Catégories:“2007年”

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アテーナイとスパルタの間の戦争が続いていた頃。アテーナイの若く美しい夫人・リューシストラテーは、何とか戦争をやめさせようと全ギリシアの女性たちに会合を通告。リューシストラテーは男たちに戦争をやめさせるには、自分たち女性が男性に対して性的ボイコットを行うことが必要だと説きはじめます。そして敵方であるスパルタのラムピトーらの協力を得て、計画を実行に移すことに。

ギリシャ悲劇を一通り読んだので、今度はギリシャ喜劇。ギリシャ喜劇を読むのはこれが初めてです。でも、こちらはあまり読まないかも。基本的にハッピーエンドが大好きな私なんですが、悲劇の方が好きそうな気配が濃厚なんですもん。シェイクスピアも喜劇よりも断然悲劇の方が好きですしね。(シェイクスピアの喜劇で好きなのは「夏の夜の夢」ぐらい)

アリストパネースがこの作品を書いたB.C.412年は、ペロポネーソス戦争(B.C.431-B.C.404)の真っ最中。27年間も続くことになったこの戦争は、アリストパネースの考えるようには終結しませんでしたが、この喜劇の中には当時の情勢に対する諷刺も沢山含まれていました。
リューシストラテーの提案は、要するに夫の夜のお相手をやめて、しかも無理強いされないために、女性たちだけで立て篭もろうということなんですけど(笑)、それを聞いた女性たちの反応がスゴイ。顔をそむけたり、立ち去ろうとしたり、口がへの字になったり、顔色が変わったり、泣いてしまったり... 日本じゃちょっとあり得ない反応かも。(笑) それに対してリューシストラテーが、「あきれた、わたしたち女性ったら、みんな助兵衛ばかりだわ。お芝居がわたしたちを題材にするのも道理だわ」と言うのが可笑しい。実際、後で我慢しきれなかった女性が脱走を企てるという展開もあります。中には、兜を服のおなかに入れて、妊娠中を装って逃げようとするツワモノも。ギリシア人の女性はそれほどまでにお好きなんでしょうか...!(笑) あえて美しい化粧と透けた衣装で男性をその気にさせながら、拒絶するのがポイントなんですよー。
でもパワフルな女性たちの奔放さを描いているようで、あくまでもこの作品は反戦作品。実はとても真面目な作品なんですね。(岩波文庫)

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年老いて、自分の身体が頑固な痛みの詰まった袋に過ぎないと痛感するようになった公爵は、ある時思い立って、広大な敷地内に巨大なトンネルを8本も掘らせることに。そのトンネルは、馬車も通れるという大きいもの。施工には5年もかかります。しかしそのトンネルが何のために作られたのか、公爵が人に明かすことはなかったのです。

作者のミック・ジャクソンの本名はマイケル・ジャクソン。それだとあんまりだっていうんでミック・ジャクソンに変えたら、今度はミック・ジャガーみたいになってしまったんだとか。(笑) 有名人と同姓同名って困りますよね。字が違ってても、例えば呼び出しの時とかに困る、特に空港みたいなところで呼び出されたくないって、以前「シバタキョウヘイ」さんが言ってました。同姓同名の人は時々見かけますが、私が知ってる人はほとんどその有名人と同世代。親がファンで名前を貰っちゃった!ってことではないんですよね。最近は「ヤマグチトモコ」さんがいたなあ... しかもこの山口さんは、全く同じ字でした。まあ、この場合はそれほど珍しい名前じゃないですけどね。親御さんは「智子」って名前をつけただけだし。って、関係ないこと書いてますけど、このミック・ジャクソン、ロックバンドをやってたこともあるようですが、本業は映画監督とか脚本の方なのだそうです。なるほど、この小説も確かにどこか映画っぽい匂いがする構成かもしれません。
最初は人生に疲れた普通の老人に見える公爵が、いかにもイギリス的なユーモアを交えながら描かれていきます。周囲の人々にも奇矯な人物と認識されているようですが、愛すべき老人。時折昔のエピソードが折挟まれるんですけど、それがあまりに断片的で、微笑ましいというよりも危うい印象。老公爵は徐々に狂気に蝕まれ始めていて、気がつけば取り返しのつかないところまでいってしまってました。...ええと、やりたかったことは分かるんだけど、終始淡々と描かれてるので、どうも単調で... 最後は結構強烈なはずなのに、ここもそれまでの淡々とした筆運びに負けてしまったような気がします。そしてこの穴掘り公爵、第5代ポートランド公ウィリアム・ジョン・キャヴェンディッシュ=ベンティック=スコットというモデルがいるらしいんですね。実際にトンネルを掘ったこともあったのだとか。実際にはミック・ジャクソンが作り上げた部分も多いんでしょうけど... この穴掘り公爵、結局そのモデルの影から逃げ切れなかったのかもしれませんね。(新潮クレストブックス)

