、ブドウ親方、レモン大公、トマト騎士、エンドウ豆弁護士、イチ子やサクラン坊やなど、野菜や果物が中心となった物語。児童書ですが、実は政治色が強いんですよね。「冒険」という名目で、レモン大公の独裁政治に革命を起こし、共和制の世の中に変わる様子を描いてるんですから。でも、子供の頃もそういうことは薄々感じていましたが、楽しく読んでましたし、大人になった今読み返しても、やっぱり楽しかったです。ロシア語の訳書からとったというB・スチェエーヴァの挿絵も、相変わらず可愛い~。
それにしても、ロシアでチポリーノの歌が作られたというのは覚えていましたが、それを作ったのが「森は生きている」のマルシャークだったとは...! びっくり。そうだったのか。いや、色々ありそうですね。(岩波少年文庫)


+既読のジャンニ・ロダーリ作品の感想+
「猫とともに去りぬ」ロダーリ
「チポリーノの冒険」ジャンニ・ロダーリ
「うそつき国のジェルソミーノ」ジャンニ・ロダーリ
「パパの電話を待ちながら」ジャンニ・ロダーリ

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先日「トールキンによる『指輪物語』の図像世界」を読んだ時に(感想)、読みたいなあと思った本。早速図書館で借りてきました。私が読んだ版の書影がなくて残念! と思っていたら洋書の方にあって嬉しい~。ほとんど一緒なので、ここに載せちゃいますね。リンク先は日本語版のページですが。

ということで、J.R.R.トールキンが子供たちのために作ったお話からできたという絵本2冊。「ブリスさん」の方も、トールキンの直筆の原稿(挿絵入り)が見られて楽しいんですけど(左ページに日本語訳、右ページに直筆原稿となっているのです)、絵本にしてはちょっと長くて飽きてしまいまったりなんかして...(^^;。
気に入ったのは、断然「サンタ・クロースからの手紙」の方でした! この本は、トールキンが自分の4人の子供たちのために20年以上書き続けた絵と手紙を絵本にしたもの。手紙の差出人は、サンタ・クロース自身だったり、助手の北極熊だったり、秘書のエルフだったりで、いつもプレゼントと一緒に暖炉の前に置いてあったのだそうです、時には降ったばかりの雪にまみれて...!
この本の翻訳には2種類あって、私が読んだ評論社の「しかけ絵本の本棚」版では、実際に手紙が封筒に入れられているという、とても凝った素敵な本となっています。(きちんとオリジナル通りの色合いの英語の手紙が入っていて、その裏には日本語訳が) サンタ・クロースから直筆の手紙が来るというだけでも楽しいのに、サンタ・クロースとドジな北極熊の大騒動がイラスト入りで読めるなんて素敵すぎる~。北極熊が、北極柱(北極は英語で「NorthPole」)にひっかかったサンタ・クロースのフードを取ろうとすると、柱が真ん中で折れて倒れてきて、サンタ・クロースの家の屋根に大きな穴をあけてしまい、クリスマス間際に引越しをしなければならなくなったとか、翌年は、北極熊が2年分のオーロラ花火を打ち上げてしまい「世にたぐいなく大きなドカーン」となってしまったり、その翌年は、またまた北極熊が両手にかかえきれないほど荷物を持って階段から転げ落ちてプレゼントをばら撒いてしまったり... 北極での楽しく賑やかな様子が伝わってきます。封筒についている絵や北極マークの切手も素敵ですし、サンタ・クロースの震える文字、北極熊のかっちりとした文字、エルフの流れるような筆記体と文字が使い分けられているのも楽しいです。これ、しかけ絵本じゃない方だとどんな感じになってるのかしら。もっと物語になってるのかな? でもそれはそれとして、しかけ絵本、可愛すぎ。原書版が欲しいかもー。(評論社)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

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「ビルボの別れの歌」は、トールキン生誕100年記念出版の絵本。エルフたちと共に中つ国から船で旅立ったビルボが、その旅立ちの直前に書いたという詩が、ポーリン・ベインズのフルカラーの挿画と共に美しい絵本となりました。「指輪物語『中つ国』のうた」は、「指輪物語」の中に存在する、美しかったり切なかったり楽しかったりする様々な歌を抜き出した本。こちらはアラン・リー挿画。

まず「ビルボの別れの歌」ですが、それぞれのページに、ビルボの詩と指輪物語の最後の旅立ちの場面、そしてページの下には「ホビットの冒険」の場面も描かれて、とても綺麗な絵本です。でも私にとってポーリン・ベインズの絵といえば、絶対にナルニアシリーズなんですよね...! 子供の頃からお馴染みなだけに、どの絵を見ていてもナルニアの場面のように思えて仕方がなかったです。馬に乗るエルフたちの姿は、ピーター、スーザン、エドマンド、ルーシィたちのようだし、戦いの場面は白い魔女との戦い... というよりむしろ彼らがカスピアン王子や物言う動物たちと共に戦った時かな。そして船は朝びらき丸! それでもトールキンとは長い付き合いだったというポーリン・ベインズなので、その絵にはトールキン自身から聞いたことが色々と描きこまれているそうで、巻末にある各イラストの詳細な説明がとても面白かったです。
そして「指輪物語『中つ国』のうた」は、先日「シルマリルの物語」を読んだ時に(感想)、もう一度「指輪物語」を再読したい、特に歌の部分を重点的に読みたいと思っていた私にとっては、なんてぴったりな本! と思ったんですが... 確かに様々な歌とその歌が歌われた状況を読んでいるだけで、まるで本編をもう一度読んでいるような気分になるんですけど、でもやっぱりこういった歌は本編の中にあってこそでした。やっぱりちゃんと再読しなくちゃいけないな。...本当は「指輪物語」だけを再読するつもりだったんですが、「ビルボの別れの歌」に「ホビットの冒険」の場面の絵があるのを見てたら、こちらから読みたくなってきました。積読本消化のためにも、本当は今はあまり再読したくないんだけど... どうやら我慢できそうにないです。時間の問題。(笑)(岩波書店・評論社)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

+既読の指輪物語関連作品の感想+
「トールキン神話の世界」赤井敏夫
「トールキンによる『指輪物語』の図像世界」W.G.ハモンド/C.スカル
「トールキン指輪物語事典」デヴィッド・デイ
「図説 トールキンの指輪物語世界 神話からファンタジーへ」デイヴィッド・デイ

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トルコ人との戦争で砲火を浴びて真っ二つになってしまったメダルド子爵。生き残った右半身は故郷に帰還するのですが、その右半身は完全な「悪」だったのです... という「まっぷたつの子爵」と、12歳の時に昼食に出たかたつむり料理を拒否して木に登り、それ以来樹上で暮らし続けたコジモの物語「木のぼり男爵」。

以前「不在の騎士」を読んだ時に奇妙な世界の片隅でのkazuouさんにお勧め頂いていた本。その3冊で歴史小説3部作とされているんですが、話としては全然関連がなくて、それぞれに独立しています。
いやあ、どちらも面白かった。「まっぷたつの子爵」は寓話だし、「木のぼり男爵」はもう少し現実的な話(?)ながらも色々とメッセージが含まれているんですが、それ以前に物語として面白かった。特に気に入ったのは「まっぷたつの子爵」。これは表紙を見て分かる通り児童書なんですけど、いや、すごいですね。真っ二つになってしまった子爵の身体は、完全な「善」と「悪」に分かれちゃう。普通に考えれば「善」の方が良いもののはずなのに、完璧な「善」は実は「悪」より遥かに始末が悪かった、というのがスバラシイ。まあ、結局のところ、完全な存在ではあり得ない人間にとっては、善悪のバランスが取れた人間の方が理解しやすいですしね... それに「悪」に対しては立ち向かって行こうという意欲が湧くかもしれないけど、完全な「善」を前にしたら、いたたまれなくなっちゃうものなのかもしれないな... 中でも、「善」のために気晴らしができなくなって、自分たちの病気を直視せざるを得なくなった癩病患者の姿がとても印象的でした。
「木のぼり男爵」も面白かったです。現代インドの作家・キラン・デサイの「グアヴァ園は大騒ぎ」では、主人公は木に登ったきりほとんど何もしようとせず、家族によって聖人として売り出されてしまうんですけど、こちらのコジモは実に行動的。木がある限り、枝から枝へとどこへでも行っちゃう。樹上にいても読書もできれば盗賊と友達となれるし、海賊と戦うこともできるし、恋愛すらできちゃうんですよね。ヴォルテールやナポレオンが登場したのにはびっくり。そしてアンドレイは、「戦争と平和」のアンドレイだったんですね。ただ、こちらは少し長かったかな。もう少し短くまとまっていても良かったような気がします。(晶文社・白水uブックス)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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アヨーディヤーに住むダシャラタ王の第一王子・ラーマは、16歳になると賢者ヴィシュヴァーミトラの元で修行し、その後ミシラーのジャナカ王の娘・シータと結婚。しかしラーマが王位を継ぐことになった時、それに嫉妬した次男・バラタの母・カイケーイー妃とその召使女・マンタラーの陰謀で、14年もの間王国を追放されることになってしまいます。国を離れるラーマに従うのは、妻のシータと弟のラクシュマナ。しかしそんなある日、シータが羅刹ラーヴァナに攫われてしまい...。

1980年に出た本だというのに、アマゾンにもBK1にもデータがみつからない! 先日レグルス文庫版を読んだ時に、あまりの抄訳ぶりにがっくりきてたら、picoさんがこんな本もあるよと教えて下さった本。河出世界文学大系という全集の中の1冊です。図書館にあったので、早速読んでみました。
でも同じ「ラーマーヤナ」でも、レグルス文庫版とはちょっと違っていてびっくり。レグルス文庫はただの抄訳版かと思っていたんですけど、確かに全体的にはこちらの方が断然詳しいんですけど、そうではなかったのかしら? まず作者のヴァールミーキについても、こちらの本では最初から詩歌にすぐれた聖仙人とされてるんですけど、レグルス文庫版では、最初は盗賊だったヴァールミーキが心を入れ替えて修行し、霊感を得て詩を作るようになるまでのくだりがあるんですよね。物語の終盤も、結果的に起きたことは同じでも、なんだかニュアンスがどうも違うような... 不思議だ。あ、でも、やっぱりこっちの方が断然詳しいし、読み応えがありました。こちらの方が、枠物語という部分が前面に出ていたレグルス文庫版よりも、もっと純粋に王子ラーマの物語という感じがします。(河出書房新社)


+関連作品の感想+
「ラーマーヤナ」上下 ヴァールミーキ
「ラーマーヤナ」ヴァールミーキ

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「指輪物語」「ホビットの冒険」「シルマリルの物語」を中心に、トールキンが創り上げた中つ国関連の事柄や用語を「歴史」「地理」「社会」「動植物」「伝記」という分類で整理し説明した本。

「指輪物語」など一連の作品は、イギリスには良質な伝説がないと感じていたトールキンが、50年をかけて作り上げたという神話体系。固有名詞が本当に沢山あって覚えるのが一苦労なんですけど、それらの固有名詞や中つ国での出来事がとても分かりやすくまとめてありました。これから「終わらざりし物語」を読もうとしている私にとっては、それぞれの物語の復習にぴったり。
ただ、基本的にあいうえお順に掲載されている事典なので、目的の項目を引くことも可能なんですけど、そういった使用をするにはあまり向いてないかも...。相互に参照できるような機能もほとんどないし、全体を通しての索引がないので、例えばエルフの3つの指輪のことを調べたいと思っても、自分で5つの章のうちで当てはまりそうな箇所を考えて探すしかないんですよね。結局ヴィルヤ(風の指輪)、ナルヤ(火の指輪)、ネンヤ(水の指輪)という項目はなく、「歴史」の「太陽の第2紀」の説明にも「社会」のエルフの項目にも、「伝記」のケレブリンボール(3つの指輪を作ったエルフ)の項目にも3つの指輪に関する記述はなくて、持っていたであろう人物の項目を「伝記」で探すしかありませんでした。どちらかといえば、調べ物をするよりも、通して読むのに向いている本かと。...通して読んでいると、似たような記述が多くて、最後の方はちょっと飽きてきたりするんですけどね。(やっぱり相互参照させてくれればいいのに)
イラストに関しては、あまり好みではないものが多かったのがちょっと残念。アラン・リーやトールキン自身のイラストを使うという案はなかったのかなー。(原書房)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

+既読の指輪物語関連作品の感想+
「トールキン神話の世界」赤井敏夫
「トールキンによる『指輪物語』の図像世界」W.G.ハモンド/C.スカル
「トールキン指輪物語事典」デヴィッド・デイ
「図説 トールキンの指輪物語世界 神話からファンタジーへ」デイヴィッド・デイ

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2年前に東尋坊の崖から落ちて死んだ恋人に、ようやく花を手向けに来ることが出来た嵯峨野リョウ。その時リョウの携帯電話に入ったのは、兄が死んだから早く金沢の自宅に戻れという知らせでした。リョウは持っていた花を崖下に投げ込みます。しかしその時、風の乗ったかすれ声が聞こえるのです。リョウは強い眩暈を感じ、岩場で大きくバランスを崩してしまいます。そして次に気付いた時、リョウは金沢市内の見慣れた浅野川のほとりのベンチに横になっていました。訳も分からないまま家に戻るリョウ。しかしそこには見知らぬ女が。それは嵯峨野サキ。リョウはなぜか、自分が生まれていない世界に飛び込んでしまっていたのです。

パラレルワールドストーリー。生まれてなかったはずの姉がいたり、家族関係もちょっと違っていたり、潰れたはずのうどん屋が開いているし、大きな銀杏の木はなく、死んだはずの人間が元気に生きている世界。でも、これまで何度かパラレルワールド物は読んだけど、これほど痛いのは初めてでした。自分の世界とサキの世界の違いというのが、全て自分たちのとった行動の違いの結果だったんですもん...。「あそこでこうしていれば...」と人間誰しも思ったことがあると思いますが、「間違い探し」の中で否応なく突きつけられるのは、自分の取った行動とその結果。いやもう、ほんとものすごく痛いです。でも痛いながらも、とても面白かった! 米澤さんの作品は、最後の最後まで気が抜けないですね。(新潮社)


+既読の米澤穂信作品の感想+
「春期限定いちごタルト事件」米澤穂信
「犬はどこだ」米澤穂信
「クドリャフカの順番 『十文字』事件」米澤穂信
「夏期限定トロピカルパフェ事件」米澤穂信
「ボトルネック」米澤穂信
「遠まわりする雛」米澤穂信
「インシテミル」米澤穂信
Livreに「氷菓」「愚者のエンドロール」「さよなら妖精」の感想があります)

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現実世界とは一味違った別世界を作り出し、その中で生きる楽しみを謳歌するのは、ファンタジーと呼ばれる物語群の特徴。しかし現実世界を脇にのけて遊ぶための空間に、一体どのような意味があるのでしょうか。60年代頃から英米でファンタジーが復興し始めたその理由、なぜ今ファンタジーなのかという理由もあわせて、様々なファンタジー作品を9つの角度から考察していく本です。

枠物語、死後譚、多重人格、人形、動物、場所... といったキーワードから様々なファンタジー作品を考察していくのですが、今回「おお」と思ったのは、二重構造に関する話。ファンタジーには枠物語も多くて、その場合、明らかに構造が二重になってるんですが、死後譚も過去へのタイムスリップも、そういえば二重構造だったんですねー! 死後譚は、この世とあの世を対比することによって、この世の生の喜びを再確認させるし、過去へのタイムスリップも、現在と過去という二重構造で、「現在」にとらわれた自分を解放する1つの手だて。逃避ではなく、あくまでも別の選択肢によって自分を拡大する試みです。そしてさらに、多重人格は2つの物語を並列して語り、人形は主人公の内部の人格を外に投影し、動物は絶対的な無私の愛を持って主人公を守るという二重構造... そのようにして空間や時間その他を二重にすることこそが、ファンタジーの特徴だということ。いや、よくよく考えてみれば当然のことなんですが。

そして多くの枠物語では、枠と中身は全く異質なもので、枠が現実なら、中の絵は夢と幻想。外から眺めている限り、絵は作り物にしか見えないけれど、枠そのものも、絵を真実らしく見せるという役割を持っています。そしていったんその枠の中に入ってしまうと、その枠の中にこそ広大な真実の世界があることに気づくもの。でも、時に枠は裏返され、内側こそが外側のような感覚をもたらすんですよね。ここで引き合いに出されていたのがナルニアシリーズ。確かに、たとえばカスピアンは、異世界から来る子供たちにアラビアンナイトの魔神のような感覚を持っていたし、カスピアン自身、一度「イギリス」が一度見てみたいと願ってたんですよね。その他にも、同じような印象が何度も...。ナルニアを読んだ時に漠然と感じていた「枠の裏返し」がすっきりと解説されていました~。(NTT出版)


+既読の井辻朱美作品の感想+
「風街物語 完全版」井辻朱美
「エルガーノの歌」「パルメランの夢」井辻朱美
「幽霊屋敷のコトン」「トヴィウスの森の物語」井辻朱美
「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」井辻朱美
「遙かよりくる飛行船」井辻朱美
「ファンタジーの森から」「ファンタジーの魔法空間」井辻朱美
「夢の仕掛け 私のファンタジーめぐり」井辻朱美
「魔法のほうき」井辻朱美
「ファンタジー万華鏡」井辻朱美

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実は文学作品だけでなく、多くの絵も描き残しているトールキン。実は、息子であるクリストファー・トールキンが「J.R.R.トールキンの著作研究は、絵をぬきにしては完全でありえない」と言っているほど。母に絵の描き方や飾り文字の書き方を教わって以来、描き続けてきたというトールキンの絵を200枚ほど、ほぼ年代を追って順に紹介していく本です。

トールキンが文学作品だけでなく、絵も多く描き残していたとは知りませんでしたが、実際に見てみると、見覚えがあるものが結構あってびっくり。まず中つ国の地図もそうですし、あとモリアの入り口のドゥリンの扉の絵とか!(この扉の絵は、トールキンの絵を元に、製版工が少し手を入れたようです) あと、昨日の「シルマリルの物語」の表紙の紋章も!(上巻がエルウェで、下巻がフィンゴルフィン) 実は既に色々と登場していたのですねー。
子供の頃の絵にも素敵なのがあったんですが、惹かれるのはやっぱりシルマリルの世界が浮かび始めた頃からの絵。絵を通してもイメージを膨らませていたんですね。「ニグルの木の葉」のニグルと重なっていたのは、文学面だけじゃなかったのか。「妖精物語について」の中で、妖精物語は本来文字で表現するのに向いているとした上で、もし絵画で表現しようとした場合、「心に描いた不思議なイメージを視覚的に表現するのは簡単すぎる」ので、逆に「ばかげた作品や病的な作品」なんて書かれてたんですけど、この本に掲載されているトールキンの絵を見る限り、「ばかげた作品や病的な作品」どころか、とても美しくて存在感のある絵が多くて驚かされるのですが! このまま挿絵として使われていないのが残念なほどですよぅ。もう本当にイメージにぴったりの絵が多くて嬉しくなってしまいますー。ちなみに、この本の表紙に使われてる絵もトールキンの作品です。これは「シルマリルの物語」の「マンウェの館」。絵を見るだけでも、神話の世界がトールキンの中に徐々に形作られてきた過程も見えてくるような気がしますし、それぞれの絵が描かれた状況にも詳細に触れられているのが嬉しいところ。絵画から見たトールキンの半生、とも言えそうです。
そして、文学作品から少し離れて、子供たちのために描いた絵が、またすごく可愛いんです。トールキンの遊び心たっぷりの楽しい作品ばかり。特に一連の「サンタ・クロースからの手紙」がいいなあ。サンタ・クロースや北極グマ、エルフなどキャラクターによって書体をまるで違うものにしているのも楽しいところ。子供たちに対する愛情もたっぷり。やはりこういった、本人も相手も楽しんでいるのが伝わってくるところから、傑作が生まれるのでしょうね。こういった作品は、絵本になっているようなので、今度ぜひ読んでみようと思います!(原書房)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

+既読の指輪物語関連作品の感想+
「トールキン神話の世界」赤井敏夫
「トールキンによる『指輪物語』の図像世界」W.G.ハモンド/C.スカル
「トールキン指輪物語事典」デヴィッド・デイ
「図説 トールキンの指輪物語世界 神話からファンタジーへ」デイヴィッド・デイ

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「トールキン神話の世界」を読んでいたら、無性にこれが読みたくなりました。再読です。「指輪物語」は中つ国の第3紀の物語でしたが、これはそこからさらに遡る1紀・2紀の物語。唯一神エル(イルーヴァタアル)が聖なる者たち(アイヌア)を創造し、アルダと呼ばれる世界を創り出したという神話。アルダに下ったアイヌアたちが世界を形作り、悪との戦いがあり、エルフ、人間、そしてドワーフの誕生... 「指輪物語」は大好きなんですが、神話好きの私にとっては、実はこちらの方がツボなんです。この「シルマリルの物語」という裏づけがあるからこそ、「指輪物語」が好きというか。

唯一神エルによる世界の創造は、まるで聖書の創世記のようだし、悪の存在・メルコオルは、まるで堕天使ルシファーのよう。でも、やっぱりトールキンならではの世界。世界の創造からの歴史を読むのはやっぱり感慨深いものがあります。「指輪物語」では詳しく語られていなかったことも、様々な出来事の背景もここで語られているので、これによって世界を俯瞰し、その歴史を深く理解できるようになります。トールキンが、「指輪物語」と一緒にこちらも出版したかったという気持ちが良く分かる! 長い長い歴史の中には本当に様々な出来事があって、「指輪物語」はその歴史のほんの一部分に過ぎなかったんですよねえ。そして、若かりし日のエルフたちの姿は、人間よりも遙かに知恵のある存在として作られたはずなのに、むしろ人間のように未熟な存在で、時には視野が狭く愚か。時にはエルフ同士の争いも...。このエルフたちの姿を見てしまうと、「指輪物語」での彼らの姿勢やその叡智に哀しみすら感じてしまいます。

上巻は初めて見る名前ばかりで、しかもものすごく沢山の固有名詞が登場するので、初めて読む時は苦労するかも。でも「指輪物語」の中で歌物語として語られていたエピソードも多いですしね。それに下巻に入ると、「指輪物語」に直接繋がってくる時代の物語だけあって、お馴染みの名前が多数登場します。同じことでも違う視点から描かれていて、指輪物語を多角的に理解できて楽しいです。

私が読んだのは、上の画像の2冊なんですが、今は「新版シルマリルの物語」として1冊になっているようですね。トールキンの手紙も収録されてるなんていいなあ。なんだか欲しくなってしまうじゃないですか。あと、3年ほど前に「終わらざりし物語」が出版されてるんですけど、トールキンの遺稿を無理矢理まとめたような印象があって、あまり手に取る気がしなかったんですよね。でもやっぱり読みたくなってきました。あ、それよりも、その前に「指輪物語」を再読しようかしら。一度読み始めると、どうも突き詰めていきたくなっちゃいます。(評論社)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

+既読の指輪物語関連作品の感想+
「トールキン神話の世界」赤井敏夫
「トールキンによる『指輪物語』の図像世界」W.G.ハモンド/C.スカル
「トールキン指輪物語事典」デヴィッド・デイ
「図説 トールキンの指輪物語世界 神話からファンタジーへ」デイヴィッド・デイ

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神戸学院大学教授の赤井敏夫さんによる、トールキン研究書。トールキンの「ホビットの冒険」「指輪物語」「シルマリリオン」やそれらの作品を巡る評論、キャロル・ルイスやC.S.ルイスとの比較、ルイスやチャールズ・ウィリアムズと活動していたインクリングスでの姿などから、トールキンの創り出した神話世界を考察していきます。石堂藍さんが「ファンタジー・ブックガイド」に、「『指輪』のファンだと言いながらこの本を読んでいないのはモグリであろう」と書いてらっしゃるんですが... すみません、モグリです(^^;。

とにかく膨大な参考資料に目を通した上で書かれたということがよく分かる本です。すごい!
アラゴルンとフロドのこととか、ギムリとガラドリエルのこととか、へええ、そうだったんだ!という部分が色々とあったんですが、この本を読んでる間中、重なって仕方がなかったのは、「ニグルの木の葉」のニグルとトールキン自身の姿。
「ニグルの木の葉」というのはトールキンによる寓話的物語で、この主人公のニグルは画家なんです。大して評価をされているわけではないんだけど、どこか宿命的に絵を描いてる人物。そのニグルは、元々木よりも、1枚の葉を上手く描くタイプの画家で、葉の形や光沢、葉先にかかる露のきらめきなど細部を写すことに拘るんですよね。でもいつかは、それらの葉の絵から木の全体を描きたいと思っているんです。そして、風にもてあそばれる1枚の葉の絵は、木の絵になり、やがて数え切れないほど枝を伸ばして、どんどん巨大な絵になっていく... このニグルの姿は、トールキン自身の姿だったのですねー! 最初、自分の子供たちのために「ホビットの冒険」という物語を作り、それが出版社の人間の目に留まって出版されることになり、そして続編を求められた時。最初は気軽に執筆を始めるものの、トールキンの前には、「中つ国」を中心とした神話「シルマリリオン」が徐々に出来上がりつつありました。時には執筆中の「指輪物語」に合わせて、神話を遡って書き換えたり、「ホビットの冒険」の最後の「それ以来かれは死ぬまで幸せに暮らしました」という言葉になかなか相応しい続編にならないと、いくつもの草稿を破棄したり。1つのエピソードを大きな物語にふくらましたり。そのまんまニグルじゃないですか。執筆するトールキンの姿が見えるようです。「ニグルの木の葉」では、ニグルが、もうすぐ旅に出なくちゃいけないのに時間がないと焦ってるんですけど、その辺りも、亡くなるまでに作品を完成させられなかったトールキンの姿と重なります。そして、この本を読めば「ホビットの冒険」「指輪物語」「シルマリルの物語」といった木の全体の姿が俯瞰できます。

ただ、既に「指輪物語」として広まっている作品を「指輪の王」、「ホビットの冒険」を「ホビット」と表記したなどの拘りは、どうなんでしょうね。原題の「The Lord of the Ring」の「Lord」という言葉は、キリスト教的にも、簡単に「王」なんて訳せるような言葉ではないはず。「指輪の王」なんて訳すぐらいなら、いっそのこと英語の題名のままにしておいた方が良かったんじゃ...。気持ちは分かる気もするけど、わざわざ表記を変えるのは、どうも読者に不親切な気がします。(人文書院)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

+既読の指輪物語関連作品の感想+
「トールキン神話の世界」赤井敏夫
「トールキンによる『指輪物語』の図像世界」W.G.ハモンド/C.スカル
「トールキン指輪物語事典」デヴィッド・デイ
「図説 トールキンの指輪物語世界 神話からファンタジーへ」デイヴィッド・デイ

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井辻朱美さんのファンタジー論に引き合いに出されていた、「指輪物語」のJ.R.R.トールキンの妖精物語論。2冊並んでますが、基本的に同じ本です。どちらにもまず妖精物語についての文章があって、C.S.ルイスに宛てた詩「神話を創る」(「妖精物語について」では「神話の創造」という題名)が。そして、「妖精物語の国へ」には「ビュルフトエルムの息子ビュルフトノスの帰還」が、「妖精物語について」には「ニグルの木の葉」が収められています。

なぜ同じような本を2冊読んだかといえば、メインの「妖精物語について」を読んでいても、ちっとも頭の中に入って来なかったから(^^;。
この2冊は訳者さんが違うのです。「妖精物語の国へ」は杉山洋子さん、「妖精物語について」は猪熊葉子さん。最初杉山訳を2回読んでもピンと来なくて、違う訳の本も読めば、きっと頭の中で内容を補い合ってくれるだろうと思って猪熊訳を読んだんですが、訳文はどうも一長一短、結局猪熊訳も2回読み、最後には2冊並べて読み比べてしまいました...。まあ、それだけ読み返した甲斐があって、ようやく頭に入ったんですが。(そこまでしなくちゃ入ってこない頭ってば)

やっぱりメインは「妖精物語について」でしょう。字が読めるようになって以来、妖精物語を愛してきたというトールキン。妖精物語を「子供っぽくてばかげている」「子供用の話だ」と一段低く見ようとする動きに対して繰り広げている、一種の擁護論ですね。妖精物語とは何なのか、その起源と効用とは何なのか、考察しています。これが発表されたのは、「ホビットの冒険」を刊行後、「指輪物語」を書いてる途中、でも壁にぶつかってる最中だったようで、なんだかムキになってるなあ、なんて感じる部分も。(笑)
特に印象に残ったのは、ファンタジーは本来文学に向いているという辺り。例えば絵画の場合だと、心に描いた不思議なイメージを視覚的に表現するのは簡単すぎるので、逆にばかげた作品や病的な作品が出来やすい。これが演劇になると、元々舞台上に「擬似魔術的な第二世界」を作り上げているので、「さらにファンタジーや魔術を持ち込むのは、まるでその内部にもうひとつ、第三の世界を作るようなもの」という理由で相性が悪い。その点、ファンタジーは、言葉で語られるのに向いているという話。映画についても書いてあれば良かったのに。でも、ディズニーは大嫌いだったようですが、映画化についてはやぶさかでなかったようですね。

お2人の訳はかなり違っていて、例えば神話や妖精物語を嘘だと言ったC.S.ルイスの言葉は、杉山訳は「銀の笛で嘘を奏でる」、猪熊訳は「銀(しろがね)のように美しいが嘘だ」。個人的には、日本語として硬すぎるように感じられる部分は多いものの、猪熊訳の方が好みです。(でもやっぱり硬いんだよね...)(ちくま文庫・評論社)


+既読のJ.R.R.トールキン作品の感想+
「農夫ジャイルズの冒険 トールキン小品集」J.R.R.トールキン
「妖精物語の国へ」「妖精物語について」J.R.R.トールキン
「シルマリルの物語」上下 J.R.R.トールキン
「ビルボの別れの歌」「指輪物語『中つ国』のうた」J.R.R.トールキン
「ブリスさん」「サンタ・クロースからの手紙」J.R.R.トールキン
「仔犬のローヴァーの冒険」J.R.R.トールキン
「ホビットの冒険」上下 J.R.R.トールキン
「指輪物語」J.R.R.トールキン
「サー・ガウェインと緑の騎士」J.R.R.トールキン
「終わらざりし物語」上下 J.R.R.トールキン

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カルヴィーノの「なぜ古典を読むのか」に引き続きの評論系。とは言っても、今回はファンタジーなので全然違うんですが、こちらも面白かったです。考えてみたら、こういう本って、今までほとんど読んだことがなかったんですよね。ゴチャゴチャにギッシリ詰め込まれた引き出しの中みたいになってた頭の中が、ちょっと整理されたような...。

