Catégories:“2007年”

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5月の終わり。大学のクラブのOBの結婚パーティに出席した「私」は、ひそかに想いを寄せる後輩の乙女が二次会に出ないのを見て、その後をつけていき...という「夜は短し歩けよ乙女」、以下「深海魚たち」「ご都合主義者かく語りき」「魔風邪恋風邪」といった連作短編集。

クラブの後輩である黒髪の乙女に一目惚れした冴えない大学生が、「なるべく彼女の目にとまる作戦」、略して「ナカメ作戦」を駆使しつつ、ひたすら彼女を追いかけるという話。要するにストーカー一歩手前の話です。(なんて書くと身も蓋もないけど...)
先輩のことなど一顧だにしない乙女に自分の存在を認識させるべく、彼は悪戦苦闘するんですけど、当の乙女はどこ吹く風。次から次へと「オモチロイ」ことに興味を持ってふらふらと行ってしまうんですねー。そしてその黒髪の乙女が実はすんごい酒豪で、相当の天然ボケ... というよりもむしろ、あまりにも純真無垢なので楽しいのです。他方、追いかける先輩大学生は妄想炸裂だし、2人の周囲には奇怪至極としか言いようのない強烈な個性の持ち主がこれでもかっていうほどいっぱい。レトロな語り口も相まって、こんな摩訶不思議な空間が生まれるわけですね。(笑)

この黒髪の乙女も先輩も名前が出てこないんですね。感想を書きにくいったらありゃしないんですが、それがまたポイントのような気がするー。そして彼女のお姉さんがまた味のある人物のようで、冒頭で彼女に「おともだちパンチ」なんてものを伝授したことが書かれてるんですけど、これだけでも掴みはオッケー。このお姉さんの話もぜひ読んでみたい! 一体どんな姉妹なんでしょう? おともだちパンチ、思わず自分でも手を握って確かめてしまいましたよ。(笑)(角川書店)


+既読の森見登美彦作品の感想+
「太陽の塔」森見登美彦
「夜は短し歩けよ乙女」森見登美彦

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恋人のタケダくんに突然プロポーズされ、何だか面白くない思いが残るハナ。共通の友人に向かって、「ちゃんとしてやんなきゃってやっぱ思うよね」と言ったタケダくんの得意げな様子に、ハナは違和感を感じていたのです。大学を卒業してから友人のチサトと始めた古着屋の経営も順調。ハナとチサトは37歳にして一国一城の主。同年代の男の子よりも稼いでいるのです。

やっぱり女性にとって結婚というのは1つの分岐点。でもって、この結婚からくるコンプレックスって、一番タチが悪いような気がします。結婚したらしたで、ハナの妹のナエみたいに、なんでも手作りが基本だったお母さんみたいにはきちんとできないっていうのがコンプレックスになって、ちょっとつつかれただけで爆発しそうになってるし、上条キリエのような成功した女性やその取り巻きになると、「結婚なんか興味ないわ」って既婚者を敵視しているところが、逆に「結婚したい」気持ちの裏返しに見えちゃう。どうやったって自分は自分でしかあり得ないんだから、他人と比べたってどうしようもないのにね。それが分かってても、止まらないのがコンプレックス。
そんな中で、ハナだけがマイペース。天下泰平の楽太郎で、周囲がこんな風でなかったら、彼女自身が自ら焦ることなんてきっとなかったんでしょうね。でも、一度自分には何もないと気づいてしまったら、取り残されていると気づいてしまったら。角田さんは、こういった微妙な女性の感情を描くのが上手い方なんでしょうね。ハナのことを自分のことのように読む人も多そうです。すごーく等身大で書かれてるって感じがしました。イタイ人には、これは相当イタイだろう...。

「ま、いっか。歩いてればどっかには着くさ」
これですね、これ。結局はそれでいいのよねー。(角川書店)


+既読の角田光代作品の感想+
「薄闇シルエット」角田光代
Livreに「キッドナップ・ツアー」の感想があります)