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宿敵・セレブ・カーナを追ってロルミール入りするものの、キマイラたちに襲われるエルリックとムーングラム。そして辿り着いた無人の城の中には、かつてエルリックが殺した許婚のサイモリルと似た女性が眠り続けていたのです... という「暁の女王」と、ムーングラムと別れてタネローンを出たエルリックは、竜に連れていかれた都市の廃墟で父の亡霊と出会い、父が最愛の妻の元へと行けるようにするために異次元でローズウッドの箱を探すことに... という「薔薇の復讐」の、エルリック・サーガ第3巻。

前巻でコルムが語っていた、エルリックとエレコーゼと共に、ヴァアロディオン・ガニャディアックの塔で闘ったという話が、こんなに早く読めるとは! エルリックにとっては、「暁の女王マイシェラ」でのエピソードの1つだったんですね~。これは、早くコルムとエレコーゼ側の話も読んでみたいなあ。ええと、ホークムーンは登場してませんでしたが、ルーンの杖は登場してました。(笑)
エルリックの世界は、<法>と<混沌>が治める世界。でもエルリックは<混沌>側、エルリックに助けを求めるマイシェラは<法>側、そのマイシェルを脅かすセレブ・カーナとウムブダ王子は<混沌>側。エルリックとセレブ・カーナは共に<混沌>側だというのに敵対してるし、かなり入り組んでます。ナドソコルという町でエルリックを襲ってくるのは<混沌側>の神で、絶体絶命のエルリックを助けるのは<法>の神だし... 最後には自分のお気に入りのシモベを助けるべく、<混沌>のアリオッホが登場するんですけどね。しかも次元が違うと神々のパワーバランスもまた違ってくるようで... そういった部分が、だんだん見えてきました。「薔薇の復讐」でも多元宇宙に関する哲学的な議論が繰り広げられて、その辺りはちょっと難しいです... でも全部読み終わった時にまたここに戻ってくれば、きっとここに書かれていることがものすごく分かるのではないかと思うんですよね。なので、今は書いてあるまま受けとめておくだけで良しとしましょう。(ハヤカワ文庫SF)


+シリーズ既刊の感想+
「メルニボネの皇子 永遠の戦士エルリック1」マイクル・ムアコック
「この世の彼方の海 永遠の戦士エルリック2」マイクル・ムアコック
「暁の女王マイシェラ 永遠の戦士エルリック3」マイクル・ムアコック
「ストームブリンガー 永遠の戦士エルリック4」マイクル・ムアコック

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ヘゲリンゲン王国のヘテル王と王妃ヒルデの間に生まれたクードルーンは、母をも凌ぐ美しい王女に成長し、様々な国からクードルーンへの求婚の使者が送られることに。7つの王国を従えるモールラントの王・ジークフリートや、ノルマンディー王国の王子・ハルトムートもその1人。しかし誇り高いヘテル王はジークフリートに娘を嫁がせることを拒み、王妃ヒルデは、家格が合わないこととを理由にハルトムートの求婚を断るのです。結局クードルーンの心を射止めたのは、隣国ゼーラントのヘルヴィヒ王でした。しかしヘルヴィヒ王とクードルーンの結婚が1年後に決まった時、ジークフリートはヘルヴィヒ王のゼーラントに攻め込み、ヘテル王が援軍をゼーラントに進めている間に、ハルトムートはヘゲリンゲンの城にいた王女クードルーンと62人の侍女を連れ去ったのです。

1230年代に書かれたという長編英雄叙事詩。ドイツの「イリアス」と呼ばれる「ニーベルンゲンの歌」に対して、こちらの作品はドイツの「オデュッセイア」とも評されているのだそう。アイルランド、デンマーク、ノルマンディー、異教徒の国モールラントなどを舞台に3代に渡る壮大な物語。
テンポもいいし、面白いという意味では十分面白いんですけど、叙事詩として比べてしまうと、「ニーベルンゲンの歌」の方が断然格上のような...。人物の魅力的にも、物語の盛り上がりや迫力から見ても、深みから言っても、「ニーベルンゲンの歌」の方が上だと思うんですよねえ。これは、中心となるクードルーンがイマイチのせいもあるかも。...そりゃ美人かもしれないですけど、世の王子さま方はそれだけでいいわけ?!ってほんと思いました。途中でもその高慢ぶりが鼻についたし、最後のハッピーエンドだって、クードルーンの自己満足のように思えてしまうー。 ...と書きつつ、突っ込みどころが満載で、そういう意味ではすごーく楽しめたんですけどねー。(そ、それでいいのか...? と何度思ったことか・笑 ←間違った楽しみ方です)
解説によると、30を超える写本が現存する「ニーベルンゲンの歌」に比べて、こちらには16世紀の写本が1つ残されてるだけなのだそう。だから、中世当時はあまり人気がなかったのではないかとのこと。確かにそれは十分考えられそうです。高い評価を受けるようになったのは、19世紀になってからみたいですね。グリム兄弟の弟・ヴィルヘルム・グリムもこの作品を絶賛してるそうなんだけど... そんな絶賛するほどなのかなあ? いえ、楽しいのは楽しいんですけどね。(講談社学術文庫)

