Catégories:“2007年”

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遠い北の地に住む魔女・ロウヒがスキーで滑ってる時に見かけたのは、ワイナモイネンがカンテレを弾く姿。美しい楽の音に、獣や鳥や木々だけでなく、太陽や月まで降りてきたのを見たロウヒは、いきなり鷲に変身すると月と太陽を掴んで飛び去り、持って帰って山の中に閉じ込めてしまいます。おかげで世界は闇の中に...。

フィンランドの民族叙事詩「カレワラ」を絵本にしたもの。先日「カレワラ」を読んだ時(感想)に検索してて見つけて、読んでみたいなあと思っていたんです。で、しばらく忘れていたんですが(おぃ)、先日図書館にいた時に丁度返却してらした方がいて、綺麗な水色の表紙にピン! これだこれだと早速借りてきてしまいました。
「カレワラ」の中のロウヒは邪悪な魔女とされてるんですけど、私はそれほど邪悪とは思ってなくて、こちらの絵本のロウヒの方がイメージに近かったかもしれません。こちらのロウヒは、ちょっぴりお茶目なおばあさん魔女。その気になれば鳥になって空を飛んだり、魚になって水の中を泳いだりもできるのに、雪が降ってるのを見て、いそいそとスキーを用意しちゃうのが可愛いんですよね。で、気分良くスキーをしていたのに、気がつけば雪の上を滑っているのではなく、空を飛んでいた、というのがまたお茶目。鍛冶屋のイルマリネンがロウヒを捕まえようと鉄の首輪と鎖を作ってるのを見た後の反応も、筋金入りの邪悪な魔女とは到底思えないですし。(笑)
文字で書かれた作品を、アニメやドラマ、映画といった映像で見るのはあまり好きじゃないんですが(大抵イメージが壊れるから)、絵本はいいかも。ワイナモイネンが弾いてるカンテレというフィンランドの楽器も、写真で見ても今ひとつイメージが湧かなかったんですけど、ワイナモイネンが弾いてる姿を見てすっきりしました。こんな風に膝に乗せて弾くんですね。なるほど~。(あすなろ書房)

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トロント大学で行われた第2回国際ケルト会議の後、デイヴ、ケヴィン、ポール、ジェニファー、キムの5人は、世界的な権威であるマルクス博士の秘書のマットに頼まれ、博士がホールから抜け出す手伝いをすることに。7人は無事に博士の宿泊先のホテルの部屋にたどり着きます。しかしマルクス博士は、実はこの世界の人間ではなかったのです。時の渦巻きの中には数多くの世界があり、それらのほとんどは、最も優れた創造物であるフィオナヴァールの不完全な反映。マルクス博士とマットは、そのフィオナヴァールから来た魔道士のローレン・シルヴァークロークと、かつてのドワーフの王だったのです。2人は5人に自分たちの世界に来て、王の治世50年の祭りに出席して欲しいというのですが...。

フィオナヴァール・タペストリーシリーズ3部作の第1部。
ものすごーくケルト神話と「指輪物語」の影響が強く感じられる作品。ガンダルフもいればギムリもいて、エルフとしか思えない種族なんかもいて、その辺りはものすごく分かりやすいです。(登場人物がものすごく多いので、名前を覚えるのは大変だけど) しかもいにしえの伝説を歌で歌ってみたり... これだけ見ると、トールキンの二番煎じにしか見えないですね。ケルトの名称やモチーフを使ってるのも意味不明。でもユニークなのは、この後。まあ「指輪物語」のような旅には出なかったとしても、少なくとも5人が一丸となって闇と戦うんだろうと思っていたんですが、この物語では全くそうではありませんでした。行動はてんでバラバラだし、協調性なんて全然ナシ。(やっぱり欧米人はゴレンジャーにはならなかったか!) でも1人1人の動きがそれぞれ重要になってきて、これは「タペストリー」という言葉が相応しいかもしれません。物語冒頭では、必要なのはキムだけで、あとの4人はおまけという印象が強かっただけに、これは意外。5人が元いた世界から持ち続けていたそれぞれの悩みや感情が、フィオナヴァールの世界での展開と絡み合って昇華されてるのがいい感じ。
でもね、フィオナヴァールが本当に最も優れた世界なら、その中だけで全てが解決しそうなもの。なんで異世界の助けが必要になるの?って思っちゃうし、実際にフィオナヴァールの場面になっても、それほど優れた世界とは思えなかったです...。王の治世50周年のお祭りに呼ばれたなんていう理由も、5人に対してアンフェアでしょう。その後の5人の身に降りかかることを考えれば尚更。それより何よりも、1部がこんな終わり方で、2部3部が未訳のまま放ったらかしにされているというのが解せないですね。(ハヤカワ文庫FT)