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伯父・マルク王のためにアイルランドの王女、黄金の髪のイズーを勝ち取った騎士・トリスタンは、イズーを伴ってマルク王の待つコルヌアイユへ。しかしその船旅の最中、酷くのどが渇いていた2人は、イズーの侍女・ブランジャンの荷物の中にあったワインを飲んでしまったのです。それは、新婚の2人に飲ませるようにとイズーの母親が作り上げた媚薬入り。トリスタンとイズーはたちまち恋に落ちてしまい...。

本当はトリスタンの生まれる前のことから話は始まるので、上に書いたのは丁度真ん中辺りの出来事。でもこれが話の一番の中心です。元々はケルトの物語で、アーサー王物語の中にも組み込まれてるんですが、中世に宮廷詩人たちが広く語り伝えて、12世紀のフランスでは人々の魂を奪ったほどの人気作品だったのだそう。ワーグナーもこの物語から、オペラ「トリスタンとイゾルデ」を作り上げてます。でも様々な写本があるにも関わらず、どれも断片のみ。クレティアン・ド・トロワやラ・セーヴルの写本に至っては、完全に失われているそうで...。これは、そんな様々な断片を元にベディエが書き上げた物語。
端的にいえば、トリスタンとイズーの不倫話。でも、そもそも2人の間には恋愛感情なんてなかったわけで、イズーの母親の媚薬なんてものがなければ、イズーもマルク王と幸せになれたでしょうし、トリスタンも普通に結婚できたんでしょうに... 気の毒。子供の頃に読んだ時は、なんでもっとしっかり隠しておかなかったんだろう? なんで誰もイズーに説明しておかなかったんだろう? なんて思って、それは未だに思ってたりもするんですが(笑)、今更とやかく言っても仕方ない? 言ってみれば、みんな被害者なんですよね。
今回読んでみて一番印象に残ったのはマルク王でした。息子のように愛していたトリスタンと、愛する妻のイズーに二重に裏切られてしまうマルク王が一番気の毒なんですが、でも懐の深さを見せてくれて良かったです。ほんと、媚薬なんてものがなければ...(そしたらこんな話も存在しないんだけどさっ)

久しぶりにこの作品を読み返したのは、図書館で「フランス中世文学集1」を借りてきたから。600ページ近くある分厚い本なんですけど、この半分ぐらいがトリスタン関係で、写本がいくつか入ってるんです。...実はそれほど期待してなかったんですけど、久々に読み返したこの本が予想以上に面白くて、むくむくと期待が大きくなってます。楽しみ♪(岩波文庫)

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大鹿を追いかけているうちに仲間ともはぐれ、乗っていた馬を失い、犬だけを連れた狩人は、カトリン湖のほとりでエレンという乙女に出会います。狩人が鳴らした角笛を、父の角笛の音かと思ったエレンが、船を漕いで迎えに来たのです。狩人は、ジェイムズ・フィッツ=ジェイムズと名乗る騎士。道を失って難渋していると話す騎士をエレンは自分の家に案内し、一夜の宿を提供することに。

入江直祐氏の旧仮名遣いの訳が古めかしいながらも、非常に美しい作品。素敵でした~。本来なら全編叙事詩として書かれているそうなんですが、日本語訳では、歌として歌われている部分以外は散文。「湖の麗人」という題名で、アーサー王伝説のヴィヴィアン(ニムエ)を思い出したんですけど、やっぱりその伝説がヒントとなってできた物語のようです。中世が舞台の騎士物語。
スコットランド生まれのウォルター・スコットはハイランドで育ち、実際にこの作品で舞台になった土地もよく知っているようで、舞台となっている湖や山間などの描写がとても美しかったです~。そしてその湖に住むのは美しく幻想的な乙女。その乙女の周囲には、王に追放された騎士である父親、乙女に恋する勇士たち。竪琴を奏でながら歌い、預言をする老人など。でも美しい描写だけではないのです。徐々に感じられる不穏な空気や、怪しげな預言者の儀式、戦争の知らせのために走る伝令たち、そして来る戦争の場面... 特に印象に残ったのは、伝令が「火焔の十字架」を持って村から村へとひた走り、辿り着いた村の伝令にその十字架を託して、受け取った伝令が新たに走っていくシーン。これは絵になりますねえ。ちょっと違うんですけど、映画「ロード・オブ・ザ・リング」の狼煙の場面みたい。それから面白かったのは、王の住むスターリング城下の祭りの場面。矢場の傍には、ロビン・フッドがいました! タックやリトル・ジョン、スカーレット、マリアン姫など錚々たるメンバーと一緒に並んでいました。名前だけの登場なんですけどね。そういう遊び心がまた楽しいところ。「アイヴァンホー」(感想)にも登場してたし、実はかなり好きなんですね~?
そしてこの物語の中でエレンが歌う聖母賛歌にシューベルトが曲をつけたのが、有名なあの「アヴェ・マリア」の曲なのだそうです。(エレンの歌第3番) いや、この曲、てっきり宗教音楽かと思ってました... 違ったんですね。でもあの曲なら、この作品によく似合います。本当に素敵な作品なんですもん。こういう作品を読めると、それだけで幸せ~♪(岩波文庫)


