Catégories:“2007年”

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ある夏の晩、自転車でいつもの空家の前を通りがかった月彦は、灯りが点っているのに気づいて驚きます。月彦と同じぐらいの年恰好の少年が2人向かい合って、言い争っていたのです。こっそり見つめていた月彦はじきに気がつかれて、家の中に招かれることに。それは黒蜜糖と銀色という2人の少年たちでした... という「夏至祭」。
中編「銀色と黒蜜糖」を始めとして、宮沢賢治風の童話「銀の実」、灯影と垂氷という2人の少年の「綺羅星波止場」と「雨の午后三時」などを収めた、短編集「綺羅星波止場」。

久々の長野まゆみ作品。長野まゆみさん、いつの間にか作風が変わっちゃったみたいだし、もうこういうのは読まないかな~なんて思ってたんですが、いざ読み始めると、この世界はやっぱりなかなか心地よかったです。初期の作品の雰囲気だったし、今回は猫の登場が多かったんですよね。
「夏至祭」と「綺羅星波止場」の中の「銀色と黒蜜糖」に登場する少年たちは、「野ばら」にも登場する少年たち。「野ばら」を何度も書き直しているうちに生まれた亜種のようなものらしいです。少年たちの性格も違うし、ストーリーも全然違ってました。結局最初に世の中に出ることになった「野ばら」よりも、私はこの「夏至祭」の方がずっと好きだなあ。(河出文庫)


+既読の長野まゆみ作品の感想+
「螺子式少年」「夏至南風」「行ってみたいな、童話の国」長野まゆみ
「夏期休暇」「遊覧旅行」長野まゆみ
「夏至祭」「綺羅星波止場」長野まゆみ
「耳猫風信社」「月の船でゆく」長野まゆみ
Livreに、これ以前の全作品の感想があります)

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The Light of the Worldのnyuさんのところで記事を拝見して(コチラ)、「ジョン王という手もあったか!」と手に取った本。
先日の「アイヴァンホー」以来、いくつかロビン・フッド関連作品を読んだんですが、元々ロビン・フッド物ってあんまりないんですよね。...いや、まさかシェイクスピアにロビン・フッドが登場するはずもないというのはよく分かってるんですが。(笑)
ジョン王といえば、マグナカルタ(大憲章)を認めたヒト。フランスにあったイギリスの領土を失ったことから欠地王とも呼ばれ、イギリスでは最低最悪の君主とされてるヒト。ロビン・フッド物でも徹底して悪役にされてます。でも兄のリチャード一世が十字軍遠征のために税金を絞り取った後なので(その後囚われて、そっちの身代金も莫大だった)、タイミングが悪かったとも言えそう。そんなジョン王が主役になるとどんな話になるんだろう? と思ったのでありました。
...対照的に評判の良いリチャード1世は、獅子心王と呼ばれてる人ですけど、今まで読んだ限り、結構単純な戦争馬鹿に描かれてることも多いです... きっと脳みそが筋肉でできてるタイプだったんでしょう。でも面倒見の良い先輩タイプで、人々に愛されたのかも。(笑)

話が始まるのは、既にジョンが王になった後。リチャード1世の後を継ぐはずだった甥のアーサーを差し置いてジョンが王位についたため、フランスのフィリップ王から、アーサーの権利を認めろという使者が来るんです。(その時アーサーはフランスにいた) それをジョン王が追い返して、フランスに大軍を進めるところから話が始まります。

一読して、随分単純に分かりやすくまとめたなあという印象の作品でした。まあ、私は元々シェイクスピアのことを、それほどオリジナリティのあるヒトとは思ってないのですが(ほとんどの作品に元ネタがあるわけですし)、きっとどこかに光るものがあって名を残したんだろうと思うわけで... この作品では、私生児フィリップ(サー・リチャード)が面白かったです。話し方が野卑すぎて浮いてるんですけど(しかもこれで獅子心王と話しぶりがそっくりって)、この役を舞台で演じる役者さんは、他の役者さんを食ってしまえそうです。そういう意味で、ちょっと舞台を見てみたくなるような作品ですね。...シェイクスピアが書いたのはあくまでも戯曲なんだから、本を読んでるだけじゃダメなんですよね、きっと。舞台でこそ本領発揮するんでしょう。(だから舞台を観たことのない私には、その真価は分からないのかも)

