Catégories:“2007年”

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amazonの本の紹介によると、
「指輪物語」「ゲド戦記」「ナルニア国ものがたり」。子どもたちを、そして今や大人たちをも惹きつけてやまない、魔法ファンタジーの不思議な魅力の秘密を解きほぐしていく。伝承の世界にその系譜を探り、細部のリアリティにその力を見出し、さらにそこには危険な罠すらひそんでいることも明らかにする、本格的な案内の書。
とのこと。脇明子さんの訳してらっしゃるファンタジー作品を何冊か読んでいるので、手に取ってみたんですが...

書かれていることに頷ける部分もあるし、「ゲド戦記」や「指輪物語」「ナルニア」についても興味深いことが書かれていたのに、しかもせっかくケルト神話やアーサー王にも触れられていたのに、なんかカチンと来てしまって、あまり楽しめなかったです...
なんだか上から目線の決めつけが多いように感じてしまったんですよね。例えば、ライトノベルやゲーム、アニメを十把一絡げに切り捨ててみたり。「ご都合主義のライトノベルの類が、読むに値しない本であることはかんたんに説明できる」とかね。いや、ライトノベルにご都合主義の作品は多いのかもしれないし、批判するのはいいんです。でもね、この方は、本当にライトノベルを読まれたことがあるのかしら? 1冊や2冊手に取ってみただけで、他の人から話を聞いただけで、全体を批判してしまってるのでは? そんな印象を受けました。私もあまり詳しくないですけど、私自身が読んだいわゆるライトノベルと呼ばれるレーベルの作品は、ご都合主義の作品ばかりじゃなかったですよ! 確かに一部を見て全体が分かることだってあるけれど、この方の場合は、一部から全体像を決め付けすぎのように感じられてしまいます... それもきっと、上から目線だからなんだろうな。主観的な意見が、既成事実であるかのように書かれているのも気になるし。
そしてもう1つ。「読むに値するファンタジー」の話は沢山出てくるんですけど、そうでない作品、脇明子さんが「とうていいいとは思えないようなファンタジー作品」とは何なのかというのが書かれていないところも疑問。これはきちんと書いて欲しかった。なぜ「具体的に作品名を挙げるわけにはいかない」のか私には理解できなかったし、具体的な作品名がない限り、読者が自分でその作品のことを改めて考えることもできないわけじゃないですか。具体的な作品名を挙げることによって様々な問題も出てきてしまうのかもしれないけど、ここまで書いておいて、それは中途半端ですってば。そういう部分が抜けてるから、この本全体が上っ面だけのことに見えてきてしまうのではないかしら。なんて思いました。エンデの「魔法のカクテル」とダールの「チョコレート工場の秘密」についての否定的な意見は、きちんと書かれてたんですけどね。

ただ、これだけは絶対的に同意できるというのがありました。それは、「ナルニア」は全7巻を一気に読むのではなく、1冊ずつじっくりと読み返して、馴染んでから次に進んだ方がいいということ。「たとえ最後で裏切られたように感じても、それまでにゆっくりと育ててきた愛情が色褪せてしまうことはなかっただろう」というのは、まさにその通りだと思いますね。そういう意味でも、子供の間に読んだ方が幸せな本の1つだと思います。...でもだからって、「ナルニア」のこの激しいネタバレは許されないですけどね! 「ナルニア」を最後まで読んでない方は、読まない方が身のためです。(岩波新書)

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ある日怪物のように大きな海豹に出くわした漁師は、重い銛を首のすぐ下に打ち込みます。しかし海豹は血走った目で漁師を禍々しく睨んだかと思うと、海に飛び込んで姿を消してしまったのです... という「漁師とドラウグ」他、全11編が収められた短編集。