この2冊を通して一番印象に残ったのは、博物館に関する話。恐竜や古代文明を求めて井辻さんが博物館めぐりをされていた時に気づいたのは、博物館という場所が、外界とは切り離された凝縮された場所だということ。最も古い時代の物は必ず最下階に展示され、そこから徐々に上昇するにつれて現代に近づいていき、出口には必ず土産物屋やカフェが置かれて「現実へのなだらかな再接続が準備されている」ということ。ああ、言われてみればそうかもしれないですね。そして目を転じてみると、テーマパークのアトラクションも、閉ざされた建物に入ることによって、短い死と再生を体験するもの。そうやって空間を創り出し、体験することこそがファンタジーの核であり、ファンタジー作品を支えているのはそういった空間なのではないか。それに気づいた時、井辻さんはファンタジーを「場所」や「空間」という隠れたコードから読み直すようになったのだそうです。
「ファンタジーの森から」には、「幻想文学」に連載されていたファンタジー論が収められているんですが、まだそれだけで1冊にするほどではなかったようで、歌人としての井辻さんの作品やエッセイも入ってます。井辻さんの短歌は初めて読んだんですが、こんな風に神話や古代世界を歌ってらしたとは... 素敵~。たとえば俵万智さんや穂村弘さんの口語短歌(って言うんですかね?)の存在は、何もなくても目に入ってくるけど、こういうのもあったんですね! もっと読んでみたいです。そして「ファンタジーの魔法空間」は、「ファンタジーの森から」に書かれた論を、もう一歩進めて整理した感じ。特に「家」について論じた章がすごいです。井辻さんは評論本を他にも何冊か書いてらして、これは比較的初期の2冊。次はもう少し新しいのを読んでみようと思ってます。「ファンタジーの魔法空間」もとてもいいのだけど、まだ途上のような、もっと綺麗に整理できる余地があるんじゃないかという気もするので。そして、どちらの本にもトールキンの「妖精物語について」についてかなり引き合いに出されていました。こちらも読まなくては~。

トールキンといえば、「指輪物語」における回想シーンと歌謡の多さ、そしてその役割に関する話が面白かったです。あらすじを聞いただけではそれほど楽しいとは思えない話が、なぜそれほど魅力的なのか。その理由として井辻さんが挙げているのは、「そこでは時間がその瞬間に生まれ、どの瞬間にも停止しうるような、立ち止まりうる相を備えていたからだ」ということ。確かに「指輪物語」には、最近のジェットコースター的作品にはない、ゆったりとした流れがあります。古い叙事詩や神話によく見られるような、時には本筋とは関係ない部分が延々と描かれている部分。怒涛のように展開して、見事に収束する話も面白いんだけど、そういうのは「ああ、面白かった」だけで終わってしまうことも多くて、忘れるのも早いんですよね。(全部ではないですが) でも「指輪物語」みたいな作品は、じっくりと自分のペースで読めるし、読み終わった後、何度でもイメージの中で反芻できるんです。それが1つの大きな違いとも言えそう。そうか、そういうゆったりとした、今の時空から切り離されたような部分も、私が「指輪物語」や古い神話、叙事詩に惹かれる大きな要素なんだな、と再発見なのでありました。...自分で気付けよって感じですが(^^;。(岩波書店・アトリエOCTA)


+既読の井辻朱美作品の感想+
「風街物語 完全版」井辻朱美
「エルガーノの歌」「パルメランの夢」井辻朱美
「幽霊屋敷のコトン」「トヴィウスの森の物語」井辻朱美
「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」井辻朱美
「遙かよりくる飛行船」井辻朱美
「ファンタジーの森から」「ファンタジーの魔法空間」井辻朱美
「夢の仕掛け 私のファンタジーめぐり」井辻朱美
「魔法のほうき」井辻朱美
「ファンタジー万華鏡」井辻朱美

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「なぜ古典を読むのか」という問いの下に、カルヴィーノが定義した「古典」の14の定義。そしてホメロス「オデュッセイア」に始まり、オウィディウス、プリニウス、バルザックやトルストイ、ヘミングウェイ、ボルヘス、レーモン・クノーまで、30人ほどの作家とその著作を取り上げていきます。


まず古典に関する14の定義なんですが...
全部書くとさすがにマズいかなと思うので、特に印象に残ったものだけ抜粋。

1.古典とは、ふつう、人がそれについて、「いま、読み返しているのですが」とはいっても、「いま、読んでいるところです」とはあまりいわない本である。

これにはニヤリ。あ、でも「読んでいる」も「読み返している」も一緒だとカルヴィーノは書いてます。その理由も。

2.古典とは、読んでそれが好きになった人にとって、ひとつの豊かさとなる本だ。しかし、これを、よりよい条件で初めて味わう幸運にまだめぐりあっていない人間にとっても、おなじぐらい重要な資産だ。
3.古典とは、忘れられないものとしてはっきり記憶に残るときも、記憶の襞のなかで、集団に属する無意識、あるいは個人の無意識などという擬態をよそおって潜んでいるときも、これを読むものにとくべつな影響をおよぼす書物をいう。

要するに、若い時に古典を読んで十分理解できなかったとしても、その後ほとんど忘れてしまったとしても、知らないうちに自分の血肉となっているのが古典。だから「よりよい条件」とは言えないような若い時に読んでも大丈夫。だからといって、若い時に読んでいなくて、壮年または老年となった時に初めて読んでも、それは「比類ない愉しみ」をもたらすから、これまた大丈夫。

9.古典とは、人から聞いたりそれについて読んだりして、知りつくしているつもりになっていても、いざ自分で読んでみると、あたらしい、予期しなかった、それまでだれにも読まれたことのない作品に思える本である。

古典を読む時には、できるだけ原典だけを直接読むべきだ、というのは他の定義の所に書かれていたんですが、この定義にも当てはまるでしょうね。確かに、解説本や研究本によって妙な先入観が入ってしまうこともあるでしょうし、そういった本は原典以上に雄弁にはなり得ないかもしれないのですが... でも、たとえばその本に対して自分が理解しきれてないと思った時なんかに、色々な考え方について知りたくなってしまうことがあるのも事実。その場合は、先に原典を読んでいればオッケーでしょうか。(笑)
そしてこの定義のところに書かれていた「古典は義務とか尊敬とかのために読むものではなくて、好きで読むものだ」という言葉に、本当にただ「好き」だけで読んでいる私のようなへっぽこ読者は、大きく励まされるのでありました。(笑)


でもこの「なぜ古典を読むのか」ということだけで1冊書かれているのかと思いきや、最初の1章だけでした... あらら。
その後の文章は、主にある文学叢書の「まえがき」として書かれたものだそうなんですが、文体も違っているし、内容的にもちょっとバラバラな印象。しかもここで紹介されているのは、古い時代のいわゆる古典作品だけではなくて、「現代の古典」と言われるような、20世紀の作家の作品も結構入ってるんです。私は狭義の意味での古典作品について読みたかったので、ちょっと残念。でもカルヴィーノにとっての古典の定義の中に、「古代のものにせよ、近、現代のものにせよ、おなじ反響効果をもちながら、文化の継続性のなかで、すでにひとつの場を獲得したもの」という文章があるので、仕方ないですね。狭義の古典に拘らない人には、逆にブックガイドとして楽しめるんじゃないかと思います。私自身、もし今これほどまでに古典の気分になっていなければ、もっと楽しめたんじゃないかと。...うーん、今読んだのは、ちょっと勿体なかったかも。あ、もちろん、ホメロス~クセノポン~オウィディウス~プリニウス~アリオスト辺りは本当に面白かったし、興味深かったですけどね。(みすず書房)


+既読のイタロ・カルヴィーノ作品の感想+
「宿命の交わる城」イタロ・カルヴィーノ
「不在の騎士」イタロ・カルヴィーノ
「レ・コスミコミケ」イタロ・カルヴィーノ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「まっぷたつの子爵」「木のぼり男爵」イタロ・カルヴィーノ
「イタリア民話集」上下 カルヴィーノ
「魔法の庭」イタロ・カルヴィーノ
「見えない都市」イタロ・カルヴィーノ
「マルコヴァルドさんの四季」カルヴィーノ
「冬の夜ひとりの旅人が」イタロ・カルヴィーノ
「柔かい月」イタロ・カルヴィーノ
「カルヴィーノの文学講義」イタロ・カルヴィーノ
「パロマー」カルヴィーノ
「くもの巣の小道」イタロ・カルヴィーノ
「むずかしい愛」カルヴィーノ

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ジャンニ・ロダーリは、イタリアの児童文学作家。子供の頃に岩波少年文庫で買ってもらった「チポリーノの冒険」が、ロダーリの作品なんですよね。まだ祖母の家に置いてあるので、近いうちに再読しよう... なんて思っていたら、この本が! ついついこちらを先に読んでしまいました。
一見童話風の物語ばかり16編。でも、このピリリと効いた辛口のスパイスは、子供向けというよりもむしろ大人向けなんでしょうね。昔話を一捻りしたり、奇想天外のアイディアを楽しませてくれる作品ばかり。私が気に入ったのは、アルジェンティーナ広場の鉄柵を乗り越えると猫になってしまう表題作「猫とともに去りぬ」や、シンデレラを一捻りした「ヴィーナスグリーンの瞳のミス・スペースユニバース」。その他にも、ヴェネツィアが水没してしまうと聞いた時、ヴェネツィアから逃げようとするのではなく、いっそのこと魚になって環境に適応してしまおうとする「ヴェネツィアを救え あるいは 魚になるのがいちばんだ」や、マカロニウェスタンかと思いきや、カウボーイが持ち歩くのは拳銃ではなくピアノだった... と意表を突いてくれる「ピアノ・ビルと消えたかかし」など、アイディアが面白い作品が色々と。先日読んだばかりのエウリピデスの悲劇「アルケスティス」(感想)も、一捻りされた「三人の女神が紡ぐのは誰の糸?」になっていて、面白かったです。ほんと、この時に運命の女神たちが紡いでるのは、誰の糸だったんでしょう?(笑)
あとがきを読むと、ロダーリはかなり政治色の強い人だったみたい。確かに「チポリーノの冒険」も、外側こそ楽しい冒険物語なんだけど、結構政治的な匂いが強くて、風刺的だった覚えがあるので、あとがきを読んで納得。野菜と果物の国に横暴なレモン大公がいて、チポリーノ少年のお父さんが無実の罪で捕らえられちゃう、なんて話だったんですよね。ちなみにチポリーノとはたまねぎのこと、と岩波少年文庫のあとがきにありました。(←おお、小学校の頃に読んだっきりなのに、結構覚えてるもんだ) その後、作品に直接的な政治色が出ることはなくなったらしく、この作品にもそういうのは感じなかったけど、風刺は相変わらずたっぷりです。

光文社古典新訳文庫は、活字離れをとめるために、本当に面白い、いつの時代にも変わらない「本物」の古典作品を、読みやすい新訳で提供するというのがメインコンセプトのライン。(公式サイト) この「猫とともに去りぬ」は今回初邦訳だそうなんですが、同時刊行には、ドストエフスキーやらトゥルゲーネフやらシェイクスピアやらケストナーやら、錚々たる面々が並んでます。
たとえばケストナーだと、私はもう高橋健二さんの訳しか読みたくないし、そういう意味で手に取らない作品もあると思うんですが、まだ読んでない古典や、随分前に読んだっきりの作品に触れるには、いい機会かもしれないですね。(光文社古典新訳文庫)


+既読のジャンニ・ロダーリ作品の感想+
「猫とともに去りぬ」ロダーリ
「チポリーノの冒険」ジャンニ・ロダーリ
「うそつき国のジェルソミーノ」ジャンニ・ロダーリ
「パパの電話を待ちながら」ジャンニ・ロダーリ

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1冊目は、カポーティの若き日の紀行文の「ローカル・カラー」と、著名人について書いた「観察記録」。2冊目は、ソ連でオール黒人キャストのミュージカル「ポギーとベス」を上演することになったアメリカの劇団に随行した時の記録「詩神の声聞こゆ」と、京都でのマーロン・ブランド会見記「お山の大将」と、日本人の印象を書いた「文体ーーおよび日本人」。

うーん、とても感想が書きにくい...。どれも小説ではない、ってせいもないのでしょうけど、やっぱりそれも関係あるのかな。まず1冊目の「ローカル・カラー」や「観察記録」は、スケッチと呼ぶのが相応しいような文章。そして「詩神の声聞こゆ」は、カポーティが「初めて短篇喜劇風"ノンフィクション・ノヴェル"として構想した」という作品。
でも私がこの2冊のうちで一番好きなのは、そういう風に表題作となるような作品ではなくて、まずジャン・コクトーの紹介でフランス文学の大女流作家コレットに会った時のことを書いた「白バラ」でした。8ページほどの短い作品なんですが、最初は緊張していたカポーティが、一瞬にしてコレットという人物に魅せられ、その後も影響を受け続けたのが十二分に分かるような気がします。コレットの最後の言葉も印象的。それと、映画「サヨナラ」の撮影のために京都に来ていたマーロン・ブランドと会った時のことを書いた「お山の大将」も好き。ある人物を叙述する時、決してその人が満足するように描かなかったというカポーティですが、そういった人々の中でもっとも心を痛めたのがマーロン・ブランドだったのだそうです。でも、私はすごくいい文章だと思うんだけどな。成功者という位置には相応しくないほどの、強い感受性を持った青年像が浮かび上がってくるようです。

この2冊には、それぞれ「犬が吠える」という副題が付いていて、それはカポーティがアンドレ・ジッドに教えてもらったアラブの諺「犬は吠える、がキャラバンは進む」から来ているのだそうです。解説で青山南さんも書いてたけど、確かに犬は吠えるもの。それでもカポーティは、進み続けていたということなのでしょうね。(ハヤカワepi文庫)


+既読のトルーマン・カポーティ作品の感想+
「カメレオンのための音楽」トルーマン・カポーティ
「ローカル・カラー/観察記録」「詩神の声聞こゆ」トルーマン・カポーティ

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「風の王国」シリーズ7冊目。サイドストーリーの短編4編と、イラストを描いてらっしゃる増田メグミさんのまんが2編、全6編が収められています。

「小説+まんが」ということで、最初は読むのを躊躇っていて、結局8冊目の長編を先に読んじゃったんですけど、色々なサイド・ストーリーが読めて、結果的には面白かったです。まんがとは言っても以前から挿絵を描いてらっしゃる増田メグミさんの作品なので、違和感もなかったですし。本当はあまり小説とまんがを1冊の本にして欲しくはないのだけど。
今回面白かったのは、翠蘭と朱玉の出会いとなった「天河の水」と、吐蕃へ嫁ぐことが決まった翠蘭が後宮で過ごす日々を描いた「花の名前」。特に「花の名前」は、李世民(唐の太宗皇帝)の宮廷でのエピソードが描かれるだけに、中国歴史物好きとしては堪らないものがありました~。ここに登場する李世民の妃・楊妃は、隋の煬帝の娘。そして同じく登場する武才人は、後の則天武后(武則天)。後に皇位争いに巻き込まれて、謀反人として自殺させられた呉王李恪も登場するし、3代目高宗皇帝になる晋王李治まで! 後々のことを思うと、少し複雑な気持ちになっちゃうんですけどね。(コバルト文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「風の王国」1~4 毛利志生子
「風の王国 月神の爪」毛利志生子
「風の王国 河辺情話」毛利志生子
「風の王国 朱玉翠華伝」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 目容の毒」毛利志生子
「風の王国 花陰の鳥」毛利志生子
「風の王国 波斯の姫君」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 初冬の宴・金の鈴」毛利志生子
「風の王国 嵐の夜」上下 毛利志生子
「風の王国 星の宿る湖」毛利志生子

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昭和最終年度に成立・施行された、公序良俗を乱し、人権を侵害する表現を取り締まる法律「メディア良化法」。それに対抗して、既存の「図書館の自由に関する宣言」から発展して成立された「図書館の自由法」。そして、それから30年が経過した近未来の日本が舞台。
現在メディア良化委員会に法的に対抗できるのは、唯一図書館のみであり、良化委員会のエスカレートする検閲に対抗するために、図書館も防衛力をアップ。全国の主要な公共図書館は警備隊を持つに至っていました。防衛員配属を第一志望として図書館に採用された笠原郁は、女性ながらも持って生まれた運動神経と陸上部で培った基礎体力で、厳しい新入隊員訓練を乗り切り、エリートと言われる図書館特殊部隊に特殊防衛員として配属されることに。

有川さんの作品は以前「海の底」を読んだだけなんですが、いや、相変わらずなんですね。雰囲気全然変わってないじゃん... というか、そのまんま! やっぱり怪獣特撮映画系の方なのでしょうか。図書館の話なのに、いきなり軍事訓練からなんか始まってびっくり。そしてこの作品が、「図書館の自由に関する宣言」から出来たと知って、さらにびっくり。ある日、図書館に掲げられているこの宣言に気づいて、見ているうちに興味が湧いて、調べ始めたのだそうです。そうそう、「図書館の自由に関する宣言」だの中小レポートだの、私も司書資格を取る時に勉強したよー!

もちろんここに描かれている設定は、現実にはあり得ないですよね。一体なんで、こんな武力行使になっちゃったんですか。良化特務機関と図書館が早くから火器を導入していたなんて。さらにはこの両団体の戦闘に関しては超法規的措置がとられていて、人がどんどん死んでも関知されないなんて!
しかも、ここまで言論統制が行われているような世の中なのに、人々の生活自体は今とほとんど変わりないんです。「検閲」「焚書」なんていうと、思想弾圧に直結しているイメージなんですが、全体的にはみんな相変わらずのほほんとしていて、政治には無関心。平和な暮らしのごく一部分的にだけ、まるで戦時下のような状態があって、でもその状態にもすっかり慣れてしまった... というアンバランスさが何とも怖いです。...作品の中に登場する「本を焼く国ではいずれ人を焼く」という言葉は、元はハイネの言葉でしたっけ。

「図書館戦争」はバトル物。ゴレンジャーのノリ。とっても予想しやすい展開なんですけど、楽しいです。ただ、図書館の話なのに図書館での普通の仕事の場面はほとんどないし、主人公以外の登場人物たちの本への思いも全然伝わってこないんですよね。それが残念... と思っていたら、そういうのは続編の「図書館内乱」に描かれていました。こちらはシリーズ化が決定したせいもあってか、キャラ萌え方向に徹していて、さらにラブコメ。現実的なバトルの代わりに、丁々発止の心理戦。ここまで「売れる小説」に徹しているというのも凄いですね。でも、図書館的にはタイムリーな、新聞・雑誌の閲覧制限問題なんかもちゃんと織り込まれていました。
色々と印象的なシーンはあったんですが、その中で私が一番反応してしまったのは、郁の両親が娘の働いてる姿を図書館に見に来ることになって、実は戦闘部署だなんて言えないままだった郁が、シフトを変更してもらって図書館の通常業務をする場面。郁の父親が、なんと郁とその同期の男の子(超優等生)と上司にそれぞれレファレンスを申し込んで、3人の能力を比べる場面があるんです。こんなこと普通する? 自分の親にこんなことされたら...!(と、ついつい郁の身になってしまう私)
そして「図書館内乱」の中に登場していた、「レインツリーの国」という作品も有川さんが書かれて、今月末に新潮社から発売になるそうです。こっちは恋愛小説みたい。さすがにこちらは、今までの有川さんと、全然雰囲気が違うのでしょうか。(メディアワークス)

ちなみに「図書館の自由に関する宣言」とは、以下の通りです。

一、図書館は資料収集の自由を有する
二、図書館は資料提供の自由を有する
三、図書館は利用者の秘密を守る
四、図書館はすべての検閲に反対する
図書館の自由が侵されるとき、われわれは団結して、あくまで自由を守る。


+既読の有川浩作品の感想+
「海の底」有川浩
「図書館戦争」「図書館内乱」有川浩
「阪急電車」有川浩

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3巻(感想)に続く、エウリピデスの悲劇作品集。収録作品は、「エレクトラ」「タウリケのイピゲネイア」「ヘレネ」「フェニキアの女たち」「オレステス」「バッコスの信女」「アウリスのイピゲネイア」「レソス」「キュクロプス」の9作。

全体的に3巻の方が面白かった気がします。「タウリケのイピゲネイア」も、先日読んだ岩波文庫版(感想)の方が断然良かったし。とは言っても、この作品の場合は、多分訳の問題ではなくて脚注の問題なんですよね。岩波文庫版の脚注の入り方が、ほんと絶妙だったんですもん。うるさくなく、でも知っておくといい情報を確実に伝えてくれて。こちらのちくま文庫版は脚注がとても少なくて、これはこれでとても読みやすいんですが、それだけに「へええ、そうなんだ」的な部分が少ないのが寂しい。だからといって、岩波文庫全般に脚注が絶妙かといえば、そうとは言えないところが難しいのですが... 多すぎて、本文の邪魔になるものも多いので。(笑)

9作中、トロイア戦争関連が7作。特にアガメムノン一家を巡る作品が多くて、とても興味深かったです。まず前述の「アウリスのイピゲネイア」は、出帆を待つギリシア軍が風凪のために数ヶ月足止めを食らった時に、アガメムノンの娘・イピゲネイアが生贄として犠牲になった物語。これがアガメムノン家の悲劇の元凶となっています。(もっと遡れば、アガメムノンがクリュタイメストラを先夫から奪い、その子を殺したこと、さらに父や先祖の所業なんかもありますが) そしてアガメムノンが殺害されるアイスキュロスの「アガメムノーン」(感想)に続く形で、「エレクトラ」「オレステス」「タウリケのイピゲネイア」といった作品群があります。アイスキュロスの作品群にも、この「アガメムノーン」と3部作になる「供養する女たち」「慈愛の女神たち」といった作品があるので、ここはぜひ読み比べてみたいところ。
そして設定として面白いのは、「ヘレネ」。実はヘレネはトロイアへは連れ去られておらず、神々によってエジプトに匿われていたという話。トロイアに連れ去られたのは、空気から作った似姿。でも人間は誰もそんなことを知らず、ギリシャ軍もその空気のヘレネを取り返すために奮闘していた、というわけです。こういう風にヘレネを庇うような作品って時々ありますね。やっぱり美女は得なのかー!

最後の作品「キュクロプス」は、完全な形で現在までに残されている唯一のサテュロス劇。サテュロス劇とは、滑稽卑俗な所作と歌によって演じられる劇で、古代ギリシアの悲劇競演の際には、悲劇が3作上演され、最後にサテュロス劇が演じられて観客たちの緊張を解いたのだそうです。日本の能における狂言のような存在なんですかねえ? 本の形で読む限り、それほど滑稽卑俗といった感じはしないのですが、狂言だって今の時代に見たら、そんな感じはしないですものね。(ちくま文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ギリシア悲劇I」アイスキュロス
「ギリシア悲劇II」ソポクレス
「ギリシア悲劇III」上 エウリピデス
「ギリシア悲劇IV」下 エウリピデス

+既読のエウリピデス作品の感想+
「タウリケーのイーピゲネイア」エウリーピデース
「ギリシア悲劇III」上 エウリピデス
「ギリシア悲劇IV」下 エウリピデス

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その地方では珍しいプラチナブロンドから、「銀」と呼ばれて育ったアイネイアスは、美しく利発な少年。父・アンキセスらの薫陶を受け、年毎に俊敏な若者として成長していきます。そしてアイネイアスが12歳の時、トロイアに10年前に現れたのは、ずっと行方不明となっていた王子・パリス。10年ぶりに現れたパリスは失踪した当時とは違い、見るからに立派な若者に成長していました。そして数年後、パリスが父・プリアモス王の命を受けてギリシアへと旅立つことになり、アイネイアスも同行することに。そしてその旅の途上で立ち寄ったスパルティで、パリスはメネラオスの妃・ヘレネに出会うのです。

アイネイアスの視点から描くトロイア戦争。以前、ギリシャ物を読み始めた頃に、風待屋のsa-ki さんに教えて頂いた本です。
いや、面白かったです。一気に読んでしまいましたー。全体的な構成としては、主にホメロスの「イリアス」「オデュッセイア」、そしてウェルギリウスの「アエネーイス」を繋げて、その合間にギリシア悲劇などに描かれている細かいエピソードを丹念に掬い取っていっているようですね。
でも、読み始めてまず目につくのは、そういった本家作品とは違って、こちらはあくまでも人間が主体の物語であること。神々に関しては名前のみの登場で、「イリアス」のように戦局を左右したり、人間を助けたりはしません。ギリシア神話では愛と美の女神・アプロディテの息子とされるアイネイアスなんですが、ここではイディ山の神官がそういう託宣を下しただけ。しかも宣託は「愛と美の女神の息子」というだけで、アプロディテの名前は出ていないんです。これは、当時のトロイアがギリシャと同じ神々を信じていたとは、阿刀田さんには考えられなかったから。そしてトロイア戦争の発端となる「パリスの審判」に関しても、パリスの夢の中の出来事を耳にした人間が噂として広めただけ。さらに「イリアス」では、トロイア戦争の期間は10年間、千艘を越したギリシャの軍勢は10万とされていますが、この作品の中ではかなり縮小されています。トロイア城址の規模から考えても、実際10万もの大軍が10年もかけて攻めるほどの城砦ではないのだそうです。戦争は戦争として現実にあったにしても、やっぱりホメロスが描くトロイア戦争は、あくまでもホメロスの時代の知識を基にしていますものね。トロイア人とギリシア人は同じ民族ではないのだから、同じ言葉を話し、同じ神々を信じていたわけではないだろうというのも、私も以前から感じていたことです。
そういう意味で、この「新トロイア物語」は、とても現実的な物語となっています。阿刀田さんご自身が書かれている通り、「古代史を舞台にした、現代の日本人アイネイアスの物語」というのが相応しいかも。この作品が書かれた頃は、まだ外国の歴史的ヒーローを小説化した作品がほとんどなかった時代だったそうで、時々妙に武士道的な匂いがするのが可笑しいんですけどね。(笑)

「ホメロス」や「オデュッセイア」みたいな、神々が当たり前のように登場するのも夢があって大好きなんですが、こういうのもいいですね。神々を登場させないために阿刀田さんが凝らしている工夫も、とても面白かったです。特に印象に残ったのは、残虐なアガメムノンのやり口。トロイアに首尾よく攻め込むための策略や様々な計算、そしてその挙句自分自身に降りかかってきた災難など、ギリシャ悲劇に描かれているアガメムノン関係を複数読んだ上でも、すごく説得力がありました。説得力があるといえば、パリスとヘレネの末路も。いかにもあり得そうです。あ、でもパリスが意外といいヤツだったなあ。哀愁漂ってたし。(「パリス=あほ男」がすっかり定着してたので)

やっぱりここまで来たら、「アエネーイス」も読まねばー! 岩波文庫版が絶版なので、古本で探してたんですけど、やっぱり図書館で借りちゃおうかな。ちょっと迷い中です。それにしても、こういう古典作品を絶版にするのは、やめて欲しいですね。爆発的に売れることは、まずないでしょうけど、需要はなくならないんですから。って、それだけじゃあ全然ダメなのかな、やっぱり。(講談社文庫)


+既読の阿刀田高作品の感想+
「新トロイア物語」阿刀田高
「ギリシア神話を知っていますか」「私のギリシャ神話」阿刀田高
「ホメロスを楽しむために」阿刀田高
「旧約聖書を知っていますか」阿刀田高

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新しい町に引っ越したオーリィは、すれ違う人が皆、「3」と1つ白く印刷された茶色い紙袋を持っているのに気づきます。それは近所のサンドイッチ屋の袋。アパートの大家の「なかなかおいしいわよ」の言葉に、ある日買ってみたオーリィは、その美味しさに驚き、それから毎日のようにそのサンドイッチ屋に通いつめ、とうとうそのサンドイッチ屋で働くことに。

のんびりとした主人公を取り囲む、安藤さんやその息子のリツくん、大家のマダム、濃い緑色のベレー帽をかぶった女性... 素敵な人たちがそれぞれに前を向いて進んでいて、それでいて全然あくせくしたりしていなくて、あくまでも自然体。そんな穏やかな空気が流れているのが気持ちの良い作品。彼らは彼ら自身の人生の主役ではあるんですが、主役の華やかさというよりは、脇役的な味わいを持った人々。それが古い日本映画に、ひたすら脇役として登場している「松原あおい」の姿に重なりますし、物語の最後にオーリィ君が作る、主役不在のスープにも重なります。それぞれに主張がありすぎないからこそ、お互いを引き立てあって醸し出した味わいは格別なんですねえ。登場するのは日本人ばかりなのに、パリの街角が思い浮かぶようなお洒落な雰囲気なのが素敵。(表紙のデザインもフランスのお料理本みたい!?) とても暖かくて懐かしい雰囲気で、美味しいスープのほんわかした湯気がとても良く似合います。
「3」のサンドイッチもとても美味しそうだし、オーリィ君のスープも美味しそう。食べてみたーい。そしてあのレシピも素敵ですねえ。ぜひ試してみたいです。あ、でもレシピだけ先に見ようとしちゃダメですよー。(暮らしの手帖社)


+既読の吉田篤弘作品の感想+
「百鼠」吉田篤弘
「78」「十字路のあるところ」吉田篤弘
「という、はなし」吉田篤弘
「空ばかり見ていた」吉田篤弘
「それからはスープのことばかり考えて暮らした」吉田篤弘
「小さな男*静かな声」吉田篤弘
Livreに「フィンガーボウルの話のつづき」「つむじ風食堂の夜」「針がとぶ」の感想があります)

+既読のクラフト・エヴィング商會の感想+
「アナ・トレントの鞄」クラフト・エヴィング商會
「犬」「猫」クラフト・エヴィング商會プレゼンツ
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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世話になった伯父の隆正に憧れて、警察の仕事を選んだ松宮は、現在は警視庁捜査一課の刑事。練馬の少女死体遺棄事件で練馬署の加賀恭一郎と組むことになります。加賀は隆正の息子。しかし胆嚢と肝臓が癌に冒されて余命いくばくもない隆正の病室に、加賀は近づこうともしないのです。割り切れない思いを抱えながらも、一緒に聞き込みを始める松宮。一方、少女を殺したのは14歳の直巳。パートを終えて家に帰ってきた母親の八重子は、リビングに死体があるのを見て驚き、直巳の将来のことを考えて、夫の昭夫と共に直巳を守ろうと決意を固めるのですが...。

加賀恭一郎物です。ミステリ作品ですが、単に事件を解けばいいというだけのミステリではありませんでした。嫁姑問題や老人介護問題、家族の絆など、家族や家の問題が織り込まれてます。馬鹿親子には、ほんと嫌な思いをさせられますが、事件の解決が、加賀に対する松宮の心情的なわだかまりの解決と見事に重なっているところがいいですねー。加賀も、「刑事というのは、真相を解明すればいいというものではない。いつ解明するか、どのようにして解明するか、ということも大切なんだ」という言葉通りの解決をしてくれますし。
ただ、重いテーマを扱いながらもとても読みやすいんですが、それだけに本当はもっと深いところまで書きたかったのではないかという気も...。270ページというのは、短すぎたのでは? もう少しじっくり書いて欲しかったな。

それにしても、海外物(特に古典)を続けて読んでいて、ふと日本の現代物に戻ると、なんて読みやすい! ほんと毎回のようにびっくりします。海外物の場合、カタカナの固有名詞を覚えるのが大変だし、特にギリシャとかインドとか、固有名詞をきっちり押さえておかないと、すぐワケが分からなくなっちゃうので、食い入るように読むというせいも大きいのですが... 東野さんの作品は元々読みやすいから尚更なんでしょうけどねー。(講談社)


