Catégories:“2007年”

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メイウェルとフリンは、アヴァロンに育った双子の兄妹。2人も生まれながらに鳥に変身できる魔力を持っており、マーリンに命じられてキャメロットのアーサー王の宮廷に入って以来、メイウェルはギネヴィア王妃の侍女として、フリンはアーサー王の小姓として仕える日々。その日メイウェルは、いつものようにミソサザイに変身して、親友であるシャロットの姫・エレインの元へと向かっていました。エレインは、心の中に写る光景をそのままタペストリーに織り上げる力を持つ少女。織り上げられた模様は、まるで見てきたかのように鮮明で、しかも少し先の未来を写し取っているのです。予言による混乱から身を守るために塔の中に閉じこもりきりなのですが、家族以外で双子の兄妹だけは、タペストリーを見ることを許されていました。そして今日メイウェルがエレインの元へとやって来たのは、メイウェルがあこがれる「白い手のユウェイン」のことで、エレインの助言が欲しかったからなのです。

「キャメロットの鷹」「聖杯の王」「最後の戦い」という3冊からなる「アーサー王宮廷物語」。
いやー、期待以上に面白かったです! アーサー王伝説を主題にした小説は沢山書かれてるんですけど、この作品の一番の特徴は、メイウェルとフリンという伝説には登場しない人物の視点から描いた物語だということ。しかもこの2人は鳥に変身できるので、本来なら見ることのできない場面もつぶさに描き出すことができるんですよね。文体がちょっと読みやすすぎる気もするんですけど、少女視点には合ってると思うし。

この作品の中で特筆すべきなのは、やっぱりエレインでしょうね。トーマス・マロリーの「アーサー王の死」には2人のエレインが登場して、これが読者の混乱の元だと思うんですけど、この作品に登場するエレインは1人だけ。そしてそのエレインの場面がすごくいいのです~。控えめで穏やかだった乙女が見せる激しい情念や、命と引き換えに1枚のタペストリーを織り上げる鬼気迫る場面が、とても印象に残ります。この作品の白眉ですね。それに「アーサー王の死」の一方のエレインが産むことになるガラハッドの出生に関しての解釈にもびっくり。でもこういう考え方ってすごく面白いです。
そしてもう1人特筆すべき人物は、アーサー王の王国の崩壊の直接的な原因となるモードレッド。モードレッドがこんなに気持ちの良い青年に描かれている作品は初めてですよー。こんなに真っ直ぐアーサー王を慕うモードレッドだからこそ、ギネヴィアとランスロットのことが許せないし、自分の出生に衝撃を受ける様子が迫ってくるんですね。以前読んだ「ひかわ玲子のファンタジー私説」で、西洋では敵は常に人間なのに、日本では「結局悪者はいなかった」というエンディングが好きだという話が出ていたんですけど、そういうのがこういうところに現れてるのかも。あと、伝説では地味な存在のサー・ユウェインも素敵だったし! サー・ユウェインとその母・モーガン・ル・フェイの絡みも良かったなあ。

従来のアーサー王伝説だと、即位した後のアーサー王個人についてはあまり描かれてなくて、ともすればランスロットの華やかさに負けがちなんですよね。武勇を発揮する場面もほとんどないし、単に妻を寝取られた男という位置づけになってしまいがち。でも騎士たちが集まってくるアーサー王の魅力というのが、最初の方で表現されているので、そういうところも好きでした。アーサー王と円卓の持つ力。だからこそ、キャメロットが徐々にその光を失っていく様子が雄弁に表されているのではないかと思いますね。
あくまでも大筋ではアーサー王伝説に忠実で、テニスンや夏目漱石に描かれたシャロットの姫を大きく登場させながらも、その解釈は独自の物語。これならアーサー王物語に詳しくない読者はもちろん、ある程度詳しい読者も楽しめるのではないでしょうかー。(筑摩書房)


+既読のひかわ玲子作品の感想+
「ひかわ玲子のファンタジー私説」ひかわ玲子
「キャメロットの鷹」「聖杯の王」「最後の戦い」ひかわ玲子
「イスの姫君」ひかわ玲子

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祖国ハンガリーを逃れて難民となり、スイスに住みながらフランス語で読み書きするようになったというアゴタ・クリストフの自伝。でもこの題名には自伝とあるんですが、訳者あとがきによると、原題は「自伝的物語」なのだとのこと。読んでいる感覚としては、「悪童日記」(感想)を読んだ時と同じ感覚。そして内容としては「昨日」(感想)でした。