先日ノルウェー民話の「太陽の東 月の西」を読んだ時に、日常&読んだ本logのつなさんに教えて頂いた本。(私の感想と、つなさんのこの本の記事はコチラ) ノルウェーといえば、それこそ「太陽の東 月の西」の編者アスビョルンセンぐらいしか知らなかったんですけど、ヨナス・リーはノルウェーの国民的作家なのだそう。海と漁師の現実の生活を描いたものや、民間伝承を元にした作品を多く書いているそうで、この本は後者の方ですね。ただ、民間伝承を元にしているとは言っても、ヨナス・リー自身の筆がかなり入っているようです。まさに民話といった素朴さが魅力の「太陽の東 月の西」に比べると、つなさんも書いてらっしゃいましたけど、こちらは物語としてかなり洗練されてる感じがしました。
ノルウェーの民話といえばトロルがいるんですけど、この作品に登場するのはドラウグという海の魔物。私は初耳だったんですが、これもノルウェーならではの存在なんだとか。姿は様々で、ある時は「漁師とドラウグ」で登場したように海豹そっくりの顔で、口が耳まで裂けていたり、別の時は船乗りの服を着ているのに頭がなくて、その代わりに海草の塊を載せていたり。頭がないせいか、帽子を深く被っていることも多いみたいです。なんとも気持ちの悪い存在のようですね... そして、姿は変わっても、「海でドラウグに出会った者は近いうちに溺れて死ぬ」というのが共通点。こういうのは、やっぱり北の海にこそ相応しい気がします。南の海にいたとしても怖いと思いますけどねー。雰囲気がまた全然違ってきちゃう。

幻想的だったり怪奇的だったりと、どの物語も北欧の雰囲気がたっぷりでそれぞれに面白かったですが、11編の中で特に気に入ったのは、ラップ人の少女といつも一緒にいた少年の物語、「ラップ人の血」。ラップ人の少女の家族は不思議な物語を沢山知っていて、少年は両親に禁じられてたにも関わらず、そこの家にいつも遊びに行くんですね。そうか、ラップ人って差別されていたのか... なんてところに無知な私なんですが、確かにラップ人といえば精霊信仰だし、キリスト教とは相容れないでしょうね。遊牧民族だから、尚更なかなか布教されないでしょうし。でも、キリスト教と異教が緩やかに混ざり合っている感覚もとても面白かったし、海の中の情景がとても美しかったです。(国書刊行会)

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ブルターニュに伝わるケルトの民話集。呪われた男・呪われた女、ドルメンとメンヒル、死者の国、海のものがたり、魔法と冒険という5つのジャンル別に民話を収録、全17編。

こちらにもイスの町伝説が載ってたので、借りてきました。昨日に引き続きのブルターニュのケルト物。でも、これまでアイルランドやスコットランドのケルト物ばかり読んでたので、同じケルトとは言ってもブルターニュともなると随分雰囲気が違うなあってびっくりしてます。登場する妖精も全然違うし、話のパターンもなんか違う。キリスト教とドルイド教が渾然一体になっている印象は共通してるんですが、全体的にあんまりケルトの雰囲気はしなかったですね。グリム童話の中に入っていてもおかしくないような話もあったし。私としては、いかにもアイルランドやスコットランドのケルトの雰囲気が感じられる素朴な話の方が好きだなあ。
17編の中では、やっぱりイスの町の物語が面白かったです。この本には、イスを沈めることにしたダユーが婚約者に鍵を渡す話と、クリスマスの晩に海岸を歩いていた漁師が海に落ちて、海底のイスの町に行ってしまう話の2編が入っていました。イス... 行ってみたいような行きたくないような。一度行ってしまったら、もう帰れないかも。
あと、青髭の話もありました。「コモール」という作品に登場するコルヌアイユのコモール伯爵が、ジル・ド・レーと並んで「青髭」のモデルとされているのだとか。奥さんが次々に亡くなって(というか殺して)、5人目に求婚する話ですが、決して見てはいけない部屋なんていうのはなかったです。(笑)(現代教養文庫)

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今は亡き王妃・マルグヴェンの忘れ形見である王女ダユを溺愛するコルヌアイユの王・グラドロンは、ダユの望むまま、海のそばに美しい都を作り上げます。ダユはそこで享楽的な生活を送ることに。

5世紀に海没したと言われるイスの町の伝説。コルアヌイユは、フランスのブルターニュ地方にあります。ブルターニュという土地は、元々ケルト色の濃い場所なんですよね。「ブルターニュ」という名前も、アングロ・サクソン人に追われてブリテン島から逃げて来たケルト人がブルトン人と呼ばれたことからきているし。そういえば「トリスタンとイゾルデ」で、イゾルデの出身地がコルアヌイユになってるんですけど、同じ場所ということでいいのかしら? ...この作品は、シャルル・ギヨが各地に残る断片的な伝説を拾い上げ、キリスト教の聖者伝やギヨ自身の創作を交えて物語として作り上げたものだそうです。イス(YsまたはIs)というのは、「低い町」の意味。湾を埋め立てて海面より低い場所に作られていたためについた名前。フランスの首都・パリの名前の語源とも言われています。「Par Is」とは、「イスに匹敵する」という意味で、伝説の都・イスのようになりたいという願いが込められた名前。いつかパリが滅びた時にイスはもう一度海の底から蘇り、フランスの首都として君臨すると言われているのだそうです。