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メアリアン・カーステアズが初めて女性から「性の興奮と知の興奮の手ほどき」を受けたのは、17歳の時のこと。その手ほどきをしたのは、オスカー・ワイルドの姪で、当時パリ社交界の中心にいたドリー・ワイルド。大金持ちではあるものの野暮ったい田舎娘だったメアリアンは、たちまちのうちにドリーに魅了され、様々なことをドリーに教わることになります。その後、メアリアンはジョー・カーステアズと名乗るようになり、数々の女優と浮名を流し、その中にはマレーネ・デートリッヒのような大女優も含まれることに。

ボートレースにも果敢に挑戦してるし、ホエール島を買い取ってからも精力的に活動してるし、表向きには豪快で華やかな生き方のように見えるんです。でもこの作品を読んでいると、その裏に潜む寂しがりやの素顔が透けて見えてきました。お金は有り余るほどあっても、次々に浮き名を流しても、本当に求める愛情はなかなか得られないんですよね。唯一の真実の恋人が失われてしまったのも、言わば自業自得だし、トッド・ウォドリー卿と名付けられた人形への偏愛が怖い... きっと子供の頃に結局得られなかった親の愛情への裏返しなんでしょう。何事においても自分が拒絶されたということを認められなくて、自分から捨てたんだと粋がってみせるところも痛々しすぎ。1920年代というのは、戦争のせいで男性が不足してたこともあって、性的に寛容な時代だったようなんですよね。なのでジョー・カーステアズみたいな人物ももてはやされることになったんでしょうけど、この人もまた戦争の被害者なのかなあ、なんて思ってしまいました。戦争がなかったら、これほどまでに華やかな生活はできなかったでしょうけど、逆にもっと身近なところに小さな幸せをみつけて一生を送ったんじゃないかしら。それにお金がありすぎるっていうのも、絶対マイナス要因ですね。お金に頼りすぎです、彼女。
ジョー・カーステアズ自身にはあまり惹かれなかったんですけど、周囲の人物とのエピソードは面白かったです。カニグズバーグの「エリコの丘から」に出てきたタリューラ・バンクヘッドにニヤリ。「魔性の犬」のクエンティン・クリスプの名前も出てきてびっくり! でもやっぱり一番の話題は、マレーネ・ディートリッヒかな。やっぱりディートリッヒは素敵だったんですね~。(新潮クレストブックス)

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小学校6年生のたかしと小学校3年生の妹のゆうこは、家の壁にかけてある剥製のトナカイの首を見ているうちに、まるでその首が魔法にかけられているような気がしてきます。そして「この魔法をといてあげたらすごいんだけど!」というゆうこの言葉に、たかしは映画で見たいくつかの場面を思い出しながら、呪いを解くような言葉をできるだけ厳かに唱えてみることに。するとその時、トナカイのガラスの瞳の奥で炎が揺れたのです。炎はたちまち瞳いっぱいに広がり、鼻は火のように熱い息を吐き出します。たかしは咄嗟に持っていたロープを枝角にかけるのですが、トナカイに恐ろしい力で引きずられ、しがみついたゆうこもろとも壁穴に引っ張り込まれてしまい、気がつけば一面の枯野に取り残されていました。