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グィネヴィアの裏切りを知ったアーサーの落胆は激しく、ちょっとしたことで爆発するような状態。腹心のダーヴェルも遠ざけられがちで、しかもアーサーからの使節は全て殺すと宣言しているエレへの使者役が、ダーヴェルに言いられつけるのです。一方、ブリタニアの13の宝物を揃えたマーリンとニムエは、この年の夏、大いなる魔法を行うことに。その準備のために、2人はまずリンディニスの広大な宮殿に入り込み、民衆の前で奇跡を起こします。

小説アーサー王物語の第3部。完結編です。
第2部で、ダーヴェル=ガウェイン?なんて思ったりもしたんですが、第3部になって本物のガウェインが登場しました。別人で良かった~。でもこんな役回りとはびっくり。しかもこれまた伝説とはかなり違う姿のようです。
この第3部で良かったのは、ダントツでグィネヴィア! いかにも華のあるカリスマ的な存在という面が前面に出ていて、カッコ良かったです。アーサー王物を読んでてグィネヴィアが好きになるって珍しいんですけど(大抵は「コイツさえいなければ」と思ってしまう)、この作品ではなかなか良かったです。特にアーサーの戦士にこれといって知将と言える人物がいないので、彼女の頭の良さが一層光ってるんですよね。(いい意味で)
あと、全くのオリジナルのようでいて、要所要所で伝説のエピソードを取り入れているのが嬉しいところ。それとマーリンとニムエの魔法は、ほとんどが手品だったり自然現象を利用したものだったんですが、あの最後の魔法はどうだったのかしら... これだけは本当の魔法だったと思いたいところ。この場面はとても感慨深くて、これで一時代が終わったのだと感じさせられます。いい場面だ...。
ダーヴェルがキリスト教の修道士となってサンスム司教の下にいる理由も分かりますし、イグレイン王妃のために翻訳をしている法廷書記のダヴィズが、一言一句作り変えたりしていないとむっとしている場面は可笑しいです。ただ、最後の最後がちょっとあっけなさすぎではないでしょうか。全6巻の大作をここまで読んできたわけだし、もうちょっと余韻が欲しかったですねえ。...とは言え、とても面白かったです。これもまた1つのアーサー王物として、満足満足。(原書房)


+シリーズ既刊の感想+
「エクスカリバーの宝剣」上下 バーナード・コーンウェル
「神の敵アーサー」上下 バーナード・コーンウェル
「エクスカリバー最後の閃光」上下 バーナード・コーンウェル

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国家や一神教が発生する前の人類は、神話という様式を通して、宇宙の中における人間の位置や、自然の秩序、人生の意味などについて深い哲学的思考を行っており、そこには素朴ではあっても複雑な論理体系が存在していました。ギリシャで作り出された「哲学」の歴史がたかだか2500年なのに比べ、「はじまりの哲学」である神話の歴史は少なく見積もっても3万数千年。そこには人間がその歴史の中で蓄積してきた知恵があるのです。ここでは主に、民話として語られながら神話としての特徴も失っていない稀有な例である「シンデレラ」の物語を素材として、神話について考えていきます。

