Catégories:“2007年”

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須賀敦子さんの全集の第2巻。これは既読の「ヴェネツィアの宿」(感想)と「トリエステの坂道」(感想)、そして1957年から1992年までのエッセイが収められた1冊。以前、手元の本の文庫のカバーが2巻なのに中身が1巻でびっくりしたと書いたんですが、その後無事に版元さんに交換して頂けました♪ 文庫版の全集では、まだ5巻が発刊されていないので、今のところこれが最後の1冊です。やっぱりこの辺りのエッセイはいいですねえ。読んでいてとても好き。でも「ヴェネツィアの宿」と「トリエステの坂道」については以前感想を書いたので、まあいいとして。今回は全集でしか読めない1957年から1992年のエッセイについて。

須賀敦子さんは、まずフランスに留学して、それからイタリアへと行って、結局そこで結婚することになるんですけど、今回このエッセイの中では、フランスとイタリアの違いについて時々触れてらっしゃるのが印象に残りました。フランスには2年滞在したのに、フランス語「いっこうにモノにならなかった」のに比べて、イタリアにはたったの2ヶ月の滞在で日常会話に不自由しない程度に話せるようになったという話。もちろん、英語やフランス語は日本の学校での勉強、イタリア語は現地の外国人大学だったという環境の違いは大きかったでしょうし、フランスでは随分嫌な思いもしたのに比べて、イタリアでは須賀さんが1つ単語を覚えるたびに喜んでもらえたりして、それもあってイタリア語にはずるずるとのめりこむように取り組んだのだそう。

パリの早口のフランス語になやまされていた私は、イタリアに来て、ほっとした。まだほとんどその国のことばは知らなかったのだが、イタリア語のゆるやかさ、音楽性がたいそう身近で、やさしい感じをうけたのである。そのせいか、自分にもわからぬ速さ、自然さで、イタリア語をおぼえることができたように思う。

ああ、分かるなあ、って思っちゃいました。私もフランス語を断続的に何年か勉強してるんですけど、全然モノにならないままなんですよね。って、もちろん私の勉強不足が最大の要因なんですが(笑)、いくら勉強しても話せるようになる気がしないんです。須賀さんがたったの2ヶ月でイタリア語の日常会話を操れるようになったと聞くと、すごい語学の天才?!って感じだし、実際才能はある方なんでしょうけど、でもイタリア語だったらそれもあり得るかもって思うんです。
私が以前フランスに行った時は、励ましてくれるような人こそいても、意地悪するような人には当たらなかったので、別に須賀さんみたいにフランスに対して悪印象を持ってるわけじゃないんですけど... やっぱり日本語とイタリア語って、発音的にも相性がいいと思うんですよね。それに確かに音楽的で耳にやさしいし、フランス語よりも聞き取りやすそう。実際、以前イタリアに行った時に、事前に初心者用の本をざっと見ていた程度だったのに、お店の人や街の人たちが言ってることもなんとなく分かる部分が多くて、びっくりした覚えがあります。「フィレンツェに何日いるの?」と聞かれて、ごく自然に「10日間」って答えていたり。本屋で地図を調べていたら、現地のおじさんたちが「どこに行くんだ?」と一緒に探してくれて、文章にはならないながらも、なんとなくコミュニケーションが取れていたり。私の場合、大学の第二外国語がスペイン語で、スペイン語とイタリア語って同じ日本語の中の方言のように似てる部分が多いので、ある程度素地ができていたとも言えると思うんですが。
もしかしたら自分にはイタリア語の方が向いてるかも、なんて思いつつフランス語を続けていたんですけど、やっぱり自分にとってはイタリア語の方が居心地がいい言葉かもしれないなあ、って改めて思っちゃいました。来年はイタリア語に挑戦してみようかしら? 現地で勉強、なんてことは到底できないし、せいぜいNHKのラジオ講座ぐらいなんですけどね。もちろんイタリア語にはイタリア語の難しさがあるでしょうし、1つの単語を覚えるたびに喜んでくれるイタリア人気質の後押しは期待できないので(笑)、とてもじゃないけど数ヶ月でマスターなんてできないでしょうけど、もしかしたら私も私なりに、ずるずるとのめりこんでしまうかもしれないなあ、なんて思ったりします。(河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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キャンディは、ミネソタ州のチキンタウンで生まれ育った少女。チキンタウンの歴史について調べた宿題が原因でひどく怒られたキャンディは、この2日ほど心の中でうねっていた海の波に呼ばれるように、そのまま学校を飛び出してしまいます。そして辿り着いたのは、朽ち果てて骨組みを遺すばかりの塔がそそり立っている場所。そして出会ったのは、ジョン・ミスチーフとその7人の兄弟。ミスチーフたちは何者かに追われており、ミスチーフに頼まれたキャンディは、言われるがままに灯台だというその塔に登り、火を入れることに。そして火がついた時、どことも知れない虚空の果てから、怒涛の海が打ち寄せてきたのです。