+シリーズ既刊の感想+
「卒業」「眠りの森」「どちらかが彼女を殺した」「悪意」「私が彼を殺した」「嘘をもうひとつだけ」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「赤い指」東野圭吾

+既読の東野圭吾作品の感想+
「ちゃれんじ?」東野圭吾
「さまよう刃」東野圭吾
「黒笑小説」東野圭吾
「容疑者Xの献身」東野圭吾
「さいえんす?」東野圭吾
「夢はトリノをかけめぐる」東野圭吾
「たぶん最後の御挨拶」東野圭吾
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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エウリピデスのギリシャ悲劇集。エウリピデスは、アイスキュロス、ソポクレスと並ぶギリシャ三大悲劇詩人の1人です。ここには「アルケスティス」「メデイア」「ヘラクレスの子供たち」「ヒッポリュトス」「アンドロマケ」「ヘカベ」「救いを求める女たち」「ヘラクレス」「イオン」「トロイアの女」の10編が収録されています。

この中でエウリピデスの代表作といえば「メデイア」や「ヒッポリュトス」「アンドロマケ」辺り。特に「メデイア」は有名ですよね! 蜷川幸雄演出の「王女メディア」の元本でもあります。簡単な筋としては、伝説の黄金の羊の毛皮を取りに行ったイアソンは、コルキスの王女メデイアの助けを借りて目的を達成。その後メデイアとの間に2人の子供もできるんですけど、心変わりして他の王女と結婚しようとするんですね。で、怒ったメデイアはその王女と父親、自分が生んだ2人の子供まで犠牲にして、イアソンに復讐するというもの。怖いです。

でも、私がこの中で一番気に入ったのは「メデイア」ではなくて、悲劇と呼ぶには少々微笑ましすぎるような「アルケスティス」。これはペライの王アドメトスに死が迫った時、「代わりに死ぬ者さえあればアドメトスは救われる」という約束をアポロンが運命の女神たちから取り付けてくるんです。でも誰も身代わりに死のうなんてせず、ただ1人申し出たのは王妃のアルケスティスでした、という話。

最初は、老い先短いアドメトスの両親が、なぜ我が子のために死のうとはしないのか!という部分が強調されるんですね。王妃アルケスティスもそんなことを言いながら死んでいきますし。確かに親が子の身代わりになるという話はよくありますし、ほんの数年早くなるだけなのに、そんなに死ぬのが嫌なの? という気にさせられます。でもそれぞれの人物のやりとりを読んでいると、様々な人間の思惑が見えてきて面白いんです。やはり人間は死を恐れるもの。いくら年を取ったからといって、それが薄れるわけではなく。

アドメトス王の父親・ペレスが王妃の葬儀にやって来て、息子と激しい口論になるんですが、その時のペレスの「この世の生は短かろうと思うにつけ、その恋しさはひとしおなのだ。」「もしも御身に自分の命が愛(かな)しいなら、皆も同じく愛(かな)しかろう」という言葉に説得力があります。身代わりに死ぬのを拒否するペレスは、親らしいとは言えなくても、とても人間的ですよね。そして逆にこの2人のやり取りから浮かび上がってくるのは、アドメトスの身勝手さ。親が老い先短いからといって、親の死を望む息子っていうのは、如何なものでしょうか! 天の理を曲げてまで、自分が生き残ろうとしてる時点で、既におかしいんです。今は妻の死を盛大に嘆いてるんですけど、こういった人は、1年もすれば新しい妻を迎えるんだろうなあ...。(しかも妻相手に嘆く言葉は、「こんなことしなければ良かった」ではなくて、「捨てないでくれ」「置いていかないでくれ」「私はこれからどうすればいいのだ」ばかり・笑)
そして、妻自身も純粋な愛情から死んだとも思えないのがポイント。死に際の言葉を読み返してみると、生き続けようとアドメトスの両親への恨みを口にして、まるで当て付けに死んでいくみたいでもあるし、世間体を気にしての行動のようでもあるし(賢妻はかくあるべき?)、「父なし児となった和子たちと一緒に生きながらえて行きたいとは思いませず」という言葉は、もしかして夫が死んで貧しい惨めな暮らしをするぐらいなら死んだ方がマシ、と思ってるのでしょうか?! 自分の死後、子供がいつか継母にいじめられるんじゃないかと心配してるんですけど、子供たちの行く末が本当に心配だったら、生き続けたいという思いもあるものなのでは...? こちらも自分のことしか考えてないです。死に際だから仕方ないのかもしれないですけど、そういう時こそ本質が出るとも言えますね。

...と、そんな感じで人間の内部を抉り出されていくのが楽しい作品。でも最後の展開は打って変わって可笑しいんです。ヘラクレス、いい人ねっ。八方丸く収まってめでたしめでたし。馬鹿夫婦は勝手にやってくれ、と笑えます。(悲劇じゃないじゃん)

3大詩人の中では、一番とっつきやすいのがエウリピデスのような気がします。どこかに「昼メロみたい」という評がありましたが、そうでしょうか! まあ、今の時代に読めば、そう思う人もいるかもしれないですけど、こちらが本家本元でしょう。人間の本質をすごく見抜いいて楽しいです。既存の神話に結構大胆な解釈を加えてるところも面白いですし。このシリーズは全4巻で、1巻がアイスキュロス、2巻がソフォクレス、3巻4巻がエウリピデス。比べて読めば、もう少しはっきり掴めてくると思います。
と言いつつ、文庫で700ページ以上という分厚い本なので、続けざまに読むのはちょっとしんどい...。休み休み行きますね。(ちくま文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ギリシア悲劇I」アイスキュロス
「ギリシア悲劇II」ソポクレス
「ギリシア悲劇III」上 エウリピデス
「ギリシア悲劇IV」下 エウリピデス

+既読のエウリピデス作品の感想+
「タウリケーのイーピゲネイア」エウリーピデース
「ギリシア悲劇III」上 エウリピデス
「ギリシア悲劇IV」下 エウリピデス

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今回の第27回たらいまわし企画「ウォーターワールドを描く本」で、主催者のねるさんが挙げてらした本。(記事) 本当は呉茂一訳が読みたかったんですが、結局「イリアス」(感想)の時と同じ、松平千秋訳で読みました。...いえ、この方の訳に不満があるわけじゃないですし、むしろとてもいい訳だと思うんですけど、詩の形ではないんですよね。呉茂一訳は、確か叙事詩形式で訳してるはずなので...。(以前読んだのは、この方の訳のはず) でもなかなか見つからないまま、結局手軽に入手できるこちらを買ってしまいました。

トロイア戦争で10年、その後10年漂流と、20年もの間故郷のイタケを留守にすることになってしまった、アカイアの英雄・オデュッセウスの物語。もうすぐ故郷に帰れそうなところから話が始まるのが、トロイア戦争末期を描いた「イリアス」と共通点。アカイア人たちはそれぞれに苦労して帰国することになるんですけど、ポセイドンの怒りを買ってしまったオデュッセウスの苦労は並大抵のものじゃありません。一方、故郷の屋敷では、オデュッセウスは既に死んだものと思われていて、奥さんのペネロペイアには沢山の求婚者が言い寄ってます。

「イリアス」も良かったんですが、やっぱり戦争物の「イリアス」よりも、こちらの方が楽しく読めますね~。登場人物も「イリアス」ほど多くなくて、把握しやすいですし。それに「イリアス」では人間だけでなく神々も大騒ぎで、それがまた面白いところなんですが、こちらで全編通して登場するのはアテネぐらい。そのせいか、物語としてすっきりしてます。
序盤では、オデュッセウスがポセイドンの激しい怒りを買ったということしか分からず、その原因が何だったのかは中盤まで明らかにされないので、徐々に徐々に... って感じなんですが、イリオスを出帆してからのことが一気に語られる中盤以降、俄然面白くなります。そして後半のクライマックスへ。構成的にもこちらの方が洗練されてるのかも。それにしても、30世紀も昔の話を今読んで面白いと感じられるのがすごいですよね。細かいところでは、今ではあり得ない部分なんかもあるんですが、やっぱり大きく普遍的なんでしょうね。そしてこの作品こそが、その後の冒険譚(特に航海物)の基本なんですねー。
「風の谷のナウシカ」のナウシカという名前が、この作品に登場する王女の名前から取られてるのは有名ですが、魔女キルケの食べ物によって豚にされてしまう部下のエピソードなんかも、「千と千尋の神隠し」のアレですね。ジブリの作品って、ほんと色んなところからモチーフをがきてますね。「千と千尋の神隠し」にしても、これ以外にも「霧のむこうの不思議な町」「クラバート」の影響が見られるわけで。

この「オデュッセイア」の中に、遙かなる世界の果て「エリュシオンの野」というのが出てきます。「雪はなく激しい嵐も吹かず雨も降らぬ。外洋(オケアノス)は人間に爽やかな涼気を恵むべく、高らかに鳴りつつ吹きわたる西風(ゼビュロス)の息吹を送ってくる」場所。神々に愛された者が死後住むとされた楽園。至福者の島(マカロン・ネソス)。明らかに、海の彼方の楽園伝説の元の1つと言える概念。でも私の持っているアポロドーロスの「ギリシャ神話」には、「オデュッセイア」紹介ページにしか、エリュシオンの野の記述がないんです。これってホメロスの想像した場所なのでしょうか。それともやはり以前からあった概念なんでしょうか? これより後の時代に書かれたウェルギリウスの「アエネーイス」では、このエリュシオンの野は確か地の底にあるんですよね。まだまだ謎だらけです。(岩波文庫)


+既読のホメロス名義作品の感想+
「イリアス」上下 ホメロス
「四つのギリシャ神話 『ホメーロス讃歌』より」
「オデュッセイア」上下 ホメロス
「ホメーロスの諸神讃歌」ホメーロス

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インドの神話について書くように依頼された上村氏が、いざインドの神話について調べ始めると、既存の参考文献は二次的資料を元に書かれたものがほとんどで、しかもあまり信頼できないものが多いと分かったのだそうです。そして結局、「マハーバーラタ」を原典で読むことに...。そんな上村氏が、「マハーバーラタ」やリグ・ヴェーダ諸文献をあたって選び出した諸々の神話を紹介していく本。

有名な、不死の飲料である甘露(アムリタ)を得るために、神々と阿修羅がマンダラ山で大海を攪拌する「乳海攪拌」の神話を始めとして、沢山のエピソードが「マハーバーラタ」やリグ・ヴェーダ諸文献などから抜き出されていて、純粋に読み物としても面白いです。それに、似たような神話があるものに関しては、並べて比較してくれるし... あと、たとえばインドラが帝釈天だとか、中国や日本に伝わった後の仏教名を書いてくれてるところも分かりやすい~。
ただ、「マハーバーラタ」を原典で読んで訳しちゃったという上村氏の著述だし、副題も「マハーバーラタの神々」。比重は断然「マハーバーラタ」に傾きがちなんですよね。これはやっぱり、「マハーバーラタ」を読む時の副読本として役立てるというのが正解なのかも。二大叙事詩として並び称される「ラーマーヤナ」については、必要に応じて引用されてはいるものの、それほど触れられていないのがちょっと残念。それに引用されてはいても、昨日読んだ「ラーマーヤナ」では省略されていた場面だったり、しかも固有名詞の訳が微妙に違っていたりで分かりにくい...。これはやっぱりきちんとした「ラーマーヤナ」を読まなくちゃいけません。そして「マハーバーラタ」も読まなきゃ! その後で、ぜひもう一度この本を読み返したいです。
「リグ・ヴェーダ」での神々は「デーヴァ」(deva)と呼ばれ、これは神を意味するラテン語のデウス(deus)、ギリシャ語のテオス(theos)と語源的に対応するのだそう。地域的に結構離れているというのに、語源的な繋がりがあるなんて、面白いなあ。(ちくま学芸文庫)


+既読の上村勝彦作品の感想+
「インド神話 マハーバーラタの神々」上村勝彦
「バガヴァッド・ギーター」「バガヴァッド・ギーターの世界」上村勝彦

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強大な力で多くの神々を奴隷にしてしまった魔王・ラーバナに立ち向かうために、至上の神・ビシヌ(ヴィシュヌ)は、奴隷とされてしまった神々を人間や猿に転生させることに。南インドのジャングルには、神々の生まれ変わりの猿や猩々が沢山生まれ、ビシヌ神自身は北インドのダサラタ王の長男・ラーマとして転生。しかしラーマが立派に成長して、ダサラタ王がラーマに王位を譲る決意を固めた時、それに嫉妬した第二王妃(継母)と召使女の陰謀で、ラーマは14年もの間王国を追放されることになってしまうのです。国を離れるラーマに従うのは、妻のシータと弟のラクシマナ。しかしそんなある日、シータが魔王・ラーバナに攫われてしまい...。

「マハーバーラタ」と並ぶ、インドの古典叙事詩。とうとうインドまで来てしまいましたー。この「ラーマーヤナ」はヴァールミーキの作と言われていますが、実際にはインドに伝わる民間伝承をヴァールミーキが紀元3世紀ごろにまとめたってことのようですね。ヒンドゥー教の神話の物語ですが、古くから東南アジアや中国、日本に伝わっていて、この物語に登場する猩々のハヌマーンは、「西遊記」の孫悟空のモデルとも言われているようです。確かに彼の活躍場面は、孫悟空の三面六臂の活躍ぶりを彷彿とさせるもの。

本来この物語には魔王・ラーバナを倒すという大きな目的があったはずだし、そのためにビシヌ神も転生したはずなんですが、人間や猿に転生した時に神々だった時の記憶を失ってしまったせいか、ラーバナ征伐がまるで偶然の出来事のようになってるのがおかしいです。ラーバナがシータを攫わなければ、ラーバナとの争いは起こらず、魔王の都に攻め込むこともなかったのでしょうか! 「ラーマーヤナ」の「ヤナ」は鏡で、要するに「ラーマの物語」ということだそうなので(おお、インドでも鏡は物語なのね)、ラーマの英雄譚ということで構わないんですが... まあ、ラーマに箔をつけるために、ビシヌ転生のエピソードが付け加えられたんでしょうしね。
このラーマに関してはそれほど魅力を感じないのですが、至上の神であったビシヌでも、人間に転生してしまうと、ただの我侭な男の子になってしまうのかーという辺りは可笑しかったです。

でも私が読んだこの本は、一見大人向けの新書版なんですが、中身は子供向けの易しい物語調なんです。どうやらかなり省略されているようで、読んでいて物足りない! でも東洋文庫版「ラーマーヤナ」は、訳者の方が亡くなって途中で中断しているようだし、他にはほとんどない様子。結局、現在はこの版しか入手できないみたいなんですよね。「ラーマーヤナ」がどういった物語なのかを知るにはいいんですが、やっぱり完訳が読みたかった。ああ、東洋文庫で続きが出てくれればいいのになあ。(レグルス文庫)


+関連作品の感想+
「ラーマーヤナ」上下 ヴァールミーキ
「ラーマーヤナ」ヴァールミーキ

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アスナが北海の島・ハイブラセイルを出て、新大陸の都市で働き始めて5年。ふと気がつくと、空には飛行船が浮かんでいました。その飛行船は神出鬼没。でも飛行船を見かけた日は、アスナにとって何かしらか良いことがあるのです。そんなある日、アスナの勤める会社にやって来たのは、ネヴィル・リーデンブロックという研究者。会社のビルの柱や壁には色々な化石が埋まっているため、それを見たいとやって来る人間が時々おり、この日もアスナが案内します。ネヴィルは2度目に来た時に、会社の床に生えているゼラニウムの植木鉢を見つけ、こういうのが見つかる場所は地層がおかしくなっているのだと言い出します。アスナは数日前にゴミ捨て場で拾ったゼラニウムの植木鉢のことを思い出して、ぎくりとするのですが...。

SFなのかファンタジーなのか、とっても不思議な物語でした。沢山の国から沢山の人々が訪れるため、地層が緩くモザイクのようになっていて、そのすきまに地球や滅びた生き物たちの夢の地層が忍び込み、地震や天変地異を起こすというプリオシン市が舞台。それに対して、アスナの出身の島は、ケルトを思わせる古い島。古い中でも古い島で、そこには古い家や血があり、結束力の固い共同体があり、伝統があり、人々は何代も変わらない暮らしを続けています。
故郷の島に重く立ち込めるしがらみを嫌い、そこから逃れたいと願いながらも、都会の薄っぺらな、あぶくのような生活にも満足できず、島を捨ててしまったら自分には何も残らないという虚無感に襲われるアスナ。生粋の島の人間ではないにも関わらず、島の人間になりきろうとしているアスナの恋人・ハリー。草原からやって来たシャーマンの孫娘・マドロン。正体は既に絶滅した翼竜「アンハングエラ」だというネヴィルは、夢の地球からやってきた惑星管理官。といった登場人物たちが、この街で出会い、自分自身として生き続けていくためにそれぞれにあがいています。まるで違う出自を持つ彼らを結びつけているのは「愛」。夢と現実が混在したような世界の中で、飛行船が象徴する「愛」が大きく暖かく包み込んでくれるような、とても不思議な雰囲気を持った物語でした。でも、もうちょっと読み込まないと、まともな感想が書けないなあ...。(理論社)


+既読の井辻朱美作品の感想+
「風街物語 完全版」井辻朱美
「エルガーノの歌」「パルメランの夢」井辻朱美
「幽霊屋敷のコトン」「トヴィウスの森の物語」井辻朱美
「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」井辻朱美
「遙かよりくる飛行船」井辻朱美
「ファンタジーの森から」「ファンタジーの魔法空間」井辻朱美
「夢の仕掛け 私のファンタジーめぐり」井辻朱美
「魔法のほうき」井辻朱美
「ファンタジー万華鏡」井辻朱美

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15年前の錬摩を知る者からの英文のメッセージに導かれるようにして、指定された品川埠頭へと向かった錬摩は、そこで燃え盛るドラム缶を見ることに。遺体の第一発見者として周囲が騒がしくなる錬摩。そして今度は錬摩の身近な人間が行方不明になり、またしても英文のメッセージが...。

民間の犯罪心理捜査士・大滝錬摩のシリーズ5作目。これが完結編。
いやー、4巻を読んだ時点では、あと1冊で解決するなど到底無理!と決め付けてたし、その5巻を待ってるうちに、本当に最終巻が出るのかしら... なんて、だんだん不安にもなっていたんですが、鮮やかに決めてくれましたよ! 面白かった! 15年前の錬摩を知る人物のことも、錬摩を取り巻く人々の感情も、宗一郎との決着も、全て解決した上でのフィニッシュ。あとがきに「予想は裏切り、期待は裏切らない」をモットーに書いてらっしゃるとあるんですけど、確かにそのまんま。もう、お見事としか言いようがないです。全てのことが、あるべき場所に綺麗に収まっちゃったみたい。もうびっくり。いやー、良かったなー。待った甲斐がありました。
巻末に宗一郎の大学時代を描いた短編が収められてるのも、嬉しいところ。これでもうこの「EDGE」シリーズが終わりだなんて寂しいんですけど、新しい作品も楽しみ。のんびり(笑)待ちたいと思います。(講談社X文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「EDGE」「EDGE2 三月の誘拐者」とみなが貴和
「EDGE3 毒の夏」「EDGE4 檻のない虜囚」とみなが貴和
「EDGE5 ロスト・チルドレン」とみなが貴和

+既読のとみなが貴和作品の感想+
「セレーネ・セイレーン」とみなが貴和
「夏休みは命がけ!」とみなが貴和

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久々に王都へ帰ってきた秀麗ですが、ただいま謹慎処分中。そんな秀麗のもとに胡蝶からの文が届き、秀麗は早速出かけようとするのですが、丁度その時、秀麗に「ガツン」と求婚しにやってきた貴族の青年が! 一方、悠瞬は柴凛からの極秘情報で碧幽谷が貴陽近辺にいると聞き、劉輝に報告。劉輝は楸瑛や絳攸、静蘭と共に幽谷を探しに出るのですが...。

彩雲国物語、新章スタート。
謹慎処分中でも、秀麗の周囲は相変わらずの騒がしさ。今回は贋作や贋金、妙な求婚者などが絡んでいつも以上に賑やかです。でも、賑やかでテンポが良いのはいいんだけど、今回はちょっとネタを突っ込みすぎ、突っ走りすぎのように思えました...。蘇芳に関しては終盤なかなか良かったと思うし、すっかり頼もしくなった三太や、1人であたふたしている碧珀明、パワフルな歌梨には楽しめたんですけど... でもやっぱりちょっと登場人物をいきなり増やしすぎじゃないですかねえ。しかもぎっしり詰め込まれたエピソードが怒涛のように展開。面白かったことは面白かったんですけど、ドタバタしすぎなんじゃ...? いつもなら、少しペースを落として読ませてくれる場面が1つ2つあると思うんですけど、今回はゴールまでひた走り。いつもなら、何かしら瞠目させてくれるような台詞や行動があるのに、今回はそれもなく...。もう少しじっくり読ませて欲しかったです。(角川ビーンズ文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「彩雲国物語 はじまりの風は紅く」「彩雲国物語 黄金の約束」雪野紗衣
「彩雲国物語 花は紫宮に咲く」雪乃紗衣
「彩雲国物語 想いは遙かなる茶都へ」雪乃紗衣
「彩雲国物語 漆黒の月の宴」雪乃紗衣
「彩雲国物語 朱にまじわれば紅」雪乃紗衣
「彩雲国物語 欠けゆく白銀の砂時計」雪乃紗衣
「彩雲国物語 心は藍よりも深く」雪乃彩衣
「彩雲国物語 光降る碧の大地」雪乃紗衣
「彩雲国物語 藍より出でて青」雪乃紗衣
「彩雲国物語 紅梅は夜に香る」雪乃紗衣

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ムーミンパパそっくりの探偵・陽向万象の探偵事務所は、その名も「ひまわり探偵局」。玄関脇には可愛いひまわりのイラストで囲まれた木彫りの看板があり、ドアを開けるとカウベルの音が。そして漂ってくるのは、紅茶と焼きたてのクッキーの匂い。しかし、時には保育園と間違えられることもあるような、ほのぼのとした雰囲気なのですが、万象は実は辣腕の私立探偵なのです。そんな万象と、万象をこよなく尊敬する押しかけ助手の「さんきち」の連作ミステリ。

ネットのお友達、はまっちさんこと濱岡稔さんの新刊が出ました! 「さよならゲーム A‐side」「さよならゲーム B‐side」「わだつみの森」といった硬派なミステリ作品に続くのは、美味しい紅茶と美味しいお菓子が出てくる、ほのぼのとしたミステリ。この作品は、実は4~5年前に濱岡さんがご自身のサイトで公開しているのを読ませて頂いているのですが、それからミステリ作品を沢山読み、最近ではミステリ自体にすっかり飽きがきてしまっているにもかかわらず、この作品はその時と同じようにとても楽しんで読めました。ようやく本になってくれて嬉しい!
濱岡さんご自身のサイトによれば、この作品を書く時に心掛けられたのは、「1.一応、ミステリイであること。」「2.オーソドックスなホームズ・ワトスン物であること。」「3.シンプルな謎解きをメインにしていること。」「4.軽いものであること。」「5.楽しく、後味もよいこと。」
確かに、オーソドックスでシンプル。でも万象と「さんきち」はまるで漫才コンビみたいだし、濱岡さんらしいマニアックなネタや薀蓄が作品中に散りばめられていて、これがすごく楽しいんです。それでいて第一話~第三話では、今はもういない人々の残した謎を解く物語ということもあり、その謎が解けてメッセージが明らかになった時の、しみじみとした切なさも...。その切なさが幸せを感じさせてくれて、またいいんですよね。
眩惑されるような「わだつみの森」もものすごく好きだったんですけど、こういう気軽に楽しめる作品も楽しくて大好き。日常系のミステリがお好きな方は、ぜひぜひ♪(文芸社)


+既読の濱岡稔作品の感想+
「ひまわり探偵局」濱岡稔
Livreに「さよならゲーム-A Side・B Side」「わだつみの森」の感想があります)

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イギリスの作家さんで、元祖ジェイムズ・ボンドシリーズ作家のイアン・フレミングから引き継いで、2代目のボンド作家となったジョン・ガードナーという方もいるんですが(ちなみに3代目はレイモンド・ベンスン)、このジョン・ガードナーは別人。アメリカの作家さんです。この「光のかけら」は、そのアメリカのジョン・ガードナーが書いた3冊の絵本を1冊にまとめて全訳したもの。つまり童話ですね。
(関係ないですが、「チキ・チキ・バン・バン」ってイアン・フレミングの作品だったんですね! ちょっとびっくり)

訳者あとがきに、大人が読んでも充分楽しめる作品だとありましたが、確かにそうかもしれないですね。一見「むかしむかしあるところに~」で始まる昔ながらの童話に見えるし、実際どこかで目にしたようなモチーフが多いんですけど、実は一捻り加えられている作品ばかりで、ナンセンスとユーモアたっぷり。私が気に入ったのは、いやらしい年より魔女が教会の礼拝で改心してしまう「魔女の願いごと」や、2人組の悪者が世界中の光を盗んでしまう表題作「光のかけら」、「イワンのばか」のような「ハチドリの王さま」かな。あんまり親切に説明してくれないので、「え?え?」となっちゃう部分もあったんですけど(たとえば「ナシの木」という作品では、エルフがいきなりナシの木を露に変えて薔薇の花の中に隠すんですけど、なんでそんなことをするのかよく分からないまま、半分ぐらいいっちゃう)、全体的に面白かったです。ただ、ずっと童話が続くとさすがにツラい... 終盤はちょっと飽きてしまいました。(^^ゞ(ハヤカワ文庫FT)

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閉鎖されたとある古い庭に入り込んだ幼い兄妹は、1日中その庭の中を歩き回り、ひどい悪戯で庭を滅茶苦茶にして、動物や昆虫たちを傷つけてしまいます。そして夕方。気がつくと2人は、沢山の動物や精霊たちに取り囲まれていました。彼らは美しいブナの木の婦人を呼び出し、こんなひどいことをした兄妹は処罰されるべきだと言い始めます。「死刑だ!」という声に少女は泣き出し、ブナの木の婦人は、2人に太陽が昇るまでに「地の母」を見つけ、「海の父」のもとに行き着き、太陽の歌を聞き、「風の塔」でお客になることを言い渡すことに。

私が読んだのはハヤカワ文庫FT版なんですが、そちらは絶版で、しかもアマゾンにはデータすらない状態。雰囲気は多少違うかもしれませんが、訳者さんが違う同じ作品を見つけたので、そちらにリンクをはっておきますね。こちらのタイトルは「古い庭園」(同学社)です。

少年の征服欲のために破壊された庭や罪のない動物たちに償うために、旅へと出ることになってしまった兄妹の物語。どこかメーテルリンクの「青い鳥」の雰囲気。とにかく情景描写が綺麗な物語でした! これを読むと、道端の雑草に向ける目も変わってしまいそうなほど。と思っていたら、どうやらカシュニッツは詩人だったようですね。道理で詩的なわけです。
でも表向きはそんな風に美しくて、子供にも楽しめるような童話なんですが、そこには、飛ぶことのできないワシの話とか孤独に死んでいこうとする男の話とか、自然界に存在する様々な生と死の物語が挿入されていて、決して楽しいだけの物語ではありませんでした。子供たちは生と死を真っ向から突きつけられ、様々な生と死がそれぞれに連鎖していくことを実感として教えられることになります。たった一晩の旅なんですけど、2人は旅を通して春夏秋冬を体験することにもなりますし。実はなかなか厳しい物語。
ユニークだと思ったのは、兄妹を処罰して欲しいという動物や精霊たちに対して、ブナの木の婦人が弁護人を見つけようとすること。結局弁護人は見つからなかったのですが、ブナの木の婦人が裁判長で、動物や精霊たちは原告なんです。そしてブナの木の婦人が言い渡す2人の旅は、執行猶予なんですよー。生と死をきっちりと体験させることと合わせて、作者のドイツ人らしさを表しているように思えました。それともう1つ面白いのが、物語の中にギリシャ神話のエピソードが色々と引用されていること。ドイツとギリシャ神話って、なんだか不思議な組み合わせなんですが、カシュニッツ自身ローマに住んでいたこともあるようなので、その影響なんでしょうね。(ハヤカワ文庫FT)

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船員たちが全て陸に上がっている間、船室に1人残っていたのは、16歳の水夫・サンディ。そこに現れたのは、すぐに出帆して欲しいというドュロクとエスタンプと名乗る男たちでした。金貨35枚を提示され、かねてから冒険に憧れていたサンディは出帆することを了承します。行き先は、ガーデン岬にあるハヌーヴァーの屋敷。屋敷には当主のハヌーヴァーの他に、美女のジゲ、その兄のハルウェイ、友人のトムソンという客たちが滞在中でした。しかしその晩、部屋をあてがわれたサンディは、ふと入り込んだ図書室で、ハルウェイとジゲが秘密の話をしているのを盗み聞きしてしまいます。そして2人から隠れようとして、偶然隠し通路に入り込むことに。

ハヤカワ文庫FTなんですが、全然ファンタジーっぽくなかったです。4年前は貧乏だったハヌーヴァーが、偶然黄金の鎖を見つけてからは裕福になったという部分に、まるで鎖が幸運を運んできたような感じはあるんですけど、基本的にはとても現実的な冒険物語。
全体的には、それほど悪くないんですけど... なんでサンディがここまでドゥロクやエスタンプにここまで信頼されるようになったのか、ハヌーヴァーにそれほど気に入られたのか、あまり説明がないんですよね。もしこれが映画だったら、視線のやり方1つでも表現できそうなところなんですが、小説なんだから、その辺りはもう少し文章で説明して欲しいところ。屋敷の使用人にもあっさり受け入れられすぎなのでは? てっきり途中でサンディが、人を見る目のなさから痛い目に遭う場面があるかと思いましたよー。まあ、そういう部分にひっかからなければ、少年のロマンティックな成長物語、冒険物語として楽しめるのではないかと思うのですが。...でも、せっかくハヌーヴァーの屋敷には隠し部屋や隠し通路、自由自在に対話する自動人形といった美味しそうなモチーフが色々とあるのに、あまり効果的に使われているとは思えないんですよね。せっかくなのに、勿体ないなー。(ハヤカワ文庫FT)

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今年は今までにない厳しい冬、「竜の冬」が来そうだと、森の住民たちは長い冬に備えて忙しく働いていました。「竜の吹雪 」が襲うという噂さえあったのです。しかしカワウソのブランブルだけは、誰も知らない「竜の冬」について、噂以上のことを知りたいと思っていました。ブランブルが考えていたのは、同じ森に住む一番の年寄り・アナグマばあさんよりもさらに長く生きているという、クマのバーク老を探すこと。しかしそう思ってる矢先に、殺し屋オオカミたちの群れが襲ってきて...。