+既読のウォルター・スコット作品の感想+
「アイヴァンホー」上下 スコット
「湖の麗人」スコット
「最後の吟遊詩人の歌」ウォルター・スコット
「マーミオン」ウォルター・スコット

+既読のウォルター・スコット関連作品の感想+
「ウォルター・スコット邸訪問記」ワシントン・アーヴィング

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「わたし」がその男に出会ったのは、ウォーリック城の中でのこと。まるで親友や敵や、ごく親しい近所の人の話をしているかのようにベディヴィア卿やボース卿、湖水の騎士ランスロット卿、ギャラハッド卿の話をするその男は、コネティカット州ハートフォード生まれの生粋のヤンキー。以前自分の工場の男に頭の横っぺらを殴られて気を失った時、気がついたら6世紀の英国にいたことがあるというのです。ケイ卿に囚われた彼は火刑にされそうになり、しかしその3日後に起きる皆既日蝕のことを思い出して危ういところで命拾い。魔法使いのボス卿として、マーリンを差し置いてアーサー王の大臣兼執務官となることになります。

19世紀のアメリカ人が突然アーサー王時代の英国にタイムスリップしてしまうという作品。そういうのをマーク・トウェインが書いちゃうというのがすごいなあと思ってたんですが、ようやく読めました! マーク・トウェインの時代だったらタイムスリップというだけで新鮮だったんじゃないかと思うんですが、行った先のその時代に合わせるのではなくて、現代技術(マーク・トウェインにとっての「現代」なので19世紀です) をどんどん持ち込んでしまうというのがユニーク。石鹸みたいな日常に便利なものはもちろん、電話や電気みたいな色んなものを作っちゃうんです。工場を建て、人材を育成し、最終的に目指すのは共和制の世の中。
皆既月食の日時を正確に覚えているところはあまりに都合が良すぎるし(確か○年... ぐらいならまだしも、○年○月○日○時○分に始まる、まで覚えてるんですもん)、19世紀の産業を6世紀の世の中ににこんなに簡単に移行できるはずはないとも思うんですが、それでも奇想天外な物語が面白かったです。自分の置かれた状況をくよくよと思い悩んだりせず、19世紀の知識を利用してどんどん前向きに対処していくところはいかにもアメリカ人のイメージ~。それに確かにこの時代には色々問題もあったんでしょうけど、現地の人の気持ちをあまり考えようともせずに物事をずんずん進めていっちゃうのも、アメリカ人っぽい~。(失礼) これがアメリカ人作家の作品じゃなかったら、アメリカ人に対する強烈な皮肉かと思うところです。でもどうやらこれは、南北戦争後の南部人を北部人から見た風刺的な視線といったところみたいですね。アーサー王と宮廷の騎士たちは、思いっきり頭の悪い野蛮人扱いされています。^^; (ハヤカワ文庫NV)

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「耳猫風信社」は、「綺羅星波止場」の中に入っている短編「耳猫風信社」を長編化したもの。
日記を買おうとして行き着けの店に行くものの、その日に限ってお店がお休み。仕方なくトアンは隣町に行き、そこで出会ったカシスという不思議な少年に日記帳を買える店を教えてもらい... という物語。短編の時もそうだったんですが、隣町のあの辺りにあるはず、という場所が見つからなくて、トアンとその友達のソラは何度も探し回ることになるんですよね。探していない時はふとした拍子に行けるし、カシスが一緒だったら何の苦労もなく行けるのに。そういう風に、いつでも行けるとは限らない場所という設定はそそります。先日読んだヒルダ・ルイスの「とぶ船」の中で、ピーターが船を買ったお店もそうでした。柏葉幸子さんの「霧のむこうのふしぎな町」に登場するお店にふとした拍子で入った人たちも、そんなことを思うんだろうなあ。あとこの作品は、やっぱり猫ですね。トアンとソラは全然分かってないけど、読者には明らかに分かるので、ニマニマしてしまいます。