一見、とてもキリスト教的な物語。マルグヴェン王妃を失って一度は自暴自棄になっていたグラドロン王は、キリスト教徒になることによって立ち直るんですが、娘のダユがそれに反抗します。聖者たちにとってダユは淫婦でしかないし、イスの町は丁度ソドムとゴモラみたいな存在なんでしょうね。結局、ダユは悪魔によって身を滅ぼすことに...。でもそれはキリスト教側からの一方的な言い分。ダユの母親のマルグヴェン王妃は、王との出会い方から考えると、おそらく妖精です。なので娘のダユも妖精の血を引いていることになります。だからこそ、ダユはキリスト教化された王都に我慢できないし、イスの町にも教会を作ろうとしないんです。それどころかイスの町のことで、「古い宗教の女祭司」たちに助けを求めています。イスの町は人間の目には見えない妖精(コリガン)たちによって手入れされていますし。
ダユという名前はケルト語では「良き魔女」という意味だとありました。となると、元々この伝説には違う意味があったということなのでは? この作品はキリスト教が異教を排除したという象徴的な物語になってるんですけど、もしこの伝説の中にキリスト教的要素が全く入っていなかったら、一体どんな感じだったんでしょうね?

海底に沈んだイスの町は、ケルトの他界になってしまったようです。晴れた日は海底に沈んでいる尖塔が見えるとか、波の静かな日は教会の鐘の音が聞こえるとか... 思いがけなくイスの町に行ってしまったというエピソードも色々あるようですね。その共通点は、訪れた人間が1つの行為を行わなかったせいでイスの町は蘇ることができなかった、というもの。もし店で買い物をしていれば、ミサの答唱に応えていたら、イスは蘇ることができたのに。...でもイスが蘇ったら、パリはどうなるんだろう...?(鉱脈社)

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ケルト物3冊。「ケルト妖精民話集」は、J.ジェイコブズの「Celtic Fairy Tales」「More Celtic Fairy Tales」から16編の妖精物語を選んで収録したもの。「ケルト幻想民話集」は、同じくJ.ジェイコブズの2冊からのフィン・マックールやクーフーリンなどの英雄伝説と、P.W.ジョイスのダーマットとグラーニアの物語。「ケルト魔法民話集」は、P.W.ジョイスによるルーグやフィン・マックールの物語3編と、J.F.キャンベルの「ケルト海竜物語」。

英雄物語や神話的な物語は知ってるものが多かったんですが、妖精物語は比較的初めてのが多くて新鮮でした。「白雪姫」と「シンデレラ」の別バージョンもありましたよ。ケルトの「白雪姫」は、「金の木と銀の木」。「金の木」が王女の名前で、「銀の木」はお后さまの名前です。この物語で怖いのは、白雪姫のように継母が美しい継娘に嫉妬するのではなく、お后さまが実の娘を嫉妬して殺そうとするというところ。しかも王様、実の娘の心臓と肝臓を食べたがるお后さまを止めようとはしないんですかーっ。母親には山羊の心臓と肝臓を食べさせておいて、娘の方は丁度求婚しに来ていた外国の王子に嫁がせて外国にやってしまえばそれでオッケーだなんて、なんて安易な男なんだっ。(驚)
そしてケルトの「シンデレラ」は「フェア、ブラウン、トレンブリング」。これは3人の娘の名前で、トレンブリングがシンデレラ。妖精のおばあさんにあたる鶏飼い女(スコットランドでは、鶏を世話する女には魔力があるとされていたらしいです)にどんなドレスがいいか聞かれたトレンブリングの答は、最初は「雪のように白いドレスに緑の靴」、次は「とびきり上等の黒繻子のドレスに赤い靴」、最後は「腰から下はバラの赤、腰から上は雪の白、肩には緑のケープ、頭には赤、白、緑の羽つき帽子、靴は爪先が赤、中程は白、裏とかかとは緑」。...な、なんかものすごい趣味なんですけど... しかも随分と自己主張のはっきりしたシンデレラですねー。でもそれだけしっかりしてるトレンブリングも、無事結婚したら油断したのか、お姉さんが原因でエラい目に遭うんですけどね。