タイトルになっている「文盲」とは、敵語であるフランス語を話すことはできても、読むことも書くこともできないという状態。4歳の時から手当たり次第、目にとまる物は何でも読んでいたというアゴタ・クリストフが、スイスに亡命して以来、何も読めなくなってしまったのです。26歳の時に、外国人学生を対象とした夏期講座に申し込んだ時も、筆記テストでまるで点数が取れず、入れられたのは初心者クラス。フランス語はきちんと話せるのに、なぜ初心者のクラスにいるのかと先生に訊ねられたアゴタ・クリストフの答は、「わたしは読むことも、書くこともできません。文盲なんです」というもの。
相変わらずの淡々とした文章ではあるんですが、読める喜びと書ける喜びが静かに滲み出てきます。これを読んでいる私には「書かずにはいられない」欲求というのはあまり(というか全然?)ないのだけど、「読まずにはいられない」方は人一倍強いので、たとえ半分だけだとしても、その苦しみはものすごく分かります。戦争で家族が分散し、命がけで亡命、フランス語で話しかけられてもまるで理解できない状態から、読み書きできるようになるまでのアゴタ・クリストフの苦労は、想像できるだけなのだけど...。以前、「悪童日記」のフランス語版を読み始めて、なんだかんだで冒頭の数章だけで止まったままなんですが、やっぱりこれは絶対に読み通さなくては、と決意も新たにしました。うん、やっぱり読まなくちゃ。読めるようにならなくちゃ。です。(白水社)


+既読のアゴタ・クリストフ作品の感想+
「悪童日記」アゴタ・クリストフ
「ふたりの証拠」「第三の証拠」アゴタ・クリストフ
「昨日」アゴタ・クリストフ
「文盲 アゴタ・クリストフ自伝」アゴタ・クリストフ
「どちらでもいい」アゴタ・クリストフ

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ノーベル文学賞作家・アナトール・フランスによる、まるで童話のような19の短編集。
あとがきで訳者の三好達治氏が、「小学生にでもわかるような、やさしい文章では書かれていますが、そうしてその話の筋も、ごらんの通りきわめて単純なわかりやすいものばかりですが、しかしその内容は、必ずしも年少の読者のためには、充分のみこみやすいものばかりとは限りません」と書いてたんですが、たしかにその通りでした。どれも幼い子供たちが中心となる物語だし、三好達治氏の美しい日本語で読みやすいんですけど(少し時代がかってますが)、純粋に子供向けの本とは言えなさそう。教訓的な内容も多いです。もちろん、子供が読んで楽しめないということではないですけどね。子供の頃ってメッセージ性の強い作品でも、気にせず純粋に楽しめたりするし。最初は子供の頃に読んで、大人になってまた読み返した時に、それまで気づかなかった部分に気づくというのが、理想的な読み方かもしれないなあ。
どこかジョルジュ・サンドと似通った雰囲気を感じる気がするんですけど、どうなのかな? 2人ともフランスの作家で、ジョルジュ・サンドの方が少し早いんですけど、時代もかなり重なっているので、影響を受けてるなんてこともあるかもしれませんね。(岩波文庫)

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1948年10月。かつては名のある画家として尊敬を集め、多くの弟子に囲まれて一世を風靡しながらも、今は引退して、隠居生活を送っている小野益次。終戦を迎えて日本の状況は大きく変わり、戦時中の小野の行動が元で、周囲の目は手を返したように冷たくなったのです。自宅で一見穏やかな日々を送りながら、小野は自らの過去を回想します。

「日の名残り」(感想)のような「信頼できない語り手」による物語なんですが、こちらの方があからさまですね! 主人公がかつてのことを回想しながら物語は進んでいくのは同じですし、その言葉をそのまま額面通りに受けとめられないのも一緒。それでも「日の名残り」は、そのまま受けとめてしまうこともできる作品なんです。でもこちらの作品では、どうしても小野が物事を自分に都合の良いように解釈し、記憶を改竄し、さりげなく自分の行動を正当化していこうとする部分がイヤでも目につきます。周囲の人々との記憶の齟齬も読みどころ。それに、何度も繰り返し「自分の社会的地位を十分に自覚したことなどない、自分は家柄など重視しない」というように語られているんですが、それが逆に自負心を浮き彫りにしているようだし、1年前に娘の紀子が破談された事件が、予想以上に小野を傷つけていることがよく分かります。確かに戦時中の小野は、自分の行動に信念を持っていたのでしょうけれど... 今はそれを屈折した感情で正当化することでしか生きながらえることができないんですね。そんな1人の男の悲哀がよく表されているように思います。
彼の身近な人間、彼の行動をつぶさにみてきた人間の視点から語られたら、この作品とはどれほど違う作品が出来上がるんでしょう。ほんと全く違う物語になってしまいそう。読んでみたいなあ。そんな作品が書かれることは、絶対ないでしょうけど...。(ハヤカワepi文庫)


