Catégories:“2007年”

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悪魔の最も重要な仕事の1つは、人間を誘惑し堕落させること。これは、かつて多大な功績を挙げて今は引退している大悪魔のスクルーテイプが、新人の悪魔である甥のワームウッドに対して書き綴った31通の書簡集。なかなか上手く人間を誘惑しきれないでいるワームウッドに対して、スクルーテイプはいかに人間を惑わせてキリスト教に背を向けさせ、堕落に至らしめるか、様々な状況に応じた助言をしていきます。

人間とはいかに弱い存在か、いかに周囲の環境に染まりやすい存在かということを、ターゲットである人間自身には悟らせないように、目の前にある現実に集中させておこうとする悪魔たち。たとえば、かつてスクルーテイプが大英博物館の図書館に通っていた無心論者の男を担当していた時は、ある日突然敵(神)のことを考え始めた男に対して、すかさず外に昼食に出させて、ロンドンの町という現実を目の当たりさせたのだとか。悪魔の何世紀にも渡る根回しによって、人間は見慣れているものが目の前にある間は、見慣れないものを信じることがほとんどできなくなっているのだそうです。へえー。
時々どきりとさせられる箇所があって、知らず知らずのうちに、悪魔の思惑通りに行動していることもあるかもしれないなあって思わせられてしまいます。ルイスの人間洞察って鋭いなあ。結局のところ、全編通して悪魔の視点から書かれているんですが、同時に悪魔の言葉を通してキリスト教について語る作品でもあるんですね。そして、ここにはワームウッドからの報告の手紙は一切登場していなくて、読めるのはスクルーテイプからの返信だけ。ワームウッドがどんな泣き言や文句を言ってきたのか、想像するのもちょっと楽しかったりして。
この作品は、「指輪物語」のトールキンに捧げられているんですが... これを読んだトールキンはどんなことを感じたんだろう? というのがとっても気になるところ。トールキン側の資料に何か残ってないかしら?(平凡社ライブラリー)


+既読のC.S.ルイス作品の感想+
「マラカンドラ」「ペレランドラ」C.S.ルイス
「サルカンドラ」C.S.ルイス
「顔を持つまで 王女プシケーと姉オリュアルの愛の神話」C.S.ルイス
「悪魔の手紙」C.S.ルイス
「喜びのおとずれ C.S.ルイス自叙伝」C.S.ルイス
「カスピアン王子のつのぶえ」他 C.S.ルイス

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御手洗が石岡と共に馬車道に住んでいた頃。散歩に出た2人の前に現れた少女が、近所の老女が老人ホームに入れられそうになっているので助けて欲しいと訴えます。老女はUFOや宇宙人、宇宙戦争を家の前で見たという話をしており、それを知った息子夫婦にボケてしまったと思われているのです... という表題作「UFO大通り」と、ラジオの深夜放送で聞いた、傘を車に轢かせようとしている女性を見たという不思議な話に、退屈していた御手洗は興味を引かれて... という「傘を折る女」。

ものすごーく久しぶりの島田荘司作品。調べてみたら、「ロシア幽霊軍艦事件」を読んで以来、2年半あいてたみたいです。島田荘司作品の読了本は54冊。好きだったんですよねえ、特に御手洗シリーズの初期の作品。傑作とされるデビュー作の「占星術殺人事件」は、実はあんまりだったんですが、「斜め屋敷の犯罪」「御手洗潔の挨拶」「異邦の騎士」「暗闇坂の人喰いの木」辺りが。デビューから1990年までぐらいの作品が一番好き。でも事件の舞台が海外に移るようになってから少し気持ちが離れ始めて(違う意味でスケールが大きすぎて好みじゃなくて)、最近の御手洗は電話での登場とかばっかりだし! 石岡くんと里美が中心になってからは、読む気をすっかり失ってました。
でも、ともっぺさんに、この「UFO大通り」は「四季さんの好きな、馬車道の頃の話ですよ~」とオススメされて読んでみることに。

で、読んでみて。やっぱり馬車道の頃の話は安心しますね。どちらも奇抜な謎を御手洗が鮮やかなに推理するという、御手洗シリーズらしい作品。UFOに乗った宇宙人の地球侵略、それを信じていたかのような小寺青年の死体は、白いシーツを体にぐるぐると巻きつけて、オートバイ用のフルフェイスのヘルメットをかぶってバイザーを閉め、首にはマフラー、両手にはゴムの手袋。部屋の天井からはちぎって貼ったガムテープの切れ端がぎっしり...。そんな謎も見事に解かれてみれば、とても地に足のついた話。へええ。
ただ... 初期の作品のことを思うと、どうしてもどこか弱いような。島田荘司作品のどこが好きかといえば、スケールの大きさとか、衝撃度の強さ、密度の濃さとか、そういうところなんですが、その意味ではちょっぴり物足りなかったです。しばらく読まないでいるうちに、初期の作品群が自分の中で美化されてしまったのかもしれないけど... 同じ馬車道の頃の話なので、どうしても比べてしまうのかも。うーん、なかなか難しいものですねえ。(講談社)