アバラット4部作の1作目だそうです。1冊ずつで完結してるのかと勝手に思い込んでたんですけど、思いっきり続き物だったんですね...。完結してから読めば良かったな。
突如現れた海の向こうには、「正午の島」から「25時の島」までの25の島々が浮かぶ世界があって、それぞれの島には人間だけでなく様々な異形の存在も... というアバラットの世界を舞台にした冒険ファンタジー。この辺りの設定は巻末の「『クレップ年鑑』抜粋」に書かれていて、この年鑑抜粋がかなり好みでした。でも、話は重厚だし、キャンディが実際に異世界に行く方法も面白かったし、アバラット側の登場人物もそれぞれに強烈(1人ずつの人物の過去のエピソードだけでも1冊書けそうなぐらい!)なんですが... うーん、実際に読んでる間はイマイチ入りきれなかったかな。「『クレップ年鑑』抜粋」を先に読んでいれば、また違ったのかもしれないんだけど... なんだか文字を目で追うだけの読書になってしまいました。私が読んだ文庫には挿絵がないんですけど、ハードカバーには著者自身による挿絵がたっぷり使われているそうなんですよね。そちらを読んだ方が異世界や異形の存在を理解しやすかったかも。
それとは関係ないんですが、元々児童書として出てる本にしては翻訳の文章が大人向けな感じでちょっとびっくりでした。いや、全体的には読みやすかったんですけど、時々あれ?と思うような単語や言葉遣いがふいっと出てきて、そのたびにびっくりするんですよね。まあ、それもまた雰囲気作りに一役買ってる気がしますが。(ヴィレッジブックス)

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全集の第3巻。20世紀フランスを代表する作家の1人、マルグリット・ユルスナールの作品や登場人物、そしてユルスナール自身に、自分自身の軌跡に重ね合わせていくエッセイ「ユルスナールの靴」。旅を通して出会った様々な人や訪れた街。そこで出会った建造物について書いた12のエッセイ「時のかけらたち」。ユダヤ人たちが高い塀に閉じ込められるようにして住んでいたゲットと呼ばれる地区、トルチェッロのモザイクの聖母像、コルティジャーネと呼ばれる高級娼婦など、主に水の都・ヴェネツィアの影の部分を訪れた旅と記憶の旅「地図のない道」。そして1993年から1996年にかけての18編のエッセイ。

全集の中でも、妙に読むのに時間がかかってしまった1冊。でも決して読みにくかったのではなくて、なんだか思考回路がどんどん広がりすぎてしまったせい。特に「ユルスナールの靴」は、ユルスナールの作品を実際に自分で読まなければという焦燥感に駆られてしまって... 結局は読まずに1冊手元に用意しただけで終わってしまったのだけれど。
その「ユルスナールの靴」の冒頭はこんな文章。

きっちり足に合った靴さえあれば、じぶんはどこまでも歩いていけるはずだ。そう心のどこかで思いつづけ、完璧な靴に出会わなかった不幸をかこちながら、私はこれまで生きてきたような気がする。