結果的にはマグナ・カルタも登場しないし... いえ、登場しないというのは既に聞いて知ってたんですが、なんでシェイクスピアはこのことを書かなかったのかな? すぐに破棄されたようなものだから重要ではないと考えた? それとも単に忘れていた?(笑)
この作品で貴族たちがジョンに離反したのは、マグナ・カルタのせいではなくて、ジョンがアーサーを殺したという噂が流れたからでした。(白水uブックス)


+既読のシェイクスピア作品の感想+
「プークが丘の妖精パック」キプリング 「夏の夜の夢・あらし」シェイクスピア
「ジョン王」ウィリアム・シェイクスピア
「ジュリアス・シーザー」「アントニーとクレオパトラ」シェイクスピア
「ハムレット」シェイクスピア・「新ハムレット」太宰治
「マクベス」シェイクスピア
「トロイラスとクレシダ」ウィリアム・シェイクスピア

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「森と大地の精」「海と草原の精」「空と風の精」「花と水の精」の4冊。以前、風待屋のsa-ki さんが、たらいまわし第8回「あなたが贈られたい(贈りたい)本はなんですか?」の時に挙げてらして、その時から気になってたんですよね。

北欧神話やケルト神話を中心に、主にヨーロッパの文化や生活に根付いている妖精たちを紹介していく本です。「森と大地の精」では洞窟・地中・森・荒野・丘・山に住む妖精、「海と草原の精」では草原・庭・家・川・海に住む妖精、「空と風の精」では天気・太陽・月・クリスマスにまつわる妖精、「花と水の精」では緑や水辺にまつわる妖精を紹介。どちらかといえば、前2冊は基本的な妖精の種類の紹介がほとんどで、物語などで有名な妖精は後2冊に登場するので(要するに分類しにくいんでしょう)、後2冊の方がとっつきやすいかもしれません。ワルキューレとかローレライとかね。アーサー王伝説に登場するモーガン・ル・フェイや、「夏の夜の夢」のオベロン王なんかも、後2冊で紹介されています。説明の文章には、その妖精にまつわるエピソードはもちろんのこと、外見や住みか、好きな食べ物、性質なども書かれていて、とても詳しくて読み応えがあります。そしてそれ以上に絵がものすご~く美しくて、眺めているだけでも楽しくなるような本なんです。

ヨーロッパが中心とは言っても、アジアの妖精も登場してきました。日本の妖精として紹介されていたのは、雷鳴の神とか風の神とか山の神、谷の神、あとカマドノカミとか鬼子母神、地蔵菩薩など。(笑) 中国のものには挿絵があったのに、日本のものにはなくて、ちょっと残念。どんな絵になるのか、見てみたかったな~。(文溪堂)

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聖霊降臨節の前日、カアマロ(キャメロット)に集まっていた円卓の騎士たちが宴の席についた時、そこに現れたのは美しい乙女。乙女は理由も言わずにランスロ(ランスロット)に一緒に来て欲しいと頼み、2人はすぐに馬で出立します。ランスロが連れて行かれたのは、とある女子修道院。そこでランスロは、ガラアドという若者を騎士に叙することに。そして翌日、ランスロがカアマロに帰り着いた時、円卓の「危険の座」には、その日その席に座る主が現れると書かれていました。それこそが、ガアラルの席だったのです。