+既読のカズオ・イシグロ作品の感想+
「日の名残り」カズオ・イシグロ
「遠い山なみの光」カズオ・イシグロ
「わたしたちが孤児だったころ」カズオ・イシグロ
「浮世の画家」カズオ・イシグロ
「私を離さないで」カズオ・イシグロ
「充たされざる者」カズオ・イシグロ

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オルセンナ共和国でも最も古い家系のアルドーは、都での退廃的な暮らしを楽しむ青年。しかし1人の女性が自分から去って行ったのをきっかけに、それまでの自分の行き方がどうしようもなく空疎に見えてきて、都を離れる決意を固めます。そしてシルト海に配置されている遊撃艦隊に、監察将校として赴任することに。オルセンナは300年も前から、海を隔てたファルゲスタンと戦争状態にあるのです。しかし今やオルセンナもファルゲスタンも衰微し、実際の戦闘活動が行われることもなく、シルトの前線も名目上の残骸と化していました。

架空の国オルセンナを舞台にした作品。著者のジュリアン・グラックがゴンクール賞受賞を辞退したことで有名ななのだそうです。うるしのうつわ うたかたの日々の泡のkota さんが、たらいまわし企画・第30回「フシギとあやし」の時に挙げてらした本です。(記事) 確かに「薫り高い文体」という言葉が相応しいと思ったし、小説内の空気が弛緩したり緊張したりするのが本当に感じられる作品。私にはちょっと難しかったのだけど...。
アルドーがシルトに行ったためにファルゲスタンとの危うい均衡が破れ、止まっていた歴史は再び動き出してしまうのですが、もしアルドーがシルトに行かなければ、そのまま何十年という月日が過ぎ去ったのでしょうね。でも、紛れもなくアルドーの行動のせいなんだけど、アルドー自身の意志とも思えない。アルドーもヴァネッサも、シルトにいるマリノ大佐や副官たちもみんな単なる歯車というか、チェスの駒のような印象なんです。もしやアルドーをシルトへと行かせて、時間を再び動かしたのは「歴史」そのもの? なんて思っていたら。実際に動かしてたのは「歴史」ではなかったんだけど、最後のところでゾクっとさせられました。全然違うSF作品が頭をよぎってしまって。
ぎらぎらと照りつける太陽と凄まじい風、乾燥した植物に乏しい土地、点在する農家の白い壁といったシルトの広がりが退廃的な都とは対照的で、そこに漂うのは喪失感。最初はなかなかこの世界に入れなかったし、もうほんと一瞬たりとも気が抜けない文章だったので、読むのが大変でした。結局通して2回読んでしまいましたよ。はふーっ。(ちくま文庫)

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文化大革命の嵐の吹き荒れた1971年のはじめ、再教育のために山奥の小さな村へと送り込まれた羅と馬。羅は有名な歯医者の息子で18歳、馬は普通の医者の息子で17歳。再教育とはいっても、普通なら2年の期間が終われば町に帰ることができるはず。しかし反革命分子の息子である2人が帰れる可能性は、千分の三もないのです。厳しい労働に明け暮れる中、2人は仕立て屋の美しい娘・小裁縫に恋をします。そして友人のメガネがこっそり隠し持っていた本を借りることのできた2人は、初めて読むバルザックの作品に夢中になり、小裁縫にもバルザックのことを語って聞かせることに。

在仏中国人の映画監督、ダイ・シージエが書いた、自伝的作品なのだそうです。
許される本といえば、「毛沢東語録」のみ。それ以外の全ての本は禁書として扱われるような世の中で、こっそり西欧文学を読んだ時の衝撃というのは、私たちが日頃している「読書」とは計り知れないほどの違いがあるんでしょうねー。主人公の「目がくらみそうだった! 心は酔いしれて朦朧となり、気を失うかと思った」という言葉にとてもよく出ていました。分かる気がするなあ...。それまで愛国心や共産主義、政治思想、プロパガンダといったことしか知らなかった彼らに、バルザックの本は色鮮やかな未知の人生を描き出していきます。いくらこういった空間に閉じ込められようとも、「再教育」をされようも、到底抑えきれないものってありますよね。そしてその影響が三人三様で出てくるところが、またいいのです。彼らのその後はどうなるんだろう...。これはぜひ続きを知りたいものです。(ハヤカワepi文庫)