私は3冊とも現代教養文庫版で読んだんですが、既に絶版。最初の2冊は文元社というところからハードカバーが出ていたので、画像のはそこのを使ってみました... が、ハードカバー、高い! もう少し調べてみると、同じジョーゼフ・ジェイコブズで「ケルト妖精物語」という本が2冊出てるんですよね。これはおそらく原本が一緒なのではないかと...。ゲール語からの完訳だそうなので、今から読もうと思われる方は、こっちを読まれた方がいいのかもしれません。表紙もこっちの方が綺麗ですしね。訳者さんは違いますが。(現代教養文庫)

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竜の島メルニボネの初代魔術皇帝から数えて428代目の直系に当たる白子の皇帝・エルリックは、薬と薬草の力によって生きながらえているという皇帝。従兄のイイルクーンがその座を狙っているものの、恋人のサイモリルとの平和な時間を楽しんでいました。しかしそんなある日、新王国と呼ばれる新興人類の国からメルニボネの夢見る都・イムルイルへの襲撃があり、迎え撃った戦いの場でイイルクーンがエルリックに公然と反旗を翻したのです。

本読みの憂鬱の森山樹さんにずーっとオススメされてた作品。他にも絶賛してる方は多いし、井辻朱美さんの訳で復刻されたし、気になってはいたんですが、なかなか読めず... ようやく読めました!

その膚は野ざらしのどくろの色、肩より長く垂れ落ちる髪は乳酪のように白い。細面の美しい顔からのぞくのは、つりあがった愁わしげな深紅の双眼、ゆるい黄色の袍の袖口からあらわれたほっそりした手もまた骨の色、それが巨大なただひとつのルビーから刻みだされた玉座の、両の肘かけに置かれている。

そんな描写から始まる、エルリック・サーガの第1巻。ここには「メルニボネの皇子」と「真珠の砦」の2つの長編が収録されています。
作者のマイクル・ムアコックはイギリス生まれながらもアメリカに移住したと聞いてたし、本に載ってる写真がカウボーイハット姿なので(笑)、この作品もいかにもアメリカ的なヒロイック・ファンタジー(ちょっと苦手)かと思っていたんです。が、主人公は予想外に内省的な人物でした... 暗い。(笑) エルリックは白子なので、見た目にも明らかに他のメルニボニ人とは異なってるんですけど、中身も違います。残酷なまでにあっさりと事を決定していくメルニボネの人々に対して、平和主義なのか事なかれ主義なのか、エルリックの行動や決定は、もう本当に歯がゆいほど。神々の中にただ1人迷い込んだ人間みたい。でもそんなエルリックでも、一度新興人類の王国に行ってしまうと、十分人間離れしてましたが。(笑)
エルリックは、身体的には薬がないと生きていかれないほど虚弱なんだけど、その反面、魔剣ストームブリンガーを使いこなせるほどの精神力の持ち主。でもそのストームブリンガーは、混沌の神に忠誠を誓って得たもの。剣で人々の魂を吸い取って、混沌の神に捧げ続けているんですね。これは、エルリック本人は善を成したいと考えていても、その裏には必ず悪魔が控えているようなもの。それでもストームブリンガーを手放せないエルリック。...何ていうかエルリックの中にはものすごく沢山の矛盾があるんですね。それがエルリック一番の魅力なのかもしれません。
でも、私としては混沌の神・アリオッホがものすごーく気になるんですよねえ。その姿は美青年、しかし目だけは老いた聡明さと邪悪さを持っているというアリオッホ。彼の話をもっと読みたいなあ。

続きも読もうと思ってますが、これはもう少し後で。1話ずつ完結してるようなので、ゆっくり追いかけられそうです。でも作品が長くて本が分厚くなるっていうのはいいんですけど、こんな風に2つの長編が1冊にまとめられちゃってるっていうのはどうなんでしょ。1つずつでも普通の厚みになったでしょうに。こういうのっていやー。しかもこれ、ハヤカワ文庫SFに入ってますけど、今のところはFTの方がずっと相応しい感じなんです。...それも手に取るまでに時間がかかった理由の1つなんですよね。(ハヤカワ文庫SF)