+既読の島田荘司作品の感想+
「ロシア幽霊軍艦事件」島田荘司
「UFO大通り」島田荘司
Livreに、これ以前の作品の感想があります)

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「ぐりとぐら」「ちいさいおうち」「ハイジ」「赤毛のアン」「若草物語」「おだんごぱん」「ちびくろ・さんぼ」など、22の童話や児童書の中に登場する食事の風景を再現した本。レシピ付。

先日図書館で書架整理をしてる時にふと目についた本。童話って、たとえばどんな童話?と思って開いてみると、開いたそのページに「ぐりとぐら」のカステラの写真が載ってるじゃないですか!
うわあ、あのカステラ、どうやって作ったのか、ずっと気になってたんですよぅ。大人になってからは、きっとちょっと甘めの玉子焼きだろうなと思ってたんですが、小麦粉も混ぜてますしね。(卵を拾ったぐりとぐらが材料として持参したのは、小麦粉、バター、牛乳、砂糖) そもそも、あれは何の卵? というところから、頭の中はいつもはてなマークでいっぱい。卵は1個しかないのに、あんなに沢山の動物に分けられるほどのカステラが作れちゃうし、しかも殻の中に野ねずみのぐりとぐらが2匹とも余裕で入れちゃうんですからねえ。ニワトリの卵じゃ絶対小さすぎるし。もっと大きな卵を生みそうといえば... やっぱりダチョウ?(笑)
ということで、それ以来私の中では、あれはダチョウの卵ということになってるんですが... いや、なぜダチョウの卵が森の中に落ちていたかについては、更に謎が増えちゃうんだけど。それ以前に、あの森の中でカステラを食べてるメンバーからしてあり得ないんだけど。(笑)

で、家に持って帰って、ワクワクしながら読み始めたんですが...
ちなみに、巻末についてるレシピによると、材料はぐりとぐらが持参したものとほぼ一緒。(卵は3つだけど)

1.フライパンに油を塗っておく
2.ボールに卵を割りほぐし、泡だて器で泡立てる。ある程度泡立ったら、砂糖を加え更に泡立てる
3.十分泡立ったら、牛乳を加え更に泡立てる
4.ふるった粉を加え、さっくりと混ぜ、粉が見えなくなったら、溶かしバターを加えて切るように混ぜ、フライパンに流し、表面に霧を吹きかけ...

ここまでは良かったんですが、次の1行で目をむきました。

150度のオーブンで50分ほど焼く

なんですとー!?!
ぐりとぐらのカステラは、焚き火で焼いてるんですよ! それを何ですか、オーブン?
フライパンに入れたのは、雰囲気を出すためだけだったんですか? ナニソレ!!(きーっっ)


読了本に入れるのはやめようかと思ったんですが、やっぱりネタになるのでアップします。(爆)(北方新社)

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上方で算法を収めた町医者の父に幼い頃から手ほどきを受けたあきは、まだ13歳ながらも、算法の学力はかなりの水準。近所の娘たちと浅草の観音さまにお参りに行った時にも、奉納されようとしていた算額に誤りがあるのを見つけてしまいます。算額とは、表向きは勉学の進歩を神仏に感謝するものなのですが、その実態は、自分の学力を大勢の人の前で誇示するもの。奉納しようとしていたのは、江戸での算法の中心的な存在である関流の宗統・藤田貞資の直弟子で、しかも旗本の子弟だったため、町人の小娘のやっつけられた話は算法家の間ですぐに広まってしまいます。そして話は筑後久留米藩の有馬候にまで伝わり、算法好きの有馬候はあきを姫君の算法御指南役に迎えようと考え始めます。しかし、あきがやっつけた相手の師匠・藤田貞資から、横槍が入って...。