次の「時のかけらたち」は、実際に足が踏みしめて歩くことになる石畳の道の話がとても印象的だったし、「地図のない道」は、人間としての足場や立ち位置を考えさせられるしエッセイ。この3巻は、「足」がテーマとなるものばかり集めたのかな?
意外な収穫だったのは、「時のかけらたち」の「舗石を敷いた道」の章で語られる「アエネーイス」の話。これは、須賀さんが日本に帰ってしばらくすると、歩きにくいはずの舗石の道が無性に懐かしくなるという話が発展して、ウェルギリウスの「アエネーイス」の中の描写へと話が広がるんですけど、以前「アエネーイス」を読んだ時に納得しきれていなかった部分が、須賀さんの文章を読んですとんと腑に落ちてしまいました... とは言っても、「アエネーイス」にはそんな部分が多かったので、まだまだ理解しきれてないのだけど。でもやっぱり日本語にするとウェルギリウスらしさや良さがさっぱりなくなってしまうみたいで、その辺りにも納得。って、自分の読解力や理解力を棚に上げて勝手なことを言ってるのは重々承知ですが。(笑)
須賀さんの「アエネーイス」の講義、聴きたかったな~。(河出文庫)


+シリーズ既刊の感想+
「須賀敦子全集1」須賀敦子
「須賀敦子全集2」須賀敦子
「須賀敦子全集3」須賀敦子
「須賀敦子全集4」須賀敦子
「須賀敦子全集5」須賀敦子
「須賀敦子全集6」須賀敦子
「須賀敦子全集7」須賀敦子
「須賀敦子全集8」須賀敦子

+既読の須賀敦子作品の感想+
「トリエステの坂道」須賀敦子
「本に読まれて」須賀敦子
「ヴェネツィアの宿」「コルシア書店の仲間たち」須賀敦子
「こうちゃん」須賀敦子・酒井駒子

+既読の須賀敦子翻訳作品の感想+
「インド夜想曲」アントニオ・タブッキ
「なぜ古典を読むのか」イタロ・カルヴィーノ
「ある家族の会話」ナタリア・ギンズブルグ

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黒ばらさんは、現在135歳になる二級魔法使い。使える魔法は飛行術と変身術だけなんですが、それはドイツのハロケン山にある魔法学校で習ったれっきとしたもの。普段は駅ビルの一室を借りて、悩める人たちの心の相談に乗る仕事をしています... 「黒ばらさんの七つの魔法」は、そんな黒ばらさんの連作短編集。そして「黒ばらさんの魔法の旅だち」は、それから15年後の物語。こちらは長編です。

牧野鈴子さんの表紙がとても綺麗なので気になっていた作品。
黒ばらさんは魔法は2つしか使えないし、大きな魔法を使うと疲れるからって、それほど積極的に魔法を使おうとしないんですよね。もちろん細々としたことでは魔法を使ってるし、必要があればホウキで街中を飛んだりもするんですけど、外国に行く時は普通に飛行機を利用してるし! そうでなくても団地に1人暮らしで、悩み相談の仕事をしてるなんて、あんまり魔女らしくないです。でも逆にそれが現代風の魔女ってところかな~? 魔法が使えるとは言っても、飛行術と変身術だけじゃあ、やれないことがいっぱい。病気を治すこともできません。でも魔法にばかり頼らないところがいいんですね。それに135歳だというのに、見た目は一応40歳ぐらいの黒ばらさん。ベニスで出会ったエメラルドのような瞳をした素敵な青年に恋したりして、その乙女心が可愛い~♪
「七つの魔法」の方では、「黒ばらさんのカンボランダ」が好きでした。これは、かつて「いばら姫」の誕生祝いのパーティに招かれずに腹を立ててたあの魔女が、なぜか今は「地球の土と緑をすくう委員会」なんていうものに入っていて、あらゆる害に強く繁殖力抜群のカンボランダという木を開発、その種を世界中の魔法使いや魔女たちに送りつけてくるという話。ちょっと意外な最後が好き~。
そして、「七つの魔法」では短編同士にあまり繋がりがなくてバラバラな印象もあったんですけど、「魔法の旅だち」には「七つの魔法」の時に出会った少年や、いばら姫のあの魔女が大きく絡んでくる話になってて、こちらは繋がりもシリーズらしくいい感じになってました。前作から15年ぶりの新作ということで、作中でも15年の月日が流れて、黒ばらさんも今や150歳。世の中の魔法ブームのせいで大忙しになってるうちに、なぜか上手く魔法が使えなくなってる黒ばらさん。今度は気づいたら時間の流れがおかしくなってたり、妖精の世界に入り込んでしまったりで、いばら姫の物語や妖精の取替え子の伝説が上手く絡められていて、前回よりもファンタジー度が高い作品。初登場のノームの少年も可愛かったし、こちらも面白かったです。ただ、黒ばらさんの魔法が不調な理由って、それだけだったんですね...。てっきりもっと何かあるのかと思っていたのに。その辺りだけはちょっぴり残念だったかな。(偕成社)