+シリーズ既刊の感想+
「メルニボネの皇子 永遠の戦士エルリック1」マイクル・ムアコック
「この世の彼方の海 永遠の戦士エルリック2」マイクル・ムアコック
「暁の女王マイシェラ 永遠の戦士エルリック3」マイクル・ムアコック
「ストームブリンガー 永遠の戦士エルリック4」マイクル・ムアコック

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旧ユーゴスラヴィアと北アイルランドの平和のために孤軍奮闘して、へとへとに疲れてアメリカに帰ってきた魔法管理官(マジド)のルパート。しかし翌日にはコリフォニック帝国の司法審問への召喚状が届きます。コリフォニック帝国は、ルパートの受け持ちの世界の中でも最も不愉快な管理区の1つ。そしてようやく戻ってきたルパートにかかってきたのは、スタン・チャーニングが死に掛けているからすぐ来いという電話。スタンはルパートとその2人の兄をマジド協会に引き入れた人物。ルパートが知っていることはほとんど全部スタンから教わったことなのです。駆けつけたルパートに、スタンは自分の後釜のマジドを選んで育てることを指示。スタンは既に候補者のリストも作っていました。

日頃は主にゲームソフトのデザインの仕事をしながら、「魔法管理官(マジド)」の仕事もしている、ルパートが主人公。新人のマジド選びと、別世界のコリフォニック帝国の紛争の後始末という難題2つを抱えて、しかも周囲に振り回されまくってもう大変、という展開。
DWJの作品を読むのはほんと久しぶり。DWJは私にとって、作品によって好き嫌いが分かれる作家さんなんですが、これは面白かったです~。まさにDWJらしい、絡み合った混沌ぶりを楽しめる作品。捻り具合もいい感じ。特に関係者のほぼ全員が集合することになるイギリス幻影大会(ファンタズマコン)というのが楽しいんですよねえ。そして中心的なモチーフとなっているマザーグースの「バビロンまでは何マイル」の使い方も素敵でした。2連目以降はダイアナ・ウィン・ジョーンズ自身による創作なんですが、まるで元々存在していたみたい。しかも物語の展開に非常に効いてて良かったです。
ただ、これは「花の魔法、白のドラゴン」の前日譚的作品なんです。とは言っても、共通点は「花の魔法~」に登場するニックがこちらにも登場してるという程度なんですが、そっちをすっかり忘れているので、それが勿体なかったかも。ニックが出てたのは覚えてるし、忘れてても本筋には影響しないんですが、この本での出来事がニックの人格形成にかなり影響してたというのだけは覚えてるので...。やっぱりこういうのって順番通りに読みたいですね。(訳してもらえただけでも有難いのですが!)(創元ブックランド)


バビロンまでは何マイル? ......How many miles is it to Babylon?
三かける二十と十マイル。 ......Threescore miles and ten.
蝋燭の灯で行けるかな? ......Can I get there by candle-light?
ああ、行って帰ってこられるさ。 ......Yes, and back again.
足が速くて軽ければ ......If your heels are nimble and light,
蝋燭の灯で行けるとも。 ......You may get there by candle-light.


+シリーズ既刊の感想+
「花の魔法、白のドラゴン」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バビロンまでは何マイル」上下 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ

+既読のダイアナ・ウィン・ジョーンズ作品の感想+
「魔法使いハウルと火の悪魔」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「アブダラの空飛ぶ絨毯」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「デイルマーク王国史」1~4 ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「わたしが幽霊だった時」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法使いはだれだ」「クリストファーの魔法の旅」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔女と暮らせば」「トニーノの歌う魔法」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法がいっぱい」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
留守中に読んだ本(18冊)(「マライアおばさん」「七人の魔法使い」「時の町の伝説」の感想)
「呪われた首環の物語」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「いたずらロバート」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ダイアナ・ウィン・ジョーンズのファンタジーランド観光ガイド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「バウンダーズ」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「星空から来た犬」「魔空の森ヘックスウッド」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ウィルキンズの歯と呪いの魔法」「海駆ける騎士の伝説」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「うちの一階には鬼がいる!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法!魔法!魔法!」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「ぼくとルークの一週間と一日」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「牢の中の貴婦人」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「魔法の館にやとわれて」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
「キャットと魔法の卵」ダイアナ・ウィン・ジョーンズ
Livreに「ダークホルムの闇の君」「グリフィンの年」「九年目の魔法」の感想があります)

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