1180年代初めにクレティアン・ド・トロワが書いた長編韻文物語「聖杯の物語」がきっかけとなり、それから膨大な聖杯物語が作られることになったのだそうですが、この本に収められている「聖杯探索」は1220年にフランスで書かれたという作品。作者不詳とあるんですが、キリスト教のシトー修道会の修道士やその教えを勉強した者によるものと考えられているようです。
聖杯というのは、元々はケルトの大釜。でも、キリストが最後の晩餐で使い、十字架上のイエスから血を受けた器とされるに従って、聖杯伝説もまた、とてもキリスト教色の濃いものへと変化しています。ものすごく教訓的だし、ものすごい禁欲思想なんですよね...。純潔がそんなに偉いのか!と思ってしまうほど。(それとも、そう言いたくなるほど、当時の風紀は乱れていたとか?) この聖杯探索を成し遂げる資格があると神によって認められたのは3人だけ。それ以外の騎士たちは、もう見事なまでに切って捨てられてます。特に気の毒なのは、当代随一の騎士だったはずのランスロ。もう会う人会う人に罪を指摘されて、普通の神経ならこれはうんざりするだろうなあ。信仰心の篤い(単純な)ランスロは、まさかうんざりなんてしないで、悔い改めようとするのですが。(笑)
この作品がシトー派関係者の作だと考えられたのは、この強烈な禁欲思想のためだそうなんですけど、ここまで排他的というか、選ばれたほんの一握りの人しか救われない思想だと、疲れるでしょうね! 大乗仏教みたいなおおらかさが欲しいなー。でもアーサー王伝説の聖杯関係は、多かれ少なかれこんな感じ。この本はとても面白かったんですけど、聖杯の話はちょっと苦手です、私。(人文書院)

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1194年春。ハンティントン城では、十字軍遠征から無事生還したハンティントン伯爵の嫡男・ロバートの帰還を祝う会が開かれていました。レイヴンスキープのサー・ヒュー・フィッツウォーターの娘・マリアンもまた、祝賀会に出席した 1人。マリアンの父は1年前に十字軍で戦死しており、ロバートに父の最期ことを聞けるのではないかと考えていたのです。しかしロバートがマリアンに伝えたのは、ノッティンガムの代官と結婚せよという父の言葉で...。

「シャーウッドの森の物語」全3巻。ロビン・フッド物です。
ここでのロビン・フッドは伯爵の嫡男ロバート、マリアンは騎士の娘。そしてロバートは、他の話にあるような明るくて快活な若者ではなくて、十字軍の遠征によって様々なものを失い、傷つき、悪夢や幻影に悩まされてる内省的な若者。英雄としてもてはやされても、そんな周囲を冷めた目で見ちゃってます。なので普通のロビン・フッド物とは全然雰囲気が違いました。痛快な冒険も全然ないまま、淡々と...。話が進むに連れてお馴染みの面々も登場するし、リトル・ジョンとの一騎打ちなんかもちゃんとあるんですけどね。同じように戦っても、雰囲気が全然違ーう。タックなんて、イメージ通りだったのは大食らいという部分ぐらいで、それで本人は真剣に悩んでたりするし、もうほんと悩んでばっかり! 訳者解説にロビンがハムレットみたいだってあったんですけど、この悩みっぷりを見てるとタックの方がハムレットに相応しいかも。(笑) そしてこの作品、主役はマリアンなんです。そのせいか、まるでマリオン・ジマー・ブラッドリーの作品のようにフェミニズム色の濃い作品になってました。この時代の女性の義務や立場、結婚・貞操について繰り返し繰り返し書かれ... うーん。
面白かったのは、当時の風俗についてかなり詳しく描かれていること、かな。ハンティントンの城やレイヴンスキープのマリアンの屋敷、そしてノッティンガムの祭りの賑わいや森の中などが、とても生き生きと描かれていて、それは楽しかったです。
と、そんな感じなので、従来のロビン・フッド物を期待して読むと、がっかりしちゃうかもしれません。ま、これも1つの解釈として面白かったんですけどね。(ハヤカワ文庫FT)