主に大学で行われた「比較宗教論」の講義の記録が全5冊にまとめられたうちの第1巻。ここでの主題は「神話」。以前あかつき書見台のマオさんのところで見かけて(記事)、面白そうだなとチェックしていた本です。
世界中に似たようなモチーフの神話や民話があるというのは、やっぱり地球上における人類の移動によるものだったのですねー。中石器時代から新石器時代にかけて、マンモスを追って移動する人々と共に急速に世界中に広がっていったようです。もちろん各地の神話は全く一緒ではないですけど、語られ伝えられるうちに自然に、あるいはその民族に合わせて少しずつ変化していくのは当たり前。それでも神話は論理的全体性を備えているので、この変形には一定の規則があるのだそうです。ラヴェルの「ボレロ」のように少しずつ主題を変えて変奏しながら、という中沢氏の言葉がまさにぴったり。
この中で一番興味深かったのは、やっぱりこの本の大半を占めるシンデレラ物語の考察でした。ペローとグリムのシンデレラはよく知られてるし、ここに載ってたロシア~トルコ・ギリシャに伝わるという「毛皮むすめ」も知ってましたが(私が持ってるグリムの本にも、これとそっくりの話がありました) ポルトガルや中国のものは今回が初めて。1つずつ話を比較考察していくうちに、どういった部分が神話からの流れなのか分かってくるのがすごく面白いです。フランスの民間伝承をルイ王の宮廷用に洗練させたペロー版は、神話的にはかなり破綻してるんですけど、それでも骨格は残ってるし、ドイツの民間伝承をかなり忠実に拾ったグリム版は、ペロー版よりも神話の論理が残ってると言えますね。「生」と「死」の仲介がとても綺麗な構造をしていました。神話というのは、実に論理的なモノなのですね~。そして落とした片方の靴のエピソードはオイディプス伝説へと~。
更に面白かったのは、ヨーロッパのシンデレラを聞いた北米のミクマクインディアンが作り出したというシンデレラ。これを読むと、神話の次元がまるで違うことに気づかされます。こういった作品を作り出せるということは、それだけ生活の中に神話が根付いているということなんでしょう。ものすごく核となるものを読んだなあという気がしました。
講義を本にしただけあって読みやすいし、なかなか面白かったので、続きも読んでみようと思います。(講談社選書メチエ)


+シリーズ既刊の感想+
「人類最古の哲学 カイエ・ソバージュI」中沢新一
「熊から王へ カイエ・ソバージュII」中沢新一
「愛と経済のロゴス カイエ・ソバージュIII」中沢新一
「神の発明」「対称性人類学」中沢新一

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夏の終わり。学校に行った妹のリジーとジェニーの帰りを待っていたベッキーが農場の柵戸に腰掛けて空を見上げていると、そこにやって来たのは、荷物を背負って細い杖を持った男性でした。それはレノルズさん。レノルズさんはベッキーたち三姉妹の家に住み込んで父親の仕事を手伝うことになります。姉妹はレイノルズさんが滞在している間、時々不思議な物語をしてもらうことに。

読み始めてすぐ思ったのは、ファージョンの「リンゴ畑のマーティン・ピピン」みたい!ということ。「リンゴ畑のマーティン・ピピン」は、ある日ふらりとやって来たマーティン・ピピンが、6人の年頃の娘たちに1つずつ民話に題材を取ったような物語をしていく話なんですが、その「ふらりとやって来た」と「民話に題材を取ったような」というのが似てるんです。こちらの場合、ベッキーもリジーもジェニーも「年頃」というにはまだ少し早いみたいだから、「ヒナギク野のマーティン・ピピン」でもいいんですけどね。(「ヒナギク野」では6人の女の子たち相手に話をするんですが、その6人の女の子はそれぞれ「リンゴ畑」の6人の娘たちがその後結婚して産んだ娘) で、今回なんでこの本を読んだかといえば、レノルズさんのお話のうちの1つが「タム・リン」だからなんです。昨日読んだ「妖精の騎士タム・リン」(感想)と「タム・リン」繋がり。
元々アン・ローレンスは、民間伝承を素材にした物語を書いていることで有名なのだそうですね。でもここで語られる物語も民話風だし、きっとそういうところに題材を取ってると思うんですけど、出来上がったものはどこか現代風。それぞれの物語に登場する少女たちが、それぞれ自分の力で自分の道を切り開いてるからかな。あと描写もそうなのかも。
でもレノルズさんのお話そのものは面白いんですけど、もう少し枠組みの方に工夫が欲しかったです。三姉妹とレノルズさんのやりとりもあるし、そのうち彼女たちの母親も登場するんですが、どうも単にお話からお話への繋ぎという感じ。せっかくそれぞれの物語に登場する少女が三姉妹に重なるような部分もあるし、特に少女から大人になりつつあるベッキーに重なる部分があるんだから、枠をもう少し膨らましてくれたら、きっともっと魅力的になったのに。それを考えると、題名も「幽霊の恋人たち」なんかよりも、副題の「サマーズ・エンド」の方が断然ぴったり。(原題も「Summer's End」) でも「サマーズ・エンド」なんていきなり書いてあっても、何のことやら意味が通じないですよね... かと言って「夏の終わり」じゃあ、あんまり読みたくならなさそうだし... なんだか勿体ないなー。(偕成社)