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満開の桜林の中でふるふると優しく鳴っている電話の音、夜になると赤・緑・紫・橙色と足元を淡く照らしてくれるランタン野菜、浅瀬で水浴びをしているオレンジ色のドラゴンたち、北の崖で見つけた白い貝から聞こえる音楽、銀河からじかに汲んだレモン・星ソーダ、夏の花の花びらの花火、雲のレストランの出す様々な雲の料理、家の中にいる人がすっぽりと夕焼けに包み込まれてしまう「夕焼け窓」... 木苺谷を舞台にした24の短編集。

sa-ki さんに教えていただいた本です。
とても短い話ばかりなんですけど、どれもとっても素敵! 年末のこの時期は何かとせわしなくなってきてるんですけど、読んでいるとそんな慌しい心がどんどん和らいでくるような気がします。舞台は木苺谷で、ちょっぴり不思議なことが起きたりもするので、これはきっと架空の世界なんでしょうけど... それでいて現実の世界の延長線上での話のようでもあって、なんだかどことなく懐かしいんですよね。不思議なことは起きるんだけど、それがとても淡いからなのかしら。読んでいると、びっくりするほどすんなりと受け入れられちゃう。
季節にそれぞれ「風の月」とか「氷の月」、「鳥の月」や「虹の月」、「芽の月」「葉の月」「花の月」「実の月」なんて名前がついてるところも素敵だし... たとえば風の月は3ヶ月ほども続く冬のことで、鳥の月はランタン野菜の季節を蒔く時期。星祭りや冬至祭、折り紙の船を飛ばす「船の日」なんていうのもあって、季節の移り変わりやその折々に感じられる色彩がとっても豊か。とっても静かなイメージなんだけど、柔らかくて美しいんです。どの話もとても良かったんだけど、今の季節がら、暖かみが感じられる話に特に惹かれたかな。とっても素敵な本なのに絶版だし、黒井健さんの絵を使った表紙の画像が出なくて本当に残念!(偕成社)


+既読の竹下文子作品の感想+
「風町通信」竹下文子
「木苺通信」竹下文子
「星とトランペット」竹下文子
「窓のそばで」「星占師のいた街」竹下文子
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ

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何度も読みすぎてばらばらになってしまった植物図鑑を直してくれるというルリユールおじさんを探す女の子の物語「ルリユールおじさん」と、様々な場所を旅しては、様々な風景を切り取ってくる「絵描き」の2冊。

いせひでこさんの絵は水彩画。好きな絵といえば、基本的に抽象画だったりする私なんですが、こういう絵はものすごく好き! 「ルリユールおじさん」を読んだあと、思わず「絵描き」の方も手に取ってしまったほどです。色使いがとても素敵で、特に青がとっても綺麗。「ルリユールおじさん」で女の子の着ている青い服、おじさんの着ている群青色のセーター、「絵描き」の中の、昼や夜や夕暮れ時の様々な空の青、海の青。もちろん青以外の色も沢山あるのだけど、それらの色によって一層青が引き立ってるような気がします。
そして私が一番惹かれるたのは、「ルリュールおじさん」の職人さんの「手」。子供の頃から「職人の技」が大好きで、デパートの催し物会場で伝統工芸の実演販売なんかをしていると、思わず見入ってしまう習性があった私。自分でも色々と手を出したことはあるんですが、「ルリユールおじさん」で描かれているのは、その中でも憧れ度の特に高い本作りの職人さんでした。「ルリユール」って、フランス語で「製本屋」という意味なんです。図書館では本の簡単な修理の仕事をすることも結構多くて、それが実はひそかに嬉しかったりするんですが、そんな私に「ルリユールおじさん」はもうツボど真ん中。本を読むのももちろん好きなんですが、本そのものも大好き。以前にも豆本講座には行ったことがあるんですけど、ああ、こんなのを読んでしまったら、本格的に製本の勉強をしたくなってきちゃうなあ。ルリュールおじさんの、木のこぶのような節くれだった手がとっても素敵。
そして「絵描き」の方は、いせひでこさんご自身が「絵描き」さんだけあって、また違った意味で伝わってくるものがある1冊でした。こんな風に風景を切り取っていくんですね。ああ、素敵だなあ。いいなあ。ゴッホだなあ。