で、「耳猫風信社」の中に「月の船でゆく」という映画が登場するので、何か関連があるのかなと思ったんですが、どうやら全然関係なかったようで... 「月の船でゆく」は、17歳の高校生ジャスと、ジャスの拾ったティコという少年の物語。「耳猫風信社」は面白かったし、好きな雰囲気だったんですが、こっちは微妙。最後にちょっとびっくりさせられるポイントがあって、それのおかげで、自分の中では「イマイチかも... → 案外悪くないかな」辺りまで復活したんですけど、どうやらこの辺りに長野まゆみさんの作風の変化の時期があるようですねえ。いずれにせよ、長野まゆみさんの書く女の子は、どうも好きになれないなー。(光文社文庫)


+既読の長野まゆみ作品の感想+
「螺子式少年」「夏至南風」「行ってみたいな、童話の国」長野まゆみ
「夏期休暇」「遊覧旅行」長野まゆみ
「夏至祭」「綺羅星波止場」長野まゆみ
「耳猫風信社」「月の船でゆく」長野まゆみ
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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濃い霧にまかれて道に迷ったガウェインが辿り着いたのは、ゴーム谷のグリムの屋敷。ガウェインはどこか不吉なものを感じながらも、ここで一夜の宿を取ることに。夕食後、用意されていた部屋に戻ったガウェインは、寝台にグリムの娘・グドルーンがいるのを見て驚きます。なんと父親に言われて来たのだというのです。その場は礼儀正しくグドルーンを退けるガウェイン。しかしガウェインは後日グリムに、娘を襲ったという濡れ衣を着せられて訴えられ、そのために「すべての女が最も望んでいることとはなにか?」という問いの答を探すことに。

「五月の鷹」とはガウェインのこと。その題名通り、アーサー王伝説のガウェインが主人公の物語です。これは児童書なのかな? 伝説のエピソードが色々組み合わせられていたり、元の話に囚われずに自由に発展していて、意外なほど面白かったです~。特に楽しかったのは、時折他のエピソードらしきものが顔を出すところ。閉じ込められてしまったマーリンも声だけで登場しますし、あとはガウェインが1年間の探求の旅に出ている時に、とある泉に辿り着く場面が好き♪ これは「マビノギオン」で、「ウリエンの息子オウァイスの物語、あるいは泉の貴婦人」にも登場する泉です。そこには「なにかを待ち望んでいるような雰囲気」があり、ガウェインも何かをしなければいけないと感じるのですが、「たとえここに探し求めるべき冒険があるとしても、それは私がおこなうものではないのだ」と分かって、ガウェインは水を飲むだけで立ち去ることになります。確かにこれはガウェインではなくて、従兄弟のイウェインの冒険。こんな感じで、「あそこに繋がっていくのかな?」みたいな部分が色々あるんです。あとがきで訳者の斎藤倫子さんが「作者自身も楽しんで--ほとんど遊び心といってもいい感覚で--書いたもののように思われてなりません」と書かれていましたが、本当にその通りなのではないかと思います。
ガウェインの弟たち、アグラウェインやガヘリス、ガレスも個性的に描き分けられていたし、グウィネヴィアもちょっと珍しいほど素敵な女性に描かれていました。ただ1つ不満なのは、老婆・ラグニルドが必要以上に下品に振舞っているようにしか見えないこと。下品に振舞って尚、認められることが必要だった? それとも下品な性格もまたラグニルドにかけられた魔法のうち? 確かに伝説の方でもその通りなんですけど、ここに一言添えられていたら、もっと説得力があったのになあ。(福武書店)


+既読のアン・ローレンス作品の感想+
「幽霊の恋人たち サマーズ・エンド」アン・ローレンス
「五月の鷹」アン・ローレンス

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