カワウソやアナグマ、モグラといった動物たちが主人公の冒険物語。以前読んだ「光の輪」(感想)でもカワウソが活躍していたし、どこか繋がった世界のようでもありました。それに「光の輪」同様、とても「指輪物語」的な物語。
「光の輪」は正直あまり面白いと思わなかったし、動物物は基本的に好きじゃないんですけど、こちらはそう悪くなかったです。主人公と言えるカワウソのブランブルやアナグマばあさんはいい味を出してたし、動物の子供たちも可愛いかったし。対立役の若いアナグマに関しては、ちょっと底が浅すぎるかなとも思ったんですが、読み終えてしまうとこれで良かったような気もしてきたし。でも様々な出来事が、それぞれに何かの隠喩となってるんだろうと思いながら読んでいたんですけど、訳者あとがきを見ると、「むずかしい理屈があるわけではないたのしい小動物たちの冒険物語」ですって。「光の輪」に関しては、「戦争の無益さや、やりきれなさに対する彼の気持ちが強くうかがわれる」とか書いているのに。本当にそんな無邪気な話だったのかしら? 本当にそんな読み方でいいんですか...?(ハヤカワ文庫FT)


+既読のニール・ハンコック作品の感想+
「二人の魔法使い」「光の女王ロリーニ」「終わりなき道標」「聖域の死闘」ニール・ハンコック
「竜の冬」ニール・ハンコック

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10世紀末の中国。中原に拠った宋が呉越を下し、乱立していた小国のうち残っているのは北漢、そして北漢の北の強国・遼のみ。そして北漢随一の兵力となっていたのが、楊業率いる楊家軍。当主である楊業は音に聞こえた名将であり、7人の息子たちもそれぞれに一流の武将。しかしその力がこれ以上大きくなることを恐れた北漢の廷臣たちが帝にあらぬ事を吹き込んだため、楊家からの援軍の要請も無視され、宋軍との戦いのさなかには兵糧の輸送が滞る始末。楊業はついに北漢に見切りをつけて、北宋への帰順を決意します。

北宋初期に実在した武門一族・楊家の物語。当時北宋では、遼軍の度重なる侵攻に苦しめられていて、宋軍の中で遼軍に対抗できたのは楊家軍のみだったのだそうです。民衆には「楊無敵」と呼ばれ、楊業の死後まもなく「楊家将」の伝説が民間で伝えられるようになったとか。現在の中国では「三国志」「水滸伝」と並ぶ作品と言われ、京劇でも人気の演目だそうなのですが、そんな「楊家将演義」も本としての出来があまり良くないらしく(あらら)、まだ日本語には訳されていないとのこと。

本当は北方水滸伝を読みたいんですが、単行本で全19巻はツラいので、先に文庫になったこちらを。これはほんの日記のブラッドさんのお母さまのお勧めの1冊。ブラッドさんのところは、母娘で本の情報交換が活発で素敵です~。
北方三国志もそうでしたが、とにかく男たちがかっこいい! まず宋側では、楊業と7人の息子たち。私が結構気に入ってたのは、先帝の息子で明るく聡明な八王。上巻では帝もいいです。下巻になると、寄る年波を感じさせられてしまうのが寂しいんですけどね。そして敵の遼では、実権を握っている蕭太后(女性ですが、度胸と智謀が凄い!)、「白き狼」と恐れられる耶律休哥。やっぱりこういう作品では、敵の魅力も重要ポイントですね♪
遼と戦うことに集中できるならまだしも、開封の平和に慣れ切ってしまった文官たちや、宋の内部から混乱させようとする遼の間者、楊家の活躍を妬む武官たちに足を引っ張られることになって大変な楊家なんですが、それでも武人はただ戦っていれば良いと割り切る楊業を中心にした男たちの生き様は熱く、爽やか。普通の場面はもちろんですが、戦闘シーンもスピード感があってすごく面白いんです~。
本来の「楊家将演義」は、楊家5代を描いているのだそう。そこまでは求めませんけど、この後の物語もぜひ読みたいものです。特に四郎のその後が気になります。...と思ったら、PHP研究所の月刊誌「文蔵」で、続編「血涙」を執筆中とのこと。9月号が最終回ということは、遠くない将来、単行本になりますねっ。それは嬉しい。続編が読める日が楽しみです! (八王が死ぬのは見たくないけど...)(PHP文庫)


+既読の北方謙三作品の感想+
「破軍の星」北方謙三
「楊家将」上下 北方謙三
「水滸伝」1~3 北方謙三
「水滸伝」4~6 北方謙三
「水滸伝」7~9 北方謙三
「水滸伝」10~12 北方謙三
「水滸伝」13~15 北方謙三
「水滸伝」16~18 北方謙三
「水滸伝」19 北方謙三
Livreにブラディ・ドールシリーズと「三国志」の感想があります)

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den_en relaxのuotaさんが読んでらして、読みたくなった本。(記事) 5人の女性と1人の男性が「ジェイン・オースティンの読書会」を結成して、月に一度読書会を開き、「エマ」「分別と多感」「マンスフィールド・パーク」「ノーサンガー・アビー」「自負と偏見」「説得」という6作品を読んでいくという物語。図書館でも人気らしくて結構待たされちゃいましたが、確かに面白かったです! 読書会とは言っても、それほど作品そのものには触れてなくて、あんまり突っ込んだ議論もしてないんですが、その読書会でのやり取りやその合間に見えてくる6人の人間模様が、ものすごくオースティン的で面白いんですよね。ああ、この人たちがオースティンを愛読してるのもよく分かるなあ、という感じ。みんなそれぞれに、オースティンの作品の中の人物たちと同じように、恋をしたり傷ついたり、幸せになったり落ち込んだりしていて... アメリカが舞台だけあって、こちらはとてもアメリカ的なんですが。ラストもオースティン的なハッピーエンドと言えそうです。

プロローグの1行目、「私たちはそれぞれ、自分だけのオースティンをもっている」という書き出しが素敵です。

・ジョスリンのオースティンは、結婚と求婚についてすばらしい小説を書いたのに、生涯結婚しなかった
・バーナデットのオースティンは喜劇の天才だ
・シルヴィアのオースティンは人の出入りの多い居間で小説を書いては家族に読んできかせ、いっぽうで辛辣で偏りのない人間観察を続けた人だ
・アレグラのオースティンは、経済的窮状が女性の性生活にどのような影響が与えるかをテーマに小説を書いた
・プルーディのオースティンが書いた本は、読むたびに変化する
・私たちの誰も、グリッグのオースティンがどんな人か知らない

これだけでも、どんな人物なのか想像が膨らむし、唯一の男性メンバーのグリッグは一体どんな人なんだろうと興味津々になっちゃう。語り手として「私たち」という言葉がたびたび登場するのも面白くて、読んでいると自分もまるで読書会に女性会員の1人として参加しているような気分になってしまいます。(てっきり最後に「私たち」の「私」が誰なのか分かるのかと思ったんですが、そういうミステリ的趣向はありませんでした・笑)

もちろん、ジェイン・オースティンの愛読者の方が楽しめるのではないかと思いますけど、巻末には「読者のためのガイド」として、ジェイン・オースティンの6作品の紹介もあるから大丈夫。私はこの作品を読んだら、オースティンの未読作品を全部読みたくなっちゃいましたが! なんと「読書会の討論のための質問」まで用意されてるという親切な作りです。面白いなあ。アメリカではこういう読書会が盛んで、初対面の人物が面白そうだったりすると、「読書会をやってみない?」と誘うこともあるんですって。そうやって開いた読書会を通して、また積極的に友達を増やすんでしょうね。あんまり突っ込んだ議論をするとなると、緊張して発言できなくなっちゃいそうなんですが、こういう気軽な読書会ってとっても楽しそうです。(白水社)


+既読のジェイン・オースティン作品の感想+
「自負と偏見」オースチン
「エマ」上下 ジェイン・オースティン
「分別と多感」ジェイン・オースティン
「マンスフィールド・パーク」ジェイン・オースティン
「ジェイン・オースティンの手紙」ジェイン・オースティン
「説きふせられて」ジェーン・オースティン
「ノーサンガー・アベイ」ジェーン・オースティン

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6作が収められた、森絵都さんには珍しい短編集。6つの作品はそれぞれに趣向が違うものの、何か大切なものを持ち続けている主人公たちが、現在の迷いや悩みを振り切って、未来に向かおうとする姿を描いているのが共通点。
うーん、悪くないし、むしろ粒揃いの短編集なんだろうなとは思うものの... 私にとっては、何かが決定的に足りなかったです。
1作目の「器を探して」では、読み初めから引き込まれて、かなり期待がふくらんだんです。でも途中まではとても面白く読めたのに、最後の詰めが... ええっ、これで終わりですか? 3作目の「守護神」は、思いがけない方向への展開が楽しいんだけど、国文学のレポートがそれほど簡単に代筆できるなんてあり得ないーって思ってしまうし、表題作「風に舞いあがるビニールシート」は、この6作の中で一番ストレートに響いてくる作品だとは思うんですが、それにしても、読み始めた時から予想できていた展開と結末。(予想通りなのは構わないんですけど、「それでも良かった」という何かが欲しいところ)
結果的に一番楽しめたのは、一番肩の力の抜けたような「ジェネレーションX」だったかも。比較的小粒な作品だとは思うんですけど、軽快でまとまりが良くて楽しかったです。主人公にとって、最初は単なる「新人類」だった新入社員の「石津」なんですが、傍迷惑な私用電話から聞こえてくる会話から、だんだんその事情や人となりが見えてきて、印象が変化していくのが楽しかったし、ラストも爽やか。
...でも、そういえばこれって直木賞受賞作品なんですねー。
元々直木賞には関心がないんですけど、ここ数年の受賞作と候補作のリストを改めて眺めてみて、やっぱり自分にはあんまり関係ない賞だなあと思ってしまいます。直木賞って、なんでこんなに反応が鈍いんだろう... 人目を気にしすぎなのよね、きっと。(文藝春秋)


+既読の森絵都作品の感想+
「いつかパラソルの下で」森絵都
「にんきもののひけつ」「にんきもののねがい」「にんきものをめざせ!」「にんきもののはつこい」森絵都
「あいうえおちゃん」「流れ星におねがい」森絵都
「ぼくだけのこと」森絵都
「いちばんめの願いごと」森絵都
「屋久島ジュウソウ」森絵都
「風に舞いあがるビニールシート」森絵都
「アーモンド入りチョコレートのワルツ」森絵都
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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葉崎半島の西にある猫島は、人間が30人ほどと100匹を超える猫が住んでいる島。数年前、猫の専門誌にここの猫の写真が取り上げられて以来、猫の楽園として有名な観光地となっていました。猫マニアが島に押し寄せ、同時に捨て猫の数も急増したのです。そんなある日、観光客をナンパしていた高校生・菅野虎鉄が見つけたのは、ナイフが突き立てられた猫の剥製。丁度猫島にやって来ていた駒持警部補は、猫島夏期臨時派出所の七瀬巡査と共に調査を開始します。
ということで、「ヴィラ・マグノリアの殺人」「古書店アゼリアの死体」に続く、葉崎を舞台にしたコージーミステリ。今回舞台となる猫島は、葉崎からほんの目と鼻の先にある小島です。干潮の時は徒歩で移動できるほど。

今回は、とにかく猫、猫、猫ばっかり!
メル、マグウィッチ、ポリス猫DC、ビスケット、お玉、ワトニー、トマシーナ、セント・ジャイルズ、ラスカル、ジョフリイ、ヴァニラ、シルヴァー、ウェブスター、クリスタロ、モカ猫、アイーダ、アイ、ソロモン(ミスター・ティンクルス)、アムシャ・スパンダ、チミ...
「著者のことば」によると、この作品には本当に沢山の猫が登場していて、しかもその8割の名前は小説や映画に出てくる猫の名前からとってあるのだそうです。「ただし、出典が全部わかったら、相当の猫バカだと思う」とのこと。
トマシーナはポール・ギャリコからでしょうし(柴田よしきさんの「猫探偵正太郎」シリーズにもトマシーナがいるけど)、チミは仁木悦子さんの「猫は知っていた」かなと思うんですけど... アムシャ・スパンダはゾロアスター教からって作中にあったし、ウェブスターはP.G.ウッドハウス「ウェブスター物語」、ソロモンは「黒ネコジェニーのおはなし」、ミスター・ティンクルスは映画「キャッツ&ドッグス」...? 
ラスカルはあらいぐま?(笑) シルヴァーは「宝島」(猫じゃないじゃん!)で、モカ猫はモカ犬から? でも後は...? セント・ジャイルズがすごく気になるんですけど...!

剥製の猫にナイフが突き立てられていた事件から、殺人事件までだんだんと事件が大事になっていくのですが、雰囲気としてはあくまでもコージーミステリ。殺人が起きてコージーミステリというのも妙ですが(笑)、みんなどこかのんびりと構えていて微笑ましくて、コージーとしか言えない雰囲気なんですよね。住人たちが賑やかに楽しそうに動き回っていて、ミステリとしてよりも猫島に住む人々や猫たちの物語として楽しかったなー。「ヴィラ・マグノリアの殺人」「古書店アゼリアの死体」に登場していた人々が名前だけの登場をするのもまた、昔馴染みに会えたようで嬉しいところ。ラストは、若竹作品には珍しく毒が少なくてびっくり。 ...それより、修学旅行で一体何があったのか、気になるんですけど...? なんでそんなところで出し惜しみ? それが一番のびっくりでした!(光文社カッパノベルス)


+既読の若竹七海作品の感想+
「猫島ハウスの騒動」若竹七海
「親切なおばけ」若竹七海・杉田比呂美
「バベル島」若竹七海
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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ハヤカワepi文庫に夢中になってたと思ったら(これは完読)、絶賛叙事詩祭りを始めてしまって、お久しぶりのハヤカワ文庫FT。今回手に取ったのは、2年ほど前に1冊読んだっきりになっていた、魔法の国ザンスシリーズです。このシリーズは今のところ16冊出ていて、ハヤカワ文庫FT初期に始まったシリーズにも関わらず、今でも絶版になっていないという貴重なシリーズ。今年は連番の100番までの作品を中心に読もうと思っていて、100冊中71冊が読了済なんですが、なかなか手に入らない本が多いんです。

このザンスというのは、一応異世界でいいのかな... ごく普通の文明国と隣り合っているようなのだけど、存在がほとんど知られていないという意味では、「オズの魔法使い」のオズの国のような存在。
そして「オズの魔法使い」や他のファンタジー物と違うのは、魔法はたっぷり存在するのに、いわゆる魔法使い、呪文を唱えれば何でも叶えることができる万能の魔法使いが存在しないこと。その代わりに、ここに住んでいる人も動植物も、石や水といった無生物に至るまで、何かしら魔法の力を1つずつ持ってるんです。しかも同じ時代に全く同じ魔力を持つ人間は存在しない、なんていう設定のおかげで、この作品に登場する魔法のバリエーションはものすごく豊富。まるで色鮮やかな中身のぎっしりと詰まったおもちゃ箱を見ているようです。もちろん力の強さには個人差が大きくて、相手を他の姿に変身させたり、目に映る全ての物をまやかしの姿にしてしまうという強くて有益なものから、壁に光の斑点を映すだけ、といった弱くて無意味なものまで様々。
そんな国なので、旅をする時は大変。魔力は人だけに限られたことじゃないので、一休みで腰を下ろした場所が肉食草の区域だったり、一見気持ち良さそうな木陰では、心地よい音楽で死ぬまで眠らされてしまったり...。(で、木に食べられてしまう) 泉を見つけて水を飲もうと思っても、飲んで最初に見た相手に恋してしまう「愛の泉」だったり。もちろん悪い魔法ばかりではなくて、「毛布の木」なんていうのもあって、寒い時にはとっても助かるんですけど。(笑)

そんな風に色んなアイディアを見てるだけでも楽しいし、主人公がどんどん世代交代していくし、ザンスの過去に旅することもあるので、ザンスという国の歴史もたっぷり楽しめるんですが... 1冊目の「カメレオンの呪文」は再読で、2回目読んでも楽しかったんですが...
続けて5冊読めればいいなあ、と思って読み始めたんですけど、3冊でおなかいっぱい。面白いことは面白いんですけど、どこか危うい感じがするんですよね。この後もこの面白さは続くのかしら? 一歩間違えれば、ただのお遊び作品になってしまいそうで、読みながら心配になってきました。こういうのって、やっぱり最初の2~3冊が一番いいような気もしますね。(ハヤカワ文庫FT)


+シリーズ既刊の感想+
「カメレオンの呪文 魔法の国ザンス1」ピアズ・アンソニイ
「カメレオンの呪文」「魔王の聖域」「ルーグナ城の秘密」ピアズ・アンソニイ
「魔法の通廊」「人喰い鬼の探索」ピアズ・アンソニイ
「夢馬の使命」「王女とドラゴン」ピアズ・アンソニイ

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コロンブス、ベートーベン、エジソン、イソップ、ガロア、シェークスピア、二宮尊徳、ゲーテ、ダンテ、スタンダール、毛沢東、カミュ、ニーチェ、聖徳太子、カフカ、マルクス、紫式部、セルバンテス、トロツキー、孟子、キリスト、プラトン、リルケという23人の世界史上の「英雄」を取り上げて、寺山修司流にそれらの人物を切り、その正体に迫る本。

先日読んだ「不思議図書館」が面白かったので(感想)、次はこの本を選んでみたんですが... うーん、こちらは私には今ひとつ合わなかったみたい。
イソップに関しては私も大嫌いなので...! 「主人持ちのユーモア」「奴隷の教訓」という言葉には深~く納得だったんですが(笑)、コロンブスに関しては、寺山氏が「私が勝手に書き直したコロンブス像」として書いてる文章が、まさに私がコロンブスに抱いていたイメージそのままで、この文章が書かれた当時は、そう考えられてはいなかったのかしら? なんて逆に疑問に思ったり... そのほかの部分では、それはちょっとひどいんじゃないの、と言いたくなるような部分も色々とあって、正直あまり楽しめなかったです。寺山氏による人物分析は、あくまでも現代の、それも1970年代の価値基準を持った人間によるもの。「英雄」たちが生きていた当時の世相や社会背景なんかををまるで無視して、ここまで切り捨てちゃってもいいものなのかな? 何も考えずに楽しむべき本だったのかもしれないんですが、私にはそうはできなかったし、なんだかまるで寺山修司氏の持つ歪みを直視させられているようでツラかったです。もちろんこういった人物分析は、1970年の時代に「英雄」たちを蘇らせるという行為でもあったのかもしれないし、彼なりの「英雄」たちへの敬意の表し方だったのかもしれないんですが。
それでも、「もし、サザエさんが卵を立てなければならないとしたら」というところで出てくる発想は面白い♪ 「ゲーテ」の「ウェルテル」や二宮尊徳との対談も、紫式部の現代版シュミレーションも楽しめました。(角川文庫)


+既読の寺山修司作品の感想+
「不思議図書館」寺山修司
「さかさま世界史 英雄伝」寺山修司

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若い頃からヨーロッパの不思議物語を集め始め、徐々に日本の不思議物語にも目を向けるようになったという澁澤龍彦氏の、日本やヨーロッパ、あるいはインドや中国における不思議譚・怪異譚を紹介する本。

本人が文庫版あとがきに書いているように、軽い読物として書き流してる部分が目につきますし、既にどこかで聞いたような話も多かったんですけど、古今東西の不思議譚を網羅しての考察は楽しかったし、文章もいつものことながら、全然古さを感じさせなくて読みやすかったです。自分の好きなものを、気楽にコレクションしてるという感じがいいんでしょうね。前口上にも、「私は学者ではないから、七面倒くさい理窟をつけるのはあまり好きなほうではなく、ただ読者とともに、もっぱら驚いたり楽しんだりするために、五十篇に近い不思議物語をここに集めたにすぎないのである。したがって、読者のほうでも、あまり肩肱張らずに、私とともに驚いたり楽しんだりして下さればそれで結構なのである」とありました。確かにそういった読み方が相応しい本。さすが河出文庫の澁澤龍彦コレクションの1冊目、澁澤作品の入門編にぴったりの本かも。

「最も古い神話や伝説のなかに、私たちは最新のSFのテーマを発見することができる」なんていうのも面白かったし...
あと一番印象的だったのは、「ヨーロッパでは、ユートピアの別世界に到達するためには、いつも危難にみちた海を越えてゆく必要があった。ところが中国では、桃源郷に到達するには、ただ洞窟や木の洞をひょいとくぐり抜けたり、壺の中へひょいと身を躍らせるだけで十分だったらしいのである」という部分。確かにその通りですねー。中国でも、仙人の住む蓬莱山は海上にある島だと考えられていて、秦の始皇帝は不老不死の薬を求めて徐福を派遣してるんですけど、なぜか山のイメージが強いです。海の上にはあっても、やっぱり蓬莱「山」だから?(笑)
やっぱりヨーロッパにおけるヴァイキングのような存在がなかったからなんでしょうかねえ。倭寇はあったけど、明の時代だからあまり古くないし、時代を遡っていっても、やっぱり常に海よりも内陸部に目が向いてるような気がするし...。仙人の修行は基本的に山で行われるし。(多分・笑)
そしてヨーロッパの海とユートピアの関係って、感じてはいたけど、そういえば理論的にはまるで分かってないことに気付いてしまいました。そういうのって、既に論じられてるんでしょうね。そういう本が読みたくなってきたなあ。何かいいのないかなあ。(河出文庫)


+既読の澁澤龍彦作品の感想+
「私のプリニウス」澁澤龍彦
「異端の肖像」澁澤龍彦
「夢のある部屋」澁澤龍彦
「澁澤龍彦初期小説集」澁澤龍彦
「夢のかたち」「オブジェを求めて」「天使から怪物まで」澁澤龍彦
「高丘親王航海記」澁澤龍彦
「東西不思議物語」澁澤龍彦
Livreに「世界悪女物語」「幻想博物誌」「夢の宇宙誌」「フローラ逍遥」の感想があります)

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秋のはじめの穏やかに晴れたある日のこと、水晶通りにやって来たのは、マーレンという少女。夏の国で家政婦をしていた彼女は、街に沢山降ってきた「お手伝いさん求む」のちらしに興味を引かれ、ハルメ・ハイネの塔にやって来たのです。ヘルメ・ハイネは、全体に血の気の薄そうな魔法使い。最初はすげなくマーレンを断ろうとするヘルメ・ハイネでしたが、どうやらちらしを出したのは先代のハルメ・ハイネで、100年ほど前のことらしいと分かり、とりあえずマーレンを雇うことに。

上巻は、柔らかい色彩に包まれた物語。ここに描かれているのは、とても風街(感想)っぽい場所で、主人公のマーレンが魔女の箒のような古い箒を持ち歩いているというのも、ハウスキーピングのライセンスが「メアリー・ポピンズ・ライセンス」という名前なのも微笑ましいです。マーレンがいた夏の国というのは、地球上の孤児が集められているという場所で、マーレン自身も孤児なんですが、そこにも全然暗いイメージはなし。むしろ賑やかで楽しそう、なんて思えちゃう。でも、下巻に近づくに連れて、その暖かな色彩がどんどん薄れ、それに連れて体感温度もどんどん下がっていきます。あとがきにも、前半はカラーで描き、後半はモノクロで描くというイメージだったとあり、納得。

下巻に入ると、舞台はトロールの森へと移るのですが、そこは全くの冷たい灰色の世界。時々思い出したかのように、原色に戻ってしまった色彩が飛び散っているのですが、基本的に無彩色。前半の夢のような雰囲気が嘘のような、まるで悪い夢でも見ているような、何とも言えないない世界。でもそれでいてとても強烈な吸引力があるんですよね。終盤は、まさしく井辻さんが「エルガーノの夢」のあとがきに書かれていた、「とほうもなく非合理で、小説のようなちゃんとした構造をもっていなくて、断片的で」「詩のような夢のような、奇形であいまいで、それだから美しいような」叙事詩や伝説の世界。整合性があり、きちんとしているだけが、小説の魅力ではないんですよね。

そう考えると、小説ってどこか絵画と似ているような気がします。私は絵だと、例えばクレーやカンディンスキーの抽象画がすごく好きなんですけど(クレーは抽象画家とは言えないかもしれませんが)、小説でも抽象画的な、理屈では説明しきれない部分があるものに惹かれやすいのかなあ、なんて思ったり。
例えば、写真がなかった昔は、肖像画は写真のような意味があったわけで、貴婦人の着ているドレスの襞などをひたすら忠実に写し取ることが重要、という部分もあったと思うんですけど、写真がある今、実物にひたすら忠実な絵というだけではつまらないと思うんですよね。それなら写真を撮ればいいんだし。(もちろん当時だってきっと、実物にひたすら忠実な絵というだけではダメで、画家の個性とか、何かが感じられる絵こそが、今に残ってきていると思うのですが) だけどその写真も、写真を撮る人の個性によって、本当に様々な表情を見せるわけで。で、例えば、ノン・フィクションが好きだという人がいたら、それは絵よりも写真が好きだというようなものなんじゃないかなあ、なんて思ったりしたわけです。
小説と絵画の関係は今ふと思っただけだし、このままでは単なる好みの傾向の話になっちゃうんですが、これはつきつめて考えてみると、ちょっと楽しいかも♪(講談社X文庫)


+既読の井辻朱美作品の感想+
「風街物語 完全版」井辻朱美
「エルガーノの歌」「パルメランの夢」井辻朱美
「幽霊屋敷のコトン」「トヴィウスの森の物語」井辻朱美
「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」井辻朱美
「遙かよりくる飛行船」井辻朱美
「ファンタジーの森から」「ファンタジーの魔法空間」井辻朱美
「夢の仕掛け 私のファンタジーめぐり」井辻朱美
「魔法のほうき」井辻朱美
「ファンタジー万華鏡」井辻朱美

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「狂えるオルランド」にすっかりパワーを使ってしまったので、もう少し気軽に楽しめるファンタジーを... ということで井辻朱美さん2冊。井辻さんの作品が本当に気軽に楽しめるタイプかと聞かれると、ちょっと違うかなという気はするんですけど...。(笑)

「幽霊屋敷のコトン」は、代々伝わる古い屋敷に、既に亡くなった一族の幽霊たちと一緒に暮らしているコトンの物語。話そのものは、おとぎ話みたいに可愛らしくて(めるへんめーかーさんの挿絵がイメージにぴったり)、深みとしてはちょっと物足りないんですけど、その中で1つとても印象に残ったのが、コトンのおじいさんが亡くなる前にコトンに毎日日記をつけることを約束させて、「いいかい、おまえが書かなければ、一日は枯れた薔薇の花びらのように、くずれてどこにもないものになってしまうのだよ」と言った言葉。
この言葉、読書にも当てはまるなあと思って。私はこの6年半、面白かった本も面白くなかった本も、読んだ本の感想を毎日書き続けているんですけど、それはまず第一に自分のための記録なんですよね。(と、今まで何度も書いてますが) 安心してどんどん読み続けられるのも、ある意味、そうやって感想を書き続けているから。そうでなければ、きっと読んだ本のイメージはとっくの昔に、ぽろぽろほろほろと崩れ去ってしまっているんじゃないかと思います。もちろん、崩れ去った後にも、何かしら残っているものがあるでしょうし、それだけで十分なのかもしれないんですが... 何かしら書いてさえいれば、それを書いた時のことを、書かなかったことも含めて、色々と思い出せるもの。それはやはり自分にとって大きいです。

そしてこの「幽霊屋敷のコトン」は、とても水の匂いの濃い物語なんですが、それと対のようにして書かれたというのが「トヴィウスの森の物語」。とは言っても雰囲気はまるで違っていて、同じように水の匂いは濃くしていても、こちらは本当にファンタジックなファンタジー。
いずれは騎士となるべき少年、美しい妖魔の若者、黒い森、霧の立ち込める黒い大理石の城には魔王、地下の鍛冶場で仕事をしている性悪な小鬼たち... と、いかにもなモチーフが満載なんですが、その使い方、展開のさせ方が、やはり井辻さんの場合独特なんだなあと実感。美しくて詩的なんだけど、どこか非合理。やっぱりこれは井辻さんならではのファンタジーだなあ、ルーツを感じるなあ、と思うのでした。(講談社X文庫・ハヤカワハイ!ブックス)


+既読の井辻朱美作品の感想+
「風街物語 完全版」井辻朱美
「エルガーノの歌」「パルメランの夢」井辻朱美
「幽霊屋敷のコトン」「トヴィウスの森の物語」井辻朱美
「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」井辻朱美
「遙かよりくる飛行船」井辻朱美
「ファンタジーの森から」「ファンタジーの魔法空間」井辻朱美
「夢の仕掛け 私のファンタジーめぐり」井辻朱美
「魔法のほうき」井辻朱美
「ファンタジー万華鏡」井辻朱美

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現在進行中の絶賛叙事詩祭りで最大の目玉になりそうな作品、念願の「狂えるオルランド」をとうとう読みました!
これは8世紀末のシャルル・マーニュ率いるキリスト教徒軍とイスラム教徒軍との戦いや、騎士たちの恋や冒険を描いた物語。イタリアルネッサンス最高傑作とされているのだそうです。イタロ・カルヴィーノが偏愛しているという作品。でも、同じくシャルル・マーニュが登場するフランスの叙事詩「ロランの歌」と何らかの関係があるんだろうとは思ってたんですけど、「ロラン」が、イタリア語では「オルランド」なんて知りませんでしたよー。(情けない)

というのはともかく。これが思いの他、難物でした。

まず、訳者まえがきを読んで初めて、これが15世紀にボイアルドが書いた「恋するオルランド」(未完)の続きとして書かれていると知ってびっくり。それならそちらを先にいっておきたいところですが、その「恋するオルランド」は、日本語には翻訳されてないらしいんです。しかも、この本には「恋する~」のあらすじがほとんど書かれてない! いくら「狂える~」が、それだけで独立して読める作品とされていても、続編である以上、人間関係がすっかり出来上がっている以上、そちらのあらすじをきちんと書いておいてくれてもいいのでは... それもなしに、「『恋するオルランド』第○巻第○歌○○節参照」なんて訳注が頻出するときた日には...!
私はシリーズ物を途中から読むのが大嫌いだし、繋がりがある作品は順番に読みたいタイプ。(積み重ねていく部分って、大切ですよね) なのに、いきなり話が始まっちゃう。全然話に入れなくて困っちゃいました。特に最初の1~2章では大苦戦。何度読み返しても、全然頭に入ってこなくて、目は文字の上を素通りするだけ。訳者まえがきに、「まずなによりも、読んで面白い」「少しも読者を退屈させない」なんて書かれてるのに、全然面白くないよー...。

せっかく市外の図書館からお取り寄せしてもらったんだけど、やっぱりやめちゃおうかしら、でも、そんな気軽に再チャレンジなんてわけにもいかないし... なんて思いながら我慢して読むこと約30ページ。(この30ページに5日ぐらいかかりました) ある日突然、面白くなりました! 訳者さんの言葉にも、ようやく納得。ヨーロッパはもちろん、インド、エチオピア、はたまた... と様々な場所でエピソードが同時進行していくんですけど、全然混乱しないどころか、すごく読みやすい! (登場人物は物凄く多いので大変ですが) 最初の苦労は一体何だったんだ? 全部読み終えてから最初に戻ってみると、今度は全然読みにくくなかったです。(笑)

myrtus05.jpg題名の割に、オルランドは主役じゃないんですね。オルランドが失恋して正気を失い、他の人物がその正気を取り戻させるという流れはあるんですけど(この正気を取り戻す部分が凄いです。ぶっ飛んでます) むしろイスラム教徒の騎士・ルッジェーロとキリスト教徒の乙女・ブラダマンテが中心。というのも、この2人こそがアリオストが仕えていたエステ家の始祖となる2人なので...。(途中何度か語られるエステ家の隆盛については、ちょっと退屈) そしてもう1つ中心となっているのが、キリスト教徒とイスラム教徒の戦い。これは迫力です。名だたる騎士たちの強さってば、凄まじすぎ。一騎当千とはこのことか。
(右の写真は、作中に何度も登場するミルトの花。日本名は銀梅花)