+既読のダイ・シージエ作品の感想+
「バルザックと小さな中国のお針子」ダイ・シージエ
「フロイトの弟子と旅する長椅子」ダイ・シージエ

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先日ベディエ「トリスタン・イズー物語」を読んだ時(感想)に予告した本がコレ。
キリスト教的教訓詩(?)「聖アレクシス伝」や、フランス最古の武勲詩「ロランの歌」、中世の抒情詩、フランソワ・ヴィヨンの作品の抄訳なんかも入ってるんですが(一応全部読みましたが)、今回のお目当てはトリスタン物語群。この本の中にも、「トリスタン物語」(べルール)、「トリスタン物語」(トマ)、 「トリスタン佯狂」(オクスフォード本)、「トリスタン佯狂」(ベルン本)、「すいかずら」(マリ・ド・フランス)という5つのトリスタンの物語が入ってました。最後の「すいかずら」は、ごく短い詩なんですけど、ベルールとトマのは約3000行と結構長いです。でも断片ばかりなんです。ベルールのなんて、もうすっかり不倫がバレて、トリスタンが王宮への出入りを禁じられた後の場面からいきなり始まるし、トマのも似たような感じ。「トリスタン佯狂」2つと「すいずから」は、もっと後の方のエピソードだけを取り上げたもの。断片というのがすごく残念だったんですが、5つの作品はそれぞれに雰囲気が全然違っていて、読み比べるのが結構面白かった。特にトマの「トリスタン物語」に登場するトリスタンの悩みっぷりったら... アンタはハムレットか!(笑)
こういった断片や、ドイツのアイルハルト・フォン・オベルク、ゴットフリート・フォン・シュトラスブルクの写本を元に、1つの物語として書き上げられたのが、先日読んだベディエの「トリスタン・イズー物語」なんですね。でも当然の話なんですが、このは「フランス中世文学集」なので、ドイツのは入ってないんです。残念。これも合わせて読みたかったなあ。

媚薬を飲んでしまったトリスタンとイズーが恋に落ちるというのは共通の設定なんですけど、驚いたのはその媚薬に期限付きのものがあったこと! ベディエ版は「死が2人を分かとうとも」って感じだったし、私が今まで読んだのは他のも全部そうだったんじゃないかと思うんですけど、ベルールのはなんと3年の期限付きでした。3年間で効果の切れるものしか作れなかったのか、それとも3年も効けば十分だと思ったのか...。手に手を取って森に逃げ込んで、あんなにラブラブな生活を送っていた2人が、3年たった丁度その日に我に返っちゃうんです。で、お互い「あんなに綺麗だったイズーがこんなにヨレヨレになっちゃってー」「私さえいなければ、華やかな騎士でいられたものを...!」とか思って、相手のことを気遣ってるようなことを言って、イズーはすんなり王宮に戻ることになるんですよ。可笑しーい。これじゃあ、メロドラマからいきなりお笑いになってしまうじゃないですか。それでいいのか、トリスタンとイズー!


解説によると、トリスタン物語群には流布本系と騎士道物語系があって、流布本系の方が粗野で荒削り、年代的にも古いもの。騎士道物語本系の方は、洗練された技巧と当時の宮廷風恋愛から解釈し直されている作品なのだそうです。

流布本系...ベルール、ベルン、アイルハルト・フォン・オベルク
騎士道物語本系...トマ、オックスフォード本、修道士ロベール、ゴットフリート・フォン・シュトラスブルク

なるほど、それで雰囲気がこんなに違うわけですね。...でも、いきなり登場の「修道士ロベール」って誰よ...? 名前からしたらフランス人ですかね?
ええと、調べてみたところ、ワーグナーの「トリスタンとイゾルデ」は、ゴットフリート・フォン・シュトラスブルクの「トリスタン」が元になってるみたいです。大筋は大体一緒だけど、細かい部分が結構違ってるみたい。そっちも今度読んでみよう。(白水社)

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Note


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