+既読のアン・ローレンス作品の感想+
「幽霊の恋人たち サマーズ・エンド」アン・ローレンス
「五月の鷹」アン・ローレンス

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スコットランドの王女・マーガレットは、お城の塔のてっぺんの部屋で毎日朝から晩まで、貴族の娘たちと一緒に刺繍をする日々にうんざりしていました。娘たちはただお行儀良くおとなしく座って、身分の高いお金持ちの男性が結婚を申し込みにやって来てくれるのを待っているだけなのです。マーガレットはお城の外に出て、わくわくするような冒険をしてみたくて堪りませんでした。そんなある日、ばあやのお説教にうんざりして部屋から走り出たマーガレットは、そのままカーターヘイズの森へ。この森は、若い娘に出会う呪いをかけて戻れなくしてしまうという伝説の妖精の騎士・タム・リンの森。森に着いたマーガレットが赤い薔薇の花を摘んでいると、そこにはタム・リンが現れます。

スコットランドに古くから伝わるバラッド(民間伝承の物語詩)の1つ「妖精の騎士 タム・リン」をスーザン・クーパーが再話、ウォリック・ハットンの絵で絵本にしたもの。物語そのものは、妖精に囚われていた騎士を1人の娘が救い出すというオーソドックスなものなんですけど、マーガレットとタム・リンの出会いの場面がとても素敵でした。

「なぜ、バラをつむのだ、マーガレット。わたしの許しもなしに」
「カーターヘイズの森はスコットランド王の領地、そしてわたしは王の娘。行きたいところに行き、したいことをするのに、だれの許しもいらない。むろん、バラをつむことにも」

ウォリック・ハットンの絵の色彩が淡いだけに、このバラとか、この後マーガレットがタムから渡されるリンゴの赤い色がとても印象的なんです。妖精の女王が全然魅力的じゃなかったので、ちょっとがっかりしたんですけど、この場面があっただけでなんだか満足♪ スーザン・クーパーは、アーサー王絡みの物語も書いてるようなので、いずれ読んでみるつもり。
ちなみにこの物語では、妖精の女王からタム・リンを救い出すのは夏至の夜の騎馬行列でのこと。普通はハロウィーンかと思ってたんですけど、ここでは違うんですね。救い出す娘の名前も、ここでは「マーガレット」ですが、一般的には「ジャネット」みたいです。(小学館)


+既読のスーザン・クーパー作品の感想+
「妖精の騎士タム・リン」スーザン・クーパー再話
「コーンウォールの聖杯」スーザン・クーパー

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昔々ブリテンの国に、アーサーという王さまがいました。ある日アーサー王は、湖の姫から、魔法の剣エクスカリバーを授かります。これは何でも願い事の叶う魔法の剣。しかしアーサー王の姉モルガナがその剣を盗みだしたのです。

エロール・ル・カインの描いたアーサー王物語。これは27歳の時の作品で、これがデビュー作となって一流の絵本作家として認められるようになったのだそうです。
湖の姫にもらった剣エクスカリバーに魔法の力があるというのはよくある話ですが(私としては、剣そのものよりも、鞘に魔法の力があるという話の方が好きなんだけど)、ここまで分かりやすい魔法の力があるという話は初めて! なんとアーサー王が命じれば、道も教えてくれるし、雨が降れば雨傘代わりにも、日差しが強ければ日よけにもなるし、時には船にもなってくれるんです。そしてなんと宴席では、つまようじに...! エクスカリバーが楊枝代わりに使われてるなんていやーん。(笑)
落ち着いた色調の絵がとても雰囲気を出していて素敵でした。(小学館)


+エロール・ル・カイン作品の感想+
「アーサー王の剣」エロール・ル・カイン
「サー・オルフェオ」アンシア・デイビス再話 エロール・ル・カイン絵
「キューピッドとプシケー」エロール・ル・カイン
「イメージの魔術師 エロール・ル・カイン」

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