先日、掲示板でアッシュさんにオススメしていただいた本。この「算法少女」という題名は、作者の遠藤寛子さんがつけたものではなくて、安永4(1775)年に刊行された和算書「算法少女」からきたものなんだそうです。江戸時代の「算法少女」を書いたと言われているのが千葉桃三という町医者で、それを手伝ったのが娘のあき。遠藤寛子さんが、あきによる前書きを繰り返し読んで、内容を詳しく調べているうちに、徐々に心の中に育ってきた物語なんだとか。
日本古来の数学である「和算」の存在自体は知っていましたが、江戸時代に、これほど和算が庶民の間に広まっていたとは、全然知りませんでしたー。既に相当高いレベルに達していたようですね。正確な円周率の算出方法などもあって、流派の秘伝とされていたよう。そもそも、万葉集にも九九を使った句があるんだそうですよ! 「十六」と書いて「しし」と読ませたり、「八十一」と書いて「くく」と読ませたり。でもそれほどの和算も明治以降はすっかり影を潜め、西洋の数学が中心になってしまったんですって。勿体ないなー。
物語としては、詰めの甘さもあるんです。せっかくの有馬候の御前での算法対決の場面なんかは、もうちょっと盛り上げて欲しかったところ。でも元々は児童書だそうだし、この品の良い語り口には、この展開が合っているのかもしれないですね。いやあ、本当に可愛らしいお話でした。あとは、物語の中に登場する問題とその解き方が巻末にでも載っていれば、尚良かったのにな。これを読んで、数学の問題を解きたくなる人もきっといるはず!(笑)(ちくま文庫)

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岸本佐知子さんの幼い頃、何でも話せる無二の親友だったのは大ニグ、中ニグ、小ニグ。いつの頃からニグになったのかは定かではないけれど、気がついた時にニグはニグになっていました。何でも教えてくれて、何でも聞いてくれたニグ。そのニグによく似たニグに、岸本さんは半年ほど前に出会って... という「ニグのこと」他、雑誌「ちくま」に掲載された全48の文章を集めた本。「気になる部分」に続くエッセイ第2弾。

「気になる部分」(感想) も面白かったんですけど、こちらも面白かったです~。大笑いするというより、始終ニヤリとさせられてる感じ。ほんとこの方の思考回路ってどうなってるんでしょう... それはさすがにネタだろう!と突っ込みたくなる部分もあるんですけど、岸本佐知子さんのことだからやっぱり素なのかもしれない... なんて思ったり。岸本さんの文章には妙に地に足の着いた危なさがあるので、本当のような気がしてくるんですよね。コアラの鼻がはめこみ式だというのも、思わず笑ってしまうけど説得力があるし、漢字が妙なものに見えてくるのは、私自身も時々... でもこの方が生きているのは、本当にこの同じ世界なのでしょうかー。まさかパラレルワールドなんてことは? 息をするように自然に、ふっと別世界に入り込んじゃうんですね。でもこうやって文章を読んでるから面白がってられるけど、妄想の世界に入り込んだ岸本さんと実際に接してる人はどうなんだろう?(笑)
町で出会った人や出来事に妄想が膨らむのも、翻訳の仕事をしながら、思考がどんどん別の方に飛んでいってしまうのも日常茶飯事。この方、実は小説家にも向いているのでは...。「"訳が分からないこと"として片づけられてしまった無数の名もない供述、それを集めた本があったら読んでみたいと思うのはいけない欲望だろうか。そこには純度百パーセントの、それゆえに底無しにヤバい、本物の文学があるような気がする。」という文章が146ページにあるんですが、岸本さんの文章こそ、それのような気がするわ!
イラストが素敵だなあ、そういえば本そのものも素敵だなあと思ったら、装幀とイラストはクラフト・エヴィング商會でした。おお、やっぱり♪(筑摩書房)

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この3年ほど三日月湖の120cm四方の水面を見続けていた91歳のルイスは、その日も高価な海釣り用の竿を持って立っていました。そこに現れたのは、自称飛行貴族の老アルリッチ、昔からこの入り江に住んでいるシドニー・ファート、稀代の嘘つき野郎・ピーター・レンといういつものメンバー。4人は今までにできずに後悔したことの話を始めます。そしてミセス・ウーテンが現れて... という「老いの桟橋」他、全16編の収められた短編集。

アメリカ南部を代表する作家だというバリー・ハナ。処女長編ではウィリアム・フォークナー賞を受賞して、作家としての地位を早くも確立、現在はミシシッピー大学で創作を教えているのだそうです。でも、一応最後まで読んだんですが... うーん、最初から最後まであまり楽しめなかったです。老いや死をテーマに扱った作品が多くて、毒が強いんですよね。訳者あとがきには「きっとハナは、人間の生を逆転した地点から眺めてみたかったのではないだろうか」とあるし、確かにその通りかもしれないなあとは思うんですが...。こういう作品が好きな人にとっては堪らないのかも。強いて言えば、「老いの桟橋」「ふたつのものが、ぼんやりと、互いに襲いかかろうとしていた」「よう、煙草と時間とニュースと俺のメンツはあるかい?」「ニコディマスの断崖」辺りは、比較的受け入れやすかったように思うんですが。(新潮クレストブックス)