「ルリユール」には、「もう一度つなげる」という意味もあるのだそう。そして「絵描き」の方には、「きのうときょうはつながっている」という言葉が。昨日から今日へ、今日から明日へ。どちらの本も時がゆったりと流れていきます。(理論社)


+既読の伊勢英子作品の感想+
「ルリユールおじさん」「絵描き」いせひでこ
「旅する絵描き パリからの手紙」伊勢英子
「グレイがまってるから」「気分はおすわりの日」伊勢英子
「マキちゃんの絵にっき」「ぶう」伊勢英子
「カザルスへの旅」伊勢英子
「はじまりの記憶」柳田邦男・伊勢英子
「1000の風 1000のチェロ」「雲のてんらん会」いせひでこ
「空のひきだし」いせひでこ
「むぎわらぼうし」竹下文子・いせひでこ
「大きな木のような人」「ルリユールおじさん」いせひでこ
「にいさん」いせひでこ
「ざしき童子のはなし」「よだかの星」「風の又三郎」「水仙月の四日」宮沢賢治・伊勢英子

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やり場のない怒りを抱えて家を飛び出し、粗末な小船を操っていた二郎が、一羽の翡翠に導かれるようにして辿り着いた場所は、まるで桃源郷を思わせるような満開の桃林。そしてその桃林で、10年ぶりに幼馴染だった七娘と小妹と再会します。七娘は金色の毛の猿に、小妹は白虎にそれぞれ導かれてこの地にやって来たのです... という「楽昌珠」他全3編の連作短編集。

簡単に言ってしまうと、久しぶりに再会した幼馴染たちが、酒を酌み交わしながら宴を囲んでいるうちにふと寝入ってしまい、夢とは思えないほどリアルな夢を見るという話。この夢の中では、科挙に受かって立身出世をしたかったという二郎の夢が叶っていて、唐の武則天の時代の権謀術数渦巻く宮中にいるし、現実の世界では怪我をしていたはずの七娘はピンピンしてるし、小娘が妓楼に売られるなんてこともないんですよね。3人の名前も年齢も、桃林と夢の中では違うし、3人の関係だって全然幼馴染じゃないんです。この宮中でのドロドロとした話が面白い! 桃林に元々現実味のあまりなかっただけに、本当はどちらが現実なのか分からなくなってしまうほど。久々に森福都さんらしい話だなあ~と嬉しくなっちゃう。この作品には高力士も登場するんですが、以前の作品の設定とはまた全然違っていて、ニヤリとしてしまうし。
...でもね。これで終わりなのでしょうか? あの桃林には、結局どういう意味があったの? あの3匹の動物たちは? 3人はただ現実逃避をしていただけだったのか、それとも...? 本としては、一応これで完結してしまったみたいなんですけど、これじゃあ話としてちゃんと落ちてないですよね。それともこれで本当に終わりなのかしら。ええと、最後のあの思わせぶりな書きっぷりは回想シーンじゃなくて、新しい環が始まったってことなんでしょうか。もしそうだったら、今度は実は弄玉があの有名な妃だった、なんていうのも楽しいと思うんですが...。
これはぜひとも続編をお願いしたいものです。このまま放り出されたら、落ち着かないわ~。(講談社)


+既読の森福都作品の感想+
「琥珀枕」森福都
「漆黒泉」森福都
「狐弟子」森福都
「楽昌珠」森福都
「肉屏風の密室」森福都
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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