結局のところ、ものすごーく面白かったです。分売不可の2冊組で12,600円という凄い値段なんですけど、それでも欲しくなっちゃったぐらい。この金額を出しても欲しいって思えること自体凄いんですけど、そう思えるような本が読めて幸せ~。物語そのものが面白いのはもちろん、訳文もすごく良かったし、ギリシャ神話やホメーロスの「イーリアス」「オデュッセイア」、ウェルギリウス「アエネーイス」、オウィディウス「変身物語」、プリニウス「博物誌」、ダンテ「神曲」、マルコポーロ「東方見聞録」、アーサー王伝説などなど、様々な古典文学を下敷きにしてるから、そういう意味でもすごく楽しいし、色んなエピソードの展開の仕方を他の古典作品と比べて、1人でにやにや。特に絶世の美女の見せる意外な計算高さや、命をかけて結ばれた王子さまとお姫さまが「そして2人はいつまでも幸せに暮らしました」になるとは限らないところとか、面白い~。そしてこの作品は、後の文学作品にも色々と影響を与えているんですよね。これでようやく、そういう作品を読んだ時に、悔しい思いをしなくて済むから嬉しいな。多少は理解も深まるでしょう。(期待)

あとは返却期限までぼちぼちと読み返して... ポチッとしてしまう衝動と戦うだけですね。わはは。(名古屋大学出版会)

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修道士カドフェルシリーズ21冊目。これが本当の最後。「ウッドストックへの道」「光の価値」「目撃者」という短編が収められた1冊。

「ウッドストックへの道」には、まだ修道院に入っていない、40代そこそこのカドフェルが登場。かつてイーヴシャムの修道士だったという男とのやり取りや、その後の出来事によって、シュルーズベリの大修道院に行くことになるという作品。まさにこの本の題名である「修道士カドフェルの出現」です。人生のどんな転機に対しても、さすがカドフェルは常に自然体なんだなあと思わされる作品。そして、まだこの頃は女帝モードの父であるヘンリー1世が生きてるんですけど、作中で後継とされていたウィリアム王子が海難事故に遭うんですよね。そういう意味でもシリーズに繋がる重要な作品と言えそうです。カドフェルが修道院に入るには、これ以上の年はなかったかも。

3作の中では、やはり「ウッドストックへの道」の印象が一番強かったんですけど、「光の価値」も、シリーズの中に長編としてあってもおかしくないような作品だったし、「目撃者」で、ドジなオズウィン修道士が登場するのも懐かしかったし、やっぱりこのシリーズがもう新作で読めないなんて寂しいですー。でもエリス・ピーターズ自身が、誰にも続編を書いてはいけないと遺言しているそうなので... それでもピーターズは、最初はカドフェルをシリーズ物にする気なんてなかったんですね。彼女自身による序文を読んでびっくりでした。
巻末には「修道士カドフェルシリーズ:ガイド」があって、物語の歴史的な背景やシュルーズベリについて、カドフェル以外の主な修道士や修道院での1日、シリーズに出てくる食べ物や薬草、各巻のあらすじなどがまとめてある小事典となっています。(光文社文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「聖女の遺骨求む」「死体が多すぎる」「修道士の頭巾」...ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「聖ペテロ祭殺人事件」エリス・ピーターズ
「死を呼ぶ婚礼」エリス・ピーターズ
「氷のなかの処女」エリス・ピーターズ
「聖域の雀」「悪魔の見習い修道士」エリス・ピーターズ
「死者の身代金」「憎しみの巡礼」エリス・ピーターズ
「秘跡」「門前通りのカラス」エリス・ピーターズ
「代価はバラ一輪」エリス・ピーターズ
「アイトン・フォレストの隠者」エリス・ピーターズ
「ハルイン修道士の告白」エリス・ピーターズ
「異端の徒弟」エリス・ピーターズ
「陶工の畑」「デーン人の夏」エリス・ピーターズ
「聖なる泥棒」「背教者カドフェル」エリス・ピータース
「修道士カドフェルの出現」エリス・ピーターズ

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今でもイラン人なら誰でもその一節を暗誦することができる、と言われているほどイランの人々に愛されているペルシャ英雄叙事詩。11世紀初めにフェルドウスィーによって作られたものです。本来は「神話」「伝説」「歴史」の3部構成だそうなんですが、この本では「神話の王たちの時代」「伝説英雄の時代」の2部に分かれています。

3部構成の最後の「歴史」の部分(全体の5分の2程度)が丸々省略されてるし、「神話」「伝説」部分も部分部分で省略されているので、本来の形からみると4分の1ほどの量になっているのだとか。訳も散文形式だし、岩波文庫に珍しく注釈もものすごーく少なくて(全体で23だけ!)、読みやすさにこだわった簡易版といった感じですね。今のところ完訳版は出てないようなので仕方ないのですが。
基本はペルシャ初代の王・カユーマルスからの歴代の王の紹介で、随時英雄伝説が挟まっています。解説に「ある意味では、私たちの『古事記』に当たる」と書かれていたんですけど、なるほどそんなものかもしれないですね。ちょうど古事記の、山幸彦の孫(だっけ)が神武天皇になって、歴代の天皇のエピソードが神話交じりに書かれていくような感じ。さだめし、初代の王・カユーマルス王が神武天皇で、英雄ロスタムがヤマトタケルってところでしょうかー。こちらの「王書」には、天地開闢だの天地創造だの神々の誕生だのといった部分はありませんが。
結構面白かったし、注釈が少ないのは読みやすかったんですけど、読んでいると、つい気になってしまう部分いくつか...。ここの説明が読みたい!ってところには注釈がなかったりして、痒いところに手が届かないー。注釈もありすぎると、本文の流れを遮ってしまうから読みにくいんだけど、やっぱりある程度は必要なものですねえ。あと、古代ペルシャで信仰されていたのはゾロアスター教だし、この詩の中でもそうなってるんですが、実際にこの詩が作られたのは、既にイスラム教になっていた頃。その辺りについても、もう少し説明して欲しかったところです。もしかして後から宗教的にいじられたのかな?って部分もあったんですよね。気になりますー。(岩波文庫)

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娘のペルセポネーを突然ハーデースに奪われて嘆くデーメーテールを描いた「デーメーテールへの讃歌」、ヘーラーの嫉妬のために、ゼウスとの間に出来た子供を産む場所を探すのに苦労する女神レートーの「アポローンへの讃歌」、生まれたその日にアポローンの牛を盗み、アポローンに捕まえられてもゼウスの前に出されてもしらばっくれるヘルメースを描いた「ヘルメースへの讃歌」、英雄アンキーセースと出会って愛し合い、後にローマを建国するアイネイアースを産むことになるアプロディーテーの「アプロディーテーへの讃歌」の4編。

「ホメーロス讃歌」とは言っても「イーリアス」「オデュッセイア」の作者であるホメーロスが書いたのではなく、様々な人物がホメーロス的に作り上げた詩を集めたもののようですね。という以前に、本当にホメーロスという人物はいたのか、1人の人間が本当に「イーリアス」「オデュッセイア」を作り出したのか、それとも複数の人物のユニットが「ホメーロス」だったのか... なんて「ホメロス問題」があるようですが。

4つとも、ギリシャ神話が好きな人にはお馴染みの有名なエピソード。もっとも読む本によって、細かい部分が違ってたりしますけどね。そしてこの中で私が一番面白く読めたのは、「ヘルメースへの讃歌」でした。ヘルメースは生まれたその日も揺り籠の中にじっとしていることなく、早速飛び出してしまうのですが、亀を見つければその甲羅で竪琴を作って奏でてみたり、アポローンの牛を50頭も盗んでみるという行動力。しかも、ヘルメースが犯人だと見抜いたアポローンに責められても、ゼウスの前に引き出されても、のら~りくらりと言い逃れるんです。ヘルメースといえば知的でスマートなイメージがあるのですが、むしろ悪知恵が働く赤ん坊だったわけですね。読んでいる間は、解説に書かれているような「喜劇仕立ての滑稽な作品」とはあまり思わなかったんですが、読後少し時間が経つと、やはりあれは喜劇仕立てだったんだなあ~なんて思ってみたり。
この本に収められているのは4編だけですけど、ちくま文庫から出ている「ホメーロスの諸神讃歌」で全33編が読めるようです。この4編以外はどれも小粒で、神話伝説的要素があまりないそうなんですが、これだけだとちょっと物足りなかったので、今度はそちらを見てみるつもり~。(岩波文庫)


+既読のホメロス名義作品の感想+
「イリアス」上下 ホメロス
「四つのギリシャ神話 『ホメーロス讃歌』より」
「オデュッセイア」上下 ホメロス
「ホメーロスの諸神讃歌」ホメーロス

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帯に「図書館長・寺山修司が、珍書・奇書を大公開!」とあって、これは面白そう!と手に取ったんですが、実際面白かったです。ヨーロッパやアメリカに行くたびに古本屋や古本市で見つけて蒐集してきたという、寺山修司の蔵書コレクションを紹介する本。「書物の迷路あそび」という章にも「ヨーロッパへ旅行するたびに探しまわった迷路に関する文献も、かれこれ棚一段分ぐらいになった」という文章があるように、少しずつ集められてきた本たちのようです。

さすがに寺山修司氏、興味の向かう方向が独特ですね。「髭のある女の実話画報」「フェチシズムの宇宙誌」「大男を愛するための図鑑」「変わった殺人のための大百科」「サディズム画集の中の馬男たち」などなど、目次を見ているだけでも一種独特の妖しげな雰囲気が漂うんですが、実際に紹介されている本もユニークなものばかり。「奇書・珍書コレクション」という紹介に相応しい1冊です。実際にその本や雑誌に掲載されていた写真や図版も転載されてるのが、また楽しいんですよー。
「書物の迷路あそび」に紹介された様々な迷路、そしてその用途(ボルヘスの「ふたりの王とふたつの迷宮」が読んでみたくなりました)、「髭のある女の実話画報」で紹介されている髭のある貴婦人・クレメンチーヌ・デュレのエピソード。デュレ夫人の写真は、男装の麗人というよりも、男の人が女装してるようにしか見えないんですが、きちんとした医者が、彼女をれっきとした女性だと太鼓判押してるというんだから驚き。子供も産んでるんですよね。しかも、立派な髭を生やしたデュレ夫人は、県知事によって男装を許されたのだとか...! 当時の女性と男性の社会的な立場の違いを、思わぬところで再確認させられちゃいます。あと、面白かったのは、自殺機械を発明し実演する男たちを紹介した「変わった殺人のための大百科」とか、「だまし絵の美術史」のだまし絵画家同士の対決とか、「フェチシズムの宇宙誌」とか... 中国の男性が、纏足された小さな足に感じる「繊細な甘さ」と「刺激的な趣味」って! そうなんだ!(笑)
ミステリ好きさんにとっては、ミス・マープルそっくりさんコンテストの話題とか(選ばれた老嬢の写真付き)、新聞に掲載されたエルキュール・ポワロの死亡記事が興味を引きそう。1枚の図版を見て推理する「軽食スタンド殺人事件」なんかも面白そうでした。これがもうちょっとちゃんと推理できるようになっていれば、もっと良かったんですけどね。 (角川文庫)


+既読の寺山修司作品の感想+
「不思議図書館」寺山修司
「さかさま世界史 英雄伝」寺山修司

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離婚して実家に戻り、雑貨を作っては梅屋に置いてもらって生計を立てている果那。自宅ではなかなか熟睡できないため、徹夜で作品を作っては梅屋に行き、納品がてら奥の三畳ほどの小部屋に眠らせてもらうのが毎日の習慣。そんなある日、果那を訪ねてきたのは、「カワサキリュウジ」という青年でした。果那の元夫の行方を捜すには、果那の寝言が鍵となっているのではないかと考えた「カワサキリュウジ」。実は果那には幼い頃に誘拐された経験があり、よく寝言で口にしていたのです。

大島真寿美さんの作品を読むのは初めて。実はサイン本を頂いてしまいました。ありがとうございます~。
読みながらずっと考え続けていたのは、「かなしみの場所」がどこなのかということ。どこなんでしょうね。登場する場所といえば、まず梅屋があるんですが、ここはとっても居心地が良さそうな場所なんですよね。ここにいる「みなみちゃん」とは、果那もよく気が合ってるし、自宅でもよく眠れない人間がすとんと眠ってしまえるような場所なんですもん。かといって、離婚する前に住んでいた家でもないでしょうし、その後戻った自宅も、伯母夫婦がマレーシアの息子のところに行ってる間留守番をすることになった伯母宅も、「かなしみ」とはちょっと違うし...。結局のところは、果那が既にぼんやりとしか覚えていない思い出のことなのでしょうかー。現在も決して不幸ではないけれど、そこだけぽっと暖かく色づいているような思い出。
静かな雰囲気の中で淡々と進んで、まるで透明な水のようにさらさら流れていく物語です。柔らかい色彩の装幀も綺麗で、この雰囲気にぴったり。果那とみなみちゃんのやりとりも楽しいです。ただ、時折ひっかかる部分も... その中の1つは、設定が時々妙に細かくなること。そんなに書き込まない方が、全体の雰囲気には合うと思うんですけど、何度も書き直してるうちに、場面によって深さが変わっちゃったのかな? とはいえ、これから人気が出そうな作家さんですね。この作品の透明感に惹かれる人は多そうです。(角川書店)

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しばらく間があいてしまったんですけど、池波正太郎氏の「剣客商売」読了しました!
今回読んだのは、13~16と、番外編の「黒白」上下巻、同じく番外編の「ないしょないしょ」、そして、剣客商売に登場する様々な料理を実際に再現している「包丁ごよみ」。
前の感想を探してみたら、1~4巻はココ、5~8巻はココ、9~12巻はココ、どれも今年の1月だったんですね。その後、一気に読んでしまうのは勿体ないような気がしてきて、でも、そうこうしてるうちに海外物のペースが上がってしまったりして、しばらく中断しちゃったんですよね。本を貸して下さったAさん、ごめんなさいー! でもすっごく面白かったです。

番外編の「黒白」は、13巻を読む前に読みましたよ!>b.k.ノムラさん。確かにその頃読むのが、一番いいみたいですね。これで、小兵衛の昔馴染みの登場人物のことがすごく掴みやすくなって、話にも一層入りやすくなりました。
そして13巻の「夕紅大川橋」、とっても良かったです~。>ワルツさん。色んなところで、結構びっくりさせられつつ、ちょっとしっとりとしたムードも楽しめました。洗い髪というのがまた良くて、鮮やかに情景が浮かんできますね。
あと好きだったのは、「暗殺者」かな。これは「仕掛人・藤枝梅安」を読んでたら、一層面白かったのでしょうか。なんだか繋がりがありそうな感じですね。元々必殺シリーズは好きだったので、かなりワクワクしながら読めました。シリーズ後半は大治郎よりも小兵衛が中心となる話も多かったので、久々に若先生が出てきてくれたようで、それもとても楽しかったのかも。最初は小兵衛が気に入ってたと思うのに、いつの間にか大治郎の方が良くなってたみたいです、私。(笑)(新潮文庫)


+シリーズ既刊の感想+
お正月休みの間に読んだ本(7冊) (「剣客商売」1~4)
「剣客商売」5~8 池波正太郎
「剣客商売」9~12 池波正太郎
「剣客商売」13~16+α 池波正太郎

+既読の池波正太郎作品の感想+
「殺しの四人」「梅安蟻地獄」池波正太郎
「梅安最合傘」「梅安針供養」池波正太郎
「梅安乱れ雲」「梅安影法師」池波正太郎
「梅安冬時雨」「梅安料理ごよみ」池波正太郎

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突然ネコから20歳前後の青年になってしまった夢吉。同居している作家のおっさん(東野さんご本人)には、なってしまったものは仕方ない、せっかく人間として生きてみろと言われ、なぜか冬期オリンピックの様々な選手たちに話を聞きに行くことに。

前半は、冬季五輪競技の紹介、後半は実際にトリノに行ってのオリンピック観戦記。
冬季五輪は嫌いじゃないんですけど、時差があったりすると、すぐに観るのが億劫になってしまう私。それぞれの競技をきちんと観たら、きっとハマるんでしょうけど、一度タイミングを逃してしまうと、どうでもよくなってしまうんですよねえ。それにオリンピックの場合、メダルの数を数えたがるマスコミが鬱陶しいし。結局、トリノ五輪も全然観ないまま終わってしまいました。そんな状態だったので、この本も、まあ、そこそこ。全作品を読んでる東野さんの本だから読んだけど、そうでなければ読まなかったんじゃないかと...。夢吉の視点で書かれていくのは楽しいんですが、やっぱり私はエッセイよりも小説がいいな。
ということで、この本の中で予告されていた、アルペンスキーヤーが主人公という「フェイク」が楽しみです。今はマイナーでも、実は面白い競技って色々とあると思うんですよね。「鳥人計画」(スキーのジャンプ競技の話)だって面白かったんだし、この本の中では「書いても出してくれる出版社がない」と否定的でしたけど、ぜひ小説の中でそういう競技を取り上げて頂きたいものです。こういうエッセイよりも、小説の方が遥かに効果的なのではないかと思うんですけどねえ。(光文社)


+既読の東野圭吾作品の感想+
「ちゃれんじ?」東野圭吾
「さまよう刃」東野圭吾
「黒笑小説」東野圭吾
「容疑者Xの献身」東野圭吾
「さいえんす?」東野圭吾
「夢はトリノをかけめぐる」東野圭吾
「赤い指」東野圭吾
「たぶん最後の御挨拶」東野圭吾
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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セデレクの反逆から1ヶ月余り。ツァン・プーに残って後処理をするリジムを手伝っていた翠蘭ですが、ツァン・プーの西南の国が攻め込んできたため、翠蘭は急遽ガルに連れられてヤルルンに戻ることに。戻った翠蘭を出迎えたのは、ソンツェン・ガムポの第二妃・ティツンが、ヤルルンの家畜に毒が盛っているという噂。そして、ソンツェン・ガムポの寺院建立の計画に反対した大司祭・バーサンが出仕を拒否しているという事態でした。

「風の王国」シリーズ8冊目。唐の時代に李世民(太宗皇帝)の娘として吐蕃(チベット)へと嫁ぐことになった文成公主を描いた作品。しっかりと史実を踏まえつつ、毛利さんなりの解釈で作り上げられた物語が面白くて、愛読してるシリーズ。

でも、今回はリジムの出番が極端に少ないんですよー。台詞もないまま翠蘭と離れ離れになって、最後にちょっと出てくるだけ。その辺りはちょっと(いえ、かなり)残念でした。でも物語自体は面白かったです。やっぱりソンツェン・ガムポがいいですねえ。相変わらず決めるところはしっかり決めてくれます。あと、ソンツェン・ガムポの第二妃・ティツンも良かったです。ただ、彼女に関して言えば、もう少し悪役になって欲しかった気も...。このティツンは、「色々なことをはっきりと口に出してしまう性格なだけで、実は裏表のない人」という設定。(多分) 嫁姑バトルをして欲しかったわけじゃないんですが、後半もうちょっと毒が欲しかったかな。
それにしても、登場人物紹介のページで誰が悪役か予想できてしまうという構成は、もうそろそろやめませんかー。

実は1つ前の「風の王国 朱玉翠華伝」を読んでません、私。この「朱玉翠華伝」のタイトルのところに「小説+まんが」とあったので、「まんがは別に読みたくないしー」と思ってしまったせいなんですが... やっぱり読むべきなのでしょうか。今度書店でちゃんとチェックして来なくっちゃですね。(コバルト文庫)

追記: その後読みました! 面白かったです。


+シリーズ既刊の感想+
「風の王国」1~4 毛利志生子
「風の王国 月神の爪」毛利志生子
「風の王国 河辺情話」毛利志生子
「風の王国 朱玉翠華伝」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 目容の毒」毛利志生子
「風の王国 臥虎の森」毛利志生子
「風の王国 花陰の鳥」毛利志生子
「風の王国 波斯の姫君」毛利志生子・増田メグミ
「風の王国 初冬の宴・金の鈴」毛利志生子
「風の王国 嵐の夜」上下 毛利志生子
「風の王国 星の宿る湖」毛利志生子

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ルブリン・デュは、丘陵地帯に馬と共に暮らす、イケニ族の族長の息子。5歳の頃、ルブリンは中庭で飛び交うつばめが空に描く美しい模様に魅せられて自分もその動きを真似しようとし、そして妹が生まれた祝宴の席では、竪琴弾きの歌を聴きながら、音楽と詩が心の中で織りなす模様に魅せられて、夢中でその絵を床石に描き出します。その後親友ができ、一人前の男になるために様々なことを学ぶようになっても、ルブリンはつばめの飛行や竪琴の歌、麦畑を渡る風や疾駆する馬の群れなど、動くものを形に留めたいという、痛いほどの欲求を持ち続けることに。

紀元前1世紀頃に作られたと言われている、バークシャー丘陵地帯のアフィントンにある全長111メートルもあるという白馬の地上絵に、ローズマリー・サトクリフが作り上げたという物語。
5歳の時から片時も離れずにいたような親友も、ルブリンの絵に対する情熱を本当には理解してなくて、結局唯一の理解者となったのは、敵の族長・クラドックだけ。本文中で一番印象に残ったのも、この2人のやりとりでした。クラドックは、ルブリンが描いた馬の絵を見て、最初の数頭と最後尾の馬の間の「ゆれているような線」について質問するんですよね。「なぜ馬の形をしていないのか? まんなかにいるのも馬のはずだが」 それに対するルブリンの答えは、「なぜなら、まんなかは馬の形には見えないからです」「まんなかの馬は、特別の注意を払わない限りは、かたまりにしか見えません。疾走している馬の群れを思い出してください。最初の馬と次に続く数頭、それから最後尾以外の馬が目に留まったことがありますか? 変化し流れる、ただのかたまりとしか見えないはずです」。ルブリンの描いた線を、目の前に蘇らせてくれるようなやりとりでした。
それがきっかけで、ルブリンは丘陵地帯に巨大な白馬を描くことになるんですが...。
この本の表紙の絵こそが、その白馬の絵。(本を右に倒すと、右に向かって走る馬の絵になります) これはルブランの孤独を乗せて走り続ける白馬。周囲を人が取り囲んでいて感じる孤独は、1人きりの孤独とは段違いに深いもの。でもその孤独が深いほど白馬への思いは純粋になって、白馬は命を得ることができたんでしょうね。(そして最後がまたいいのよ!)

この本は、暁の女神の紅松優利さんのオススメ。実はローズマリー・サトクリフの本を読むのは初めてです。数々の作品の題名を見るだけで、同じものが好きな人の匂いを強く感じていたんですけど、作品数が多いので、逆に手を出せないでいたんですよね。この本は児童書で字が大きいこともあって、最初はなかなか話に入れなくて困ってたんですが、気がついたらすっかりその世界に浸りきっていて、結局読み終わった途端に、また最初から読み返してしまいました。
内容は全然違うんですけど、上橋菜穂子さんの「狐笛のかなた」の雰囲気に、どこか通じるような... どちらかが好きな方は、もう片方もお好きなのではないかと思います。ぜひぜひ。(ほるぷ出版)


+既読のローズマリー・サトクリフ作品の感想+
「ケルトの白馬」ローズマリー・サトクリフ
「炎の戦士クーフリン」「黄金の騎士フィン・マックール」ローズマリー・サトクリフ

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中学3年生の中森みちるは、崩れ始めたクラスの兆しを敏感に感じ取っていました。崩すのに2週間はかからないけれど、戻すのには半年以上かかる、そのことを小学校6年生の時に実感していたみちるは、クラスの終礼の時に何とかしようとクラスメートに呼びかけます。しかしそれが呼び水となって、それまで友達も多く好かれていたはずのみちるが、一気にクラスのいじめられっ子になってしまうのです。そしてそんなみちるを見ていられなかった優子も、教室に入れなくなってしまい...。

この作品を読むまで知らなかったんですけど、瀬尾まいこさんって中学校の先生だったんですね! なるほど、崩壊してしまったクラスの描写がリアルなはずです。現場を知っている人ならではですよ。とは言っても、ただ教師でいるだけじゃあ、こういう作品は書けないですよね。この作品の中にも、実際にその目で見ていながら、何も見ていないような教師が登場してますし。
「一人になりたくてなるのと、一人にされるのとはわけが違う」という優子の思い、「単なるパシリは情けないけど、有能な使えるパシリなんだぜ。逆にちょっとかっこいいだろ?」「パシリになるのと、パシらされるのは根本的に違うんだって」という斉藤君の言葉。結果的には何も変わらないかもしれないし、第三者から見る分にはまるで同じかもしれないけれど、それでも自分が選択するということの大切さ。もう既に崩壊してしまった学校でも、やはり温室に変わりはないのか、という思いはあるんですが、それでもはり学校というのは、社会から守ってくれている存在。その学校という空間を自分が選んでいるのか、それとも選ばされて仕方なく通っているだけなのか、というのは本当に大きく違いますし、実際に自分から通うことを選んだ優子の存在は、みちるの目には実に自然な姿に映っています。そして、自分できちんと考えて選んだことに正しいも誤ってるもないのですね。

最後を迎えても、外見的には特に何も大きく変わることはないし、悪戯に希望を持たせるわけでもないのだけれど...(ほんのりとした希望は感じられますが)
最近の私は海外作品ばかり読んでて、それは何より楽しいからだし、そういう作品からも得るものが色々とあると思ってるんですけど、そういうのしか読まないというのも、逆に片手落ちだと思うんですよね。この「温泉デイズ」は、1時間もかからずに読めてしまうような作品なんですが、でも日本のこういう作品も読まなきゃダメだな、そんな思いが残りました。とてもいい作品だと思います。(角川書店)


+既読の瀬尾まいこ作品の感想+
「幸福な食卓」瀬尾まいこ
「優しい音楽」瀬尾まいこ
「温室デイズ」瀬尾まいこ
Livreに「卵の緒」「図書館の神様」「天国はまだ遠く」の感想があります)

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ワーグナーによるオペラ「ニーベルンゲン(ニーベルング)の指環」原作、全4巻。北欧神話(エッダ)のシグルド伝説と「ニーベルンゲンの歌」を元に、ワーグナーが作り上げた世界です。本の表紙の画像が出ないのが残念なんですが、これはアーサー・ラッカムの挿絵が沢山収録されてる本。これって、たらいまわし企画・第25回「『ドイツ』の文学」の時に、柊舎のむつぞーさんが挙げてらした本ですね♪(記事) ラッカムの絵はこの世界にぴったり。カラーの挿絵も多くて、うっとりしてしまいます。

話の流れは大体知ってはいたものの、原作を読むのは今回が初めて。「エッダ」(感想)や、「ニーベルンゲンの歌」(感想)を先日読んだところなので、その違いがきちんと把握できてとても面白かったです。古い伝承や叙事詩での矛盾点や語られていない部分を、ワーグナーが見事に掬い上げてるんですね! ブリュンヒルデのこともジークフリートのこともグートルーネのことも、もう本当に納得。物語としての完成度は、きっと一番高いんでしょうね。...とは言っても、そういった完成度だけが作品の魅力というわけじゃないと思うので、逆に、破綻がありながらも読ませてしまう「エッダ」と「ニーベルンゲンの歌」の底力は凄いなあと思うのですが。

今回この4冊を読んで感じたのは、まさにジークフリートが主人公だということ。他の作品でももちろんジークフリートが主人公なんですが、この「指環」では、ジークフリートは3冊目でようやく登場なんです。呪われた指環の存在を知らしめるために「ラインの黄金」があり、ジークフリートを生み出すために「ワルキューレ」でジークムンドとジークリンデが愛し合い、ジークフリートに目覚めさせられるためにブリュンヒルデは眠らされ、ジークフリートの手で鍛えなおされるために、名剣ノートゥングは破壊されたんですね。
でもこのジークフリート、私はあんまり好きじゃないです。侏儒のミーメに育ててもらった恩がありながらも、ミーメを憎んでいるジークフリート。確かにミーメがジークフリートを育てた背景に下心がなかったとは言えませんけど、ジークフリートがミーメを憎んでいるのは、ミーメが侏儒で、外見が醜いから? そんなんでいいんでしょうか...?(関係ないかもしれないけど、さすがヒットラーに愛された作品だなーとか思ってしまうー) これじゃあ肉体的には英雄の条件を満たしていても、本質的な英雄とは言えないのでは。その行動を見てても、単なる子供としか思えないです。これじゃあ、ジークフリートが殺されても、全然同情できなーい。自業自得なんじゃ...?