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紀元前100年、ローマの貴族の家に誕生したユリウス・カエサル。ローマ史上最大の英雄・カエサルはどのような時代に生まれて、どのような育ち方をしたのか。どのように世に出たのか。前半はカエサルの誕生から若い頃のエピソードを、後半は2000年経っても未だに世界中で読まれている「ガリア戦記」を中心に、有名な「賽は投げられた」のルビコン川までの、カエサルの前半生の姿を描き出します。

先に読んだ「ローマ人の物語 危機と克服」でも何度も名前が登場していて、塩野七生さんのカエサル好きが伺えるなあと思っていたのですが、やっぱりカエサルの部分には力が入っていますね! 「ガリア戦記」を読む前に、と思って読んだんですが、いやあ、面白かったです。
何が面白かったかといえば、肝心の「ガリア戦記」以前。(あらら) 後に圧倒的な天才ぶりを見せ付けるカエサルですが、実は若い頃のカエサルは借金王のプレイボーイだったんだそうで! お洒落には人一倍気を使うダンディぶりで、これぞと思う女性には贈り物攻撃。でも女性関係が派手な割に、相手の女性に恨まれることが全然なかったのだとか。(ここで塩野七生さんの洞察が鋭いです!) お洒落にお金を使い、女性には高価な贈り物、しかも私費で公共事業なんかもやっちゃうんですから、借金は莫大な額になってます。でもその借金をほとんど気にしなかったというのが、やっぱり大物なんですね。自分の資産を増やそうとするわけではなかったというのもポイントなんでしょう。そして借金が莫大な額になると、債権者と債務者の立場は逆転してしまうんですね。知らなかった。(笑)

そんなカエサルが本格的に芽を出し始めたのは、クラッススとポンペイウスと始めた三頭政治とガリアへの遠征。
ガリアとはギリシャ語で「ケルト」のことなんですよね。(それもあって「ガリア戦記」を読もうと思ったわけです) 位置的には現在のフランスとその周辺で、途中2度ブリタニア(現イギリス)にも上陸しています。ウィンストン・チャーチル曰く、このカエサルの上陸をもって英国の歴史が始まったのだとか。(その発言って英国人としてどうよ? と思ってしまいますが) このガリア戦記の部分から見えてくるのは、カエサルの戦略や決断の確かさ、そして度量の広さ。「お前達の命よりも私の栄光が重くなったら指揮官として失格なのだ」なんて発言もあって、部下の心の掴みもばっちり。やっぱりプレイボーイとして遊んで人生経験を積んでいたからこそでしょうかー。(笑) 時には同盟していたはずのガリア人に裏切られることもあれば、味方の兵士たちが浮き足立ってしまうこともあるんですけど、その戦略家としての手腕は確かですね。勝った後の敵の扱い方とかも、見てるとやっぱりすごいなって思っちゃう。

で、「ローマ人の物語」の後に「ガリア戦記」も読みました。やっぱり「ローマ人の物語」を先に読んでおいて良かった、というのが正直なところ。ガリア人の部族名の訳などが微妙に違うので、その辺りは分かりづらかったんですけど、その時ローマでは何が起きていたか、なんてことは「ガリア戦記」だけでは分からないですしね。塩野七生さんが作り上げたカエサルの造形もあいまって、単体で読むよりもかなり理解できたのではないかと。(新潮文庫・岩波文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「ローマ人の物語 ローマは一日にして成らず」1・2 塩野七生
「ローマ人の物語 ハンニバル戦記」3~5 塩野七生
「ローマ人の物語 勝者の混迷」6・7 塩野七生
「ローマ人の物語」8~10 塩野七生 「ガリア戦記」カエサル
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以前」8~10 塩野七生(再読)
「ローマ人の物語 ユリウス・カエサル ルビコン以降」11~13 塩野七生
「ローマ人の物語 パクス・ロマーナ」14~16 塩野七生
「ローマ人の物語 悪名高き皇帝たち」17~20 塩野七生
「ローマ人の物語 危機と克服」21~23 塩野七生
「ローマ人の物語 賢帝の世紀」24~26 塩野七生
「ローマ人の物語 すべての道はローマに通ず」塩野七生

+既読の塩野七生作品の感想+
「コンスタンティノープルの陥落」「ロードス島攻防記」「レパントの海戦」塩野七生
「チェーザレ・ボルジアあるいは優雅なる冷酷」塩野七生

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Note


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