子供の頃から気になって何度も手に取ってはいたんです。題名がいかにも私好みそうで。でも表紙や挿絵があまり好みじゃなくて、結局書架に戻してたんですよね。でもどうやらファンタジーを語る時に欠かせない傑作のよう。なので今だにもひとつそそられないままだったんですけど(笑)、読んでみました。
いやあ、とても骨太な作品でびっくりです。端的に言えば、青イヌとトナカイの戦いの物語。でも、きっと無意味な殺戮を繰り返す青イヌは敵側なんだろうな、というのは分かるんですけど、本当にトナカイ側が善で青イヌ側が悪なのかは、読んでいてもなかなか確信が持てないんですよね。読者が確信を持てなければ(って、分かってなかったのは私1人かもしれないんですが)、主人公のたかしやゆうこも当然分からないわけで...。突然知らない世界に放り込まれた2人は、どちらが信じられるのか自分自身で感じなければならなくなります。トナカイにはトナカイの論理があり、青イヌには青イヌの論理があるんです。もしこの物語で2人が最初に出会ったのが青イヌ側だったら、話の展開は全然違ってしまっていたかも。話としてはC.S.ルイスのナルニアに構造的にかなり似てると思うんですけど、善悪二元論にならないところがナルニアと違う... というか、日本の作品らしさなのかな。日本にも善悪二元論の作品は沢山ありますけど、敵にも言い分はあるって話も多いですよね。
文明社会の中で生き抜くのも大変だけど、大自然の中を生き抜くのはそれよりも遥かに過酷なこと。どうしても動植物を問わず他者の命を奪わなければ、自分自身が生きていくことはできないわけです。でも奪った命を尊厳を持って扱うかどうかが問題なわけですね... という部分で中沢新一さんのカイエ・ソバージュシリーズを思い出してしまいました。全5冊のうち、3冊で止まってるんです... 読まなきゃ!
読む前はなんとなくアイヌのイメージを持っていた作品なんですが、作者の神沢利子さんは幼少時代に樺太(サハリン)で暮らしていたのだそう。この雪と氷が果てしなく続く大地のイメージは、そちらのイメージだったんですね。(福音館文庫)

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日常&読んだ本logのつなさんが読んでらして、気になった本。(記事) 宮澤賢治作品といえば、本当に有名どころしか読んでないのに大丈夫かしら、という心配もあったんですが、結果的には全然問題ありませんでしたー。良かった。知らない本が沢山出てくると「読みたい、でも読めない」で妙に苦くなることがあるんですけど、この本はそれほど作品を知らないながらもとても楽しめたし、穏やかに「ああ、また今度改めて読んでみよう」という感じ。もちろん、紹介されてる本が読みたくてうずうずするようなのもいいんですけどねー。今の私の気分にはちょっとツラいので。で、この本の表紙を見た時に「迷宮レストラン」(感想)を思い出したんですけど、数々の料理が鮮やかな写真で紹介されていた「迷宮レストラン」(とても綺麗でした!)とは一味違って、こちらは表紙と同じ出口雄大さんの挿画がとても柔らかくて、これも素敵でした。
後に菜食主義で粗食になってしまう宮澤賢治ですが、意外とハイカラで贅沢で新し物好きだったんですね。育ったおうちもなかなか裕福だったようですし。言われてみたら、確かに裕福な生活を知らなければ書けないような部分も多かったなあと思うんですが、実際には「雨ニモマケズ」のイメージが強いのでちょっとびっくりでした。生前には作品は全然売れなかったと聞いてましたしね。今は当たり前のようにあっても、当時はきっと贅沢だったりハイカラだったりしたんだろうなあというものや、その頃の日本人はあまり好まなかったという食べ物がいっぱい登場します。食に対する冒険心があった人なんですね。例えば「ビフテキ」「サンドヰッチ」といった言葉からも、そんなハイカラな雰囲気が伝わってきますね。そして忘れちゃいけないのは、幻想的な食べ物や飲み物。「チュウリップの光の酒」、飲んでみたーい。

そしてこの本を読んでいて一番読みたくなった宮沢賢治作品は、「十力の金剛石」。角川文庫版「銀河鉄道の夜」に入ってたので、これだけは読んでみました。これは、王子が大臣の子と虹を追いかけるうちに一面の宝石の世界に迷い込む話。ここではトパァズやサファイアやダイアモンドの雨が降り、野原には天河石(アマゾンストン)の花に硅孔雀石(クリソコラ)の葉を持つりんどう、猫睛石(キャッツアイ)の草穂、かすかな虹を含む乳色の蛋白石のうめばちそう、碧玉の葉に紫水晶の蕾を持つとうやく。琥珀や霰石(アラゴナイト)の枝に真っ赤なルビーの実を持つ野ばら。それだけ美しい場所なのに、草も花も「十力の金剛石」がまだ来ないので「かなしい」と歌うんですね。みんなが待ち望む「十力の金剛石」とは一体何なのか...
宝石の場面もワクワクしますし(漢字で書く宝石名が、また好みなんです♪)、その後の優しい情景もとても素敵です。(平凡社・角川文庫)


+既読の宮澤賢治作品の感想+
「宮澤賢治のレストラン」中野由貴 「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「注文の多い料理店」「風の又三郎」「銀河鉄道の夜」宮沢賢治
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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