楽劇は、上演にほぼ14時間、4夜を要するという超大作。一度観てみたい... とは軽い気持ちでは言えませんが、やっぱり観てみたい。せめて読む時にCDを用意しておくべきでした。(新書館)


+既読のリヒャルト・ワーグナー作品の感想+
「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」リヒャルト・ワーグナー
「タンホイザー」リヒャルト・ワーグナー
「さまよえるオランダ人」「ローエングリン」リヒャルト・ワーグナー

+既読のアーサー・ラッカム作品の感想+
「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」リヒャルト・ワーグナー
「シンデレラ」「不思議の国のアリス」「ウンディーネ」「リップ・ヴァン・ウィンクル」「ピーター・パン」アーサー・ラッカム
「真夏の夜の夢」アーサー・ラッカム絵&「テンペスト」エドマンド・デュラック絵

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ウルクの都城の王で・ギルガメシュは、力強い英雄ではあるものの、暴君として都の住民たちに恐れられる存在。ギルガメシュをどうにかしろと神々に命じられた大地の女神・アルルは、粘土からエンキドゥという名の猛者を作り上げます。始めは野獣のようだったエンキドゥは、やがて知恵を得て人間らしくなり、ギルガメシュと力比べの格闘をすることに。しかしその格闘は引き分けに終わり、ギルガメシュとエンキドゥの間に友情が芽生え、2人は一緒に遠方にある杉の森の恐ろしい森番フンババを倒す冒険の旅に出ることに。

古代メソポタミアに成立した、世界最古とも言われる叙事詩。原テキストは、粘土板に楔形文字で記されたものなんですが、テキストの約半分は既に失われてしまったのだそう。本の本文を読んでいても予想以上に欠損箇所が多くてびっくり。単語単位で抜けてるのはもちろん、何行もすっぽり抜けてたり、場所によっては残ってる部分の方が少なかったりするんです。ギルガメシュがたどり着いた楽園についてとか、もっと詳しく読みたかったなという部分も多くて、そういう意味では残念だったんですが... そんな断片をここまでの形に組み立てるのは、本当に大変な作業だったでしょうね。こうやって本で読めること自体、とても有難いです。

物語の後半には大洪水のエピソードも入っていて、これは後に旧約聖書のノアの箱舟の元になった話なのだそう。解説に、日常的に聖書を読んでいる西洋人がこの部分を発見した時は本当にセンセーショナルだったとあるんですが、なんだか想像できて可笑しいです。そして、この作品で語られているのは、永遠の生について。やっぱり基本なんですねえ。ギルガメシュがウトナピシュティムに会いに行く途中で出会った婦人の言葉も含めて、とても印象的でした。

ギルガメシュよ、あなたはどこまでさまよい行くのです
あなたの求める生命は見つかることがないでしょう
神々が人間を創られたとき
人間には死を割りふられたのです
生命は自分たちの手のうちに留めておいて
ギルガメシュよ、あなたはあなたの腹を満たしなさい
昼も夜もあなたは楽しむがよい
日ごとに饗宴を開きなさい
あなたの衣服をきれいになさい
あなたの頭を洗い、水を浴びなさい
あなたの手につかまる子供たちをかわいがり
あなたのむねに抱かれた妻を喜ばせなさい
それが〔人間の〕なすべきことだからです

でも、ここだけ取り出してもダメですね。やっぱり本文の中にあってこそ、だな(^^;。
ギルガメシュ叙事詩の本文は、ほんの100ページ強。あとはひたすらこの叙事詩の発見や成立に関する解説。付録として「イシュタルの冥界下り」も入っていて、こじんまりとまとまった話ですが、他の神話との共通点なども連想されて面白いです。(ちくま学芸文庫)

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トロイアー遠征のために集結していた船団が風のために出帆できなかった時に、予言者・カルカースの言葉によって、自身の娘・イーピゲネイアを生贄としてアルテミスに捧げたアケーナイ王アガメムノーン。しかしその時、アルテミスはイーピゲネイアを攫い、そこには身代わりの鹿を置いておいたのです。イーピゲネイアはアルテミスによってタウロイ人の国に連れて行かれ、そこでアルテミスに仕える巫女となります。そして10年後のある朝。イーピゲネイアは弟・オレステースの夢を見ることに。

先日アイスキュロスの「アガメムノーン」を読んだ時から(感想)、この続きの話も読むぞーと思っていたんですが、「アガメムノーン」と共に三部作とされている「コエーポロイ(供養する者たち)」と「エウメニデス(善意の女神たち)」が、どこに収録されているのか調べるのが億劫で(おぃ)、結局、手に入りやすいこちらを先に読むことになりました。
いや、でも、これが面白い! ギリシャ悲劇ってなんて面白いのかしら... と、ちょっと感動してしまいます。今の時代に同じような話があっても誰も見向きもしないかもしれない、それほどありきたりな話なんですが、でも面白い! むしろ、「ああ、これが原点なんだなあ」という感じです。(その点、シェイクスピアは全然原点なんかじゃないと思う!) ...とは言っても、以前ギリシャ悲劇をいくつか読んだ時は、それほどの面白さを感じなかったような気もするので、今の年齢も関係してるのかもしれません。(笑)
いかーん、ギリシャ悲劇をまとめ読みしたくなってきてしまったではないですか。と思ったら、ちくま文庫から全4巻でギリシャ悲劇物が出てるんですね。1巻はアイスキュロス。読みたかった2作も入ってる! 2巻はソポクレス。3巻と4巻がエウリピデス。これ、いいかも~♪
ちなみにゲーテの「タウリス島のイフィゲーニエ」は、この「タウリケのイーピゲネイア」を元に書かれているのだそうです。(岩波文庫)

   

+既読のエウリピデス作品の感想+
「タウリケーのイーピゲネイア」エウリーピデース
「ギリシア悲劇III」上 エウリピデス
「ギリシア悲劇IV」下 エウリピデス

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トロイア軍の総大将だったヘクトールがアキレウスに殺された後、トロイアの町にやって来たのは、アマゾーンの女王ペンテシレイアとその12人の女戦士たち。血みどろの戦いを望む彼女たちは、翌朝早速ギリシャ軍と相対して、凄まじい戦いぶりを繰り広げることに。

叙事詩祭りと言いつつ、かなりの寄り道をしてしまいましたが、また古代ギリシャに戻って来ました。とは言っても、これは3世紀に活躍していたという詩人・クイントゥスによる叙事詩。3世紀の人なので、古代ギリシャではなくてローマ帝国の頃の人です。「ヘレネー誘拐・トロイア落城」(感想)のコルートスやトリピオドーロスよりも少し早いぐらいでしょうか。
ヘクトールの死後からギリシャ軍が帰国するまでを描くという、まさにホメロスの「イーリアス」から「オデュッセイア」へと橋渡しをするような作品ということで、2つの作品では今まで読めなかったエピソードの数々をこの1冊で読めるというのが、何といっても嬉しいところ! トロイア方に駆けつけたアマゾーンの女王・ペンテシレイアのすさまじい戦いぶり、アキレウスの死、アイアースの自殺、アキレウスの子・ネオプトレモスと弓の名人・ピロクテーテスの参戦、パリスの死、有名なトロイアの木馬のことなどなど、次々に描かれていきます。やっぱりホメロスの書いてる部分って、ほんの一部ですものね。書かれていない部分も読みたくなります。もしかして、誰も書いてくれないから自分で書いちゃった、というクチでしょうか。(笑)
でも、この訳文がどうも... 全体的にはとても読みやすいし分かりやすいんですけど、どうもダメ、特に会話文がダメ、と思っていたら、同じく会話文で引っかかってしまった「ヘレネー誘拐・トロイア落城」の訳と同じ方でした。きっと読みやすさに拘ってらっしゃるんでしょうけど、妙に砕けすぎだし、こんな言葉遣い、現代でもしません... せっかくの作品が勿体ないです。美文とまではいかなくても、もう少し格調高く訳せないものでしょうか。せめて、ごく普通の日本語の文章で書いて頂きたいところ。もうこの方の訳文は読みたくないですねえ。(講談社学術文庫)

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昨日に引き続きのフィオナ・マクラウドのケルト作品集。こちらには9編が収められていて、その中の1編「クレヴィンの竪琴」は、「かなしき女王」の「琴」という作品と同じです。

巻末の解説で荒俣宏氏が書いている通りの、「呪詛と涙と月光と妖精の妖しい火とにあふれ」た作品集。
「かなしき女王」に見られるような、あからさまなキリスト教のモチーフはなくて、こちらではもっと自然に溶け込んでいるという違いはあるんですが、相変わらずの陰鬱な空気が重く立ち込めていました。ここに書かれているのが全てというわけではないでしょうけど、スコットランドのケルトって、本当にここまで暗くて哀しいのでしょうか。それとも、実はウィリアム・シャープという男性であるフィオナ・マクラウドが、「フィオナ」の名前を使った時に初めて、心に霊が宿っていくらでも言葉が出てくるという、ちょっと霊媒師的な執筆形態によるもの? でも読んでいると、まさしく当時のケルトの人々の心の中に入り込んで書いているような印象。

そしてフィオナ・マクラウドの本を2冊読んで思い出したのが、W.B.イエイツの「ケルト妖精物語」「ケルト幻想物語」「ケルトの薄明」(感想)。イエイツが採取した一連のケルト民話って、基本的にとっても素朴なんですよね。物語としては稚拙なほどで、「おとぎ話」のレベル。でも同じように民話を採取して、それを元に書いているはずなのに、こちらは物語として遥かに洗練されているんです。まさに「幻想作品集」という言葉が相応しい作品群。作家の手を経るだけで、これだけ違ってしまうもの? それともイエイツが歩き回ったアイルランドと、フィオナ・マクラウドの滞在していたスコットランドの小島の違い? ああ、まだまだ分からないことがいっぱいだー。

私が好きなのは、「クレヴィンの竪琴」「雌牛の絹毛」と「ウラとウスラ」の3編。英雄譚を思わせ、神話の時代に通じるものを感じさせる作品です。(ちくま文庫)


+既読のフィオナ・マクラウド作品の感想+
「かなしき女王 ケルト幻想作品集」フィオナ・マクラウド
「ケルト民話集」フィオナ・マクラウド

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フィオナ・マクラウドが、スコットランドの西にある小島、古代の聖者コロンバにゆかりの聖なる心霊の地・アイオナに滞在して書いたという、ケルト民族の神話や伝説、民間伝承に根ざした物語13編。

滅び行く運命をもった「ケルトの暗い哀しさ」を訴えつづけた... と井村君江さんの解題に書かれていたんですが、まさにそういった一種独特の雰囲気がある作品集でした。全体的に陰鬱な空気が重く立ち込めているような感じ。でもそういった中に、一筋の光が射しこむような美しさがあるんですよね。ちなみに題名の「かなしき女王」とは、ケルト神話の女戦士で、スカイ島の名前の元にもなったというスカァアのこと。他にも英雄クウフリンやゲール人やピクト人、ヴァイキングなんかも登場して、いかにも「ケルト幻想作品集」。
でも、読んでみると、これが実はとってもキリスト教色が濃い作品だったんですね。びっくり! ここまでとは、正直想像してませんでした。もちろん、元々多神教だったところにキリスト教が入り込んで、アーサー王伝説なんかもかなりキリスト教的な色合いが濃いんですけど、そういうレベルではないんです。「最後の晩餐」という作品なんて、幼い子供がキリストの最後の晩餐の場面に立ち会うことになる話だし、「漁師」という作品も、谷間を歩いていたおばあさんがキリストとは知らずにそこにいた男性に声をかけるという物語。ケルトとキリスト教の融合、というのとはちょっと違うような... でも、これってキリスト教側の視点から書かれてる作品ではないと思うんですよね。あくまでもケルト側からの視点から描かれているという印象。そしてそれが、この作品集の独特な部分なのではないかと...。
私がこの中で好きだったのは、「精」という作品。これはキリスト教の僧侶たちが前面に登場しながらも、逆にケルト精霊の力を再認識させられるような作品。キリスト教の狭義の懐の狭さと、精霊たちの器の広さが対照的です。主人公のカアルが「青い人々」に出会い、受け入れられる場面、そしてキリスト教の僧侶・モリイシャが青い人々を見る場面がとても美しくて印象に残りました。
この本を訳した松村みね子さんは、アイルランド文学を数多く日本に紹介したという方なんですが、歌人としても活躍した方なのだそう。普通の文章はもちろん作中の詩がとても美しくて、歌人だという紹介を読んで、その美しさに納得でした。(ちくま文庫)


+既読のフィオナ・マクラウド作品の感想+
「かなしき女王 ケルト幻想作品集」フィオナ・マクラウド
「ケルト民話集」フィオナ・マクラウド

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そういえば、うちにもこんな本があったなあと思い出しました。かなり以前に読んだっきり、すっかり忘れてましたよ。(恥)

著者の山室静さんは、北欧文学の研究家。アンデルセンやリンドグレーンの作品の翻訳もしてらっしゃるし、日本にムーミンを紹介した方でもあるのだそう。この「北欧の神話」は、古詩集「古エッダ」と、13世紀のアイスランドの詩人スノリ・ストルルソンの「エッダ」、同じくスノリの書いた北欧古代史「ユングリング家のサガ」、デンマークのサクソの「ゲスタ・ダノルム」(デンマーク人の事跡)を参考に書かれてます。分類としては児童書に属してると思うんですが、児童書と侮るなかれ! ポイントを掴んだ説明がすごく分かりやすいし、案外読み応えがありました。
わー、こんな本だったのか。...って、まるで初めて読んだ本のように書いてるのが情けないんですが...。
多分、私が始めてきちんと読んだ北欧神話の本がこれなんですよね。でも、その頃は自分が読みたいエピソードだけ拾い読みしてて、あまり全体像には関心がなかったのかもしれないです。(いやーん)

先日「エッダ 古代北欧歌謡集」を読んだ時も(感想)、基本となる「古エッダ」だけじゃ足りないなと感じたんですが、これを読んで、やっぱりスノリの「エッダ」に、私好みの面白いエピソードが多そうだと実感。スノリの「エッダ」は「古エッダ」を元に書かれていて、でもスノリ自身の創作も入ってもっとストーリー性があるんですよね。しかも、その後「古エッダ」の方で欠落してしまった部分がいくつかあるらしく、スノリのエッダ側からしか読めない部分もあるのです。
ページ数の関係からか、「ベオウルフ」や「シグルド」などの英雄伝説などは省略されていて、それが少し残念なんですけど、北欧神話入門編としては、結構いけてるんじゃないかと~。「エッダ・グレティルのサガ」「エッダ 古代北欧歌謡集」で、ちょっとパンパンに膨れ上がってた頭の中が、これでいい感じに整理されたような気がします。この本は、全10巻の「世界の神話シリーズ」の8冊目。このシリーズ、他のも読んでみようかしら?(筑摩書房)

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古代北欧語で書かれたゲルマン神話および英雄伝説の集成「エッダ」(古エッダ)と、13世紀にアイスランドの詩人・スノリ・ストルルソンによって書かれた「エッダ」(散文エッダ)の中の第一部に当たる神話大観「ギュルヴィたぶらかし」。先日読んだちくま文庫の「エッダ・グレティルのサガ」(感想)には14編しか収められていなかった古エッダなんですが、こちらには37編! これがきっと完訳版なんでしょうね。訳者の谷口氏は、北欧研究の第一人者と言われる方なのだそうです。

相変わらずの注釈の多さで、ちょっと読みにくいんですけど、やっぱり全部載ってると満足感が違いますね。特に、スキーズブラズニルというフレイの船についての記述が(少しだけだけど)増えてて嬉しい! この船こそが、ヒルダ・ルイスの「とぶ船」の船なんですよー。(でも作中でピーターが読んでいた本ほどの記述はまだ見つからない...) それに、ちくま文庫の「エッダ」でも、収録されてる話同士で同じ人物の設定が違ってたり、矛盾するところが多いというのは感じていたんですが、全部載ってると、そういうのをさらに感じます。この「エッダ」でも、例えばブリュンヒルドが「ファーヴニルの歌」とか「シグルドリーヴァの歌」では、ヴァルキューレとしてオーディンに罰を受けてるんですが(オーディンの意図しない戦士を死なせたため)、「シグルズの短い歌」ではアトリ王の妹で、ごく普通の王女として暮らしてるんですよね。ちなみに「ニーベルンゲンの歌」でのブリュンヒルドの設定は、イースラント(アイスランド)の女王だし。そういうのが結構多いです。(そういうのがあまり気にならない時点で、私ってあんまりミステリ向きじゃなかったのかも、と思ったりもします(^^;)

それとスノリのエッダ「ギュルヴィたぶらかし」が、古エッダで難しく語られた世界の成り立ちその他を分かりやすく説明してるので、これがすごく面白いです。こういう風に色んな角度から読むと理解しやすくていいですね。これで一度解説本を読んでからまた戻ってきたら、もっと理解できるんだろうな。と考えると、この本は図書館で借りたんですけど、やっぱり欲しいかも...。文庫になってくれるといいんだけどなあ。それに「スノリのエッダ」の全訳も読みたいなあ。訳してくれる人はいないのかなあ。(新潮社)

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ニーデルラントの王子・ジーフリト(ジークフリート)は、ある日ブルゴントの国に世にも美しい姫がいるという噂を聞き、ぜひその姫を手に入れようと決意を固めます。その姫とは、ブルゴント国王グンテルの妹・クリエムヒルト。ジーフリトは12人の勇士たちを連れて、ブルゴントの国へ向かうことに。

13世紀初め頃に成立された、ドイツの「イーリアス」とも言われる作品。北欧神話の「エッダ」のシグルド伝説が元になってます。
絶賛叙事詩祭り(笑)ということで、叙事詩作品をいくつか読んできましたが、これはやっぱり面白い! クリエムヒルトとブリュンヒルトという2人の女性の口論が思わぬ事態を招いてジーフリトが死に、クリエムヒルトが復讐するという人間ドラマ。基本的に復讐譚は好みじゃないし、その2人の女性の口論の場面も好きじゃないので、今回読むかどうしようか迷ったんですが、読み始めたら面白くて一気に読んでしまいました。現代人にもすごく読みやすい作品だと思います。こういう作品を書いた詩人が無名のままというのが信じられない。

前半はジーフリトの栄華と美しく貞節なクリエムヒルトが中心。ジーフリトの死後、クリエムヒルトは貞節な生活を送りながら復讐を遂げる機会を待つことになるのですが、後半、彼女がフン族のエッツェルの嫁ぎ、実際に復讐への行動をとり始めると、クリエムヒルトがまるで鬼女のように、そしてそれまで卑怯者というイメージの強かったグンテル王の重臣・ハゲネに正義があるかのような描かれ方になって、その変化に驚かされます。前半の宮廷の優雅な華やかさも、後半は壮絶な血みどろの戦いに取って代わられ、これに関してはゲーテも「前編はより多く華麗、後編はより多く強烈」と評しているのだそう。

元となっている「エッダ」とはかなり違うんですよね。クリエムヒルト(「エッダ」ではグドルーン)が復讐を果たすのは一緒なんですが、「エッダ」では、クリエムヒルトよりもむしろブリュンヒルトの方がインパクトが強いんです。「ニーベルング」のブリュンヒルトは美しくても驕慢な女王ですが、「エッダ」では、ただジーフリト(シグルト)のことが好きだっただけというだけで、その純粋さがいいんですよね。
ワーグナーの「ニーベルンゲンの指環」は、話は知ってるものの、本としては未読。こちらも今度読んでみなくっちゃ。(岩波文庫)

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デネ(デンマーク)の王フロースガールは、類まれな館を作らせ、これをヘオロットと命名。しかし日々この館から流れてくる賑やかなざわめきに苛立っていたカインの末裔・グレンデルがある夜、宴の終わった館を襲い、警護の戦士らを虐殺。夜毎に襲来を重ねることに。そしてなす術もなく12年経った頃。イェーアト族の王ヒイェラークの甥・ベーオウルフがグレンデル退治にデネの国へとやって来ます。

8世紀頃に成立したとされている、古英語の英雄叙事詩。英文学史上で一番古い作品とされています。私も大学時代に英語で読みました... とは言っても、古英語は読めないので、現代英語訳だけですが。そういえば日本語で読むのは初めてかも。
各章の冒頭に梗概があるので内容は掴みやすいんですが、物語自体は、すんなりと時系列に沿って進むわけじゃなくて、突然回想シーンが始まったり、将来的な災厄の予感が挿入されていたりするんですよね。中に含まれているエピソードも、ストーリーの展開上必然性があるものばかりではなく... というよりもむしろ関係ない脱線もとても多くて、こういうを読むと、「エルガーノの歌」(感想)のあとがきで井辻さんが叙事詩について書いてらした、「そういう物語は、とほうもなく非合理で、小説のようなちゃんとした結構(多分「構造」の誤植)をもっていなくて、断片的で--うまく言えないのですが--詩のような夢のような、奇形であいまいで、それだから美しいようなところがあります」 という言葉を実感します。私自身は、詩の形式で読めるのが嬉しいんですが、やっぱり初めて読む場合は、物語形式の方がいいかもしれないですね。検索していたらローズマリー・サトクリフの本がかなり評判が良いようで、抄訳とはいえ、そちらも読んでみたくなっちゃいました。
怪物や竜を退治するとなると華やかな英雄譚になりそうなものなんですが、この作品は、宮廷の場面も登場する割にあまり華やかではないです。色彩に乏しいのかも。炎の色とか金色は目につくんですが、基本的に少し暗く沈んだ色調のイメージ。無事に怪物や竜を退治するにも関わらず、どこか哀愁が漂ってます。(岩波文庫)

「指輪物語」のトールキンが、「ベーオウルフ」についての画期的な論文を発表してるらしいんですよね。それが読んでみたいなあ。そしてこの作品、カナダ・アイスランド・イギリスの合作で映画にもなっているらしいですね。かなり評判が良いみたいなので、観てみたい!→Beowulf & Grendel公式サイト

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短編20編と「五十一話集」の入った本。短編20編は、先日読んだ「世界の涯の物語」「夢見る人の物語」(感想)とほとんど重なってるし、「五十一話集」も、その2冊に続いて出た「最後の夢の物語」に入ってるので、読むのをどうしようかちょっと迷ったんですが、訳者さんは全部変わってるので、こちらも試しに... と読み始めてみると、これがまた全然違う! こちらの「妖精族のむすめ」は荒俣宏編訳で、荒俣さんの訳が半分ほどあるんですが、この荒俣さんの訳で読むダンセイニ、いいですねえ。先に読んだ2冊も含めて、他の方の訳も悪くなかったんですが、個人的には荒俣宏さんの訳が一番好み。なんだかするんと身体の中に入ってくるし、情景ももっと鮮やかに拡がるような気がします。今まで海外作品を読んでいる時に、荒俣さんの訳が特に良かったという印象もなかったので、これにはちょっとびっくり。読んだばかりの話ばかりなのに、ものすごく新鮮な気持ちで読み終えてしまいました。
訳を逐一照らし合わせて読むようなことはしなかったので、細かい違いについては書けないんですが... 「世界の涯の物語」の「女王の涙を求めて」では意味が分からなかった「キャベツ」が、「妖精族のむすめ」では判明したし! あと、「老番人の話」では「秘薬」と訳されてる言葉が、「妖精のむすめ」では「ゲンコツ」になってるのが気になりました。元はどんな言葉なんだろう!
「五十一話集」の方は、それらの短編よりもさらに短く、1~2ページ、多くても3ページほどの掌編。「兎と亀の競走に関する驚くべき真相」ではイソップのウサギとカメの話の知られざるオチがあったり、ちょっと楽しいです。稲垣足穂は、これに触発されて「一千一秒物語」を書いたのかなあ。(ちくま文庫)


+既読のロード・ダンセイニ作品の感想+
「ぺガーナの神々」ロード・ダンセイニ
「魔法使いの弟子」ロード・ダンセイニ
「魔法の国の旅人」ロード・ダンセイニ
「世界の涯の物語」「夢見る人の物語」ロード・ダンセイニ
「妖精族のむすめ」ロード・ダンセイニ
「エルフランドの王女」ロード・ダンセイニ
「影の谷物語」ロード・ダンセイニ
「時と神々の物語」「最後の夢の物語」ロード・ダンセイニ
「ダンセイニ戯曲集」ロード・ダンセイニ
「牧神の祝福」ロード・ダンセイニ

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はやみねかおるさんのYA向けシリーズ「都会(まち)のトム&ソーヤ」の4作目。クラスメートが応募する、地元のタウン誌の自主制作映画コンテストの締め切りに間に合わせるために、内人と創也がマラソン大会を抜け出す「大脱走 THE GREAT ESCAPE」、「番外編 栗井栄太は夢をみる。」、究極のゲームを作るための資金作りに、内人と創也がテレビのオバケ屋敷探検番組に出演する「深窓の令嬢の真相」、そして「おまけ 保育士への道 THE WAY OF THE "HOIKUSHI"」。今回も前回同様、ショートショートを挟んで中編2編です。

相変わらずのテンポの良さが楽しいシリーズ。「深窓の令嬢の真相」も、いかにもこのシリーズらしい作品なんですが、今回は「大脱走」が面白かったな。ごく普通の中学校生活に、いかにもあり得そうな感じで馴染んでたので、その辺りが個人的にポイント高かったです。でも、前作はショートショートを挟んだ中編同士が繋がって1つの長編になっていたように思うんですけど、今回はそれぞれに独立した短編となっていたのがちょっと残念。そろそろ読み応えのある長編作品を読みたいなあ。
それにしても、「トム」と「内人」の関係にはびっくり。そして卓也の上司の黒川さんについてもびっくり! はやみねさんご自身が気付いてらっしゃらなかったというのは本当でしょうか!?(講談社YA! ENTERTAINMENT)


+シリーズ既刊の感想+
「都会のトム&ソーヤ1」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「都会のトム&ソーヤ 乱!RUN!ラン!」2 はやみねかおる
「都会のトム&ソーヤ いつになったら作戦(ミッション)終了?」3 はやみねかおる
「都会のトム&ソーヤ4 四重奏(カルテット)」はやみねかおる
「都会のトム&ソーヤ5 IN塀戸(VADE)」はやみねかおる
「都会のトム&ソーヤ6 ぼくの家へおいで」はやみねかおる

+既読のはやみねかおる作品の感想+
「虹北恭助のハイスクール・アドベンチャー」「笛吹き男とサクセス塾の秘密」はやみねかおる
「オリエント急行とパンドラの匣」はやみねかおる
「卒業 開かずの教室を開けるとき」はやみねかおる
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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ダンセイニの初期の作品を集めた短編集。その四大幻想短編集のうち、「世界の涯の物語」には、「驚異の書」「驚異の物語」が、「夢見る人の物語」には「ウェレランの剣」「夢見る人の物語」完全収録されています。短編ばかり全61編。オリジナル短編集と同じく、シドニー・H・シームの挿絵も全て収録。

J.R.R.トールキンやH.P.ラヴクラフト、アーサー・C・クラークを始めとするファンタジー、ホラー、SF作家たちに、日本でも稲垣足穂氏に多大な影響を与えたというダンセイニ。19世紀から20世紀にかけて生きていたという作家さんらしく、現代のファンタジーのようなサービス精神はなくて、むしろそっけないほどなんですけど、じっくりと読めば雰囲気はたっぷり。文章を少し読むだけでダンセイニによって書かれたというのが分かりそうなほどです。
ダンセイニといえば、「ぺガーナの神々」(感想)のような創作神話、「魔法使いの弟子」(感想)のような幻想的な作品、「魔法の国の旅人」(感想)のようなユーモアたっぷりの作品と色々あるんですが、この短編集もバラエティ豊か。幻想的な異世界を感じる作品もあれば、異世界と現代のロンドンを繋ぐような作品もあり、盗賊や海賊が活躍する冒険物あり、幻の都を目の前にしているような作品もあり、酒を片手に聞き出したホラ話のような作品もあり。その結末も、ハッピーエンディングと言えるものもあれば、思わぬ冷たさに突き放されるものもあり、意地悪なほど現実的なものもあり。でも驚いたのは、まるで違う雰囲気の短編が隣同士に来ていてもまるで違和感がなくて、それどころか、異全てがどこかで繋がり合った1つの世界のように感じられたこと。どれもダンセイニにとっては同じ世界なんでしょうねー。幻の都も世界の涯も、全ての道はロンドンに通じる?(笑)
「世界の涯の物語」では、ほとんど神話の匂いを感じなかったのでちょっと意外だったんですけど、「夢見る人の物語」はもっとダンセイニらしい神話の世界を感じる作品集でした。とは言っても、「ぺガーナの神々」ほどではなくて、そのエッセンスという感じですけどね。それと、稲垣足穂の「黄漠奇聞」に登場するバブルクンドの都は、やっぱりこちらが元ネタだったんですね。あの作品の最後に「ダンセーニ大尉」が登場しますものねー。(河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「世界の涯の物語」「夢見る人の物語」ロード・ダンセイニ
「時と神々の物語」「最後の夢の物語」ロード・ダンセイニ

+既読のロード・ダンセイニ作品の感想+
「ぺガーナの神々」ロード・ダンセイニ
「魔法使いの弟子」ロード・ダンセイニ
「魔法の国の旅人」ロード・ダンセイニ
「妖精族のむすめ」ロード・ダンセイニ
「エルフランドの王女」ロード・ダンセイニ
「影の谷物語」ロード・ダンセイニ
「ダンセイニ戯曲集」ロード・ダンセイニ
「牧神の祝福」ロード・ダンセイニ

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ペギー・スーシリーズの4作目「魔法にかけられた動物園」と5作目「黒い城の恐ろしい謎」。またしても本を頂いてしまいました。ありがとうございます~。

3巻で「見えざる者」との戦いも決着し、ペギー・スーの冒険もこれで終わりかと思いきや、本国フランスでセルジュ・ブリュソロの元に熱心なファンレターが山のように届き、結局ペギー・スーの冒険もまだまだ続けられることになったのだそう。(このブリュソロは、フランスのスティーブン・キングと呼ばれているという人気作家さんなのだそうです) 最初の目的も果たしてしまったし、これからどんな展開になるのかちょっと心配だったんですけど、むしろ最初の3冊よりも面白かった!
というのも、元々畳み掛けるような展開で一気に読めるシリーズなんですが、時々驚くほどブラックな部分があったりするんですよね。ブラックというよりも、むしろ残酷。なので、本国でそれほど人気というのがちょっぴり不思議だったんですが... でも今回読んだ4巻5巻は、そういう部分が少し薄まっていて、私としてはありがたかったり。
それに、考えてみると1巻の頃とは魔法の扱いもかなり変わってるんですよね。最初はこの世の中でただ1人ペギー・スーだけが妙な能力を持ってる感じだったんですが、3巻でケイティーおばあちゃんが登場してからは、魔法が当然のように存在するようになったし。そうなると、今までちょっと無理してたような部分がなくなって、物語にすごく入りやすくなったような気がします。完全に普通の日常生活の中にちょこっと不思議なことが出てくるような物語も好きですけど、このシリーズは、ちょっとパラレルワールド的に常に不思議なことが存在してる方が似合う! 4巻の冒頭でも、ペギー・スーが泊まっていたホテルでは、宛名を書いて待つだけで、完璧に同じ筆跡で続きの文章が浮かび出てくるという「観光客を面白がらせるためだけの素朴な魔法」が使われてるのが、なんか可愛いんです。
4巻も5巻も地球外生物なんかが登場して、スケールの大きな作品となってます。どちらも一気に読めるんですが、特に4巻の設定がすごくよく出来てて、最後の最後まで面白かったです。5巻の方は、最後の決着がちょっと「あれ?」だったんですけど、それまでは面白かったし。本が客に襲い掛かろうとする呪われた本屋の場面が特に面白かったです。ハリー・ポッターの2作目に出た猛獣の本(?)みたいなのばかりが置いてある店なので、アイディアを頂いちゃったのかな? とも思いましたが。(笑)(角川文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ペギー・スーi  魔法の瞳をもつ少女」セルジュ・ブリュソロ
「ペギー・スーii  蜃気楼の国へ飛ぶ」セルジュ・ブリュソロ
「ペギー・スーiii 幸福を運ぶ魔法の蝶」セルジュ・ブリュソロ
「ペギー・スーiv 魔法にかけられた動物園」「ペギー・スーv 黒い城の恐ろしい謎」セルジュ・ブリュソロ

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気がつけば、絶賛叙事詩祭りになってます。(笑)
ちくま文庫の中世文学集IIとIII。ちなみにIは「アーサー王の死」。それ以外に何があるんだろう... と思ったらこの3冊だけで、ちょっと残念。それぞれ2作ずつ入っていて、まさに題名の通りです。

まず「ローランの歌」は、フランク王シャルルマーニュのイスパンヤ(スペイン)侵攻中の物語。カルヴィーノの「不在の騎士」(感想)を読んだ時から、また読もうと思って用意してたんですが、ようやく読めました。11世紀頃に成立したと言われているフランス最古の叙事詩です。778年のロンスヴォーの戦いをという史実を元にしているようなんですが、架空の人物も多数登場、実際はバスク人と戦ってたのに、サラセン人に変えられてます。スペインがサラセン人...? ということはイスラム教徒?! とか細かい部分を気にしたらダメ~。(笑) この時代って十字軍の時代ですしね。敵がイスラム教徒の方が何かと都合が良かったんでしょう。...でも、敵側からの視点の場面でも、「馨しの国フランス」なんて言っちゃったり(本来はフランスが自国のことを讃える言葉です)、自分たちのことを「異教徒」と呼んでしまうのが、お茶目で可笑しい♪ そして、「ローランは剛(つよ)くオリヴィエは智(さと)し。」という言葉が、やっぱりイイ!