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ニムエという乙女にぞっこん惚れ込んでしまい、自分の知っている全てのことをニムエに教えたマーリン。しかしそれが仇となり、マーリンはニムエに荒野の岩の中に閉じ込められてしまうことに... というのは、トーマス・マロリー「アーサー王の死」に伝えられるエピソード。ここに描かれているのは、岩の中に入ったのは実はマーリンの自発的な意志で、しかもマーリンはそこで長い眠りについているだけ、という物語。時々目を覚まし、自分の生涯のことを追想し、またしても夢の世界に漂っていきます。

マーリンのみる9つの夢の物語。副題が「アーサー王伝説物語」なんですが、実際にはほとんどアーサー王伝説には関係なかったです。冒頭のマーリンとニムエのエピソードぐらいで、アーサー王の名前も騎士たちの名前も全然でした。それでも中世の騎士たちの時代を彷彿とさせる雰囲気はたっぷり。1つ1つの物語はごく短くて、いかにも夢らしく断片的なんですが、同時にとても幻想的なんですよね。特に最初の「さまよえる騎士」で活躍するサー・トレマリンなんて、見た目も冴えない中年の酒飲みの騎士。全然勇ましくないし、時には騎士とは言えないような作戦で敵に勝とうとするし、「高潔」という言葉からは程遠いところにいるんです。話も設定こそファンタジーっぽいんですけど、どちらかといえばミステリ系で、最後にびっくり。なのに、この中にあるだけで、1枚紗がかかったような感じになるんですよね。どこか特別な空気に包まれているような...。
9編の中で私が特に気に入ったのは、「乙女」と「王さま」。「乙女」での犬の描写はあまりにリアルで、それだけでも別世界にさまよい込んだような錯覚があったし、「王さま」に登場する緑のマントの男がとても不思議で魅力的。そしてそんな物語に、アラン・リーの挿画がふんだんに使われていて、とても美しい一冊となっています。(原書房)

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この2つの話は先日新潮文庫でも読んだばかりなんですが(記事)、今回読んだのはアーサー・ラッカムとエドマンド・デュラックの挿絵入り。ラッカムとデュラックは、こういった挿画本の黄金時代に人気を二分していた2人で、どちらの本も荒俣宏氏の解説。合わせて読むと、この2冊がラッカムとデュラックそれぞれの最高傑作という趣旨のことが書かれていました。
でもこの2冊を見比べる限り、私の好みはラッカムの方だなあ...。デュラックの絵は、肝心のミランダがあまり美しく感じられなかったし、絵に動きがないような。妖精のエアリエルは素敵なんですけどね。ラッカムの絵の方が、描かれている人物や妖精の表情が遥かに豊かな気がします。ハーミアやヘレナ、妖精の女王タイタニアは本当に美しいし、妖精パックは小悪魔っぽい表情が魅力たっぷり、豆の花や蜘蛛の巣、蛾、芥子の種といった小さい妖精たちや素人劇団の面々はユーモラスで、そのギャップも好き♪
デュラックの挿絵といえば、数年前に友人に「Edmund Dulac's Fairy Book」というとても素敵な洋書をもらったことがあって、そちらの絵のタッチの方が繊細で華やかで好きです。もうほんと、同じ人の絵とは思えないぐらい。
ちなみに右の画像は、昨日のニールセンのと同じシリーズのラッカム版とデュラック版。実際に手に取って見てみたいー。(新書館)


+既読のアーサー・ラッカム作品の感想+
「ラインの黄金」「ワルキューレ」「ジークフリート」「神々の黄昏」リヒャルト・ワーグナー
「シンデレラ」「不思議の国のアリス」「ウンディーネ」「リップ・ヴァン・ウィンクル」「ピーター・パン」アーサー・ラッカム
「真夏の夜の夢」アーサー・ラッカム絵&「テンペスト」エドマンド・デュラック絵

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