「狐物語」は、性悪の狐・ルナールが、鶏や狼、熊といった連中を次々に騙していく物語。私はイソップみたいな動物寓話が苦手なんですよね... しかもみんな思いっきり騙されてるし... これはちょっと騙されすぎだってば(^^;。でも昔の人にはこういう物語が娯楽だったんでしょうねえ。登場するのは動物でも、簡単に人間に置き換えて想像できるので、そういう意味では、当時の宮廷の様子や商人や農民たちといった庶民の暮らしぶりが良く分かる作品。

「エッダ」は、北欧神話です。神々と英雄の物語。17世紀半ばにアイスランドの修道院で「王の写本」が発見されて以来、各地に散在している写本が徐々に見つかり始め、現在は似たような性格の作品が40編ほど集められているのだそう。でもここに収められているのは14編だけ。やっぱり谷口幸男さんの「エッダ-古代北欧歌謡集」を読むべきかしら。あと、初心者向けらしいんですが、図版や解説が充実してるらしいK・クロスリイ・ホランドの「北欧神話物語」も気になります。
そしてこの14編の前半はオーディンやトール、ロキといった神々の物語なんですが、後半は「ニーベルンゲンの歌」の元となった、シグルド(ジークフリート)伝説。私としては、本当は神々の登場する前半の方が好みです。やっぱり英雄譚よりも神話が好きだな。でもこういうのを読むと、「ニーベルンゲンの歌」も再読したくなっちゃいますねー。

そして最後に「グレティルのサガ」は、12~13c頃に成立したという作品。これだけは元々散文で書かれたみたいです。幼い頃から大力の乱暴者で、父親からも疎まれてるグレティル。とうとう人を殺して追放されてしまいます。でも旅に出た先で、海賊や妖怪をやっつけて大活躍することに... とは言っても、かなり運勢が悪いらしくて、いいことをしても裏目に出たりするのが可哀想。正直、あんまり夢中になれるほどじゃなかったんですが、このグレティルが実在の人物だと知ってびっくりでした。そしてこちらを読んだら、「ベーオウルフ」が読みたくなりました。(笑)(ちくま文庫)

ということで、絶賛叙事詩祭りはまだ続きます... が、そういうのって画像が出ない本ばかりなので詰まらない~。次はちょっと違うのに行きます。(って、そんな理由で読む本を選ぶのかっ)

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またまた大好きになっちゃう作品を見つけてしまいましたー!
井辻さんは、叙事詩とか神話がお好きに違いないです。同類の匂いがぷんぷんします。(私なんかに同類とは言われたくないかもしれないけど・笑) もう、とにかくこういう世界は大好き。...と思ったら、あとがきにも、子供の頃から「ロビン・フッドの冒険」「アーサー王」「ローランの歌」のような古い伝承がお好きだったとありました。「もちろんトールキンやC・S・ルイスやマクドナルドも好きですけれど、それは彼らをオリジナルとして好きというよりも、わたしの好きな世界を再現してくれた、ひとつのヴァリエーションとして好きなような気がします」とも。
ああー、分かる...。
あまりきちんと考えたことはなかったですけど、私が「ナルニア」や「指輪物語」をあれだけ愛読したのも、古い叙事詩や伝承に通じる匂いがあるからなんですよね。...ただ、私の場合は、「アーサー王」や「ロビン・フッド」、その他諸々の神話や伝承も大好きだし、「ナルニア」や「指輪物語」も同じぐらいのレベルで好きなので(オリジナルだからこその良さもあれば、小説だからこその良さもある!)、一概にオリジナルが上とも言い切れないのですが。

そして、そういった叙事詩とか神話がお好きだという匂いがぷんぷんするのは、「エルガーノの歌」の方です。こちらは13編が収められた短編集。ごくごく短い短編が12編と、中編と言ってもいいような長さの表題作が収められています。舞台は極北の地だったり、南の砂漠だったり色々なんですが、それぞれにほんと好きな雰囲気で、しかもその世界が、タニス・リーや神月摩由璃さんの描き出す世界のよう。もうほんと困ってしまうぐらい好き♪

そして「パルメランの夢」は、自動人形のパルメランや遍歴の帽子屋・ロフローニョの物語。こちらはどちらかといえば、「エルガーノの歌」よりも、「風街物語」(感想)の雰囲気に近いですね。乾いた風の中に漂う夢の断片のような物語。自動人形のパルメランの中に、チェスの名人の小男や、虹の化石を探している中国人の博士が住み着いていて、そういう設定もいいんですけど、それより帽子屋のロフローニョの作る帽子が素敵なんです。探し物がすぐに見つかる繻子の帽子、黒いタフタに紫のスミレと紗のヴェールがあしらわれた頭痛を取る帽子、ラシャの布のふちのない丸い帽子に星座が銀糸とビーズでかがってある、心の火照りを沈める帽子... 池に投げ込まれて寒天のようにふやけた恋文から帽子を作ってしまったこともありました。形を作り上げた後は凍らせて出来上がり。(笑)

「パルメランの夢」みたいなのも好きなんだけど、「エルガーノの歌」と一緒に読んでしまったので、ちょっと勿体なかったかな。...でもこの方の文章は、なぜか読むのに時間がかかります。オリジナルも翻訳も。きちんと書かれた文章だと思うし、じーっと眺めてみても、一文一文は読みにくいような文章とは思えないのに、何がどう違うのかは、よく分かりませんが...。(ハヤカワ文庫JA)


+既読の井辻朱美作品の感想+
「風街物語 完全版」井辻朱美
「エルガーノの歌」「パルメランの夢」井辻朱美
「幽霊屋敷のコトン」「トヴィウスの森の物語」井辻朱美
「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」井辻朱美
「遙かよりくる飛行船」井辻朱美
「ファンタジーの森から」「ファンタジーの魔法空間」井辻朱美
「夢の仕掛け 私のファンタジーめぐり」井辻朱美
「魔法のほうき」井辻朱美
「ファンタジー万華鏡」井辻朱美

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原初に混沌(カオス)が生じ、続いて大地(ガイア)、奈落(タルタロス)、エロスが生じ、続いて幽冥(エレボス)と夜(ニュクス)、澄明(アイテル)と昼日(ヘメレ)が生じて... という、宇宙の始まりから、様々な神々の誕生、そしてゼウスがオリュンポスで神々を統べるようになり、絶対的な権力を得るまでの物語。
ホメロスと並ぶ最古の叙事詩人、ヘシオドスによるギリシア神話です。あくまでも詩の形態を取りながらも、どんどん生まれて来る神々を系統立てて説明し、宇宙観まで解き明かしてしまうというのがすごい!

でも、一読してまず思ったのは、やっぱりこういうのは詩の形で読んでこそだなあ、ということでした。「イリアス」を散文で読んだ直後というのもあるでしょうね。元の文章は六脚律(ヘクサメトロス)と呼ばれる形で書かれていて、それは日本語には表しようのないものなんですけど、やっぱり詩はあくまでも詩の形で読まなくては! その方がイメージもふくらみますしね。大学の時に授業で古代ギリシャ語の朗読を聞かせてもらったことがあるんですが、古代ギリシャ語って、ほんと歌ってるような、とても綺麗な言葉なんですよー。そういうので歌ってもらったら、さぞ素敵なんだろうなあ。なんてことを思ったりもするわけです。(古代ギリシャ語自体は、文法が難しすぎて、結局私には太刀打ちできませんでしたが...)
それに詩人がその詩を歌っているのは、あくまでも神々からの言葉だという、そういうギリシャの古い叙事詩ならではの部分もとても好き。この「神統記」だと、オリュンポスの9人の詩歌女神(ムウサ)によって神の言葉を吹き込まれたヘシオドスが歌っているという形。だから詩はまずその詩歌女神(ムウサ)たちへの賛歌から始まるわけです。(私は様式美に弱いタイプだったのか)
この辺りは、積読山脈造山中さんの記事が分かりやすいので(特に六脚律について)どうぞ。→コチラ

それに、例えば昨日読んだ「イリアス」では、「アイギスもつゼウス」と出てるだけで注釈もなく、「アイギスって何よ?」状態なんですが、こちらでは「神盾(アイギス)もつゼウス」のように書かれているのが分かりやすくて良かったです。あ、こういう枕詞も好きなんですよね。ゼウスの場合は「神盾(アイギス)もつ」や「雲を集める」、ポセイドンは「大地を震わす」、アテナは「輝く眼の」... 他にも色々とあります。でも、「ポイボス・アポロン」は、そのまま... これは例えば「輝ける」でも良かったんじゃないかと思うけど、ダメだったのかしら。

ただ、神々の名前が次から次へと、どんどん出てきてしまうんです。ちょっとちょっと子供産みすぎだってば!と言いたくなるぐらい。
海(ポントス)の長子・ネレウスなんて、大洋(オケアノス)の娘ドリスとの間に、娘ばっかり50人もいて、その名前がずらずら~っと並んでるんですよーっ。(ちゃんと50人の名前があるかどうか数えてしまったわ) それでも「足迅(はや)いスペイオ」「愛らしいタリア」「薔薇色の腕(かいな)もつエウニケ」みたいな言葉が付いてるならまだいいんですが(でも「薔薇色の腕」は1人だけじゃないんですよね...)、名前しか出てない場合は、もう右から左へと抜けていっちゃいます。...とは言っても、巻末には神々の系譜図もあるし、神々や人間の名前の索引もついているので、途中で混乱しても大丈夫なんですけどね。親切な作りです。(岩波文庫)


+既読のヘシオドス作品の感想+
「神統記」ヘシオドス
「仕事と日」ヘーシオドス

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トロイア戦争が始まって10年経った頃。アカイア軍の総帥・アガメムノンがお気に入り妾・クリュセイスの解放を拒んだため、怒ったアポロンがアカイア軍の陣中に疫病を発生させます。アキレウスらがアガメムノンを説得、ようやくクリュセイスは父親であるアポロン祭司の元に戻るものの、それでは収まらないアガメムノンは意趣返しとして、アキレウスの愛妾・ブリセイスを強奪。アキレウスを怒らせることに。

トロイア戦争をモチーフにした作品のうちでは、これが一番有名な作品でしょう。でもここに描かれているのは、10年にも及ぶトロイア戦争のうち、ごく末期の部分だけなんですよね。それも1ヶ月ほどの短い期間。不和の女神・エリスと黄金の林檎、3人の女神たちとパリスの審判、アプロディーテーにヘレネを約束されたパリスが彼女をトロイアに連れて帰ったこと、戦争の勃発、そしてトロイア陥落の直接の原因となった、オデュッセウス発案のトロイアの木馬などの有名なエピソードについては、全く何も書かれていないんです。中心人物であるヘレネーすら、ほとんど登場しないぐらいですから。(ほとんど話題にもなってないですね) もちろん、実際にこの「イリアス」が歌い語られた時代は、観客も当然トロイア戦争に関する知識を豊富に持っていたわけで、戦争の原因やそれに至る出来事に触れられていなくても全く差し障りはなかったんでしょうけど... それでも、いきなりアキレウスとアガメムノンの反目から物語を始めるなんて、大胆だなあと改めて感心してしまいます。
とは言っても、実際に読んでみると、ホメロスがこの部分を取り上げたのにも納得なんですよね。戦いとしては、やっぱりここが一番の盛り上がりかも。特にアキレウスの親友のパトロクロスが死んだ後が面白い~。極端な話、パトロクロスが出陣する辺りから始めても良かったんじゃないかと思うぐらい。アカイアー軍とトロイア軍の戦いは、そのままオリュンポスの神々同士の争いや駆け引きの場にもなってて、そういう部分も楽しいですしね。というか、まるでRPGに熱中してる子供のようだわ、この神々ってば。

雰囲気は十分出ているとはいえ、散文調に訳されてるのがちょっと残念なんですが、大半の読者は詩なんて読みたくないでしょうし、それもいたし方ないのかな...。以前読んだ時は、詩の形だったような覚えがあるのだけど。そして巻末には、ヘロドトスによる「ホメロス伝」も収録されています。「イリアス」や「オデュッセイア」に、さりげなくホメロスが日ごろ世話になった人の名前を組み込んでるなんて知らなかった。神々が、ある特定の人の姿を取って人間に話しかけたりしてる裏には、そういうこともあったんですね。面白いなあ。(岩波文庫)


+既読のホメロス名義作品の感想+
「イリアス」上下 ホメロス
「四つのギリシャ神話 『ホメーロス讃歌』より」
「オデュッセイア」上下 ホメロス
「ホメーロスの諸神讃歌」ホメーロス

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瀬名垣太一は、古書店「無窮堂」の三代目店主・本田真志喜を訪ねます。太一は店舗を持たない古本卸売り業者で、真志喜とは子供の頃からのつきあい。今度M県の山奥に買い付けに行くので、真志喜に付き合ってくれるよう頼みに来たのです... という「水底の魚」、2人の高校時代を描いた「水に沈んだ私の村」、そして文庫書き下ろしの「名前のないもの」の3編。

読み終えてから、三浦しをんさんが直木賞を受賞したことを聞いてびっくり。そうだったんですかー。いや、実は誰が候補になってるのかというのも知らなくて...(要するに関心がない) 森絵都さんとダブル受賞なんですね。おめでとうございます。
ということで、別にタイミングを狙ったわけじゃないんですけど、三浦しをんさんです。この文庫が出た時、装幀が可愛かったので買おうかなと思ったこともあったんですが、そんんなこんなしてるうちに、ボーイズラブっぽい...という話も入ってきて...(笑) でも古本屋の話だと聞いてまた気になってみたり...(笑) タイミング良く本を頂いたので早速読んでみました。

古本業界や稀覯本をめぐる収書家たちにまつわる話となると、まず紀田順一郎さんの「古本屋探偵の事件簿」を思い出すんですが(これはとにかく濃かったー)、この作品もそういった古本業界にまつわるエピソードが面白かったです。太一の父親は、古本屋で少しでも価値のありそうな本を漁って専門店に持って行ったり、廃棄場に捨てられている本をこっそり拾って古本屋に売りに行く、古本業界では「せどり」と呼ばれて嫌われる業者。その辺りの話も面白かったし、M県の奥に買い付けに行った時の話がいい! 亡くなった旦那さんの本に対する奥さんの思いとか、蔵書の中からたった1冊の本を選んだ時に真志喜たちがつけた理由とか、そしてその決着とか。親族たちとのやりとりも良かったし... 図書館の本に対する真志喜の言葉にはどっきり。
全体に流れる透明感のある静かな雰囲気も好きでした。でも真志喜と太一の関係については、どうなんだろう。2人が共有した過去の出来事や、そこから受けた傷、そして負い目、その辺りはとても良かったと思うんですが、ボーイズラブ的な雰囲気に関してだけは、今ひとつ。思わせぶりな雰囲気だけで、そのままフェイドアウトなんですもん。この曖昧さがいいのかもしれませんが、中途半端に逃げたとしか思えなくて。これで終わらせてしまうぐらいなら、最初からそんな雰囲気にしなければ良かったのに。それか逆に、真正面から全てを書ききって欲しかった。...まあ、そうなると読者をかなり限定してしまいそうですが(^^;。
でもひっかかったのはその部分ぐらいで、あとはとても面白かったです。(角川文庫)


+既読の三浦しをん作品の感想+
「しをんのしおり」三浦しをん
「月魚」三浦しをん

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トロイア戦争関係の作品は色々ありますが、そもそものトロイア戦争の発端となった、パリスがヘレネーを連れ去った事件について書いているのは、このコルートスの「ヘレネー誘拐」だけなのだそうです。そして一緒に収められているのは、「ヘレネー誘拐」とは対照的に、トロイア最後の日を描いた、トリピオドーロスの「トロイア落城」。こちらには「トロイアの木馬」の製作過程、そしてアカイア軍がトロイアを攻め落とす様子が詳細に描かれています。

どちらも叙事詩としてはとても短い作品。「ヘレネー誘拐」には、もう少ししっかり書き込んで欲しい部分もありましたが... 不和の女神エリスの投げ込んだ黄金の林檎に「一番美しい女神へ」みたいな言葉がないので、なぜ3人がいきなり林檎を欲しくなったのか分からないし、しかもなぜいきなりパリスが審判を務めることになったのかも分からないんですよね。でもパリスとヘレネーの場面はやっぱり面白かったです。最後には、ヘレネーの娘のヘルミオネーも登場しますし。そして「トロイア落城」は、マリオン・ジマー・ブラッドリーのファイアーブランドにとても近くて、「これこれ、こういうのが読みたかったのよ」。
会話文、特に女性の言葉の訳し方にはひっかかってしまったんですが(女性の一人称が全ての「あたし」だなんて!)、全体的には面白かったです。注釈の入れ方もとても分かりやすいですね。例えば岩波文庫の注釈の入れ方って、オーソドックスだけど、読みづらいことも多いんですよね。最後にまとめて注釈のページがあるというのもそうなんですが、作品そのものに関する説明だけでなく、訳出上のことまで書かれていたりして、どれが本当に必要な注釈なんだか分からなくなってしまいます。何でもかんでも注釈がついてたら、そのたびに読むのを中断させられてしまって、流れを楽しむどころじゃなくなっちゃいますし。

解説では、クイントゥスの「トロイア戦記」が何度となく引き合いに出されてました。こちらも読んでみなくっちゃいけないですね。でもまずは「イリアス」にいきます。ちょっとしんどそうだけど... これまでギリシャ神話は好きでも、トロイア戦争にはほとんど興味がなかったはずなんですが、気がついたらすっかりハマってますね。(笑)(講談社学術文庫)

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ハンサムでも秀才でもないハロルド・シェイの造形から(馬面で、目が中央に寄りすぎてるらしいです)、アンチ・ヒロイック・ファンタジーという言葉が生まれたという、ハロルド・シェイのシリーズ全4巻。主人公のハロルド・シェイが、北欧神話、エドマンド・スペンサーの「妖精の女王」、コールリッジの「クブラ・カーン」、アリオストの「狂えるオルランド」、フィンランドの叙事詩「カレワラ」、そして最後にアイルランド神話の世界に飛び込む冒険物語です。

実はこれまで、なかなか話に入れなくて4~5回ほど挫折してたんですが、ようやく読めました。一旦話に入ってしまえば、結構面白かったです。まず面白いのは、日常の生活からファンタジーの世界への行き方。主人公のハロルド・シェイは心理学者なので、移動が魔法ではないんです。使うのは「Pが非Qと同値であれば、Qは非Pを含意するが...」という、「論理方程式」。6枚の紙に書かれた公式全神経を集中するだけで、神話の世界へと旅立ってしまうんだからびっくり。でももちろん、事はそれほど簡単ではありません。最初はクフーリンやマブ女王の時代のアイルランドに行くはずだったのに、気がつけばそこは北欧神話の世界。しかも、行った先の世界の法則に従わなくちゃいけないんですよね。20世紀の物理学や化学の法則みたいにまだ発見されてないものは、存在しないのも同じ。持参したマッチや銃は使い物にならなくなってますし、英語の本も理解できなくなってるのに気付くハロルド・シェイ。頭の中で自分の名前のスペルを思い浮かべても、浮かんでくるのはルーン文字だけ。(笑)

ただ、北欧神話やアイルランド神話は好きだし、「妖精の女王」も最近読み返したし(感想)、叙事詩ではなく、簡易な物語に書き直されていたとはいえ「カレワラ」も読んだし(感想)、「クブラ・カーン」は大学の時に一目惚れした作品なんですが(これは、コールリッジがインスピレーションを得て作品を書き始めた時に突然の来客があり、仕事を中断してるうちにその詩思は消え失せてしまった、ということで有名な作品。その来客が本当に怨めしい!)、「狂えるオルランド」だけは未読のままだったんですよね。それが惜しかったです。イタロ・カルヴィーノの「宿命の城」(感想)を読んだ時から、読みたいと思ってたんですが... 「妖精の女王」にも大きく登場してたのに...。でも名古屋大学出版局発行の本は12,600円なんて値段がついてるので到底買えないし、市内の図書館にも置いてないし、抄訳が載ってる本も3冊ほど教えて頂いたのに、どれも市内の図書館になく... いえ、いずれは絶対に読みますが!

4冊の中で一番面白かったのは1冊目。雰囲気に馴染むのに時間はかかったけど、ラグナロク直前の北欧神話の世界に一度馴染んでしまえば、あとはユーモアたっぷりで楽しかったです。もう少し長くしして、じっくり読ませて欲しかったぐらい。でも2~4冊目は、ラブロマンスなんかもあるんですけど... ハロルド・シェイが冒険慣れした分、ちょっと物足りなかったかも。代わりに加わった狂言回しの人物には苛々させられたし。それにどの世界も、結局似たような感じですしね。そういう意味ではちょっとマンネリ気味でした。(ハヤカワ文庫FT)


+既読のディ・キャンプ&プラット作品の感想+
「妖精の王国」ディ・キャンプ&プラット
「神々の角笛」「妖精郷の騎士」「鋼鉄城の勇士」「英雄たちの帰還」ディ・キャンプ&プラット

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最近sa-ki さんに教えて頂いた本が続いてますが、これもそうです。たらいまわし企画・第24回「五感で感じる文学」で出してらした本。実は、池澤夏樹さんの作品を読むのは初めて。以前、須賀敦子さんが、「本に読まれて」の中で池澤さんの作品を何度も取り上げてらして、気になってたんですけど、なかなか機会がなく... ようやく読めました。

これは南の島に住むティオという12歳の少年を中心にした連作短編集。ティオは、父親がホテルを経営しているので、ジープを運転して父親と一緒に空港にお客を迎えに行ったり、観光客を山に案内したりもするんですけど、基本的に長閑な日々を送ってます。(観光客の案内や世話自体も、長閑な感じなんですが) そもそも、この島の人間は、政府や学校みたいなところで働いているんでなければ、大抵は気の向くままに海で魚を採ったり、山の畑を耕したりという暮らしぶりなんですよね。そして、そんなティオの島では時々、島の神さまや精霊の存在を感じさせる不思議な出来事が起こります。そういった出来事は、案外大きなことだったりするんだけど、でもあまりに自然なので、気がつかない人は気がつかないまま通り過ぎちゃう。この自然さは、例えば沖縄の人がマブイを持っているというような感じに近いかなあ...。不思議なことが起きるという意味ではファンタジー作品と言えるんですけど、どちらかといえば、もっと普通の、本当にあった話を聞くような感覚で読んでました。
私が読んだ本ば文庫本でしたけど、元々は児童書として刊行された本なんですね。道理で... という柔らかさが心地良いです。読んでいると、青い空と白い雲、眩しい陽射し、そよぐ風、真っ青な海といった、南国ならではの情景が目の前に広がるよう。なんだか、自分まで長閑に島の生活を送ってるような気がしてきてしまいます。日々の生活で、肩凝りのような状態になってた心が、柔らかく揉みほぐされるような感じ。
10編の短篇が収められているんですが、私が一番好きだったのは、受け取った人が必ず訪ねずにはいられないという絵はがきを作る、絵はがき屋のピップさんの話。あ、でもこれは不思議なことがごく自然に起きる話ではなくて、一番「書かれたファンタジー」っぽい作品なんですけどね。でもこのピップさんが、この1編だけにしか登場しないのは残念だったなあ。あと、「星が透けて見える大きな体」も好き。長閑な雰囲気が一変、この1編だけ現実の厳しさが迫ってくるような「エミリオの出発」も好きです。(文春文庫)


+既読の池澤夏樹作品の感想+
「南の島のティオ」池澤夏樹
「スティル・ライフ」池澤夏樹
「真昼のプリニウス」池澤夏樹
「夏の朝の成層圏」池澤夏樹
「バビロンに行きて歌え」池澤夏樹
「神々の食」池澤夏樹

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10年にも渡る攻防の末、トロイアの都イーリオンを攻め落とし、王妃クリュタイメーストラーに松明で報せを送ったアガメムノーン王は、イーリオンで捕えた王女・カッサンドラーを伴って凱旋し、妃の待つ王宮へと向かいます。しかし王宮に入る直前、予言者でもあるカッサンドラーが、王妃クリュタイメーストラーによってアガメムノーン王と自分が殺されることを予言するのです。

マリオン・ジマー・ブラッドリーの「ファイアーブランド」を読んで(感想)、ギリシャ物が読みたくなったところにこれを見つけたので、早速読んでみました。ギリシャ悲劇です。こんなの読んでたら、「また、反応できないような本を読んで~!」と言われてしまいそうですが... 最近、ネットのお友達に会うたびにそう言われてるような気が(^^;。
ここに登場するクリュタイメーストラーとは、トロイア戦争の発端となったヘレネーの姉妹。アルゴス王アガメムノーンの王妃です。そしてクリュタイメーストラーが自分の夫を殺そうと考えたのは、アガメムノーンが自分たちの娘・イピゲネイアを、アカイアー軍の戦勝のために生贄に捧げてしまったことへの恨み、そして10年間夫が留守だった間、自分自身が浮気をしていたこと。
題名は「アガメムノーン」になってますが、この作品の主人公はどう見てもその妻・クリュタイメーストラーです。

この作品を読んで一番面白かったのは、有名な伝説を悲劇に仕立てただけに、観客が事の結末を知ってるということ。だからクリュタイメーストラーの心にもない台詞を聞いて、逆にその欺瞞を感じ取るんですよね。(一種の倒叙... とは言えない? 笑) 中には結構面白い演出もありました。この悲劇はB.C.458年に実際に初上演されたそうなんですが、これって演じられてるのを観るのも結構面白そう。どんな風に演じられてたのか、観てみたくなっちゃいます。(もちろん古代ギリシャ語で演じられても、何が何やらさっぱり分からないですが) それにとても普遍的なんですね。結局、戦争というものも、それぞれ登場人物たちのドロドロした感情も、今も昔も変わらないわけだし... カッサンドラーの、予言の言葉から死を恐れずに宮殿に入るまでの一連の言動はとても哲学的で、そういったところもとても面白かったです。...ただ、古典作品の例に漏れず、この作品も訳注がとても多いんですよね。最初の1回目はその注釈を全部見ながら読むし、あまり面白くないんです。2度目3度目と読み返してるうちに、ぐんぐん面白くなるのですが。

そしてこの作品を読むと、やっぱりブラッドリーの描いたクリュタイメーストラーは魅力的だったなって、改めて思いました。「ポセイドーンの審判」の最後にちらっと登場しただけだったんですけど、存在感も抜群でしたしね。この「アガメムノーン」は、娘を殺されたクリュタイメーストラーに半ば同情しているようでいて、やっぱり男の論理って感じだし... こういった古典作品(聖書含)は男性の視点から書かれてることの方が圧倒的に多いので、同じ出来事を色んな視点、特に現代女性の視点から描きなおすと、まるで違った部分が見えてきて、新鮮だし面白いですね。(岩波文庫)


+既読のアイスキュロス作品の感想+
「アガメムノーン」アイスキュロス
「ギリシア悲劇I」アイスキュロス

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アーサー王伝説を、アーサー王の異父姉にあたるモーガン・ル・フェイの目を通して描いた「アヴァロンの霧」が、物凄く面白かったマリオン・ジマー・ブラッドリー。こちらの作品は、トロイア戦争が題材です。トロイアの王女で、パリスの双子の妹のカッサンドラーの視点から描いていきます。元は「ファイアーブランド」という1冊の本だったものを、日本で刊行するために、「太陽神の乙女」「アプロディーテーの贈物」「ポセイドーンの審判」という3冊に分けたもの。
ブラッドリーの作品らしく、これもフェミニズム全開でした。女性が強いです。ちょっと男性が情けなさすぎるんですけど、物語そのものは面白かった。ブラッドリーにかかると、こんなに女性が生き生きしてくるんだなあと、改めてびっくり。

全体的な構造としては、「アヴァロンの霧」と同じく、大地の女神を信仰する女性たちと、その世界の終焉といった感じですね。徐々に母系から父系社会へと移行しつつある世界です。古くからの女神がないがしろにされるようになり、男性の論理に都合の良い神々が台頭。かつては自分の手で国を治めていた女王たちは、気がついたら自分の夫に権力を握られているという寸法。でも男性は外で働き、女性は家を守るという観念が浸透していくのと同時に、男性の庇護下にいることで満足する女性たちの姿が目立ってきます。主人公のカッサンドラーを始めとして、自分の足で立つことを望む女性たちもまだまだいるのですが。
いくらフェミニズムとは言っても、ここまで男性をこき下ろしてしまうというのもどうかなあと思うんですけど... これで男性がもっと魅力的だったら、言うことないのになあ。アキレウスに至っては、ただの戦狂いなんですよね。やっぱり「アヴァロンの霧」は、この辺りのバランスがすごく良かったように思います。でもこちらの作品の最後は、男性と女性が協力して築き上げる世界の予感を感じさせるんです。どうしたのかな、ブラッドリー、心境の変化?
井辻朱美さんによる解説も面白かったです。「アヴァロンの霧」を「源氏物語」、こちらを「風と共に去りぬ」に喩えててびっくり!(笑)

この作品を読んでたら、無性にギリシャ神話と「イーリアス」が読みたくなったんですけど、手元にあったのはギリシャ神話だけ。こちらのトロイ戦争周辺の部分は再読したんですが、記述が少ないし、そっけなさすぎて物足りない! やっぱり「イーリアス」かなあ。私が気が付いただけでもかなり設定が違うので、今、読んだらどんな感じがするのか気になります。こういう時に本が手元にないというのは痛い...
しかも、それを読んだら、「オデュッセイア」も読みたくなりそうなんですけど、こっちも手元にないんです。「オデュッセイア」繋がりで、ジェイムズ・ジョイスの「ユリシーズ」(こっちは未読)も読んでみたいんですが... とは言っても、続けざまに読むのはきつそうなので、そこまで辿りつくのはいつのことになるやら、ですが。(笑)(ハヤカワ文庫FT)


+既読のマリオン・ジマー・ブラッドリー作品の感想+
「白き手の巫女」「龍と鷲の絆」「希望と栄光の王国」マリオン・ジマー・ブラッドリー
「太陽神の乙女」「アプロディーテーの贈物」「ポセイドーンの審判」マリオン・ジマー・ブラッドリー
Livreに「アヴァロンの霧」の感想があります)

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魔法使いのルッフィアモンテが望んだのは、地球の端っこにささやかな、ありとあらゆる風の流れ込むおもちゃのような街を作ること。そしてできたのが風街。沢山の夢が吹き寄せられてくる風街にやって来たマーチ博士が書き綴った短編集です。

風待屋のsa-ki さんに教えて頂いた本。海外ファンタジー作品を多数訳してらっしゃる井辻朱美さんご自身のファンタジー作品は一体どのような物語なのだろうと、ワクワクしながら手に取りました。
まず、神話や古今東西の有名ファンタジーのモチーフがいっぱいで楽しい! 風街ができるきっかけになったのも、魔法使いが鶴の仙人に連れられて行った北方の神々の鍛冶場がきっかけだし、この鍛冶場に置いてあるのが、不老不死の仙丹を焼き上げる太上老君の竃、そして風街を作りたいという望みを叶えたのは、北欧神話の神の1人ロキなんですもん。思いっきりクロスオーバーしています。(笑)
街の裏には《夜》の山脈があり、《夜》に通じる道は、まがまがしい夢が漂い出てくる《妖神たちの小路》... という街の周辺も魅力的なんですが、それ以上に街そのものが素敵。とっても不思議なことが、ごく自然に存在してますし、魅力的なお店も沢山。鞄屋の自慢は、物を出したあと、鞄の口の中へ鞄の底を突っ込めば、くちがねだけになってしまうという鞄だし、開くたびに美しい女の絵が涙を流す傘があったり、毎回違う割れ方をして、毎日新しい自分を発見できるタマゴ鏡なんていうのがあったり...。その他にも、子供の成長に合わせて育つ刺青とか、姿を変える黒ウサギとか、夜の流星が落ちた跡を嗅ぐ犬とか、雨天のみ開館の映画館とか... 《夜》から飛んできた、よい匂いのする夢を拾って売る掃除夫の話なんていうのも素敵。
人間も動物もそれ以外の不思議な存在も一緒くたになって暮らしている風街の物語は、連作短編集とはいっても、それぞれの物語に連続性はそれほどなくて、まるで夢の場面場面のスケッチを見ているよう。少し強い風が吹いたら忘れてしまいそうなほどの淡々とした夢です。でもそのスケッチを眺めていると、明るく透明感のある情景がどんどん拡がっていきます。
メアリー・ポピンズが来るのは、実はこの世界から? 一番強い火星猫の名前が、「スーパーカリフラジリスティックエクスピーアールイードーシャス」なんですよ。(笑) 「ロビン・グッドフェロウがチョコレットの中に閉じ込められた珍事件」というのは、稲垣足穂の「チョコレット」? 神話や古今東西の有名ファンタジーのモチーフがいっぱいで、そういうのを探すのも楽しいところ。登場人物もそれぞれに魅力的だし、読んでいると自分まで風街にいるような気がしてしまう、そんな風に居心地のいい物語でした。画像が出ないのが残念なんですが、安江恵美さんの挿画もこの雰囲気にぴったり。楽しかったです~。(アトリエOCTA)


+既読の井辻朱美作品の感想+
「風街物語 完全版」井辻朱美
「エルガーノの歌」「パルメランの夢」井辻朱美
「幽霊屋敷のコトン」「トヴィウスの森の物語」井辻朱美
「ヘルメ・ハイネの水晶の塔」井辻朱美
「遙かよりくる飛行船」井辻朱美
「ファンタジーの森から」「ファンタジーの魔法空間」井辻朱美
「夢の仕掛け 私のファンタジーめぐり」井辻朱美
「魔法のほうき」井辻朱美
「ファンタジー万華鏡」井辻朱美

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「ピーターとペーターの狭間で」(感想)、「翻訳家という楽天家たち」(感想)と同じように、本の雑誌社に掲載された翻訳にまつわるエッセイを1冊の本にまとめたものです。
「ピーターとペーターの狭間で」では純粋に翻訳秘話みたいな部分が面白かったし、「翻訳家という楽天家たち」では、もう少し範囲を広げた翻訳や読書周辺のあれこれが面白かったんですが、今回はまた一段と範囲が広がってたかな? 読みたい本が色々出てきちゃいました。100文字でのねあ。さんが、たらいまわし企画第23回「笑う門には福来たる! "笑"の文学」(記事)で出してらして気になってた「新明解国語辞典」がここでも登場していて、あんまり可笑しいので、ついついポチッとしちゃったし、この本の後に文藝春秋から訳が出たという「ジ・オフィシャル・ポリティカリー・コレクト・ディクショナリー・アンド・ハンドブック」とか... これは邦題が分からないんだけど、 「当世アメリカ・タブー語事典―多文化アメリカと付き合うための英語ユーモア・ブック。」かな?(違うかも)  あと、青山南さんが同じ翻訳家としてヒロインに共感させられてしまったという、多和田葉子さんの「アルファベットの傷口」! これが読みたい。(でもamazonで酷評されててびっくり) それから「頭の中の涼しい風」の章で、本の荷造りで書架があいてくるのを見て青山さんが思い出したという、「ジッドの日記」。その中で、ジッドも本の荷造りをしていて、だんだん書架があいてくるのを「頭の中を涼しい風が通る」ようだと表現してるんですって。これが気になります。(でも全5巻で31,500円なんて本なのね。凄そう...)
あと面白かったのは、本の裏表紙のバーコードとの闘いを続ける絵本作家・レイン・スミスのエピソード。バーコードの存在が許せないレイン・スミスが、バーコードを逆手にとって色々工夫しちゃうのが楽しい~。あとはやっぱり青山さんの文章ですね。ふとした拍子に素顔が出てくるって感じですごく好きです。(本の雑誌社)


+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南
「眺めたり触ったり」青山南
「外人のTOKYO暮らし」青山南
「英語になったニッポン小説」青山南
「気になる言葉、気が散る日々」青山南
「小説はゴシップが楽しい」青山南
「大事なことは、ぜーんぶ娘たちに教わった」青山南

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光原百合さんご自身が「声なき楽人(バルド)」シリーズと呼ばれているという、ケルト神話に題材を取ったシリーズ。「祓いの楽人」オシアンと、その相棒・ブランの連作短編集です。ケルト神話は大好きなので、この新刊は本当に楽しみにしてました~。

「祓いの楽人」とは、竪琴を奏でて歌を聞かせる一般的な楽人とは違い、竪琴の調べによって楽の音の神秘を操る人間のこと。自然や人間があるべき様から外れている時に、竪琴の音を聞かせて、あるべき姿に戻すという技を持つ楽人です。なりたいと思ってなれるようなものではなく、なれるのはそれ相応の天分を持った人間だけ。そしてオシアンはとても強力な「祓いの楽人」。諸国を旅しながら、時には死んだ後も頑なな人々の心を開き、彼らに道を示していきます。そして、楽師なのに声を出せないオシアンの代わりに村の人々と話すのは、小生意気で饒舌な相棒・ブランの役目。

「祓い」を必要とするような物語だから仕方ないとはいえ、どの物語もなんて切ない... ただ好きだっただけなのに、大切に思っていただけなのに、なぜか相手を傷つけることになってしまう登場人物たち。本心とは裏腹の言葉を口にしてしまい、心にもない行動をとってしまう、あるいは本当の思いが伝えられないまま終わってしまう。そしてそんな自分の行動を後悔し、死んだ後も留まり続けてしまう...。でも、彼らはただ、自分の深い想いを伝える術を知らなかっただけなんですよね。
未練や後悔の念が中心なのですが、ブランの存在が作品全体の雰囲気を明るくしてくれるようですし、オシアンの美しい透明感のある竪琴の音色が、その明るさを光に昇華させているよう。この世界は、本当にとても素敵でした。ケルト的な雰囲気は、5作目の「三つの星」で一番強く感じたかな。元になっているモチーフや登場人物の名前はもちろんなんですけど、他の4作に比べてダントツでケルトの雰囲気を感じたのは何だったんでしょうね...。「祭礼の島」に、どこかアヴァロンの雰囲気を感じてたからかしら。
でも、あとがきに「ケルト民話に触発されて生まれた一つの異世界の物語」とある通り、とてもケルト的でありながら、光原さんならではの世界です。あんまり自然に存在してるので、こちらもするんとその世界に入っちゃいましたけど、「祓いの楽人」というのも光原さんのオリジナルですよね? まだまだオシアンやブラン自身について分かっていない部分が多いので、彼ら自身の物語も読みたいです。そちらも、相当切ないものになりそうですが...。

そして今回も装幀がとても綺麗です~。最初見た時、「星月夜の夢がたり」とお揃いかと思いました。タイトルのフォントも似てますし。でも、出版社はもちろん、装幀した方も違いました。「星月夜の夢がたり」の暖色系の色合いとは対照的に、こちらは月明かりのような寒色系の色合い。これがまた、オシアンのイメージ、そして作品全体のイメージにぴったりですね。(角川春樹事務所)

そして「親切な海賊」は、幻冬舎のPR誌・星星峡に載っている不定期連載作品。こちらは「潮ノ道の日常」シリーズというシリーズ名なのだそうです。星星峡はジュンク堂に置かれてるんですけど、このジュンク堂に行く時間がなかなか取れなくて...! 最初に行った時は「明日来ると思います」、次に行った時は「もう全て配布してしまいました」... ガックリ。(でも、その後無事読めました!)
「銀の犬」ですっかり切ない気分になってたんですが、こちらを読んだら、暖かくてぽかぽか~。最初はただの困った頑固親父かと思った花嫁の父(結婚式はまだだけど)なんですけど、いいじゃないですか~。吼え合ってるアレクサンダーとジロー(犬です)を挟んで芹菜と話している場面で、すっかり気に入っちゃいました。婚約者の耕介も、最初予想したよりもずっと可愛い気があったし(失礼かな...)、この2人きっと上手くいきますよ! 表面上はお互いブツクサ言いそうだけど、根っこのところで信頼できる関係になりそうです。気がついたら、美弥そっちのけで意気投合して、酒を酌み交わしてるかも。(笑)
芹菜と零司も相変わらずのいいコンビだし(零司、頑張ってますね)、颯月さんも相変わらず、眠そうな割に力強くて素敵。本当は「あたりを打ち払うほどの美人」ぶりをもっと長時間拝めれば言うことないんですけど... 珈琲のカフェインもあんまり効き目なさそうだし、なかなか難しそうですね。(笑)


+既読の光原百合作品の感想+
「ありがと。 あのころの宝もの十二話」ダ・ヴィンチ編集部編(「届いた絵本」)
オール讀物11月号(文藝春秋)(「扉守」)
小説NON 11月号(祥伝社)(「希望の形」)
小説推理・オール讀物・星星峡(「1-1=1」「クリスマスの夜に」「オー・シャンゼリゼ」)
「最後の願い」光原百合
光原百合ベスト3@My Best Books!
「尾道草紙」尾道大学 創作民話の会
「銀の犬」「親切な海賊」光原百合
オール讀物 2007年10月号(「写想家」)
「嘘つき。 やさしい嘘十話」ダ・ヴィンチ編集部編(「木漏れ陽色の酒」)
オール讀物 2008年11月号(「旅の編み人」)
「新・本格推理 不可能犯罪の饗宴」二階堂黎人編・オール讀物 2009年8月号(「花散る夜に」「ピアニシモより小さな祈り」)
「イオニアの風」光原百合
「扉守 潮ノ道の旅人」光原百合
Livreに、これ以前の作品の感想があります)

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ブライトンに来て数時間のうちに殺されてしまったヘイル。検死結果は自然死だったのですが、殺される直前にヘイルに会っていたアイダは、本当に自然死なのか疑問を持ち、色々と調べ始めます。ヘイルを殺したのは、17歳の少年・ピンキーとその仲間たち。ピンキーたちのやり口は万全のはずだったのですが、彼らは1人だけ、自分たちの行動を証言できる人間がいることに気付きます。ピンキーは早速その1人、16歳の田舎娘・ローズに近づき、今後彼女が証言したりすることのないよう、結婚してしまおうとするのですが...。

ブライトン・ロックと言ったら、私はQueenの曲しか思い浮かばないんですけど(笑)、ブライトンで売られている棒キャンディーのことなんだそうです。棒のどこで折っても「ブライトン」という字が現れる... って、要するに観光地名産の金太郎飴のことなんですね。(笑)
これは初期の傑作とされている作品。これまで読んだグレアム・グリーンの作品の中では、これが一番面白かったです。キリスト教色に関してはいいんですけど、やっぱり戦争色は薄い方がいいなあ... と言いつつ、「権力と栄光」は、実は気に入ってたりするんですが。(読んでから時間が経つにつれ、だんだん印象が鮮明になってきました)
この作品のピンキーは、何をしでかすか分からない不良少年。はっきり言って悪党です。周囲から見れば、どう考えてもローズがピンキーに騙されているとしか見えないでしょうし、アイダもそう考えてるんですが、実際のところはちょっと違うんですよね。ローズは世間知らずだけど、愛する男と結婚できるというだけで有頂天になってしまうような娘ではないんですもん。それでも、アイダは一度会っただけのヘイルのために、そして彼女自身が「正しいことをするのが好き」なために、ローズにつきまといます。...世間一般的には、アイダの方が圧倒的に正しいはずなんですが、この作品の中で魅力的なのは、何と言ってもピンキー。この2人がカトリック信者だということが、後のグリーンの作品の方向性を予感させるようです。(ハヤカワepi文庫)


ということで、これでハヤカワepi文庫の現在刊行されている35冊は全て読了です。
ボリス・ヴィアンの「日々の泡」だけは、先に新潮で読んでたんですが、今年の3月22日にアゴタ・クリストフの「悪童日記」を読んで以来、全部読み終えるのに3ヶ月ちょっと。最後にかたまってしまったグレアム・グリーンは、私にとってはちょっと難物だったんですが、だんだん良さが分かりそうな気もしてきたし、その他に大好きな作品がいっぱい。アゴタ・クリストフ「悪童日記」も、カズオ・イシグロ「日の名残り」も、リチャード・ブローティガン「愛のゆくえ」も、アンジェラ・カーター「ワイズ・チルドレン」も、アニータ・ディアマント「赤い天幕」も、ニコロ・アンマニーティ「ぼくは怖くない」も... と書くとキリがないのでやめますが(笑)、素敵な作家さんとの出会いが多くて、面白い作品も色々とあって、この3ヶ月すごく楽しかったです。早く次の本も刊行されないかな。次にどんな作品が読めるか、今からとっても楽しみです。


+既読のグレアム・グリーン作品の感想+
「第三の男」グレアム・グリーン
「おとなしいアメリカ人」グレアム・グリーン
「負けた者がみな貰う」グレアム・グリーン
「権力と栄光」グレアム・グリーン
「事件の核心」「二十一の短篇」グレアム・グリーン
「ブライトン・ロック」グレアム・グリーン
「ヒューマン・ファクター」グレアム・グリーン

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貞観7年、広州から船で天竺へと旅立った高丘親王。天竺は高丘親王にとって、幼い頃に父・平城帝の寵姫だった藤原薬子に話を聞いて以来の憧れの地、船に乗り込んだ高丘親王は、この時67歳。同行するのは、常に親王の傍で仕えていた安展と円覚という2人の僧、そして出航間際に船に駆け込んできた少年「秋丸」の3人。

澁澤龍彦氏の遺作だという作品。ずいぶん前に、森山さんにオススメ頂いた時から読みたいと思ってたんですけど、その時は本が手に入らなかったんですよね。先日LINさんが読んでらした時(記事)にふとamazonを覗いてみると、なんと「24時間以内に発送」になってるじゃないですか! たらいまわし企画でも何度か登場してたのに、その時は最初から諦めちゃってたんです。いやー、もっと早く気付くべきでした。私のばかばか。
高丘親王という人は実在の人物なんですが、天竺へ向かうこの旅自体は澁澤氏の創作の世界。山海経に登場するような生き物がごく自然に存在している、幻想味の強い物語です。現実世界と幻想世界の境目はもうほとんど感じられなくて、自由気儘に行き来している感覚。これって、一見現実に見えても、実は現実とは言い切れない場面もあるのね... と思っていたら、高橋克彦氏の解説に「一読した限りではなかなか気付かないだろうが、いかにも幻想的な航海記のようでいて、実際はその過半数の物語が親王の夢なのだ」とありました。「親王が現実世界を旅している時は、薬子はたいてい記憶として登場し、親王が夢の中を彷徨っている時は、薬子もまた別の夢となって現れる」とも。そうだったんだ! たとえば最初の大蟻食いの場面とか、これはきっと本当は夢の中の出来事なんだろうなと思っていたんですけど、やっぱりそれで合っていたようです。(よかった) でも読み落としてる部分もありそうなので、もう一度読み返してみなければ~。そしてこの幻想世界と現実世界は、お互いの世界を鏡のように映し合っているかのよう。夢や記憶でしか登場しないはずの薬子の存在感がとても大きくて、まるで薬子を通して様々なものが映し出されてるような感覚も...。
これまで読んだ澁澤氏の作品とは雰囲気がまた少し違っていて、まるで別次元へと昇華してしまったような感じ。おそろしいほどの透明感。途中、高丘親王が欲望を覚えるような場面もあるんですけど、生々しさはまったくなくて、むしろ枯れた味わいです。親王を通して感じられるのは、生への慈しみ。やはりこれは確かに遺作だったんだな... と納得してしまいます。やっぱり高丘親王は、澁澤氏自身ですよね。澁澤氏も、あの真珠を投げたのかしら。今頃、森の中で月の光にあたためられているのでしょうか。澁澤氏が亡くなって19年ですか... 薬子は50年と言ってるし、まだもう少し時間がかかりそうですね。(文春文庫)


+既読の澁澤龍彦作品の感想+
「私のプリニウス」澁澤龍彦
「異端の肖像」澁澤龍彦
「夢のある部屋」澁澤龍彦
「澁澤龍彦初期小説集」澁澤龍彦
「夢のかたち」「オブジェを求めて」「天使から怪物まで」澁澤龍彦
「高丘親王航海記」澁澤龍彦
「東西不思議物語」澁澤龍彦
Livreに「世界悪女物語」「幻想博物誌」「夢の宇宙誌」「フローラ逍遥」の感想があります)

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副題は「クレオパトラから樋口一葉まで」。1回に1人ずつ古今東西の有名人をお招きして、その方のためだけにお料理を作るというもの。NHKの「今日の料理」のテキストに連載されていた記事が1冊の本にまとめられたものです。
ここのレストランに招かれているのは、クレオパトラ7世、サンタクロース、聖徳太子、玄奘三蔵、シンドバッド、源義経、チンギス・ハーン、ドラキュラ、レオナルド・ダ・ヴィンチ、山内一豊の妻・千代、シェイクスピア、ヨハン・セバスチアン・バッハ、コロンブス、ナポレオン1世、河童の河太郎、アンデルセン、チャールズ・ダーウィン、ファーブル、トルストイ、ジェロニモ、近藤勇、アントニ・ガウディ、シュバイツァー、樋口一葉、南方熊楠という総勢25人。

これはsa-ki さんに教えて頂いた本。たらいまわし企画・第24回「五感で感じる文学」です。レシピは、実際にあったものを採用している場合もあるけれど、ほとんどがシェフである河合真理さんの考案だとのこと。できるだけそれぞれの人物の時代や土地にあったと思われる食材や調理器具を使い、お料理を作り上げていったのだそうです。まず、その回お招きする方についての紹介があり、次にシェフによるメニュー説明、お料理の写真、そして実際のレシピ、という構成。普段は、直接料理の写真を見てしまうよりも、文字からの情報として入ってきた方が、「美味しそう~」となる私なんですが、この本はとっても美味しそうでした! それぞれの人物に合わせて作ったお料理そのものももちろんなんですが、写真のためのコーディネートがまた凝ってるんですよね。鮮やかでとっても綺麗。それぞれのお客さまにぴったり~。
美味しそうな料理がいっぱいある中で一番気になったのは、シンドバッドのためのメニューのデザートで出される「ココナッツとフルーツの宝石見立て」。ココナッツを大粒の真珠に、果物をルビーなどの宝石に見立てて、輝くデザートを作ったというもの。これは作りが単純なせいかレシピが載ってなかったんですが、このキラキラの部分は一体何なのかしら! とっても綺麗。そしてびっくりしたのが、トルストイのためのメニューでメインディッシュとして出される「イラクサのシチュー」。グリム童話や何かでしょっちゅう登場して主人公を泣かせてるイラクサは、なんと食べられる植物だったんですか! 今はもうすっかり採る人が減ってしまったそうですが、以前は日本でも山菜として新芽を食べていたのだそうです。ますますびっくり。そして採る人が減ったのは、やはりその棘のせいなのだそう。「刺さるといつまでもチクチクと痛み、細くて抜きにくい」だなんて、やっぱり痛そう... 童話でイラクサを紡いでる場面、結構ありますよね。さぞかし手が腫れ上がったに違いない... このイラクサのシチューは、実際にトルストイの若い頃の食事の記述の中に登場するのだそうです。
実際に自分で作ってみようとは思わないけど(ダメダメ)、誰かが作ってくれるならぜひ食べてみたい... って、それはあまりに虫が良すぎますね。でも自分もぜひ招いて欲しくなってしまう、そんな素敵なレストランでした。(NHK出版)

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「小説すばる」に連載されていたエッセイ「slight sight-seeing」の24編のうち14編と、旅日記「屋久島ジュウソウ」が同時収録されたもの。本来おまけだったはずの「屋久島ジュウソウ」が40~50枚の予定から150枚に増えたため、こちらがメインとなったのだそうです。屋久島旅行のお供は、森さんの本の装幀も担当されている池田進吾さん、そして3人の編集者さんたち。

森さんを始めとする5人の楽しそうな様子や、九州最高峰だという宮之浦岳を登る大変さは十分伝わってくるんですが、読んでいても、屋久島の魅力があんまり伝わって来ないような...(ウィルソン株の中には入ってみたくなりましたが)、武田百合子さんの「富士日記」に倣って各自の食べた物が詳細に書かれているという部分も、それほど面白く感じられなかったです。(魚肉ソーセージのせいかしら...) 恩田さんの「黒と茶の幻想」も大好きだし、いつかは屋久島に行ってみたいと思ってる私なんですが、むしろ後半の短い旅エッセイの方が好きでした。ホリー・ゴライトリーに憧れた時代の名残りの黒い鞄の話、トラベル読書術、サハラ砂漠の入り口に位置する町・エルフードで出会ったハッサンのエピソードなど海外での様々なエピソードが楽しかったです。

ちなみに「屋久島ジュウソウ」の「ジュウソウ」とは、「縦走」のこと。「重曹」「銃創」、重装備の「重装」など、ジュウソウにも色々ありますが、ここで「十三」を思い浮かべたアナタは立派な大阪人!(←私のことだ) 大阪以外の方に説明すると、十三というのは、映画「ブラックレイン」のロケ地にもなった、大阪の繁華街です。(集英社)


+既読の森絵都作品の感想+
「いつかパラソルの下で」森絵都
「にんきもののひけつ」「にんきもののねがい」「にんきものをめざせ!」「にんきもののはつこい」森絵都
「あいうえおちゃん」「流れ星におねがい」森絵都
「ぼくだけのこと」森絵都
「いちばんめの願いごと」森絵都
「屋久島ジュウソウ」森絵都
「風に舞いあがるビニールシート」森絵都
「アーモンド入りチョコレートのワルツ」森絵都
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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「事件の核心」は長編。西アフリカの植民地が舞台です。警察の副署長をしているスコービーとその妻のルイーズが中心となる物語。かつて1人娘を失ったという経緯もあり、しっくいりいっていない2人。この土地にも我慢できないルイーズは、1人で南アフリカに行くことを望み、スコービーは地元の悪党に金を借りてまで旅費をつくることに。そしてルイーズがいなくなったスコービーの前に現れたのは、夫を失ったヘレンという若い女性。しかしそこにルイーズから帰ってくるという電報が入って... という話。
これはグレアム・グリーンの最高傑作と言われる作品なのだそうで、確かにこれまで読んだグリーンの作品の中では楽しめたような気がします。(「権力と栄光」の方が良かったようにも思うけど) でも物語としては、やっぱり今ひとつ掴みきれず...。そもそも題名の「事件の核心」の事件って何?!と思ったら、この作品を訳した小田島氏ですら、何が正解なのか掴みかねているのだそう。そして、本国ではカトリック系新聞雑誌でスコービーは救われるのか地獄に堕ちるのかという論争が盛んに行われていたというほど、カトリック色の強い作品です。カトリックの教義から言えば、本来スコービーが救われることはないだろうと思うんですけどねえ。

「二十一の短篇」は、その名の通りの短編集。これまでにも全集などで出ていた作品が新訳で再登場なのだそう。8人の訳者さんたちが、それぞれにご自分の訳した短篇に簡単な解説をつけていて、これが実は本文よりも面白かった! でももしかしたら、グリーンは短篇の方が私にはすんなりと読めるのかもしれません。全体的にキレが良くて、全部ではないんですけど、結構楽しめました。

ということで、これでハヤカワepi文庫全34冊読了...! と思っていたら、欠番だった32番が4~5日前に刊行されてました。グレアム・グリーンの初期の傑作だという「ブライトン・ロック」。私には今ひとつその良さが分からないグリーンなんですが、あらすじを見る限り、今度は戦争絡みとかカトリック絡みではなさそう。今度こそその良さが分かるといいなあ。(ハヤカワepi文庫)


+既読のグレアム・グリーン作品の感想+
「第三の男」グレアム・グリーン
「おとなしいアメリカ人」グレアム・グリーン
「負けた者がみな貰う」グレアム・グリーン
「権力と栄光」グレアム・グリーン
「事件の核心」「二十一の短篇」グレアム・グリーン
「ブライトン・ロック」グレアム・グリーン
「ヒューマン・ファクター」グレアム・グリーン

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夜中の突然の地震で起きた若だんなが耳にしたのは、若だんなが邪魔だから殺してしまおうという声と、このままでは若だんなが死んでしまうのではないかと心配する声、そして遠くから聞こえる悲しそうな泣き声でした。そして翌日また地震が起き、若だんなの頭に物が激突、若だんなは気を失ってしまいます。気がついた若だんなに母親のおたえが提案したのは、湯治に行ったらどうだろうという案。ゆっくりお湯に浸かって養生したらぐっと丈夫になれるかもしれないと、稲荷神様のご神託があったというのです。

若だんなのシリーズの第5弾。
今回は1作目以来の長編なんですねー。この方の連作短編は大好きだけど、やっぱり長編だと嬉しいです。しかもシリーズ初の遠出、目先が変わって新鮮ですし。ただ、箱根まで行くとなると、旅に参加できる人数が限られてるのが、やや残念ではあるのですが...。
旅に出た途端に、消えてしまう仁吉と佐助。いつもなら梃子でも若だんなから離れないと頑張る2人なのに、予想外の事態が起きたとはいえ、結局2人とも離れてしまったというのがちょっと納得しきれないのですが... そのおかげで、若だんなが自力で頑張ることになります。いやー、周囲にどれだけ甘やかされても、若だんなって本当に良い青年ですね。皆が若だんなを思いやる心が温かくて、読んでいるこちらまで幸せな気分になれるのが、このシリーズの良さでしょう。やっぱり人間、基本は愛情をたっぷりと受けることなんだろうなー。
物語冒頭で若だんなが山神に尋ねる「私はずっと、ひ弱なままなのでしょうか」「他に何もいらぬほどの思いに、出会えますでしょうか」という問いがとても印象的でした。山神のくれた「浅い春に吹いた春一番で出来た」金平糖のようなお菓子が食べてみたい...。そして印籠のお獅子も既に仲間入りでしょうか。可愛いです~。(新潮社)


+シリーズ既読の感想+
「しゃばけ」「ぬしさまへ」「ねこのばば」......ブログには感想がないので、よろしければLivreへどうぞ
「おまけのこ」
「うそうそ」畠中恵
「みぃつけた」畠中恵
「ちんぷんかん」畠中恵
「いっちばん」畠中恵

+既読の畠中恵作品の感想+
「ゆめつげ」畠中恵
「とっても不幸な幸運」畠中恵
「アコギなのかリッパなのか」畠中恵
「まんまこと」畠中恵
「つくもがみ貸します」畠中恵
「こころげそう 男女九人お江戸の恋ものがたり」畠中恵
Livreに「百万の手」の感想があります)

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古典文学ではなく、比較的最近英訳された11編の日本の小説を元に、原作とその英語版の対比をしながら考察していきます。ここで取り上げられているのは、吉本ばなな「キッチン」、村上龍「69」、小林恭二「迷宮生活」、李良枝「由煕」、高橋源一郎「虹の彼方に」、津島佑子「山を走る女」、村上春樹「象の消滅」、島田雅彦「夢使い」、金井美恵子「兎」、椎名誠「岳物語」、山田詠美「トラッシュ」。

翻訳家の青山南さんの本だけあって、翻訳家としての立場からの意見も沢山。翻訳家志望の人にとても勉強になりそうな1冊です。面白かったー。翻訳作業って、単に言葉を別の言葉で置き換えるだけでなくて、その言葉が背負ってる文化を伝えることでもありますよね。この本の中でも、単に言葉の対比だけでなく、日本語版と英語版の雰囲気の違いやその原因、日本特有の固有名詞やその言葉によって伝わるもの、その訳し方など様々な部分に着目していくんですが、もう「なるほど」がいっぱい。
ただ、私がこの中で読んだことあるのは、「キッチン」と「69」だけだったんです。実際に原文を読んでいたら、きっともっと理解できたろうなと思うと、ちょっと勿体なかったり... と言いつつ、「キッチン」だけは、英語版も読んだことがあるんですが! というか、実は吉本ばななさんの作品を初めて読んだのは、英語版「キッチン」だったんですが!...と書くと、なんだか凄そうなんですけど、英語の本とは言っても、「キッチン」の英語自体は全然難しくなくて、中学生レベルの英語で読めそうな感じです。当時、読まず嫌いだったわけでもないんですが、吉本ばななさんに特に興味もなく素通りしていたら、友達が英語版をプレゼントしてくれて... しかも入院中で暇にしていた時だったもので、あっさりと読むことに...。(笑)
で、その「キッチン」なんですが、英語の文章を読んでいるのに、なんだかするんと身体の中に入ってくる感覚だったんです。原文は一体どんな感じなんだろう? と、退院後に日本語版も読むことになったのでした。ということで、「キッチン」だけはどちらの雰囲気も分かっているわけで、この章が一番面白かったです。この「キッチン」に関しては、青山さんは、翻訳されたからこそ分かりやすくなった部分があると指摘されてますし、確かに私もそう思いました...。日本語版も英語版も雰囲気としては同じなんですけど、英語の方が論理的で分かりやすい文章。逆に日本語の表現を見て、へええと思った覚えがあります。

他の作品では、例えば村上龍さんの「69」で、「林家三平そっくりの男」という言葉を単なる容貌を説明するような言葉に置き換えたことから、失われてしまった日本語のニュアンスのこととか、島田雅彦さんの「夢使い」で、日本語と英語がちゃんぽんになってる部分がきちんと英語に訳されていることによって、伝わらなくなってしまった会話の雰囲気とか、椎名誠さんの「岳物語」でも、文章の順番が緻密に入れ替えられて端正になった分、椎名さん特有の「勢いのままだらだらと書いた」雰囲気はなくなってしまったとか、そういう話が面白かったです。なるほど~。
行間のニュアンスまで上手く訳されているものがあれば、まるで違う雰囲気の作品になってしまっているものもあり、やっぱり翻訳者の方って大変ですね。とても興味深かったです。(集英社)


+既読の青山南作品の感想+
「翻訳家という楽天家たち」青山南
「ピーターとペーターの狭間で」青山南